为了应试,本人自己整理的一些作家的简历,方便大家背诵记忆,供大家参考!
(1)「太郎」
開高健
出身地 大阪市上本町
卒業学校 大阪市大法学科
流派 戦後一代派
文学作品名と地位
「パニック」発表 「裸の王様」で芥川賞受賞 「屋根裏の独白」 「日本三文オペラ」 「ロビンソンの末裔」 「過去と未来の国々」 「声の狩人」
主要経歴
卒業前、習作を「近代文学」に発表 卒業後、壽屋宣伝課にはいった 「新日本文学」に「パニック」を発表、小説家として立つ 芥川賞受賞後、大江健三郎と並んでマスコミの寵児として作品を発表 昭和35年後、中国や欧州諸国を歴遊、パリでデモに加わったり、サルトルに会見したりした 昭和40年後、ルポルタージュ作家として活躍
(2)「鼓比べ」
山本周五郎
出身地 山梨県
時代小説家
文学作品名と地位
「日本婦道記」で直木賞(固辞} 「樅の木は残った」で毎日出版文学賞(固辞) 「赤ひげ診療譚」 「青べか物語」
主要経歴
本名:清水三十六、短編小説に優れた 横浜一中を中退後、東京木挽き町の質屋山本周五郎質店に徒弟として住み込む 「樅の木は残った」や「赤ひげ診療譚」はNHKテレビで放映され
(3)「走れメロス」
太宰治
出身地 青森県
卒業学校 東大仏文科中退
流派 新劇作派
文学作品名と地位
「ダス ゲマイネ」 「二十世紀旗手」 「富岳百景」 「駆け込み訴へ」 「冬の花火」 「ワィヨンの妻」 「斜陽」 「人間失格」 「如是我聞」
主要経歴
本名:津島修治、新進作家 東大入学の際、井伏鱒二に会い終生師事する 昭和8年、古谷綱武、今官一らと「海豹」を発行、「魚服記」、「思ひ出」を発表 昭和9年、古谷壇一雄らと「番鳥」を発刊、「葉」など発表 「日本浪漫派」に合流、三号の「道化の華」は芥川賞の次席となり、新進作家の地位を固める 麻薬中毒のために入院 心身の過労から、「グッド バイ」未完として山崎富江と玉川上水で死ぬ
(4)「鳥」
大江健三郎
出身地 愛媛県
卒業学校 東大仏文科
文学作品名と地位
「奇妙な仕事」で「東京大学新聞」五月祭賞受賞 「死者の奢り」で作家的に自立 「飼育」で芥川賞受賞 「われらの時代」 「青年の汚名」ー政治状況 「遅れてきた青年」ー政治状況 「日常生活の冒険」ー政治状況 「個人的な体験」ー文学的成熟 「万延元年のフットボール」-想像力の極北を示す
主要経歴
「奇妙な仕事」ー監禁状態の戦後青年の無力感を描いた 「飼育」-戦時下の農村共同体における黒人兵と少年達との交流という奇妙なメルヘン(童话) 「われらの時代」ー都会へと上昇した青年の内面の閉塞状況 ルポルタージュも書いた アジア、アフリカ作家会議に参加、日本アジア文化連帯会議に参加、活発な社会的活動を示す 現代文学の代表的作家、1994年ノーベル文学賞受賞
(5)「棒」
安部公房
出身地 東京
卒業学校 東大医学部
文学作品名と地位
「無名詩集」 「終わりし道標べに」 「赤い繭」ー第二回戦後文学賞受賞 「闖入者」 「飢餓同盟」 「どれい狩り」 「幽霊はここにいる」 「第四間氷期」 「砂の女」 「壁」-芥川賞受賞 「棒になった男」-芸術祭奨励賞受賞 「他人の顔」 「燃え尽きた地図」 「時の崖」 「箱男」
主要経歴
劇作家、小説家、現代作家 東京生、中国の瀋陽に育ち 「近代文学」同人に加盟 「夜の会」に参加して花田清輝(はなだきよてる)の影響を受け、新日本文学会などに参加
(6)「伊豆の踊り子」
川端康成
出身地 大坂市
卒業学校 東大国文科
流派 新感覚派
文学作品名と地位
「招魂祭一景」 「葬式の名人」 「伊豆の踊り子」 「浅草紅団」 「禽獣」 「雪国」ーノーベル賞受賞 「山の音」-戦後作品 「千羽鶴」-戦後作品 「眠れる美女」-戦後作品 「末期の眼」-優れたエッセイとなる
主要経歴
十六歳で肉親全部を失い天涯の孤児として育つ 在学中に「新思潮」を発刊、二号発表の「招魂祭一景」によって菊池寛、横光利一を知り、作家的運命が開ける 「文芸春秋」創刊に参加、卒業後横光利一らと「文芸時代」を創刊、新感覚派の代表作家に地位を確立した 「近代生活」「文学界」の同人となる 「雪国」ー近代日本抒情文学(伊藤整)と激賞された 昭和28年、芸術院会員になり、日本ペングラブ会長も勤めた。 文学勲章受賞、ノーベル賞受賞 仕事部屋にしていた逗子マリーナマンションの自室でガス自殺
(7)「鼻」
芥川龍之介
出身地 東京
卒業学校 東大英文科
流派 新思潮派
文学作品名と地位
「羅生門」-最初の傑作 「鼻」-夏目漱石に認められ、成功で文名を得る 「地獄変」-虚構の方法に徹して私小説の告白性を否定 「刹那の感動」-日常的生を超え、憧憬を語る 「秋」-以後、現代を多く主題とする作風 「点鬼簿」 「玄鶴山房」ー私小説 「歯車」ー遺稿 「或る阿呆の一生」ー遺稿
主要経歴
生後まもなく母が精神障害を病み、ために母の実兄の養子となった 第三、四次「新思潮」に参加、夏目漱石に師事した 歴史小説に新しい領域を拓いた 神経衰弱が悪化、健康も衰え、時代の転形期に遭遇して芸術観の動揺も激しかった 「ぼんやりした不安」を理由として自殺 白樺派とともに大正時期の市民文学を代表し、その死は近代知識人の動揺と崩壊を象徴する事件と目された
(8)「こころ」
夏目漱石
出身地 東京
卒業学校 東大英文科
流派 余裕派
文学作品名と地位
「吾輩は猫である」 「坊っちゃん」ー文名が確立 「草枕」ー文名が確立 「三四郎」ー前期三部曲の一部 「そらから」ー前期三部曲の一部 「門」-前期三部曲の一部 「彼岸過迄」ー後期三部曲の一部 「行人」-後期三部曲の一部 「こころ」-後期三部曲の一部 「虞美人草」-最初の新聞連載小説
主要経歴
本名:金之助 大学予備門の予科から本科に進むころ、正岡子規と知り合い、文学書に親しみ、俳句もつくる 明治33年、イギリスに留学、そのつきつめた研究生活から神経衰弱におちいる 明治40年、朝日新聞に入社、本格的な作家生活に入る
(9)「破戒」
島崎藤村
出身地 長野県
卒業学校 明治学院
文学作品名と地位
「若菜集」-第一詩集 「一葉集」-第二詩集 「夏草」-第三詩集 「落梅集」ー第四詩集 「千曲川のスッケチ」 「旧主人」「藁草履」-最初の短編小説 「破戒」-最初の長編小説 「桜の実の熟する時」-渡仏、帰国の後完成 「新生」-姪との間の過失を告白する 「夜明け前」-「中央公論」に掲載され(共7年) 「東方の門」-最後の長編
主要経歴
本名:春樹。小説家、詩人 明治女学校の教師となるが、教え子との恋に悩み、まもなく辞職する 明治26年の「文学界」創刊号に初期の習作を掲載した 明治29年、東北学院に職を得、仙台に赴任した後も、詩編を「文学界」に発表する 明治32年、信州小諸におもむき、詩人から自然主義作家への転身の契機となる 自然主義的作風を定着する作品:「破戒」、「春」、「家」 脳溢血のため大磯の自宅で72歳の生涯をとじる
(10)「舞姫」
森鴎外
出身地 津和野
卒業学校 東大医学部
文学作品名と地位
「於母影」-訳詩集 「舞姫」「うたかたの記」-ドイツ体験をもとに清新な小説 「青年」 「雁」 「阿部一族」 「興津彌五百右衛門の遺書」 「大塩平八郎」 「最後の一句」
主要経歴
本名:林太郎 1881年、最年少で東大医学部卒業し、軍医として陸軍省に入る 1884年、ドイツに留学、西洋体験は生涯に深く刻み込まれるものとなった 1888年帰国、井上通泰、落合直文らと新声社を結び、「於母影(おもかげ)」を発表 1888年、「しらがみ草紙」を創刊、評論を中心に啓蒙的文学活動を展開した ドイツ留学を記念する三部作青春小説:「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」 「舞姫」は明治20年一月に雑誌「国民之友」に掲載された |