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1. はじめに
日本と中国では、古くから各方面において深く密接な関係がある。言語面から見ると、両国では、同じあるいは似ている漢字・語彙が少なくない。しかし、敬語表現において、中国語の表現手法は日本語のそれに比べて大きな差異がある。
本論は人称代名詞と敬称に焦点を絞って、現代中国語における称呼による敬語表現について日本語と比較しながら考察していく。
2. 先行研究
山崎(1997)は挨拶表現、呼び掛け表現、丁寧な言い回しの三つに分けて、日本語の敬語表現と比較しながら、中国語の敬語表現を紹介した。
董(2006)は人称代名詞「您」を中心として、文法論の角度から中国語の敬語を論じた。なお、敬語として用いられる「客套话」と呼ばれる動詞にも一部を用例と一緒に例挙した。
先行研究には、日中両国語おける敬語表現を比較する際に、大量の用例を使用したが、中国語とそれに対応する日本語訳しか同列に揃えなかった。それに関する説明はごく簡単であった。
3. 人称代名詞による敬語表現
中国語の人称代名詞は、現在、共通語として使われているのは、「我」(一人称:私)、「你」(二人称:あなた)、「您」(二人称の敬語)、「他」(三人称:彼)、「她」(三人称:彼女)及びそれらの複数である。日本語との違いと言えば、中国語の人称代名詞が省略しにくく、構文上で不可欠な成分になる場合が多い。人称代名詞と敬語表現との関係から見ると、両国語の相違がさらに顕著になる。日本語は人称を省略するほど、敬意が上がるのに対して、中国語は人称によって敬語表現を成立させる。
3.1.一人称
昔の中国語は「鄙人」(男)、「小生」(男)、「妾」(女)など謙遜の意を持つ自称詞が多く使用されていたが、今は使われなくなってきた。現代中国語の一人称代名詞は「我」と「我们」だけである。「我们」は「我」の複数の形である。
一人称による敬語表現は現在の日常生活ではあまり見られず、主に演説、論文などで使用されている。呂(1980)は「現代中国語の場合、学術論文などで、執筆者が一人でも一人称の単数が使わないのは多い。これは、研究成果は独自の研究によるものであるが、先賢の先行研究によって色々参考になったし、多くの方々のお陰で研究が進められたことも忘れてはいけないから、自分自身を強調するイメージを与えかねない『我』を使用せずに、『我们』を用いることによって謙遜の意味を表したいという発想からである。」と指摘した。
3.2.二人称
「您」は、もともと二人称の敬語であるため、そこで特筆する必要がないと思う。日中両国語の違いは二人称による敬語の表現手法である。
您说的对。 おっしゃるとおりです。
您多吃点。 もっとお召し上がりください。
上記の例文は、共に聞き手に対する敬語表現であるが、中国語はすべて「您」によって敬意を表しているのに対して、日本語は全部二人称抜きである。中国語例文の中の「您」を省略すると敬意が下がるが、日本語の場合は二人称を用いると敬意が下がることになる。
また、相手の名前、役職を知っていても、よくそれの後にまた「您」を付けて丁寧な気持ちを更に表している。
相手が複数の場合は「你们」と言えるが、「您们」はあまり認められていない。それの代わりに、さらに丁重な言い方「各位」「大家」がよく使用されている。
3.3.三人称
現代中国語では、第三者を指す人称代名詞は主に「他」と「她」がある(「它」も他称詞であるが、人間には用いられない)。敬意のこもる「这位」「那位」は三人称の代替語として使えるが、「他」「她」との用いる文脈が違っている。未知の人物に対してどちらも使用できるが、既に名前を知っている人物には「这位」と「那位」があまり使われていない。その時は、三人称を言わず、敬称の使用が一般的である。
三人称を敬語表現と結びつけて考えると、敬語の省略、すなわち敬語の不均衡現象が注目されている。日本語の場合は、文全体において敬語の統一性が要求される。それに対して、中国語の方は、人称代名詞が省略しにくいため、文の中に連続で敬称を使用すると、文法的に問題はないが重複感がある。したがって、現代中国語では、冒頭に敬称を使用すれば文全体に敬意がこもるので、特別に丁重な場合でない限り、敬語の一貫性にこだわらなくても良い。
4. 敬称による敬語表現
中国語では、敬称が単独であるいは相手の姓名などにつけて使用し、直接相手に呼びかける時の待遇表現でもあるので、最も素直に、簡潔に敬意を表すものである。
4.1. 接尾語
接尾語として使われる敬称は数多く、時代の変遷によって変わりつつある。今よく使われているのは、「先生」「小姐」「师傅」「老师」などがある。
「先生」と「小姐」は、今最も広く使用されている敬称である。日本語の「お嬢さん」という意味に相当する「小姐」は未婚の女性への敬称や外交用語として、今の社会では広く用いられている。しかし、知人には使いにくい。一方、中国語の「先生」は日本語の「先生」と同じ形なのに、男性への敬称で、日本語の「様」に該当している。この呼称は、昔、学者や有識者などへの敬称として使用されていたが、現在では一般的な敬称としても広く使われるようになった。
「师傅」は、日本語の「師匠」に相当して、元々弟子が芸や技術を教えてくれる師匠に対する敬称であったが、工場や会社などでは、若い労働者が古参労働者及び指導してくれる人を敬って用いた。今、これは「先生」「小姐」に替えられつつあるが、商業、サービス業の関係者への敬称として使う人が依然として少なくない。多少時代遅れと感じられるかもしれないが、場合によっては「先生」「小姐」のような敬称が代替できない役割を果たしている。
「老師」は日本語の「教師」の意味である。今、芸能人、作家などの文化人にも用いられるが、日本語と違って政治家、弁護士、医者などには使わない。
そのほか、「校長」(学長、校長)、「総経理」(社長)など、ほとんどの職名、肩書きも敬称の役割を果たしている。これらの敬称は一般的に接尾語として使用するほか、名前などを省略して単独でも使える。
4.2. 接頭辞
現代中国語において、「小」と「老」は、日常コミュニケーションの中で使用頻度が高く、大きな役割を果たす敬意のこもる接頭辞である。接尾語の敬称が尊敬に重点が置かれるのに対し、接頭辞の方は親近感を感じさせる表現である。丁重の度合いが若干落ちる反面、より親しく感じられるから、友人同士だけでなく、日常の付き合い、職場などでもごく普通に使われている。
基本的に、「小」は年下の若い人に対して使われ、年上の人には「老」をもって呼称する。若者同士なら年上年下と関係なくお互いに用いられる。一方、中年以上の人に対しては、自分より年下でも、「小」の代わりに「老」を用いる方が多い。
また、「老」には接尾語としての使い方もある。社会的に地位が高い年寄りの人には、苗字の後に「老」をつけて使用することができる。これは、敬意が非常に高い敬語表現となる。
5. まとめ
本稿は、現代中国語における称呼による敬語表現をめぐって、日本語と比較しながら人称代名詞と敬称について考察してみた。日本語は敬語表現が非常に発達している言語であり、尊敬及び謙譲を表す語彙のほかに、文法的な要素も多く、丁寧語、尊敬語、謙譲語、美化語などのように系統化されている。中国語の敬語は、語彙中心に構成されているが、称呼の活用が最も基本的な敬語表現である。人称代名詞は、構文上の文法的な要求を満たすほか、待遇表現においても大きな役割を果たしている。その一方で、敬称は社会の背景を反映し、用語も用法も時代の変遷に伴って変わりつつある。
参考文献
呂叔湘(1980)「現代漢語八百詞」商務印書館
許余龍(1992)「対比語言学概論」上海外語教育出版社
山崎淑子(1997)「中国語における敬語の表現」『福井工業大学研究紀要』第27号
彭国躍(2000)「近代中国語の敬語システム―<陰陽>文化認知モデル―」白帝社
三輪正(2000)「人称詞と敬語―言語論理学的考察」人文書院
董慧穎(2006)「現代中国語における敬語的表現」『社会文化科学研究』第12号
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