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悪霊シリーズ第1巻 悪霊がいっぱい
作者:    出处:咖啡日语    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

韦斡盲扦工
「ああ、彼女たちと約束があって……」
「約束? 怪談の?」
「そうだけど……?」
 渋谷氏の返答を聞くと、黒田女史はあたしたちのほうをキッとにらんだ。
「そんなことはやめなさいって言ってるでしょ!」
 ……あ? なんだ、こいつは?
 彼女は眼をつりあげる。
「どうりで、今朝《けさ》学校にきたら頭が痛くなったはずだわ」
「はー?」
 あたしは首をかしげた。なんのこと?
「谷山さん、わたし、霊感が強いのよね。霊が集まってると、頭痛がするのよ。
 今日も一日頭が痛い。霊が集まってるんだわ」
「……はぁ……」
「知らないの? 怪談をするとね、霊が集まってくるの。そういう霊はたいがい低級霊よ。低級霊でも集まれば強い霊を呼ぶわ。そうなったら大変なのよ」
「……はー」
 ……なんなんだ、こいつは?
「だから……怪談なんかをおもしろがってしちゃだめ、ってあれほど言ったのに」
 そうして、渋谷氏を振りかえると、
「あなたも、年長者がそんなことじゃ困るわ
 いちおう、わたしが除霊しておきますけど」
 黒田女史は思いっきりえらそうな口をきいた。
 渋谷氏は肩をすくめる。
「君の気のせいだと思いますが?」
「これだから、霊感のない人は困るのよ」
 女史の口調《くちょう》はあくまできつい。
 渋谷氏は女史を見つめる。
「君、霊感があるんだったら、旧校舎について何か感じない?」
「旧校舎? ああ、あそこには、戦争で死んだ人の霊が集まってるみたいね」
 黒田女史はアッサリ言った。
「戦争で死んだ……?」
「ええ。あたし、旧校舎の窓からのぞいてる人影を何度も見たわ
 戦争中の人みたいだったわよ」
「へぇ。いつの戦争?」
「もちろん、第二次大戦よ。
 戦争中、旧校舎のあった場所には病院があったようよ。看護婦らしき霊を見たもの。それが空襲を受けたのね。霊の中には、包帯を巻いたひともいたわ」
「ふうん。すごい」
 渋谷氏は皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「大戦中、このあたりに病院があったとは知らなかったな。
 この学校は、戦前からここにあったって聞いてたんだけど。
 昔は医学部でもあったの?」
 ……こいつ、性格が悪い……
 黒田女史は口をゆがめた。サッと顔が赤くなる。
「そんなこと……あたしが知るわけないでしょ。
 とにかくあたしは見たのよ。霊感のない人にはわからないわ」
「女史はあくまでつっぱる。
「校長先生が、旧校舎の取り壊《こわ》しができなくて困るってボヤいてたな。
 君が除霊してあげれば?」
「……かんたんに言わないで。できたらやってるわ」
「そう」
 そっけなく答えると、渋谷氏はあたしたちのほうを振り向く。
「ここはマズいから、場所を変えない?」
「まだ、そんなことを!」
 黒田女史は渋谷氏にかみつきそうな勢い。
 当の渋谷氏は澄《す》ましたもんだが、あたしのまわりにいた恵子たちのほうがソワソワしだした。
「あのぅ……」
 おそるおそる声を出したのは祐梨だ。
「今日はやめません?」
「そうよね。……あたしもなんだか気が乗らないや」
 恵子までが弱腰になる。
 
 どうしたんだ、まだ誰《だれ》も眼をつけてない先輩と親しくなるチャンスだぞ。
 しかし、ミチルまでもが。
「……渋谷先輩ゴメンナサイ。やっぱり……」
「そう」
 渋谷氏はうなずく。
「じゃあ、またいつか」
 そう言って手をあげる。そうして、満足げな黒田女史を見つめてごく静かな声で、
「キミもホドホドにね」
「……何の話?」
「わからないなら、いい。――谷山さん、ちょっと」
 渋谷氏はあたしを呼ぶ。
 恵子たちが驚いたような視線を投げた。
「なんでしょ?」
「すこし時間をくれないか?」
 口元だけのわらい。恵子たちは渋谷氏の不穏《ふおん》な眼つきに気がつかない。教室を出るあたしの背中を、うらめしげに見つめていた。

     5

「彼女、何者?」
 渋谷氏はどこへ行くつもりなのか、先にスタスタ歩きながら聞く。
「知らない。あたしも今日初めてしゃべったから。なんか、アブナイ人だなー」
「……うん。本当に霊能者かな」
 考えこむふぜい。
「本人がそう言うんだし、そうなんでしょう?
 ――ところで、今朝《けさ》の人、だいじょうぶでしたか?」
「それなんだけど」
 渋谷氏が振り向く。冷ややかな表情。
「左足をネンザした。かなりひどい状態で、しばらく立てない」
「……それは、……どうももうしわけ……」
 言いながら、なんであたしがあやまらなきゃいけないんだ、という気になる。
「あのう……知り合いなんですか?」
「そう見えなかった?」
 渋谷氏の馬鹿《ばか》にしたような視線。
「……どういうお知り合いで?」
 あたしは聞いてみる。
 なんかヘンな感じだったんだよなぁ。男の人はどう見ても二十五は越えてる。その人が十七の渋谷氏相手に丁寧《ていねい》語でしゃべって、反対に渋谷氏のほうはぞんざいな口調。これって逆じゃない?
 渋谷氏は、静かな声でさりげなく答える。
「助手」
 ほう。なんてえらそうな助手だ。主人に対してあんな口調でしゃべるか、ふつー。
「なかなか厳しい性格の御主人のようで」
 あたしは少しイヤミっぽく言ってやる。
 足をネンザしようが骨を折ろうが、手をかそうとして、振り払われたウラミは忘れないぞ、あたしは。
「でも、御主人様のケガはあたしだけのせいじゃありませんからね。御主人があたしを驚かすから……」
「逆」
 逆って……何が? あたしは彼を驚かしたりはしてないぞ。
 渋谷氏はそっけなく言う。
「主人は僕《ぼく》。彼が助手」
 え!?
 えーっっ!
 ……なんてこった。えらそうなわけだ。
 十七の分際《ぶんざい》で、りっぱな大人《おとな》を助手に使ってるのか? 何者だ、こいつっ。
 あたしは渋谷氏をマジマジと見つめる。
 渋谷氏が、シラジラとあたしを見かえす。
「助手が動けないので困ってる。
 君に責任があると思うが、谷山さん?」
「ちょっと、冗談じゃないわよっ!
 言っとくけど、あたしも被害者なんだからねっ。死ぬほど驚いて、遅刻して」
 渋谷氏の視線は冷たい。
「彼はケガをした。……君は?」
 ……そりゃ、ピンピンしてるけどさー。
「カメラも壊《こわ》れたんだ」
 あ、あのビデオカメラ。そういや、みごとに倒れてたもんなー。精密機械だし……。
「リンは……彼は、君がカメラに触《さわ》っていたので、とめようとしたんだ。
 その結果があれ」
「それは……どうも……」
 どうもヤバい雰囲気《ふんいき》。不可抗力だもん。あたしのせいじゃないもん。……なんて言っても聞いてはくれそうにないカンジ。
「カメラの弁償《べんしょう》をしてもらってもいいんだが……」
 弁償!? 冗談じゃないっ!
「わざと倒《たお》したわけじゃありませんっ!」
「他人のものに勝手に触るのはいけないことだと、教えられなかったのかな?」
 ……だって……なんでビデオカメラなんかあるのかなーと思ったんだもん。
「弁償って、いかほど……」
 渋谷氏がサラッと言ってくれたのは、とんでもない額だった。夢のような大金。
「冗談きついわよっ! なんでビデオカメラがそんなにするの! んなわけないでしょーがっ!」
「西ドイツ製の特注品。保証書を見せようか?」
 外国製。特注品。
 ……眼の前が暗くなった。
 どうしよう!
 渋谷氏は、
「それがいやなら」
 ……なんですか? 弁償しないですむならんでもするわっ!
「助手の代理をしてくれないかな?」
「それって……あたしが渋谷さんの助手をつとめるっ、て意味ですか?」
「そのとおり」
「やりますっ」
 やるとも、助手でも下女でも。
 渋谷氏がうなずく。
 そのときあたしは、ふと疑問を感じた。
「……ところで、渋谷さんって、何をしているんですか?」
 高校二年生。十七歳の学生が、助手を使って、とんでもなく高価なカメラを使って、いったい何をしているわけ?
「ゴースト・ハント」
「はぁ!?」
「直訳すれば、幽霊退治かな。
 この学校の校長の以来で旧校舎を調査に来た。『渋谷サイキック・リサーチ』の者だ」「さいきっく・りさーち、って?」
「英語の授業を受けてないのか?」
 受けてるよ。悪かったね。どーせあたしは英語が苦手《にがて》さっ。
「心霊現象の調査事務所。その、僕は所長」
 げ……げーっっ。
 所長日 こいつ、十七の分際《ぶんざい》で!
 しかもなんだって? 旧校舎の調査? 心霊現象の調査事務所!?
 冗談だろーっ!?
 


二章 暴風雨注意報


     1

「聞く気があるなら、かんたんに事情を説明してもいいが?」
 渋谷氏は、旧校舎近くの植えこみにあるベンチに腰《こし》をおろす。
「聞かなきゃ、やってられません」
 あたしの声は我ながら不機嫌《ふきげん》。なんてことに、まきこまれたんだ。
「ここの校長が、旧校舎がたたられているらしいと、調査を依頼に来たのが一週間前かな。
 今度、体育館の建て直しをするらしいね。そのために旧校舎を取り壊《こわ》したいと」
 あ、そういえば、入学のときのパンフレットにそんなことを書いてあったな。近々、デカイ体育館を建てるとか。
「しかし、過去に何度も旧校舎を取り壊そうとして、そのたび事故が起こっては中止になってる」
「あ、それで調査をしてほしいって、依頼されたんだ?」
「そういうこと」
「ふうん、それでわざわざ転校してきたの?」
 ご苦労なやつ。
 しかし渋谷氏は、軽蔑《けいべつ》するようにあたしを見すえる。
「だれが調査のために転校なんかするんだ?」
「だって……きのう、転校生だって」
「僕は『そんなもの』とアイマイに言ったつもりだったが?」
 ……たしかに……
「あれはあの場の話」
「うそつき」
 あたしは小さな声で言う。
 渋谷氏はあたしを冷ややかににらむ。
「怪談をしてただろう。だから」
「ナルホド。怪談の場で旧校舎の話が出るかもしれないもんね。そしたら、情報収集になる」
「へぇ、猿《さる》よりは知恵があるじゃないか」
 渋谷氏は感心した声。
 おまえなー。ひとを祖先とくらべるな、祖先と。
「生徒の間のウワサを集めたかったんだ。
 きのう怪談をしたときに、旧校舎の話は出なかった?」
「うん、ミチルが話してくれたけど」
「どんな話か、覚えているかな?」
 忘れてるんじゃないの、と言いたげな口調。
「あたしはまだ、昨日のことを忘れるほどボケてない」
 ふん。失礼なやつだ。
「ええと……」
「待った」
 渋谷氏は黒いジャケットの懐《ふところ》に手をさしいれる。小さなマイクロ・テープレコーダーを取り出して、
「始めて」
 言って、録音ボタンを押す。
 へぇぇ。なんかおもしろいなー。
 あたしはそう思いながら、ミチルの話してくれた旧校舎にまつわる話を語り始めた。

     2

 話が終わって、渋谷氏は立ちあがる。
「さて、ついてきてもらおうか」
「旧校舎に行くの?」
「他にどこに行くんだ?」
 そりゃ、そーだが。
「あのー、ミチルの話って、どの程度本当のことだと思う?」
 あの話が本当なら、あたしはイヤだよ、旧校舎に入るなんて。
 渋谷氏はふたたびベンチに腰をおろす。手に持っていたブリーフケースからファイルを取り出して、
「旧校舎が使われてた間、死人が多かったのは事実」
「そうなの?」
 あたしが聞くと、彼はページをくる。細かい字で、ビッシリとメモがとってある。
 チラッとのぞきこんだけど、お医者さんのカルテのようだ。横文字だらけであたしには読めない。
「旧校舎が校舎として使われていた三年前……つまり今から十八年前までは、ほぼ一年に一人から二人の割合で死人が出てる」
 げー。
「新校舎ができて、旧校舎は取り壊《こわ》すことになった。西側の取り壊しの際、屋根が落ちたんだ。原因は作業上の不手際《ふてぎわ》だということになっている」
「本当だったんだ、その話……」
「半分はね」
「半分?」
「君が聞いた話では、その事故で作業員が死んだことになっているが、そういう事実はない。けが人を五人ばかり出したが、死者はいなかった」
「そうなの?」
 ……なーんだ。
「工事は、当初の予定どおり、旧校舎の三分の一を取り壊して終了」
「え? 事故のせいで取りやめになったんじゃないの?」
「残念ながら、ちがうね。
 その後、旧校舎の中で死んだ子供が一人いるな。
 そんなに前のことじゃない。六年前か」
「子供って……」
「近所にすんでいた七歳になる女の子が、校舎の中で死体で見つかったんだ。
 犯人は一月《ひとつき》後に逮捕されている。営利目的の誘拐《ゆうかい》だった。
 自殺した教師もたしかにいるが、これには遺書があった。原因はノイローゼだということになっている」
「……へぇ、すごーい。よく調べたねぇ」
 あたしは本当に関心したのに、
「当然だ。僕《ぼく》の情報収集能力をバカにしてもらっては困る」
 ……さよーで。おくゆかしさのカケラもないやつね。
「グランド整備のために、取り壊しが再開されたのが去年」
「トラックの暴走は?」
「これ」
 渋谷氏はページにクリップでとめてあった、新聞のコピーを差し出した。
『校舎解体中 トラック暴走
 生徒ら九人死傷』
 黒い大きな見出し。
「ガレキを積んで校庭を出ようとしたトラックが暴走したんだ。ちょうど体育の授業中でトラックは近くにあったバレーコートの中に突《つ》っ込んだ。
 七人が重軽傷、二人が死亡」
 ……記事の下に、死んだ二人の学生の写真が載《の》っている。こういうのはイヤだ。胸が痛くなる。
 渋谷氏が淡々とした声を続ける。
「運転手は、昼食のとき酒を飲んで、酩酊《めいてい》状態だった。これが原因の事故」「……ふうん」
「このときは、さすがに工事が取りやめになった。旧校舎は不吉だという、ウワサのせいもかなりあったようだね」
 うう。背中かが寒い。
「調べた限りでは、ウワサの域を出ないな。
 不吉だ不吉だと言うわりに、どの事故も原因ははっきりしている。
 僕《ぼく》はそんなに大した事件ではないと、ふんでるんだが」
 
 そう言って、渋谷氏は立ちあがる。
 あたしは、イヤだ。旧校舎の調査? それをあたしが手伝うの?
 さっさと来ないか、と言うように、立ちあがった渋谷氏があたしを振りかえる。
 あたしは、あとに従った。

     3

 植えこみのまわりを歩いて旧校舎の前まで来ると、渋谷氏は校舎の裏手にまわりこんだ。
 校舎の裏手、新校舎からはめだたないあたりに一台のワゴン車がとまっていた。グレー・メタリックの車。
 渋谷氏はワゴンのスライド・ドアをあける。車の中は、シートもなんにもなくて、そのかわりになんだかわからん機械だらけだった。
「機材を運ぶ」
 渋谷氏が宣言する。
「これ……全部?」
 冗談だろー。
 渋谷氏の答えはニベもない。
「必要なだけ全部」
 うぇぇ。
 車の中にはパイプ製の棚《たな》が固定してあって、そこにはステレオ・コンポみたいな機械や、たくさんの小型テレビ、タイプライターみたいな機械がギッシリ詰まっている。
 機械に弱いあたしは、見るだけでメマイがする。
「これだけの機械、渋谷さんだけで使えるの?」
 助手の彼がいないのに。
「君とは頭のデキがちがう」
 ……ったく、すこしは謙遜《けんそん》とかしないか? 自信家だなー、こいつってば。
「機材を運ぶ前に、マイクを回収する。来い」
 へえへえ。どーせあたしはあんたの助手代理。旧校舎のタタリで死ぬのが早いか、それとも過酷《かこく》な労働が原因で死ぬのが早いか。
 ……う、自分で考えて、本当にこわくなってしまった。

 渋谷氏は旧校舎の裏手にまわりこむ。
 裏手は塀《へい》にはさまれて、幅二メートルぐいの広い路地になっている。
 そこにポツポツとマイクスタンドが立って、旧校舎の窓のほうを向いていた。
「マイクってこれのこと?」
 あたしは手近のやつを示した。
「そう。マイクをはずして集めていってくれ。僕《ぼく》がスタンドを回収する」
「いいけど……、このマイク、何に使うの?」
 ……おっと、渋谷氏の軽蔑《けいべつ》の眼。
「マイクはふつう、音をひろうのに使うと思うが?」
「そんなこと、知ってらい」
 ……まったく、こいつはもー。
「よく調査されていない幽霊屋敷に入るのは危険だ。だから最初は、建物の外からできる限りの調査をしてみる」
「へぇ」
「窓の外から中の音をひろったり、ビデオを置いたりするんだ」
 ……なんか、すごいなー。
「ねぇ、幽霊屋敷って、危険?」
「そういうものもある」
「こわくない?」
「べつに」
 ふーん。気味が悪くないのかなぁ……。
「どうして、十七やそこらで、こんなことやってるわけ?」
 渋谷氏の答えは短い。
「必要とされているから」
 ……自信家ならではのお答えだ。
 あたしはちょっとイジワルしたい気分。
「でも、今までに解決できなかった事件って、あったでしょ?」
「ないね」
 渋谷氏はアッサリ言ってのける。
「僕《ぼく》は有能だから」
 ……本当に自信家だ、こいつっ。
 こういう物言いをされると、人間、反感がわいてくるもんだ。
「あらぁ、すごいのねー。
 顔がよくて、しかも有能だなんて」
 思いっきり皮肉な口調で言ってやった。
 渋谷氏はあたしの顔をまじまじと見つめる。
「僕の顔……いいと思うか?」
「いいんじゃない?
 恵子たちも騒《さわ》いでたことだし」
「ふうん」
 と、渋谷氏はこともなげに言う。
「趣味は悪くないな」
 こいつ!
 んじゃなにか? あんたの顔をいいと思う人間は趣味がよくて、悪いと思う人間は趣味が悪いのか?
 このっ! なんちゅうナルシストだ!
 ふん。これからはナルシストのナルちゃんと呼んでやるわっ。

     4

 マイクを回収すると、機械を設置せよと言われた。
「校舎の中に入れるの……?」
「あたりまえだ」
「あたし、荷物番したいな」
 ナルちゃんの冷たい眼。
 ちょっと言ってみただけじゃんよー。
 ウムを言わさず、スチールパイプを何本か渡される。
「心配しなくても、ひとりで行かせやしない。一緒について行くから」
「あい」
 あたしはシブシブ旧校舎に向かった。
 今にも倒れそうな建物。暗い口を開けた玄関。その玄関のドアに手をかけた。
 玄関の中にはまだかすかに夕暮れの明かりが残っている。かすかにオレンジの光。今朝《けさ》あたしが不慮《ふりょ》の事故で粉砕《ふんさい》した靴《くつ》箱が、壊《こわ》れたまま転《ころ》がっている。
 かすかに残っている黒い水玉。あれは助手さんの血のあとだ。
「い……行くよ」
「早くしろ」
「ナルちゃんがパイプの山を担いであたしのあとに続く。あたしは中に踏《ふ》みこんだ。
 カランとしたほこりの匂《にお》い。足を踏《ふ》み出すたびに床板がきしむ。
 玄関の奥。正面は階段だった。踏み板が反《そ》ってゆがんだ階段。その左右は廊下《ろうか》で、左には、教室がどうやら二つ。右には三つ。ほこりで汚れて読めなくなった教室表示の板が、傾《かし》いでブランとぶらさがっている。
「ここを使うか」
 ナルちゃんが玄関を入ってすぐの教室をのぞきこむ。昔の実験室だ。教室の中には大きな実験机が並んでいる。
 ナルちゃんは、実験室に入っていく。
 学校というのは、人間がたくさんいる場所だ。イヤでもムリヤリ集められる場所だ。そういう先入観があるから、無人の教室は気味が悪い。ましてや、長い間使っていなかったのがひと目でわかるほど荒廃していたりしたら。
 そのうえ、ここにはイヤなウワサがある。暴走したトラック。死んだ子供。窓から手招《てまね》きする白い影。
 いやだなと思いながら、あたしはドアをくぐる。
 教室の中は玄関よりも明るかった。ほんの少しホッとする。
 ほこりの積もった床。壁ぎわに積みあげたガラクタ。
 
 ナルちゃんがパイプ類を机の上に広げる。
「棚《たな》を組み立ててくれ」
「ナ……渋谷さんは?」
「機材を取ってくる」
「外に出ちゃうの?」
「機材は外にあるからな」
 うー。
「あたしひとりでここに残って、棚を組み立てるのぉ?」
 いやだよぉ。
「それともおまえが機材を運ぶか?
 重いもので四十キロ近くあるが」
「棚がいい」
 あたしがシブシブ言うと、ナルちゃんはうなずいて、教室を出て行った。
 教室の中はまだ明るい。そして、コソとも音がしない。あたしが動くと、足元で床がギシッと鳴る。それだけ。
 なんとなく、あたしはあたりをうかがった。
 まだ明るいもん、だいじょうぶだよね?
 変なものが出たりしないよね?
 おびえているときにかぎって、物音はするものだ。ふいに天井《てんじょう》のほうでパシッという乾《かわ》いた音がして、あたしは飛びあがった。
 天井を見あげる。染《し》みだらけの天井。
 息を整える。耳を澄《す》ます。
 だいじょうぶ、だいじょうぶ……。
 自分に言い聞かせながら、あたりをうかがっていると、軽い足音がしてナルちゃんがもどってきた。
 ボーッとしているあたしを見て冷たい声。
「さっさとしないか」
 きらいだ、こんなやつ。

 あたしが悪戦苦闘して棚《たな》を組み立てている間に、ナルちゃんが次々に機械を運んでくる。あっというまに、教室は機械だらけになった。
 棚を組み立て終わると、機械を棚に収める作業。
 あたしは、ナルちゃんの横に立って、「それ」とか「あれ」とかいうものを手渡した。「ねー。それ、何?」
 あたしは、ナルちゃんの脇《わき》においてあるゴツイ機械を指さす。
「……テープレコーダー以外のもんに見えるか?」
「見えないね」
「テープレコーダー。ただし、これは少し特別なやつで最高二十四時間まで録音ができる。これと集音マイクで音をひろう」
「……なんで?」
 あたしが聞くとナルちゃんは、冷たい眼であたしをにらんだ。
「僕《ぼく》は素人《しろうと》と話をするのはきらいだ」
 おまえなー。
「あたしが素人なのは、わかりきったことだろ。モンクあんなら、手伝わねーぞ」
 思いっきり乱暴に言ってやったら、ナルちゃんのブ厚いツラの皮にも、かすかにキズをつけたようだ。ちょっとマジッとあたしを見てから、
「ラップ音とか変な音がしないかやってみるんだ」
「あ、なるほど」
「今日は一日、窓の外から一階の部屋の音をひろってみた」
「さっきのマイクでだね?」
「そう。今夜は部屋の中にテープレコーダーをセットしてみる」
「……あのー。泊《と》まりこんだりしないの?」
「今日はまだしない」
 言いながら、五台のテープレコーダーにテープをセットしていく。テープはカセットじゃなくて、リールに巻いたやつだ。
「霊がいるとしたらどの程度のやつか、確かめてからでなければ、泊まりこみはしない」「石橋を叩《たた》いて渡るタイプなんだー」
「あ?」
「用心深いのね」
「当然だ。ホーンテッド・ハウス……幽霊屋敷には、とてつもなく危険なやつがある。下手《へた》に手出しをすると取りかえしがつかない」
「脅《おど》かさないでよ。……これは?」
 あたしは、ビデオにしてはえらくゴツイ機械を示した。
「おまえとは話をしたくない」
「いいよ、そんなら。
 そのかわり、無知からとんでもないミスをするかもね」
 言いながらあたしは足を振りあげる。
「おっと、このビデオみたいなのは踏み台かな?」
 踏んでやるぞー。
 ナルちゃんが、ため息をついた。
 勝った。と、あたしは思った。
「赤外線カメラ。聞かれる前にいっとくけど、こっちはサーモ・グラフィー、これが超高感度カメラ」
「ほー」
「さらに言っといてやるけど」
「うるさい」
「赤外線カメラは暗いところを撮影するのに使う。超高感度カメラもだ。サーモ・グラフィーは熱感カメラと言って、温度を映《うつ》すカメラだ」
「へぇ……」
「ついでに教えとくが、サーモ・グラフィーでは温度を調べる。霊が現れると、そこだけ温度が低くなるんだ」
「はいはい」
「わかったか? わかったらそのくだらん質問をやめてとっとと働け!」

     5

 機械を棚《たな》に収め終わると、ナルちゃんが配線をする。その間あたしは温度計を各教室に置いて来るよう命じられた。
 気味が悪いのでイヤだったけど、ナルちゃんに逆らうのはもっと勇気がいる。しょうことなく温度計を置いてまわったあと、こんどはそれで測った温度をボードに書きこんでいく。
 明るくなかったらとてもできない作業だ。
 あたしが、けなげにも恐怖と闘《たたか》いながら記録をとったボード。それを見ながらナルちゃんは、
「異常はないな……特に低い場所はない。
 強《し》いて言えば、一階の奥の部屋が低いが、問題になるほどの温度じゃない……」 実験室はもはや科学研究所の様相を呈《てい》している。棚《たな》の上や机の上に積みあげられたTVや機械。
 あたしはナルちゃんに質問した。
「ねぇ? 霊が出る場所は温度が低くなるっていったよね? じゃ、幽霊はいないってこと?」
「まだわからない。幽霊はシャイだから」
「はー?」
「心霊現象は、部外者が来るとナリをひそめるのが普通なんだ」
「へぇぇ」
「……とにかく、これじゃあ、ターゲットの決めようがないな。とりあえず、一階と二階の廊下《ろうか》に四台、玄関に一台、暗視カメラを置いてみよう」
 うぇぇ……。まだ作業があるのか……。

 あたしはナルちゃんを手伝って、ビデオカメラを設置する。やけに大きいカメラだ。
 二階の廊下と一階の廊下。西と東に三脚を置いてすえつける。
 それが終わってからやっと、
「お疲れ。もう帰っていいぞ」
「ホント?」
「おまえさんにやってもらうことは、終わった。僕《ぼく》も出る。完全に陽《ひ》が落ちる前に」
 ほー。用心深いこと。
「機械は? このままほっといていいの?」
「かまわない。あとはカメラが自動的にやってくれる」
 へー。
「なんか、霊能者って雰囲気《ふんいき》じゃないねぇ」
「あたりまえだ」
「だって、幽霊退治……って」
 
「ゴースト・ハンター。霊能者と一緒にしてもらっては困る」
 あー、そーかい。
 なんのことやら。どーせれ霊能者の一種だろーに。
 いいかげん、ナルちゃんと根性の悪い会話をするのにも疲れたので、あたしはただ手をあげる。
「んじゃ、お先」
 もー、手やら腰やらが痛いよー。
 ナルちゃんの声が背中から追いかけてきた。
「明日の放課後、車のところに」
 げっ。こいつ、明日もこき使うつもりか。


三章 暴風雨警報


     1

 翌朝も、おそろしくいい天気だった。
 今日は金曜で、いよいよ週末は近いし、天気はいいし、いつものあたしなら完全にハイになってるところだ。
 なのに気が重いわ。あいつのせいだ。あのナルシストのっ。
 せっかくの花金に、なんで幽霊退治の手伝いなんかしなくちゃいけないんだよぉ。
 あーあ、あたしは不幸だ……。
 ちっ、桜の白さが眼にしみちゃうわ。
「麻衣ーっ」
 校門を入ったとたん、いきなりすごい勢いで恵子に背中を突《つ》き飛ばされた。
「……なんなんだよ、おまえは。
 朝もはよから、ケンカをうる気か?」
「おはよ。ねぇ、渋谷さんの話って、何だったの?」
「ははん、それが気になってあたしを待ち伏せしてたわけ?」
「そうだよっ。ねぇ、何だったの?」
 ふふふん。どーしよーかな。教えてやろうか。いや、それはもったいない。
 それであたしは、意味ありげに微笑《ほほえ》んでやった。恵子のぎょっとした表情。「まさかー」
「ひ・み・つ(ハート)」
 へっへっへっ。ハートマークなんか飛ばしちゃうゼ。あたしを思いっきり突《つ》き飛ばした罰《ばつ》だ。しばらく気をもんでな。

 しかしまぁ、それも長くは続かなかった。HRの前に、恵子のうらみがましい声と、ミチルの凶暴な声と、祐梨《ゆうり》の無言の圧力に負けて、あたしは真相を白状した。
「……なーんだ……」
 ホッとした表情の恵子。ミチルが身を乗り出す。
「じゃ、渋谷さんって、転校生じゃないの?」
「ちがう。単なるウソツキ」
「そうなのかぁ……」
 祐梨がしょんぼりした声を出すと、ミチルは手を振って、
「落胆するのは早い。
 この高校の人間じゃないってことは、つまり……」
 恵子があとを続ける。
「ライバルがいない!」
「そうっ!」
 やったー、なんてウカレてるけど、こいつらバカか。この学校にいなくても、他の場所にいるかもしれないじゃん。この学校にいれば、足を引っ張ったり、蹴落《けお》としたりできるが、見たことも聞いたこともない人間をライバルにもって、どーやって闘《たたか》うんだ?
「ちょっと、谷山さん」
 いきなり声をかけてきたのは、昨日と同じく黒田女史だった。
「おはよー。なんでしょーか」
「あのひと、霊能者なの?」
「ちがうそーです」
「だって、旧校舎を調べに来たって、今、言ってたじゃない」
 ……うーん、こういうのは立ち聞きの一種じゃないのかな?
 そう思ったけど、いちおう答えてやった。
「霊能者じゃなくて、ゴースト・ハンターだそーです」
「ゴースト・ハンター?」
 黒田女史が眉《まゆ》をひそめるのと同時に、恵子たちがあたしの制服を乱暴に引っ張る。
「ねぇ、それって、なによー」
「くわしくは知らん。
 幽霊退治ぐらいの意味だそーな」
「霊能者とどうちがうわけ?」
「だから、知らねーって。
 でも、ビデオカメラとか、高価な機械を山のように持ってたぞ。ちょっと、霊能者ってムードじゃなかったな」
「へー」
 黒田女史はしばらく考えこんだあと、
「谷山さん、あのひとに紹介してくれない?」
「は?」
 どーゆーことかなー?
「ホラ、あたしにも霊能力があるじゃない?
 何かお手伝いできるかもしれないわ」
 ミチルがかすかに不満の声をあげた。
 あたしは答える。
「でも……黒田さん、彼にはもう会ってるでしょ? いまさら紹介なんて、必要ないじゃないですか。放課後、旧校舎に行けば会えますよ」
「それはわかってるわ、でも……」
「あんまし、あいつとはかかわらないほうがいいんじゃないかなー」
「あら、どうして?」
 黒田女史の声にはトゲがある。
「素人《しろうと》と話をするのはきらいだそーです」
「わたし、あなたほど素人じゃないわ」
「はー。でも、ナルちゃんはプロだから。
 ちゃんと事務所を持ってるくらいだし」
「麻衣っ」
 ミチルがあたしのえりくび引っ張る。
「ナルちゃん、ってなによ、親しそーに」
「ナルシストのナルちゃん。
 言っとくけど、あいつに夢を持ってるとガッカリするぞ。すっげー性格、悪いから」
「あの顔で?」
「あのね、女で顔のいいのは性格が悪いと決まってるのに、どうして男だと逆なわけ? 男だろーと女だろーと、顔のいいのは性格がゆがんでるに決まってるじゃない」
「そっかなぁ」
「恐怖のナルシスト。
 これからはナルシストのナルちゃんと呼んでやって」
 だから、中途半端な霊感ぐらいで近づくといじめられるよ、と教えてやろうと思ったのに、振り向いたら黒田女史はいなかった。いつのまにか自分の席にもどって、教科書を広げている。
 あたしがアゼンとしてると、
「あいつ、あんなヤツなのよ」
 ミチルがヒソヒソと言う。
「黒田女史、内進組だっけ?」
 ミチルたちも付属中学からの内進者だ。
「そ。中等部のころから、有名だったんだ。
 神がかって、アブナイって。霊感があるとか言ってさー、これはするなとか、こうしろとかうるさいんだ」
「へー」
 
「まぁ、そこがスゴイって集まってる、とりまきグループもいたけどね」
「……ふうん」
「なんだろーね、あいつ。まさか、渋谷さんに一目ボレじゃないだろーな」
「えーっ!」
 恵子の悲鳴。女史ににらまれて、あわてて口をふさぐ。
 ……黒田女史はよくわからん。
 あんまし、かかわりあいにならないでおこうっと。

     2

 放課後、恵子たちの「ずるい」コールに送られて、あたしは旧校舎に向かった。
 裏手にまわると、昨日と同じ場所にグレー・メタリックのワゴンがとまっていた。その後部席にすわって、なにやらしているナルちゃんの姿が見える。
「こんちはー」
 声をかけると、彼が機械から顔をあげた。
「なにしてんの?」
「昨日集めたデータのチェック」
 へー。よくわからんが、言葉のひびきがすごそうだ。
「何かわかった?」
 ナルちゃんは、棚《たな》に並んでTVの画面に眼をやる。
「とくに異常はないね……」
「異常なし? じゃ、旧校舎に幽霊はいないわけ?」
「さてな。いないのか、今はナリをひそめているのか……。
 どちらにしても、そう危険ではないだろう」
 ……そんな話をしていたときだ。
「へぇ、いっぱしの装備じゃない」
 突然背後から、声をかけられた。あわてて振りかえると、車の側《そば》にハデな女と、とぼけた顔の男が立っていた。
「子供のおもちゃにしては、高級すぎるカンジね?」
 バカにするように、女のほうがニッコリわらう。
「あなたがたは?」
 ナルちゃんがにらむ。
 子供のおもちゃ、と言ったな。ナルシストのプライドにケチをつけると、あとがこわいぞぉ。
 女のほうがナルちゃんをながめる。美人のうちかもしれないが、品がない。なんだか知らないが、キャバいねーちゃんだな。
「アタシは、松崎綾子《まつざきあやこ》。よろしくね」
 真っ赤な唇《くちびる》をゆがめてわらう。
 ナルの冷たい声。
「あなたのお名前には、興味はないんですが」
 綾子さんとやらは、気を悪くしたようだ。
 軽くナルちゃんをにらむ。
「ずいぶん、ナマイキじゃない。
 でもボウヤ、顔はいいわね」
「おかげさまで」
 ……こらこら。
 綾子は肩をすくめて、
「ま、子供じゃ顔が

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