イラクの武装勢力に自国の民間人を拉致され、駐留部隊の撤退を迫られていたフィリピン政府が、要求期限を前に51人全員の撤退を完了させた。 ! }/ S9 g% ^# Q- x, F$ C; V! E% z6 u
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/ G: R9 n; S! M4 a それを受けて、人質は解放された。しかし、「テロとの戦い」で米国と足並みをそろえ、イラクに派兵したアロヨ大統領にとっては苦しい決断だった。 . t- \ ]" Z1 z$ T5 _' v2 E
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3カ月前、複数の日本人が同じように人質に取られ、自衛隊の撤退を要求された。小泉首相はそれを拒み、交渉によって人質の解放を図る道を選んだ。幸い、人質は無事解放された。
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( N4 d& x" C- ` その時、朝日新聞の社説は「脅迫を受け入れて撤退することはできない」と主張し、要求を拒絶したことを支持した。人質を取って他国の国民と政府を脅すような卑劣なやり方を認めるわけにはいかない。脅しに屈してしまえば、新たな犯行を誘発する恐れがあるからだ。 4 L) `5 D8 p' J) }$ O
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$ i2 L: Q3 D- w) D- w" ` その原則に立てば、フィリピンの対応は人質を取った武装グループを勢いづけることになりかねず、賛同できない。
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+ d3 y% h" y( d* @5 V しかし、フィリピンが置かれている状況を考えるとき、ただ「テロに屈した」と非難するのもフェアではあるまい。 " G& m" h0 m* G, E
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( ^- b: ~" e5 P+ _' P/ T 米英の要請に応えてイラクに派兵した30余りの国々のなかで、フィリピンはとりわけ弱い立場にあった。 : k; s& \8 k e( C8 U
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- E) U' D" g( _( ]+ _6 R& H 職がないフィリピンを出て、海外で働く人は800万人を超え、全人口の1割を占める。イラクでも、米英軍や外国企業のために哕炇证浈偿氓胜嗓趣筏苾Pくフィリピン人が4千人もいる。 - i, H7 l1 d% C% Y
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) t/ L2 w2 A& ~1 @- y* d; G8 @ 武装勢力に拉致された哕炇证狻ⅳ饯我蝗摔坤盲俊J鹿胜悄郡摔堡颏筏孔庸─沃委熧Mを稼ぐためにイラク入りしたと伝えられている。
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イラクに派兵したのは、米国と良い関係を保ちたいという政治的な理由に加えて、労働者が占領軍関係の仕事を得やすくなるだろうとの思惑もあってのことに違いない。
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4 d! Q- J5 [( f 一方、アロヨ氏は5月の大統領選挙で、テロとの戦いや貧困の撲滅と並んで「海外労働者の保護」を公約に掲げた。それもあってか、国内では事件が起きると「撤退して人質を救え」という声がわき上がった。 5 |+ }& t- m. I8 V8 p2 }6 O5 T
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# [3 r1 D" [* J- A. s* [$ q 米国に同調してイラクに派兵した国のうち、スペインが撤退した。マドリードの鉄道爆破テロ直後の総選挙で、イラク戦争に反対の野党が政権を奪った結果だ。ホンジュラスなどがそれに続いた。 , w2 i: g: O K' C' ^. N0 h
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7 I. A Y* R2 u ノルウェーは先月末、法律で定められた任務期間を終えて引き揚げた。ニュージーランドも9月の撤収を表明した。
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フィリピンを批判したオーストラリアにしても、年内の総選挙で野党が勝てば、撤退が現実の課題となろう。 / p6 z5 W- e1 D7 r5 V
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1 m/ \ c5 Q9 `5 f2 n; J イラクでは占領が終わり、暫定政府もできた。しかし、戦争の大義の乏しさが次々に明らかになり、派兵当時に期待された秩序の回復もおぼつかない。国際社会が結束してテロに立ち向かえる状態にはほど遠いのだ。フィリピン軍の撤退は、そんな中でのことだった。
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■三宅島――帰島後がまた一仕事だ8 [/ A7 t/ Z) w1 P" J
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噴火によって離島を余儀なくされてから4年。三宅島の住民の帰島がようやく決まった。
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2 L6 z# ^- A7 g+ P4 T2 v8 M 島に帰るのは来年2月からになりそうだが、慣れない地で暮らし、帰郷を望んできた人たちはひと安心といったところだろう。
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しかし課題も少なくない。 & r; _- F. Z+ K
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村落にまで灰が降る噴火は02年11月を最後に観測されていないが、有毒な火山ガスの放出は続いている。ひところと比べれば濃度は落ちてきたものの、依然として環境基準を超えている。気象庁の火山噴火予知連絡会は先月、「現在程度の火山ガスの放出は当分継続する可能性がある」という見解を発表した。
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8 l' X2 }! C7 o$ P1 ^& m7 k( V 健康を害する心配がある。しかも火山ガスはいつおさまるかわからない。そんな不安があっても、島民の意向調査では7割が帰島を望んでいる。都知事に相談したうえで、帰島の道を選んだ三宅村村長の判断は理解できる。
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- y. P" [$ ]5 n4 I; J 当然のことながら、火山ガスの対策には万全を期してほしい。24時間の観測態勢を整え、ガス濃度を防災行政無線で逐一知らせることは言うまでもない。いざという場合に、ガスを防げる避難施設は島の北部地域にあるだけだ。ほかの地域にもつくってはどうか。
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: o2 J |0 |$ |3 ]- x& N2 Z しかし、財政的にも人的な支援でも、行政にできることには限界がある。 s) j+ l& S/ e; s8 { N
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リスクを承知で帰るのだから、島民も無理をせず、自らの安全にも気を配ることが必要だ。火山ガスの影響を受ける度合いは人によって異なる。帰島前に健康远悉蚴埭薄⒆苑证翁遒|を把握しておくことだ。 ' }% j- ?0 F0 R. F2 g
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三宅島では年間を通じて西風の吹くことが多く、島の東部はとりわけ火山ガスの濃度が高い。村は一部地域を立ち入り禁止にすることを検討している。 / l* ^ k; N$ H _
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s2 w% p0 }. D, _2 w: u( f4 ] そうなれば、帰島しても別の場所に移住しなければならない人も出てくる。島民の理解と協力が求められよう。 , D! I( @- M/ V# n' F
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2 Z/ A% Q6 ^ L1 G2 ?5 H+ L/ u 頼みの観光は当分、多くを期待できまい。特産のアシタバを栽培する農地には火山灰が厚く積もっている。帰島した人たちの仕事の確保も容易ではない。島ではもう職はない、と帰島をあきらめて都会に残ることにした人もいる。 . w- b5 C" P+ r) {3 T
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8 V: G/ g$ R- U b( O1 N$ r5 M _ o1 u& B 砂防ダムの建設など公共事業も来年度にはやまを越す。帰島者の雇用は大きな問題だろう。 ' w: m6 u& q! o) K& m! z/ i
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4 z5 X$ i1 K( g5 I! L3 W( A そんな中で、若手の経営者らが三宅島産業再生研究会を立ち上げ、溶岩と島の植物を組み合わせた新たな事業を計画している。水分を保ちやすい特徴をもつ溶岩に植物を植えて、屋上の緑化などをしようというわけだ。災いを福とする地場産業に期待したい。 6 ^; X2 O5 ?' c `. A9 I7 e! j# @7 V
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一方、病気や高齢を理由に、島にかえれない人たちも少なくない。
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全島避難は村長の指示に基づいておこなわれた。帰島によってそれも解除されるが、都営住宅の無償提供などがどうなるか、残る人たちには心配のたねだろう。帰島する人、残る人の支援に大きな差ができないよう心を配るべきだ。 % T- n2 r% f4 c9 i6 u$ p0 @5 t
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