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我看完的小说,很不错的/又有好多口语就打出来/

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发表于 2005-6-20 17:24:22 | 显示全部楼层 |阅读模式
本来在年后就应该打完的,1是没那么多时间天天打字,2是打完后咖啡论坛也上不来了,今天总算发上来/
ずっとずっとあなたのそばに 映画「いま、会いに行きます」-澪の物語
祐司、これ見て。ママね、祐司のために絵本を作ったの。
えほん?
そう、絵本。
絵本!
さあ、始めるわよ。
まぁるい。これ、おつきさま?
ううん、これはお星さま。このお星さまはね、アーカイブ星というの。
アーカイブ?
アーカブイ。
きいろい。
うん、黄色いに光っているのよ。
光ってる。
ここはね、死んだ人が行く星なの。
死んだ人?
祐司とパパと、ママのいるこの星から去って行った人たちが、この星で平和に穏やかに暮らしているの。
ふうん。
もしもいつか、いつか、ママがアーカイブ星に行くことになっても、
ママここにいくの?
ママは祐司とパパをずっと、見守っているから。
すぐ帰ってくる?
ずっと、見守っているから。
ママ?どうしてないてるの?
そしてね、雨の季節になったら、あなたがどんなふうに暮らしているか、きっと確かめに戻ってくるから。
腹部の鈍痛で目が覚めた。
深い呼吸を意識しながら寝返りを打ってみる。痛みは静かに増していき、体中に広がっていった。
隣で眠っているあなたを起こさないように、私はできるだけ静かに布団から出てキッチンに向かう。
食器棚の引出しから薬袋を取り出す。片手でお腹を支えたまま袋から薬を取り出そうとするが、うまくいかない。床に座り込み、両手で薬袋を引き裂いた。
大きく息を吐く。吸う。吐く。
薬を握り締めた手をシンクニ置き、腕に渾身の力をこめて立ち上がる。
上体を起こし、その勢いでカプセル錠を口に入れる。腕を伸ばし、グラスを取って、水道の蛇口をひねった。
グラスの水を口に撙帧Oⅳ蛑工帷o理やり水と薬をのどの奥に押し込み、息を吐いた。と同時にグラスをシンクの中に落としてしまった。
咄嗟にあなたと祐司の寝ているほうを見る。
静かだ。二人ともよく寝ている。
私は荒い呼吸を繰り返しながら床に座り込む。唸るような痛みが何度も私を襲う。私は呪文の言葉を繰り返し呟いた。
大丈夫よ、、、、、、大丈夫。
その日、あなたはいつもより早く目覚めた。キッチンに入ってくると、テーブルに座っていた私の目の前に腰を下ろす。いつものわたしたちの場所。
「痛むの?」
心配そうに私の顔を見つめる。
私は肩をすくめて首を横に振る。
「なんだか、目が覚めちゃって、、、、、、」
「怖い夢でも見た?」
そう、痛みに目が覚めるまで、わたしは確かに夢を見ていた。
黄色い星 アーカイブ星。
清潔で、図書館のように静かな場所。
この世を去った者は、その星でみな穏やかに暮らしている。この世界に残る誰かが彼らのことを覚えている限り、その星で生きていられる。
夢の中で私は、その星からあなたたちに呼びかけていた。
ちゃんとご飯を作ってる?
ちゃんとワイシャツにアイロンはかけた?
返事は、ないのだけれど。
「どんな夢?」
「不思議な夢だったわ」
「よかったら、教えてくれる?」
私はあなたを見る。
胸が震える。
私の気持ちはあのころとなにも変わらない。
陸上部だったあなたがグラウンドで走っているのうぃ、遠くから見つめていたあの頃と。
私は腕を伸ばして、あなたの頬に触れた。
「あなたこそ、ちゃんと寝なくちゃ。そうでしょ?」
「澪、、、、、、、」
「私は平気よ」
私は小さく笑ってみせた。
「もう少し眠るといいわ。朝食を作ったら起こしてあげるから」
あなたは黙って私の右手に触れる。それから隣の部屋で眠っている祐司をちょっとだけ振り返った。
「すごい寝相ね」
私は笑った。あなたも笑いながら応える。
「きっと幸せな夢を見てるんだよ」
「そうね」
「祐司に絵本を描いたんだってね、聞いたよ」
あなたは私の右手を握りながら言う。
「僕も、祐司も」
四度目の退院から十九日目の朝
「君を失うなんてできない」
私はきっとこの朝のことを、アーカイブ星で何度も思い出すだろう。たくさんの、あなたとの幸せな思い出とともに。
「あなたは私を失ったりしないわ」
あなたは私を見る。
そうだよね」
「大丈夫よ」
あなたは安心したように笑う。
「絵本のさ、アーカイブ星、上手に書いてたね」
「ありがとう。アーカイブ星なんだけれどね」
「え?そうなの?」
1私があなたと出会ったとき、私は十五歳で、あなたも十五歳だった。
出会った頃の私の髪はベリーショートで、まるで男の子みたいだった。
思春期特有の心の変化や体変化についていけなくて、、女の子として見られるよりも、ただの子供でいたかったのだと思う。
髪をこれ以上できないくらい短くしていたけれど、それでも男の子のように扱われるのもいやだった。だから本当は、女の子であることを自然に受け入れているクラスメイトを見るたび、羨ましくて仕方なかった。
どうしてそんなふうに何の抵抗もなく、唇に口紅が塗れちゃうのかしら。
その頃の私は薬用のリップクリームでさえ、人前では絶対に塗れなかった。
なんだかとても、恥ずかしくて。
恋の対象に男子を意識するのもなんとなくいやで、視力が悪くなったのをいいことに、私は銀色のメタルフレームの眼鏡をかけるていた。その眼鏡がどんなに可愛くないかは、私が一番よくわかっていたけれど、眼鏡をかけることで、ずいぶん安心できたきがする。眼鏡が私を守っていた。
男の子に興味ないの。だからほっといて。
そんなふうに。
私たちは三年間同じクラスで同じ班で、席はたいていあなたの右隣か左隣だった。常にあなたはわたしの半径1メートル以内にいて、あなたを取り囲む空気にわたしはいつの間にかリラックスすることを覚えてた。
いつもガンガチに構えていたわたしが、なぜかしら、あなたの半径1メートルが一番落ち着ける場所になっていた。
だけどその頃はまだそれが恋だなんて気が付かなかったし、あなたは試験前にしか私に話し掛けてこなっかた。
「ごめん樚铯丹蟆ⅴ惟`ト貸してくれる?」
「どうぞ」
私、きっと可愛くない顔で貸してた。えっ、また?見たいな顔であなたにノートを手渡してた。でもね、本当は嬉しかった。誰かの役に立つなんて経験、たぶんこの時が初めてだった。誰かの役に立てて、胸がおどる なんて経験は間違いなくこの時が初めてだったと思う。嬉しくて笑いそうになっちゃったけど、こらえてたから余計変な顔をしてたと思う。
「助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
「すごく読みやすいよね。樚铯丹螭违惟`トは上手にまとめてあって」
「そう?」
なんて言いながら、その言葉が嬉しくて、だから授業中熱心にノートをとった。
だけどどういうわけか、成績は中の中だった。へんねまぁいいけど。
あなたは陸上部で1500メートルの選手だった。
放課後、教室から見えるグラウンドを何周も走っていた。
抜けるような青い空とグラウンドの間の高さから、走っているあなたを見ていると、胸が震える。
走っているあなたを見ているこの一秒一秒が永遠ならいいのに、と思った。ずっとあなたを見ていたい。
わたしはやがてこの気持ちが恋だと気付く。私の初めての恋だった。
その思いはあまりにも大切な宝物のようで、だから友達にも、あなたにも、気付かれないように、心の奥底にしまっていた。
日本史の時間。
あなたは私の右隣であくびをしている。教科書を机に立てて、そこに隠れるようにうつむいて何度も。
「樚铯丹蟆筡
あなたの声に私は右を向く。
幕末の日本。尊王攘夷。
あなたが私の机の上を指差す。
なに?ノート?
あなたが手を振る。ちがうちがう。
「シャープペンシル」
「え?」
「芯、出すぎ。折れちゃうよ」
私は慌ててシャープペンシルの芯を引っ込める。
右を見るともうあなたはあくびをしている。
 幕末の日本。
教科書の内側であなたは腕を組んで、うつぶせて寝ている。
あなたは陸上の練習で疲れて、よく授業中寝ていた。
あなたは決まって机に腕を組んで、その上に顔を載せて寝ていたけれど、たいていはわたしのほうに顔を向けて眠っていて、肩に隠れて見える寝顔はいつも、私を幸せな気持ちにした。
だけど、三年間なんてあっという間に過ぎてしまった。
心地よかった半径1メートルは、桜が蕾になる前になくなってしまった。
卒業式を終えて教室に戻り、高校生活最後のホームルームも終えると、隣の席のあなたは机の中を整理していた。
「秋穂くん」
手を伸ばせば届く距離に、あなたはいた。三年間、ずっと。
「なあに?、樚铯丹蟆筡
「これになにか、書いてほしいの」
私はサイン帳をあなたに見せた。
「いいよ、貸して」
<きみの隣はいごこちがよかったです。ありがとう>
ねえ、わたしたちは同じことを感じていたのよ。
私はありがとう、とあなたに言った。
「わたしも」
「あなたの隣はいごこちよく感じていたわ」
好きです。
「じゃあ、さよなら、樚铯丹蟆筡
「ええ、さよなら」
あなたはスポーツバックを持って教室から出て行った。あなたが私の半径1メートルから離れていくのを、私はゆっくりと実感した。
それから私たちは別々の路へ進んだ。
私は東京の大学に進学して、寮生活を始め、あなたは地元の大学に進学した。
半径1メートルは何十キロにも離れてしまった。
ところで、あなたはサイン帳にメッセージを書いたあと、サイン帳といっしょにあなたのシャープペンシルまでわたしに渡していた。その時はドキドキして気付かなかったのだけど、握り締めているそれに気付いたのは校門を出た後だった。
正直に言うと、記念にもらおうかしらって考えた。サイン帳に書いてもらったあなたのシャープペンシル。きっと私は一生のほう  にする。でもこれはあなたのものだし、もしかすると大切なものかもしれないし、ひょうっとするともう一度あなたに会える口実になるかもしれない。
一月悶悶と悩んで(一月よ!なんて奥手なの)、あなたに手紙を書いた。とても短い手紙だけど。
あなたのシャープペンシル預かっています。どうしましよう?
するとあなたから、すぐに返事が来た。
{大事な品です。取りに行きます。}
ほんとに?ねえ、ほんとに?わたしはまたあなたに会えるの?
あなたから初めての手紙をもらった夜は全然眠れなかった。だけど私はこう書いた。
{今は、寮に入っています。実家に帰ったときに連絡します。}
それまでには、この中途半端な長さの髪も肩にかかるほどになっていると思う。
初めて買ったバレッタで髪をとめ、あなたに会うの。
それから、この銀縁眼鏡もやめて、コンタクトレンズを買いに行こう。
夏休みの九月七日にあなたと再会を果たすまで、私は毎日鏡と格闘した。ピーチピンクの口紅とアプリコットオレンジの口紅のどちらが私に似合うのかよくわからなかったし、バレッタを買ったのはいいけれど、伸びた私の髪は直毛すぎて、耳の上の髪を後ろでとめようにも、横にパサパサト戻ってくるし、ピンの使い方なんて知らなかったから、鏡の前で何度も不機嫌になった。
とにかく、九月七日。
着ていく洋服は杏色のワンピースに決めた。それからハイビスカスのトートバッグに、あなたのシャープペンシルを忘れずに入れて。
私たちは互いの家の中間地点にある駅のコンコースで待ち合わせた。
約束の三十分前に着いたので、駅の洗顔所でもう一度眼鏡をチェックする。最後間で口紅の色に悩んだ。
ピーチピンクのほうが私の肌色に合っている気がするけど、ワンピースにはアプリコットオレンジのほうが色としてあっていると思う。でも今の流行を考えて、アーモンドベージュのようなヌーディーな色もいい感じだし。、、、、
洗面所は込んでいて、鏡を占領している私は、誰かが洗顔台を使うたび、口紅三本とバッグを持って端に移動し、いなくなったら再び鏡の前に立った。
ふう、とため息をつくと、隣で化粧直しをしていた五十台くらいの女性が横目でちらりと私を見た。思わず、どれが一番私に似合うと思います。と訊ねそうになったけれど、心臓が鳴りすぎて、最初の「どれが」出ない。
女性は声の出ない私と目を合わせたまま、「どれでもいいじゃない」と言った。
「あなたかわいいんだから」
そういって、彼女は化粧ポーチをバッグに入れて、パチンと閉めた。
「あ、ありがとうございます」
「自信を持って」
彼女は手のひらを振って、出て行った。
私はもう一度息を吐いた。
どこのどなた様か知らないけれど、私のことをかわいいと言ってくださってありがとう。
わたしは鏡の中の自分を見つめて、自信を持って、と呟いた。
私は口紅をきゅっと結び、それからゆっくりと開いて、アプリコートオレンジの口紅を塗った。
コンコースで十分ほど待っているとあなたの姿が見えた。胸が鳴る。
ああ、全然変わってない。ほら、あの歩き方も同じ。でも制服じゃない、トレーニングウェアでもないあなたを見るのは初めてだった。あなたは半袖のシャツに薄いベージュのコットンパンツを合わせていた。
目が合って、あなたは私に駆け寄る。
「こんにちは、お久しぶり」
私の声は1オクターブ高かったかもしれない。
「うん、ほんとに久しぶりだよね」
半年ぶりの半径1メートル。ほんの少し、あなたが緊張しているのがわかる。だけどこの空気感はあのごろと変わらない。あらためてここが私の居場所だと感じる。
「そう、あの、シャープペンシルよね?」
私は慌ててバッグからペンシルを入れた緑色の封筒を取り出し、あなたに手渡した。
「ごめんなさい、長い間」
「いいよ。僕の不注意だし」
あなたは言った。
「それに、こうやって今は僕の手に戻ってきたし」
「大事なシャープペンシルなのよね?」
「うん、伯母さんからの誕生日プレゼントだったんだ。生まれて初めて買ってもらったシャープペンシル」
あなたはペンシルを光にすかして、嬉しそうに私に向いた。
「どうもありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
用事はここですっかり終わってしまった。でも私はあなたの半径の1メートルからまだ離れたくなかった。私はうつむいたまま、あなたの左隣であなたの次の言葉を待っていた。ええと、とあなたは言った。私はあなたを見上げた。
{のどが渇かない?}
私はこくこくとうなずいた。うんうん。
「なんだか暑いよね」
うんうん。
「じゃあ、冷たいものでも飲みに行こうよ」
あなたの後ろをさっき洗面所で一緒になったおばさんが通った。
おばさんが私に向けて笑顔を送る。私は照れ笑いをおばさんに返した。
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 楼主| 发表于 2005-6-20 17:26:29 | 显示全部楼层

私たちの記念すべき初めてのデートは、その駅のすぐ向かいにある喫茶店だった。
そのお店に私たちは五時間いた。すごい。
私たちは北校舎の教室でないところで、五十分ごとの休憩時間もなく、五時間もの間、半径1メートルの時間を過ごした。すごい。
あなたはその日、てん ペンギンの子育てについて話してくれた。どうしてその話になったかとういうと、その日は九月にしては猛暑で、地球の温暖化の話になって、だったら北極とか南極はどうなっちゃうのかな、という話になって、北極熊なら動物園で見たことがあるけどこの暑さではバテてるわねと私が話すと、皇帝ペンギンが僕は好きなんだ、とあなたが話したことから始まったのだ。
「キングペンギンって聞いたことあるけど、皇帝ペンギンのこと?」
「違うよ、似てるけどね。南極大陸本土で繁殖するのは皇帝ペンギンとアデリーペンギンの二種だけなんだ。キングペンギンやジュンツーペンギン、イワトビペンギンなんかは南極大陸周辺の海域で繁殖してるんだよ」
「そうなんだ」
「四月になると、皇帝ペンギンは子育ての場所を探して100キロの移動を始めるんだ。
メスは卵を一個だけ産むと元の場所に帰っていく。オスがそのあとを引き受けるんだ」
「引き受けるって」
「卵を温めるんだよ」
「オスが?」
「そうだよ。卵は氷の上では生きていけないから、オスは自分の足の上に卵をのせて温まるんだ」
「あ、その光景は図鑑で見たことあるような気がするわ。あれってオスの姿だったのね」
「うん。でね、その間オスは餌を取りにいけないんだよね。つまり食べられない。だから卵を温めている間に体重が半分くらいに落ちることだってあるんだよ」
「すごい。忍耐強いのね。メスは何も協力しないの?」
「卵がかえる七月頃になると、メスは雛に餌を与えに戻ってくるんだ」
「そこから家族が始まるのね」
「その頃には広い範囲でペンギンのつがいだらけだよ」
「足の上ってあったかいのかしら?」
「温かいよ。ヒナは生後八週目まで親鳥の足の上で過ごすんだ。あったかくて安心だよ。写真で見る限り、ヒナは安心しきった顔で親鳥の足の上にいる」
「かわいい」
あなたはジンジャエールを、私はアイスコーヒーを注文したきり、あっという間に五時間は過ぎた。そして、日が暮れて帰る時間になってしまった。
私たちは一緒に駅に向かい、切符を買った。一緒に改札を抜け、ホームに降りた。五分後にあなたの列車が、その二分後に私の列車が来る。
皇帝ペンギンの子育てや巣立ち方は面白かったけれど、それよりももっと、あなたの楽しそうに話す姿が嬉しかった。あなたの姿を一秒一秒胸に詰め込んだ。これから先何十年経っても今日のあなたを寸分違わず思い出せるように。笑う時の目の下の小さなシワや、ふと話をとめて真顔でわたしを見る瞳の色まで。
「樚铯丹螭蛞娝亭盲皮閹ⅳ毪琛筡
「私も、もう一本ぐらいは大丈夫だから」
まだ離れたくない。
これきりになってしまうのはいや。
だけどちゃんと列車はホームにやって来た。
「次はいつ会える?」
「私は伩亭尾à藚驻蓼欷屏熊嚖藖り込む。
「またわたし、寮に戻っちゃうの」
発車のベルが鳴る。私は大声であなたに言う。
「だから、、、、、」
また手紙を書きます!
ドアが閉まった。
ねえ、ちゃんと聞こえた?
寮に戻る頃には夏はすっかり終わっていた。
九月七日には聞こえた蝉の鳴き声のかわりに、風に揺れる木々が秋の訪れを知らせていた。
寮に幸い一人部屋で、お風呂とトイレが共同だった。毎朝食堂で朝食をいただくより先に寮全体の掃除時間がある。朝起きて、身支度を済ませたら、まず掃除。
秋穂 たくみさま
清掃活動はたしかに大事だと思います。
キレイな場所で精神も磨かれる、、、、、、それは確かにありえそうだけど、掃除ってやっぱりしたい時にしたいものだと思わない?
そのあと一斉に食堂で朝食です。寮生一〇〇人が一同に手を合わせて「いただきます」。
壮観です。ところが意外と掃除のあとの食事っておいしいのよね。寮に入らなかったら、知らなかった種類のおいしさだったかも。
巧くんの陸上はどうですか?
樚铯丹螭豛
手紙をありがとう。
すごいね、女の子の寮ってきっとすごくきれいなんだろうね。
男の僕には目覚めから掃除って、ちょっと想像できないけど。
ご飯がおいしいってのは、なんかわかる気がしました。
こちらは高校の時と違って、もっと先輩後輩の関係が厳しいです。
でも自分の納得できる走りがしたいから、頑張ります。
応援よろしくね。
秋穂 巧さん
頑張ってるのね。えらいなぁ。
あの頃、放課後校庭を走る巧くんを見ていたら、いつも私も頑張らなきゃって思ってたの。また巧くんの走っている姿がみたいな。もし、試合とかあったら知らせてね。応援に駆けつけるから。
ところでどうして最初に走ろうって思ったの?そのきっかけは?
よかったら教えてくださいね。
樚铯丹螭豛
ありがと、応援うれしいよ。
手紙をもらって、僕にとって走る、ってなんだろうなあ、と考えてみました。
僕は毎日邉訄訾违去楗氓矗埃哎岍`トルをくるくる、くるくる回っています。
これって楽しいのかそうじゃないか、と聞かれると、楽しいってことはないんだ。
でもとても面白い感じてる。すごく普遍的な行為だよね。惑星も電子も、みんなそうやって回ってるんだから。
僕はもともとこの変わりない行為が好きなのだと思う。
いまはタイムに追われているし、自分の限界を知りたいという好奇心もある。けど、もしいつかそういうことから解き放たれたら、僕は惑星や電子のように、それが生きている上の当たり前のことのように、ひたすらに走ってみたい、と思う。
質問の答えになったかな?(え?なってないって?)
秋穂  巧さま
最近やっと涼しくなってきましたね。
お手紙読みました。巧くんにとって、走るってとても大切なことなんでしょうね。
当たり前のように大切なことって、あるな、と思いました。こうやって普通に呼吸してるけど、この普遍的な行為って生きる上でどうしようもなく大事なことだものね。
でも、世の中には自分にとって大切なものが時とともに移り変わることも珍しくないよね。
友情も恋愛もどんどん手軽になって相手を変えていくし、私自身あんなに好きでこれさえあればどこに行っても生きていけると思っていたチロリンチョコを最近あまり食べたいと思わなくなってきました。
好きな小説家も移り変わるし、十年習ってたピアノも受験の時にやめてしまったし。
巧くんのように普遍的なことを普遍的なことだと意識しながら続けられるのってすごいと思う。普遍的なことは普遍的なことだと意識されないから惑星も電子も回りつづけるのじゃないのかな。よくわからないけど。
秋の夜長に考えてしまいました。とにかく、巧くんは素敵、ということなんだけど。
樚铯丹螭豛
気温が下がると陸上の練習も少し楽になってきました。
やっぱ炎天下はキツかったー
「素敵」とか言われると照れちゃうよ。でもありがとう。
なんていうか、僕は変わりゆくものと、絶対に変わらないものと両方あると思うんだ。
変わらないものは、変わらないことに関していうと絶対的で、とにかく変わりようがないんだ。そのものが持つ意思と関係なくね。
そういうのって確実にあると思ってるよ。人の心にも。
心の中っていうか。あるよ、きっと。
秋穂  巧さん
うん、巧くん、そんな気がしてきた!
きっとそうだよね。
私の気持ちきっとそうだと思う。変わりっこないもの。
すごいよ、嬉しい。
そうそう、聞いて。寮のお風呂は共同で、毎回六人ずつ班ごとに入るんだけど(入学当初は裸のおつきあいって抵抗ありまくり!今はだいぶ慣れたけど、、、、、、)
今日ね、一緒にお風呂に入った友達に「澪、痩せてキレイになったんじゃない?」って言われたの。
なんとなく、巧くんと九月七日に会ってからいい感じ、な気がします(照)。
樚铯丹螭豛
樚铯丹螭螝莩证沥盲皮胜螭坤恧Γ縗
よかったらまた教えてね。
お風呂の話は、僕も、照れます(なぜか聞かないように)。
とにかくすばらしいってことだ。なによりなにより(照)
私たちが二度目のデートを果たしたのは、年が明けて最初の月曜日だった。
蝉の鳴き声から季節を超えて、厚みのある白い空の下で私たちは会った。といっても待ち合わせ場所は夏の終わりと同じ、駅のコンコースなのだけど。
今度はあなたが先に待ち合わせ場所にいて、本を読んでいた。少しの間、私はあなたがJRのお知らせポスターの前で立ったまま読書している姿を眺めた。
高校生の頃もあなたはよく休憩時間に読書をしていた。
あなたが瞬きもせず読んでいた本に、少しだけ妬いていた気がする。
「秋穂くん」
私は声をかけた。あなたは私に視線を合わせると、瞳を潤ませて鼻をすすった。
「泣いてるの?」
私は驚いて訊いた。あなたはこくんと頷いた。
「なにが悲しいの?」
あなたが無言のまま本の表紙を揚げ私に見せた。「タイタンの妖女」というタイトルで、表紙は首輪でつながれた犬の骨の絵だった。かわいいテリア犬が飼い主と離れ離れになって会うことも叶わないまま、死んでしまうストーリーなのだと、すぐに<  >
「あんたは優しいひとね」
「え?なに?」
「ううん、なんでも」
私は微笑んでみせた。それからずっと後になって、その本を借りてびっくりしたけど。
私たちは九月に入ったのと同じ喫茶店に入った。
とても幸せな月曜日の午後。
この日以来、私にとって月曜日は特別になる。
これよりずっと後のことだけれど、結婚式も月曜日にしたし、結婚届を役所に提出したのも月曜日。大事なことは月曜に!この年初めての月曜以来、これが私の密かなスローガンとなった。祐司が生まれたのも月曜日。なんてすばらしいの。
喫茶店に入って、あなたはすぐにこう言った。
「そのモヘアのセーター、似合ってるね」
それだけでも素敵なのに、あなたはさらにこう言った。
「もうすぐ誕生日だよね」
「ええ」
ドキドキした。なんとなく、手に持っていた大きな紙袋が気になってはいたの。
「これ、誕生日プレゼント」
あなたはノートよりも大きなサイズの包みをテーブルに置いて、私のほうに押した。
「すごい」
心に思うつもりが、本当に声に出してしまっていた。だって男の人にこんなふうにプレゼントをもらうのは初めてだったから。
包みを開けてみるとプラスチックのフレームだった。中には女の子の後ろ姿のイラストが入っている。肩までのストレートヘアとスカートにサンダル。
「これ、私?」
「そう、樚铯丹蟆筡
「秋穂くんが描いたの?」
「そう、僕が描いた」
男の人からプレゼントをもらったのも初めてだったけど、好きな人が私の絵を描いてくれるなんて経験も初めてだった。
「嬉しい、、、、、、」
「よかった」
「信じられない。すごく嬉しい。こんなことがあるなんて。すごい。嬉しい」
「喜んでもらえてよかったよ」
「嬉しい!大事にする!ありがとう!ありがとう!」
「そ、そんなに喜んでもらえて、僕も嬉しいよ」
注文していたダージリンティーとココアが来た。
抱きしめていたらココアが飲めないよ。樚铯丹蟆ⅳ趣ⅳ胜郡预Δ蓼恰ⅳⅳ胜郡瑜い克饯谓}を胸に抱いていた。プラスチックフレームは体温があるみたいに温かくて、あなたは気のせいだと笑うかもしれないけれど。微かにバニラの香りがした。
「ね、樚铯丹蟆筡
私はココアのカップをテーブルに置いた。
「はい」
「なんていうか、密かに気になっていたんだけど」
「はい?」
「樚铯丹螭螇浃铯椁胜莩证沥盲啤ⅳ胜耍俊筡
「え、、、、、」
「ほら、手紙にあったじゃない。人の心にも絶対的に変わらないものがあるよって僕が書いたら、樚铯丹螭悉长螝莩证沥鈮浃铯辘盲长胜ぁⅳ盲剖旨垽欷郡瑜汀¥饯欷盲皮胜螭坤恧胜ⅰ¥盲茪荬摔胜盲皮郡螭馈筡
「はい、えっと、、、、、」
「あ、もし嫌なら言わなくていいんだけど」
「あ、ううん、嫌じゃないわ」
「そう?」
私は頷いた。
あのね、と私は言った。だけどそれきり口ごもってしまった。
「樚铯丹螅俊筡
私は息を吐いた。
「私、秋穂くんのこと」
「うん」
「、、、、、、」
好きです。
「だから、秋穂君の手紙が嬉しかった。変わらないものがあるって、嬉しかったの。ずっと秋穂君のこと、好きでいていいよって言ってもらえた気がしちゃって。
秋穂くんが、私のことを好きになってくれても、くれなくても」
あ、だめ。涙が出てきた。
泣いちゃだめ。秋穂君がびっくりする。
私は慌てて、目頭を押さえながら言った。
「勢いで言っちゃったけど、あの、気にしないで」
「あ、いや」
あなたは言った。とても緊張した顔で。
「ありがとう、すごく、嬉しいよ」
私はあなたの言葉をゆっくりと飲み込んで、それからふふ、と笑った。あなたもつられて笑った。あなたはもう一度言った。
ありがとう、樚铯丹蟆f窑筏い琛
私も答える。
よかった。
喜んでもらえて。
私たちは少しだけ近づいて、少しだけ気持ちを触れ合わせた。
羽がふわりと肌に触れるようなささやかなものだけれど、そのときのわたしたちには精一杯だったし、十分だった。
秋穂、巧様
こちらはさっきから雪が降り始めました。
そちらはいかがですか?
今頃もきっと陸上の練習でしょうね。
この間はプレゼントをありがとう。寮の私の部屋に飾っています。
今手紙を書いている。この机の上です。見るたびにこれがわたし、って思うとドキドキします。あなたが私のことを考えて描いてくれたって思うだけでドキドキします。
絵を描くの、上手なのね。写真みたいに描けてるもの。
本当にありがとう。
寒い日が続くようです。あったかくして、無理しないでね。
樚铯丹螭豛
褒めてくれてありがとう。
僕の絵を喜んでくれてありがとう。
あの帰り道、マフラーを巻いて、コートのポケットに両手を突っ込んで、それくらい寒いのに、すごく温かい気持ちでいました。
樚铯丹螭槭旨垽颏猡椁盲皮狻⒔瘠长Δ浃盲皮撙耸旨垽驎い皮い皮狻ⅳⅳ郡郡莩证沥摔胜毪琛
練習も頑張れそうです。ありがとう。
次は春にあえるよね。今から楽しみだよ。
わたしはあなたからの手紙を胸に抱く。
胸にあるものが初めて実感する幸せの形なのだと思う。
あたたかい。
あなたの声が聴こえる。
抱きしめてたら、ココアが飲めないよ、樚铯丹蟆
樚铯丹螭豛
春に会えおうと約束していたけど、ごめん。
ちょっとこちらの都合で合えそうにないよ。
夏には会えると思う。
その頃には。
ごめん。
秋穂  巧さま
うん、了解しました。
忙しくてるのかな。
夏に会えるのを楽しみにしています。
練習、頑張りすぎないでね。
あなたから手紙が届く間隔がだんだんと広がっていく。
言葉は少なく、要領を得ない内容の手紙が増える。
寮から見える遠くの山々が新緑に輝くのを眺めながら、胸に広がる不安を目覚する。
これはなんだろう?経験したことのない不安。だけどあなたは夏に会えおうと言っている。会えば、安心できるはず。きっと今、陸上で忙しいのだ。走ることを求めてやまないあなたのことだから、きっとこうしている今も走っているに違いない。
「巧くん」
空は遠くの惑星まで見えそうなくらい透き通って青かった。なのに、どうしてこんなにざわざわと落ち着かないのだろう。
「巧くん、、、、、」
なにかあった?
夏休みになって、やっと私たちは再会した。半年ぶりのことだった。
いつもの駅で私たちは待ち合わせた。といってもいつものコンコース内ではなくて、駅前のロータリーで待ち合わせた。あなたは125ccのスクーターで迎えに来てくれた。
薄いグリーンのスクーター。あなたは私に白いヘルメットを手渡して、タンデムシートに仱护俊K饯衰攻`ターに仱毪韦铣酩幛皮坤盲郡椤⑸习肷恧ⅳ蓼辘瞬话捕à恰ⅳⅳ胜郡媳厮坤扦筏撙膜い皮い繗荬工搿%攻`ターの振動が体に響くのも初めてのの経験だったからちょっと怖かったし、腕や肩に風を受ける音をヘルメットの中で聴くのも初めてだった。
だけど目の前にあなたの背中がある、それだけで心強かった。とても心強かった。
だからスクーターに仱盲皮い腴gは、あなたにしがみついてばかりで、あなたの体温に気付かなかった。あなたの気持ちに。
あなたが向かったのは近くの邉庸珗@だった。
公園内にある大きなスタジアムの階段にわたしたちは並んで座った。階段には人はほとんどいなくて、ペットボトルを握った人がちらほらとランニングの休憩に利用していた。
「ここって、巧くんが去年の夏に走ったグラウンドだよね」
私は腕を広げて言った。
あなたの目はグラウンドを見つめたまま、うんと頷く。
「見たかったなぁ、カッコよかったでしょうね」
あなたは小さな声で、そんなことないよ、と言った。
去年の夏の終わりに再会した時も、今年の一月に会った時も、わたしが話すよりあなたが話すほうが先だったし、言葉も多かった。
「巧くん、、、、、?」
どうしたの?
あなたは返事をするようにため息をついた。それから時計を見る。
「あ、練習あるの?今日も忙しいのかな」
わたしはできるだけ自然な感じて尋ねてみた。
あなたはしばらくグラウンドを眩しそうに眺めて、いや、べつにいいよ、と言った。
わたしは立ち上がり、階段を二、三段下りて、グラウンドに下りてみようよ、とあなたに声をかけた。
「巧くんと走ってみたいな」
「、、、、、、今日、きみサンダルじゃない」
「だからちょっとだけ。巧くんと走るのって、ずっとあこがれてたもの」
あなたは黙っていた。息苦しい沈黙だった。
「巧くん、、、、、、?」
あなたはまたため息をついた。
そしてそのまま自分の足元を見ている。
私はあなたより三段下のところから、あなたを見上げていた。どうしていいのか、分からなかった。
帰ろうか、とあなたが言う。
わたしは頷くしかなかった。
あなたはわたしをもう一度スクーターに仱护啤Ⅰkに向かった。
私もあなたも一言も言葉を交わさなかった。赤信号で停止しても、私はあなたにしがみついていた。ただ、あなたにしがみついていた。こんなに近くにいるのに、あなたの背中は遠く、ひんやりとしていた。
駅に着くと、わたしはあなたのスクーターから降り、ヘルメット脱いであなたに返した。
あなたはエンジンを切って、それを受け取ると腕にかけ、そしてわたしを見つめた。
あなたの瞳の奥が悲しみに満ちている。そう思った。
「今度はいつ会えるの?」
「、、、、、、わからない」
あなたは言った。
「忙しいんだ。いろいろ」
「そう、、、、、、?」
あなたはわたしから目をそらした。あなたは俯いたまま答えた。
「うん」
「巧くん、、、、、、」
唇が震える。わたしはあなたに何を言えばいいんだろう。
「手紙を」
蝉が鳴く。私の声がいっそう小さく響く。
「、、、、、、書くね」
あの時あなたは、待っているよ、と言った。
私は学校の出来事や、勉強のこと、寮生活のことを手紙にして送った。できるだけ明るく、気軽な感じで。
あなたからの返事は一週間後が二週間後となり、一ヶ月後になっていった。少しずつ、言葉も減り、あなたの心が霞んで見えなくなっていった。
冬休みが始まり、帰省したけれど、あなたには会えなかった。
しばらくして寮にあなたから手紙が届いた。とても短い文面だった。
樚铯丹螭豛
のっぴきならない事情により、これから先きみへの手紙を書くことができなくなりそうです。また、いつか会えるといいね。同窓会とかさ。お互い結婚していたりしてね。
幸せになってほしいな。樚铯丹螭摔悉氦い证螭涝挙摔胜盲郡椤
さよなら。元気で
あなたの手紙を胸に抱くと、体がひんやりと冷えた。
そのまま部屋の床に座り込むと、涙が出た。
私は生まれて初めて、恋する人を想って泣いた。
涙はとめどなく溢れて、収拾がつかなかった。
しゃくりあげる胸を抑えることもできなかった。
あなたの走る姿。あなたの影をつくる夕日の反射した赤い空。
熱心に本を読む横顔。かすかに動く睫毛。
机に突っ伏して、肩に隠れて見えるあなたの寝顔。
あなたの字。きみの隣はいごこちがよかったです。
笑う時の目の下の小さなしわ。
深い瞳の色。
あなたは言った。ありがとう。すごく、嬉しいよ。
涙がとまらなかった。

近所の小川で泳ぐアヒルの親子や、小道で見つけたタンポポ、いとこのお姉ちゃんに赤ちゃんができた話なんかを、時々あなたに手紙して送った。
一週間前には偶然うまく描けたあなたの顔のラクガキを同封した。うまく描けたでしょ。
もちろん、あなたにはかなわないけど。
季節は巡って、また暑い季節が来た。うんざりするほどの青い空を見上げて、わたしはあなたを思った。
あなたはこの空の向うで、400メートルのトラックを何周もしているのかな。
「わたしに手紙がきてませんか?」
わたしは寮母さんの部屋を訪ねた。
手紙は一旦寮母さんが受け取り、それから各部屋のポストに入れてくれる。
わたしは寮母室を訪ねるたびに、同じ質問をした。
「来ていたら、ちゃんとポストに入れておくから」
初老の寮母さんは根気よく同じ答えを返してくれる。
「もうすぐ夏休みだから、今度は実家に届くんじゃない?」
私は黙ったまま首を横に振った。
寮母さんはため息をついて、言った。
「入んなさい。麦茶を入れてあげる」
私はドアを閉めて、スリッパを脱ぎ、寮母室の畳の部屋に入った。
茶卓につくと、寮母さんが麦茶の入った花模様のガラスの器を私に手渡した。
「ありがとうございます」
お茶を口につけると、香ばしさが口の中に広がった。寮母さんのいれてくれる麦茶は、わたしの知っている麦茶よりも香ばしい気がした。
「あたしにもそんなことがあったわぁ」
「え?」
「いやね、若い頃よ。ずうっと昔の話。死んだ夫とね、結婚する前は文通してたから」
「そうなんですか?」
「あたしたちの時代はろくに電話もない頃だったから。でも今はいろいろあるじゃない?あなたみたいに今でも手紙を待っているなんて、珍しいんじゃないの?」
携帯とかも、持ってるんでしょ?」
「はい、一応わたしは、、、、、、。でも彼のほう持ってなくて」
「珍しいわね」
寮母さんが高い声で笑った。
「私も手紙のほうがいいんです。電話より忙しい彼にかかる負担がすくないと思うし。楽しい、、、、、楽しかったから」
「そうね。手紙はいいわよ。言葉につづられる気持ちって美しいわよ。書きながら自分の気持ちを理解できるし、文章から相手の気持ちも察することができる。ほどよい距離を保ちながらね」
「はい」
「あなたは奥ゆかしい人ね」
「どうなのかな、、、、、、」
私は薄笑いを顔に浮かべた。
「だけど、相手から返事が来ないんでしょ?」
核心をつかれて胸がつきんと痛む。
「、、、、、、はい」
「会いに行きなさい」
「え?」
私は顔を上げた、寮母さんはまっすぐ私の顔を見て、力強く言った。
「忙しい彼に負担だなんて、そんなこと考え来ない手紙を持ってもしょうがないわよ。彼のこと、失いたくないんでしょ?」
「はい、でも、、、、、、」
「失いたくないのね?」
「はい」
私は言った。鼻がつうんとする。
「ぜったい、失いたくない。大切なひとです」
「じゃあ、直接会ってらっしゃい。ちゃんと目を見て、話し合うのよ。怖がっちゃだめ」
寮母さんはそう言いながら私にハンカチを渡した。
「あたしも会いに行ったわよ。夜行に仱盲皮汀%去螗庭毪违欹螗干坞娗颏鳏欷皮い韦蛱鳏幛胜椤ⅳ猡Δ沥绀盲趣扦ⅳ稳摔嘶幛à搿ⅳ盲谱苑证搜预ぢ劋护皮汀¥饯辘悚ⅴ丧丧筏俊¥坤堡嗓长长盲皮趣长恧恰⑴隙刃爻訾丹胜恪筡
そう言って寮母さんはにっこり笑った。
「だって、照れくさいけど、愛してるんだもんね」
私も泣きながら笑った。
うん、愛してる。
巧くん、会いに行ってもいいですか?
あなたのスクーターに仱护皮猡椁盲菩肖盲窟動公園に、バスを仱昃@いで向かった。
あなたはわたしと最初に再会する少し前に、このスタジアムのトラックで伝統ある対抗戦の大会記録をつくった、と話したことがあった。
今日からまたここで陸上の大会が行われる。
きっとあなたもここにいる。
去年の夏、あなたと来た時とは違って、会場の外も人で溢れかえっていた。駐車場には大型バスが何台も並んで駐車してあり、ドアの部分に市名の入った佊密嚖舛啶盲俊
大会名の書かれたたくさんののぼりがそこら中に立てかけられていた。
ランニング姿やジャージ姿の学生が大勢いて、スタジアムを囲んだシートには多くの観客と選手たちが座っていた。アナウンスがひっきりなしにかかっている。
あなたはどこにいるんだろう?
わたしはあなたの姿を探す。
去年と同じ、耳を圧迫する蝉の声。
あなたの声を思い出す。
帰ろうか。
私はあなたを探す。
首を横に振る。
シートの間を歩き、上のほうからスタジアムを見下ろして探し、アナウンスに耳を傾ける。あなたの姿が見えない。
オレンジの色のジャージが目にとまった。
あなたの大学名がファベットでプリントしてあるジャージだ。
「あ、あの、すみません」
男子学生がわたしに振り返った。
「あの、秋穂君、いますか?」
秋穂?秋穂巧くんのこと?

彼は首にかけてあるタオルで鼻を拭った。
「はい」
「あいつなら、やめましたよ」
「え?陸上を?」
「陸上もだけど、学校も。この春だったかな」
心臓が変な音をたてた。
「なにやってんの?行くぞ」
同じ色のジャージ姿の学生が言った。
「あいつ辞めたの、春だったよなぁ?」
「あいつって」
秋穂だよ」
「あ、秋穂、来てたよ、さっき」
「え?」
私は彼に詰め寄る。
「来てたって、巧さんが?」
「そうそう、やっぱ気になるんだろうな。あいつすげえ青い顔して。声かけたら何も言わずに出て行ったよ」
「いつのことですか?」
「ついさっきだよ」
咄嗟に私は出口に向かって走った。
出口を出て、人と人の間を走り抜ける。歩道に出てもあなたは見えなかった。
一台のバスが私を追い越した。
「巧くん、、、、、、?」
「バスの窓にあなたがいた。」
「巧くん!」
バスに向かって走る。
「巧くん!」
僕は毎日邉訄訾违去楗氓矗埃哎岍`トルをくるくる、くるくる回っています。
これって楽しいのかそうじゃないか、と聞かれると、楽しいってことはないんだ。
でもとても面白く感じてる。すごく普遍的な行為だよね。惑星も電子も、みんなそうやって回ってるんだから。
僕はもともとこの変わりない行為がすきなのだと思う。
今はタイムに追われているし、じぶんの限界をしりたいという好奇心もある。
けど、もしいつかそういうことから解き放たれたら、僕は惑星も電子のように、それが生きている上のあたりませのことのように、ひたすらに走ってみたい、と思う。
激しいブレーキ音が響いた。
強い衝撃には飛ばされて、ほんの少し、青い空が近くなった。
巧くん
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 楼主| 发表于 2005-6-20 17:29:09 | 显示全部楼层

眠っている間に私を通り過ぎていく夢は、何を物語っているのだろう。
目が覚めると、白い天井と蛍光灯が見えた。
いつものことだけど、目が覚めた瞬間、見ていた夢の内容を忘れてしまう。思いそうとすればするほど、意識そのものが薄らいでいく気がする。
だけど胸の内は、温かくて、よくはわからないけれど、いま見ていた夢の中で私は確かに幸せだった。
「澪、目を覚ましたの?」
蛍光灯から視線を左に動かす。
お母さん?
「もう、この子ったら、ほんとにもう、、、、、、」
母はハンカチを握ったままベッドにしがみついてきた。
「痛いところはない?もうすぐお父さんも来るからね」
わたし、どうしたの?
「車にはねられたのよ。頭のCTを撮ったけど、問題はないそうよ。体も打ち身で済んでるし、しばらくした目を覚ますだろうって、先生がおっしゃってね。とても撙激盲郡盲啤ⅳ盲筏悚盲皮郡铩!筡
、、、、、、、!
「お願いだからびっくりさせないで」

お母さん。
「なに?」
わたし、夢のなかで、ママだったわ。
「え?なに?よく聞こえないわ」
わたし、夢の中で、あの人と結婚していたの。
「なぁに?聞こえないわ。澪」
祐司という息子がいたの、、、、、、イングランドの王子様。
「澪?」
私たちの、王子様。
白いカーテンを開けた。太陽がなんて眩しい。
ひに反射して、すべてのものが光って見える。
「先生と看護師さんへの挨拶も終わったし、さあ、行くわよ。お父さん、澪の荷物を持ってあげてね」
「お母さん」
「なに?忘れ物ならないわよ。お母さん、ベッドの下までちゃんとチェックしたから」
「違うの。今日、何日?」
「今日?」
「うん」
「十日よ。八月十日。どうしたの」
「お母さん、お父さん」
両親が私を見つめる。
「ちょっと、ロビーの公须娫挙殡娫挙颏堡郡い螭坤堡伞筡
2人は顔を見合わせた。
「電話なら家からかければいいんじゃないか」
父が言った。
「今すぐかけたいの」
「なぁに?急ぐのね。じゃあ、私たちは駐車場に先に行って、正面玄関にまた迎えに来てあげる。いってらっしゃい」
「ありがとう」
私は一足先に病室を出て、ナースステーションの前を会釈しながら通り過ぎ、階段を下りた。ロビーは外来患者でいっぱいだった。私は公须娫挙衰偿ぅ螭蛉毪欷匹抓氓伐Г筏俊
この電話線がつなぐ先はあなたの家だった。
「あの、わたし、樚餄韦趣いい蓼埂G嗓螭い椁盲筏悚い蓼工俊筡
巧は旅に出ています、とあなたのお母さんは言った。
私は身を閉じた。
胸が震える。
もう迷わない。
「巧に、伝言をお願いします」
話したいことがあるので電話をください。いつまででも待っています。
家へ向かう道すがら、私は父の邉婴工胲嚖违啸氓珐`トから外を眺める。
瞬きをするたびに、世界が小さく揺らめく。
私の体の内側から、今まで味わったことのない感情が溢れ出しているのがわかる。あなたを強く求めている。
あなたが愛しい。
愛しくて、しかたがない。
「巧くん?」
電話が鳴るより早く、私は受話器を取った。
「そう、僕だよ」
あなたの声が耳に響く。懐かしい、温かい声。
「待っていたの?すぐに出たね」
「うん、かならず電話をしてくれるって思っていたから」
「そう?」
「ええ」
それから1テンポ置いて、あなたは訊いた。
「何があったの?急に連絡してくるんなんて」
「巧くん」
「何?」
「いま、どこにいるの?」
「旅の途中だよ。きみの街から300キロぐらい離れた場所にいる」
「ねえ」
「うん」
「会いに行ってもいい?」
電話の向うから返ってきたのは沈黙だった。あなたらしい清らかな沈黙だった。
私はできるだけ小さな声であなたの沈黙を遮った。
「うん」
「どこに行っちゃってたの?」
「ここにいるよ。電話ボックスの中で受話器を握り締めてる」
「だったら、答えて?」
「うん、びっくりした」
「びっくりして、それから?」
あなたは答える。
嬉しいよ、すごく。でも、、、、
私はあなたに伝える。
「大丈夫よ」
「大丈夫?」
「そう、大丈夫」
「大丈夫なの?」
「ええ」
二日後、私は私の街から300キロ離れた町に向かって列車に仱盲俊
私たちは駅前のロータリーで待ち合わせた。列車があなたのいる駅に近づいてゆくほど伩亭瑝垽āⅴ穿`ル地点に着く前にはすでに列車の中は飽和状態だった。
酸素が薄くなってそうな車内だったけれど、伩亭晤啢悉撙螭蕵Sしそうだった。
窓の外は夕暮れが近づいて、薄暗い。遠くの山の向うの空だけが、太陽の残照でオレンジ色に染まっていた。
息が止まりそうだった。
私はあなたとの出会いからすべてを瞬間的に振り返る。
あまりエアコンの効いてない車内は暑いのに、指先が冷えてわずかに震える。
列車が止まった。
満員列車にまだ伩亭毪恧Δ趣筏皮い俊4螭胜工虮Гà颗预颏椁筏行预葋車しているのを見て、私は咄嗟に腰を上げた。
[あ、あの]
手すりを握っている伩亭粩扭怂饯蛞姢俊K饯蟻客をかき分けて妊婦の彼女のところまで行き、声をかけた。
「あの、席にどうぞ。あいています」
彼女は手を振った。
「ありがとう。せっかくだけど次で降りるので、いいですよ」
そばに付き添っている夫が言葉を添えた。
「座らせてもらおうよ。この中で立ったままでいるのは大変だよ」
彼女はゆっくりと夫に付き添われて、シートに向かった。そして私の座っていたシートに腰をおろすと彼女は俯いてお腹を抱いた。
私は人との人の間からその姿を確認して、それから窓に向いて外を眺めた。オレンジ色は消えて、静かに夜が近づいていた。私の震えも消えていた。
あなたを思うと自然と笑みが出る
さあ、行こう
あなたが待っている。
待ち合わせのロータリーは人と車で溢れていた。
私はあなたを探した。あなたと、薄いグリーンのスクーターを。
浴服を着ている女の子が多かった。お祭りだ。
巧くん?
あなたはスクーターに横座りしてうなだれていた。
「巧くん」
あなたは顔を上げた。
私はあなたに近づいていく。
半径1メートル。
こんなにも私を幸せな気持ちにできる場所は、世界中探したってここしかない。
ドンという音が空に響いた。
私たちは音のするほうへ顔を向ける。西の空に最初の花火が上がった。
向き直るとあなたはもう空を見ていなかった。
あなたは私を見ていた。
嬉しいのと不安とが入り混じったような顔だった。私は一瞬あなたが泣き出すのではないかと思った。だけど次の一瞬、あなたは小さく笑った。私も笑った。
「会いたかった。ずっと」と私は言った。
僕も、とあなたは言った。
「樚铯丹螭嘶幛い郡盲俊筡
花火が次々打ち上げられていく。光よりも少し遅れて音が届く。
駅前にいた誰も彼もが西を見て嬉しそうな顔をしている。素敵な夜だ。
「行こう」
あなたは立ち上がり、わたしにヘルメットを渡した。
二十分ほどでわたしたちは湖畔に着いた。
湖畔を巡る歩道には屋台がたくさん並んで、その前を人々が行き来している。
私たちは歩道の縁石に座った。
車道の反対側に面した縁石の後ろには金網のフェンスがあり、その向うには草原が広がっていた。夏なのに風が冷えたい。
「寒くない?」
あなたは訊いた。
「うん、平気」
だけど本当はとても寒かった。標高700メートルのせいかもしれない。あなたは私の震えている手を握った。
「冷たい」
「巧君はあったかいわ」
手のひらからじんわりと温かかった。私はあなたに寄り添った。まるで暖をとる猫みたいに。
花火が次々と上がる。
宝石みたいだと思った。
あなたを見上げる。
花火を見るあなたの瞳が反射して光る。
音の振動に私の心臓が共鳴する。
「ずっと」
私は言った。あなたがわたしを見る。
「そばにいさせて」
「でも、、、、」
わたしはあなたの胸に触れて言葉を遮った。そしてあなたをまっすぐに見つめた。
「大丈夫よ」
私たちはしばらくの間見つめ合い、それから、短くキスをした。

「最初に気付いたのは下がらない微熱だったんだ」とあなたは言った。
風邪でもないのに37.5度ぐらいの熱がずっと続いた。
でも体調は良かったんだ。1500メートルのタイムはオフシーズンだったのに自分タイムを上回っていた。走っても走っても、まだ走り足りないかのように、肉体は高められていたし、気分も悪くなかった。
「この頃の僕はほとんど食事を摂っていなかった。何も食べなくて平気だった。寝なくても平気だったんだよ」
あなたはタイムで頭を拭いたあと、膝の上にタオルごとを腕を落として私に微笑んだ。
最後の花火のあと、突然本物の雷鳴がとどろいた。
すぐには花火との区別がつかないくらい、空が青白く光ったと思うと、文字どおりバケッツをひっくり返したような雨が降り始めた。
観客は走って一斉に線路のあるほうへ向かった。たぶん最寄り駅に向かったのだろう。あるいはバス停や駐車場に。
私たちはスクーターに仱辍⒃蔚坤蚬坤搜丐盲谱撙盲俊¥饯韦蓼迧gを越え、宿泊施設を探したけれど、どこもいっぱいだった。町の一大イベントのあとなのだから、当然と言えば当然だったかもしれない。
あなたはスクーターを走らせ、私は精一杯あなたの背中にしがみついた。
あなたの体が急速に冷えていくのがわかった。
歩道橋の下であなたはスクーターを停め、ヘルメットを脱いで私を振り返った。あなたの背中を離して一旦力を抜くと、唇がかたかたと震えた。寒くてしかたなかった。
私たちは夕飯も摂っていなかった。
私は頬に力を入れ、あなたに微笑んでみせた。
「私は大丈夫よ」
首を振って、前髪からしたたる滴を払い落とす。
「行きましょう。前に進むの」
あなたは何も言わずに、私を見つめたまま唇をきゅっと結び、頷いた。そして私たちは再び激しい雨の中に飛び出した。
「もう寒くない?」
ベッドの上で、あなたは念を押すように尋ねた。
「ええ、大丈夫。寒くないわ」
それから私たちは峠を二つ越えて、ようやく透き部屋のあるホテルを見つけることができた。ホテルにチェックインしたときにはふたりともびしょ濡れで唇が紫色になっていて、何かの映画の死体役に使ってもらえそうだった。
部屋に入るとあなたはヘルメットを置き、私を振り返った。
私はドアの前で両腕を抱いてがたがたと震えていた。
あなたは私をバスルームに促し、私たちはTシャツのまま、シャワーを浴びた。それからあなたはバスタブに栓をしてお湯を張り、その中に私を座らせ、手でバスタブのお湯をすくって私の肩に繰り返しかけた。私はまだ震えていた。
バスタブの外でお湯をかけ続けるあなたに、私は震えながら声をかけた。
「たく、み、くん、だい、じょうぶ?」
「大丈夫だよ」
あなたは濡れたTシャツを脱いで、また私の肩にお湯をかけた。
バスルームの中が湯気でしだいに暖まる。
「たくみ、くん、、、、」
「うん?」
「あなたが好きよ、、、、、」
あなたらしい沈黙があった。
私はもう、あなたの沈黙を遮ることをしなかった。
あなたは私の肩にお湯をかけながら、とても静かに、ありがとう、と言った。
私はあなたの言葉に、震えながらだけど、微笑むことができた。
ホテルに備え付けの浴衣に着替えて部屋に出ると、あなたも浴衣を着てベッドの上で頭を拭いていた。
私は慣れない浴衣に少し照れながら、あなたの横に座った。
部屋はツインルームで、ベッドは二つあったけれど、私はあなたの半径1メートルから離れたくなかった。
「ほとんど食べずに、ほとんど寝ることなく、グラウンドを僕は走った。走って走って走りまくった。そうしていたらさ」
私は黙ってあなたの言葉を聞いていた。
「僕はあっさりと壊れた。当然だろうけどね」
いつものように400メートルのトラックを僕は走っていた。
急に酸素が薄くなったと思った。
呼吸ができなくなったんだ。突然にね。
倒れこんで、のたうち回った。息が吸えないんだよ。声も出なかった。死ぬと思ったよ。
本当に、体中の筋肉を司る神経がびりびりと音を立てたのを聞いた気がした。
それは死ぬための肉体の準備のようで、僕は呼吸できずに喘ぎながら、心は恐怖でいっぱいだった。
みんなが慌てて救急車を呼んだ。ところが病院に着くと僕の呼吸困難はどこかに去っていた。僕にあったのは恐怖の残骸だけだった。
そのときは肺炎だか気管支炎だかの远悉蚴埭薄ⅳ浃郡闆g山の薬をもらって帰った。
ところが三日後、僕はもう一度発作を起こしたんだ。そのときから僕の恐怖の残骸は消えないシミみたいに、僕の中に住み着いた。
眠れない夜が続き、部屋から出ることもできなかった。
信じられないだろうけど、家から200メートルも離れると、目が回るんだ。めまいって天井がぐらぐら回るって、よくいうけど、僕の場合は自分が回ってた。それも勢いよくぐるんぐるんと、回りすぎて吐き気がした。激しいジェットコースターに仱盲啤り物酔いをしたみたいに。
とにかくそれが病気なら治さなければと、病院を渡り歩いた。時間をかけて歩ける距離を延ばして、いろんな病院に行ってみた。そのたびに検査のため血を抜かれることには我慢できたけど、頭を傾げてばかりの医者にはうんざりした。
それできみとの春の三回目のデートをキャンセルしたんだ。夏には治っていると信じていたけど、スクーターに仱盲埔苿婴扦牍爣欷い椁珟冥盲郡坤堡恰ⅳ猡ψ撙毪长趣猡扦胜盲俊W撙毪饶郡丐盲仆陇い皮筏蓼Δ螭馈¥ⅳ螭胜俗撙盲皮馄綒荬坤盲郡韦摔汀
嘘みたいだけど、本当なんだ。
通う自信がなくて大学も中退してしまった。もうまともな就職も無理だから、親に食わせてもらうしかないと思うと泣けてきた。庭でトマトでも育てるのが精一杯という未来しか、僕にはなかったよ。
とりあえず僕の体について今わかることは頭の中で重要な化学物質がでたらめに分泌されているらしい、ということなんだ。そのせいで僕は必要以上に興奮したり、まったく場違いなところで死ぬほど不安になる。
正直言って、いま僕がこの地にスクーターで来ることができたのはこのところの僕にしてみれば、奇跡のようなものなんだ。最近新しく切り替えた薬が良かったのか、ずっと飲み続けた漢方薬が効き始めたのか知らないけれど、たった今、僕の体は以前の健康な状態に近い。だけど、自分の体のことはよくわかってる。これは一時的な揺り返しで、この状態は長く続かない。
いつ発作が起きるかわからないし、本当に死んでしまうかもしれない。治るかどうかもわからないし、きみを幸せにできるかどうかなんて、そんなこと考えるだけで不安になる。
だから、、、、、
「きみとはもう会わないつもりでいたんだ」
私はあなたを黙って見つめていた。
「今ならいくらでも後戻りできる。きみには僕なんかよりもっとふさわしい人がいる。僕のこの冴えない人生に付き合わせるわけにはいかない。そう思った」
「わたしはあなたに」
声が震える。涙であなたの顔がぼんやりとして見える。
「私はあなたに、とても残酷なことを言ったのね?」
あの夏の、、、、、
「邉庸珗@で、一緒に走ろう、って私は言ったわ。あなたがとても、苦しんでいた時に。あなたが走りたくても走れない時に、私は一緒に走ろうって。あなたと走るのが憧れだったって。何も気付かないで、、、、、」
涙が溢れた。
「何も気付かないなんて、、、、、、」
「違うよ。僕がそう望んだんだから。きみに知らせるつもりはなかったんだ」
「ごめんなさい」
「きみが謝ることなんてなにもない。僕こそごめん。きみを傷つけた」
私は浴衣の袖で涙を拭った。
そのまま袖の中で息を吐いた。
顔を上げると、あなたと視線が合った。
あなたは私を心配そうに見つめていた。
「巧くん」
「うん」
「私に会えなくて、寂しかった?」
とても、とあなたは言った。
とても寂しかった。
私もよ。
私もあなたに会えなくて、寂しかった。
あなたは私のバレッタでひとまとめにした髪に手を伸ばした。
「髪、伸びたんだね」
「会わない間に、ずいぶん長くなったでしょ」
「うん。今日駅前で会った時、びっくりした」
「きれいで?」
「そう、きれいで」
私は笑った。
あなたも笑った。
それから、私たちは短いキスをした。
私はあなたという私の居場所を抱きしめた。
あなたは私の世界そのものだ。
見詰め合って、もう一度キスをした。
今度はとても長いキスだった。
目を閉じた。
耳を澄ませば聴こえた雨音も、今はもう聞こえなかった。
6
私が大学を卒業した春、私は樚餄韦榍锓[澪になった。
あなたは着慣れないグレーのスーツを着て、私は白いワンピースを着た。
お互いの家族と食事をするだけの、私たちの結婚式。緊張しているあなたに私は何度もささやいた。
大丈夫?
うん、なんとか。
ブーケは私の手作りだった。
白いチューリップとミモザ。
あなたの行きつけのお医者さんがいるこの町にパートを借りて新しい生活が始まった。
あなたは近所の司法書士の事務所に勤め始めた。所長さんはあなたの体調を理解してくれて、午後四時にはあなたを家に帰してくれた。つましい生活だったけれど、私はとても幸せだった。
だけどあなたは仕事を始めて、時々しんどそうだった。
食によっては、その添加物であなたを苦しめるものもあったから、私はできるだけ食事に気をやった。体の中に摂取するものなのだから。あなたに毒とならないものを選び、慎重に調理した。
あなたは季節の変わり目にとても敏感だった。春と秋はよく熱を出した。原因不明の咳が続くこともあった。呼吸が苦しくなると、私はあなたの背をなでながら、深呼吸を促した。
それは夜中に起きることもあった。私はあなたの寝相を見つめては、あなたの神経があなたを揺り起こしませんようにと祈った。
そして私はその年の内に妊娠した。
初めてのあなたのボーナスで買ったビデオカメラを持って、町はずれの森まで一緒に行った。森の小道をまっすぐ歩くと、工場の跡地があった。私たちはここまで来ると休憩して、私は工場のドアの向かいにある階段に座り、あなたはその前に広がるクローバーの芝生に座ったり寝たりするのが常だった。
私はいつものように今は閉じた工場のドアの前に座った。
木漏られ日の中であなたがカメラを回す。
「澪、こっち向いて」
私はお腹をなでながらあなたを向く。
「そうそう」
あなたはカメラのモニターを見ながら私に話し掛ける。
「僕たちの赤ん坊は男の子かな、女の子かな」
「男の子よ」
私は答える。
「そうなの?」
「そうよ」
「どうしてわかるの?」
「柔らかな栗色の髪をした、きれいな男の子なの」
あなたは笑った。
「そうなの?」
「柔らかな栗色の髪をした、きれいな男の子なの」
あなたは笑った。
「そうなの?」
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 楼主| 发表于 2005-6-20 17:31:46 | 显示全部楼层

最初は夢だと思う。
あなたが私の夫であったことも、あなたと私の間にいた息子のことも。
私の願望が導いた幸せなただの夢なのだと。
車にはねられ、意識を取り戻すまでの間は、時間にしてほんの数時間だった。
その間に私は八年後のあなたのもとに跳んでいた。そしてあなたと私たちの息子とともに六週間の時間を過ごした。雨の季節に。
小さな子供と、少し痩せた男の人が私を見つめていた。
小雨の降る中、青い芝生の上に立つその2人に、私は視線を合わせた。
2人はとても驚いた顔をしていた。恐る恐る声を出したのは、小さな子供のほうだった。
「ママ?」
男の人は「澪?」と訊いた。
それがわたしの名前だとわかるまで、少し時間を必要とした。
「だれ?」
「え?僕はきみの夫で、祐司はきみの息子」
あなたは面食らったような声で言った。
「うそ」
私は思わずそう言った。
「ほんと」
「ほんとだよ」と、祐司。
「ここはどこ?」
「町はずれの森だよ。きみと祐司と散歩によく来た、、、、、」
「忘れちゃってるの?」
男の子が私の顔をまじまじと見上げた。
私も私の息子だという男の子の顔を覗いた。
途端に男の子の顔がくにやっと泣き顔になった。
「ママ」
私は驚いてとっさに笑顔を作った。
だけどその男の子は、私の膝を抱いて声を立てて泣き始めた。
「私はあなたの妻、なの?」
「そうだよ」
私は首をかしげた。
「いますやすやと眠っているぼうやは私が産んだの?」
「そうだよ、すごく大きく赤ちゃんで、祐司が生まれるとき、きみは大変だったけどすごく頑張ってくれたんだよ。だから生まれたばかりの祐司を見た時のきみは、とても嬉しそうだった。もちろん、僕も」
「嬉しかった?」
「嬉しかったよ。とても」
そう言って嬉しそうに男の人は微笑んだ。
深い瞳の色。
笑った時の目の下の小さなシワ。
心臓がぴくんと跳ねた。
私は慌てた。そして、うすい静脈が浮かぶ瞼をを閉じて、すうすうと寝息を立てている子供を見て言った。
「かわいいわ」
「きみの子供だよ」
私は黙っていた。
「こうして眠っているとイングランドの王子みたいだろう?」
あなたは私に笑いかけた。
「イングランドの王子?」
「そう、なかなか品良く見える。こうして黙っていれば」
「黙っていれば」
「そう、黙っていれば」
私はくすくす笑った。
だって、そう言われたイングランドの王子とあなたの話し方はそっくりだったから。
「みおのその笑い方は変わってないね」
あなたは言った。
「昔からそんなふうに控えめな笑い方をする」
「普通に笑っているつもりだけど?」
「そんなふうに笑う人は僕の知る限りだけど、ほかにいないよ」
「わたし、どんな笑い方をしてるの?」
あなたは私を真似た。ふふふ、ふふふ、とあなたが笑う。
「わたし、そんなふうに笑ってるの?」
「笑ってるよ。ずっと前から。花火の時だって」
「花火?」
「覚えてない?」
「私たちは花火を見たの?」
「そうだよ。僕たちが二十一歳の夏に、きみが列車に仱盲啤Wのところにきてくれた。
駅前のロータリーで待ち合わせて、会えたところで空の向うに花火が上がった。きみは僕と目を合わせてそんなふうに笑ったんだ。僕もつられて笑った」
列車?
「どうして私は列車に仱盲郡危郡ⅳ胜郡悉饯螘rどこにいたの?」
「僕は旅に出ていた。一緒に花火を見た二日前だったから、確か八月十日だった。八月十日に君が僕の家に電話をくれたんだ。そして母親に伝言を頼んだんだよ」
話したいことがあるので電話をください。いつまででも待っています。
「僕はきみに何かあったんじゃないかと思って、心配して公须娫挙椁堡郡螭馈¥撙虾簸映訾芬簸Qるか鳴らないかのうちに電話に出て、僕に会いに行ってもいいかと尋ねた」
「それから?」
「僕は、体に不具合を抱えていた」
「不具合?」
「うん。くわしくは後で話すよ。とにかく僕は自分の将来に失望していたんだ。
そしてきみにはきみの大切な将来があった。だから僕はきみから去っていくつもりだったんだ」
「まさか、だから突然のあの手紙なの?のっぴきならない事情」
「え?思い出したの?」
あなたは驚いて訊いた。
私も驚いていた。
私は恐る恐る自分の口に手を当てた。
「いま、私何て言った?」
「のっぴきならない事情?」
思い出した。
「巧くん?」あなたなの?
「うん」
「びっくりしちゃった」
「うん、僕もびっくりしちゃったよ」
そう言って笑う顔は、私の知るあなたと同じだった。
「だけど君は大丈夫って言ったんだよ。とてもはっきりと、大丈夫って」
「え?その電話口で?」
「そう、電話でも、花火の時も。花火のあとにすごい豪雨になって、ホテルは見つからないし、腹は減ってたし、スクーターで峠を越えて、やっぱり宿は見つからなかった。僕らは雨に濡れて冷えきっていた。僕はきみが心配で仕方なかった。だけどそれでもきみは気丈に言ったんだ。大丈夫よ、って思い出せそう?」
「え?ええ、なんとなく、、、、、、」
心臓が高鳴って、目が回りそうだった。
必死になって気持ちをしずめる。
「雨宿りのための歩道橋の下で、僕は途方に暮れた。きみは血の気の失せた唇をして震えていた。だけどきみはそこでも言ったんだ。前髪から伝う滴を払って、大丈夫よ、行きましょう。前に進むの、って。僕はこの瞬間に」
「この瞬間に?」
「いや、いいよ。照れる」
あなたは笑いながら首を振った。
「なに?その瞬間にどうしたの?」
「きみと」
「わたしと?」
「一緒に生きていこう、と心に決めたんだ」
理解するより先に、感情が溢れていた。
胸が苦しくなり、涙が込みあげた。
「みお?」
あなたが心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は咄嗟に涙を拭いて、ふふ、と笑った。
「そう、その笑い方」とあなたも笑った。あなたは私をそっと抱いた。
大事なものを慈しむように、壊れないように、私の肩とあなたの腕がほんのわずかに触れ合うだけの抱きしめ方だった。
あなたは話を続けた。
大丈夫、ときみは言った。大丈夫、きっとうまくいくって。
きみが僕の未来をそう言ってくれているような気がした。
「こんな僕でもきみを幸せにできるかもしれない、そう思えたんだ」
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 楼主| 发表于 2005-6-20 17:32:37 | 显示全部楼层

ところで、あなたたちは大変なことになっていた。
部屋は散らかり放題散らかって、祐司の制服のシャツは何日か前からのケチャップのシミがつき、あなたは初夏だというのに上着を着て通勤。2人の髪の毛はぼさぼさに伸びて、祐司はたっぷりと耳垢をため込んでいた。
祐司が当たり前のように汚れたシャツを着ようとしたから慌てて止めた。
「そんな汚れたシャツは着なくていいのよ」
荒いたての白いシャツを着せたら、祐司はシャツの裾をひっぱって、信じられないくらいの長い時間、シャツを眺めていた。そして満面の笑みで嬉しそうに私を見上げる。
「やっぱりママだ」
二十一歳の私はまだ処女のはずだったし、もちろん子供も産んだことはなかったけれど、私はなんとなく、お母さんだった。不思議なことにちゃんと。
祐司が眠りについたあと、私はあなたの隣で横になって、祐司と同じような格好で寝ようとしているあなたに尋ねた。
「すごく気になるんだけど」
「なに?」
「花火の日、私たちは結局、宿を見つけることはできたの?」
「なんとかね、二つ目の峠を越えたところで空き部屋のあるホテルを見つけたんだ。そのときには僕らはモルグの死体みたいだったよ」
「とりあえず、よかった。それで?」
「それで?」
「それからどうしたの?わたしたち」
「うん、いろいろしたよ」
「どんなことしたの?」
「一緒にシャワーを浴びた。服を着たままでね。僕らはすでにびしょ濡れだったから服なんてもう関係なかったんだ。きみはがたがた震えてた。とてもかわいそうだった」
「あなたは大丈夫だったの?」
「極端に寒かったけど、中途半端に寒いより良かったのかもしれない。僕はきみのほうが心配で仕方なかった。きみがどうにかなったらどうしようって、それだけが気になっていた」
「ありがとう」
私は言った。
「それから?」
「バスルームを出て、ホテルに備えてあった浴衣を着たよ。そして僕らはベッドの上で話をしたんだ。僕の不具合の話を、その時初めてきみに聞かせた。もっともきみは僕が気にしたほど意外そうな様子はなかった。ただ僕が話すのを、一言も聞き漏らすことのないように真剣な表情で聞いてくれた」
「うん」
「そのあと、僕たちはキスをした」
「キスをしたの?」
「そう、それから」
「それから?」
「セックスもしたんだよ」
「すごい!」
あなたは照れたように笑った。
「わたしたち、頑張ってのね」
「そうだね」
「そうなの?」
祐司の寝言だった。
私たちは目を合わせて笑った。
そして私たちはほんの触れ合うだけのキスをした。
それは、私の初めてのキスだった。
あなたの唇から離れて、私はじっとあなたを見つめた。
あなたも私を見つめていた。
「ねえ」
祐司を起こさないように、ささやくような声で私は尋ねた。
「翌日私たちの服はどうなったの?」
あなたもささやくように答えた。
「2人ともTシャツだったんだ。で、僕はジーンズ、きみはパステルカラーの細いボーダー柄のフレアスカートだった。Tシャツと君のコットンのスカートは室内が乾燥していたせいで朝には結乾燥いたんだけど、僕のジーンズがまだ湿っていた。
それをきみが備え付けのドライヤーで乾かしてくれたんだ」
「よかった。気になったの」
「それから僕のスクーターで一緒に帰った。十時間かけて」
「すごい」
「楽しかったよ」
「そうでしょうね」
「途中コンビにでパンを買ったりしてね」
「今、そのスクーターはどこにあるの?」
あなたは少し困ったように笑って首をひねった。
「花火の時は特別調子が良かった時間なんだ。それからすぐにスクーターに仱欷胜胜盲啤⑹址扭筏郡螭馈筡
「そう。それがいいわ。危ないもの」
「そうだね」
「そうなの?」
私たちは祐司を振り返り、できるだけ小さな声で笑った。
そしてもう一度、キスをした。
私の二度目のキスだった。
あなたと祐司は時々トイレを一緒に使っていた。
「ねえ、あなたたちはトイレを一緒に使うの?」
「まあ、そうだね。うん、たまにかな。急いで入る時か、そうすることもあるよ」
「たっくんと僕は仲良しだから」
祐司はあなたのことをたっくんと呼んでいた。
「どこの家庭のお父さんと息子もそうなのかしら?」
私には男の兄弟がいないからわからない。
「え?いや、どうだろう?」
あなたは首を傾げる。
私も首を傾げた。
祐司も首を傾げた。
まあ、いいんだけど。
「ママごちそうさま」
「はい」
「僕もごちそうさま」
スクランブルエッグとレタスのサラダ、みじんきりにしたジャガイモとにんじんとベーコンのミルクスープとトーストを平らげて、あなたと祐司は食卓の椅子から同時に立ち上がった。
「はい、ふたりとも、いってらっしゃい」
あなたも祐司も一瞬驚いたように私を見つめる。
祐司が私のエプロンにしがみついた。私は祐司の柔らかな栗色の髪をなでながら、どうしたの、甘えん坊さん?と声をかけた。
「いってきます、ママ」
「いってらっしゃい」
「僕も、いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
アパートの玄関から見送る私を祐司は廊下を一歩歩くたびに振り返った。そのたびに私は笑顔で手を振った。あなたもそのたびに足をとめてわたしを見つめ、祐司の手をひいた。
東の空から朝日が照りつける。梅雨の晴れ間だ。
「お布団干して」
今日は押し入れを片付けよう。
なんでも押入れに突っ込んであるのは感心しないわ。
私は空に向けて体を伸ばした。
なんて愛しい朝があるんだろう、と思った。それまでの私は、そんな朝の存在を知らなかった。だけど、この違和感はなんだろう。
愛しさの存在は、私の中心にある何かを危うくした。
何かを忘れている。
玄関の下駄箱の上に置かれているあなたと私の結婚写真を手に取った。写真の中で私たちは幸せそうに微笑んでいる。といっても、あなたはちょっと緊張気味に
二十一歳の私が八年後のここにいて、二十九歳のあなたと、六歳の祐司がここにいて、じゃ、二十九歳の私はどこに行ったのだろう?
それはごく自然な疑問だった。
私は写真を下駄箱の上に戻した。今も通勤着にしているグレーのスーツ姿のあなたと、白いワンピースの姿のわたしここで幸せそうに微笑む「わたしはどこに?」
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 楼主| 发表于 2005-6-20 17:35:03 | 显示全部楼层

「男の子ですよ!3900グラムの元気な赤ちゃんです」
赤ちゃんの泣き声と助産婦さんの声が聞こえた。よかった。元気そうな産声だ。
そう思ったとたん、私は気を失ってしまった。
三十時間に及ぶ難産は、私の体力を相当に消耗させた。
かすかに、あなたの声が聞こえた。
あなたの、わたしを呼ぶ声。
そして、私たちのぼうやの声。
ママ
ママ?
ママ
「澪、目が覚めた?」
白い天井にレースのカーテンが風で揺らめいている。あなたの声だ。
「、、、、、、、赤ちゃんは?」
「新生児室にるよ。元気な赤ちゃんだよ。いま、お母さんたち、そっちに行ってる」
「そう、よかった」
私は息を吐いた。あなたは私の頭をなでた。
「よく頑張ったね」
そう言って微笑むあなたの頬に手を伸ばした。あなたの体温を手のひらで測る。
あなたも疲れているはずだった。私につきあってずっと寝ていないのだから。
「あなたは大丈夫?」
「きみに比べたら大丈夫よ」
「そう?」
「ゆっくり眠って」
「ありがとう。だけど、早く赤ちゃんに会いたいわ」
「後でいくらでも会えるよ。とても大きな元気な赤ちゃんだよ。彼もきみに会えるのを、きっと楽しみにしている。でも、今は休もう」
私は白い天井に視線を戻した。カーテンの揺れる窓から気持ちのいい風が入る。
「ねえ」
「なに?」
「私、とても幸せだわ、、、、、」
「澪?」
「うん」
「いや、なんでもない」
「なんだか、きみが遠くに行く気がした。変だね。違うよ。、、、、、とてもきれいだ。母親になったって感じだよ」
「そう?」
「うん。とてもきれいだ」
私は笑った。
「恥ずかしいわ。ありがとう」
「どういたしまして。さあ、休んで」
あなたはベッドの綿毛布をかけ直した。
「ほら、いま祐司が笑った。見た?」
「ほんと、笑ったわ」
アパートに戻ると、幸福な時間が私たちを待っていた。
あなたはビデオカメラで祐司と私を撮影し、写真をいくつも撮った。
「髪がなんて柔らかいの。赤ちゃんにしてはたっぷりあると思わない?」
「この髪の色は僕の子供の頃と同じかな」
「きれいな色ね」
「将来は僕みたいにくせ毛で苦労することは間違いないね」
「私はあなたの髪、好きだわ」
「きみは変わってる」
「そうかしら?」
みぞおちがきりりと痛んだ。
日曜日の昼下がりのことだった。
「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないの」
痛みは急速にみぞおちから上腹部、背中へと広がっていく。上半身が捻じ曲げられるような痛み、なんでもないと言い切れる痛みではなかった。立っても横になってもいられない。
胃液がこみ上げて吐き気がした。
私は台所のシンクまで駆け込んで嘔吐し、その場に座り込んだ。
「澪!」
あなたが私に駆け寄る。
苦しさに涙が滲んだ。
苦しさだけではなかった。
「あなた、、、、、」
私はあなたの首にしがみついた。
体が歪むような錯覚があった。
「澪!」
観念的な不安は激痛とともに私を呑みこみ、確信的な予感となって私を襲う、定められた未来は、絶対に変えられない。
「いや、いや!」
「澪!」
あなたは少しあおざめた顔で病室に入ってきた。
そして私のベットの横にあったパイプ椅子に座り、私の左手を握った。
右手首には点滴のチューブがつながれていた。
「二週間ほど入院してください、って」
「そう、、、、、、、」
私はため息をついた。
「祐司は?」
「さっききみが寝てる間にお母さんが病院に来て、連れて帰ってくれた。当分あずかってくれるって」
「そう」
私は天井を向いた。すぐにでも涙が溢れそうだった。
「さびしいな」
「澪、、、、、、」
あなたは力の入らない私の左手に少しだけ力をこめた。
「大丈夫だよ。すぐに良くなるから」
そうね、と私は呟いた。
「まれではありますが妊娠中に発病することがあります。ただ秋穂さんの場合、もう出産なさって二ヶ月以以上経過していますし、原因ははっきりしません。難産だったというこで出産時に使われた薬剤との因果関係も考えられますが、原因の証明は難しく、この場合、突発性と分類します」
退院する日が決まって、担当医師はあなたと私にそう説明した。
目の前には入院時と昨日撮影した二枚のCT像があった。
明らかに入院時と昨日の写真とでは違っていた。入院時の私の内臓は何もかも肥大して見える。
「血中アミラーゼの濃度はほぼ正常に戻りました。CTで見ても大丈夫です。腹水もありません。秋穂さんの場合は原因がはっきりしないので、退院したあとも注意が必要です。この病気は再発しやすく、慢性化しやすい傾向があります」
「慢性化?」
あなたは驚いて医師に尋ねた。
「はい、でも必要以上に不安がることはありませんよ。食事は意識的にたんぱく質を摂り、脂肪を減らしていきます。このあと、栄養士に食事の指導を受けてください」
「はい」
あなたは頭を下げた。
「ありがとうございます」
私も医師に礼を述べ、もう一度自分の内臓のCT写真を見上げた。
ゆるやかに時は流れ、その時とともに祐司が成長していった。
郊外の森は歩いて二十分ほどのところにあった。私はベビーカーを押し、あなたは祐司を抱き上げて歩いた。クヌギやエゴノキの葉が木漏れ日を作り、私たちはその中をゆっくりと進んだ。
「これはカタバミという花だよ」
「ほら、祐司、ここに松の根っこが地面から出てきてる」
祐司は時々意思を持つ瞳で遠くを見つめたり、急に嬉しそうに笑ったりした。それからふいにあなたの首にしがみつき、顔を上げて私に笑いかけた。
工場の跡地まで来ると、私はそのドアの向かいにある階段に座り、あなたはその前に広がるクローバーの芝生で祐司と横になった。やがて、祐司はひとりで起き上がり、とことこと私のそばまで歩いてきた。あなたは上半身を起こし、その様子を嬉しそうに見つめる。
「祐司が何か見つめたわ」
祐司がしゃがみこんで地面に落ちている何かを拾っている。
やがて小さな親指と人差し指を輪にしてそれをつかみあげる。
「ボルトだ」
「飲み込んだら大変だわ」
私は祐司のそばに駆け寄り、ボルトを彼の手からゆっくりと取り上げた。祐司は両手を延ばしてアーアーと言った。
「だめよ。あなたは何でもお口に入れちゃうんだから」
「よく見るとこの辺はボルトやナットがたくさん落ちてるね」
「ほんと」
「あ」
あなたは突然じゃがみこんだ。
「スプロケットだ」
あなたは嬉しそうに私と祐司に見せた。
祐司も嬉しそうにあなたの指先にあるスプロケットに向けて腕を伸ばす。あなたは腕を下ろして祐司に触らせた。
「当たりだ」
あなたは祐司に向かってにんまりと笑った。祐司も嬉しそうに笑った。
私もつられて笑ってしまう。
「へんなの。どうしてそれが当たりなの」
「よく見てごらんよ。ボルトやナットやコイルバネははたくさんあるけど、スプロケットはなかなかないよ」
「そう言われれば、、、、、、」
私は足元の地面を見渡した。
「そうね」
「そうだろう?」
あなたと祐司は地面にしゃがみこんで、あちこち指さしては話し始めた(もちろんあなたが一方的に話し掛けていただけだれど。)
南の空から風が吹いた。
私は空を見上げ、その眩しさに目を細める。
かすかに白い月が見えた。
眺めていると不思議な浮遊感に襲われる。でも何も怖くなかった。
あなたと祐司の声が聴こえる。
私は目を閉じ、森の空気とあなたと祐司の存在に身をゆだねる。
風が吹く。
風は葉を揺らし、私の中を通り抜けた。
目を開けた。空。私は両手を広げる。
「星だわ」
「え?」
「この空の向うに星があるのね?」
あなたは立ち上がって空を見上げた。
「そうだね、無数の星がある」
「私たちを見てるわ」
「見てるかな?」
私はあなたを振り返った。
「ええ、きっと」
祐司の五歳の誕生日のために、私は絵本を描いた。
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 楼主| 发表于 2005-6-20 17:36:43 | 显示全部楼层
10
五週間目のことだった。押し入れの整理をしていたら、絵本が出てきた。
「あ、これ、たしか、、、、、」
それは、いつか祐司があわてて隠した絵本だった。
その日、祐司はその絵本の最後のページを見つめていた。食器を洗い終えた私がなんとなく近づくと、祐司はあわてて本を閉じて私を見上げた。その瞳が震えていた。
私は膝を床につけて、どうしたの?と聞いた。
ママ、と彼は言った。
どこにもいかないで。
揺れる巻き毛を私はなでた。
どこにも行かないわ、と私は言った。
あめのきせつがおわっても?
雨の季節?
私は窓の外を見た。
朝からの雨はまだ続いていた。
私は「アーカイブ星」というタイトルが書かれたその表紙をまじまじと見つめた。それはまぎれもなく私の字だった。
ねえ、ぼうや。
あなたはおぼえているかしら、
こんなものがたりがあったこと。
その星のなまえは、アーカイブ星。
ぼうやがだいすきだったあのひと、
いまはもういなくなってしまったあのひとも、この星で静かに暮らしているはず。
そんな星に、ひとりのさびしい女の人がいたの。
とてもさびしい。
でも、なぜさびしいのかわからない。
だれにきいても、みんなくびをかしげるばかり。
どうして、こんなきもちになるの?
女の人は、さびしいきもちのわけがしりたくて、
「さがしもののとびら」までやってきた。
そして、とびらをあけた。
とびらの向うにあったのは、雨の森。
女の人は雨の季節のはじまりに
ぼうやの星にやってきた。
ふと気がつくと、
雨に濡れてないている男の子が、森のいりぐちにたっていた。
まいごになってないているのね。
女の人はかわいそうに思って、
男の子をだきしめてあげた。
そしたらね、不思議なことが起こったの。
女の人の手のなかに、
きらきら光るたねがひとつ。
ふたりはそのたねを
町のはずれの草はらにうえてみた。
種はみるみるめをだして、
町は花でいっぱいに。
それを見る町の人たちも、なんだか嬉しそう。
みんな、そっと、自分の隣に達人の手をとって、
少しだけかおを赤くしている。
やがて、お父さんがやってきた。
ああ、ってお父さんはいったわ。
「ずっと、さがしていたんだよ」
男の子はお父さんの胸に飛び込んで、
涙をぽろぽろこぼしたの。
きっと、ほっとしたのね。
その時、雲がきれ、太陽がかおをだしてきた。
「雨の咳津がおわったわ。もう、帰る時間。
ありがとう。
ふたりにあえて、さびしい気持ちはきえたみた。」
「私のこと忘れないでね。
ときどきでいいから思い出して耳をすませてみて。
そうしたら、きっと
私の声がきこえるはずよ。」
女の人がかえっていった後には、さくさんの四つのクローバーがはえていた。
空には大きな虹がかかって、
雨の子供たちがすべり台をしていたわ。
「ねえ、ぼうや耳をすませてみて、きこえるかしら?」
アーカイブ星から、
そっとあなたたちの名をよぶわたしの声が。
私は絵本を閉じた。
奇妙な予感に胸がざわめいた。
立ち上がり、押し入れの中のものを部屋に出した。あなたの冬物の衣類、祐司の着られなくなった小さなシャツやセーター、たくさんのあなたの本、祐司が幼稚園で描いたお絵かき、、、、、、。
紙製の靴箱がいくつもひっくり返って床に落ちた。
ふたの開いた靴箱から、封書のほかにたくさんの書類が出てきた。
秋穂澪と記名された病院の領収書、墓地の使用権利書や葬儀の進行表、数々のお悔やみの電報、、、、、、。
私はその場にへたりこんだ。
私の死因が書かれた書類もあった。私の死亡日時も書かれたいた。
気管がせり上がり、咳が出た。咳はなかなか止まらなかった。深呼吸を繰り返し、涙を拭った。私は両手で顔を覆った。
手のひらが震えた。
もうすぐ、祐司が帰ってくる。
「夕飯を、作らなくちゃ」
そう声に出し、私は書類をかき集め、靴箱に入れた。ほかの靴箱から飛び出した封書もかき集めた。よく見ると、封書は私たちの手紙だった。あなたからの手紙も、私からあなたに宛てた手紙もあった。
樚铯丹螭豛
気温が下がると陸上の練習も少しに楽になってきました。
やっぱ炎天下はきつかった。
「素敵」とか言われると照れちゃうよ。でもありがとう。
なんていうか、僕は変わりゆくものと、変わらないものと両方があると思うんだ。
変わらないものは、変わらないことに関していうと絶対的で、とにかく変わりようがないんだ。そのものが持つ意思と関係なくね。
そういうのって確実にあると思ってるよ。人の心にも。
心の中っていうか。あるよ、きっと。
秋穂  巧さん
うん、巧くん、そんな気がしてきた!
きっとそうだよね。
私の気持ちきっとそうだと思う。変わりっこないもの。
すごいよ、嬉しい。
そうそう、聞いて。寮のお風呂は共同で、毎回六人ずつ班ごとに入るんだけど(入学当初は裸のおつきあいって抵抗ありまくり!今はだいぶ慣れたけど、、、、、、)
今日ね、一緒にお風呂に入った友達に「澪、痩せてキレイになったんじゃない?」って言われたの。
なんとなく、巧くんと九月七日に会ってからいい感じ、な気がします(照)。
「変わりっこない、だって」
私は笑った。笑うと涙が出た。涙が出ても鼻をすすりながら笑った。
私はあなたと花火の日に結ばれて、あなたと結婚する。
そしてかわいい男の子を出産して、その五年後に死んでしまう。
「巧くん、、、、、」
私は二十八歳でこの世を去ってしまった。
かけがえのない。大事なものをここに置いて。
「祐司、今日はママと一緒にお風呂に入ろっか」
夕食後の食器を片付けながら私は言った。
「ほんとう?」
「え?僕は?」
あなたは自分を指さして尋ねた。
「あなたは大きいからうちのお風呂じゃ狭いでしょ。祐司、一緒にお風呂に入ろいいなぁ、祐司」
「やったぁ!」
大げさなくらい、祐司は飛び上がって喜んだ。
そんなに喜んだのに、いざ入る時になるとやたらと彼はもじもじした。
「なぁに?恥ずかしがることないでしょ?」
「そうよ。親子だもん」
私は先に服を脱いで浴室に入った。
「ほら、いいこだからいらっしゃい」
「うん」
シャワーで祐司の体を洗った。小さな男の子とお風呂に入るのは初めてだったけど、なんとかシャンプーまでしてあげることができた。
「ママのシャンプーひさしぶり」
「そうね」
私は泡立てた祐司の髪を立ててみた。大きな瞳に小さな額、そのうえの白いクリームのような祐司の髪がタワーになっていた。
「祐司、なんてかわいい」
「そうなの?」
彼は照れたみたいに笑った。
その顔は、はにかんだ時のあなたにそっくりだった。
「目に入れないでね」
「大丈夫よ。まかせておいて」
なんて言っておきながら、すすぎの時のシャンプーの泡は思い切り祐司の目を直撃し、彼は痛い痛いと泣くはめになってしまった。すすぎ終えると、彼は目を指でなでながら言った。
「ママ、シャンプーへたっぴになってる、、、、、、。まえはあんなに上手だったのに」
「ごめんね。大丈夫よ」
「うん。もういたくない」
「よかった。ほんとうにごめんね」
私たちは肩までお湯に浸かった。
「ね、祐司」
私は彼に声をかけた。
「いつもトイレでパパと何を話してるの?」
祐司は答えるより先に首を横に振った。
「なんにも」
「そう?」
「うん」
「ママ、雨の季節が終わったら、アーカイブ星に帰っちゃうのかな」
「思い出したの?!」
祐司の小さな体は跳ね上がり、湯船のお湯が大きく跳ねた。
「うん、少し思い出したみたい」
祐司はグーに握った両手で顔を覆った。
「ねえ、聞いて」
彼はやっと息を吐いて、ヒックとのどを鳴らした。
「いったらいやだ。どこにも行かないで」
「祐司、、、、、」
あ、だめだ。泣くまいと決めていたのにもう鼻が痛い。
「ママの心は祐司のそばにいるよ。ママは祐司をずっと、見守っているから」
ヒックヒックと彼ののどが鳴っている。
「ママ、ごめんね。ごめんね」
「どうしてあやまるの?」
「ぼくのせいでしょ?」
「祐司?」
「ぼくのせいでママは死んじゃったんでしょ?」
「え?」
「親せきの人がおしえてくれたんだ。ぼくが生まれたせいで、ママが死んだんだって」
祐司はのどの奥から声を漏らして泣いた。ぎゅっとつむった目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
切なかった。
私は祐司の髪をなで、頬をなで、小さな肩をなでた。
「あなたは少しも悪くないのよ。世界中の誰よりもいい子よ」
しゃっくりと同時に祐司の胸が上下していた。私は彼のグーにしたままの小さな拳をゆっくり広げて、そっと握った。
「ママは祐司に出会えて幸せなの。祐司はママにたくさんの幸せを撙螭扦欷郡韦琛5v司がママの子に生まれてくれなかったら、そのほうがママは悲しかった」
「ほんとう?」
「本当よ。あなたは私の最高の宝物なの」
「ぼくのこと?」
「ええ、そうよ」
私は湯船の中で私の子供を抱きしめた。あたたかい鼓動を感じた。
「愛してるわ、、、、、、」
11眠っている祐司の顔はピンク色で、時々扇風機に前髪が揺れた。
「祐司の顔が赤いわ。大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。彼は赤くなりやすいたちなんだ。小さい子はみんなそうだよ」
わたしはため息をついた。
「わたしったら、母親失格ね。子供がのぼせるまでお風呂に入れるなんて」
「のぼせたほどではないよ。彼はきみとお風呂に入れて嬉しくて仕方なかったんだよ」
「ええ、そうね」
私は祐司の寝相を見つめながら、泣きじゃくる祐司の顔を思い出した。
「きみはいいお母さんだよ」
あなたは言った。
「ありがとう。雨の季節が終わるまでは、そうありたいわ」
不自然な間があった。
私はあなたを見つめ、あなたも私を見た。
「記憶が戻ったの?」
私は首を横に振った。
「偶然見つけたの。押し入れの整理をしていて、偶然に。あの靴箱が落ちて、その中から」
「澪、、、、、、」
「それまでも違和感はあったの。今の私自身、地に足がついてない感覚っていうか、ここにいることは不自然というか」
実際に不自然極まりないことではあったのだ。二十一歳の私が八年後のこの場所にいるという、それだけで。
「それに、あなたたちの挙動もあやしかったわ。しょっちゅう祐司と二人でトイレにいるしね」
「きみの記憶を戻させないように、彼と打ち合わせしてたんだ」
「私が、死んだ記憶ね?」
あなたは俯いて首を振り、蒼ざめた顔で「そうだ」と言った。
「あなたたちは相当びっくりしたでしょうね。死んだ妻が幽霊になって戻ってくるなんて」
「うん、確かに驚いたけど、きみはなくなる前に僕に言い残していたんだ。翌年の雨の季節には戻ってくる、って。まじめなきみのことだから本当に僕たちに会いに戻ってきてくれる気がしたんだ。だから僕は」
あなたは瞬きを一度して、手のひらで顔を拭った。
「だから僕は、生きてこれた。きみがなくなったあとも」
私は目を閉じた。
悲しみと、痛いほどの愛しさは、なんて似てるんだろうと思った。
「ねえ」
「うん」
「わたし、子を上げて泣いちゃいそうなんだけど」
「泣いていいよ」
「駄目よ。祐司が起きてしまうわ」
「祐司はぐっすり眠ってる。きっと今キングコングこの町を襲ったって彼は起きないよ」
「駄目よ。冗談なの。大丈夫よ」
私は鼻がつうんとなるのを実感しながら手を振った。
「きみはいつだってそういってた。大丈夫よって言って笑ってた。きみはとても強い女性だった。僕の前で声を上げて泣いたことなんてなかったよ。病気の時だって、どんなにお腹が痛くても、きみは大丈夫だと言った。
私はあなたを見つめた。
「泣いていいんだよ」
あなたの深い瞳の色。
ここはあなたから半径1メートル。
私の記憶は初めて生成される。あなたと出会ってからの十三年分の記憶。一緒に花火を見た。あなたとキスをした。そしてあなたと結婚して、祐司という男の子を産んでーーー私はずっと、あなたに見つめられて生きてきたのだ。これまで、ずっと
「うっ、ふっ、、、、、、」
あなたは私をだきしまた。
おえつがのどから溢れ出す。
「どうして、どうして一緒に生きていけないの、、、、、、!」
あなたの手に力がこもる。
「あなたと、祐司と、生きていきたい。どこにも行きたくない」
私は子供のように声を張り上げて泣いた。私は必死であなたにすがった。
なにも見えなかった。
あなたのそばで生きていきたい。離れたくない。
ずっと、ずっと、あなたのそばにいたい。
あなたの言葉どおり、あんなに大声で泣いたのに祐司は起きなかった。
本当にキングコングがこの町を襲いに来ても目を覚まさないかもしれない。
「キングコングはともかくとして」
私は言った。
「地震が来たときとか大丈夫かしら?ちょっと心配だわ」
あなたは私を抱きしめたまま、笑った。そして私の頭にキスをした。
「大丈夫だよ。僕が目を覚ますから」
「そうだよ」
「祐司を、よろしくね」
「わかった」
私は涙で濡れたあなたの肩から頭を起して、あなたの頬にキスをした。
「あなたのことがどうしようもなく好きなの」
あなたは私の顔に涙で張り付いた髪を優しく掬い取った。
「僕もだよ」
あなたは言った。
「きっとこうやって僕らは何度でも恋に落ちるんだ。出会えばまた、惹かれてしまう」
「いつかまた」
私は鼻をすすった。
「どこかで?」
「そう、いつかまた、どこかで。そのときもきみの隣にいさせてよ。すごくいごこちがいいんだ」
わたしはあなたを抱きしめた。
「わたしもあなたの隣が好き」
ねえ、
うん?
あなたはわたしと出会って、幸せだった?
幸せだったよ。きみは僕をとても幸せにしてくれた。
よかった、、、、、、
いまだって幸せだよ。これ以上ないくらいに。
よかった、、、、、、私も、とっても幸せなの。これ以上ないくらいに。
よかった、とあなたは言った。
そして、私たちはキスをした。
それから私は、生まれてはじめて男の人に抱かれた。
あなたに、抱かれた。
12天気予報は唐突に梅雨明けを告げた。
私は洗濯物を取り込み、きれいにたたんだ。
アパートの階段を勢いよく走る祐司の足音が聞こえる。
ランドセル背負って走って学校から帰ってきた祐司は顔いっぱいに汗をかいていた。
「祐司、森へ行こっか」
私は今にも泣き出しそうな彼に笑いかけた。
彼は拳で涙を拭いて大きく頷いた。
祐司と私は手を繋いで、森へ向かう途中にあるトンネルを歩いた。
「あの雨の日、ママが祐司とパパと出会って、おうちに帰る時もこのトンネルを歩いたね」
「うん、歩いたよ」
「このトンネルの感じには覚えがあるわ」
「覚えってなぁに?」
「雨の日の前にも、ここを通った気がするの」
「いつ?」
「いつだろう?、、、、、、ママが生まれてきた時かな」
「ふうん?」
トンネルを抜けた。
私たちは光に包まれる。
この世界に生まれ出る感覚に似ていた。
世界のはじめりーーあなたと私の。
「森の入り口が見えてきたよ。たっくんまだかな?間に合わないよ。たっくん、走れないもん。たっくん、走れないもん。どうしよう」
「祐司、パパは走るの速かったのよ。かっこよかったんだから」
「たっくんが?」
祐司が大きな瞳を見開いた。
「そう、たっくんが」
「そうかぁ」
祐司はまだ驚いていた。
「祐司」
「うん」
「パパのこと、お願いね」
祐司は私の顔をまっすぐ見上げた。
「ママの代わりに、パパを気遣ってあげてね。お願いよ」
祐司は一度瞬きをして頷いた。
「うん、わかった」
私も彼に向かって頷いた。
祐司はふいに後ろを振り返って叫んだ。
「たっくん!」
あなたが私たちに向かって走っていた。
「たっくん、間に合った!たっくん、ね、ママ、間に合ったよ!」
陽の下をあなたが走っていた。
放課後の校庭であなたはトラックを何周も走っていた。
私は教室の窓からあなたを見て、胸が震えた。
高校生の時と、今のこの胸の震えと、何が違うだろう?
あなたは言ったのだ。
絶対に変わらないものがある。
あなたは私たちのところまで来て、肩で激しく息をしながら私を見つめた。
「澪、、、、、」
「はい」
祐司もあなたを見上げ、あなたの次の言葉を辛抱強く待っていた。
あなたは私にかける言葉を探していた。あなたは今にも泣きそうな顔をしている。そんな表情も、あなたと祐司はそっくりだ。
私は微笑んで、ゆっとりと両手を広げた。
あなたは私を抱きしめ、息を吐くように、私の名前を呼んだ。
腕を回したあなたの背中は熱を帯び、大きく息をしている。
きっと一生懸命走ってきたのだ。
あのトンネルを抜け、自転車に追い越されながら、ここまで、走ったのだ。
「頑張ったのね。えらいわ」
私たちは3人で森に入った。
そこが、わたしの還るべき場所への入り口だった。
そして私は現実へと戻った。
二十一歳の夏のことだった。
四度目の退院から十九日目の今日、早くに目を覚ましたあなたをもう一度寝かせて、私はアスパラガスやたまねぎ、トマトも入った野菜たっぷりのオムレツを焼いた。
オムレツはもちろん、あなたの好きな半熟だ。
フライパンからオムレツをお皿に移し、テーブルに置いた。そしてダイニングを見渡した。
あなたと結婚して、このアパートを不動産会社に紹介された時、私はすぐにここに決めた。二十九歳のあなたと六歳の祐司と雨の季節を過ごしたアパートだったから。
初めてこの部屋に足を踏み入れた時、どれだけ懐かしく思ったことだろう。
トーストも焼けた。
あなたと祐司、二人分の牛乳とハムをテーブルに置く。
私はあなたたちを起こしに部屋に入った。
2DKのアパートで、テレビを置いた洋室を居間に使い、和室に布団を敷いて、私たち三人は川の字になって寝ていた。
「また同じ格好で寝ちゃってる」
私は笑った。
カーテンの隙間から朝日が射し込んでいる。
窓際に回って、私はあなたと祐司を見つめた。
カーテンを引いた。
「さあ起きて、ふたりとも。朝よ」
あなたと祐司は眩しそうに目を細め、私を見上げた。なんて愛しい朝だろう。
私は呟く。
「愛してるわ、、、、、、」
身重の女性に席を譲ると、彼女はゆっくりと腰を下ろし、愛しそうにお腹を抱いた。私は私の小さな息子を思い出し、窓から夏空を見上げた。
山の向うがオレンジ色に染まっていた。
列車は揺れながら、私を湖の駅へと連れて行く。美しい夜のはじまり、私の素敵な未来のはじまり。
私は目を閉じて、あなたを思う。
いま、会いにゆきます―――
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发表于 2005-6-21 08:49:40 | 显示全部楼层
いいなぁ、有難う
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发表于 2005-6-25 07:49:33 | 显示全部楼层
昨天刚买到了根据小说改编的电影的DVD,可惜不知道怎么能传上来,能传的话就跟大家分享了。
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发表于 2005-6-25 13:47:50 | 显示全部楼层
何の小説?小説の名前と作者を教えてくださいませんか。
タイトルなしの小説は読みたくないなあ~~
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发表于 2005-6-25 13:55:08 | 显示全部楼层
題名は「今、会いにゆきます」ですか?
最近ネット上にBTダウンロードできるようですが、映画なら。
ありがとうございます。
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发表于 2005-6-25 16:02:03 | 显示全部楼层
是很像「いま 会いに行きます」不过仔细看看又不是,好像是原著的缩写本,至于电影嘛,真的有下载的地方?浪费了我三千多块!!
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发表于 2005-6-25 16:16:56 | 显示全部楼层
DVDがコーピーしてから、見てもいい?
だめでしょ
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发表于 2005-6-25 16:20:40 | 显示全部楼层
下面是引用阿佩于2005-06-25 16:16发表的:
DVDがコーピーしてから、見てもいい?
だめでしょ
どういうこと?観たいの?
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发表于 2005-6-25 18:16:41 | 显示全部楼层
DVD拷贝之后看不了吧。我的意思是。
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