薄紫(うすむらさき)のもやの中(なか)に、まずヘッドライトが現(あらわ)れる。次(つ)いで腹(はら)に響(ひび)く排気(はいき)音(おと)、走(はし)り去(さ)る怪物(かいぶつ)マシン。フランスの自動車(じどうしゃ)レース「ルマン２４時間(じかん)」の印象(いんしょう)は鮮烈(せんれつ)だ

▼８５年(ねん)の歴史(れきし)で、日本(にっぽん)車(しゃ)の総合(そうごう)優勝(ゆうしょう)は９１年(ねん)のマツダのみ。その走(はし)りをスタンドで見届(みとど)けた。硬(かた)い客席(きゃくせき)に、ままならぬ仮眠(かみん)。夏至(げし)ながら、油断(ゆだん)の薄着(うすぎ)に夜(よる)風(ふう)がこたえた。丸(まる)１日(にち)の走行(そうこう)距離(きょり)を競(きそ)うルマンは、耐久(たいきゅう)力(りょく)の公開(こうかい)実験(じっけん)に例(たと)えられる。半数(はんすう)は煙火(えんか)を噴(ふ)いて力尽(ちからつ)き、完走(かんそう)車(しゃ)は新幹線(しんかんせん)なみの速(はや)さで日本(にっぽん)―豪州(ごうしゅう)ほどの道程(どうてい)を行(い)く

▼この玄人(くろうと)の世界(せかい)に、東海大学(とうかいだいがく)の学生(がくせい)が挑(いど)むという。走(はし)りはプロに託(たく)すが、エンジンや車体(しゃたい)は内外(ないがい)の企業(きぎょう)と共同(きょうどう)で開発(かいはつ)した。出場(しゅつじょう)申請(しんせい)が通(とお)れば、来年(らいねん)６月(ろくがつ)、伝統(でんとう)の一戦(いっせん)に大学(だいがく)チームが初(はじ)めて乗(の)り込(こ)む

▼監督(かんとく)を務(つと)める工学部(こうがくぶ)教授(きょうじゅ)、林(はやし)義正(よしまさ)さんは資金(しきん)集(あつ)めに奔走(ほんそう)している。日産(にっさん)でレースに携(たずさ)わり、ルマンも３度(ど)経験(けいけん)した。「登(のぼ)る山(やま)は高(たか)いほどいい。突破(とっぱ)力(りょく)を養(やしな)うには最適(さいてき)の教材(きょうざい)です。あの空気(くうき)の中(なか)に、一(いち)秒(びょう)でも長(なが)く居(い)させたい」

▼学生(がくせい)たちは、レース規則(きそく)の和訳(わやく)から始(はじ)めたそうだ。好(す)きこそ物(もの)の上(うえ)手(て)なれで、夢中(むちゅう)になりながら、知識(ちしき)と技術(ぎじゅつ)が身(み)につく回路(かいろ)に入(はい)っているらしい。各自(かくじ)の専門(せんもん)性(せい)を車(くるま)に結晶(けっしょう)させ、衆目(しゅうもく)の中(なか)で出来栄(できば)えを試(ため)す。はるか先(さき)には表彰台(ひょうしょうだい)もある。ぜいたくな「授業(じゅぎょう)」である

▼先頃(さきごろ)の国際(こくさい)比較(ひかく)で、日本(にっぽん)の生徒(せいと)は科学(かがく)的(てき)応用(おうよう)力(りょく)の衰(おとろ)えを指摘(してき)された。現実(げんじつ)の喜(よろこ)びや楽(たの)しみに結(むす)びつくなら、授業(じゅぎょう)や実験(じっけん)はもっと輝(かがや)くはずだ。ルマンへの挑戦(ちょうせん)には、「理科(りか)離(ばな)れ」対策(たいさく)のヒントが詰(つ)まっている。