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[原创作品] 日本原版小説<失われた顔>

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发表于 2005-6-18 12:38:58 | 显示全部楼层 |阅读模式
幼い一人娘を凶悪犯に殺された辛い過去を持つイブ.ダンカン。彼女は遺体の頭蓋骨から顔を複元する専門家として名をはせていた。ある日、著名な大富豪ローガンがイブのもとを訪れ、身元不明の頭蓋骨の復顔を依頼する。だが、やがてその顔をよみがえらせた時、彼女は想像を絶する致预螠u中に投げ込まれていた!


プロローグ
               一月二十七日 午後十一時五十五分
              ジョージア州ジャクソン  医療刑務所

[ 本帖最后由 bgx5810 于 2008-8-17 17:41 编辑 ]

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 楼主| 发表于 2005-7-5 22:39:30 | 显示全部楼层

「ひどい顔だな。もう真夜中だぞ。寝ないのか?」
イブが研究室の奥のコンピューター画面から目を上げると、戸口にジョー.クインが寄りかかっていた。「ええ、もうじき」眼鏡を外して目をこする。「たった一晩、遅くまで働いたからって、ワーカホリックだってことにはならないでしょう。この計測結果を点検したらーー」
「分かってる、分かってるよ」ジョーは天井の高いスタジオ型の研究室に入ってくると、机の脇の椅子にどさりと腰を下ろした。「今日、ランチの約束をすっぽかしたってダイアンから聞いてね」イブは面目なさそうにうなずいた。ジョーの妻との約束を間際になって取りやめたのは、今月に入ってこれで三度目だった。「シカゴ市警に急かされてるからって説明しておいたわ。ボビー.スター二スの両親が結果を待ってるのよ」
「で、一致しそうか?」
「ほぼ間違いないわ。スーパーインポーズをする前から、ほぼ決まりみたいものだっけど。頭蓋骨から歯が何本かなくなっていたけれど、歯科治療記録と大体一致してたから」
「だったら、なぜ君に依頼が?」
「ご両親にはとても信じられなかったのよ。私が最後の希望だったってわけ」
「それは気の毒に」
「ええ、でも希望って物については私も身にしみて知ってるから。ボビーの特徴が頭蓋骨とびったり一致するのを見れば、ご両親も諦めるでしょう。わが子が死んだという事実を受け入れて、心を区切りをつけられると思うの」イブはコンピューター画面上の映像にちらりと目をやった。シカゴ市警からは、頭蓋骨一つ七歳の少年ボビーの写真を預かっていた。映像処理装置とコンピューターを使い、ボビーの顔写真を頭蓋骨に重ね合わせた。ジョーに説明したとおり、特徴はほぼ完全に一致した。写真のボビーは生き生きと可愛らしく、イブの胸は締め付けられた。どの子もみんな可愛らしいーーイブは疲労を感じた。「これから家に帰るところ?」 「ああ」
「で、私を叱り付けるために寄ったわけ?」
「それが僕が生きる目的の一つだと思ってるからね」
「嘘ばっかり」イブは彼が手にした铯违暴`スに目を留めた。「それは私に?」
「ノースグウィネットの森で白骨死体が発見された。雨が土中から掘り出してね。動物に食われて原形をとどめていなかったが、頭蓋骨は無傷だ」彼は留め金を外してケースを開けた。「幼い女の子なんだ、イブ」遺体が少女のものだと、ジョーは必ずそのことを最初に告げた。彼女に与える衝撃を和らげているつもりなのだろうとイブは思った。
頭蓋骨を慎重に手に取り、観察する。「幼い女の子ではないわね。九歳から十三歳の間、おそらくは十一歳か十二歳」イブは上顎のぎざぎざのひび割れを指さした。「少なくとも一冬は雨風(あまかぜ)にされていたようね」次に広い鼻腔にそっと指先を触れた。「それから、たぶん摔坤铩筡
「助かるよ」ジョーは眉を寄せた。「だが、それだけじゃ足りない。粘土で復顔像を製作してもらえないか。身元はまるで分かっていない。つまり、スーパーインポーズしてもらおうにも写真がないわけだ。なあ、この街だけで何人の少女が家出してるか、見当がつくかい?もしこの子がスラム街の住人だとしたら、捜索願い一つ出ていないかもしれないな。スラムの親たちときたら、子供の無事より、ドラッグを手に入れる方にーー」彼は首を振った。「悪かった。忘れてたよ。うっかり口を滑らせちまった」
「いつものことじゃないの、ジョー」
「君の前でだけさ。つい気を許してしまう」
「ほめ言葉と受け取るべき?」イブは額にしわを寄せて一心に頭蓋骨を観察した。「うちのママはね、もう何年もコカインに手を出していないのよ。それに、私にも恥ずかしい過去ならいくらだってあるけど、スラム街で育ったことを恥と思ったことはないわ。子供のころ苦労してなかったら、今頃は生きていないかも」
「いや、君なら頑張れたさ」
イブにはそう断言はできなかった。正気を保つとか、生きていくといったことが、ごく当たり前のこととは思えないほど思いつめた日々があった。「コーヒーでもいかが?私たちスラム育ちの子供は、おいしいコーヒーを淹れられるんだから」
ジョーがすくみあがった。「きついな。悪かったと謝ったろう」
イブは微笑んだ。「ジャブの一つくらい打っておこうと思っただけ。人間を一般論でとらえようとした罰よ。コーヒーは?」
「いや、もう帰るよ。ダイアンが待ってる」ジョーは立ち上がった。「この件は急がなくていいよ。そんなに前から埋められてたなら、あわてても仕方がない。さっきも言ったように、身元はまるで見当もつかない状態だから」
「ええ、ゆっくりやるわ。夜の空いた時間にね」
「君には無限の時間があるってわけだ」ジョーはテーブルの上に山と積まれた教科書を眺めた。「お母さんに聞いたが、今度は形質人類学の勉強を始めるたんだって?」
「通信制大学でね。通学してる時間はないから」
「なあ、いったいどうして形質人類学の勉強なんか?山ほど仕事を抱えているんだろう」「役に立つかと思っただけ。人類学者と仕事をするたびにできるだけ知識を吸収するようにしてきたけど、まだまだ知らないことぁたくさんあるもの」
「それでなくても働きすぎだってのに。何ヶ月も先まで仕事が入っているんだろう」
「私のせいじゃないわ」イブはしかめ面をして見せた。「市警の本部長が{60ミニッツ}で私をほめたりするからよ。余計なことをしてくれたものね。ただでさえ忙しいのに、アトランタ市警以外からも依頼がくるようになっちゃって」
「まあ、困ったときに頼れる友人は誰か、忘れないでおいてほしいな」ジョーはドアに向かった。「どこかの一流大学に行くために、引っ越したりしないでくれよ」
「一流大学に行くなだなんて、ハーバードを出たあなたに言われたくはないわね」
「それは大昔の話さ。今の僕は気さくな南部男だ。僕の例に倣って、君にふさわしい街に留まっていてくれ」
「私はどこにも行かないわよ」イブは立ち上がって作業台の上の棚に頭蓋骨を置いた。来週の火曜日にダイアンとランチにでかける以外はね。ダイアンがいいといってくれればだけど。あなたから訊いて見てくれない?」
「自分で訊けよ。伝言係はもうごめんだ。僕には僕の悩みがあるんだから。警官の妻というのはダイアンにとって辛い役回りなんだ」ジョーは戸口で足を止めた。「寝ろよ、イブ。相手は死人だ。みんな死んでるんだよ。君が少しくらい眠ったって誰も気を悪くしないさ」
「やめてよ。そのくらい分かってる。ノイローゼ患者何かみたいに扱わないで。仕事を怠けるなんてプロらしくないと思ってるだけ」
「ああ、そうだな」ジョーはそこしためらってから続けた。「ところで、ジョン.ローガンから連絡はあったかい?」
「誰」
「ローガンだよ。ローガン.コンピューター社の。ビル.ゲイツを追い越そうかという勢いの大金持ちだ。このところ、よくニュースに取り上げられてるだろう。ハリウッドで立て続けに共和党の資金集めパーティを開いてるからね」
イブは肩をすくめた。「ニュースにはあまり関心がなくて」それでも前の週の日曜版で、ローガンの写真を目にしたような気がする。年齢は三十代終わりか四十代はじめ、カリフォルニアの住民らしい日に焼けた肌、短く刈った濃い褐色の髪。ブロンドの映画スターに微笑みかけていた。シャロン.ストーンだったろうか。記憶があいまいだった。「今のころ寄付を依頼されたりはしてないわ。頼まれたって寄付なんかしないけど。私は無党派だもの」イブはコンピューター画面に目をやった。「これもローガン.コンピューター製ね。その人の会社が作るコンピューターは優秀だけど、偉大なるローガン氏の接点はせいぜいそれくらい。でも、どうして?」
「君の身辺を調査している」
「え?」
「ローガン自身ではない。ケン.ブァクという、西海岸でも有名な弁護士を通してだ。署でその話を聞いてちょっと探ってみたんだが、ローガンの指示で調査しているのは間違いないと思う」
「そうかしら」イブはいたずらっぽい笑みを浮かべて駄洒落を言った。「筋が通らない話だわ」
「個人の依頼なら以前にも来ただろう」ジョーはにやりと笑って続けた。「あれだけの地位にある男だよ、死体の山を踏み越えてトップの席についたに違いないさ。そのうちの一つを埋めるのを忘れていたとか」
「面白い冗談だこと」イブは疲れを覚え、うなじを揉み解した。「で、その弁護士は私に関する情報を手に入れたのね?」
「おいおい、よせよ。僕らだって守る義理くらい心得てる。もし奴が自宅の電話番号を探り出して連絡してきたりしたら、言ってくれよ。じゃあ、又」ジョーは出て行き、ドアが閉まった。
そうね、ジョーならこれまでどおりに守ってくれる。他の人にはとても真似できないくらいに。何年も前、初めて出会った時から、彼は変わった。時は、彼の中に残っていた少年の面影を容赦なく追い出してしまった。フレイザーが処刑された直後、ジョーはFBIをやめてアトランタ市警に移った。現在は警部補になっている。市警に移った本当の理由を、ジョーは一度もイブに打ち明けない。尋ねてはみたが、ジョーの答えにーーーFBI特有の重圧から逃れたかったのだという返答には、いまだに納得がいかなかった。彼は個人的なことをあまり話そうとせず、彼女の方も詮索はしなかった。イブが知っているのは、彼が常に彼女に寄り添っていてくれたことだけだった。あの死刑執行の夜、イブがこの上ない孤独を感じたあの夜も。あの晩のことは思い出したくなかった。失望と苦悩はあの日と少しも変わらずーーいいわ、気の済むまで思い出しなさい。イブは、その痛みと共存していくには、正面から向き合うしかないことをすでに学んでいた。フレイザーは死んだ。ボニーは戻らない。イブは目を閉じ、苦悶が波のように全身を洗うに任せた。波が去ると、目を開き、コンピューター画面に向かった。どんな時も仕事をしていれば気がまぐれた。ボニーは死に、永遠に発見されないとしても、ほかの子供たちはーー
「又次のがきたのね」サンドラ.ダンカンが研究室の戸口に立っていた。パジャマの上に、いつものピンク色のシェール織りのローブを羽織っている。視線は部屋の奥の頭蓋骨に注がれていた。「車の音が聞こえたような気がして。ジョーも少しそっとしておいてくれたらいいのに」
「あら、私は放っておかれたくないわ」イブは机の前に腰を下ろした。「大丈夫よ。急ぎの仕事ではないから。さあ、ベットに戻って、ママ」
「あなたこそ寝さいな」サンドラ.ダンカンは頭蓋骨に歩み寄った。「小さな女の子?」「十一歳か十二歳」サンドラはしばらくイブを見つめていた。「ねえ、あの子はもう見つからないのよ。ボニーは死んだの。忘れない、イブ」
「もう忘れたわ。私はただ仕事をしてるだけ」
「又そんなことを言って」
イブは微笑んだ。「ねえ、ベットに戻って」
「何か手伝えない?夜食でも作る?」
「私はね、消化器官をいたわることにしてるの。ママの料理なんか消化させたらかわいそう」
「努力はしてるんだけど」サンドラは困ったように鼻にしわを寄せた。「世の中には、料理に向かない人間が居るのね」
「でもママ他の才能に恵まれてるじゃない」
サンドラうなずいた。「法廷速記者として優秀だし、こうして小言を言うのも得意よ。ほらほら、ベットにいりなさい。さもないとここでハンストしますよ。」
「後十五分だけ」
「そのくらいの猶予はあげるとしましょうか」サンドラは出口に向かった。「ただし、あなたの寝室のドアが閉まるまで、耳を澄ましていますからね」それから足を止めると、ぎこちない口調で切り出した。「明日の晩、仕事の後ちょっと寄り道をするわ。夕食に誘われてるから」
イブは顔を上げ、目を丸くした。「誰に?」
「ロン.フィッツジェラルドよ。前にも話したわね。地方検事局の検事。いい人なの」サンドラの口調は、まるで挑むようだった。「一緒にいると楽しいの」
「素敵。そのうち紹介して頂戴」
「私はあなたとは違うのよ。男性とお付き合いしなくなって、もうずいぶんになる。私には誰か必要なの。尼僧じゃないんだもの。それにね、私ははまだ五十にもならないのよ。人生を捨てたみたいにーー」
「ねえ、どうしてそう思いことをしてるみたいな言い方をするの?ずっと家にいてくれなんて、私、一度でも言った?ママにはね、ママのしたいようにする権利があるのよ」
「やましいと思ってるように聞こえたなら、それは本当にそう思ってるからよ」サンドラは眉間にしわを寄せた。「あなたがそこまで自分に厳しくなければ、私だって少しは気が楽になるのに。尼僧じみてるのはあなたのほう」
今夜だけはそんな話は勘弁して。疲れて言い返す気力もない。「私だってお付き合いくらい何度かしたわ」
「デモ仕事の邪魔になると分かったとたんにさようならじゃないの?長くて二週間?」
「ママ」
「はいはい、もう黙ります。ただ、あなただって普通の生活に戻ってもいいころだと思っただけ」
「ある人にとっての普通の生活が、必ずしも別の人にとっても普通の生活だとは限らないでしょう」イブはコンピューター画面に目を落とした。「ほら、行って行って。寝る前にこれを終わらせてしまいたいの。明日の晩、帰ったら忘れずにデートの首尾を聞かせて頂戴」
「聞けば自分のことみたいで満足できるから?」サンドラは責めるような口調で言った。
(平田さん、私の手痛い、目も痛い、お腹も空いてます)
「黙っていようかしら」
「黙っていられないくせに」
「ええ、そうね」サンドラはため息をついた。「お休み、イブ」
「おやすみなさい、ママ」イブは椅子の背にもたれた。母親が変化を求め、不満を溜め込んでいることに、もっと早く気づくべきだった。更生中の薬物中毒者を不安定な精神状態においておくのは、どんな場合でも危険だ。だけど、そうよ、ママはボニーの二歳の誕生日以来、一度だって麻薬には手を出していないのよ。それは、母と娘の生活にボニーがもたらした贈り物の一つだった。たぶん、彼女は深刻に受け止めすぎているのだ。薬物中毒者の母親に育てられたせいか、色眼鏡で見る癖が染み付いてし合っている。大体、変化を求めるのは、母らしく、自然なことだ。信頼で結ばれた恋人を持つのが、母にとっても一番いいに決まっている。だったら母の好きなようにさせておいて、成り行きを注意深く見守ることにしょう。
イブの目は画面に向けられていたが、集中できなかった。今日はここまでにしょう。預かった頭蓋骨が幼いボビー.スター二スのものであることにお互いの余地は殆どないのだ。ネットワークからログオフし、コンピューターの電源を切った時、ローガン.コンピューターのログマークが目に留まった。おかしなものね、こういうものにはまるで関心がなかったのに。ローガンはいったいなぜ彼女に関する情報を集めているのだろうか。いや、ローガンは無関係なのかもしれない。何かの間違いだろう。イブとローガンの生活は、互いに社会の正反対に位置しているようなものなのだから。
イブは立ち上がり、凝りをほぐそうと肩を上下させた。ボビーの頭蓋骨はケースに戻し、報告書と一緒に家に持って帰って、翌朝、発送しようと決めた。研究室に二つ以上の頭蓋骨を同時に保管しておくと、どうも落ち着かない。そう話すとジョーは笑ったが、別の頭蓋骨がじっと自分の順番を待っているのが目に入ると、仕事に集中できなくなる。ボービー.スター二スと彼の報告書には家のほうで夜を明かしてもらい、それからシカゴに発送すれば、明後日にはボビーの両親にも息子が家に戻
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 楼主| 发表于 2005-7-5 22:40:19 | 显示全部楼层
に発送すれば、明後日にはボビーの両親にも息子が家に戻ったこと、もはや失踪児童の一人ではなくなったことを知らせられる。
―――忘れなさい、イブ
部ビーの捜索は彼女の人生にすでに織り込まれている。どの糸がボビーで、どの糸方の行方不明の子供たちなのか、イブにさえもう区別がつかなくなっていることが、母サンドラには分からないのだ。その意味では、自分の方が母よりもよほど不安定なのかもしれないと思うと、イブの心は沈んだ。彼女は、新しく届けられた頭蓋骨がのった、研究室の反対側の棚に歩み寄った。「あなたに何が起きたの?」彼女はそうつぶやきながら、頭蓋骨に付けされた認識札を外し、作業台に放った。「事故にあったの?殺されたの?」殺人でないことをイブは願ったが、持ち込まれる頭蓋骨の大部分は殺人の被害者のものだった。市の間際に彼らが味わった恐怖を想像するだけで、イブの胸は張り裂けそうになった。子供の死。赤ん坊だったこの少女を誰かが腕に抱き、初めて歩く様子を見守ったのだ。イブは、この子が森の穴でしたいとなって発見される前に、その誰かがこの子を愛し、喜びを与えてくれたことを祈った。
少女の頬骨にそっと触れてみる。「あなたは誰なのかしらね。ねえ、マンディって呼んでもかまわない?マンディって名前、昔から気に入ってるの」お笑い種だ、こうして頬骨に話しかけるような人間が、母親が又一線を踏み越えはしまいかと心配するなんて。はたから見れば奇妙だろうが、人格を持たないもののように頭蓋骨を扱うのは、礼を失するような気がしてならなかった。この少女は生き、笑い、愛したのだ。物のように扱っていいはずがない。
イブはささやいた。「もう少しの我慢よ。マンディ。明日は計測をするし、肉付けもすぐに始めるわ。必ず見つけてあげる。必ず家に帰してあげるから」
                 
カリフォルニア州モンテレ
「彼女が最善の選択だというのは絶対なんだな?」ジョン.ローガンの視線は、刑務所前の光景をとらえたビデオにじっと注がれていた。「信頼できる女にはどうも見えないんだな。そうでなくても問題が山積みだというのに、この上、いささか頭のねじの緩んだ女を押し付けられてはたまらない」
「まったくあなたって人は、実に優しく思いやりにあふれた男だ」ケン.ノブァクはつぶやいた。「いささか頭がおかしいように見えますが、無理もないと思いますよ。そのビデオは、娘を殺した殺人犯の死刑が執行された夜のもので」
「だとしたら、その辺を踊りまわったり、自分にスイッチを押させてくれと懇願していたりしそうなものじゃないか。私だったらそうする。ところがどうだ、この女は知事に停止命令を出してくれと訴えたんだろう」
「フレイザーはテディ.サイムズ殺しで有罪を宣告されています。現行犯逮捕も同然だったんですが、遺体の隠し場所は最後まで吐きませんでした。ただし、そのほかに十一人の子供の殺害を自供しましてね、その中にボニー.ダンカンが含まれていたんですよ。確かに犯人であると確信を抱かせる程度には犯行の詳細を話したものの、死体を遺棄した場所だけは教えなかった」
「なぜだ?」
「さあね。頭のおかしい男だったんですよ、そいつは。最後の嫌がらせじゃないですか。しかもそいつは、死刑判決後も上訴一つしなかった。それがイブ.ダンカンを逆上させた。娘を捨てた場所を吐くまでは死なせてなるものかって所でしょう。娘が永遠に見つからないことを恐れたわけです」
「出、その後見つかったのか?」
「いいえ、」ノブァクはリモコンを取って一時停止ボタンを押した。「これがジョー.クイン。両親は富豪、本人はハーバード卒。周囲は弁護士になるものと期待していたようですが、期待を裏切ってFBIに入局しました。アトランタ市警と協力してボニー.ダンカン事件を捜査し、その後、市警に移って現在は刑事になっています。クインとイブ.ダンカンは今も友人として付き合いがあります」
「見たところ、当時クインは二十六歳くらいだったらしい。えらの張った顔、大きめの口、知性にあふれた離れ気味の茶色の目。「ただ友人同士なのか?」
ノブァクはうなずいた。「クインと肉体関係を持ったことはあるかもしれませんが、そのような事実はこれまでのところ出てきていません。三年前、クインが結婚した時、ダンカンが立会人を務めています。彼女は、過去八年間に一、二度、男と交際していますが、真剣な付き合いには発展していません。まさに仕事の虫で、それが私生活の邪魔をしているらしい」ノブァクは意味ありげな視線をローガンに向けた。「あなたならよくわかりなのでは?」
ローガンはノブァクの皮肉を黙殺し、机上の報告書に目を落とした。「母親は薬物中毒者?」
「今は違います。何年も前にドラッグは断っています」
「イブ.ダンカン本人は?」
「ドラッグには手を出したこともありません。これには驚きました。ダンカンが育った地域では、ドラッグをやっていない住民なんかいませんからね、本人の母親を含めて、母親は私生児で、十五でイブを産んでいます。アトランタ市内でも悪名高いスラム街の一つで、生活保護を受けて暮らしていました。イブは十六の時にボニーを産みました」
「父親は?」
「出生証明書には父親の名前が記されていません。認知しなかったんでしょう」ノブァクはボタンを押して一時停止を解除した。「もうじき子供の顔写真が映ります。CNNはこの報道に全力を注いだらしい」
ボニー.ダンカン。の絵の着いたTシャツにジーンズ、テニスシューズ、赤い髪は縮れ毛に近い巻き毛で、鼻の頭にそばかすが見える。カメラに向かって微笑むボニーの表情は、朗らかさと茶目っ気にあふれ、生き生きと明るかった。
ローガンは胃を締め付けられたように感じた。こんな可愛らしい子供を殺める化け物がこの世にいようとは。
ノブァクがローガンの顔をじっと見つめていた。「愛らしいでしょう?」
「早送りしてくれ」
ノブァクがボタンを押し、刑務所前の光景が再び映し出された。
「娘が殺された時、ダンカンは何歳だった?」
「二十三。娘は七歳でした。フレイザーの死刑執行は、その二年後です」
「それを境に、この女は頭がいかれて骨に固執するようになったわけだ」
「違います」ノブァクはそっけなく答えた。「なぜこの女性をそう悪い方に解釈したがるんです?」
ローガンは振り返ってノブァクを見つめた。」「では、君はなぜこの女をかばう?」
「彼女はーー気骨のある女性だからですよ、いやだな」
「崇拝してるらしいな」
「ええ、彼女の頭のてっぺんから爪先までね。娘を養子に出すとか、中絶するという選択肢もあったわけでしょう。しかしそうはせずに産んで育てた。母親と同じように生活保護を受け、同じ道を歩むともできた。ところが彼女は、昼間は<ユナイテッドファンド>が連営する保育所に娘を預けて働き、夜は通信大学で勉強したんですよ。そして卒業を目前にしたころ、ボニーが失踪した」ノブァクはそういって画面に映し出されたイブ.ダンカンを見やった。「そんなことがあれば、自ら命を絶ったり、スラム街に逆戻したっておかしくない。しかし、彼女は違った。大学に戻り、その後、立派に成功したんです。ジョージア州立大学で美術の学位を取得し、コンピューターによる加齢画像作成のスペシャリストとして、バージニア州アーリントンの<失踪児童及び虐待児度情報センター>から認定を受けている。アメリカ有数の復顔彫刻家の元で訓練を積んだ後、復顔像製作上級スペシャリストとしても認定されています。
「なるほど気骨のある女性だな」ローガンはつぶやいた。
「その上優秀ですよ。コンピューターやビデオを使ったスーパーインポーズ法画像作成のほかに、ドン度による復画像製作や、写真を元にした加齢顔画像作成の依頼もこなしている。全分野に熟練した専門家はそうはいません。フロリダの湿地帯で発見された子供の顔を見事に復元した腕前は、<60ミニック>のビデオでもご覧になったでしょう」
ローガンはうなずいた。「確かに見事だった」彼はビデオに視線を戻した。ほっそりとした身長をジーンズとレオンコートに包んだイブ.ダンカンは、ひどくか弱げだった。肩の長さに切りそろえた赤っぽい茶色の髪はぐっしょりと濡れ、苦悶と絶望のにじむ青白い卵型の顔に張り付いていた。金属フレームの眼鏡の奥の茶色い瞳も、同じ悲しみと痛みをたたえていた。ローガンは画面から目をそらした。「ほかに同じくらい優秀な人間はいないのか?」
ノブァクが首を振る。「もっとも優秀な人間を、おっしゃったでしょう。もっとも優秀なのは彼女です。ただ、仕事を依頼するのは難しいでしょうね。依頼が殺到しているようですし、本人は子供の失踪事件を好んで扱っています。今度のケンには子供は関係していないでしょう?」
ローガンは答えなかった。「たいがいの相手には金が物を言う」
「この女性に場合には、それも怪しいですね。フリーランスで働くのをやめて大学講師にでもなれば、もっと稼げるはずなのに、そうしないんだから、現在はアトランタ中心地に近いモーニングサイドという地域の借家に住んでいます。裏の車庫を研究室に改装して」
「おそらく、彼女が首を縦に振るような条件を提示した大学がまだないんだろう」
「そうかもしれません。大学って所は、あなたと違ってかな持ちじゃないから」ノブァクは物問いだけに眉を吊り上げた。「彼女に依頼する仕事の内容は秘密なんでしょう、どうせ」
「ああ」ノブァクには口が堅いという定評があったし、信頼してもいいのだろうが、今回の件を打ち明けるのはあまりにもリスクが高すぎる。「彼女しかないと断言できるんだな?」「ええ、もっとも優秀なのは彼女です。さっきも申し上げたとおりーーねえ、何が気になるんです?」
「別に何も」それは嘘だった。できることなら、イブ.ダンカンという女に白羽の矢を立てるのはやめにしたかった。彼女にはすでに犯罪の犠牲になった経験がある。またしても危険にさらすのは、酷というものだろう。
なぜためらう?誰が犠牲になろうと、最後までやりぬかねばならない。すでに決定はくださっれたのだ。総、この分野の第一人者となった時点で、彼女自身がその決定を下したようなものだ。彼は最も優れた人間を必要としているのだろうとも。
ケン. ノブァクは愛車のコンバーティブルの助手席にブリーフケースを置き、発進した。長い私道を通って正面の門を抜けてから、自動車電話を取って財務省の直通番号をダイヤルした。
ティムウィックに繋がるのを待っている間、太平洋をぼんやりと眺める。ローガンのようにセブンティーンマイルドライブに屋敷を構えるのが彼の夢だった。カーメル市の彼の自宅はこぎれいでモダンだったが、この一帯の邸宅は別世界の代物だった。そこに暮らす人々はエリート、ビジネスや財テクの勝者たち、実力者のなかの実力者たちだった。ノブァクも、やり方しだいでは同じ未来に手が届きそうだった。ローガンにしても、吹け飛ぶようなから会社からはじめて、今の一大企業を育て上げるのだ。骨身を惜しまずに働き、どれだけ分が悪かろうと手段を選ばず着実に前進する。必要なのはその二つだ。今のノブァクにはその二つが備わっている。彼は三年前からローガンの弁護士を務めており、彼に大いに敬服していた。好意さえか抱いていた。ローガンは、その気になればひどく魅力的な人物にモーー
「ノブァクか?」ティムウィックが電話に口に出た。
「いま、ローガンの屋敷を出たところです。イブ.ダンカンに決まりそうですよ」
「決まりそう?決まったわけではないのか?」
「彼女に連絡を取ろうかといってみました。すると、自分で連絡するからと。まあ、ローガンの気が変わらない限り、彼女で決まりでしょう」
「しかし、彼女が必要な理由は話さないんだな?」
「ええ、一言も」
「個人的な依頼かどうかも?」
ノブァクの好奇心が募る。「個人的な依頼に決まってるでしょう?」
「それはどうかな。君の報告書によれば、ローガンがもくろんでいる調査の内容はどうもちぐはぐだ。君を混乱させようと、まるで関係ない情報をわざと紛れ込ませているとも考えられる。
「ありえますね。しかし、私にはあれだけの金を渡して調査を続行しろと指示したくらいだ、あなただって脈があると思ったんでしょうに」
「いいか、ローガンに不利な情報を手に入れれば、さらに多くの報酬を手にできるぞ。あの男を使って、共和党はこの半年で相当の政治資金を集めた。しかも選挙まで五がヶ月しかない」
「現大統領は民主党なんだからよしとしたら?ベン.チャドバーンの支持率は、今月に入って又上昇していましたね。共和党が又議席の過半数を占められるようにローガンが画策している。そう疑ってるんですか?しかし、放っておいてもそうなるでしょう」
「それは分からないだろう。次は民主党の圧勝かもしれません。ローガンの計画はぜひとも阻止する必要がある」
「国税庁をけしかけたらどうです?信用を傷つけるにはそれが一番ですよ」
「あの男は脱税とは無縁だ」
予測していたことだった。ローガンという男はそんな落とし穴にはまるでほど愚かではない。
「では、私を信頼して任せてくださるしかないようですね」
「そうとも限らない。情報源はほかにもある」
「しかし」、私ほどローガンに近い情報源はないはずだ」
「報酬ははずむと言った」
「その金のことなんですがね。引き換えに便宜を図っていただく方がいいな。州副知事にでも立候補しようかと考えていたものですから」
「われわれがダンフォードを支持していることは知ってるだろう」
「しかし、ダンフォードは私ほどあなた方に尽くしてはいない」
沈黙。「まずは必要な情報を引き出しこい。話はそれからだ」
「ええ、やってみますよ」ノブァクは電話を切った。ティムウィックをつつくのは予想外に簡単だった。間近に迫った大統領がよほど気がかりなのだろう。民主党にしても共和党にしても、政界の人間はみんな同じだ。一度でも権力の味を占めたら最後、それなしではいられなくなり、そして頭のいい人間はその中毒者を利用して、セブランティーンマイルドライブの邸宅へのはしごを登るのだ。
曲がりくねった道を走っていくと、丘の上に立つローガンのスペイン風大邸宅が再び目の前に広がった。ローガンは権力にまみれた人間ではなかった。彼はいまどき珍しい、本物の愛国者だった。共和党支持者なのに、三年前のヨルダンの交渉をまとめた民主党の大統領の手腕を、ローガンが手放しでほめるのを耳にしたこともある。
しかし愛国者の行動は往々にして予測不可能で、危険人物ともなりかねない。
ティムウィックはローガン打倒を目論んでいる。うまく立ちまわれば、ノブァクは知事公邸への道が開けるかもしれなかった。ローガンがイブ.ダンカンに何を依頼するつもりであれ、個人的な仕事であることは間違いなかった。ローガンは何も語ろうせず、ぴりぴりしている。人骨が関係する秘密となれば、何らかの犯罪が絡んでいると疑うのが普通だろう。殺人?ありえる。現在の帝国を築き上げようとしていた初期のころ、ローガンはかなり荒っぽい連中と付き合っていたと聞く。波乱に富んだ半生のどこかで、よほどのへまをしでかしたと見える。
イブ.ダンカンに対する称賛の気持ちは、嘘ではなかった。ノブァクは昔から、気骨のある責任感の強い女性に好感を抱いた。ローガンと一まとめに葬り去られるような事態に至らなければいいがと思った。いやいや、ローガンを倒すことは、あの女性を救うことにも繋がるかもしれないんだぞ。ローガンがいつもの無慈悲なまで熱意をあの女性に向けようとしているのなら、彼女はやがて踏み潰されることのなるかもしれないのだから。
自分は背信行為を騎士道行為にすり替えようとしていることに気づき、ノブァクは含み笑いを漏らした。いいぞ、それでこそ優秀な弁護士って者だ。
しかし、弁護士は、この通り沿いの邸宅に暮らす王者たちに仕えるものであって、彼ら自身は王者ではなかった。今の忠告者の地位から王座へと必ず駒を進めて見せる。
勝利者になるのはさぞ気持ちのいいものだろう。


「ママ、素敵よ」イブは言った。「今夜どこに出かけるの?」
「ロンとは<アンソニー>で待ち合わせ。あそこの食事が気に入ってるみたいね」サンドラは玄関の鏡に顔を近づけてマスカラの具合を確かめ、次にワンピースの肩をまっすぐに直した。「ショルダーバッドっていやね。ずれてばかり」
「とっちゃえば」
「世の中の全員があなたみたい広い肩をしてるとは限らないのよ。外すわけにあいかないわ」
「ママはあの店の料理が好きなの?」
「いいえ、私には少しお上品かしらね。<チーズケーキファクトリー>の方がいいわ」
「ロンにそういってみたら?」
「この次にするわ。<アンソ二―>の料理も好きになるかもしれないし。新しいことにも挑戦しなさいってことよ、きっと」サンドラは鏡越にイブを微笑んだ。「新しいことに挑戦するのはあなたの得意分野だわね」
「<アンソ二―>は好きよ、だけど、気分によっては<マクドナルド>で食い散らかすのも好き」そういってイブは母親にジャケットを手を渡した。「<マクドナルド>はだめだなんていう人がいたら、私なら意地でも反論するわ」
「ロンは別にー」サンドラは肩をすくめた。「彼はいい人よ。シャーロットの名士の家柄の出身ですって。私やあなたの以前の生活があの人に理解できるかどうかーーわからないわ」
「ぜひあって見たいわ」
「この次の時にね。あなたならいつもの冷静な目で彼を観察しかねないでしょう。そうなったら私、初めてのデートの相手を家に連れてきた高校生みたいで落ち着かない」
イブはくすりと笑い、母親を軽く抱きしめた。「馬鹿ね。ママの交際相手にふさわしい男性が、確かめたいだけ」
「ほらね?」サンドラは玄関に向かった。「まさに娘の初めてのボーイフレンドを値踏みする親そのもの。遅れちゃうわ。行って来ます」
イブは窓際に立ち、バックで私道を出て行く母親の車を見送った。あんなに幸せそうで晴れやかな顔をしている母を見るのは、何年ぶりだろうか。
ボニーが生きていたころ以来だ。
いつまでも窓の外を眺めて物思いに沈んでいても仕方がない。母に新たなロマンスが訪れたことはうれしかった。母を羨ましいとは思わなかった。男性と過ごす人生など想像もつかなかった。一夜だけの情事を楽しめる質ではなかったし、一方、安定した交際に割く時間や情熱も今の彼女にはなかった。
イブは勝手口を出て階段を下りた。満開のスイカズラの甘い香りに包まれながら、研究室への小道を歩く、花の香りは、いつも夕暮れ時と夜明けに強くなるようだ。ボニーはスイカズラが大好きで、蜂の群れがる塀に咲く花をよく摘んでいた。イブはボニーが蜂に刺されしまいかとおろおろと見守ったものだ。
イブはその記憶に微笑んだ。楽しい記憶だけをたどれるようになるには、長い時間がかかった。はじめのうち、イブはボニーに関するすべての思い出を締め出すことで、心の痛みを感じまいとした。次に、それはボニーを忘れること、ボニーがイブやサンドラの生活にもたらしてくれた喜びをすべて忘れることに等しいと気づいた。ボニーを忘れるなんてー
「ミズ.ダンカン」
イブはぎくりとして足を止め、勢いよく振り返った。
「これは悪かった。怖がらせるつもりはなかったんですが、ジョン.ローガンと言います。少し話してもよろしいでしょうか?」
ジョン.ローガン。たとえ彼が名仱椁胜盲郡趣筏皮狻⑿凑妞蛞欢趣扦庖姢郡长趣ⅳ欷小⒄lだかすぐに分かるだろう。あのいかにもカリフォルニアの住人らしい、日に焼けた肌に目が留まらないわけがない、とイブは冷笑するように考えた。それにあのグレーのアルマーニのスーツにグッチのローファー。まるで彼女の小さな裏庭にクジャックが迷いこんだみたいに場違いだ。
「怖がったりはしていません。びっくりしただけ」
「玄関の呼び鈴をならしたんですが」彼は微笑を浮かべて彼女に歩み寄った。贅肉など一片もない引き締まった体。自身と魅力にあふれた物腰。イブは、魅力的な男に惹かれたことはなかった。魅力は、あまりにも多くのことを隠しかねない。「お耳に届かなかったようですね」
「ええ」イブはふと、彼の自身を揺さぶってやりたい衝動にかけられた。「いつもこうやって不法侵入なさるのかしら、ミスター.ローガン?」
その皮肉にもローガンはたじろがなかった。「是が非でも相手にあって話したいときはね。どこかゆっくりお話できませんか?」彼は研究室のドアに目を留めた。「そこが仕事場ですね?中を拝見したいな」
「なぜそこが仕事場だとご存知なの?」
「アトランタ市警のご友人から伺ったわけではありませんよ。市警の皆さんはあなたのプライバシーを絶対に漏らそうとしなかったそうですから」彼はぶらぶらと研究室に歩み寄り、ドアの傍らに立った。「いいでしょう?」
明らかにローガンは周囲か即座に従うのに慣れきっている。またしてもイブは疎ましさを覚えた。「だめです」
彼の微笑がほんのわずかに曇った。「仕事の依頼かも知れないのに?」
「ええ、それ以外にここいらっしゃる理由は考えられないでしょう?今は手一杯でこれ以上の仕事は受けられません。いらっしゃる前に電話してくださればよかったのに」
「直接お会いしたかったのでね」彼は研究室の方にちらりと目をやった。「中に入ってお話しましょう」
「なぜ?」
「あなたについて知っておくべき情報がいくらかでも見て取れるだろうから」
イブは信じがたい思いでローガンを見つめた。「あなたの会社の採用試験に応募した覚えはありません、ミスター.ローガン。身辺調査など必要ないでしょう。お引取りください」
「十分だけ」
「お断ります。仕事がありますから。さようなら、ミスター.ローガン」
彼は首を振った。「帰りません」
イブは身をこわばらせた。「いいえ、帰ってください」
ローガンは研究室の外壁に寄りかかった。「どうぞ、お仕事を始めてください。お手すきになるまで、ここで待っていますから」
「何を言ってるの。仕事が終わるのはきっと真夜中すぎよ」
「では、真夜中すぎに又」先ほどまでの魅力的な物腰は完全に掻き消えていた。今のローガンは、氷のように冷ややかで、強情で、決然たる表情を浮かべていた。
イブはドアを開けた。「お帰りください」
「話を聞いていただくまでは帰りません。私のわがままを受け入れるほうが、はるかに簡単だと思いますよ」
「楽をするのは嫌いなの」イブはドアを閉め、電灯をつけた。楽な道を行くのは性に会わなかったし、世界が自分を中心に回っていると信じているような男に服従するのも嫌だった。過敏といわれればそうかもしれない。いつもなら誰になんを言われても動揺させられることなどなく、あの男は彼女に手出しをしようとしたわけではなく、仕事場に割り込もううとしただけなのだ。
いや、違う、彼女にとって仕事場は神聖な場所だった。あんな男、一晩中でもあそこで待たせておけばいい。
午後十一時半、イブは研究室のドアを勢いよく開けた。
「入って」そうぶっきらぼうに言う。「母が帰ってきたときに、あなたにそこにいてもらいたくないの。びっくりするかもしれないでしょう。ただし、十分だけよ」
「ありがとう」ローガンは小さな声で言った。「お気遣い感謝しますよ」
その声に皮肉やいやみは感じられなかったが、心中はどうだか分からない。「やむをえず、よ、もっと早く降参してくれるだろうと思ったのに」
「必要なものは絶対に手に入れる質でね。しかし、よく市警のご友人に通報して私を放り出そうと思いませんでしたね」
「あなたは有力者でしょう。きっといろんなコネを持ってるわ。市警の人たちをいたはさみにするような真似はしたくないもの」
「悪い知らせを持ってきたからと言って、使いの者を殺すような真似はしません」ローガンは研究室を見回した。「へえ、結構広いんですね。外からはもっと小さく見えたが」
「車庫に改装される前は馬車庫だったそうだから、この地域は古い歴史があるの」
「予想とまるで違うな」彼は赤茶とベージュの縞模様のソファや窓枠にならんだ観葉植物を眺めた後、部屋の奥の棚に飾られたサンドラとボニーの写真入りの額に目をやった。「とても~~~温かい雰囲気だ」
「冷たいむき質な研究室は大嫌いだから。効率的でありながら、同時に温もりのある仕事場にしてはいけない理由はないでしょう」イブは机の前に腰を下ろした。「で、話って?」
「あれは何です?」ローガンは研究室の片隅に歩み寄った。「ビデオカメラが二台?」
「スーバーインポーズに使うものよ」
「そのスーバーインポーズ何とかーーほう、おもしろいな」ローガンの視線は、今度はマンディの頭蓋骨に引き寄せられていった。「まるで無数のちっちゃな槍が突き刺さったオカルト映画の小物みたいだ」
「それは各計測点の軟組織の厚さを示してるの」
「毎回こうしてーー」
「話って何?」
ローガンは戻ってくると、机の脇に腰を下ろした。「ある頭蓋骨の個人識別をお願いしたい」
彼女は首を振った。「「私は優秀だけど、確実識別したいなら、歯科治療記録かDNA型検査しかないわ」
「そのどちらも比較するための資料が必要でしょう。しかし、ほぼ間違いなしと断定できるまでは、その方面からは攻められない」
「なぜ?」
「いろいろと面倒が生じる」
「子供なの?」
「いや、成人男性」
「身元に心当たりは?」
「なくもない」
「でも、私には教えてくれないのね?」
彼はうなずいた。
「その男性の写真は?」
「ある、しかし、君には見せない。先入観なしに元の顔を復元してもらいたいから」
「遺骨はどこで発見されたのかしら」
「メリーランド州~~~だと思う」
「知らないの?」
「ああ、まだ」ローガンはにやりと笑った。「実は、遺骨はまだ発見されていない」
イブは目を丸くした。「立ったらなぜ私のところに?」
「現場に立ち会ってもらいたいからだ。一緒に来てほしい。遺骨が発見され次第、敏速にことを進めざるをなくなるだろうから」
「つまり、私はやりかけの仕事を放り出してまで、あなたの言う遺骨が発見されるわずかな可能性に賭け、メリーランドくんだりまで出かけていくってわけ?」
「その通り」ローガンは平然と言った。
「冗談でしょう」
「二週間で50万ドル」
「何ですって」
「君が自分でも指摘したように、君の時間は貴重だ。この家を借りて住んでいることも私は知っている。それだけあればこの家を買い取ってもまだ相当額が手元に残る。二週間、割いてくれるだけでいい」
「なぜこの家を借りていることを知ってるの?」
「市警のご友人ほど口堅くない連中がほかにいてね」彼はイブの表情をうかがった。「君にて調査したのがお気に召さないらしいな」
「ええ、その通りよ」
「まあ、無理もない。私だって嫌だ」
「それでも調査はしたわけね」
彼は先ほどイブが口にしたのと同じ言葉を使った。「やむをえず、ね、取引する相手については知っておく必要かある」
「だとしたら、時間の無駄だったわね。私との取引は不成立だから」
「50万ぢるの現金に魅力を感じないと?」
「私が聖人か何かだとでも思ってるの?ええ、もちろん魅力だわ。私はスラム街で育ったのよ。だけど、私の人生はお金を中心に回っているわけではない。最近は仕事を選ぶようにしてるの。あなたの依頼を受ける気はないわ」
「なぜ?」
「興味が持てないの」
「子供の事件ではないから?」
「それもあるわ」
「犯罪の被害者は子供だけとは限らない」
「でも、子供ほど無力なものもない」イブは少し考えてから尋ねた。「その男性犯罪の被害者なの?」
「あるいはね」
「殺人事件?」
ローガンはしばらく無言だった。「おそらく」
「なのに、あなたはここで殺人事件の現場に一緒に言ってくれと私を口説いているわけね。ジョン.ローガンは殺人事件に関係していますと警察に通報してはいけない理由があるかしら?」
彼の顔にかすかな笑みが浮かんだ。「理由は、私は否定するからだ。ボリビアに埋められたナチスの戦争犯罪の被害者の遺骨を、君に調査してもらおうと考えていたと言うからだ」ローガンは一瞬の間を置いた。「その後、ありとあらゆるコネを使って、アトランタ市警の君の友人たちがまぬけぞろいに、あるいは犯罪に加担したように見せかけるから」
「使いの者に殺さないと言ったじゃないの」
「それは君がそこまで友人思いだと分かる前の話だ。友愛の情には、どうやら二つの使い道があるようでね。そして、人は差し出された武器を使うものだ」
確かに、この男ならばそうしかない。こうして話している間も、彼は彼女を観察し、彼女の質問や返答を一つ一つ吟味している。
「ただし、私だって進んでそうしたいと望んでいるわけじゃない」ローガンが続けた。「私はできる限り正直に話をしているつまりだ。嘘をつくことだってできたが」
「省略もうその一つと言う得るわよ。あなたは私に何ひとつ打ち明けていないも同然」イブは彼の目をまっすぐに見据えた。「あなたは信用できないわ、ミスター.ローガン。あなたみたいな人なら、遺骨の個人識別を頼まれたことが一度もないと思ってるの?去年ミスター.ダマーロと言う男が訪ねてきたわ。多額の報酬を引き換えに、フロリダに来て、たまたま手に入った頭蓋骨の復顔をしてくれないと頼まれた。その頭蓋骨は、ニューギニアの友人から送られてきたものだと言ってね。人類学上の大発見になるだろうと言う話だった。ところがアトランタ市警に調べてもらうと、そのミスター.ダマーロの本名はフアン.カメス、マイアミの麻薬密売人だと判明した。その頭蓋骨は、警告としてカメスの元に送られてきたものだった」
「ほろりとさせられるね。麻薬密売人の家族も愛情で結ばれているらしい」
「笑えない冗談ね。そういう連中にヘロイン中毒にされた子供たちに同じことを言えるの」
「確かにそうだ。ただ、私が組織犯罪にはまるで関係していないことは保証する」彼はおどけた顔をした。「まあ、呑み屋から馬券を買ったことくらいは何度かあるにしても」
「ねえ、それは私の警戒心を解くのが狙いで言ってる冗談?」
「君の警戒心が解けるとしたら、完全に意見が一致した時だろうな」彼は立ち上がった。「約束の十分は過ぎたし、ごり押しするつもりもない。しばらく私の申し出について考える時間を上げよう。又後で電話する」
「もう考えたわ。返事はノーよ」
「まだ交渉を始めたばかりじゃないか。そうだ、君に考える気がないなら、私が考え直そう。君にとって意義のある仕事になるような条件を、きっと提示できるはずだから」彼は探るような目でイブを見つめた。「私の何かが気に食わないらしいな、何だ?」
「別に、世間に知られたくない死体を背負い込んでるらしいことくらいかしら」
「世間には知られたくないが、君は特別だ。君にはぜひとも知ってもらいたいからね」
ローガンは首を振った。「それだけじゃないはずだ。教えてくれないか、改めるから」
「おやすみなさい、ミスター.ローガン」
「そうか、私をジョンとは呼べないと言うなら、せめてそのミスターと言うのは省略してもらえないかな。他人が聞いたら私にしかるべき敬意を払っているように聞こえる」
「おやすみなさい、ローガン」
「お休み、イブ」彼は塑像台の前で足を止め、頭蓋骨を眺めた。「だんだん彼が好きになってきたな」
「彼女よ」
ローガンの顔から笑みが消えた。「これは失礼。ちゃっかすつもりではなかった。死んだらどんな姿になるのか目のあたりにしたときの反応は、人それぞれってことだろう」
「ええ、そうね。ただ、早すぎる死に直面ざるを得ない場合もある。マンディはまだ十二歳にもなってなかった」
「マンディだって?身元がわかってるのかい?」
うっかり口を滑らせてしまった。まあいい、たいしたことではない。「まだよ。でも、私はいつも頭蓋骨に名前をつけるの。ね、私に断られてよかったと思ってるんじゃない?私みたいな変わり者に大事な頭蓋骨を触られたくはないでしょう」
「いやいや、そんなことはない。変わり者は大歓迎さ。サンホゼの私のブレーンの半数は、奇人変人でね」彼はドアに向かった。「ところで、あのコンピューターは三年も前の型だ。それの倍も速い新型が出ている。あとで送らせよう」
「いえ、結構よ。これで充分だもの」
「交換条件を列挙した契約書に署名しろと迫られた場合を除いて、賄賂を受け取っておくのが賢明だよ」 そういってドアを開ける。「それから、ドアには必ず鍵をかけること。今夜みたいに開けっ放しはよくない。室内で誰が待ち伏せしているカ分かったものじゃない」
「夜間は鍵をかけてるわ。だけど、一日中かけていては不便で仕方がないもの。研究室の中のものにはすべて保険がかかっているし、自分の身くらい自分で守れます」
ローガンはにやりと笑った。「だろうな。又電話する」
「ねえ、返事はもうーー」
部屋は無人だった。ローガンはすでに消え、ドアは閉まっていた。
イブは安堵の溜め息をついた。又連絡してくるだろうと確信していたからではなかった。あれほどかたくなに意思を貫き通そうとする相手は初めてだった。物腰は柔らかくても、鉄のような意志が垣間見えた。しかし、これまでにも強引な人間と渡り合った経験がないわけではない。一歩も譲らずにいれば、そのうちジョン.ローガンもくじけ、連絡してこなくなるだろう。
イブは立ち上がり、塑像台に歩み寄った。「あんまり頭がいいとは思えないわね、マンディ。あの人、あなたが女の子だってことさえ分からなかったのよ」とはいえ、見分けのつく人はそうはない。
机の電話が鳴った。
ママかしら?このところ、車のエンジンがかかりにくいとぼやいていた。
母親ではなかった。
「車まで戻ってから思い出したんだが、」ローガンだった。「最初の条件にも一つ付け加えるから、それも合わせて考えてみてくれないか」
「そもそも考える気はないわ」
「君には50万ドル。さらに50万ドルを、<失踪家出児童のためのアダム基金>に。君は収入の一部をあの基金に寄付しているんだったね」ローガンは誘惑するように声を潜めた。「それだけの資金があれば、いったい何人の子供が家族の元に帰れると思う?」
そんなことは彼より彼女の方がよく知っていた。これほど抗しがたい誘惑はほかになかった。策证魏韦郡毪蛐牡盲皮い毪妊预σ馕钉扦稀ⅴ愆`ガンはマキアベリよりも上だった。
「大勢の子供たち。二週間、割く価値はあるだろう?」
それどころか、十年分の価値があった。「犯罪に加担するんだとしたら、価値はないわ」
「罪はしばしば見る者の眼に存する」
「くだらない」
「では、その頭蓋骨にまつわる犯罪行為に、私は一切関与していないと誓ったら?」
「あなたの誓いを信じる理由がある?」
「私について調べてみるといい。嘘つきだという評判はどこからも出てこないはずだから」
「評判になんか何の意味もないわ。人は必要とあらば嘘をつくものよ。私は懸命に働いてキャリアを積んできた。その努力を無駄にするなんてごめんだわ」
しばしの沈黙。「この仕事が終わるころには、切り傷の一つや二つはできているだろうが、全力で君を守ると約束する」
「自分の身くらい自分で守れるわ。あなたの依頼を断ればいいんだもの」
「そう言いながら、君は心を動かされている。違うかな?」
悔しいことに、確かに心を動かされていた。
「では、<アダム基金>に70万ドル出そう」
「お断りよ」
「明日又連絡する」電話を切れた。
忌々しい。
イブは受話器を架台に戻した。あの忌々しい男は、どのボタンを押したらいいか心得ているのだ。あれだけの資金があれば、ほかの行方不明の子供たち、まだどこかで生きているかもしれない子供たちの捜索が可能になる~~~
そのうちのほんの何人かでも家族の元に帰してやれるのなら、危険を冒す価値はあるのではないか。イブの目が塑像台に向く。マンディ家出少女だったのかもしれない。もし家に帰るチャンスを与えられていたら、彼女は~~~
「やめておいたほうがいいわよね、マンディ」イブはささやいた。「きっと犯罪に手を貸すことのなるもの。ほんのわずかでも良心のある人なら、こんなことに100万ドルを超えるお金を出そうなんて考えないわ。断るべきよね」
しかし、マンディから答えが返る筈もなかった。死者は答えるすべを持たない。
しかし生者は違う。ローガンは、電話が鳴るのを彼女が待ち構えていることを知っている。
忌々しい。

ローガンは哕炏伪长摔猡郡臁ⅴぅ
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发表于 2008-5-22 15:49:24 | 显示全部楼层
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发表于 2008-12-26 08:50:42 | 显示全部楼层
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发表于 2009-4-12 15:21:14 | 显示全部楼层
2# wurong
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发表于 2009-4-12 15:34:15 | 显示全部楼层
什么题目啊?
写日语翻译了,大家帮帮我啊?
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