セールスマン日本一
森政弘
これはどこに出ていた話かもしれませんが、日本一の自動車セールスマンの話です。この方はものすごい人手、自動車を売って歩く時間と、自分が勉強する時間は決して別々だとは考えていない。
普通は、自動車を買ってくれそうな人に会って、自動車を進める、その時間が自動車を売ることであって、客のところへ行くまでの時間は無駄だから詰めようとします。ましてや自分で本屋へ足を運んで本を買ってきて、勉強するなどということは、セールスとは直接関係のないことだと思っている。なるべく長い時間、お客と付き合って、その自動車のPRをやれば売れるという発想が普通である。ところがそれは実は分裂型の--ばらばらの発想なのです。普通なら、1日24時間のうちほんの数時間しか実際のセールスマンは違います。
具体的に述べますと、セールスの相手は、どんなお客さんか分からない。政治家もあれば商店の方もある、会社の課長さんもあるし、大学の先生もある、家庭の主婦もある、というふうに、本当にいろんな人がある。そういつ多方面の人たちと向かい合って、とにかく話しをあわせていかなければ商談が成立しない。そのために万般にわたって豊かな常識を持っている必要がある。時事・時局にも通じていないといけないし、演劇や音楽の知識もいる。ある程度誰とでも話が合うだけの知識は持っていないとだめである。だから勉強する。
ところが、勉強しているくらいの時間があれば、自動車を売らなきゃいかん。とにかく本は買ってくる。買ってくるが読んでいる暇はない。そこでどうしたかというと、会社へ帰って、事務のお嬢さんにその本を読ませててーぷに吹き込んでおいてもらう。自動車のセールスマンだから自動車に乗ってセールスにいきますが、自動車のなかで、そのテープをかけながら走る、そうすると、行き着くまでの時間が勉強の時間になっていて、ちゃんとセールスのための勉強ができるわけです。
ところが、それだけならだれでもおもいつくことですが、その人は、もう一台別のテープレコーダーを車に積んでいて、いつでも録音できるような状態にしてある。マイクロホンのスイッチを押すと、パッと動き出すテープレコーダーがありますが、あれでしょう。それを自動車に乗せて走っている。もちろん走っているそのときには勉強になるような本を読んで吹き込んだテープは鳴っているわけですが、交差点で赤信号で停止したり、徐行のところで他の車とすれ違ったリする、そのときにボロの車、ポンコツの車に出くわすと、その車のナンバーをパッと録音してしまう。