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悪霊シリーズ第1巻 悪霊がいっぱい
作者:    出处:咖啡日语    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

い骏芝戛`フケースからファイルを取り出して、
「旧校舎が使われてた間、死人が多かったのは事実」
「そうなの?」
 あたしが聞くと、彼はページをくる。細かい字で、ビッシリとメモがとってある。
 チラッとのぞきこんだけど、お医者さんのカルテのようだ。横文字だらけであたしには読めない。
「旧校舎が校舎として使われていた三年前……つまり今から十八年前までは、ほぼ一年に一人から二人の割合で死人が出てる」
 げー。
「新校舎ができて、旧校舎は取り壊《こわ》すことになった。西側の取り壊しの際、屋根が落ちたんだ。原因は作業上の不手際《ふてぎわ》だということになっている」
「本当だったんだ、その話……」
「半分はね」
「半分?」
「君が聞いた話では、その事故で作業員が死んだことになっているが、そういう事実はない。けが人を五人ばかり出したが、死者はいなかった」
「そうなの?」
 ……なーんだ。
「工事は、当初の予定どおり、旧校舎の三分の一を取り壊して終了」
「え? 事故のせいで取りやめになったんじゃないの?」
「残念ながら、ちがうね。
 その後、旧校舎の中で死んだ子供が一人いるな。
 そんなに前のことじゃない。六年前か」
「子供って……」
「近所にすんでいた七歳になる女の子が、校舎の中で死体で見つかったんだ。
 犯人は一月《ひとつき》後に逮捕されている。営利目的の誘拐《ゆうかい》だった。
 自殺した教師もたしかにいるが、これには遺書があった。原因はノイローゼだということになっている」
「……へぇ、すごーい。よく調べたねぇ」
 あたしは本当に関心したのに、
「当然だ。僕《ぼく》の情報収集能力をバカにしてもらっては困る」
 ……さよーで。おくゆかしさのカケラもないやつね。
「グランド整備のために、取り壊しが再開されたのが去年」
「トラックの暴走は?」
「これ」
 渋谷氏はページにクリップでとめてあった、新聞のコピーを差し出した。
『校舎解体中 トラック暴走
 生徒ら九人死傷』
 黒い大きな見出し。
「ガレキを積んで校庭を出ようとしたトラックが暴走したんだ。ちょうど体育の授業中でトラックは近くにあったバレーコートの中に突《つ》っ込んだ。
 七人が重軽傷、二人が死亡」
 ……記事の下に、死んだ二人の学生の写真が載《の》っている。こういうのはイヤだ。胸が痛くなる。
 渋谷氏が淡々とした声を続ける。
「運転手は、昼食のとき酒を飲んで、酩酊《めいてい》状態だった。これが原因の事故」「……ふうん」
「このときは、さすがに工事が取りやめになった。旧校舎は不吉だという、ウワサのせいもかなりあったようだね」
 うう。背中かが寒い。
「調べた限りでは、ウワサの域を出ないな。
 不吉だ不吉だと言うわりに、どの事故も原因ははっきりしている。
 僕《ぼく》はそんなに大した事件ではないと、ふんでるんだが」
 
 そう言って、渋谷氏は立ちあがる。
 あたしは、イヤだ。旧校舎の調査? それをあたしが手伝うの?
 さっさと来ないか、と言うように、立ちあがった渋谷氏があたしを振りかえる。
 あたしは、あとに従った。

     3

 植えこみのまわりを歩いて旧校舎の前まで来ると、渋谷氏は校舎の裏手にまわりこんだ。
 校舎の裏手、新校舎からはめだたないあたりに一台のワゴン車がとまっていた。グレー・メタリックの車。
 渋谷氏はワゴンのスライド・ドアをあける。車の中は、シートもなんにもなくて、そのかわりになんだかわからん機械だらけだった。
「機材を運ぶ」
 渋谷氏が宣言する。
「これ……全部?」
 冗談だろー。
 渋谷氏の答えはニベもない。
「必要なだけ全部」
 うぇぇ。
 車の中にはパイプ製の棚《たな》が固定してあって、そこにはステレオ・コンポみたいな機械や、たくさんの小型テレビ、タイプライターみたいな機械がギッシリ詰まっている。
 機械に弱いあたしは、見るだけでメマイがする。
「これだけの機械、渋谷さんだけで使えるの?」
 助手の彼がいないのに。
「君とは頭のデキがちがう」
 ……ったく、すこしは謙遜《けんそん》とかしないか? 自信家だなー、こいつってば。
「機材を運ぶ前に、マイクを回収する。来い」
 へえへえ。どーせあたしはあんたの助手代理。旧校舎のタタリで死ぬのが早いか、それとも過酷《かこく》な労働が原因で死ぬのが早いか。
 ……う、自分で考えて、本当にこわくなってしまった。

 渋谷氏は旧校舎の裏手にまわりこむ。
 裏手は塀《へい》にはさまれて、幅二メートルぐいの広い路地になっている。
 そこにポツポツとマイクスタンドが立って、旧校舎の窓のほうを向いていた。
「マイクってこれのこと?」
 あたしは手近のやつを示した。
「そう。マイクをはずして集めていってくれ。僕《ぼく》がスタンドを回収する」
「いいけど……、このマイク、何に使うの?」
 ……おっと、渋谷氏の軽蔑《けいべつ》の眼。
「マイクはふつう、音をひろうのに使うと思うが?」
「そんなこと、知ってらい」
 ……まったく、こいつはもー。
「よく調査されていない幽霊屋敷に入るのは危険だ。だから最初は、建物の外からできる限りの調査をしてみる」
「へぇ」
「窓の外から中の音をひろったり、ビデオを置いたりするんだ」
 ……なんか、すごいなー。
「ねぇ、幽霊屋敷って、危険?」
「そういうものもある」
「こわくない?」
「べつに」
 ふーん。気味が悪くないのかなぁ……。
「どうして、十七やそこらで、こんなことやってるわけ?」
 渋谷氏の答えは短い。
「必要とされているから」
 ……自信家ならではのお答えだ。
 あたしはちょっとイジワルしたい気分。
「でも、今までに解決できなかった事件って、あったでしょ?」
「ないね」
 渋谷氏はアッサリ言ってのける。
「僕《ぼく》は有能だから」
 ……本当に自信家だ、こいつっ。
 こういう物言いをされると、人間、反感がわいてくるもんだ。
「あらぁ、すごいのねー。
 顔がよくて、しかも有能だなんて」
 思いっきり皮肉な口調で言ってやった。
 渋谷氏はあたしの顔をまじまじと見つめる。
「僕の顔……いいと思うか?」
「いいんじゃない?
 恵子たちも騒《さわ》いでたことだし」
「ふうん」
 と、渋谷氏はこともなげに言う。
「趣味は悪くないな」
 こいつ!
 んじゃなにか? あんたの顔をいいと思う人間は趣味がよくて、悪いと思う人間は趣味が悪いのか?
 このっ! なんちゅうナルシストだ!
 ふん。これからはナルシストのナルちゃんと呼んでやるわっ。

     4

 マイクを回収すると、機械を設置せよと言われた。
「校舎の中に入れるの……?」
「あたりまえだ」
「あたし、荷物番したいな」
 ナルちゃんの冷たい眼。
 ちょっと言ってみただけじゃんよー。
 ウムを言わさず、スチールパイプを何本か渡される。
「心配しなくても、ひとりで行かせやしない。一緒について行くから」
「あい」
 あたしはシブシブ旧校舎に向かった。
 今にも倒れそうな建物。暗い口を開けた玄関。その玄関のドアに手をかけた。
 玄関の中にはまだかすかに夕暮れの明かりが残っている。かすかにオレンジの光。今朝《けさ》あたしが不慮《ふりょ》の事故で粉砕《ふんさい》した靴《くつ》箱が、壊《こわ》れたまま転《ころ》がっている。
 かすかに残っている黒い水玉。あれは助手さんの血のあとだ。
「い……行くよ」
「早くしろ」
「ナルちゃんがパイプの山を担いであたしのあとに続く。あたしは中に踏《ふ》みこんだ。
 カランとしたほこりの匂《にお》い。足を踏《ふ》み出すたびに床板がきしむ。
 玄関の奥。正面は階段だった。踏み板が反《そ》ってゆがんだ階段。その左右は廊下《ろうか》で、左には、教室がどうやら二つ。右には三つ。ほこりで汚れて読めなくなった教室表示の板が、傾《かし》いでブランとぶらさがっている。
「ここを使うか」
 ナルちゃんが玄関を入ってすぐの教室をのぞきこむ。昔の実験室だ。教室の中には大きな実験机が並んでいる。
 ナルちゃんは、実験室に入っていく。
 学校というのは、人間がたくさんいる場所だ。イヤでもムリヤリ集められる場所だ。そういう先入観があるから、無人の教室は気味が悪い。ましてや、長い間使っていなかったのがひと目でわかるほど荒廃していたりしたら。
 そのうえ、ここにはイヤなウワサがある。暴走したトラック。死んだ子供。窓から手招《てまね》きする白い影。
 いやだなと思いながら、あたしはドアをくぐる。
 教室の中は玄関よりも明るかった。ほんの少しホッとする。
 ほこりの積もった床。壁ぎわに積みあげたガラクタ。
 
 ナルちゃんがパイプ類を机の上に広げる。
「棚《たな》を組み立ててくれ」
「ナ……渋谷さんは?」
「機材を取ってくる」
「外に出ちゃうの?」
「機材は外にあるからな」
 うー。
「あたしひとりでここに残って、棚を組み立てるのぉ?」
 いやだよぉ。
「それともおまえが機材を運ぶか?
 重いもので四十キロ近くあるが」
「棚がいい」
 あたしがシブシブ言うと、ナルちゃんはうなずいて、教室を出て行った。
 教室の中はまだ明るい。そして、コソとも音がしない。あたしが動くと、足元で床がギシッと鳴る。それだけ。
 なんとなく、あたしはあたりをうかがった。
 まだ明るいもん、だいじょうぶだよね?
 変なものが出たりしないよね?
 おびえているときにかぎって、物音はするものだ。ふいに天井《てんじょう》のほうでパシッという乾《かわ》いた音がして、あたしは飛びあがった。
 天井を見あげる。染《し》みだらけの天井。
 息を整える。耳を澄《す》ます。
 だいじょうぶ、だいじょうぶ……。
 自分に言い聞かせながら、あたりをうかがっていると、軽い足音がしてナルちゃんがもどってきた。
 ボーッとしているあたしを見て冷たい声。
「さっさとしないか」
 きらいだ、こんなやつ。

 あたしが悪戦苦闘して棚《たな》を組み立てている間に、ナルちゃんが次々に機械を運んでくる。あっというまに、教室は機械だらけになった。
 棚を組み立て終わると、機械を棚に収める作業。
 あたしは、ナルちゃんの横に立って、「それ」とか「あれ」とかいうものを手渡した。「ねー。それ、何?」
 あたしは、ナルちゃんの脇《わき》においてあるゴツイ機械を指さす。
「……テープレコーダー以外のもんに見えるか?」
「見えないね」
「テープレコーダー。ただし、これは少し特別なやつで最高二十四時間まで録音ができる。これと集音マイクで音をひろう」
「……なんで?」
 あたしが聞くとナルちゃんは、冷たい眼であたしをにらんだ。
「僕《ぼく》は素人《しろうと》と話をするのはきらいだ」
 おまえなー。
「あたしが素人なのは、わかりきったことだろ。モンクあんなら、手伝わねーぞ」
 思いっきり乱暴に言ってやったら、ナルちゃんのブ厚いツラの皮にも、かすかにキズをつけたようだ。ちょっとマジッとあたしを見てから、
「ラップ音とか変な音がしないかやってみるんだ」
「あ、なるほど」
「今日は一日、窓の外から一階の部屋の音をひろってみた」
「さっきのマイクでだね?」
「そう。今夜は部屋の中にテープレコーダーをセットしてみる」
「……あのー。泊《と》まりこんだりしないの?」
「今日はまだしない」
 言いながら、五台のテープレコーダーにテープをセットしていく。テープはカセットじゃなくて、リールに巻いたやつだ。
「霊がいるとしたらどの程度のやつか、確かめてからでなければ、泊まりこみはしない」「石橋を叩《たた》いて渡るタイプなんだー」
「あ?」
「用心深いのね」
「当然だ。ホーンテッド・ハウス……幽霊屋敷には、とてつもなく危険なやつがある。下手《へた》に手出しをすると取りかえしがつかない」
「脅《おど》かさないでよ。……これは?」
 あたしは、ビデオにしてはえらくゴツイ機械を示した。
「おまえとは話をしたくない」
「いいよ、そんなら。
 そのかわり、無知からとんでもないミスをするかもね」
 言いながらあたしは足を振りあげる。
「おっと、このビデオみたいなのは踏み台かな?」
 踏んでやるぞー。
 ナルちゃんが、ため息をついた。
 勝った。と、あたしは思った。
「赤外線カメラ。聞かれる前にいっとくけど、こっちはサーモ・グラフィー、これが超高感度カメラ」
「ほー」
「さらに言っといてやるけど」
「うるさい」
「赤外線カメラは暗いところを撮影するのに使う。超高感度カメラもだ。サーモ・グラフィーは熱感カメラと言って、温度を映《うつ》すカメラだ」
「へぇ……」
「ついでに教えとくが、サーモ・グラフィーでは温度を調べる。霊が現れると、そこだけ温度が低くなるんだ」
「はいはい」
「わかったか? わかったらそのくだらん質問をやめてとっとと働け!」

     5

 機械を棚《たな》に収め終わると、ナルちゃんが配線をする。その間あたしは温度計を各教室に置いて来るよう命じられた。
 気味が悪いのでイヤだったけど、ナルちゃんに逆らうのはもっと勇気がいる。しょうことなく温度計を置いてまわったあと、こんどはそれで測った温度をボードに書きこんでいく。
 明るくなかったらとてもできない作業だ。
 あたしが、けなげにも恐怖と闘《たたか》いながら記録をとったボード。それを見ながらナルちゃんは、
「異常はないな……特に低い場所はない。
 強《し》いて言えば、一階の奥の部屋が低いが、問題になるほどの温度じゃない……」 実験室はもはや科学研究所の様相を呈《てい》している。棚《たな》の上や机の上に積みあげられたTVや機械。
 あたしはナルちゃんに質問した。
「ねぇ? 霊が出る場所は温度が低くなるっていったよね? じゃ、幽霊はいないってこと?」
「まだわからない。幽霊はシャイだから」
「はー?」
「心霊現象は、部外者が来るとナリをひそめるのが普通なんだ」
「へぇぇ」
「……とにかく、これじゃあ、ターゲットの決めようがないな。とりあえず、一階と二階の廊下《ろうか》に四台、玄関に一台、暗視カメラを置いてみよう」
 うぇぇ……。まだ作業があるのか……。

 あたしはナルちゃんを手伝って、ビデオカメラを設置する。やけに大きいカメラだ。
 二階の廊下と一階の廊下。西と東に三脚を置いてすえつける。
 それが終わってからやっと、
「お疲れ。もう帰っていいぞ」
「ホント?」
「おまえさんにやってもらうことは、終わった。僕《ぼく》も出る。完全に陽《ひ》が落ちる前に」
 ほー。用心深いこと。
「機械は? このままほっといていいの?」
「かまわない。あとはカメラが自動的にやってくれる」
 へー。
「なんか、霊能者って雰囲気《ふんいき》じゃないねぇ」
「あたりまえだ」
「だって、幽霊退治……って」
 
「ゴースト・ハンター。霊能者と一緒にしてもらっては困る」
 あー、そーかい。
 なんのことやら。どーせれ霊能者の一種だろーに。
 いいかげん、ナルちゃんと根性の悪い会話をするのにも疲れたので、あたしはただ手をあげる。
「んじゃ、お先」
 もー、手やら腰やらが痛いよー。
 ナルちゃんの声が背中から追いかけてきた。
「明日の放課後、車のところに」
 げっ。こいつ、明日もこき使うつもりか。


三章 暴風雨警報


     1

 翌朝も、おそろしくいい天気だった。
 今日は金曜で、いよいよ週末は近いし、天気はいいし、いつものあたしなら完全にハイになってるところだ。
 なのに気が重いわ。あいつのせいだ。あのナルシストのっ。
 せっかくの花金に、なんで幽霊退治の手伝いなんかしなくちゃいけないんだよぉ。
 あーあ、あたしは不幸だ……。
 ちっ、桜の白さが眼にしみちゃうわ。
「麻衣ーっ」
 校門を入ったとたん、いきなりすごい勢いで恵子に背中を突《つ》き飛ばされた。
「……なんなんだよ、おまえは。
 朝もはよから、ケンカをうる気か?」
「おはよ。ねぇ、渋谷さんの話って、何だったの?」
「ははん、それが気になってあたしを待ち伏せしてたわけ?」
「そうだよっ。ねぇ、何だったの?」
 ふふふん。どーしよーかな。教えてやろうか。いや、それはもったいない。
 それであたしは、意味ありげに微笑《ほほえ》んでやった。恵子のぎょっとした表情。「まさかー」
「ひ・み・つ(ハート)」
 へっへっへっ。ハートマークなんか飛ばしちゃうゼ。あたしを思いっきり突《つ》き飛ばした罰《ばつ》だ。しばらく気をもんでな。

 しかしまぁ、それも長くは続かなかった。HRの前に、恵子のうらみがましい声と、ミチルの凶暴な声と、祐梨《ゆうり》の無言の圧力に負けて、あたしは真相を白状した。
「……なーんだ……」
 ホッとした表情の恵子。ミチルが身を乗り出す。
「じゃ、渋谷さんって、転校生じゃないの?」
「ちがう。単なるウソツキ」
「そうなのかぁ……」
 祐梨がしょんぼりした声を出すと、ミチルは手を振って、
「落胆するのは早い。
 この高校の人間じゃないってことは、つまり……」
 恵子があとを続ける。
「ライバルがいない!」
「そうっ!」
 やったー、なんてウカレてるけど、こいつらバカか。この学校にいなくても、他の場所にいるかもしれないじゃん。この学校にいれば、足を引っ張ったり、蹴落《けお》としたりできるが、見たことも聞いたこともない人間をライバルにもって、どーやって闘《たたか》うんだ?
「ちょっと、谷山さん」
 いきなり声をかけてきたのは、昨日と同じく黒田女史だった。
「おはよー。なんでしょーか」
「あのひと、霊能者なの?」
「ちがうそーです」
「だって、旧校舎を調べに来たって、今、言ってたじゃない」
 ……うーん、こういうのは立ち聞きの一種じゃないのかな?
 そう思ったけど、いちおう答えてやった。
「霊能者じゃなくて、ゴースト・ハンターだそーです」
「ゴースト・ハンター?」
 黒田女史が眉《まゆ》をひそめるのと同時に、恵子たちがあたしの制服を乱暴に引っ張る。
「ねぇ、それって、なによー」
「くわしくは知らん。
 幽霊退治ぐらいの意味だそーな」
「霊能者とどうちがうわけ?」
「だから、知らねーって。
 でも、ビデオカメラとか、高価な機械を山のように持ってたぞ。ちょっと、霊能者ってムードじゃなかったな」
「へー」
 黒田女史はしばらく考えこんだあと、
「谷山さん、あのひとに紹介してくれない?」
「は?」
 どーゆーことかなー?
「ホラ、あたしにも霊能力があるじゃない?
 何かお手伝いできるかもしれないわ」
 ミチルがかすかに不満の声をあげた。
 あたしは答える。
「でも……黒田さん、彼にはもう会ってるでしょ? いまさら紹介なんて、必要ないじゃないですか。放課後、旧校舎に行けば会えますよ」
「それはわかってるわ、でも……」
「あんまし、あいつとはかかわらないほうがいいんじゃないかなー」
「あら、どうして?」
 黒田女史の声にはトゲがある。
「素人《しろうと》と話をするのはきらいだそーです」
「わたし、あなたほど素人じゃないわ」
「はー。でも、ナルちゃんはプロだから。
 ちゃんと事務所を持ってるくらいだし」
「麻衣っ」
 ミチルがあたしのえりくび引っ張る。
「ナルちゃん、ってなによ、親しそーに」
「ナルシストのナルちゃん。
 言っとくけど、あいつに夢を持ってるとガッカリするぞ。すっげー性格、悪いから」
「あの顔で?」
「あのね、女で顔のいいのは性格が悪いと決まってるのに、どうして男だと逆なわけ? 男だろーと女だろーと、顔のいいのは性格がゆがんでるに決まってるじゃない」
「そっかなぁ」
「恐怖のナルシスト。
 これからはナルシストのナルちゃんと呼んでやって」
 だから、中途半端な霊感ぐらいで近づくといじめられるよ、と教えてやろうと思ったのに、振り向いたら黒田女史はいなかった。いつのまにか自分の席にもどって、教科書を広げている。
 あたしがアゼンとしてると、
「あいつ、あんなヤツなのよ」
 ミチルがヒソヒソと言う。
「黒田女史、内進組だっけ?」
 ミチルたちも付属中学からの内進者だ。
「そ。中等部のころから、有名だったんだ。
 神がかって、アブナイって。霊感があるとか言ってさー、これはするなとか、こうしろとかうるさいんだ」
「へー」
 
「まぁ、そこがスゴイって集まってる、とりまきグループもいたけどね」
「……ふうん」
「なんだろーね、あいつ。まさか、渋谷さんに一目ボレじゃないだろーな」
「えーっ!」
 恵子の悲鳴。女史ににらまれて、あわてて口をふさぐ。
 ……黒田女史はよくわからん。
 あんまし、かかわりあいにならないでおこうっと。

     2

 放課後、恵子たちの「ずるい」コールに送られて、あたしは旧校舎に向かった。
 裏手にまわると、昨日と同じ場所にグレー・メタリックのワゴンがとまっていた。その後部席にすわって、なにやらしているナルちゃんの姿が見える。
「こんちはー」
 声をかけると、彼が機械から顔をあげた。
「なにしてんの?」
「昨日集めたデータのチェック」
 へー。よくわからんが、言葉のひびきがすごそうだ。
「何かわかった?」
 ナルちゃんは、棚《たな》に並んでTVの画面に眼をやる。
「とくに異常はないね……」
「異常なし? じゃ、旧校舎に幽霊はいないわけ?」
「さてな。いないのか、今はナリをひそめているのか……。
 どちらにしても、そう危険ではないだろう」
 ……そんな話をしていたときだ。
「へぇ、いっぱしの装備じゃない」
 突然背後から、声をかけられた。あわてて振りかえると、車の側《そば》にハデな女と、とぼけた顔の男が立っていた。
「子供のおもちゃにしては、高級すぎるカンジね?」
 バカにするように、女のほうがニッコリわらう。
「あなたがたは?」
 ナルちゃんがにらむ。
 子供のおもちゃ、と言ったな。ナルシストのプライドにケチをつけると、あとがこわいぞぉ。
 女のほうがナルちゃんをながめる。美人のうちかもしれないが、品がない。なんだか知らないが、キャバいねーちゃんだな。
「アタシは、松崎綾子《まつざきあやこ》。よろしくね」
 真っ赤な唇《くちびる》をゆがめてわらう。
 ナルの冷たい声。
「あなたのお名前には、興味はないんですが」
 綾子さんとやらは、気を悪くしたようだ。
 軽くナルちゃんをにらむ。
「ずいぶん、ナマイキじゃない。
 でもボウヤ、顔はいいわね」
「おかげさまで」
 ……こらこら。
 綾子は肩をすくめて、
「ま、子供じゃ顔がよくてもしょうがないか。ましてや顔で除霊できるわけでもないし」 ナルちゃんの眼光が鋭《するど》くなる。
「同業者……ですか?」
「そんなものかな。――あたしは巫女《みこ》よ」
 巫女? 冗談ダロ?
 しかしこういうとき、ナルちゃんの口は鋭いのだった。
「巫女とは、清純な乙女《おとめ》がなるもんだと思ってました」
 そう言って、あたしでさえ思わず見とれるほど、あでやかな笑顔をつくる。
 おもしろそうにナルちゃんと巫女さんのやりとりを見ていた男が、かすかな笑い声をあげた。
「あら、そう見えない?」
 巫女さんは、はっきりムカついたようだ。眼光鋭くナルちゃんをにらみつけたが、相手が悪かった。
 ナルちゃんは、
「少なくとも、乙女というにはお年をめされすぎだと思いますが」
と、ニッコリ。
 ぱちぱち。おみごと。
 男のほうが、ついにふきだした。
 巫女さんは口元をゆがめる。そら、十代の男のコに「おばん」と言われりゃ、かえす言葉はなかろう。
 大笑いした男が、
「そのうえ、清純と言うには化粧が濃《こ》い」
と得意そうに言ったが、これはデキのいい皮肉じゃないな。口の悪さにかけては、ナルちゃんのほうが上だ。
 しかしこいつら、仲間じゃないのだろーか。
 巫女さんはキッと男を振りかえる。
「あら、もとがいいから濃いように見えるだけよ」
 余裕ありそうに言ってやったが、残念ながら完全に顔がこわばってた。
「とにかく……」
 巫女さんは、ひきつったわらいを浮かべる。
「子供の遊びはこれまでよ。
 あとはあたしにまかせなさい」
 ナルちゃんを見すえる。あざわらう眼。
「校長は、あんたじゃたよりないんですってよ。
 いくらなんでも十七じゃねぇ」
 げ、あの校長、ナルちゃんじゃたよりないってんで、他のゴースト・ハンターをやとったわけか?
 ナルちゃんは、かすかに笑いを浮かべるだけ。
「お手並みを拝見しましょう。
 大先輩のようですから」
 綾子は露骨に顔をしかめてプイッと顔をそむける。
 その横顔に軽蔑《けいべつ》もあわらな一瞥《いちべつ》をくれてから、ナルちゃんは闇色の眼を男に向ける。
「……あなたは? 松崎さんの助手というわけではなさそうですが」
 男は巫女さんより年上だろう。とぼけた眼つきで軽く宙をにらんでから、
「女の助手なんかできるか。
 俺《おれ》は高野山《こうやさん》の坊主《ぼうず》。滝川法生《たきがわほうしょう》ってもんだ」
 高野山のおぼーさん。
 わぁ。なんかカッコイイんじゃない?
 ナルちゃんは、興味なさそうに視線をTVにもどす。
「高野山では長髪が解禁になったんですか?」
 静かに言われて、グッとつまる男。
 あ、たしかに、ぼーさんって、マンガの世界はともかく、ふつーは文字どおり坊主頭だよなぁ。
 男はと言えば、髪があるだけでなく、ボサボサの髪を肩先まで伸ばして、ご丁寧《ていねい》に後ろでくくっている。
 巫女さんが煙草《たばこ》に火をつけて、煙をぼーさんに向けて吹く。
「破戒僧」
「……高野山にいたのは本当なんだぜ。
 今は山を降りてるけど……」
 ぼーさんは、すこしきまりわるげだ。
 そのようすが妙にかわいらしくて、あたしは思わず笑ってしまった。
 ぼーさんと眼が合う。
「大口あけて笑ってる嬢ちゃんは?」
 ……大口なんて……あけてないもん。
「あたしは単なる善良な学生です。
 荷物持ちにやとわれただけで……」
 
「へえ。で、坊やは?」
 ナルちゃんはTVから眼をあげない。ぜーんぜん。おまえたちには興味がない、と全身が言っている。
「校長からお聞きでは? 僕《ぼく》の年までご存じのようですから」
「まぁ、聞いてはいるが、渋谷に事務所を構える心霊調査の専門家」
「補足することはありませんね」
 ぼーさんがニヤリとわらう。
「……仮にも一等地に事務所を構えてるんだから信頼できるだろうと思ったのに、所長があんな子供だなんて、これではサギだと校長が言ってたぜ」
「そうですか」
 ナルちゃんはあくまでもそっけない。
 巫女《みこ》さんはドスッと車にもたれて、
「校長か……。心配性のオヤジ……」
「まったくだ」
「悪霊なんか、すぐに追っ払ってやるわ
 ――そういうわけで、子供の時間は終わり」
 巫女さんはナルを見てわらう。
「そうだといいんですが」
 ナルちゃんは興味なさそうな声。
 ぼーさんのほうまで皮肉な口をきく。
「ま、残念だろうが、子供にはムリな事件さ。
 しかしあの校長も大げさだね。旧校舎ひとつにこれだけの人数を集めるとは」
「まったくね。子供の霊能者に、アタシとあなた……」
 巫女さんはニッコリどくのあるわらいを浮かべた。
「誰《だれ》か一人でよかったのに」
「そう。俺《おれ》だけでよかったんだ」
 ぼーさんもわらう。
「それはどうかしら。
 ところでボウヤ、名前を聞いてもいいかしら?」
「渋谷一也といいますが」
「渋谷一也? ……知らないわねぇ」
「聞いたことがないな。三流だろう」
「言っておくけど、アタシ、滝川法生なんてのも聞いたことがないわよ」
「そりゃ、勉強がたりないねぇ。
 実は俺も、松崎ナントカなんて聞いたことがないんだよなー」
 ……ふ、不毛だ……。
 なんなんだ、こいつらはー。
 しかし、なにかい? ナルちゃんといい、こいつらといい、霊能者ってのは性格の悪いやつばっかりなのか?

     2

 巫女《みこ》さんとぼーさんは本格的に口ゲンカを始めてしまうし、ナルちゃんは我関《われかん》せずという感じで機械をいじってるし、ヤレヤレと思ってグラウンドを眺《なが》めたら、制服姿の女のコがこちらに近づいてくるのが眼に入った。
 わ。黒田女史だ。
 ひえー、本当に来たんだー。
 黒田女史はあたしを見るなり、軽く手をあげた。
「谷山さん」
 うー。女史はニガテだよー。
 黒田女史は車の中を見やってから、言い合いしている巫女さんとぼーさんを見くらべた。
「この人たちは?」
「旧校舎を調査に来たひとたち。
 校長がかき集めたみたいよ。
 巫女さんと、お坊さんだって」
「そう……」
 当の二人が、黒田女史に気がついて振りかえる。女史は会釈《えしゃく》をしてから、「旧校舎の除霊にきたんですか?」
 巫女さんの値ぶみするような眼。
「そうだけどぉ?」
 女史は笑顔をつくった。
「ああ、よかったわ。旧校舎は悪い霊の巣で、わたし、困ってたんです」
 巫女さんは黒田女史をねめつける。
「あんたが……どうしたって?」
「わたし、霊感が強くて……それで、すごく悩まされて……」
「自己顕示欲《けんじよく》」
「……え?」
「めだちたがりね、あんた。そんなに自分に注目してほしい?」
 黒田女史ひるんだ。あたしは思わず、
 「そういう言い方はないでしょう?」
「本当のことよ。そのコ、霊感なんてないわよ」
「なんでわかるんですか」
「見ればわかるわ」
「……そんな!」
「そのコはただめだちたいだけよ。つきあうとバカを見るわ」
 巫女《みこ》さんは見下した眼で女史をながめてからそっぽを向いた。
 女史が能面のようなわらいを浮かべる。
「……あたしは霊感が強いの。
 霊を呼んで、あなたに憑《つ》けてあげるわ」
「黒田さん!」
「……本当に強いんだからね……」
 女史の眼はすわってる。これは、ヤバイ。ぞっとするような眼つき。
「……ニセ巫女。今に後悔するわ」
「……楽しみにしてるわ」
 にらみえかえす巫女さん。
 黒田女史はフイッと踵《きびす》をかえすと、グラウンドのほうに駆《か》けて行った。

     3

 事態は混迷する。
 とりあえず、あたしはぼーさんと巫女さんを無視することに決めた。かかわってらんないよ、あんな性格の悪いやつら。
 それで、
「ところで、ナルちゃん、今日はあたし、何をすればいいの?」
 ナルちゃんが、少し驚いたようにあたしを振りかえる。
「いま……なんて言った?」
「なにが?」
「おまえ、『ナル』って言わなかったか」
 おっと、しまった。口がすべっちまったぜい。
「ごめん、ちょっとしたミス」
「どこで聞いた?」
「おや? ひょっとしてナルってゆーんだ、ニックネーム」
 ナルちゃんは、えも言われぬ表情をする。
「誰《だれ》でも考えつくのねー。
 ナルシストのナルちゃん」
 へっへっへっ。一本とった気分だぞー。
「はぁ?」
「まーまー。それより、なにをするの」
 
「そうだな……これといって反応がないんで、次の手の打ちようがないんだが……」
 考えこんでから、
「麻衣の先輩の……」
「あー、ひとのこと、呼び捨てにしたー」
「……おまえもさっき言ったろうが」
「でもー」
「麻衣の先輩が人影を見た教室がどこだかわかるか?」
「あたしの先輩じゃありませーん。ミチルの先輩の友達でーす」
 おちゃらけたら、ナルににらまれた。
「どっちでもいい。わかるか?」
「二階。一番西の壊れかけた教室だって言ってた」
「よし。そこに機材を置いてみよう。
 動きがあるといいが……」
 ナルちゃんが言いながら立ちあがる。車を降りて、旧校舎に向かおうとしたら、ふたたび人影。
 もー、今度はなんだよー。
 そう思ったら、なんと事態の元凶、校長の姿が見えた。
 一般に校長はタヌキ、教頭はキツネと言われるが、うちの場合もそうだ。校長はタヌキに似ている。
 校長が何の用だろう、と思っていると、その横にもう一人、人影が見える。
「ちょっと、校長の横にいるの、何者よ」
 巫女《みこ》さんがつぶやく。
「まさか……もう一人の霊能者……ってんじゃねえだろうな」
 それだ。あたしも人影を見たとたん、いやーな予感がしたんだよなー。
 これ以上性格の悪いやつがふえたら、あたしはおりるぞ。
 校長は横の人物と、なにやら話しながらやってくる。
 小さな影。学生だろうか、若そうだ。
 そして……お? き、金髪だっ。
 なんと、ガイジンさんではないかっ!
 校長があたしたちに気がついた。タヌキじみた笑顔をつくって、
「やあ、おそろいですな」
 ニコヤカな声。
 足早にやって来ると、
「もうひと方、お着《つ》きになりましてね。
 紹介しましょう」
 ……うえー。やっぱり霊能者だぁ……。
 ガイジンさんはふけて見えると、俗に言う。すると……。あたしは、ガイジンさんを見ながら思った。ひょっとしたら、十二、三かもしれない。男のコだろーか、女のコだろーか。ガイジンさんにしては、背が低いな。あたしと同じらいしかない。きっとまだ子供なんだな。
 校長がお月サマみたいにわらう。
「ジョン・ブラウンさん。
 どうか、みなさんで仲よくやってくださいよ」
 ……転校生じゃねーって、どんな紹介の仕方だ。
 でも、ジョンっというのは、男の名前だよなぁ。ということは、少年であったか。うーん、かわいいなぁ。
 ブラウン少年は、深々と頭を下げた。
「もうかりまっか」
 …………?
 い……いまの、エイゴかなぁ。あたし、ニガテだから、よくわかんなかったやー。
 巫女《みこ》さんもぼーさんも、ナルまでもがキョトンとしている。
「ブラウンいいます。かわいがっとくれやす」
 ……へ……へんだなー。日本語に聞こえるやー。それもかなり偏《かたよ》った日本語……。
 校長が苦笑、としか言いようのない表情を浮かべた。
「その……ブラウン君は、関西のほうで日本語を学んだようで……」
 ぼーさんがふきだした。巫女さんもそれに続く。笑っちゃ悪いよ、ガイジンさんなんだもん、これだけしゃべれるなんて、すごいんだからぁ……ぷくくく。
 ブラウン少年は、対応に困っている。その困惑した顔が金髪で真っ青な瞳《ひとみ》で、いかにもガイジンさんしてるので、かえって笑えてしまう。ご……ごめんね。あははっ。
 校長は困ったようにあたしたちをながめたあと、
「それじゃ、そういうことで……」
 なんて言って、さっさと引きかえしてしまった。
 ブラウン少年がその背に向かって、
「おおきにさんどす」
 などといったので、あたりは本格的な笑いの渦《うず》につつまれてしまった。
 ナルちゃんは笑わない。少し硬《かた》い表情で、
「ブラウンさん? どちらからいらしたんですか?」
「わてはオーストラリアから、おこしやしたのどす」
 ……うわぁぁ。言葉がムチャクチャだぁ。
 悪いけど、笑いが止まらないよー。
 ブラウン少年は、あたしたちを困ったように見渡して、
「わてのニホンゴ、なんぞ、変どすやろか」
 ナルが苦笑する。
「かなり」
 ブラウン少年はタメ息をついた。
「ニホンゴはむずかしおす、どすなぁ」
「おいっ、ボウズ!」
 大声をあげたのは、ぼーさんだ。ぼーさんが「ボウズ」なんか言うと、変だなー。
「たのむから、その変な京都弁はやめてくれ」
「せやけど、丁寧《ていねい》な言葉ゆうたら、京都の言葉とちがうのんどすか」
「誰《だれ》だよ! こいつに日本語を教えたのは!」
 ぼーさんは笑いすぎて肩で息をしている。
「いいか? 京都弁は方言の一種。
 悪いことは言わないからやめろ。な?
 それじゃ漫才だよ」
「はぁ」
 ブラウン少年はうなずいて、
「そやったら、なかようにいかせてもらいますです。
 あんさんら、全部が霊能者でっか?」
 ……やっぱり、なんか変だよー。
 ナルが答える。
「まぁ、そんなもの。
 彼女は松崎さん、巫女《みこ》をしておられる。
 彼が滝川さん。前には高野山《こうやさん》におられたそうだ」
「あんさんは?」
「ゴースト・ハンター……」
「ああ! せやったら、車の中の機材は、あんさんのものですか? ごっつうえらい装備やなーと思うたんです」
「君は?」
「へぇ。わては、いわゆるエクソシスト、ちゅーやつでんがな、です」
「エクソシスト?」
 巫女《巫女》さんもぼーさんも、ピタリと笑いやんだ。強敵を見る眼でブラウン少年に視線を集める。
「たしかあれは、カトリックの司祭以上でないとできないと思っていたが……。
 ずいぶん若い司祭さんだね」
「ハイ。ようご存じで。
 せやけど、わてはもう十九でんがな、です。若《わこ》う見られてかなんのです」
 だめだ、これは笑いをとってるわ。
 にしても、十九……。ナルより年上かー? えらく童顔のガイジンさんだなー。
「その『わて』というのは、やめたほうがいいね」
 ナルがふたたび苦笑する。
 
「僕《ぼく》、もしくは、わたし。『あんさん』もやめるべき。あなた、とか」
 ブラウン少年、もとい、ブラウンさんがうなずいた。
「ハイ。おおきに。
 せや、あなたは、お名前は?」
「渋谷一也」
「渋谷さん。あんじょうたのみます、です」
 ナルは軽く会釈《えしゃく》だけして、あたしを振りかえる。
「麻衣。仕事にかかろう」
「はーい」

     3

 ナルちゃんが旧校舎に向かうと、全員がなぜだかゾロゾロとついてきた。
 実験室では機械が自動的に作業を続けている。無機的な音が教室に満ちていた。
「こいつは……」
 ぼーさんが感動したような声をあげて絶句する。
「これだけの機材をよく集めたな」
 ナルは無視。巫女《みこ》さんは鼻先でわらう。
「関係ないわ。
 もうボウヤの出る幕じゃないわよ。荷物をまとめて帰る準備をすれば?」
 ナルちゃんはキッパリ巫女《みこ》さんを無視する。
 巫女さんはムキになる。
「これだけの機械を集めてムダ骨なんて、ご苦労様ね」
 いじわるく言うと、ぼーさんが、
「そりゃ、失礼だよ、キミィ。
 いやあ、俺《おれ》は見直しましたよ。仮にもこれだけの機材を持ってる事務所の所長さんだからなー。こりゃ、有能にちがいないや。」
 イヤミな口調。
 ナルが振りかえる。あまりにも冷ややかな眼。
「……あなたがたは、旧校舎の除霊に来たのでは? それともあそびに来たんですか?」 巫女さんがつまる。
 クルッと背を向けて、
「これだから子供はイヤなのよ。
 どーせ地霊かなんかなのに、大騒《さわ》ぎしちゃって」
 聞こえよがしに言って姿を消した。ぼーさんも肩をすくめて実験室を出る。
「君は?」
 ナルはブラウンさんに眼をやる。ブラウンさんは困ったようだ。
「……協力するのと、ちがうんですか」
「そういう状況ではなさそうだね」
「わて、……ボク、こういう雰囲気《ふんいき》は、かなんのです。ボクはできるだけ協力しますよって、ここにいてもよろしやろか」
「どうぞ」
 そっけなく言って、ナルはコンピュータをいじる。
 積みあげた十個近くあるテレビの画面が変わる。あたしの眼の前のテレビに映っているのは、一階の廊下《ろうか》だ。
 画面の端にはなんだかわからない数字のられつ。刻々と変わっていく。
 他には玄関が一つ。二階と一階の廊下が一つずつ。あと、わけのわかんない青や黄色のまだら模様のがいくつか。
「これ、なに?」
 ナルちゃんの不快そうな眼。
 聞いたらへるのかよっ。
 答えてくれたのは、ブラウンさんだ。
「サーモ・グラフィー、ぢかうかな、です。
 ……温度を眼に見えるようにする機械です」
「へー」
 まぁ、霊能者の一種なのに、なんて親切な。
(あたしは完全に、霊能者は性格が悪いという偏見をいだいたぞー。)
 ブラウンさんは、画面を指さして、
「こういう黄色いところは、温度が高いです。反対に青っぽいところは低いです」
 ふうん。まだら模様だ。ヘンなのー。
「ありがと。ブラウンさんは親切ね」
 ナルにあてつけるように言ってやった。
 ブラウンさんはちょっと赤くなった。
「そんな……。それより、アナタのお名前、聞いてへんかったですね。アナタは渋谷さんのアシスタントでっかです?」
「うん、そんなもの。谷山麻衣です」
「ボクはジョンと呼んどくれやす。よろしゅうに、です」
 ……やっぱり、なんか変な日本語だなー。
 視線をTVにもどすと、画面の中にぼーさんが現れたところだった。
 ぼーさんは、あたりを見まわしながら廊下《ろうか》を奥へ歩く。
 別のTVには、巫女《みこ》さんが歩いているのが映っている。
 そして別のTVには……。
 玄関の映像、暗い土間。黒々とした影を落とす靴《くつ》箱の列。その間に人の影。
「ナル!」
 あたしは玄関が移っているTVを指す。
 靴箱の間の暗がりに立って、何かを見透かすように上を向いている着物姿の少女……。
 まるで日本人形が立ってるみたいだ。肩で切りそろえた黒髪。あたしと同じ年頃だろうか。淡い桜色の着物。
 少女はあらぬ方向を見つめながら、すべるように歩く。そうして画面の端から出て行った。
「い、……今の、何なの?」
 ナルは答えず、立ちあがってドアを振り向く。表情に変化はない。
 実験室のドアが開いた。
 暗がりに等身大の人形が立っている。
「……!」
 悲鳴が出そうになる。
 ジョンがあたしの肩をやさしく叩《たた》く。
「ダイジョウブ、麻衣さん、あれは幽霊やないです」
 え?
 ナルが苦《にが》いわらいをもらす。
「校長はよほど工事をしたいらしいですね。
 あなたまで引っ張り出すとは……」
 彼女は表情を変えない。
「知り合い?」
「いや。でも顔は知ってる。有名人だから」
「だれ?」
 あたしはナルに聞いたのに、
「あたくしのことでしたら、自分で申しあげますわ」
 お人形さんが、紅《あか》い小さな口を開いた。
「原真砂子《はらまさこ》と申しますの」
「誰?」
 知らないよー。ナルがタメ息をつく。
「有名な霊媒師《れいばいし》。口寄せがうまい。たぶん、日本では一流」
「口寄せって?」
「無知」
「あのねー」
 今度も、助け舟を出してくれたのはジョンだった。
「霊を呼んで、話をさせるんですのや、です
 自分の口をつかうです」
 
「へ? ああ、よくTVでやってるやつね?
 霊能者が、霊のかわりにしゃべるやつ」
「ハイ」
 ナルちゃんが、霊媒さんに深い色の眼を向ける。
「あなたの見立てはいかがですか、原さん?」
 霊媒さんはお人形のような首をかしげた。
「さぁ……。あなたは? 霊能者には見えませんけれど……」
「ゴースト・ハンターです。渋谷と申しますが」
 ……なんだナルちゃん、ひょっとしてメンくいか? ずいぶんあたしたちに対するときと、態度がちがうじゃないか。
 霊媒さんは、不思議そうにナルちゃんを見つめる。
「あたくし、どこかでお会いしたことがあったかしら?」
 おや、ナンパの常套句《じょうとうく》。
「初めてお目にかかると思いますよ」
「……そう……?」
 言って彼女は濡《ぬ》れたような黒眼がちの瞳《ひとみ》を、機材の山に向ける。
「……霊はいないと思いますわ。
 校長先生は、たいへん恐《おそ》れておいででしたけど。何もないわ。霊の気配は感じませんもの」
「そうですか……」
 ナルは考えこむようすをした。
 ……校長先生はそんなに工事をしたいんだろうか。そんなにこの旧校舎がこわいんだろうか。
 ゴースト・ハンターに巫女《みこ》、坊主《ぼうず》に神父。そして霊媒《れいばい》。よくもこれだけ集めたもんだ、と思う。旧校舎の怪談のために。
 しかし、こいつら、……本当に役にたつのかね?

 そのときだった。
 建物のどこからか、激しく何かを叩《たた》く音。女の叫び声。
 あたしたちはハッとする。
「松崎さんの声とちがうやろか……」
と、ジョン。
 ナルが教室を飛び出す。あたしたちもあとに続いた。

 実験室を出たところでぼーさんに会う。
「なんだ、今の声は!?」
「わからない、一階のようだったけど」
 廊下《ろうか》を見渡す。実験室があるのとは反対側、一階西側の教室から巫女《みこ》さんが助けを呼ぶ声が聞こえた。
「どうした!?」
 ナルが真っ先に教室の扉《とびら》に手をかける。力をこめるが開かない。
 中から巫女さんがドアを叩《たた》く。
「開けて! ちょっと、開けてよ!?」
 ナルとぼーさんがドアを引く。ドアは大きくたわむけれど動かない。
「蹴やぶろう」
 ぼーさんが宣言して中に声をかける。
「綾子! そこをどいてろ!」
「なによ! 簡単に呼び捨てにしないで!」
 ……余裕あるじゃないか。
 ぼーさんが体重を乗せてドアを蹴る。メキッと木が折れる音。もう一度蹴ると、ドアが内側に倒れた。
 中には巫女さんが青い顔をして立っている。
「何があった?」
 ナルの静かな声。
「わからないわ……。中を見てたら、いつのまにかドアが閉まってて、開かなくなったのよ」
「自分で閉めたんじゃねぇのか?」
「ちがうわよ!」
 言い合うところに割ってはいったのは真砂子の声だった。

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责任编辑:Mashimaro

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