昔は酒に水を入れて売らなければ儲からないので、酒屋はみんな酒に水をまぜて売ったものだ。
さて、こんな夫婦の酒屋があった。ある日、亭主は仕入れた酒の樽に女房が水をまぜたかどうか、まだ知らないでいた。
そこへ客が来た。亭主は“水をまぜたかどうかわからなければ、売るわけにはいかない”と考え、客にはわからないように詩の中の言葉に隠して「天乙①はどうした」と女房に聞くと、女房は「その樽はもう壬癸②をあわせたよ」と答えたので、それなら売ろうと思った。
だが客はその言葉の意味がわかっていたので「わしは金生麗③を買う気はないよ」と帰ろうとした。亭主は、“しまった。隠語を使ってかえって客を逃がしてしまう。店を開けたばかりなのに客を逃がすなんて、これはまずい”と思い、柄杓をふり上げ“エ-イ、一か八か言ってしまえ”と「お客さん、ほかの店は青山緑④はもっと多いですよ」と言った。
別な酒屋へ行っても、うちより水が多いと言う亭主の言葉の意味がわかった客は、仕方なく、水がまぜてある酒を承知で買った。
注
①天乙(てんおつ)……<易経>の中にあり、水のこと。
②壬癸(みずのえみずのと)……五行の中で北をさす、やはり水のこと。
③金生麗(きんじょうれい)…五行の中では“金生水(きんじょうすい)”だが、この客は水 をわざと麗の字に替えた。
④青山緑(せいざんりょく)…正しくは青山緑水(せいざんりょくすい)と言うべきだが、ここでは水の字を隠している。