なんだよー、こいつはよー。 なんだかたいそうな機械だ。ナルはややこしそうなその機械をせっせといじる。 「ねー、渋谷《しぶや》さまー、それはなにー? なにが起こってるのー、教えてよぉー」 彼はタメイキをつくと、壁にもたれて腕を組んだ。 「これはレーダー」 「レーダーって、あの飛行機とかについてる?」 「そう」 ……ひえええ。 「そんなもの使って、何をするわけ?」 「言えない。言ったら効果がないから」 「でも、あたしは助手だから……」 「ダメ」 うー、ケチぃ。 「明日になったら教えてやる。 それまで聞くな」 「じゃ、一つだけ」 「なんだ?」 「解決のメドはたった?」 「わからない。でもたぶん……」 それきりナルは口を閉ざしてしまった。何を聞いても答えない。 見かねたジョンが、 「麻衣さん、渋谷さんには、なんぞ考えがあるんやで、です。 明日になったら教えてくれはる、ゆうんですから、待ったらどないやです」 「……うん……」 ナルはしらんぷり。今度は釘《くぎ》とかなづちを出して、実験室の窓という窓を大きなベニヤ板でおおって、打ちつけはじめる。 ……台風でも来るのかなー? それが終わると、太いマジックをあたしとジョンに差し出して、 「二人でその板にサインしてくれ。大きく」 は? 聞いても答えてくれないんだろうなー。 あたしはしかたなく、ペコペコしたベニヤ板に力いっぱい大きな字で名前を書く。 「窓は閉まってるな?」 「うん」 打ちつけられた窓はびくともしない。 それからナルは、あたしたちを実験室の外に出す。ドアを閉めて外から板で打ちつける。ペンをふたたび差し出して、 「サインしてくれ」 あきらめてあたしはジョンのサインの下に、自分の名前を書いた。 その間、廊下《ろうか》に置いた機械にひざまずく。スイッチ類が並んでいる前面のパネルにカバーをかけ、その上に紙を貼《は》る。さらにそこにあたしとジョンに名前を書かせる。 そしてあたしは、家に帰されてしまった。 何だよ、そりゃ。 さんざん人に、いろんなことをやらせておいてー。
4
翌日は早々に学校に行く。 まっすぐ旧校舎に向かった。 ナルはもう来てて、車の中でなにやらしてた。その脇《わき》に人影。 おや? おっと、あれは負傷した助手さんではないかぁっ! あたしは車にかけよって窓を叩《たた》く。 「おはよ」 助手さんに会釈《えしゃく》する。 「もう、いいんですか?」 助手の彼は冷たい目。 ……あたしも靴《くつ》箱をぶつけられて大きなコブをつくったから、あいこということに……してくれないかなぁ。 ナルが車のドアを開けて、 「えらく早いじゃないか」 「そりゃ、もー」 さあっ、明日になったぞ、昨日のあれは何だ、言うんだ、言わんか。 ナルは少しウンザリした顔つき。 「ねえっ、結果は? 昨日のあれはなに?」 ナルはため息をひとつ。 「麻衣は口は堅いほうか」 「言うなといわれれば、ぜったいに言わない」 すこし考えるようなナル。 「ちょっと待て。じきにみんなが来る」 みんな……って? まさか巫女《みこ》さんたち? 何を考えてるの、あんた? 霊能者の御一行様が到着する前に、軽いもめごとがあった。 授業の前に黒田女子が顔を出したのだ。 女史はあたしと同じように、昨日のあれは何だったのかと、厳しい口調《くちょう》でナルを問いつめる。あたしが、それはみんなが集まってから、と言ってしまったのが原因で、ナルと女史の押し問答になってしまった。 残る、と言う女史と、帰れ、というナルと。 けっきょく、女史がかたくなな態度で勝利をおさめて、ナルにため息をつかせた。 授業開始のチャイムが鳴って、少ししてから巫女《みこ》さんたちが集まり始めた。 あたしたちは授業をさぼっちゃったわけだねー。 まー、いいけどさー。 巫女さん、ぼーさん、ジョン、真砂子《まさこ》、と全員がそろったところで、ナルは旧校舎に向かう。 片手に杖《つえ》をもって、足を引きずっている助手さんが、あとから八ミリビデオを持って続く。 「今日は何を見せてくれるんだい?」 ぼーさんのわらう声。巫女さんも、 「やめたほうがいいんじゃない? また恥《はじ》をかくだけよ?」 ナルは、無表情。 「実験の証人になってほしいだけです」 「へ?」 パチクリする巫女さんとぼーさん。
実験室の前では、機材が昨日のまま、おとなしくしている。ナルがあたしとジョンに声をかける。 「二人とも、悪いが機材を確認してくれ。 昨日サインしてもらった紙が、破れていないかどうか」 なんだ? いつのまにか助手さんがビデオをまわしている。 あたしは機械に貼《は》られた紙を確認する。破られていない。たしかにあたしの字。「だいじょうぶだな?」 「うん」 「ハイ、たしかに、昨日のままでんがなです」 「ドアのサインは? ふたりの字だね?」 「うん」 「へえ」 うなずいて、ナルは釘《くぎ》ぬきを手にとる。ドアと板の間にさしこんで、乱暴に引きはがす。ベニヤ板が裂《さ》けて落ちた。 あたしたちが、意味がわからず顔を見合わせるなか、彼は実験室に入って行く。 ……おや? 部屋の真ん中にチョークで円。 たしかイスが……その円の中に置かれてなかったっけ? イスはない。それは窓際《まどぎわ》に倒れていた。 「渋谷さん、イスが動いてまっせです」 「そうだな」 ナルの満足そうな微笑《ほほえ》み。 巫女さんが割りこんでくる。 「ちょっと、なによ、それ」 ナルは答えず、部屋の中に置いた暗視カメラに歩み寄る。カメラに接続したビデオをのぞきこみ、会心の笑みをもらす。 「ねぇ、ナルちゃん」 じりじりした巫女さん。 ナルは、自信に満ちた視線をあたしたちに投げる。 「どうも、ご協力ありがとうございました。 僕《ぼく》は、本日中に撤退します」 え? えぇーっ!?
「まさか、事件は解決した、なんて言うんじゃないでしょうね?」 巫女《みこ》さんがいじわるっぽくわらう。 「そのつもりだけど」 「地盤沈下?」 ……皮肉なやつ。 しかし、ナルはうなずく。 「そう」 「は!」 あざわらうように声をあげたのは、ぼーさんだ。 「いい加減に認めたらどうだ? 地盤沈下であんなことが起こるかよ」 「校長から依頼を受けた件については、地盤沈下で全てが説明できたと考えている」 「じゃあ、実験室のガラスが割れたのは? おとといの騒《さわ》ぎは!?」 ……そうだよー。あれは地盤沈下どころの騒ぎじゃなかったよー。 「あれはポルターガイストだね」 「ほら!」 巫女さんとぼーさんの勝ち誇《ほこ》った声。 「おまえさんは、除霊できないんだ。そうなんだな? それで調査だけして帰るつもりなんだ」 ぼーさんが指を突《つ》きつける。 ナルは涼《すず》しい顔。 「除霊の必要はない。ないと考えているんだが」 ナルは、ビデオテープを巻きもどす。 「ご覧になりますか?」
それは、実験室に置いたイスの映像だった(当然だけど)。イスを画面の真ん中にとらえている。じっとイスを見守る。 「なによ、これ」 女史の不満そうな声。 ナルの返答はない。 「ねぇ……」 女史のさらなる声が終わらないうちに、ゴトッとイスが揺《ゆ》れた。 揺れる椅子。そして、ズルッと動く。床の上を。イスを動かしているものはない。ただイスだけが動く。ズルズルと窓際《まどぎわ》まで移動してから、大きく揺れてイスが倒れた。それきりもう動かない。 ガチッとナルがビデオの再生ボタンをはずす。 「今の……なに?」 と、あたし。 「見てのとおり」 「イスが動かなかった?」 「動いたね」 ……。どういうこと? ぼーさんが吐《は》き捨てるように言う。 「りっぱな、ポルターガイストじゃねぇか! 除霊をしないと……」 ナルの冷たい声。 「その必要はありません」 眼を白黒させているあたしをながめて、ナルが言葉を発する。 「昨日、全員に暗示をかけた」 「え?」 「催眠術みたいなもの。 夜、このイスが動くと」 ……あの光。ストロボみたいな。 「あれ、催眠術だったの?」 あたしが聞くと、ナルは軽くうなずく。 「……まあな。 そのうえでイスをここに置く。 この部屋の窓は全部内側から鍵《かぎ》をかけた。さらに麻衣とジョンに手伝ってもらって、板を張った。ドアにも鍵をかけて封をした。すると、人は入れないし、ムリに入れば絶対にわかる」 「うん」 封をした板が破れるもんね。破れたからと言って、取りかえるわけにはいかない、あたしとジョンで名前を書いてあるから。 ナルはすこし言いよどむ。チラッとあたしたちを見渡してから視線をあげる。闇《やみ》よりも深い眼。 「ポルターガイストの半分は、人間が犯人である場合だ。たいていはロー・ティーンの子供。霊感の強い女性の場合もある」 「イタズラだって言うの?」 あたしが聞くと、 「阿呆《あほう》」 ……なにもそんな、キッパリ言わなくてもいいじゃんよー。 「一種の超能力。本人も無意識のうちにやってることが多い。 何かの原因でストレスがたまった者が、注目してほしい、かまってほしいという無意識の欲求でやる」 「へぇー」 「そういう場合、暗示をかけると、まずそのとおりのことが起こるんだ」 暗示……イスが動くって? ぼーさんが割りこんでくる。 「じゃあ、このイスが動いたのは……人間のせいだって言うのか?」 「そのとおり」 「霊のしわざじゃないの? 旧校舎の大騒《さわ》ぎも?」 これは巫女《みこ》さん。 「おそらくは。 少なくとも僕《ぼく》は、いままでこの方法で失敗したことはない」 「……だれ?」 「それは……」 ナルは口をつぐむ。 かまってほしい。注目してほしい。 自己顕示欲の強いやつなら、いっぱいいる。いまあたしの眼の前に。 でも……。 あたしはそっと視線を向ける。ある人物に。 全員の眼が、チラホラと彼女のほうに集まった。 黒田女史のほうに。 「……わたし……?」 女史のうろたえる声。すぐに、 「バカな……!」 首を振る。 ナルはうなずいた。 「君が最有力候補だな」 「わたしがやったって言うの? あのポルターガイスト」 女史の眼はどこかおびえた色。 「他の誰《だれ》より、君がやったと考えるのが自然なんだ」 言ってナルはあたしたちを見渡した。
5
「君には、最初からひっかかりを覚えてた。 たとえば君は、旧校舎で戦争中の霊を見たと言ってた。看護婦らしき霊も見たと。 でも、ここに病院が建っていたという事実はない。このあたりは戦争中、空襲を受けたこともないらしいし、学校が病院として使用されたという話も聞けなかった」 「そんなこと、……」 「――すると、君のカンちがい、もしくは故意のウソという結果になるわけだ。 巫女《みこ》さんも言ってたじゃないか、黒田さんには霊能力がないと」 ナルは、巫女さんに視線を向ける。 「そうよね、アタシ、ぜったいちがうって思ったのよね」 「黒田さんが……故意にやっているのか、それとも見えるつもりで、真実でないものを見ているのか……それはわからないが」 「ウソなんかじゃないわ!」 女史の叫び。 「最初は、霊感ゴッコをしてると思ったんだけどね」 ナルはデッキからテープを抜き出す。 それを指先でもてあそぶ。 「さっきも言ったが、ポルターガイストの原因の半分は、人間の無意識によるものだ。 旧校舎でポルターガイストとしか考えようのない現象が起こったとき、すごく困った。機材で測定した結果からは、霊がいるとは思えなかったから。 原さんの判断も、霊はいないということだったし」 「ええ。いませんでしたわ」 真砂子がうなずく。 「霊でなければ、人間が原因のはずだ。 これが普通の家なら、その家に住んでいる人間の中に犯人がいる。ローティーンの子供。あるいは霊感の強い女性。 極端にストレスがたまった者が、無意識でやる。無意識の底流にあるのは、自分のことをおざなりにしている家族に、ふりむいてほしい、かまってほしいという願望だ。 だから、犯人である人物がポルターガイストの標的になることが多い。中には大ケガをする者だっている。ケガをすれば同情してもらえる、かまってもらえるという無意識のせいだ。 しかし……、旧校舎には住人はいない」 みんなは、シンとおしだまる。 「では、逆に考えてみればいい。 ポルターガイストによって注目をあびた者、同情された者が犯人ではないのか? すると……該当するのは、黒田さんと……麻衣だけになる」 ……あたし!? おのぉれぇ。あたしも犯人だと疑ってたのかぁ!? 「ふたりを比べてみれば、断然あやしいのは黒田さんだ」 言って、ナルは女史の青い顔を見すえる。 「君は霊感が強いので有名だったらしいね。それで周囲の注目をあびる存在だった。中学のころから」 「…………」 ……ミチルたちがそう言ってたっけ。 「君は、旧校舎に悪霊が住んでいると言っていた。 ところが……もし、旧校舎に霊はいなかったということになったら? 霊などいず、地盤沈下のせいだったと、みんながわかってしまったら?」 ぼーさんが答える。 「権威の失墜《しっつい》、つまり、信用をなくす」 巫女《みこ》さんも、 「……霊感があるなんて言って、なぁんだ、ウソだったのか、ということになるわけね」「……そう。黒田さんにとっては、周囲の注目を集め続けるために、旧校舎の悪霊は必要な存在だった。旧校舎には、霊が住んでいなければならなかったんだ。彼女のために」 全員のもの言いたげな視線が、女史に集まる。 「……なんか、そういう心理ってわかってしまうな」 あたしはつぶやいた。女史がはっと顔をあげる。あたしはちょっとわらいかえした。誰《だれ》だって特別な存在になりたい。誰もが一目置いてくれるような、そんな存在に。特別な才能がほしい。それを認めてもらいたい。 彼女が望んだ才能は、霊能力という才能だったんだ……。 「このままでは、自分は立場をなくす、と黒田さんは猛烈な不安に襲われる。それは彼女の無意識に、大きなプレッシャーをかける。 無意識は考える。霊がいるはずだ。いなくてはならない。ポルターガイストが起こるはずだ。そうでなくてはならない。 そして……」 ぼーさんが後を継《つ》ぐ。 「……無意識はそれを行う」 あたしは、ふと、 「でも、そんなこと、人間にできるものなの? テストの前とかさー、学校が壊《こわ》れてしまえばいい、なんて真剣に思うけど、壊れたことなんてないよ」 「それは才能の問題」 へ? ナルの視線が女史に向かう。 ほんの少し、やわらかな眼の色。 「彼女は潜在的なサイキックだと思う」 「さいきっく?」 「いわゆる超能力者。 本人も意識していないし、誰《だれ》も気づいていないが、おそらくある程度のPKを持ってる。麻衣のために言っておくが、PKというのは、念力のことだ」 ……うるせー、このやろー。 「ふうん……」 巫女《みこ》さんが、女史に眼をやってからナルに向かって首をかしげる。 「でも、その説からすると、彼女のストレスが高まったのは、ナルの地盤沈下説が出てからでしょ? じゃあ、あたしが教室に閉じこめられたのは? 彼女が襲われたのは? 彼女が襲われたというのが、ウソかカンちがいにしても、ビデオが消えていたのは? これを説明してくれなきゃ、納得できないな」 真砂子《まさこ》がつぶやく。 「閉じこめられたのは、自分でやったことだわ」 「ちょっと、あたしが自分で閉めて、忘れたって言うの?」 「そうじゃありませんの」 ナルがふたりを制すように手をあげる。 「……説明しようか?」 黒田女史に向けられた声。 女史がうつむいて首をうなずかせる。 「巫女さんが閉じこめられた件については」 ナルがポケットから一本の釘《くぎ》を取り出す。 「なによ」 「釘ですが」 「見ればわかるよ」 「これが、敷居《しきい》にささっていた」 ……え? 「ドアが開かなかったのは、おそらくこの釘のせい。 これには早くに気づいていたんだ。でも、あえて言う必要はないと思っていた」 巫女《みこ》さんがナルの手から釘をとりあげる。じっと見つめて、 「だれかが、ワザとやったって言うの?」 「そう」 「誰《だれ》が……あんたねっ!?」 巫女さんが女史をにらむ。女史がびくっと身体をちぢめた。あたしは思わず肩をたたく。 ……気にしなさんなって。 ナルが、 「ちょっとした、イタズラのつもりじゃなかったのかな。 あの直前、巫女さんにたっぷりイヤミを言われていたし」 ……ははぁん。 「じゃ、ビデオの故障は?」 「それについては詳しくテープを調べてみた。 あれは霊障《れいしょう》じゃない。故意に消されたもの」 「それも彼女?」 「麻衣が実験室に着いたときには、黒田さんはすでにいたそうだから、たぶんそうなんだろうね」 「…………」 巫女《みこ》さんが唇《くちびる》を噛《か》む。 女史がさらに身をちぢめた。 あたしだけに聞こえた。ごめんなさい、という声。 ジョンがさびしげにというか、少し悲しいニュアンスの声で女史をはげます。 「気にすることおまへんです。ちょっとしたイタズラでしたんやし」 「そういう問題? 悪質よ!」 ナルはそっけない。 「巫女さんに霊感がないと決め付けられたのが、悔《くや》しくてたまらなかったんだろう。 これにこりて、少しは口をつつしめば?」 ……人のことが言えるのか? 「以上でいいかな。納得できましたか」 巫女さんがえらそうに腕組をする。 「いちおう、わかったわ。 でも、それでどうするわけ? このままでは帰れないのよ。アタシたち。校長は工事をできるようにしてくれって、依頼してきたんだから」 「除霊は終わったと言って帰るだけ」 「黒田さんが工事の邪魔をしたら?」 巫女さんは露骨に女史をにらむ。 「校長にはこう報告するつもりでいる。 旧校舎には、戦争中死んだ人々の霊が憑《つ》いていた。除霊をしたので、工事をしてかまわないと――それでいいかな、黒田さん?」 女史が泣きそうな表情でうなずいた。 「……戦争中死んだ人……ねぇ」 巫女さんは不満そうだ。 ぼーさんが、 「それで、だいじょうぶだと思うか?」 ナルは肩をすくめる。 「だいじょうぶなんじゃない?」 真砂子が言う。 「それでも不安は残りますわ。校長先生に、本当の話をしてはどうですの? 今の話を、そのまま報告すれば?」 「彼女はじゅうぶんに抑圧されてる。これ以上、追いつめる必要はないんじゃない?」 ……ほー、けっこう優しいことを言うじゃないか。 巫女《みこ》さんのしんねりむっつりした声。 「それで、誰《だれ》が除霊したことになるの?」 とたんに降りるじっとりした沈黙。 ナルはあっさりしている。 「全員が協力してやった、と。それでかまわないでしょう?」 「……へぇ」 巫女さんはナルをしみじみ見つめた。 「……いいところあるのねぇ。手柄をわけてくれるわけ?」 ナルは軽く肩をすくめるだけ。それから、あたしのほうに鋭《するど》い視線を向けて、 「麻衣、この件については他言無用だぞ」 「わかってるって」 巫女さんはみょうに感動したようすだ。 「あんたって、けっこうフェミニストなのね」 「それは、もう」 「ふうん。……彼女はいるの?」 「……質問の主旨をわかりかねますが」 「アタシ、ガマンしてあげてもいいわよ、年下でも」 「それは、どうも」 ……イロケ巫女。どこが巫女なんだ? どこがっ!? ナルは微笑《ほほえ》む。 「お言葉はありがたいのですが、残念です。僕《ぼく》は鏡を見慣れているもんで」 とたんに巫女さんが顔を赤らめた。 ……は? 一瞬おいて、ぼーさんがバカ笑いする。巫女さんはそっぽを向いた。 ……鏡で自分の顔を見慣れてるから、巫女さんじゃダメだっていうわけか? そらまー、巫女さんのほうが完全に負けてるが。……そこまで言うか? さっさと水仙《すいせん》になれ、こいつっ。
6
ナルがふいにカメラをかかえて歩き出した。 不思議《ふしぎ》そうにそれを見る全員を、ナルは闇《やみ》色の眼で見返す。 「帰る準備をしないんですか?」 「あ、そうか」 巫女《みこ》さんが、ポンと立ちあがる。 「なんか、たいした事件じゃなかったわねぇ」 との声に、ぼーさんのつっこみ。 「そのワリにゃ、ビビってなかったか?」 「冗談、やめてよね」 ……帰る準備。 ナルの声を聞いたとたん、胸の中がスカスカした。 あたしは単なる学生だ。助手さんがケガをして、代理の助手にやとわれた。 つまり……あたしとナルをつなぐものなんて、なーんにもないってこと。 ひょっとしなくても、もう会えないんだ。 そう思ったとたん、ふいに喉《のど》がつまった。もう会うこともない。あたしはあたしの生活に、ナルはナルの生活に帰る。もう、会う理由がない。 何か言わなきゃいけない気がして、もどかしい。 実験室の中の機材を廊下《ろうか》に運び出し始めたナルをながめてたら、彼が振りかえった。 「ふたりとも、授業に出なくていいのか?」 「今日はいいや、もう」 あたしが言うと、ナルの軽蔑《けいべつ》の眼。 「もう少し、利口《りこう》になる努力をしたほうがいいんじゃないか?」 ……こいつー。 あたし、なにを気にしてるんだろ。 ナルはあたしと別れることなんか、全然気にしてない。もうちょっと気にしてくれてもいいと思うんだけど。臨時とは言え、助手をやってたんだから。 ……そんなの、なんでもないことか。だって本当の助手さんも、杖《つえ》をたよりにとはいえ、歩けるようになったことだしね。 うーむ、ちょっとムカムカしてきたぞー。 ……どーしてあたしだけが、こんなさびしい気分にならなきゃいけないわけ? 理不尽《りふじん》な腹だちを覚えてナルの背中をにらんだら、ナルが振りかえった。「授業に出ないんだったら、機材の撤収を手伝ってくれ」 へーい。最後までコキ使ってくれるな、おまえ。
女史は何も言わず、深々と頭を下げて教室にもどっていった。 あたしは、ナルを手伝って機材を車に積みこみながら、なにか言いたい気がしてならない。 でも、まさか「住所を教えてください」なんて、言える状況じゃないよねぇ。 最後に残っていたコード類を巻いて、ナルがかかえる。それで実験室の周辺に残っているものはなくなった。 「麻衣も、もうもどっていいぞ」 いつもどおりのナル。 ……ふうん……。 おまえ、本当になんにも感じてないのな。 ああっ、こんなやつキライだ! 「そ。じゃあ、授業に行くわ」 「うん」 「それとも、見送りしようか?」 あたしはそっと言ってみたのに、 「なぜ?」 ……なぜ、と聞かれても。 「やっぱさー、短い間とはいえ、ボスだったわけだしー」 「必要ない。それより、授業にもどれば? それ以上馬鹿《ばか》になったら、手がつけられないぞ」 ……こいつはっ! そーかい、いいよ、わかったよ! あたしは授業に行くからね! 見送りだってしてやらないからね! ほんでもって、これっきりになっても、ナルのことなんか、今後いっさい思い出さない! 絶対に思い出してやらないぞ、ばかやろー。
しぶしぶ授業にもどって、なんとなく落ち着かない気分で授業を受けた。あたしの席は窓際《まどぎわ》で、季節は春で、開け放した窓からは旧校舎が向かい。ついつい視線が旧校舎に向いてしまう。 ぼーっとながめていたときだった。 音もなく、旧校舎の窓ガラスがゆがんだ。まばらに残ったガラスが白くにごる。ピンという高い音は遅れて届いた。その音に合わせたように、ガラスが砕けて流れ落ちる。あたしは思わず腰を浮かした。 グラウンドをはさんだ向こう側の旧校舎。腰を浮かしてそれを見つめるあたしに注意しようとした先生。けれども先生の声は、激しいガラスが割れる音に途切《とぎ》れた。教室のあちこちにざわめきが起こる。 あたしの眼には、旧校舎が身震《みぶる》いしたように見えた。壊《こわ》れかけた西側の屋根がうねって、軽くふくらんでから沈み始めた。屋根瓦《がわら》が流れ落ちて、薄黄色の砂煙があがる。西側に倒れこむように沈みこんで、自らがあげた煙の中に崩《くず》れ落ちる。 ゆっくりと建物があげる最後の声が響きわたってきた。 旧校舎の西側、すでにとり壊されていたあたりの地面が、静かに沈んだ。砂時計のようにすりばち状に沈んでいって、まるい大きな穴が開いた。旧校舎は、玄関から西側が完全に倒壊して、ほこりの海に沈んだ船みたいだった。
あたしは、先生と学生とが鈴なりになった窓際《まどぎわ》をそっとはなれて駆《か》け出した。 旧校舎に駆けつける。 いつもの場所に、グレーの車はなかった。 もちろん、駆けつけた人たちの中にも、探す顔はなかった。 性格のよろしくないゴーストハンターたちは、立ち去ったのだ。
数日して、わずかに残った旧校舎の取り壊し工事が始まった。それと同時に、黒田女史の霊感についてのウワサが、学内を流れていったのだった……。
エピローグ
「ねぇ、渋谷《しぶや》さんって、今ごろどーしてんのかなー」 恵子がぼうっと窓の外をながめる。 窓の外には、足場を組んで、解体中の旧校舎。今のところ工事はつつがなく続いている。 「麻衣《まい》ったらー、どーして住所とか、せめて電話番号でも聞いておかないのよー」 ……るさい。 ミチルも気が抜けたように、外の景色に眼をやる。 「電話帳を、探してみたのになー」 ……そう。『渋谷サイキック・リサーチ』なんて事務所のナンバーは載《の》ってなかったのだ。もっとも、完全に調べあげたとは言い難《がた》い。 電話帳のどこを探したらいいのか、いまいちよくわからなかったのだ。タウン・ページに「霊能者」なんて項目はないし、ふつう、事務所の電話番号を、ハロー・ページに載《の》せたりはしないだろう。(でもとりあえず調べた)。番号案内に聞けば、「所在地がわからなければ調べられません」との冷たい返事。 恵子が誰《だれ》にともなく言う。 「だからー、校長が呼んだんだから、校長なら連絡先を知ってるはずじゃない。 校長に聞いてみようよー」 「あんたが聞けば」 ミチルがそっけなく言う。 「えー。聞けないよぉ」 「あたしだって、ヤだよ」 「でもぉ」 ……あたしだって、それは考えた。校長に聞こうか。でも、なんて言って? まぁ、聞く方法がないわけじゃない。忘れものを届けたいとか、なんとか。 けどさ。電話をかけて、それからなんて言うの? ナルは、例によって例の声で、「何の用だ?」と聞いてくるに決まってるのに。 「ねぇ、麻衣ー。校長に聞きなよー」 「用事などない」 「もー、冷たいんだから」 恵子がうらめしげだ。 あー、やめてくれ。 あたしは今、本当はナルの話はしたくないんだよっ。あんたらがグダグダ言うんで、しかたなくつきあってやってるんだからっ。 「そうだ、麻衣……」 ミチルが身を乗り出す。 「うるさい」 「ちょっと、聞きなよ、あたしに名案が……」 うるさいっ! もう話したくないのっ。せつなくて泣けてくるから。 「あたしは関係ない。そういう相談はファンクラブ内でやってよね」 「なによー、冷たいなー」 そこに突然、アナウンスが入った。 『一-Fの谷山麻衣さん、至急事務室まで来てください』 ……なにごと? まー、いい。救いの神だ。 あたしはそう思って立ちあがる。ミチルたちの視線を振り切って。 首をかしげながら事務室に出頭する。 「あのー、谷山ですけど」 「あ、谷山麻衣さん? 電話」 事務のおねーちゃんが、カウンターの電話を指さした。 電話? 学校に? 「はぁい、お電話、かわりましたが」 どなたー? 『麻衣か?』 …………。 この……声……。 あたしは思わず、腰がぬけそうになった。 『麻衣?』 「そう! そうですっ!」 『どならなくても聞こえる』 ……あー、このえらそうなものの言い方。 ナルだぁ……。 「どうして、学校に電話なんか……」 『自宅の電話番号を知らなかったからだ、とは思わないか?』 なんてえらそうなのー。泣けるくらい、うれしいよー。どーして、ナルが電話をくれるのよー 「……どうしたの?」 あたしは心の中で感動を悟《さと》られないよう、努めて平静を保つ。 『ギャランティ』 「……はぁ?」 『だから、助手をやってくれた給料。 いらなきゃ、別にいいけど?』 ……あ、そ……。 急速に力が抜けていく。眼の前がたそがれてくる。 ……事務的な用事なわけね。 「お金をいただけるとは、想像だにいたしませんでした。 くれるもんなら、もちろんいただきますとも」 もらうわ。ぜったいもらってやる。 ナルのばかー。 『じゃ、振りこむ。口座番号はわかるか』 ……口座番号。 「わかるわけないでしょ、ここ、学校だよ?」 『……じゃ、郵送しようか?』 ……郵送。 あーあ、せめて、お金を渡すから会おうとか言ってくれないのかなー、こいつは。 「なんでもいいよ、もー」 『じゃ、住所を』 へいへい。あたしは、だらーっと住所を言ってやる。 郵便でお金が送られてきて、それでもって差出人の住所が書いてないとか。 あるいは、住所が書いてあって、ついうっかり訪ねたら、「何の用だ?」と冷たく聞かれるとか。 どーせ、そんなことなんだろ。 『――OK。じゃ、一週間以内に郵送するから』 「はいはい」 『それと、麻衣?』 「なーにー」 声が完全に力を失ってるわ。ははは……。 『おまえの高校、バイト禁止?』 「ちがうよ」 『……へえ。だったら』 「あー?」 『うちでバイトしないか?』 ……へ? ……バイト……? ……バイト!? 「ナルの事務所で!?」 あたしは思わず、受話器を渾身《こんしん》の力で握りしめる。 『――事務なんだけど、手が足りないんだ。この間までいたコがやめたんで』 「……やる!」 やる! ぜっいにやる! 『じゃ、一度事務所に来てくれ。所在地は……』 あたしは大急ぎでメモをとる。 ……夢だ。これは夢だ。 『都合のいい日でいいけど』 「じゃ、あさっての土曜日 今からだっていいよっ。 『うん。土曜日な。時間は麻衣の都合のいいようでいい』 ああ、うれしい、どうしよう。 『ああ、――それから、最後になったけど』 「うん?」 『――この間はお疲れさん。 助かったよ。ありがとう』 ……我ながら情けない。 あたしは涙が出そうになった。イヤミぬきのほめ言葉。初めて聞いた。 感動のあまり口がきけない。 『それじゃ、また土曜日に』 「うん」 あたしはやっと出た言葉に力をこめる。 「土曜に、またね!」
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