拝啓 ごぶさたいたしました。ごめんなさい、先生に手紙を書いてさしあげることは遅き増す。中国を離れてからお変わりございませんか。お元気ですが?いまはどんな仕事をしていますか?
正月を渡してから私は威海へいきました。その時、ある会社に勤めていました。でも、二週間に過ごしてから会社は私に合約書を書かせました。でも、私は留学をすることと思いますから書かないです。それから、私は解雇されました。すると、私は帰りました。家に毎日毎日遊びました。全然つまらない!ですから、学校へ帰りました。学校に勉強をしました。学校に先生は私にチヤンスをあげました。ある石島の会社へいきました。日本人と相談しました。つまり、石島の会社は食品交流会をあげるつもり、日本人もいます。大体は40人ぐらいがいます。石島の会社の翻訳人が少ないですから私たちにこさせって助ける。すると、私は会社にいきました。そこに4日で勤めました。食品交流会が終わってから私たちの仕事も終わりました。それから、私たちはまだ学校へかえりました。4日の中に私の聴解のレベルが上がると感じしました。次に、つまらない生活をすごしました。ある日私は日本留学の手続きをしました。大体、10月に日本へいきました。日本の大阪の日中語言語学校へいきます。その時、先生へ訪ねるよ!今はつまらない生活がとても嫌いです。
今は家に自分で日本語を勉強します。でも、先生のお教えを忘れずに、学習の指導をしていた、さらに頑張っていきたいと思っております。
末筆ながら先生のご健康を祈りいたします。
三月三十一日
敬具
張浩