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初夏の夜風はいつも涼しくて心地よい。木の葉がサラサラと響くなか、虫の音もかすかに伝わってくる。昼の暑さはまったくうそのようなものだと感じさせられる。
春と夏のさかいにあたるこの時期はあいまいというか、立場の決まりかねる微妙な頃だ。
わが国の詩人たちは古来より「春への惜しみ」を詠ってきたが、その真の感情は今はもはや分かるすべもない。春は一度きりのシーズンでもないし、つぎに訪れる夏も決して憎らしい存在ではないが、なぜか春への愛着は依然として優雅な人々の心の底に根ざしているようだ。
ことしの春はもう過ぎたから、来年の春も遠くないだろう。人それぞれ愛している季節はあるはずだが、季節は一向にそれを気にせずに迷いなく巡っているものだ。偉大とかミラクルとかなんでもない。ちっぽけな人間の片思いなんて暇つぶしのネタとしては本当に便利なテーマだが、どうも季節の神さまには全然届いていないようだ。それでも自分の愛しさや惜しみを執ように「告白」している詩人たちのすがたがうらやましい。季節はいつも前へすすもうとしている。そのすさまじい勢いをぼうっと見ている人もいるし、途方にくれるような顔をしている人もいるだろう。しかし、それを美しい運命の巡り合いと思ったらいかがなものだろう。
いつか訪れる季節。いつか出会うだれか。笑顔で迎えることこそたのしくなる秘訣ではないだろうか。
そう思っているうちに、雨は静かに降りはじまってきた。天気予報は見ていないが、なんとなくあしたは晴れるかもしれないという気がしている。
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