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9 鏡に映るもの・鏡に映らないもの(1)
十日めの朝、僕は全てを忘れることにした。失われるべきものは既に失われてしまったのだ。
その朝ランニングをしている最中に二度めの雪が降りはじめた。べっとりと湿ったみぞれが確かな氷片に変り、そして不透明な雪になった。最初のさらりとした雪とは違って、今度のは体にまつわりつくような嫌な雪だった。僕は途中でランニングをあきらめて家に戻り、風呂を沸かした。風呂が沸くまでずっとストーブの前に座っていたが、体は暖まらなかった。湿っぽい冷気が体の芯にまでたっぷり浸み込んでいた。手袋をとっても指先を曲げることはできず、耳は今にもちぎれそうなほどひりひりと痛んだ。体じゅうが質の悪い紙のようにざらついていた。
熱い風呂に三十分入って、ブランデーを入れた紅茶を飲んだところで体はやっとまともになったが、時折やってくる断続的な悪寒は二時間もつづいた。これが山の冬なのだ。
雪はそのまま夕方まで降りつづき、草原は一面の白に覆われた。夜の闇があたりを包むころに雪はやみ、再び深い沈黙が霧のようにやってきた。僕には防ぎようのない沈黙だった。僕はプレーヤーをオート・リピートにしてビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」を二十六回聴いた。
もちろん積雪は恒久的なものではなかった。羊男の予言したように、大地(だいち)が凍りつくまでにはまだ少し間がある。翌日はからりと晴れわたり。久久の太陽の光がゆっくりと時間をかけて雪を溶かしていった。草原の雪はまばらになり、残った雪が陽光を眩しく反射していた。駒形屋根に積った雪が大きな塊りとなって斜面を滑り、音を立てて地面に落ちて砕けた。雪溶け水がしずくとなって窓の外を落ちていた。何もかもくっきりと輝いていた。かしの木の葉の一枚一枚の先端には小さな水滴がしがみつくように光っていた。
僕はポケットに両手をつっこみ、居間の窓際に立ったままじっとそんな風景を眺めていた。全てが僕とは無関係に繰り広げられている。僕の存在とは無関係に――誰の存在とも無関係に――全ては流れていくのだ。雪は降り、雪は溶ける。
雪の溶けたり崩れたりする音を聞きながら、僕は家の掃除をした。雪のおかげで体がすっかりなまっていたし、形式的には僕は他人の家に勝手にあがりこんでいるわけだから、掃除くらいしたっていい。それにもともと料理と掃除を嫌いな方ではないのだ。
第十天早晨,我忘记了所有。应该失掉的东西已经完全失掉了。
在早上跑步时开始下起第二次雪。粘湿的雨夹雪真是变成了冰片,接着又变成不透明的雪。和第一次清爽的雪不同,这场下的雪粘附在身上让人不喜欢。我在途中放弃了跑步回到家里,加热澡塘。在等烧开水之前我一直坐在炉子的前面,目的是为了把身体暖热。潮湿的冷气足足地浸入到了身体的内心。即便是把手套摘掉那手指也不能弯下来,耳朵像被切掉似的火辣辣地痛。身体就像材料极差的纸那样很粗涩。
在热水中泡了三十分钟,又喝了加入白兰地的红茶,身体才好转起来。可是还偶尔打寒战,大约持续了两个小时。这样的冷便是山中的冬天的冷。
雪就这样持续下到傍晚,草原全部被白色覆盖。当夜色笼罩了四周之时雪才停了下来,更深一层的沉默像霧那样袭来。这是我无法预防的沉默。我设置好唱机反复听了二十六遍ビング・クロスビー的“白色圣诞节”。
当然积雪并不是那么恒久的。就像羊男所说的那样,到大地冰封还需要一段时间。到第二天天空很爽朗地晴起来,阳光悠闲自然地很长时间很有耐力地照射起来,那积雪便开始溶化起来。草原上的雪变得疏散斑驳,阳光通过残留的雪反射出来非常耀眼。在复折屋顶上的积雪大块大块地从斜面上向下滑,落到地上发生声音摔得粉碎。在窗外雪水静静地向下滴落。所有的东西都那么灿烂耀眼。悬吊在橡树叶下端的水滴也闪闪发光。
我把两手插在口袋里,站在客厅窗边一动不动地看着那些风景。这些所有的都和我无关系,而在那里拓展运动着。和我的存在无关系地——和谁的存在也无关系地——都在不息地运动着。下雪,然后雪溶化。
一边听着雪溶化的声音和雪崩的声音,我开始打扫卫生。因为雪的原因吧,身体完全变得迟钝起来,从形式上讲我很随便地闯入到别人家中,打扫卫生也是应该的。当然我并不是不喜欢做饭和打扫卫生的人了。
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