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悪霊シリーズ第1巻 悪霊がいっぱい
作者:    出处:咖啡日语    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

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「今日はまだしない」
 言いながら、五台のテープレコーダーにテープをセットしていく。テープはカセットじゃなくて、リールに巻いたやつだ。
「霊がいるとしたらどの程度のやつか、確かめてからでなければ、泊まりこみはしない」「石橋を叩《たた》いて渡るタイプなんだー」
「あ?」
「用心深いのね」
「当然だ。ホーンテッド・ハウス……幽霊屋敷には、とてつもなく危険なやつがある。下手《へた》に手出しをすると取りかえしがつかない」
「脅《おど》かさないでよ。……これは?」
 あたしは、ビデオにしてはえらくゴツイ機械を示した。
「おまえとは話をしたくない」
「いいよ、そんなら。
 そのかわり、無知からとんでもないミスをするかもね」
 言いながらあたしは足を振りあげる。
「おっと、このビデオみたいなのは踏み台かな?」
 踏んでやるぞー。
 ナルちゃんが、ため息をついた。
 勝った。と、あたしは思った。
「赤外線カメラ。聞かれる前にいっとくけど、こっちはサーモ・グラフィー、これが超高感度カメラ」
「ほー」
「さらに言っといてやるけど」
「うるさい」
「赤外線カメラは暗いところを撮影するのに使う。超高感度カメラもだ。サーモ・グラフィーは熱感カメラと言って、温度を映《うつ》すカメラだ」
「へぇ……」
「ついでに教えとくが、サーモ・グラフィーでは温度を調べる。霊が現れると、そこだけ温度が低くなるんだ」
「はいはい」
「わかったか? わかったらそのくだらん質問をやめてとっとと働け!」

     5

 機械を棚《たな》に収め終わると、ナルちゃんが配線をする。その間あたしは温度計を各教室に置いて来るよう命じられた。
 気味が悪いのでイヤだったけど、ナルちゃんに逆らうのはもっと勇気がいる。しょうことなく温度計を置いてまわったあと、こんどはそれで測った温度をボードに書きこんでいく。
 明るくなかったらとてもできない作業だ。
 あたしが、けなげにも恐怖と闘《たたか》いながら記録をとったボード。それを見ながらナルちゃんは、
「異常はないな……特に低い場所はない。
 強《し》いて言えば、一階の奥の部屋が低いが、問題になるほどの温度じゃない……」 実験室はもはや科学研究所の様相を呈《てい》している。棚《たな》の上や机の上に積みあげられたTVや機械。
 あたしはナルちゃんに質問した。
「ねぇ? 霊が出る場所は温度が低くなるっていったよね? じゃ、幽霊はいないってこと?」
「まだわからない。幽霊はシャイだから」
「はー?」
「心霊現象は、部外者が来るとナリをひそめるのが普通なんだ」
「へぇぇ」
「……とにかく、これじゃあ、ターゲットの決めようがないな。とりあえず、一階と二階の廊下《ろうか》に四台、玄関に一台、暗視カメラを置いてみよう」
 うぇぇ……。まだ作業があるのか……。

 あたしはナルちゃんを手伝って、ビデオカメラを設置する。やけに大きいカメラだ。
 二階の廊下と一階の廊下。西と東に三脚を置いてすえつける。
 それが終わってからやっと、
「お疲れ。もう帰っていいぞ」
「ホント?」
「おまえさんにやってもらうことは、終わった。僕《ぼく》も出る。完全に陽《ひ》が落ちる前に」
 ほー。用心深いこと。
「機械は? このままほっといていいの?」
「かまわない。あとはカメラが自動的にやってくれる」
 へー。
「なんか、霊能者って雰囲気《ふんいき》じゃないねぇ」
「あたりまえだ」
「だって、幽霊退治……って」
 
「ゴースト・ハンター。霊能者と一緒にしてもらっては困る」
 あー、そーかい。
 なんのことやら。どーせれ霊能者の一種だろーに。
 いいかげん、ナルちゃんと根性の悪い会話をするのにも疲れたので、あたしはただ手をあげる。
「んじゃ、お先」
 もー、手やら腰やらが痛いよー。
 ナルちゃんの声が背中から追いかけてきた。
「明日の放課後、車のところに」
 げっ。こいつ、明日もこき使うつもりか。


三章 暴風雨警報


     1

 翌朝も、おそろしくいい天気だった。
 今日は金曜で、いよいよ週末は近いし、天気はいいし、いつものあたしなら完全にハイになってるところだ。
 なのに気が重いわ。あいつのせいだ。あのナルシストのっ。
 せっかくの花金に、なんで幽霊退治の手伝いなんかしなくちゃいけないんだよぉ。
 あーあ、あたしは不幸だ……。
 ちっ、桜の白さが眼にしみちゃうわ。
「麻衣ーっ」
 校門を入ったとたん、いきなりすごい勢いで恵子に背中を突《つ》き飛ばされた。
「……なんなんだよ、おまえは。
 朝もはよから、ケンカをうる気か?」
「おはよ。ねぇ、渋谷さんの話って、何だったの?」
「ははん、それが気になってあたしを待ち伏せしてたわけ?」
「そうだよっ。ねぇ、何だったの?」
 ふふふん。どーしよーかな。教えてやろうか。いや、それはもったいない。
 それであたしは、意味ありげに微笑《ほほえ》んでやった。恵子のぎょっとした表情。「まさかー」
「ひ・み・つ(ハート)」
 へっへっへっ。ハートマークなんか飛ばしちゃうゼ。あたしを思いっきり突《つ》き飛ばした罰《ばつ》だ。しばらく気をもんでな。

 しかしまぁ、それも長くは続かなかった。HRの前に、恵子のうらみがましい声と、ミチルの凶暴な声と、祐梨《ゆうり》の無言の圧力に負けて、あたしは真相を白状した。
「……なーんだ……」
 ホッとした表情の恵子。ミチルが身を乗り出す。
「じゃ、渋谷さんって、転校生じゃないの?」
「ちがう。単なるウソツキ」
「そうなのかぁ……」
 祐梨がしょんぼりした声を出すと、ミチルは手を振って、
「落胆するのは早い。
 この高校の人間じゃないってことは、つまり……」
 恵子があとを続ける。
「ライバルがいない!」
「そうっ!」
 やったー、なんてウカレてるけど、こいつらバカか。この学校にいなくても、他の場所にいるかもしれないじゃん。この学校にいれば、足を引っ張ったり、蹴落《けお》としたりできるが、見たことも聞いたこともない人間をライバルにもって、どーやって闘《たたか》うんだ?
「ちょっと、谷山さん」
 いきなり声をかけてきたのは、昨日と同じく黒田女史だった。
「おはよー。なんでしょーか」
「あのひと、霊能者なの?」
「ちがうそーです」
「だって、旧校舎を調べに来たって、今、言ってたじゃない」
 ……うーん、こういうのは立ち聞きの一種じゃないのかな?
 そう思ったけど、いちおう答えてやった。
「霊能者じゃなくて、ゴースト・ハンターだそーです」
「ゴースト・ハンター?」
 黒田女史が眉《まゆ》をひそめるのと同時に、恵子たちがあたしの制服を乱暴に引っ張る。
「ねぇ、それって、なによー」
「くわしくは知らん。
 幽霊退治ぐらいの意味だそーな」
「霊能者とどうちがうわけ?」
「だから、知らねーって。
 でも、ビデオカメラとか、高価な機械を山のように持ってたぞ。ちょっと、霊能者ってムードじゃなかったな」
「へー」
 黒田女史はしばらく考えこんだあと、
「谷山さん、あのひとに紹介してくれない?」
「は?」
 どーゆーことかなー?
「ホラ、あたしにも霊能力があるじゃない?
 何かお手伝いできるかもしれないわ」
 ミチルがかすかに不満の声をあげた。
 あたしは答える。
「でも……黒田さん、彼にはもう会ってるでしょ? いまさら紹介なんて、必要ないじゃないですか。放課後、旧校舎に行けば会えますよ」
「それはわかってるわ、でも……」
「あんまし、あいつとはかかわらないほうがいいんじゃないかなー」
「あら、どうして?」
 黒田女史の声にはトゲがある。
「素人《しろうと》と話をするのはきらいだそーです」
「わたし、あなたほど素人じゃないわ」
「はー。でも、ナルちゃんはプロだから。
 ちゃんと事務所を持ってるくらいだし」
「麻衣っ」
 ミチルがあたしのえりくび引っ張る。
「ナルちゃん、ってなによ、親しそーに」
「ナルシストのナルちゃん。
 言っとくけど、あいつに夢を持ってるとガッカリするぞ。すっげー性格、悪いから」
「あの顔で?」
「あのね、女で顔のいいのは性格が悪いと決まってるのに、どうして男だと逆なわけ? 男だろーと女だろーと、顔のいいのは性格がゆがんでるに決まってるじゃない」
「そっかなぁ」
「恐怖のナルシスト。
 これからはナルシストのナルちゃんと呼んでやって」
 だから、中途半端な霊感ぐらいで近づくといじめられるよ、と教えてやろうと思ったのに、振り向いたら黒田女史はいなかった。いつのまにか自分の席にもどって、教科書を広げている。
 あたしがアゼンとしてると、
「あいつ、あんなヤツなのよ」
 ミチルがヒソヒソと言う。
「黒田女史、内進組だっけ?」
 ミチルたちも付属中学からの内進者だ。
「そ。中等部のころから、有名だったんだ。
 神がかって、アブナイって。霊感があるとか言ってさー、これはするなとか、こうしろとかうるさいんだ」
「へー」
 
「まぁ、そこがスゴイって集まってる、とりまきグループもいたけどね」
「……ふうん」
「なんだろーね、あいつ。まさか、渋谷さんに一目ボレじゃないだろーな」
「えーっ!」
 恵子の悲鳴。女史ににらまれて、あわてて口をふさぐ。
 ……黒田女史はよくわからん。
 あんまし、かかわりあいにならないでおこうっと。

     2

 放課後、恵子たちの「ずるい」コールに送られて、あたしは旧校舎に向かった。
 裏手にまわると、昨日と同じ場所にグレー・メタリックのワゴンがとまっていた。その後部席にすわって、なにやらしているナルちゃんの姿が見える。
「こんちはー」
 声をかけると、彼が機械から顔をあげた。
「なにしてんの?」
「昨日集めたデータのチェック」
 へー。よくわからんが、言葉のひびきがすごそうだ。
「何かわかった?」
 ナルちゃんは、棚《たな》に並んでTVの画面に眼をやる。
「とくに異常はないね……」
「異常なし? じゃ、旧校舎に幽霊はいないわけ?」
「さてな。いないのか、今はナリをひそめているのか……。
 どちらにしても、そう危険ではないだろう」
 ……そんな話をしていたときだ。
「へぇ、いっぱしの装備じゃない」
 突然背後から、声をかけられた。あわてて振りかえると、車の側《そば》にハデな女と、とぼけた顔の男が立っていた。
「子供のおもちゃにしては、高級すぎるカンジね?」
 バカにするように、女のほうがニッコリわらう。
「あなたがたは?」
 ナルちゃんがにらむ。
 子供のおもちゃ、と言ったな。ナルシストのプライドにケチをつけると、あとがこわいぞぉ。
 女のほうがナルちゃんをながめる。美人のうちかもしれないが、品がない。なんだか知らないが、キャバいねーちゃんだな。
「アタシは、松崎綾子《まつざきあやこ》。よろしくね」
 真っ赤な唇《くちびる》をゆがめてわらう。
 ナルの冷たい声。
「あなたのお名前には、興味はないんですが」
 綾子さんとやらは、気を悪くしたようだ。
 軽くナルちゃんをにらむ。
「ずいぶん、ナマイキじゃない。
 でもボウヤ、顔はいいわね」
「おかげさまで」
 ……こらこら。
 綾子は肩をすくめて、
「ま、子供じゃ顔がよくてもしょうがないか。ましてや顔で除霊できるわけでもないし」 ナルちゃんの眼光が鋭《するど》くなる。
「同業者……ですか?」
「そんなものかな。――あたしは巫女《みこ》よ」
 巫女? 冗談ダロ?
 しかしこういうとき、ナルちゃんの口は鋭いのだった。
「巫女とは、清純な乙女《おとめ》がなるもんだと思ってました」
 そう言って、あたしでさえ思わず見とれるほど、あでやかな笑顔をつくる。
 おもしろそうにナルちゃんと巫女さんのやりとりを見ていた男が、かすかな笑い声をあげた。
「あら、そう見えない?」
 巫女さんは、はっきりムカついたようだ。眼光鋭くナルちゃんをにらみつけたが、相手が悪かった。
 ナルちゃんは、
「少なくとも、乙女というにはお年をめされすぎだと思いますが」
と、ニッコリ。
 ぱちぱち。おみごと。
 男のほうが、ついにふきだした。
 巫女さんは口元をゆがめる。そら、十代の男のコに「おばん」と言われりゃ、かえす言葉はなかろう。
 大笑いした男が、
「そのうえ、清純と言うには化粧が濃《こ》い」
と得意そうに言ったが、これはデキのいい皮肉じゃないな。口の悪さにかけては、ナルちゃんのほうが上だ。
 しかしこいつら、仲間じゃないのだろーか。
 巫女さんはキッと男を振りかえる。
「あら、もとがいいから濃いように見えるだけよ」
 余裕ありそうに言ってやったが、残念ながら完全に顔がこわばってた。
「とにかく……」
 巫女さんは、ひきつったわらいを浮かべる。
「子供の遊びはこれまでよ。
 あとはあたしにまかせなさい」
 ナルちゃんを見すえる。あざわらう眼。
「校長は、あんたじゃたよりないんですってよ。
 いくらなんでも十七じゃねぇ」
 げ、あの校長、ナルちゃんじゃたよりないってんで、他のゴースト・ハンターをやとったわけか?
 ナルちゃんは、かすかに笑いを浮かべるだけ。
「お手並みを拝見しましょう。
 大先輩のようですから」
 綾子は露骨に顔をしかめてプイッと顔をそむける。
 その横顔に軽蔑《けいべつ》もあわらな一瞥《いちべつ》をくれてから、ナルちゃんは闇色の眼を男に向ける。
「……あなたは? 松崎さんの助手というわけではなさそうですが」
 男は巫女さんより年上だろう。とぼけた眼つきで軽く宙をにらんでから、
「女の助手なんかできるか。
 俺《おれ》は高野山《こうやさん》の坊主《ぼうず》。滝川法生《たきがわほうしょう》ってもんだ」
 高野山のおぼーさん。
 わぁ。なんかカッコイイんじゃない?
 ナルちゃんは、興味なさそうに視線をTVにもどす。
「高野山では長髪が解禁になったんですか?」
 静かに言われて、グッとつまる男。
 あ、たしかに、ぼーさんって、マンガの世界はともかく、ふつーは文字どおり坊主頭だよなぁ。
 男はと言えば、髪があるだけでなく、ボサボサの髪を肩先まで伸ばして、ご丁寧《ていねい》に後ろでくくっている。
 巫女さんが煙草《たばこ》に火をつけて、煙をぼーさんに向けて吹く。
「破戒僧」
「……高野山にいたのは本当なんだぜ。
 今は山を降りてるけど……」
 ぼーさんは、すこしきまりわるげだ。
 そのようすが妙にかわいらしくて、あたしは思わず笑ってしまった。
 ぼーさんと眼が合う。
「大口あけて笑ってる嬢ちゃんは?」
 ……大口なんて……あけてないもん。
「あたしは単なる善良な学生です。
 荷物持ちにやとわれただけで……」
 
「へえ。で、坊やは?」
 ナルちゃんはTVから眼をあげない。ぜーんぜん。おまえたちには興味がない、と全身が言っている。
「校長からお聞きでは? 僕《ぼく》の年までご存じのようですから」
「まぁ、聞いてはいるが、渋谷に事務所を構える心霊調査の専門家」
「補足することはありませんね」
 ぼーさんがニヤリとわらう。
「……仮にも一等地に事務所を構えてるんだから信頼できるだろうと思ったのに、所長があんな子供だなんて、これではサギだと校長が言ってたぜ」
「そうですか」
 ナルちゃんはあくまでもそっけない。
 巫女《みこ》さんはドスッと車にもたれて、
「校長か……。心配性のオヤジ……」
「まったくだ」
「悪霊なんか、すぐに追っ払ってやるわ
 ――そういうわけで、子供の時間は終わり」
 巫女さんはナルを見てわらう。
「そうだといいんですが」
 ナルちゃんは興味なさそうな声。
 ぼーさんのほうまで皮肉な口をきく。
「ま、残念だろうが、子供にはムリな事件さ。
 しかしあの校長も大げさだね。旧校舎ひとつにこれだけの人数を集めるとは」
「まったくね。子供の霊能者に、アタシとあなた……」
 巫女さんはニッコリどくのあるわらいを浮かべた。
「誰《だれ》か一人でよかったのに」
「そう。俺《おれ》だけでよかったんだ」
 ぼーさんもわらう。
「それはどうかしら。
 ところでボウヤ、名前を聞いてもいいかしら?」
「渋谷一也といいますが」
「渋谷一也? ……知らないわねぇ」
「聞いたことがないな。三流だろう」
「言っておくけど、アタシ、滝川法生なんてのも聞いたことがないわよ」
「そりゃ、勉強がたりないねぇ。
 実は俺も、松崎ナントカなんて聞いたことがないんだよなー」
 ……ふ、不毛だ……。
 なんなんだ、こいつらはー。
 しかし、なにかい? ナルちゃんといい、こいつらといい、霊能者ってのは性格の悪いやつばっかりなのか?

     2

 巫女《みこ》さんとぼーさんは本格的に口ゲンカを始めてしまうし、ナルちゃんは我関《われかん》せずという感じで機械をいじってるし、ヤレヤレと思ってグラウンドを眺《なが》めたら、制服姿の女のコがこちらに近づいてくるのが眼に入った。
 わ。黒田女史だ。
 ひえー、本当に来たんだー。
 黒田女史はあたしを見るなり、軽く手をあげた。
「谷山さん」
 うー。女史はニガテだよー。
 黒田女史は車の中を見やってから、言い合いしている巫女さんとぼーさんを見くらべた。
「この人たちは?」
「旧校舎を調査に来たひとたち。
 校長がかき集めたみたいよ。
 巫女さんと、お坊さんだって」
「そう……」
 当の二人が、黒田女史に気がついて振りかえる。女史は会釈《えしゃく》をしてから、「旧校舎の除霊にきたんですか?」
 巫女さんの値ぶみするような眼。
「そうだけどぉ?」
 女史は笑顔をつくった。
「ああ、よかったわ。旧校舎は悪い霊の巣で、わたし、困ってたんです」
 巫女さんは黒田女史をねめつける。
「あんたが……どうしたって?」
「わたし、霊感が強くて……それで、すごく悩まされて……」
「自己顕示欲《けんじよく》」
「……え?」
「めだちたがりね、あんた。そんなに自分に注目してほしい?」
 黒田女史ひるんだ。あたしは思わず、
 「そういう言い方はないでしょう?」
「本当のことよ。そのコ、霊感なんてないわよ」
「なんでわかるんですか」
「見ればわかるわ」
「……そんな!」
「そのコはただめだちたいだけよ。つきあうとバカを見るわ」
 巫女《みこ》さんは見下した眼で女史をながめてからそっぽを向いた。
 女史が能面のようなわらいを浮かべる。
「……あたしは霊感が強いの。
 霊を呼んで、あなたに憑《つ》けてあげるわ」
「黒田さん!」
「……本当に強いんだからね……」
 女史の眼はすわってる。これは、ヤバイ。ぞっとするような眼つき。
「……ニセ巫女。今に後悔するわ」
「……楽しみにしてるわ」
 にらみえかえす巫女さん。
 黒田女史はフイッと踵《きびす》をかえすと、グラウンドのほうに駆《か》けて行った。

     3

 事態は混迷する。
 とりあえず、あたしはぼーさんと巫女さんを無視することに決めた。かかわってらんないよ、あんな性格の悪いやつら。
 それで、
「ところで、ナルちゃん、今日はあたし、何をすればいいの?」
 ナルちゃんが、少し驚いたようにあたしを振りかえる。
「いま……なんて言った?」
「なにが?」
「おまえ、『ナル』って言わなかったか」
 おっと、しまった。口がすべっちまったぜい。
「ごめん、ちょっとしたミス」
「どこで聞いた?」
「おや? ひょっとしてナルってゆーんだ、ニックネーム」
 ナルちゃんは、えも言われぬ表情をする。
「誰《だれ》でも考えつくのねー。
 ナルシストのナルちゃん」
 へっへっへっ。一本とった気分だぞー。
「はぁ?」
「まーまー。それより、なにをするの」
 
「そうだな……これといって反応がないんで、次の手の打ちようがないんだが……」
 考えこんでから、
「麻衣の先輩の……」
「あー、ひとのこと、呼び捨てにしたー」
「……おまえもさっき言ったろうが」
「でもー」
「麻衣の先輩が人影を見た教室がどこだかわかるか?」
「あたしの先輩じゃありませーん。ミチルの先輩の友達でーす」
 おちゃらけたら、ナルににらまれた。
「どっちでもいい。わかるか?」
「二階。一番西の壊れかけた教室だって言ってた」
「よし。そこに機材を置いてみよう。
 動きがあるといいが……」
 ナルちゃんが言いながら立ちあがる。車を降りて、旧校舎に向かおうとしたら、ふたたび人影。
 もー、今度はなんだよー。
 そう思ったら、なんと事態の元凶、校長の姿が見えた。
 一般に校長はタヌキ、教頭はキツネと言われるが、うちの場合もそうだ。校長はタヌキに似ている。
 校長が何の用だろう、と思っていると、その横にもう一人、人影が見える。
「ちょっと、校長の横にいるの、何者よ」
 巫女《みこ》さんがつぶやく。
「まさか……もう一人の霊能者……ってんじゃねえだろうな」
 それだ。あたしも人影を見たとたん、いやーな予感がしたんだよなー。
 これ以上性格の悪いやつがふえたら、あたしはおりるぞ。
 校長は横の人物と、なにやら話しながらやってくる。
 小さな影。学生だろうか、若そうだ。
 そして……お? き、金髪だっ。
 なんと、ガイジンさんではないかっ!
 校長があたしたちに気がついた。タヌキじみた笑顔をつくって、
「やあ、おそろいですな」
 ニコヤカな声。
 足早にやって来ると、
「もうひと方、お着《つ》きになりましてね。
 紹介しましょう」
 ……うえー。やっぱり霊能者だぁ……。
 ガイジンさんはふけて見えると、俗に言う。すると……。あたしは、ガイジンさんを見ながら思った。ひょっとしたら、十二、三かもしれない。男のコだろーか、女のコだろーか。ガイジンさんにしては、背が低いな。あたしと同じらいしかない。きっとまだ子供なんだな。
 校長がお月サマみたいにわらう。
「ジョン・ブラウンさん。
 どうか、みなさんで仲よくやってくださいよ」
 ……転校生じゃねーって、どんな紹介の仕方だ。
 でも、ジョンっというのは、男の名前だよなぁ。ということは、少年であったか。うーん、かわいいなぁ。
 ブラウン少年は、深々と頭を下げた。
「もうかりまっか」
 …………?
 い……いまの、エイゴかなぁ。あたし、ニガテだから、よくわかんなかったやー。
 巫女《みこ》さんもぼーさんも、ナルまでもがキョトンとしている。
「ブラウンいいます。かわいがっとくれやす」
 ……へ……へんだなー。日本語に聞こえるやー。それもかなり偏《かたよ》った日本語……。
 校長が苦笑、としか言いようのない表情を浮かべた。
「その……ブラウン君は、関西のほうで日本語を学んだようで……」
 ぼーさんがふきだした。巫女さんもそれに続く。笑っちゃ悪いよ、ガイジンさんなんだもん、これだけしゃべれるなんて、すごいんだからぁ……ぷくくく。
 ブラウン少年は、対応に困っている。その困惑した顔が金髪で真っ青な瞳《ひとみ》で、いかにもガイジンさんしてるので、かえって笑えてしまう。ご……ごめんね。あははっ。
 校長は困ったようにあたしたちをながめたあと、
「それじゃ、そういうことで……」
 なんて言って、さっさと引きかえしてしまった。
 ブラウン少年がその背に向かって、
「おおきにさんどす」
 などといったので、あたりは本格的な笑いの渦《うず》につつまれてしまった。
 ナルちゃんは笑わない。少し硬《かた》い表情で、
「ブラウンさん? どちらからいらしたんですか?」
「わてはオーストラリアから、おこしやしたのどす」
 ……うわぁぁ。言葉がムチャクチャだぁ。
 悪いけど、笑いが止まらないよー。
 ブラウン少年は、あたしたちを困ったように見渡して、
「わてのニホンゴ、なんぞ、変どすやろか」
 ナルが苦笑する。
「かなり」
 ブラウン少年はタメ息をついた。
「ニホンゴはむずかしおす、どすなぁ」
「おいっ、ボウズ!」
 大声をあげたのは、ぼーさんだ。ぼーさんが「ボウズ」なんか言うと、変だなー。
「たのむから、その変な京都弁はやめてくれ」
「せやけど、丁寧《ていねい》な言葉ゆうたら、京都の言葉とちがうのんどすか」
「誰《だれ》だよ! こいつに日本語を教えたのは!」
 ぼーさんは笑いすぎて肩で息をしている。
「いいか? 京都弁は方言の一種。
 悪いことは言わないからやめろ。な?
 それじゃ漫才だよ」
「はぁ」
 ブラウン少年はうなずいて、
「そやったら、なかようにいかせてもらいますです。
 あんさんら、全部が霊能者でっか?」
 ……やっぱり、なんか変だよー。
 ナルが答える。
「まぁ、そんなもの。
 彼女は松崎さん、巫女《みこ》をしておられる。
 彼が滝川さん。前には高野山《こうやさん》におられたそうだ」
「あんさんは?」
「ゴースト・ハンター……」
「ああ! せやったら、車の中の機材は、あんさんのものですか? ごっつうえらい装備やなーと思うたんです」
「君は?」
「へぇ。わては、いわゆるエクソシスト、ちゅーやつでんがな、です」
「エクソシスト?」
 巫女《巫女》さんもぼーさんも、ピタリと笑いやんだ。強敵を見る眼でブラウン少年に視線を集める。
「たしかあれは、カトリックの司祭以上でないとできないと思っていたが……。
 ずいぶん若い司祭さんだね」
「ハイ。ようご存じで。
 せやけど、わてはもう十九でんがな、です。若《わこ》う見られてかなんのです」
 だめだ、これは笑いをとってるわ。
 にしても、十九……。ナルより年上かー? えらく童顔のガイジンさんだなー。
「その『わて』というのは、やめたほうがいいね」
 ナルがふたたび苦笑する。
 
「僕《ぼく》、もしくは、わたし。『あんさん』もやめるべき。あなた、とか」
 ブラウン少年、もとい、ブラウンさんがうなずいた。
「ハイ。おおきに。
 せや、あなたは、お名前は?」
「渋谷一也」
「渋谷さん。あんじょうたのみます、です」
 ナルは軽く会釈《えしゃく》だけして、あたしを振りかえる。
「麻衣。仕事にかかろう」
「はーい」

     3

 ナルちゃんが旧校舎に向かうと、全員がなぜだかゾロゾロとついてきた。
 実験室では機械が自動的に作業を続けている。無機的な音が教室に満ちていた。
「こいつは……」
 ぼーさんが感動したような声をあげて絶句する。
「これだけの機材をよく集めたな」
 ナルは無視。巫女《みこ》さんは鼻先でわらう。
「関係ないわ。
 もうボウヤの出る幕じゃないわよ。荷物をまとめて帰る準備をすれば?」
 ナルちゃんはキッパリ巫女《みこ》さんを無視する。
 巫女さんはムキになる。
「これだけの機械を集めてムダ骨なんて、ご苦労様ね」
 いじわるく言うと、ぼーさんが、
「そりゃ、失礼だよ、キミィ。
 いやあ、俺《おれ》は見直しましたよ。仮にもこれだけの機材を持ってる事務所の所長さんだからなー。こりゃ、有能にちがいないや。」
 イヤミな口調。
 ナルが振りかえる。あまりにも冷ややかな眼。
「……あなたがたは、旧校舎の除霊に来たのでは? それともあそびに来たんですか?」 巫女さんがつまる。
 クルッと背を向けて、
「これだから子供はイヤなのよ。
 どーせ地霊かなんかなのに、大騒《さわ》ぎしちゃって」
 聞こえよがしに言って姿を消した。ぼーさんも肩をすくめて実験室を出る。
「君は?」
 ナルはブラウンさんに眼をやる。ブラウンさんは困ったようだ。
「……協力するのと、ちがうんですか」
「そういう状況ではなさそうだね」
「わて、……ボク、こういう雰囲気《ふんいき》は、かなんのです。ボクはできるだけ協力しますよって、ここにいてもよろしやろか」
「どうぞ」
 そっけなく言って、ナルはコンピュータをいじる。
 積みあげた十個近くあるテレビの画面が変わる。あたしの眼の前のテレビに映っているのは、一階の廊下《ろうか》だ。
 画面の端にはなんだかわからない数字のられつ。刻々と変わっていく。
 他には玄関が一つ。二階と一階の廊下が一つずつ。あと、わけのわかんない青や黄色のまだら模様のがいくつか。
「これ、なに?」
 ナルちゃんの不快そうな眼。
 聞いたらへるのかよっ。
 答えてくれたのは、ブラウンさんだ。
「サーモ・グラフィー、ぢかうかな、です。
 ……温度を眼に見えるようにする機械です」
「へー」
 まぁ、霊能者の一種なのに、なんて親切な。
(あたしは完全に、霊能者は性格が悪いという偏見をいだいたぞー。)
 ブラウンさんは、画面を指さして、
「こういう黄色いところは、温度が高いです。反対に青っぽいところは低いです」
 ふうん。まだら模様だ。ヘンなのー。
「ありがと。ブラウンさんは親切ね」
 ナルにあてつけるように言ってやった。
 ブラウンさんはちょっと赤くなった。
「そんな……。それより、アナタのお名前、聞いてへんかったですね。アナタは渋谷さんのアシスタントでっかです?」
「うん、そんなもの。谷山麻衣です」
「ボクはジョンと呼んどくれやす。よろしゅうに、です」
 ……やっぱり、なんか変な日本語だなー。
 視線をTVにもどすと、画面の中にぼーさんが現れたところだった。
 ぼーさんは、あたりを見まわしながら廊下《ろうか》を奥へ歩く。
 別のTVには、巫女《みこ》さんが歩いているのが映っている。
 そして別のTVには……。
 玄関の映像、暗い土間。黒々とした影を落とす靴《くつ》箱の列。その間に人の影。
「ナル!」
 あたしは玄関が移っているTVを指す。
 靴箱の間の暗がりに立って、何かを見透かすように上を向いている着物姿の少女……。
 まるで日本人形が立ってるみたいだ。肩で切りそろえた黒髪。あたしと同じ年頃だろうか。淡い桜色の着物。
 少女はあらぬ方向を見つめながら、すべるように歩く。そうして画面の端から出て行った。
「い、……今の、何なの?」
 ナルは答えず、立ちあがってドアを振り向く。表情に変化はない。
 実験室のドアが開いた。
 暗がりに等身大の人形が立っている。
「……!」
 悲鳴が出そうになる。
 ジョンがあたしの肩をやさしく叩《たた》く。
「ダイジョウブ、麻衣さん、あれは幽霊やないです」
 え?
 ナルが苦《にが》いわらいをもらす。
「校長はよほど工事をしたいらしいですね。
 あなたまで引っ張り出すとは……」
 彼女は表情を変えない。
「知り合い?」
「いや。でも顔は知ってる。有名人だから」
「だれ?」
 あたしはナルに聞いたのに、
「あたくしのことでしたら、自分で申しあげますわ」
 お人形さんが、紅《あか》い小さな口を開いた。
「原真砂子《はらまさこ》と申しますの」
「誰?」
 知らないよー。ナルがタメ息をつく。
「有名な霊媒師《れいばいし》。口寄せがうまい。たぶん、日本では一流」
「口寄せって?」
「無知」
「あのねー」
 今度も、助け舟を出してくれたのはジョンだった。
「霊を呼んで、話をさせるんですのや、です
 自分の口をつかうです」
 
「へ? ああ、よくTVでやってるやつね?
 霊能者が、霊のかわりにしゃべるやつ」
「ハイ」
 ナルちゃんが、霊媒さんに深い色の眼を向ける。
「あなたの見立てはいかがですか、原さん?」
 霊媒さんはお人形のような首をかしげた。
「さぁ……。あなたは? 霊能者には見えませんけれど……」
「ゴースト・ハンターです。渋谷と申しますが」
 ……なんだナルちゃん、ひょっとしてメンくいか? ずいぶんあたしたちに対するときと、態度がちがうじゃないか。
 霊媒さんは、不思議そうにナルちゃんを見つめる。
「あたくし、どこかでお会いしたことがあったかしら?」
 おや、ナンパの常套句《じょうとうく》。
「初めてお目にかかると思いますよ」
「……そう……?」
 言って彼女は濡《ぬ》れたような黒眼がちの瞳《ひとみ》を、機材の山に向ける。
「……霊はいないと思いますわ。
 校長先生は、たいへん恐《おそ》れておいででしたけど。何もないわ。霊の気配は感じませんもの」
「そうですか……」
 ナルは考えこむようすをした。
 ……校長先生はそんなに工事をしたいんだろうか。そんなにこの旧校舎がこわいんだろうか。
 ゴースト・ハンターに巫女《みこ》、坊主《ぼうず》に神父。そして霊媒《れいばい》。よくもこれだけ集めたもんだ、と思う。旧校舎の怪談のために。
 しかし、こいつら、……本当に役にたつのかね?

 そのときだった。
 建物のどこからか、激しく何かを叩《たた》く音。女の叫び声。
 あたしたちはハッとする。
「松崎さんの声とちがうやろか……」
と、ジョン。
 ナルが教室を飛び出す。あたしたちもあとに続いた。

 実験室を出たところでぼーさんに会う。
「なんだ、今の声は!?」
「わからない、一階のようだったけど」
 廊下《ろうか》を見渡す。実験室があるのとは反対側、一階西側の教室から巫女《みこ》さんが助けを呼ぶ声が聞こえた。
「どうした!?」
 ナルが真っ先に教室の扉《とびら》に手をかける。力をこめるが開かない。
 中から巫女さんがドアを叩《たた》く。
「開けて! ちょっと、開けてよ!?」
 ナルとぼーさんがドアを引く。ドアは大きくたわむけれど動かない。
「蹴やぶろう」
 ぼーさんが宣言して中に声をかける。
「綾子! そこをどいてろ!」
「なによ! 簡単に呼び捨てにしないで!」
 ……余裕あるじゃないか。
 ぼーさんが体重を乗せてドアを蹴る。メキッと木が折れる音。もう一度蹴ると、ドアが内側に倒れた。
 中には巫女さんが青い顔をして立っている。
「何があった?」
 ナルの静かな声。
「わからないわ……。中を見てたら、いつのまにかドアが閉まってて、開かなくなったのよ」
「自分で閉めたんじゃねぇのか?」
「ちがうわよ!」
 言い合うところに割ってはいったのは真砂子の声だった。
「だらしのないことですわね」
「なによ、あんた」
 巫女さんが真砂子をにらむ。
「仮にも霊能者なのでしょ?
 扉が閉まったくらいのことで、声をあげるなんて、自分で情けなくなりません?」
 すずやかに言ってのける。
 ぼーさんが軽く口笛をふく。
「あんた……、たしか原真砂子さん?」
「ええ」
「TVで見るより美人だねぇ」
 真砂子は、汚いものを見るようにぼーさんをながめて、顔をそむけた。
 こいつも、たいがい性格の悪いやつだなー。

     4

「これで、この校舎に何かがいるってことは、ハッキリしたわ」
 巫女《みこ》さんが、えらそうに宣言する。
 実験室で、ジョンに買ってこさせた缶コーヒーなんか飲んで、一息ついたとき。
「気のせいじゃありませんこと」
 真砂子の冷たい声。
「小娘はだまってなさい。
 あたしは、顔で打ってるエセ霊能者とはわけがちがうんだから」
 真砂子は小さく含みわらいをもらした。
「容姿をおほめいただいて光栄ですわ」
 うーん、このノリは……だれかに似てるなぁ。
 巫女さんは真砂子を無視して、
「あたしの見たところじゃ、地霊ね」
「地霊って?」
 なあに?
 巫女さんは、ウンザリしたようにあたしを見る。
「助手の教育がなってないんじゃない、渋谷クン?」
「本人のデキが悪いもので、教育のかいがありません」
と、これはナル。てのひらの上で、一本の釘《くぎ》をころがしている。
 こいつー。言いたいように言ってくれるじゃない。
 巫女さんが教師ぶって、
「地霊。その地、その場所に住む霊」
「地縛霊《じばくれい》みたいなもの?」
「難しい言葉を知ってるじゃない。
 でも地縛霊とはちがう。地縛霊は、何か因縁《いんねん》があってその場所に捕らわれている人間の霊のことで、地霊は、土地そのものの霊。精霊のことね」
「へー」
 霊にもいろいろあるんだなぁ。
「むかし、ここに神社かなにかあったんじゃない? そういうことって多いのよ」
「俺《おれ》は地縛霊《じばくれい》のほうだと思うがな」
 口をはさんだのは、ぼーさんだ。
「この校舎、過去になんかあったんじゃねぇの? その霊が校舎に住みついてる。すみかをなくすことをおそれて工事を妨害している、そういう感じだな」
「君はどう思う、ジョン?」
 ナルがジョンを振りかえる。
「ボクには、わかりまへんです。
 ふつう、ホーンテッド・ハウスの原因は、スピリットかゴーストでんがな、です」
 
 ナルちゃんが、指につまんだ釘《くぎ》を見つめながらうなずく。
「スピリット……精霊だね。ゴーストは幽霊。
 聞いてるか、麻衣?」
 ……よけいなお世話。どーせあたしは、英語が苦手《にがて》だってば。
「原因がスピリットやったら、そこが地霊のゆかりの場所。それか、家にスピリット。ええと、悪魔を呼び出したことがあるとか、なんやです」
 ふむふむ。
「ゴーストが原因やったら、それは家で死んだおひと……地縛霊ゆうことになりまんがなです」
「地霊だと思わない?」
 巫女《みこ》さんが身を乗り出す。
「いや、地縛霊だよな」
 ぼーさんも身を乗り出してジョンにせまる。
 ジョンはスカイ・ブルーの眼をくもらせた。困惑の表情。
「そんなん、まだわかるわけおまへんです」
 パッと巫女さんが立ちあがる。
「とにかく、祓《はらい》い落とせばいいんでしょ?
 あたしは明日、除霊するわよ」
 宣言する。
「こんなチンケな事件にかかわってられないわ。あたしは忙しいんだから。さっさと済ませて帰ろっと」
 巫女さんはニコヤカにわらうと、ヒラヒラ手を振って実験室を出て行った。
 その背を見送りながらぼーさんが、
「どう思う?」
 誰《だれ》にともなく聞く。
 口を開いたのは真砂子だ。
「ムダですのにねぇ。霊はいなと言ってあげてますのに」
 あたしはいちおう、言ってみる。
「でも、いろんなウワサがあるのよ、ここ。
 それはどうなるの?」
「気のせいじゃありませんの?
 こんな古い建物があったら、変なウワサの一つくらい流れますわ。学校の七不思議《ふしぎ》みたいなものですわよ」
 うーん。自信の発言。ますます誰かに性格似てる気がするぞー、こいつ。
 あたしは思わず逆《さか》らいたくなってしまう。
「じゃあ、さっき巫女《みこ魏さんが閉じこめられたのは?」
「あれはあの方の気の迷いですわ」
と、やわらかな声でキッパリ。
 そーなのかなぁ。
 たしかに、ふつう人は、無意識のうちに、ドアを閉めてたり、開けてたりする。でも、あのドア、ナルとぼーさんふたりがかりでも、開かなかったわけじゃない? そんなドアを巫女さんが無意識のうちに閉めたりできるものかしらん?
 そこであたしは、ふと笑いたい気分になってしまった。
 ひょっとしたら巫女さん、教室に閉じこめられて、けっこうビビったのかもしれない。悲鳴らしき声をあげてたもんな。
 なんのかんの言って、こわいからさっさと除霊して帰りたいのかもね?

 窓から茜《あかね》色の光がさしこんでくる。
 いつのまにかガラスが薔薇《ばら》色に輝いていた。
「ナル、陽《ひ》が暮れるよ」
 ナルもふと窓を見あげて、
「ああ……。準備をして僕《ぼく》らも引き揚げるか」
 言いながら立ちあがる。
「二階西側の教室に機材を入れる」
 へーい。
 ぼーさんが不思議そうに、
「おや、ボウヤは泊まりこみはしないのかい?」
「今日はまだ……。
 そうだな、明日には泊まりこんでみようか」
 げ。あたしは……どうなるのかな?
 そう不安に思っていると、ナルがあたしに眼を向けた。
「明日は、授業が終わったらここへ」
「あのー、明日は土曜なんだけどー」
「関係ない。できたら泊まる準備をしておいてくれ」
 げげげ。いやだよ、いやだよぉ。
「泊まるのは、ちょっと……」
「カメラを弁償するか?」
「……用意しておきます」
 けっ。どーせあんたが主人だよっ。


四章 中心気圧九一二ミリバール


     1

「いま、なんて言った?」
 翌日の朝。ミチルがあたしの顔をのぞきこむ。
「ライバル登場」
「何者よっ」
 こらっ! 恵子、首をしめるな。
「原真砂子《はらまさこ》っていうの。知ってる?」
「原真砂子って、TVによく出てる?」
 祐梨《ゆうり》が聞く。
「知ってる?」
「うん……。ワイドショーの心霊特集なんかに、よく出てくるの……。あたしたちと同い年かな。キレイなコだよね……」
「まーね。日本人形みたいなコだったけど?」
「そいつが、渋谷さんに急接近?」
「いや、むしろあれはナルちゃんのほうが……」
「うそーっ!」
 恵子がふたたびあたしの首をしめようとする。
「だってー、あの口の悪いナルが、イヤミの一つも言わないんだもん。ナルはメンくいなんだ、きっと」
「えー……」
 ガックリする恵子。
「ま、悪いことは言わないから、ナルはやめときなって。ウラオモテはあるし、ウソつきだし、口は悪いしナルシストだし」
「でも顔がいいもん」
 ……顔さえよけりゃ、いいのか?
 ウンザリしていると、こっちのようすをうかがっているふぜいの黒田女史と眼が合った。
 こいつも、変なやつだよなぁ。霊能力があると、性格、曲がるのかな?
 黒田女史は、なにか言いたげな表情をしている。
 なんか言われるかと思ったけど、そのままフイと教室を出て行った。
 ……うーむ。

 授業が終わると、恵子たちが話をしろとうるさいし、だからと言って一から話をするのも面倒《めんどう》なので、さっさと旧校舎に向かう。
 今日もいい天気でよかった。
 泊まりこみだってのに、雨でも降って、ムードだされちゃかなわないもんなぁ。
 それでも、あれだけアクの強い霊能力者の集団が右往左往してると思うと、妙に心強いというか、あんましこわい気がしない。
 よかったのか、わるかったのか。
 
 心の中でブツクサ言いながら旧校舎に入る。ぜーんぜんヘイキだ。こわくないぞぉ。
「こんにちはっ!」
 元気よくドアを開けたら、ナルはいない。そのかわりに、機械の前に不穏《ふおん》な人物が立っていた。
 うえ。黒田女史。
「……なにをしてるの?」
「べつに。ようすを見にきただけよ。
 渋谷さんは、いないのね」
 女史はそのへんの機械に触《さわ》る。
「触んないほうがいいよ、ナルが怒るから」
「そう?」
 黒田女史はやめない。機械のフチを指でなでながら、
「ね、昨日、どうだった?」
「どうって……べつに。ナルちゃんは異常なしだって」
「他には?」
「巫女《みこ》さんが、教室に閉じこめられるって事件があったけど。心霊現象かどうかは、意見がわかれてる」
「なぜ?」
 女史が眼をあげる。
「……霊媒《れいばい》さんがね、旧校舎には霊なんていないって言うの。巫女さんは地霊だって騒《さわ》いでたけど」
「そう……霊媒って、原真砂子でしょ」
「だけど」
「あいつ、ニセものよ」
「はぁ!?」
 ニセものって……。
「ちょっとキレイなんで、TVでチヤホヤされてるだけでしょ? 霊能力なんてないわ」「はあ……」
 女史は何が言いたいんだろう?
「霊はいるわよ。それも強い霊が」
「それって、女史が感じてるだけでしょ?」
 黒田女史は、あたしの顔をマジマジと見つめる。
「わたし……さっき、襲われたの」
 え!?
「廊下《ろうか》を歩いてたら、急に誰《だれ》かがすごい力で髪を引っ張ったの。逃げようとしたら、首をしめられて……」
「う……そ」
「ホントよ」
 女史はわらう。不吉なわらい。
「声が聞こえたの。
『おまえの霊感は強いから、邪魔だ』って」
 あたりの空気がシンと凍《こお》りつく。
 黒田女史はもの言いたげな表情。
 あたしにはかえす言葉がない。あたしにはわからない。霊を見たことはない。感じたこともない。女史の言葉の真偽《しんぎ》を、判定することができない。
 対立する意見。「霊はいない」という真砂子の声。「幽霊屋敷の中には、危険なものもある」というナルの声。
 イヤなウワサ。半分壊《こわ》れたまま廃墟《はいきょ》になった旧校舎。
 あたしと女史が黙りこんでいるところに、ナルが帰ってきた。
 あたしたちを見くらべる。
「どうした?」

 女史の話を聞き終わったナルは、少し考えこむ。
「それはいつごろ?」
「さっきよ。こわくなって、外に出ようと思ってすぐに、ここにたくさん機械があるのに気がついたの。それで中に入ったら、谷山さんが……」
 ナルは真っ白な指をコンピューターのキーボードに置く。
「ビデオを再生してみよう。場所?」
「二階の廊下《ろうか》……」

 ナルはビデオを巻きもどす。
 大小十台以上のTVモニター。それに再生された映像が映る。画面の端に数字のられつ。
 刻々と変わっていく。
 この数字、時間のカウントをしているんだ。
 数字が「13:12:26」を示したとき、スピーカーに軽い足音が入ってきた。
 玄関のカメラに女史の姿が入ってくる。
 女史はあたりを見まわして、それから階段を上る。少し緊張したしぐさ。
 玄関の映像から女史の姿が見えなくなる。少しして、二階のカメラの一台が、階段を上ってくる女史の姿をとらえる。
 女史は階段を上りきって左右を見渡す。
 そのときだ。
 パッと画面に白い横線が入った。二度、三度。そしてあとは砂嵐。放送の終わったTVみたいにザーッと砂嵐みたいなのが現れて、それきり画面が映らない。
「なによー、これ。壊《こわ》れてるよー」
 ナルちゃんは他のTVの画面を見渡す。他のビデオは異常ない。二階の廊下《ろうか》、階段のあたりを映した一台だけが、なにも映してない。
「……壊《こわ》れているわけはないんだが」
 言ってナルちゃんは、機械をいじる。
 画面は変わらず。
「意味深《いみしん》だな」
 ナルがつぶやく。
「……はぁ?」
「霊が現れると、えてしてビデオやカメラは正常に作動しなくなる」
 言ってから、ナルは画面に眼をやり、
「これは――どっちだろう。霊か、電波障害か……あるいは……」
 考えこむ。すぐに女史を振りかえって、
「黒田さん、声がしたと言ったね。
 どんな声だった?」
「かすれてたけど、女のコの声だったと思うわ」
「そう……」
「ねぇ、ナル?
 真砂子は霊はいないって言ってたでしょ?
 どうしてなの?」
「さぁ……。彼女の才能は信用できると思っていたんだが……」
 ……本当にぃ? 単に真砂子の顔がいいから、信用したいだけなんじゃないのぉ?
 黒田女史が首をかしげる。
「原さんって、本当に霊感、あるのかしら」
「さてな……。女性の霊媒《れいばい》というのは、好・不調の波が激しいのがふつうだけれど。
 それとも、君と波長が合ったかな」
「え?」
「旧校舎に霊がいたとして、その霊は君とひどく波長が合うのかもしれない」
 女史は微笑《ほほえ》む。不思議《ふしぎ》な笑み。
「そうかもね」
 女史が答えたところで、ドヤドヤと人の声と足音が玄関のほうから聞こえた。
 巫女《みこ》さんにぼーさん、ジョンと真砂子。校長と教頭、そして生活指導の先生。 先頭にいる巫女さんは白い着物に袴《はかま》姿。
 巫女さんの除霊が始まるのだ。

     2

「まぁ、よく見てるのね」
 巫女《みこ》さんはナルに流し眼をくれて、勝《か》ち誇ったようにわらう。
 えらそうに先生とジョンをこき使って、玄関に白木の祭壇を作らせる。あらら、ジョンったら、かわいそうに。
 
 その作業を見守りながらぼーさんが
「できると思うか?」
「さて」
 ナルの眼は冷たい。
「まぁ、見物ぐらいしてみるか。ボウヤはどうする」
「神道《しんとう》式の除霊というのは、見たことがないな。見物してみようか」

 巫女さんは、玄関に作った白木の祭壇の前に立つ。三人の先生が、巫女さんの後ろに神妙な顔をして並んだ。
 あたしたちはと言えば、なんとなくそこに並ぶ気がしなくて、実験室の廊下《ろうか》がわの窓からそのようすを見守っている。
 巫女さんは手を叩《たた》き、白い紙のビラビラがついた棒を振る。……祓《はら》い串《ぐし》っていうやつかな。
「つつしんでかんじょうたてまつる、みやしろなきこのところに、こうりんちんざしたまいて……」
 わー、なんて言ってるの?
「しんぐうのはらいかずかずかずかず、たいらけくやすらけく、きこしめしてねがうところをかんのうのうじゅなさしめたまえ……」
 あたしはヒソヒソと、
「これ、なに?
 なんて言ってるの?」
 ナルに聞く。ナルはうるさそうに、
「黙ってろ。日本人のくせに、祝詞《のりと》も知らないのか」
「ノリト?」
「神道《しんとう》の呪文《じゅもん》、そういうもの」
 へー。こういうのって初めてだもんなぁ。
 綾子は泰然《たいぜん》と儀式を行う。
 成功するだろうか。
「ちはやふるここくもたかまのはらなり、あつまりたまえよものかみがみ……」
 祝詞《のりと》の声って単調……。
 なんて言ってるのか、せめてわかるようにしてほしーよぉ。
「なむほんぞんかいまりしてん、らいりんえこうきこうしゅごしたまえ」
 あぁ……ねむいなぁ……。
 あたしは不謹慎なことに、儀式の半分を眠ってしまった。
 まぁ、ぼーさんは最初から最後まで眠っていたから許されるだろう。うん。

     3

「これでなんの心配もありませんわ。
 今日からでも工事にかかれます」
 式のあとで、巫女《みこ》さんは校長にニッコリわらう。
 ……ホントかな。
 しかし、校長はうれしそうだ。満面に笑みをたたえて、巫女さんをヨイショしている。 真砂子《まさこ》やぼーさんのケイベツの眼差《まなざ》し。
「どうですか、今夜一席設けますが」
「いちおう、除霊したあとは泊まりこんでようすを見ることにしていますから」
「いやぁ、なるほど、さすがはプロですなぁ」
 鼻の下がのびてるぜ、校長。
「それでは、お昼がまだでしょう? どこかでお昼でも」
 デレデレ言っていたときだ。
 ……ギッ。 突然天井《てんじょう》でイヤな音がした。
 先生たちと巫女さんが、ハタと立ち止まって天井を見あげる。
 バキッ。……何かが折れるような音。
 そして同時に、ドアの上の明かりとりにはまったガラスがひび割れた。
 パンッ。白く曇《くも》って、次の瞬間には内側にはじける。ガラスの破片がすぐ下にいた校長たちの真上に降り注いだ。

「なんの心配もありませんわ、だって」
 黒田女史が、皮肉な言葉を巫女さんに投げつける。
「どこが、除霊なんてできてないじゃない」
 クツクツわらう。
 巫女《みこ》さんは女史をにらんだけど、なにも言わなかった。ガラスの破片をかぶって、巫女さんこそケガはなかったけど、校長はハゲあがった頭を血だらけにしていた。かえす言葉など、あるわけない。
「あれは事故ですわ」
 冷たい言葉を投げるのは真砂子だ。
 巫女さんは真砂子の言葉にうなずく。
「そうよねぇ。アタシはちゃんと……」
「……除霊できた、という意味ではありませんわよ。
 初めから霊なんていませんの、ここには」
 三すくみ。
 霊はいないという真砂子と、霊はいるけど除霊できたという巫女さんと、霊はいて、除霊できていないという黒田女史と。
 女三人がにらみあってる横で、男のほうといえば、首をひねるばかり。
 ジョンが、
「偶然ですやろか」
と首をかしげると、ぼーさんが、
「やっぱり、なんかいるんじゃねぇのか?
 巫女さんじゃ手におえないような、強いのが」
 ナルは視線を落とす。
「……だったら、もっと機械に反応があってもいいはずなんだけど」
 あーあ、なんかイライラしてくるぞー。
 あたしにも霊能力があればいいのに。そしたら、こんなやつら出し抜いて、さっさと解決してやるわ。
 ぼーっとTVの画面を見る。
 あたしはふと、二階西の教室が変なのに気がついた。
 昨日機械をすえつけたので覚えている。
 教室には古い机が山のようにあった。それを黒板の前に積みあげてあったんだ。古いイスがいくつも、その前に乱雑に置いてあったっけ。
 ……なのに……。
「ナル」
 あたしは、ぼーさんたちと話こんでいるナルを呼ぶ。
「どうした?」
 あたしは画面を指さす。いつのまにか、教室の中央に出ているひとのつイス。
 昨日はなかった。あんなところにイスなんて。
 ナルは形のいい眉《まゆ》をひそめてから、
「だれか西の教室に行ったか?」
 後ろの霊能者の集団に聞く。
 彼らは顔を見合わす。
「いや……?」

     4

 全員が注目するなか、ナルがビデオを巻きもどす。
 再生画面。
 時間を見ると、ちょうど玄関でガラスが割れたところだった。
 一台のカメラが玄関をとらえている。カメラは祭壇のほうに向けてあったので、ガラスが割れるシーンは映っていない。ただ音だけがビデオに収まっている。
 ちょうどその間、西の教室の画面では、イスが動いた。誰《だれ》も手を触《ふ》れないのに。
 黒板の前、乱雑に置かれたイスたち。ホコリをかぶったそれが、突然ズッと動く。さらに動く。ひっかかり、ひっかかり、床の上をすべって、イスは教室の中央よりで止まった。
 移動した距離、およそ五十センチ。

「どういうこと?」
 あたしはナルを見あげる。
 
「……わからない」
 ナルが言うと、後ろから黒田女史の声。
「ポルターガイストじゃないかしら」
「ポルターガイストって?」
「『騒がしい霊』っていう意味だったかしら。霊が者を動かしたり、音をたてたりするのよ。――そうでしたよね、渋谷さん」
「そう。詳《くわ》しいね」
「常識だわ」
 ……ゴメンな、常識なくって。
「ポルターガイストとは思えないんだが」
「なぜ?」
「ポルターガイストが動かした物は、ふつう暖かく感じられるものなんだ」
「それが……?」
「サーモ・グラフィーを見ると、あのイスに温度の上昇は見られない。
 そんな例はあまりないんだ」
 黒田女史はキョトンとしている。
 サーモ・グラフィー。物の温度を色分けして眼に見えるようにして映す装置……だっけ。
 ふーん、そうなのか。
 ジョンがナルに視線を向ける。
「そやけど……。
 ポルターガイストの条件は、満たしとるのとちがいますでっか?
 ボクはポルターガイスト、ゆう気がしてまんのやです」
 ナルが微《かす》かにわらいを浮かべる。
「ティザーヌだね」
「なによ、それ」
 言ったのは巫女《みこ》さんだ。真砂子《まさこ》が軽蔑《けいべつ》の眼を向ける。「本当に霊能者ですの?」
「なによぉ」
 ウンザリしたように、ナルが手を上げた。
「さすがに原さんはご存じですね。
 E・ティザーヌ。フランスの警察官だったが、彼がポルターガイストの分類をしたんだ」
「へぇ」
 感心したように声をあげたところを見ると、ぼーさんも知らなかったな。黒田女史もポカンとしている。
「全部で九項目あるんだが。
 爆撃、ドアの開閉、騒音、ノック、……。
 九項目のうち、ここで起こった現象は、ドアが勝手に閉まる、物が動く、ガラスが割れたことも数に入れても、三項目。
 僕《ぼく》は、ポルターガイストにしては弱いと思うね」
「黒田女史が襲われたのは?」
 あたしは思わず聞いた。
 とたんに、ぼーさんたちが声をあげる。
「なんだって?」
 ……そーいや、こいつら、女史の話を聞いてなかったっけ。
 あたしが口をすべらせたせいで、女史はもう一度話をしなきゃならないし、ナルはビデオを……不思議《ふしぎ》なことに何も映ってないビデオを再生しなきゃならないし。
 黒田女史はなんだか得意そうだったが、ナルは迷惑そうにあたしをねめつけた。

     5

「真砂子ちゃん、感想?」
 しんとしたなかから、ぼーさんが少しおどけた声をあげる。
「その方の気のせいですわ」
 弱い声。黒田女史が真砂子をにらむ。
「気のせいなんかじゃないわ。
 あなたも、いいかげんに認めたら?
 旧校舎には、よくない霊がいるのよ」
 真砂子は静かに立ちあがる。
「……逃げるの!?」
「……逃げる? なぜ?」
 黒田女史を見つめる。
「もう一度中を見てきますわ」
「正直じゃないわね」
 巫女《みこ》さんが人の悪い笑顔をつくって、
「素直にまちがいでしたって、言えば?」
「……この校舎に霊はいませんわ」
 真砂子はそっけなく言って、実験室を出て行く。それを見送ってからジョンが、
「ショックやったようですでんな」
「当然だろうね」
 答えたのはナルだ。
「ふつうの人にはわからない真実が見えるから、霊能者なんだ

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责任编辑:Mashimaro

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