【悪霊がいっぱい!?】 小野不由美
プロローグ
真っ暗な部屋。青いペンライトの光がボウと浮かぶ。部屋全体を照らすにはあまりに小さな光。青い光に照らされて浮かぶのは、ペンライトを持つ女の子の顔だけだ。 おりしも外では雨が降ってる。どこかさびしい雨音に、低い女の子の声がかぶる。 「……これは前に、あたしの伯父《おじ》さんから聞いた話なの。 伯父さんがね、夏に友達と山に行ったの。で、ある山の頂上を目ざして歩いてたんだって」 彼女はちょっと言葉を切った。 「……それがね、その日は天気もよくて、山だって何度も来たことのあるところなのに、道に迷ってしまったんだって。 三時間くらいで頂上に着《つ》くはずなのに、いくら歩いても頂上に着かないの。 おかしいなぁと思って、それでも歩いて行くと、全然知らない尾根の上に出て、自分たちがどこにいるのかわからなくなっちゃって。とにかくもどろうってことになって、来た道を引き返したんだけど、しばらく歩くと同じ場所に出てしまうの。 何度歩いても同じ尾根に出てしまって、そのうち日も暮れて、しかたないからその場所でキャンプすることになったんだって」 誰《だれ》も口を開く者はいない。 「夜になって、たき火を囲んで話をしてたら、人の声がしたの。誰かが助けを求める声。伯父さんたちは、ふたりで探したんだけど、声の主《ぬし》は見つからないの。こっちから呼んでも返事はないし。 気のせいかと思ってすわると、また声がするんだって。今度は前より近くから、また探したんだけど、やっぱり誰もいないの。 何度もそれをくりかえしているうちに、声はどんどん近くなって、最後にはたき火のすぐ近くで声がするようになったんだって。息づかいや足音や、服がこすれる音まで聞こえるのに、誰の姿も見えないの。さすがに気味が悪くなって、伯父さんの友達が『なむあみだぶつ』って唱《とな》えたの。そしたら音がピタッとやんだんだって。 でね、その夜は眠れなくて、夜が明けるのをふたりで待ったの。したら、前の日には全然気がつかなかったのに、キャンプのすぐそばにケルンがあったのよ」 「けるん?」 「うん。山でね、人が死んだとき、その場所にお墓のかわりに石を積むの。それがケルン。 ――そのケルンは、人の背丈ぐらいあって、絶対に気がつかないわけがないんだって。なのに、前の日、伯父さんたちは全然気がつかなかったのよ。 きっと死んだ人がさびしがって、伯父さんたちを呼んだんだろう……って。 伯父さんは、友達が『なむあみだぶつ』って言ってくれなかったら、あのあと、何が起こったんだろうね――って、今も言ってる」 祐梨《ゆうり》が口をつぐむと、あたりはしーんとして、雨の音だけがさびしい。 彼女は静かにペンライトの光を消した。 部屋の中に残っている明かりは、あとふたつになった。 「次、麻衣《まい》だよ」 恵子が闇《やみ》の中からうながす。 あたしは、ひと呼吸してから口を開いた。 「……これはあたしが、小学生のころに聞いた話なんだ。 ある女の人が、夜の道を家に帰ろうとしてたんだって。でね、それは秋のもう肌《はだ》寒いころで、途中でトイレに行きたくなったんだとさ。ちょうど公園にさしかかって、だから、公園の公衆トイレを使うことにしたんだ。 夜の公衆トイレって気味悪いじゃない? 明かりだって暗いし。 その人はいやだな、と思いながら、トイレに入ったのよ。そしたら、どこからともなく声が聞こえるんだって」 あたしは細い、震《ふる》えるような声をつくった。 「赤いマントをかぶせましょうか……」 「いやっ!」 誰《だれ》かが悲鳴をあげる。 「その女の人はびっくりして、あわててトイレを出ようとしたんだって。 でも、なぜだかトイレのドアが開かない。 ドアをゆすってるとまた声がするんだ……『赤いマントをかぶせまょうか……』って。思いっきり叩《たた》いたけど、ドアは開かないのよ。それで、三度目に声が聞こえたとき、その人は『いやです』って答えたの。そしたらドアがすっと開いたんだって」 誰もが口を開かない。聞こえるのは少し荒い息の音と、雨の音。 あたしは続ける。 「女の人はあわててトイレを出て、もうこわくてこわくてひとりでは帰れなくて、そしたら、巡回してるおまわりさんのふたり組を見かけたんだって。 それでその女の人はおまわりさんに声をかけて、事情を話して家までついてきてもらおうと思ったわけ。事情を言うとおまわりさんは、『それはチカンでもトイレのどこかに隠れていたんだろう。つかまえなきゃいけない』って言って、もう一回トイレを調べてみよう、ってことになったの。 トイレに行くと、おまわりさんは女の人に中に入るように言って、『また声が聞こえたら、はい、って言ってごらんなさい』って言うんだって。 それでその女の人はドアの外で待ってると、少ししてトイレの中から『赤いマントをかぶせましょうか……』っていう、気味の悪い声が聞こえたんだ。そうして、女の人が『はい』って答える声。そして次の瞬間にものすごい悲鳴が聞こえたんだって」 あわててトイレのドアを開けたら、そこには女の人が死んでたの」 雨の音。雨の音……。 「女の人は、まるで赤いマントかなんかをかぶってるみたいだったって。 血で真っ赤に染まってね。その体は、コンパスの針みたいなもので突《つ》かれたように、全身小さな穴だらけだったんだって……」 みんなが悲鳴をあげた。 「やだ!」 「いや!」 あたしは悲鳴をしりめに、ペンライトの明かりを消した。 残った明かりは、あとひとつ。 たったひとつ残った青い光に照らされて、ミチルが口を開いた。 「あたしはこの学校の話をするね……」 ミチルの白い顔に髪がかかって、そこに青い光。 「麻衣、旧校舎の話、知ってる?」 あたしを振り向く。あたしは首を振る。 「知らない。 旧校舎って、あれでしょ、グラウンドの反対側にある木造の建物。半分崩れた」 「……そう。 あれは、崩れてるんじゃないの。取り壊そうとして、あそこまでで工事がストップしちゃったの……」 「なぜ……?」 ミチルは幽霊《ゆうれい》みたいな笑顔をつくった。 「たたり……」 「たた――り?」 「そうよ。……そもそも……。 あの校舎を使ってる間、この学校には変なことが多かったんだって。毎年、先生が死んだり、生徒が死んだり……。おまけに、火事とか事故とか、本当にイヤなことだらけだったのよ……」 旧校舎、あれを見たのは入学してすぐだった。半分崩《くず》れた古い建物。割れたガラスや壁《かべ》にからまったツタ……。たしかに、気味の悪い建物だ……。 「新校舎ができたのが十年ちょっと前。 そのとき、旧校舎を取り壊そうとしたんだけど、工事を始めると不思議《ふしぎ》なことが起きるの。機械は止まるし、作業員は病気に事故。それでもムリに西側の壁を壊したとき、屋根が落ちたの。二階ごと。一階の部屋で作業をしていた人は、みーんな死んだわ……」 病気、けが、事故……。 「それで、工事はいったん取りやめ。長いこと西側がすこし崩れたままで、放っておかれたの。 それからだってイヤなこと続きだったわ。近所の子供が旧校舎の中で死んでいたり、中に入った先生が三日後に自殺したり……。 ……体育館を立て直すんで、旧校舎を取り壊そうと工事が再開されたのが去年。でも、旧校舎の半分を壊しただけで中止になったの。前のときと同じよ。機械は壊れる。作業員は……」 ……げー。 「一度なんか、工事のトラックが急に暴走して、グラウンドで体育の授業をしてるところに突っこんだの。あのときは、二人が死んで七人が大ケガ。新聞にも載《の》ったくらいよ」 ……これは……イヤだなぁ。 ミチルは、低い声でさらに続ける。 「クラブの先輩の友達は、旧校舎で人影を見たって……。 白い人影が、旧校舎の二階から、のぞいてたんだって。夜、学校の近くを通って……ホラ、旧校舎の塀ぞいに道があるじゃない。あの道で犬を散歩させてて、視線を感じたんだって。振り向くと、半分壊れてる教室の窓に白い影が……」 「うそぉ……」 恵子が声をあげる。 「ホント。……で、その人影が、手をあげてね、手招《てまね》きするんだって。 それを見たとたん、旧校舎の中に行かなきゃ、って気になって、フラフラと歩き出していたんだって」 「そ、それで……?」 「それだけよ。歩き出したら、急に犬がすごい勢いで鳴き出して、それで我《われ》にかえったんだって。あらためて見たら、もう人影はなかった……って」 「ひゃー……」 「……消すよ」 ミチルが静かに言う。部屋の中はまた、しんと静まりかえった。 かすかに音がして、ミチルのペンライトが消えた。あたりは闇《やみ》と雨の音に包みこまれる。 恵子が闇の中でかすかな声をあげる。 「いち……」 声は震《ふる》えている。こうして怪談をしながら明かりを消していって、最後に数を数えると、ひとりふえると言う。ふえたひとりは霊なんだと。 祐梨の声。 「にぃ……」 あたし。 「さん」 ミチルの声は低い。 「し……」 あたしたちは全員で四人。五人めの声が聞こえるか。 あたしたちは耳を澄《す》ました。雨の音。雨の……。 「ご」 きゃああっ!! あたりは悲鳴の渦《うず》になった。周章狼狽《しゅうしょうろうばい》、阿鼻叫喚《あびきょうかん》。 な、なによーっ! 今の声はーっ!! 恵子たちがしゃにむに抱きついてくる。 「いやーっ、いやーっ!」 そのとき、パッと暗い明かりがついた。 部屋のドアの近くにある非常灯だ。 小さなグリーンの光の下で見える、無愛想な机の群れ。学校の地下にある視聴覚教室。 あたしたちが振り向くと、ドアのところに背の高い男のコがたたずんでいるのが眼に入った。 壮絶にキレイな顔。夜よりも暗い髪と、闇《やみ》よりも深い眼と。似合いすぎる黒い服。薄明かりの中、闇にとけこむようで、顔と手だけが月光のように白い。 制服じゃない。転校生だろうか。 恵子が声をあげた。 「い……、今『ご』って言ったの、あなたですか?」 「そう……悪かった?」 静かな、よくとおる声。 ミチルが浮かしかけた腰をおろす。 「あー、おどろいたー。腰がぬけるかと思ったぁ……」 「失礼。明かりがついていないんで、誰《だれ》もいないと思ったんだ。なのに、いきなり声がするから、つい……」 「そんなぁー! いいんですよー!」 恵子が黄色い歓声をあげて、 「転校生ですか?」 彼はすこし間《ま》をおく。 「……そんなものかな……」 なんだ、この間は? 「一年生?」 「……今年で、十七」 妙な答え方をするやつだ。 「じゃ、あたしたちより、一年先輩ですね」 そう言う恵子の声ははずんでいる。……こいつってば、メンくいだからなー。 たしかに見てくれはいい。背は高い。足も長い。再度言うが、顔もいい。 ……しかしあたしは、なーんとなく不穏《ふおん》なものを感じた。単なるカンだけど、こいつとは気が合わない。カンだけどね……。 ミチルも、おとっときの笑顔をつくっている。 「こっちこそ驚かせてゴメンナサイ! ……あたしたち怪談をしてたんです」 「へえ」 彼は言って、それからわらった。 「仲間にいれてくれない?」 みんながうれしげな悲鳴をあげた。 「どーぞ、どーぞっ。すわってください」 ミチルが彼の腕を引っ張った。
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