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[资料] [求精资料整合]平安时代的才媛们:紫式部

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发表于 2014-5-27 09:53:41 | 显示全部楼层 |阅读模式
紫式部は、この時代としては世界的にも稀有な王朝文学の大作「源氏物語」を書き上げた才女だ。「源氏物語」は現在、世界で20カ国を超える言語に翻訳され読まれている。その高い世界観や人間観察は、後世の文学にも大きな影響を与えたと思われる。本居宣長は『源氏物語』を古今東西に並びなき「もののあわれ」の文学として激賞したし、折口信夫はこれを怨霊およびそれへの鎮魂の小説と解した
在这个时代看来,紫式部实在是一位才女,她创作了世界罕见的王朝文学大作《源氏物语》。目前,《源氏物语》已被翻译成世界20国以上的语言,供全世界的人阅读。作品中高雅的世界观与对人的观察,给后世的文学带来了巨大的影响。本居宣长对《源氏物语》做了极高的评价,称其是古今东西无与伦比的“物哀文学”。折口信夫则认为它是描写怨灵以及安抚怨灵的小说。
紫式部は越前守藤原為時の娘で、生没年は推定974~1014。22~23歳で山城守藤原宣孝と結婚。夫の宣孝は40代で妻妾の多い人だったが、紫式部が父とともに越前に下るとき、後を追いかけそうな情を示したこと、家格、学識の高い立派な男性だったこともあって、20歳以上も年上の宣孝の愛を受け入れたといわれる。結婚して翌年、賢子が生まれ幸せなときを過ごし、どこにでもいるような平凡でかわいい若奥さんだった。
紫式部是越前守藤原为时的女儿,生卒年推定为974年-1014年。她在22或23岁时与山城守藤原宣孝结婚。丈夫宣孝40多岁,拥有众多妻妾,然而也是一位出身高贵、学识出众的优秀男性,紫式部随父亲远赴越前后,宣孝向她表达想追随其后的相思之情,因此紫式部也接受了大她20岁以上的宣孝的爱。结婚次年,女儿贤子出生,紫式部过着幸福的日子。看上去她只是一位随处可见的平凡美丽少妇。
だが、その結婚生活は3年と続かなかった。夫の宣孝が死んで、運命が狂わされてしまう。それ以後、性格がガラッと変わって、物思いにふけり、他人を突き放すような女になってしまうのだ。若奥さんのときは、継子(ままこ)をわが子同様、よく面倒をみたりする優しい面もあったのに、この落差がすごい。夫の死後、一条帝の中宮彰子に召されて出仕した。この折の宮中内での見聞、体験を物語の中に散りばめたのが「源氏物語」の作品になったと思われるが、その高い世界観、鋭い人間観察、文明批評はその当時としては驚異的だ。
然而,她的婚姻生活持续了三年不到就结束了。丈夫宣孝去世,紫式部的命运从此坎坷不平。此后她的性格有了很大改变,开始成为一位沉浸思考,对他人冷淡的女性。而在她还是宣孝的年轻夫人时,性格十分温柔,时常照顾继子,视其为己出,后来的改变让人感到差异是如此的明显。丈夫死后,她被一条天皇的中宫彰子召入宫中仕官。她用当时在宫中的见闻、体验装点物语,形成了作品《源氏物语》,而当中显现的高雅世界观、对人敏锐的观察、文明批判在当时则是令人惊异的。
「源氏物語」は表からみれば光源氏の好色な生活を描いたものだが、裏からみれば源氏が愛した女たちへの六条御息所の怨霊の復讐と、それに対する源氏の側からの鎮魂を、物語を貫く黒い糸としていることは間違いない。
从表面上看,《源氏物语》描写的是光源氏的多情生活,从侧面看,六条御息所的怨灵对源氏所爱女性们的复仇,以及源氏对她的安抚则无疑可以作为贯穿整个物语的一条黑线。
源氏物語の哀切で美しい世界と正反対なのが「紫式部日記」。清少納言など同時代の女房たちへの底意地の悪い批評、自慢話、思わせぶりなど、ドロドロとした女性の心の内面がうかがえて興味深い。この時代の女性の心情や生活をきちんと理解するには、「源氏物語」と「紫式部日記」の両方を読み解くことが必要だ。
与《源氏物语》里那个哀切、华美世界形成鲜明对比的是《紫式部日记》。这部作品则充满了对清少纳言等同时代女官们的严厉批评、个人的自夸以及一些故作玄虚的内容,从中窥见女性内心的暗面,倒是别有一番趣味。为了恰当理解那个时代女性的情感和生活,就有必要把《源氏物语》和《紫式部日记》放在一起阅读。
紫式部は教養深くて、おしとやかで、10年足らずで「源氏物語」のような傑作を書いた女性だけに、とても近寄り難いと思われる。だが半面、「紫式部日記」でホンネを吐露した格好で、かえって親近感を持たせている面があるかもしれない。
紫式部才华横溢,文雅贤淑,仅花了不到10年的时间就完成了《源氏物语》那样的杰作,然而正是这样一位女性,让人难以接近。不过另一方面,她在《紫式部日记》中却吐露了真实的心意,反倒有着带给人亲近感的一面。
「源氏物語」の世界観は、一口で言えば無常観だ。紫式部が無常観に取りつかれたのは、何といっても疫病の蔓延など当時の不安におののく社会情勢がその背景にある。それと最愛の夫をあっという間に失ったからではないかと考えられる。そういう周囲の変化が彼女の性格を変えさせたのだ。無常観は、当時のインテリの最先端の思想で、紫式部はそれを見事に文学に結晶させたのではないか。
用一句话概括《源氏物语》的世界观就是“无常观”。紫式部之所以会受到无常观的影响,其背景还是在于疫病蔓延等当时社会不安的状况。另外最爱的丈夫的溘然离世恐怕也是一个原因。这些周围人和事的变化为她的性格带来了改变。“无常观”是当时知识分子中流行的新思想,而紫式部把它完美地融合在了文学中。
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