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悪霊シリーズ第1巻 悪霊がいっぱい
作者:    出处:咖啡日语    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

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「同業者……ですか?」
「そんなものかな。――あたしは巫女《みこ》よ」
 巫女? 冗談ダロ?
 しかしこういうとき、ナルちゃんの口は鋭いのだった。
「巫女とは、清純な乙女《おとめ》がなるもんだと思ってました」
 そう言って、あたしでさえ思わず見とれるほど、あでやかな笑顔をつくる。
 おもしろそうにナルちゃんと巫女さんのやりとりを見ていた男が、かすかな笑い声をあげた。
「あら、そう見えない?」
 巫女さんは、はっきりムカついたようだ。眼光鋭くナルちゃんをにらみつけたが、相手が悪かった。
 ナルちゃんは、
「少なくとも、乙女というにはお年をめされすぎだと思いますが」
と、ニッコリ。
 ぱちぱち。おみごと。
 男のほうが、ついにふきだした。
 巫女さんは口元をゆがめる。そら、十代の男のコに「おばん」と言われりゃ、かえす言葉はなかろう。
 大笑いした男が、
「そのうえ、清純と言うには化粧が濃《こ》い」
と得意そうに言ったが、これはデキのいい皮肉じゃないな。口の悪さにかけては、ナルちゃんのほうが上だ。
 しかしこいつら、仲間じゃないのだろーか。
 巫女さんはキッと男を振りかえる。
「あら、もとがいいから濃いように見えるだけよ」
 余裕ありそうに言ってやったが、残念ながら完全に顔がこわばってた。
「とにかく……」
 巫女さんは、ひきつったわらいを浮かべる。
「子供の遊びはこれまでよ。
 あとはあたしにまかせなさい」
 ナルちゃんを見すえる。あざわらう眼。
「校長は、あんたじゃたよりないんですってよ。
 いくらなんでも十七じゃねぇ」
 げ、あの校長、ナルちゃんじゃたよりないってんで、他のゴースト・ハンターをやとったわけか?
 ナルちゃんは、かすかに笑いを浮かべるだけ。
「お手並みを拝見しましょう。
 大先輩のようですから」
 綾子は露骨に顔をしかめてプイッと顔をそむける。
 その横顔に軽蔑《けいべつ》もあわらな一瞥《いちべつ》をくれてから、ナルちゃんは闇色の眼を男に向ける。
「……あなたは? 松崎さんの助手というわけではなさそうですが」
 男は巫女さんより年上だろう。とぼけた眼つきで軽く宙をにらんでから、
「女の助手なんかできるか。
 俺《おれ》は高野山《こうやさん》の坊主《ぼうず》。滝川法生《たきがわほうしょう》ってもんだ」
 高野山のおぼーさん。
 わぁ。なんかカッコイイんじゃない?
 ナルちゃんは、興味なさそうに視線をTVにもどす。
「高野山では長髪が解禁になったんですか?」
 静かに言われて、グッとつまる男。
 あ、たしかに、ぼーさんって、マンガの世界はともかく、ふつーは文字どおり坊主頭だよなぁ。
 男はと言えば、髪があるだけでなく、ボサボサの髪を肩先まで伸ばして、ご丁寧《ていねい》に後ろでくくっている。
 巫女さんが煙草《たばこ》に火をつけて、煙をぼーさんに向けて吹く。
「破戒僧」
「……高野山にいたのは本当なんだぜ。
 今は山を降りてるけど……」
 ぼーさんは、すこしきまりわるげだ。
 そのようすが妙にかわいらしくて、あたしは思わず笑ってしまった。
 ぼーさんと眼が合う。
「大口あけて笑ってる嬢ちゃんは?」
 ……大口なんて……あけてないもん。
「あたしは単なる善良な学生です。
 荷物持ちにやとわれただけで……」
 
「へえ。で、坊やは?」
 ナルちゃんはTVから眼をあげない。ぜーんぜん。おまえたちには興味がない、と全身が言っている。
「校長からお聞きでは? 僕《ぼく》の年までご存じのようですから」
「まぁ、聞いてはいるが、渋谷に事務所を構える心霊調査の専門家」
「補足することはありませんね」
 ぼーさんがニヤリとわらう。
「……仮にも一等地に事務所を構えてるんだから信頼できるだろうと思ったのに、所長があんな子供だなんて、これではサギだと校長が言ってたぜ」
「そうですか」
 ナルちゃんはあくまでもそっけない。
 巫女《みこ》さんはドスッと車にもたれて、
「校長か……。心配性のオヤジ……」
「まったくだ」
「悪霊なんか、すぐに追っ払ってやるわ
 ――そういうわけで、子供の時間は終わり」
 巫女さんはナルを見てわらう。
「そうだといいんですが」
 ナルちゃんは興味なさそうな声。
 ぼーさんのほうまで皮肉な口をきく。
「ま、残念だろうが、子供にはムリな事件さ。
 しかしあの校長も大げさだね。旧校舎ひとつにこれだけの人数を集めるとは」
「まったくね。子供の霊能者に、アタシとあなた……」
 巫女さんはニッコリどくのあるわらいを浮かべた。
「誰《だれ》か一人でよかったのに」
「そう。俺《おれ》だけでよかったんだ」
 ぼーさんもわらう。
「それはどうかしら。
 ところでボウヤ、名前を聞いてもいいかしら?」
「渋谷一也といいますが」
「渋谷一也? ……知らないわねぇ」
「聞いたことがないな。三流だろう」
「言っておくけど、アタシ、滝川法生なんてのも聞いたことがないわよ」
「そりゃ、勉強がたりないねぇ。
 実は俺も、松崎ナントカなんて聞いたことがないんだよなー」
 ……ふ、不毛だ……。
 なんなんだ、こいつらはー。
 しかし、なにかい? ナルちゃんといい、こいつらといい、霊能者ってのは性格の悪いやつばっかりなのか?

     2

 巫女《みこ》さんとぼーさんは本格的に口ゲンカを始めてしまうし、ナルちゃんは我関《われかん》せずという感じで機械をいじってるし、ヤレヤレと思ってグラウンドを眺《なが》めたら、制服姿の女のコがこちらに近づいてくるのが眼に入った。
 わ。黒田女史だ。
 ひえー、本当に来たんだー。
 黒田女史はあたしを見るなり、軽く手をあげた。
「谷山さん」
 うー。女史はニガテだよー。
 黒田女史は車の中を見やってから、言い合いしている巫女さんとぼーさんを見くらべた。
「この人たちは?」
「旧校舎を調査に来たひとたち。
 校長がかき集めたみたいよ。
 巫女さんと、お坊さんだって」
「そう……」
 当の二人が、黒田女史に気がついて振りかえる。女史は会釈《えしゃく》をしてから、「旧校舎の除霊にきたんですか?」
 巫女さんの値ぶみするような眼。
「そうだけどぉ?」
 女史は笑顔をつくった。
「ああ、よかったわ。旧校舎は悪い霊の巣で、わたし、困ってたんです」
 巫女さんは黒田女史をねめつける。
「あんたが……どうしたって?」
「わたし、霊感が強くて……それで、すごく悩まされて……」
「自己顕示欲《けんじよく》」
「……え?」
「めだちたがりね、あんた。そんなに自分に注目してほしい?」
 黒田女史ひるんだ。あたしは思わず、
 「そういう言い方はないでしょう?」
「本当のことよ。そのコ、霊感なんてないわよ」
「なんでわかるんですか」
「見ればわかるわ」
「……そんな!」
「そのコはただめだちたいだけよ。つきあうとバカを見るわ」
 巫女《みこ》さんは見下した眼で女史をながめてからそっぽを向いた。
 女史が能面のようなわらいを浮かべる。
「……あたしは霊感が強いの。
 霊を呼んで、あなたに憑《つ》けてあげるわ」
「黒田さん!」
「……本当に強いんだからね……」
 女史の眼はすわってる。これは、ヤバイ。ぞっとするような眼つき。
「……ニセ巫女。今に後悔するわ」
「……楽しみにしてるわ」
 にらみえかえす巫女さん。
 黒田女史はフイッと踵《きびす》をかえすと、グラウンドのほうに駆《か》けて行った。

     3

 事態は混迷する。
 とりあえず、あたしはぼーさんと巫女さんを無視することに決めた。かかわってらんないよ、あんな性格の悪いやつら。
 それで、
「ところで、ナルちゃん、今日はあたし、何をすればいいの?」
 ナルちゃんが、少し驚いたようにあたしを振りかえる。
「いま……なんて言った?」
「なにが?」
「おまえ、『ナル』って言わなかったか」
 おっと、しまった。口がすべっちまったぜい。
「ごめん、ちょっとしたミス」
「どこで聞いた?」
「おや? ひょっとしてナルってゆーんだ、ニックネーム」
 ナルちゃんは、えも言われぬ表情をする。
「誰《だれ》でも考えつくのねー。
 ナルシストのナルちゃん」
 へっへっへっ。一本とった気分だぞー。
「はぁ?」
「まーまー。それより、なにをするの」
 
「そうだな……これといって反応がないんで、次の手の打ちようがないんだが……」
 考えこんでから、
「麻衣の先輩の……」
「あー、ひとのこと、呼び捨てにしたー」
「……おまえもさっき言ったろうが」
「でもー」
「麻衣の先輩が人影を見た教室がどこだかわかるか?」
「あたしの先輩じゃありませーん。ミチルの先輩の友達でーす」
 おちゃらけたら、ナルににらまれた。
「どっちでもいい。わかるか?」
「二階。一番西の壊れかけた教室だって言ってた」
「よし。そこに機材を置いてみよう。
 動きがあるといいが……」
 ナルちゃんが言いながら立ちあがる。車を降りて、旧校舎に向かおうとしたら、ふたたび人影。
 もー、今度はなんだよー。
 そう思ったら、なんと事態の元凶、校長の姿が見えた。
 一般に校長はタヌキ、教頭はキツネと言われるが、うちの場合もそうだ。校長はタヌキに似ている。
 校長が何の用だろう、と思っていると、その横にもう一人、人影が見える。
「ちょっと、校長の横にいるの、何者よ」
 巫女《みこ》さんがつぶやく。
「まさか……もう一人の霊能者……ってんじゃねえだろうな」
 それだ。あたしも人影を見たとたん、いやーな予感がしたんだよなー。
 これ以上性格の悪いやつがふえたら、あたしはおりるぞ。
 校長は横の人物と、なにやら話しながらやってくる。
 小さな影。学生だろうか、若そうだ。
 そして……お? き、金髪だっ。
 なんと、ガイジンさんではないかっ!
 校長があたしたちに気がついた。タヌキじみた笑顔をつくって、
「やあ、おそろいですな」
 ニコヤカな声。
 足早にやって来ると、
「もうひと方、お着《つ》きになりましてね。
 紹介しましょう」
 ……うえー。やっぱり霊能者だぁ……。
 ガイジンさんはふけて見えると、俗に言う。すると……。あたしは、ガイジンさんを見ながら思った。ひょっとしたら、十二、三かもしれない。男のコだろーか、女のコだろーか。ガイジンさんにしては、背が低いな。あたしと同じらいしかない。きっとまだ子供なんだな。
 校長がお月サマみたいにわらう。
「ジョン・ブラウンさん。
 どうか、みなさんで仲よくやってくださいよ」
 ……転校生じゃねーって、どんな紹介の仕方だ。
 でも、ジョンっというのは、男の名前だよなぁ。ということは、少年であったか。うーん、かわいいなぁ。
 ブラウン少年は、深々と頭を下げた。
「もうかりまっか」
 …………?
 い……いまの、エイゴかなぁ。あたし、ニガテだから、よくわかんなかったやー。
 巫女《みこ》さんもぼーさんも、ナルまでもがキョトンとしている。
「ブラウンいいます。かわいがっとくれやす」
 ……へ……へんだなー。日本語に聞こえるやー。それもかなり偏《かたよ》った日本語……。
 校長が苦笑、としか言いようのない表情を浮かべた。
「その……ブラウン君は、関西のほうで日本語を学んだようで……」
 ぼーさんがふきだした。巫女さんもそれに続く。笑っちゃ悪いよ、ガイジンさんなんだもん、これだけしゃべれるなんて、すごいんだからぁ……ぷくくく。
 ブラウン少年は、対応に困っている。その困惑した顔が金髪で真っ青な瞳《ひとみ》で、いかにもガイジンさんしてるので、かえって笑えてしまう。ご……ごめんね。あははっ。
 校長は困ったようにあたしたちをながめたあと、
「それじゃ、そういうことで……」
 なんて言って、さっさと引きかえしてしまった。
 ブラウン少年がその背に向かって、
「おおきにさんどす」
 などといったので、あたりは本格的な笑いの渦《うず》につつまれてしまった。
 ナルちゃんは笑わない。少し硬《かた》い表情で、
「ブラウンさん? どちらからいらしたんですか?」
「わてはオーストラリアから、おこしやしたのどす」
 ……うわぁぁ。言葉がムチャクチャだぁ。
 悪いけど、笑いが止まらないよー。
 ブラウン少年は、あたしたちを困ったように見渡して、
「わてのニホンゴ、なんぞ、変どすやろか」
 ナルが苦笑する。
「かなり」
 ブラウン少年はタメ息をついた。
「ニホンゴはむずかしおす、どすなぁ」
「おいっ、ボウズ!」
 大声をあげたのは、ぼーさんだ。ぼーさんが「ボウズ」なんか言うと、変だなー。
「たのむから、その変な京都弁はやめてくれ」
「せやけど、丁寧《ていねい》な言葉ゆうたら、京都の言葉とちがうのんどすか」
「誰《だれ》だよ! こいつに日本語を教えたのは!」
 ぼーさんは笑いすぎて肩で息をしている。
「いいか? 京都弁は方言の一種。
 悪いことは言わないからやめろ。な?
 それじゃ漫才だよ」
「はぁ」
 ブラウン少年はうなずいて、
「そやったら、なかようにいかせてもらいますです。
 あんさんら、全部が霊能者でっか?」
 ……やっぱり、なんか変だよー。
 ナルが答える。
「まぁ、そんなもの。
 彼女は松崎さん、巫女《みこ》をしておられる。
 彼が滝川さん。前には高野山《こうやさん》におられたそうだ」
「あんさんは?」
「ゴースト・ハンター……」
「ああ! せやったら、車の中の機材は、あんさんのものですか? ごっつうえらい装備やなーと思うたんです」
「君は?」
「へぇ。わては、いわゆるエクソシスト、ちゅーやつでんがな、です」
「エクソシスト?」
 巫女《巫女》さんもぼーさんも、ピタリと笑いやんだ。強敵を見る眼でブラウン少年に視線を集める。
「たしかあれは、カトリックの司祭以上でないとできないと思っていたが……。
 ずいぶん若い司祭さんだね」
「ハイ。ようご存じで。
 せやけど、わてはもう十九でんがな、です。若《わこ》う見られてかなんのです」
 だめだ、これは笑いをとってるわ。
 にしても、十九……。ナルより年上かー? えらく童顔のガイジンさんだなー。
「その『わて』というのは、やめたほうがいいね」
 ナルがふたたび苦笑する。
 
「僕《ぼく》、もしくは、わたし。『あんさん』もやめるべき。あなた、とか」
 ブラウン少年、もとい、ブラウンさんがうなずいた。
「ハイ。おおきに。
 せや、あなたは、お名前は?」
「渋谷一也」
「渋谷さん。あんじょうたのみます、です」
 ナルは軽く会釈《えしゃく》だけして、あたしを振りかえる。
「麻衣。仕事にかかろう」
「はーい」

     3

 ナルちゃんが旧校舎に向かうと、全員がなぜだかゾロゾロとついてきた。
 実験室では機械が自動的に作業を続けている。無機的な音が教室に満ちていた。
「こいつは……」
 ぼーさんが感動したような声をあげて絶句する。
「これだけの機材をよく集めたな」
 ナルは無視。巫女《みこ》さんは鼻先でわらう。
「関係ないわ。
 もうボウヤの出る幕じゃないわよ。荷物をまとめて帰る準備をすれば?」
 ナルちゃんはキッパリ巫女《みこ》さんを無視する。
 巫女さんはムキになる。
「これだけの機械を集めてムダ骨なんて、ご苦労様ね」
 いじわるく言うと、ぼーさんが、
「そりゃ、失礼だよ、キミィ。
 いやあ、俺《おれ》は見直しましたよ。仮にもこれだけの機材を持ってる事務所の所長さんだからなー。こりゃ、有能にちがいないや。」
 イヤミな口調。
 ナルが振りかえる。あまりにも冷ややかな眼。
「……あなたがたは、旧校舎の除霊に来たのでは? それともあそびに来たんですか?」 巫女さんがつまる。
 クルッと背を向けて、
「これだから子供はイヤなのよ。
 どーせ地霊かなんかなのに、大騒《さわ》ぎしちゃって」
 聞こえよがしに言って姿を消した。ぼーさんも肩をすくめて実験室を出る。
「君は?」
 ナルはブラウンさんに眼をやる。ブラウンさんは困ったようだ。
「……協力するのと、ちがうんですか」
「そういう状況ではなさそうだね」
「わて、……ボク、こういう雰囲気《ふんいき》は、かなんのです。ボクはできるだけ協力しますよって、ここにいてもよろしやろか」
「どうぞ」
 そっけなく言って、ナルはコンピュータをいじる。
 積みあげた十個近くあるテレビの画面が変わる。あたしの眼の前のテレビに映っているのは、一階の廊下《ろうか》だ。
 画面の端にはなんだかわからない数字のられつ。刻々と変わっていく。
 他には玄関が一つ。二階と一階の廊下が一つずつ。あと、わけのわかんない青や黄色のまだら模様のがいくつか。
「これ、なに?」
 ナルちゃんの不快そうな眼。
 聞いたらへるのかよっ。
 答えてくれたのは、ブラウンさんだ。
「サーモ・グラフィー、ぢかうかな、です。
 ……温度を眼に見えるようにする機械です」
「へー」
 まぁ、霊能者の一種なのに、なんて親切な。
(あたしは完全に、霊能者は性格が悪いという偏見をいだいたぞー。)
 ブラウンさんは、画面を指さして、
「こういう黄色いところは、温度が高いです。反対に青っぽいところは低いです」
 ふうん。まだら模様だ。ヘンなのー。
「ありがと。ブラウンさんは親切ね」
 ナルにあてつけるように言ってやった。
 ブラウンさんはちょっと赤くなった。
「そんな……。それより、アナタのお名前、聞いてへんかったですね。アナタは渋谷さんのアシスタントでっかです?」
「うん、そんなもの。谷山麻衣です」
「ボクはジョンと呼んどくれやす。よろしゅうに、です」
 ……やっぱり、なんか変な日本語だなー。
 視線をTVにもどすと、画面の中にぼーさんが現れたところだった。
 ぼーさんは、あたりを見まわしながら廊下《ろうか》を奥へ歩く。
 別のTVには、巫女《みこ》さんが歩いているのが映っている。
 そして別のTVには……。
 玄関の映像、暗い土間。黒々とした影を落とす靴《くつ》箱の列。その間に人の影。
「ナル!」
 あたしは玄関が移っているTVを指す。
 靴箱の間の暗がりに立って、何かを見透かすように上を向いている着物姿の少女……。
 まるで日本人形が立ってるみたいだ。肩で切りそろえた黒髪。あたしと同じ年頃だろうか。淡い桜色の着物。
 少女はあらぬ方向を見つめながら、すべるように歩く。そうして画面の端から出て行った。
「い、……今の、何なの?」
 ナルは答えず、立ちあがってドアを振り向く。表情に変化はない。
 実験室のドアが開いた。
 暗がりに等身大の人形が立っている。
「……!」
 悲鳴が出そうになる。
 ジョンがあたしの肩をやさしく叩《たた》く。
「ダイジョウブ、麻衣さん、あれは幽霊やないです」
 え?
 ナルが苦《にが》いわらいをもらす。
「校長はよほど工事をしたいらしいですね。
 あなたまで引っ張り出すとは……」
 彼女は表情を変えない。
「知り合い?」
「いや。でも顔は知ってる。有名人だから」
「だれ?」
 あたしはナルに聞いたのに、
「あたくしのことでしたら、自分で申しあげますわ」
 お人形さんが、紅《あか》い小さな口を開いた。
「原真砂子《はらまさこ》と申しますの」
「誰?」
 知らないよー。ナルがタメ息をつく。
「有名な霊媒師《れいばいし》。口寄せがうまい。たぶん、日本では一流」
「口寄せって?」
「無知」
「あのねー」
 今度も、助け舟を出してくれたのはジョンだった。
「霊を呼んで、話をさせるんですのや、です
 自分の口をつかうです」
 
「へ? ああ、よくTVでやってるやつね?
 霊能者が、霊のかわりにしゃべるやつ」
「ハイ」
 ナルちゃんが、霊媒さんに深い色の眼を向ける。
「あなたの見立てはいかがですか、原さん?」
 霊媒さんはお人形のような首をかしげた。
「さぁ……。あなたは? 霊能者には見えませんけれど……」
「ゴースト・ハンターです。渋谷と申しますが」
 ……なんだナルちゃん、ひょっとしてメンくいか? ずいぶんあたしたちに対するときと、態度がちがうじゃないか。
 霊媒さんは、不思議そうにナルちゃんを見つめる。
「あたくし、どこかでお会いしたことがあったかしら?」
 おや、ナンパの常套句《じょうとうく》。
「初めてお目にかかると思いますよ」
「……そう……?」
 言って彼女は濡《ぬ》れたような黒眼がちの瞳《ひとみ》を、機材の山に向ける。
「……霊はいないと思いますわ。
 校長先生は、たいへん恐《おそ》れておいででしたけど。何もないわ。霊の気配は感じませんもの」
「そうですか……」
 ナルは考えこむようすをした。
 ……校長先生はそんなに工事をしたいんだろうか。そんなにこの旧校舎がこわいんだろうか。
 ゴースト・ハンターに巫女《みこ》、坊主《ぼうず》に神父。そして霊媒《れいばい》。よくもこれだけ集めたもんだ、と思う。旧校舎の怪談のために。
 しかし、こいつら、……本当に役にたつのかね?

 そのときだった。
 建物のどこからか、激しく何かを叩《たた》く音。女の叫び声。
 あたしたちはハッとする。
「松崎さんの声とちがうやろか……」
と、ジョン。
 ナルが教室を飛び出す。あたしたちもあとに続いた。

 実験室を出たところでぼーさんに会う。
「なんだ、今の声は!?」
「わからない、一階のようだったけど」
 廊下《ろうか》を見渡す。実験室があるのとは反対側、一階西側の教室から巫女《みこ》さんが助けを呼ぶ声が聞こえた。
「どうした!?」
 ナルが真っ先に教室の扉《とびら》に手をかける。力をこめるが開かない。
 中から巫女さんがドアを叩《たた》く。
「開けて! ちょっと、開けてよ!?」
 ナルとぼーさんがドアを引く。ドアは大きくたわむけれど動かない。
「蹴やぶろう」
 ぼーさんが宣言して中に声をかける。
「綾子! そこをどいてろ!」
「なによ! 簡単に呼び捨てにしないで!」
 ……余裕あるじゃないか。
 ぼーさんが体重を乗せてドアを蹴る。メキッと木が折れる音。もう一度蹴ると、ドアが内側に倒れた。
 中には巫女さんが青い顔をして立っている。
「何があった?」
 ナルの静かな声。
「わからないわ……。中を見てたら、いつのまにかドアが閉まってて、開かなくなったのよ」
「自分で閉めたんじゃねぇのか?」
「ちがうわよ!」
 言い合うところに割ってはいったのは真砂子の声だった。
「だらしのないことですわね」
「なによ、あんた」
 巫女さんが真砂子をにらむ。
「仮にも霊能者なのでしょ?
 扉が閉まったくらいのことで、声をあげるなんて、自分で情けなくなりません?」
 すずやかに言ってのける。
 ぼーさんが軽く口笛をふく。
「あんた……、たしか原真砂子さん?」
「ええ」
「TVで見るより美人だねぇ」
 真砂子は、汚いものを見るようにぼーさんをながめて、顔をそむけた。
 こいつも、たいがい性格の悪いやつだなー。

     4

「これで、この校舎に何かがいるってことは、ハッキリしたわ」
 巫女《みこ》さんが、えらそうに宣言する。
 実験室で、ジョンに買ってこさせた缶コーヒーなんか飲んで、一息ついたとき。
「気のせいじゃありませんこと」
 真砂子の冷たい声。
「小娘はだまってなさい。
 あたしは、顔で打ってるエセ霊能者とはわけがちがうんだから」
 真砂子は小さく含みわらいをもらした。
「容姿をおほめいただいて光栄ですわ」
 うーん、このノリは……だれかに似てるなぁ。
 巫女さんは真砂子を無視して、
「あたしの見たところじゃ、地霊ね」
「地霊って?」
 なあに?
 巫女さんは、ウンザリしたようにあたしを見る。
「助手の教育がなってないんじゃない、渋谷クン?」
「本人のデキが悪いもので、教育のかいがありません」
と、これはナル。てのひらの上で、一本の釘《くぎ》をころがしている。
 こいつー。言いたいように言ってくれるじゃない。
 巫女さんが教師ぶって、
「地霊。その地、その場所に住む霊」
「地縛霊《じばくれい》みたいなもの?」
「難しい言葉を知ってるじゃない。
 でも地縛霊とはちがう。地縛霊は、何か因縁《いんねん》があってその場所に捕らわれている人間の霊のことで、地霊は、土地そのものの霊。精霊のことね」
「へー」
 霊にもいろいろあるんだなぁ。
「むかし、ここに神社かなにかあったんじゃない? そういうことって多いのよ」
「俺《おれ》は地縛霊《じばくれい》のほうだと思うがな」
 口をはさんだのは、ぼーさんだ。
「この校舎、過去になんかあったんじゃねぇの? その霊が校舎に住みついてる。すみかをなくすことをおそれて工事を妨害している、そういう感じだな」
「君はどう思う、ジョン?」
 ナルがジョンを振りかえる。
「ボクには、わかりまへんです。
 ふつう、ホーンテッド・ハウスの原因は、スピリットかゴーストでんがな、です」
 
 ナルちゃんが、指につまんだ釘《くぎ》を見つめながらうなずく。
「スピリット……精霊だね。ゴーストは幽霊。
 聞いてるか、麻衣?」
 ……よけいなお世話。どーせあたしは、英語が苦手《にがて》だってば。
「原因がスピリットやったら、そこが地霊のゆかりの場所。それか、家にスピリット。ええと、悪魔を呼び出したことがあるとか、なんやです」
 ふむふむ。
「ゴーストが原因やったら、それは家で死んだおひと……地縛霊ゆうことになりまんがなです」
「地霊だと思わない?」
 巫女《みこ》さんが身を乗り出す。
「いや、地縛霊だよな」
 ぼーさんも身を乗り出してジョンにせまる。
 ジョンはスカイ・ブルーの眼をくもらせた。困惑の表情。
「そんなん、まだわかるわけおまへんです」
 パッと巫女さんが立ちあがる。
「とにかく、祓《はらい》い落とせばいいんでしょ?
 あたしは明日、除霊するわよ」
 宣言する。
「こんなチンケな事件にかかわってられないわ。あたしは忙しいんだから。さっさと済ませて帰ろっと」
 巫女さんはニコヤカにわらうと、ヒラヒラ手を振って実験室を出て行った。
 その背を見送りながらぼーさんが、
「どう思う?」
 誰《だれ》にともなく聞く。
 口を開いたのは真砂子だ。
「ムダですのにねぇ。霊はいなと言ってあげてますのに」
 あたしはいちおう、言ってみる。
「でも、いろんなウワサがあるのよ、ここ。
 それはどうなるの?」
「気のせいじゃありませんの?
 こんな古い建物があったら、変なウワサの一つくらい流れますわ。学校の七不思議《ふしぎ》みたいなものですわよ」
 うーん。自信の発言。ますます誰かに性格似てる気がするぞー、こいつ。
 あたしは思わず逆《さか》らいたくなってしまう。
「じゃあ、さっき巫女《みこ魏さんが閉じこめられたのは?」
「あれはあの方の気の迷いですわ」
と、やわらかな声でキッパリ。
 そーなのかなぁ。
 たしかに、ふつう人は、無意識のうちに、ドアを閉めてたり、開けてたりする。でも、あのドア、ナルとぼーさんふたりがかりでも、開かなかったわけじゃない? そんなドアを巫女さんが無意識のうちに閉めたりできるものかしらん?
 そこであたしは、ふと笑いたい気分になってしまった。
 ひょっとしたら巫女さん、教室に閉じこめられて、けっこうビビったのかもしれない。悲鳴らしき声をあげてたもんな。
 なんのかんの言って、こわいからさっさと除霊して帰りたいのかもね?

 窓から茜《あかね》色の光がさしこんでくる。
 いつのまにかガラスが薔薇《ばら》色に輝いていた。
「ナル、陽《ひ》が暮れるよ」
 ナルもふと窓を見あげて、
「ああ……。準備をして僕《ぼく》らも引き揚げるか」
 言いながら立ちあがる。
「二階西側の教室に機材を入れる」
 へーい。
 ぼーさんが不思議そうに、
「おや、ボウヤは泊まりこみはしないのかい?」
「今日はまだ……。
 そうだな、明日には泊まりこんでみようか」
 げ。あたしは……どうなるのかな?
 そう不安に思っていると、ナルがあたしに眼を向けた。
「明日は、授業が終わったらここへ」
「あのー、明日は土曜なんだけどー」
「関係ない。できたら泊まる準備をしておいてくれ」
 げげげ。いやだよ、いやだよぉ。
「泊まるのは、ちょっと……」
「カメラを弁償するか?」
「……用意しておきます」
 けっ。どーせあんたが主人だよっ。


四章 中心気圧九一二ミリバール


     1

「いま、なんて言った?」
 翌日の朝。ミチルがあたしの顔をのぞきこむ。
「ライバル登場」
「何者よっ」
 こらっ! 恵子、首をしめるな。
「原真砂子《はらまさこ》っていうの。知ってる?」
「原真砂子って、TVによく出てる?」
 祐梨《ゆうり》が聞く。
「知ってる?」
「うん……。ワイドショーの心霊特集なんかに、よく出てくるの……。あたしたちと同い年かな。キレイなコだよね……」
「まーね。日本人形みたいなコだったけど?」
「そいつが、渋谷さんに急接近?」
「いや、むしろあれはナルちゃんのほうが……」
「うそーっ!」
 恵子がふたたびあたしの首をしめようとする。
「だってー、あの口の悪いナルが、イヤミの一つも言わないんだもん。ナルはメンくいなんだ、きっと」
「えー……」
 ガックリする恵子。
「ま、悪いことは言わないから、ナルはやめときなって。ウラオモテはあるし、ウソつきだし、口は悪いしナルシストだし」
「でも顔がいいもん」
 ……顔さえよけりゃ、いいのか?
 ウンザリしていると、こっちのようすをうかがっているふぜいの黒田女史と眼が合った。
 こいつも、変なやつだよなぁ。霊能力があると、性格、曲がるのかな?
 黒田女史は、なにか言いたげな表情をしている。
 なんか言われるかと思ったけど、そのままフイと教室を出て行った。
 ……うーむ。

 授業が終わると、恵子たちが話をしろとうるさいし、だからと言って一から話をするのも面倒《めんどう》なので、さっさと旧校舎に向かう。
 今日もいい天気でよかった。
 泊まりこみだってのに、雨でも降って、ムードだされちゃかなわないもんなぁ。
 それでも、あれだけアクの強い霊能力者の集団が右往左往してると思うと、妙に心強いというか、あんましこわい気がしない。
 よかったのか、わるかったのか。
 
 心の中でブツクサ言いながら旧校舎に入る。ぜーんぜんヘイキだ。こわくないぞぉ。
「こんにちはっ!」
 元気よくドアを開けたら、ナルはいない。そのかわりに、機械の前に不穏《ふおん》な人物が立っていた。
 うえ。黒田女史。
「……なにをしてるの?」
「べつに。ようすを見にきただけよ。
 渋谷さんは、いないのね」
 女史はそのへんの機械に触《さわ》る。
「触んないほうがいいよ、ナルが怒るから」
「そう?」
 黒田女史はやめない。機械のフチを指でなでながら、
「ね、昨日、どうだった?」
「どうって……べつに。ナルちゃんは異常なしだって」
「他には?」
「巫女《みこ》さんが、教室に閉じこめられるって事件があったけど。心霊現象かどうかは、意見がわかれてる」
「なぜ?」
 女史が眼をあげる。
「……霊媒《れいばい》さんがね、旧校舎には霊なんていないって言うの。巫女さんは地霊だって騒《さわ》いでたけど」
「そう……霊媒って、原真砂子でしょ」
「だけど」
「あいつ、ニセものよ」
「はぁ!?」
 ニセものって……。
「ちょっとキレイなんで、TVでチヤホヤされてるだけでしょ? 霊能力なんてないわ」「はあ……」
 女史は何が言いたいんだろう?
「霊はいるわよ。それも強い霊が」
「それって、女史が感じてるだけでしょ?」
 黒田女史は、あたしの顔をマジマジと見つめる。
「わたし……さっき、襲われたの」
 え!?
「廊下《ろうか》を歩いてたら、急に誰《だれ》かがすごい力で髪を引っ張ったの。逃げようとしたら、首をしめられて……」
「う……そ」
「ホントよ」
 女史はわらう。不吉なわらい。
「声が聞こえたの。
『おまえの霊感は強いから、邪魔だ』って」
 あたりの空気がシンと凍《こお》りつく。
 黒田女史はもの言いたげな表情。
 あたしにはかえす言葉がない。あたしにはわからない。霊を見たことはない。感じたこともない。女史の言葉の真偽《しんぎ》を、判定することができない。
 対立する意見。「霊はいない」という真砂子の声。「幽霊屋敷の中には、危険なものもある」というナルの声。
 イヤなウワサ。半分壊《こわ》れたまま廃墟《はいきょ》になった旧校舎。
 あたしと女史が黙りこんでいるところに、ナルが帰ってきた。
 あたしたちを見くらべる。
「どうした?」

 女史の話を聞き終わったナルは、少し考えこむ。
「それはいつごろ?」
「さっきよ。こわくなって、外に出ようと思ってすぐに、ここにたくさん機械があるのに気がついたの。それで中に入ったら、谷山さんが……」
 ナルは真っ白な指をコンピューターのキーボードに置く。
「ビデオを再生してみよう。場所?」
「二階の廊下《ろうか》……」

 ナルはビデオを巻きもどす。
 大小十台以上のTVモニター。それに再生された映像が映る。画面の端に数字のられつ。
 刻々と変わっていく。
 この数字、時間のカウントをしているんだ。
 数字が「13:12:26」を示したとき、スピーカーに軽い足音が入ってきた。
 玄関のカメラに女史の姿が入ってくる。
 女史はあたりを見まわして、それから階段を上る。少し緊張したしぐさ。
 玄関の映像から女史の姿が見えなくなる。少しして、二階のカメラの一台が、階段を上ってくる女史の姿をとらえる。
 女史は階段を上りきって左右を見渡す。
 そのときだ。
 パッと画面に白い横線が入った。二度、三度。そしてあとは砂嵐。放送の終わったTVみたいにザーッと砂嵐みたいなのが現れて、それきり画面が映らない。
「なによー、これ。壊《こわ》れてるよー」
 ナルちゃんは他のTVの画面を見渡す。他のビデオは異常ない。二階の廊下《ろうか》、階段のあたりを映した一台だけが、なにも映してない。
「……壊《こわ》れているわけはないんだが」
 言ってナルちゃんは、機械をいじる。
 画面は変わらず。
「意味深《いみしん》だな」
 ナルがつぶやく。
「……はぁ?」
「霊が現れると、えてしてビデオやカメラは正常に作動しなくなる」
 言ってから、ナルは画面に眼をやり、
「これは――どっちだろう。霊か、電波障害か……あるいは……」
 考えこむ。すぐに女史を振りかえって、
「黒田さん、声がしたと言ったね。
 どんな声だった?」
「かすれてたけど、女のコの声だったと思うわ」
「そう……」
「ねぇ、ナル?
 真砂子は霊はいないって言ってたでしょ?
 どうしてなの?」
「さぁ……。彼女の才能は信用できると思っていたんだが……」
 ……本当にぃ? 単に真砂子の顔がいいから、信用したいだけなんじゃないのぉ?
 黒田女史が首をかしげる。
「原さんって、本当に霊感、あるのかしら」
「さてな……。女性の霊媒《れいばい》というのは、好・不調の波が激しいのがふつうだけれど。
 それとも、君と波長が合ったかな」
「え?」
「旧校舎に霊がいたとして、その霊は君とひどく波長が合うのかもしれない」
 女史は微笑《ほほえ》む。不思議《ふしぎ》な笑み。
「そうかもね」
 女史が答えたところで、ドヤドヤと人の声と足音が玄関のほうから聞こえた。
 巫女《みこ》さんにぼーさん、ジョンと真砂子。校長と教頭、そして生活指導の先生。 先頭にいる巫女さんは白い着物に袴《はかま》姿。
 巫女さんの除霊が始まるのだ。

     2

「まぁ、よく見てるのね」
 巫女《みこ》さんはナルに流し眼をくれて、勝《か》ち誇ったようにわらう。
 えらそうに先生とジョンをこき使って、玄関に白木の祭壇を作らせる。あらら、ジョンったら、かわいそうに。
 
 その作業を見守りながらぼーさんが
「できると思うか?」
「さて」
 ナルの眼は冷たい。
「まぁ、見物ぐらいしてみるか。ボウヤはどうする」
「神道《しんとう》式の除霊というのは、見たことがないな。見物してみようか」

 巫女さんは、玄関に作った白木の祭壇の前に立つ。三人の先生が、巫女さんの後ろに神妙な顔をして並んだ。
 あたしたちはと言えば、なんとなくそこに並ぶ気がしなくて、実験室の廊下《ろうか》がわの窓からそのようすを見守っている。
 巫女さんは手を叩《たた》き、白い紙のビラビラがついた棒を振る。……祓《はら》い串《ぐし》っていうやつかな。
「つつしんでかんじょうたてまつる、みやしろなきこのところに、こうりんちんざしたまいて……」
 わー、なんて言ってるの?
「しんぐうのはらいかずかずかずかず、たいらけくやすらけく、きこしめしてねがうところをかんのうのうじゅなさしめたまえ……」
 あたしはヒソヒソと、
「これ、なに?
 なんて言ってるの?」
 ナルに聞く。ナルはうるさそうに、
「黙ってろ。日本人のくせに、祝詞《のりと》も知らないのか」
「ノリト?」
「神道《しんとう》の呪文《じゅもん》、そういうもの」
 へー。こういうのって初めてだもんなぁ。
 綾子は泰然《たいぜん》と儀式を行う。
 成功するだろうか。
「ちはやふるここくもたかまのはらなり、あつまりたまえよものかみがみ……」
 祝詞《のりと》の声って単調……。
 なんて言ってるのか、せめてわかるようにしてほしーよぉ。
「なむほんぞんかいまりしてん、らいりんえこうきこうしゅごしたまえ」
 あぁ……ねむいなぁ……。
 あたしは不謹慎なことに、儀式の半分を眠ってしまった。
 まぁ、ぼーさんは最初から最後まで眠っていたから許されるだろう。うん。

     3

「これでなんの心配もありませんわ。
 今日からでも工事にかかれます」
 式のあとで、巫女《みこ》さんは校長にニッコリわらう。
 ……ホントかな。
 しかし、校長はうれしそうだ。満面に笑みをたたえて、巫女さんをヨイショしている。 真砂子《まさこ》やぼーさんのケイベツの眼差《まなざ》し。
「どうですか、今夜一席設けますが」
「いちおう、除霊したあとは泊まりこんでようすを見ることにしていますから」
「いやぁ、なるほど、さすがはプロですなぁ」
 鼻の下がのびてるぜ、校長。
「それでは、お昼がまだでしょう? どこかでお昼でも」
 デレデレ言っていたときだ。
 ……ギッ。 突然天井《てんじょう》でイヤな音がした。
 先生たちと巫女さんが、ハタと立ち止まって天井を見あげる。
 バキッ。……何かが折れるような音。
 そして同時に、ドアの上の明かりとりにはまったガラスがひび割れた。
 パンッ。白く曇《くも》って、次の瞬間には内側にはじける。ガラスの破片がすぐ下にいた校長たちの真上に降り注いだ。

「なんの心配もありませんわ、だって」
 黒田女史が、皮肉な言葉を巫女さんに投げつける。
「どこが、除霊なんてできてないじゃない」
 クツクツわらう。
 巫女《みこ》さんは女史をにらんだけど、なにも言わなかった。ガラスの破片をかぶって、巫女さんこそケガはなかったけど、校長はハゲあがった頭を血だらけにしていた。かえす言葉など、あるわけない。
「あれは事故ですわ」
 冷たい言葉を投げるのは真砂子だ。
 巫女さんは真砂子の言葉にうなずく。
「そうよねぇ。アタシはちゃんと……」
「……除霊できた、という意味ではありませんわよ。
 初めから霊なんていませんの、ここには」
 三すくみ。
 霊はいないという真砂子と、霊はいるけど除霊できたという巫女さんと、霊はいて、除霊できていないという黒田女史と。
 女三人がにらみあってる横で、男のほうといえば、首をひねるばかり。
 ジョンが、
「偶然ですやろか」
と首をかしげると、ぼーさんが、
「やっぱり、なんかいるんじゃねぇのか?
 巫女さんじゃ手におえないような、強いのが」
 ナルは視線を落とす。
「……だったら、もっと機械に反応があってもいいはずなんだけど」
 あーあ、なんかイライラしてくるぞー。
 あたしにも霊能力があればいいのに。そしたら、こんなやつら出し抜いて、さっさと解決してやるわ。
 ぼーっとTVの画面を見る。
 あたしはふと、二階西の教室が変なのに気がついた。
 昨日機械をすえつけたので覚えている。
 教室には古い机が山のようにあった。それを黒板の前に積みあげてあったんだ。古いイスがいくつも、その前に乱雑に置いてあったっけ。
 ……なのに……。
「ナル」
 あたしは、ぼーさんたちと話こんでいるナルを呼ぶ。
「どうした?」
 あたしは画面を指さす。いつのまにか、教室の中央に出ているひとのつイス。
 昨日はなかった。あんなところにイスなんて。
 ナルは形のいい眉《まゆ》をひそめてから、
「だれか西の教室に行ったか?」
 後ろの霊能者の集団に聞く。
 彼らは顔を見合わす。
「いや……?」

     4

 全員が注目するなか、ナルがビデオを巻きもどす。
 再生画面。
 時間を見ると、ちょうど玄関でガラスが割れたところだった。
 一台のカメラが玄関をとらえている。カメラは祭壇のほうに向けてあったので、ガラスが割れるシーンは映っていない。ただ音だけがビデオに収まっている。
 ちょうどその間、西の教室の画面では、イスが動いた。誰《だれ》も手を触《ふ》れないのに。
 黒板の前、乱雑に置かれたイスたち。ホコリをかぶったそれが、突然ズッと動く。さらに動く。ひっかかり、ひっかかり、床の上をすべって、イスは教室の中央よりで止まった。
 移動した距離、およそ五十センチ。

「どういうこと?」
 あたしはナルを見あげる。
 
「……わからない」
 ナルが言うと、後ろから黒田女史の声。
「ポルターガイストじゃないかしら」
「ポルターガイストって?」
「『騒がしい霊』っていう意味だったかしら。霊が者を動かしたり、音をたてたりするのよ。――そうでしたよね、渋谷さん」
「そう。詳《くわ》しいね」
「常識だわ」
 ……ゴメンな、常識なくって。
「ポルターガイストとは思えないんだが」
「なぜ?」
「ポルターガイストが動かした物は、ふつう暖かく感じられるものなんだ」
「それが……?」
「サーモ・グラフィーを見ると、あのイスに温度の上昇は見られない。
 そんな例はあまりないんだ」
 黒田女史はキョトンとしている。
 サーモ・グラフィー。物の温度を色分けして眼に見えるようにして映す装置……だっけ。
 ふーん、そうなのか。
 ジョンがナルに視線を向ける。
「そやけど……。
 ポルターガイストの条件は、満たしとるのとちがいますでっか?
 ボクはポルターガイスト、ゆう気がしてまんのやです」
 ナルが微《かす》かにわらいを浮かべる。
「ティザーヌだね」
「なによ、それ」
 言ったのは巫女《みこ》さんだ。真砂子《まさこ》が軽蔑《けいべつ》の眼を向ける。「本当に霊能者ですの?」
「なによぉ」
 ウンザリしたように、ナルが手を上げた。
「さすがに原さんはご存じですね。
 E・ティザーヌ。フランスの警察官だったが、彼がポルターガイストの分類をしたんだ」
「へぇ」
 感心したように声をあげたところを見ると、ぼーさんも知らなかったな。黒田女史もポカンとしている。
「全部で九項目あるんだが。
 爆撃、ドアの開閉、騒音、ノック、……。
 九項目のうち、ここで起こった現象は、ドアが勝手に閉まる、物が動く、ガラスが割れたことも数に入れても、三項目。
 僕《ぼく》は、ポルターガイストにしては弱いと思うね」
「黒田女史が襲われたのは?」
 あたしは思わず聞いた。
 とたんに、ぼーさんたちが声をあげる。
「なんだって?」
 ……そーいや、こいつら、女史の話を聞いてなかったっけ。
 あたしが口をすべらせたせいで、女史はもう一度話をしなきゃならないし、ナルはビデオを……不思議《ふしぎ》なことに何も映ってないビデオを再生しなきゃならないし。
 黒田女史はなんだか得意そうだったが、ナルは迷惑そうにあたしをねめつけた。

     5

「真砂子ちゃん、感想?」
 しんとしたなかから、ぼーさんが少しおどけた声をあげる。
「その方の気のせいですわ」
 弱い声。黒田女史が真砂子をにらむ。
「気のせいなんかじゃないわ。
 あなたも、いいかげんに認めたら?
 旧校舎には、よくない霊がいるのよ」
 真砂子は静かに立ちあがる。
「……逃げるの!?」
「……逃げる? なぜ?」
 黒田女史を見つめる。
「もう一度中を見てきますわ」
「正直じゃないわね」
 巫女《みこ》さんが人の悪い笑顔をつくって、
「素直にまちがいでしたって、言えば?」
「……この校舎に霊はいませんわ」
 真砂子はそっけなく言って、実験室を出て行く。それを見送ってからジョンが、
「ショックやったようですでんな」
「当然だろうね」
 答えたのはナルだ。
「ふつうの人にはわからない真実が見えるから、霊能者なんだ。
 まちがえたらそれはもう霊能力とは言えない」
 ほー。かばうじゃない。
 あんた、本当にメンくいなんだな。
「ナルって、メンくいなのね」
 あたしは一瞬、自分が口をすべらせたのかと思ってギクッとした。
 あたしの考えているようなことを言ってくれたのは、黒田女史だった。
「どういうことかな?」
 ナルの冷たい視線。
「ずいぶん彼女をかばうじゃない?」
「彼女の仕事は僕《ぼく》も知っているし、才能については高く評価している。だから相応の敬意をはらっているだけだが?」
 ……ふうん?
「そうかしら?」
 あやや、女史とシンクロしてるわ。
 ひょっとしてあたし、女史と気が合うのかなぁ。やーね。
 巫女《みこ》さんがカリカリした声を出す。
「だったら、アタシたちにも、もう少し敬意をはらってほしいものね」
「松崎さんのどこを、高く評価すればいいのでしょうか?」
 ナルの冷たい声。
 ……おまえ、やっぱり態度がちがうぞー。
 ぼーさんがわらう。
「まー、あのザマじゃしようがないわな。
 除霊はできない。閉じこめられて悲鳴はあげる」
「アタシがいつ、悲鳴をあげたのよ?」
「こないだ教室に閉じこめられて、悲鳴をあげてたじゃねぇか」
「あげてないわよっ!」
「ほー、じゃああれは鳴き声だったのか?
 キャンキャン吠《ほ》えてたが」
 ……また始まった。
 巫女《みこ》さんが犬なら、ぼーさんは猿《さる》だな。犬猿《けんえん》の仲。あー、うるせー。
 巫女さんは、ぽーさんにつかみかかる勢いだ。
 ミシッ。
 乾いた木がひび割れるような音。
 ……巫女さん、校舎を壊《こわ》すなよ。
 パシ。
 全員がおし黙った。
 
 旧校舎はボロいんだから、乱暴にすると壊れるよー。
 天井《てんじょう》のあたりで、木がはぜるような音がする。
 ぼーさんが周囲を見渡す。
「ラップ音か?」
 え? ラップ音……って、ひょっとしてアレでしょうか、幽霊が出て来るときに起こるという……。
 背筋がゾクとする。
 パシッ……メキ……。
 西側の天井近くで音がする。
 パキ。
 小さな音に続くように、激しい音をたてて西側の黒板に亀裂が走った。
 どこかで小さく悲鳴。
 そして、あたりはふたたびしんとする。
 突然声をあげたのはジョンだった。
「原さんっ!」
 え?
 ジョンはなるのTVにかじりついている。
パッと身を起こし、
「原さんが、二階の教室から落ちたです!」


五章 最大風速六十八ノット

     1

 夕暮れが近いグラウンド。
 救急車が校門を出て行く。
 遠巻きに旧校舎をながめる人たちの顔に、強い西日があたる。
 真砂子《まさこ》は二階、西側の教室から落ちたのだ。
 西側の教室は半分を壊《こわ》したまま放っておかれていた。西側の壁はなかったけれど、いちおうそこにはベニヤ板がはってあって、風雨は入ってこないようになっていた。そのベニヤ板が裂《さ》けたのだ。
 真砂子はそこから放り出され……三メートル下の地面に落下した。
 西側には鉄パイプや古い工事道具が残されたままになっていた。
 たまたま真砂子はそんなものの間、やわらかい地面の上に落ちたが、工具の上に落ちたらどうなっていたかわからない。

「どうなっておるんですか」
 校長がナルたちを責める
「除霊をしてくださいと、お呼びしたんですよ。前にも助手の方が事故でけがをされたとか、そのうえこれでは、また不吉なウワサが……」
 ナルは校長を制す。
「助手がけがをしたのは、ソコツ者の学生のせいです」
 ……それは、あたしのことかなぁ?
「原さんは意識をなくす前に、やはり霊はいないと言ってました。
 本人が、あれは自分の注意から起こった事故だと言っていたのです。どうか、よけいな不安をお持ちになりませんよう」
「しかし……」
「調査にもどります」
 ナルは一礼して、旧校舎に入っていく。
 ……事故? 真砂子はたしかにそう言った。
 でも……。

「あれは真砂子の強がりだと思うわ」
 厳しい声で言ったのは巫女《みこ》さんだ。
 いつのまにか、ミーティング・ルームのようなあつかいを受けている実験室。
「旧校舎には悪霊がいる。アタシはそう思うわ」
「そう。綾子が除霊しそびれたやつがな」
 ぼーさんに言われて、巫女さんは頬《ほお》をふくらませる。
「……いいわよ、認める。
 アタシは除霊に失敗したわ。危険だわ」
 あたしは思わず、
「危険なの?」
 巫女さんは肩をすくめる。
「除霊に失敗した霊と言うのは、手負いの熊といっしょよ。とても凶暴になる……」
「それじゃ、真砂子のケガは巫女さんのせいなんじゃない!」
「なによ!」
 ……だって、そうだろ!
ナルがあたしたちの間にはいる。
「早まるな。
 ビデオを見る限り、あれは事故としか言いようがない。原さんの言うとおり、本人の不注意が巻き起こした事故だ」
 そう。真砂子はあの壁がヤワなベニヤ板一枚でできているなんて、思ってもみなかったようなのだ。
 何気なくベニヤ板にもたれて、そしてそこが裂《さ》けて落ちた。ビデオにはその過程がしっかり映っていた。
 でも……。
「ねぇ、ナル?
 幽霊屋敷って、事故とか自殺とか続くから不吉だって言われるわけでしょ?
 事故にも自殺にも、ちゃんとした理由があるかもしれないけどさ、それがなぜだか続くってとこが不吉なわけで……」
 あたしが言うと、ナルは腕を組む。
「たしかにそうだね。
 でも……この校舎はどこか変だ
 納得できない」
「なぜ?」
 ツケツケと問うのは黒田女史だ。
「機械に反応がなさすぎ。
 気温の低下も、イオンの偏《かたよ》りもない。静電気量も正常。データは完全に正常値を示しているんだ」
「でも、巫女《みこ》さんか閉じこめられたのは?
 わたしが襲われたのは?
 ビデオが消えてたり、ガラスや黒板が割れたり、イスが動いたりしたのは?」
「だから、納得がいかないと言ってる」
 ぼーさんが口をはさむ。
「おまえさんの知らないパターンかもしれないぜ」
 ここには強力な霊がいて、それは、いないふりをできるぐらい強い力を持っているのかもしれないじゃねーか」
 ナルは考えこむようにして、
「ぼーさんの意見は?」
「地縛《じばく》霊」
「アタシは付喪神《つくもがみ》を押すな」
 声をはさんだのは巫女さんだ。
「つくもがみ?」
 あたしが聞くと、
「生き物じゃなくてもね、霊が宿ることがあるの。机やイス、大きいものでは家なんかでもね。もともと霊をもたないものが、長い時間の間に、まわりの人間の感情を吸って霊を宿すのよ」
 へえぇ。
「この校舎は、ここで学んだ学生や教師の感情を吸って霊を宿したのだと思うの。特にこの校舎に関する恐怖を吸って」
 ……なんだか、こわい。
 幸い、真砂子のケガはそんなに大したものじゃなかった。でも……。
 ぼーさんが馬鹿《ばか》にしたような視線を巫女さんに向ける。
「地霊という意見はどこに行ったのかな?」
「もちろん、地霊も一役かってるわ。
 
 この土地の精霊が核になって、そこに人間のマイナスの感情を取りこんで付喪神化したの。……手ごわい気がするわ」
「ほおお」
 ナルはふたりにかまわない。
「君は、ジョン?」
「ボクにはわかりませんです。
 せやけど、危険やとゆうのんには賛成でんがなです。除霊をやります」
「そう……」
「ナルは?」
 ぼーさんがナルの顔色をうかがう。
「僕《ぼく》は……今のところは意見を保留する。
 少し調査の角度を変えてみようと思う。」
「ほお?」
「麻衣《まい》」
「へい」
「僕は車にもどる。
 麻衣はここにいて、機材を見ていろ。変化があったら呼んでくれ」
 ナルは機械のスイッチを指さす。
「このマイクが車に通じてるから」
「はーい」
 ずるいなぁ。じぶんだけ、校舎を出ちゃうわけ?

     2

 ナルが実験室を出ると、ぼーさんが巫女《みこ》さんに、
「どうなのかねぇ、あのボウヤ」
「どうって?」
「やたらたいそうな機械を持ちこんで、ハデにやらかしてるけど、本当に有能なのか、ってこと」
「アタシにわかるわけ、ないでしょ」
「あなたたちよりは有能なんじゃない?」
 挑戦的に言ったのは、黒田女史だ。
「そういや、お嬢ちゃんは?
 帰らなくてもいいのかい?」
「あなたがたの無能ぶりを拝見してからにするわ」
 あざわらう。
「今度は誰《だれ》が何をするの? 成功するといいね」
 ぼーさんと巫女《みこ》さんが顔をしかめる。敵意をこめた眼。
 ……女史も、わざわざ敵を作ることはあるまいに。
 ジョンが立ちあがる。
「ボクが」
「ほう、いよいよ、エクソシストのおでましか?」
 からかうようにぼーさんが言ったけど、ジョンは軽くうなずいた。
 ジョンはケンカを買わないよ。あんたらとちがって性格いいもん。
「手伝おうか?」
「よろしいです。それより、祈祷《きとう》を始めたら、機械に注意せえや、です。
 何か反応があるかもしれへんです」
「うん」
 ……脅《おど》かさないでほしいなぁ。

 画面には、二階の教室が映っている。ミチルの先輩が人影を見た部屋。真砂子がそこから落ちた部屋。
 陽《ひ》が落ちた教室。かすかな残照で明るい。
 突然、画面が途切れて、白黒になる。
 ……え?
 粒子の荒い、白黒の映像。カメラが変わったらしく、部屋を映す角度も変わる。
 あたしはあわてて、車に通じるマイクのスイッチを入れる。
「ナル」
『どうした?』
「ビデオの画面が白黒になっちゃったの」
『心配ない。暗くなったんで、暗視カメラに切り替わったんだ。ようすは?』
「ジョンがお祓《はら》いを始めるって……あ、現れた」
 教室に古めかしい服(あれが神父さんの制服だろうか)に着替えてキラキラした布をかけたジョンが現れる。金髪がはえて荘厳《そうごん》な印象。
 彼は部屋に入ると、水の入ったびんを取り出す。指をひたし、水で柱に十字架を記す。 あちこちの壁や柱に十字を書き終わると、彼は教壇に小さな祭壇を設ける。銀色の燭台《しょくだい》。銀色のキリスト像。
 ロウソクに火を点《とも》すと、あたりが明るくなる。ジョンは指を組んで頭を垂《た》れる。
 かすかな声がスピーカーから流れてくる。
『天にましますわれらの父よ。
 ねがわくは御名をあがめさせたまえ。御国をきたらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもなさしめたまえ。われらの日用の糧《かて》を、今日も与えたまえ。われらに罪をおかす者を、われらがゆるすごとく、われらの罪もゆるしたまえ。われらをこころみにあわせず、悪より救いだしたまえ。国とちからと栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。アーメン』
 ジョンは、水をまく。
 あれが聖水というものだろうか。
 そして聖書を広げる。
『主よ、なんじはいにしえより、世々《よよ》われらの住《す》み家《か》にてましませり……』
 画面に変化はない。どこも異常があるとは思えない。
『山いまだなりいでず、なんじいまだ地と世界とを造りたまわざりしとき、永遠よりとこしえまで、なんじは神なり』
 画面のようすに眼をやっていたぼーさんが立ちあがった。
「俺《おれ》も商売にかかるかな」
「そうね、アタシも」
 巫女《みこ》さんまでが立ちあがる。
 ……どっかに行っちゃうのぉ?
「黒田さんは? ここにいるよね」
「あなたが心細いならいてあげてもいいわ」
「いてくれる……?」
 ああ、情けない。だけど、こわいもんはこわいんだもん。しょうがないよね。

     3

 あたりは本格的に暗くなってきた。
 実験室の中の明かりは、TVからもれる光だけ。TVがいくつもあるせいで、かなり明るいのだけど、なんだか奇妙な明るさ。
 一階西の廊下《ろうか》の映像に、ぼーさんが現れた。こいつも坊主《ぼうず》の制服に着替えている。なにやら荷物を手に持って、いちばん西の教室に行く。
 その真上の教室、二階の西奥の部屋ではジョンの祈祷《きとう》が続いている。
 彼は祭壇の銀色の器から白い砂のようなものをつかみ出す。それを床にまく。塩だろうか。
『初めに言《ことば》があった。言は神と共にあった。言は神であった……』
 ふと、ジョンが視線をさまよわす。言葉が一瞬とぎれる。
 ……なに?
 スピーカのボリュームをあげる。
 ジョンの言葉の合間に、何かが折れるような音がはっきり入る。
「ラップ音じゃない?」
 黒田女史が身を乗り出す。
『……この言《ことば》は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので言によらずに成ったものは何一つなかった……』
 なにかが起こっている?
 あたしは画面の中をのぞきこむ。
 なにか……。
『……言の内に命があった。命は人間を照らす光であった……』
 ジョンが何度も天井《てんじょう》に視線を投げる。
 
『光は暗闇《くらやみ》の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった……』
 天井……。
「あ!」
 あたしは思わず立ちあがる。
 教室の天井。西の端。ベニヤ板をはった壁のあたり。ちょうど真砂子が落ちた裂け目の、その真上のあたり。
 天井が内側にたわんでいる……。
 何かが天井《てんじょう》を突き破って、落ちてきそうだ。
 いけない!
 あたしはイスを蹴《け》った。
「谷山さん!?」
 女史の声を背に、実験室を駆け出す。
 西の教室の近くまで来ると、廊下《ろうか》からも教室の中で激しい音がしているのが聞こえた。
「ジョン、ジョンっ!」
 教室のドアを開けると、驚いたようにジョンが振りかえる。
「麻衣さん……」
「ジョン、あぶないよ、出て!」
「え!?」
 あたしがたわんだ天井を指さす暇さえなかった。
 板が裂ける嫌《いや》な音。地響きと激しく物が降ってくる音。ドッと土ぼこりがあがり、床が揺《ゆ》れる。燭台《しょくだい》が倒れて明かりが消えた。あたりは真っ暗になった――。

     4

 懐中電灯の明かりが交錯する。
 教室の西側を埋めたガレキの山。板キレ、角材、砕《くだ》けた瓦《かわら》。
 ……西側の屋根が落ちたのだ。
「麻衣さんが声をかけてくれへんかったら、ボクは危なかったです」
 少し震《ふる》えるジョンの声。
 ナルが折れた角材の一つを手に取る。
 じっと見入る。
「ここは危険だ、下に降りよう」
 ぼーさんの声も緊張している。
 巫女《みこ》さんは寒いのか自分の肩を抱く。
「……アタシ、今日はもう帰るわ」
「いくじがないのね」
 黒田女史のわらい。巫女さんはかまわない。
「命あってのモノダネよ。
 真砂子だって、落ちる場所が悪かったらヤバかったわ。ジョンもそう。
 アタシはリコウだから引きぎわを知ってるの」
「怖気《おじけ》ついたわけね?」
「なんとでも言って。とにかく今夜は引くわ。続きは明日にする」
 ……そんなぁ。
「そのほうがいいかもしれないな」
 つぶやいたのはナルだ。
「おいおい、ナルちゃん」
 ぼーさんのあきれた声。
「おまえさんまで臆病風《おくびょうかぜ》か?」
「なんとでも。ここは巫女《みこ》さんの意見が正しい。……麻衣、帰っていいぞ」
「ホント?」
 あら、我ながら声がわらってるわ。
「本当。君も……」
 手にしていた角材を放り出して、ナルは黒田女史を振りかえる。
「黒田さんも今日は帰ったほうがいいね」
「おいおい。女じゃあるまいし……」
 なおも言うぼーさんを、ナルは視線でとどめる。
「いちおう忠告しておくが、ぼーさんも今夜は引いたほうがいいと思うけど?」
 ジョンがため息をつく。
「ボクは……ご忠告かに従って、今日のとこは帰らせてもらいますです」
「それがいいね」
 ぼーさんが軽く舌打ちをした。
「しょーがねぇな。今夜は帰るか」
 あ、自分だけ残るの、こわいんだ。ふふん。
 ぼーさんの言葉に促されて、あたしたちはドヤドヤと教室を出る。
 階段を降りて玄関に出たところでナルが手をあげた。
「じゃあ」
「ナルは? 帰らないの?」
「少し調べたいことがあるから」
 ……残るの? ……勇気あるなぁ。
 あたしたちはナルに見送られて旧校舎をあとにした。


六章 風雨弱まるも波高し


     1

 翌朝、起きるやいなや、学校に向かった。
 ナルはだいじょうぶだろうか。
 なんとなく気になるよねー。旧校舎に一人で残って。あのあと、屋根がまた落ちたりして……それとも……。
 まー、にくまれっ子世にはばかる、とは言うけどさ。

 旧校舎に入るとまっすぐ実験室に向かう。
 ナルはいない。……いないだけじゃない。
 機材は半分残してかたづけられている。残った機械もほとんどが動いていない。
 どういうこと?
 あたしは外に飛び出す。
 実験室でなかったら車だろう。
 旧校舎をまわりこんで裏手に出ると、グレーのワゴンがあいかわらずの場所にとまっていた。
 中をのぞきこむと、機械にもたれるようにしてナルが眠っていた。
 あたしは窓を叩《たた》いた。
「ナル!」
 彼がかすかにまばたきして眼を開ける。すこしボーッとしてから、あたしのほうをふりあおいだ。
 ……こいつ、本当に顔いいな。
 半分寝トボケた顔が鑑賞に堪《た》えるというのは、めったにないことだ。
「……麻衣《まい》か」
「おはよ」
「おはよ、じゃない。なんだ、こんな朝っぱらから」
 うー、ひとが心配して来てやったのにぃ。
「朝っぱらって、もう十一時すぎたよ」
「まだ昼前じゃないか……」
 まだ昼前、って、おまえ、どんな生活してんだ?
「コーヒー、いれてきたけど、飲む?」
 
「……めずしらく気がきくな」
 素直にありがとうと言えないのかねぇ。
 いいけど。もう慣《な》れたから。
 あたしは持って来たポットからコーヒーをカップに注ぐ。それを差し出して、
「ゆうべ、何かわかった?」
「ああ」
 ……え?
 あたしはどうやら、何も期待してなかったらしい。自分で聞いておきながら驚いてしまった。
「ああ、って……何かわかったの?」
「うん」
 ナルは無表情。
 問いつめようと思った矢先、ナルを呼ぶ声が聞こえた。
 霊能者の集団のお着きだ。

     2

 真っ先にぼーさんが、
「おい、どーしたんだ」
「なにが?」
「実験室の機材!」
 巫女《みこ》さんはあくまでもいじわるっぽい。
「もう帰る準備?」
 答えるナルの声のそっけなさ。
「そう」
「……冗談でしょ?」
 巫女さん、驚いてら。だろうなー。
「本気だから、かたづけたんだけど?」
 しんとみんなが、おしだまってしまう。
 次の瞬間、いっせいに騒《さわ》ぎ始めた。
 ナルが頭をかかえる。
「たのむから、起きぬけに騒がないでくれ……。
 さっき寝たところなんだ。
 げ。徹夜かぁ?
 ぼーさんがナルの顔をのぞきこむ。
「……帰るって、なんで?」
「事件は解決したと判断したから」
「除霊したのか?」
「してない」
 はぁ!?
 ナルは眠そうに手近にあった書類を引き寄せる。それをぼーさんに差し出した。
「なんだ?」
「旧校舎は、昨夜一晩で、最大〇・二インチ以上沈んでる」
「なにぃ!?」
 ぼーさんがグラフをひったくった。
 じっと眼を落としてから、きまりわるげに瞬《まばた》きして、
「……見てもわからねーよなー、やっぱり」
 巫女《みこ》さんが口をはさむ。
「どういうことよ、それ」
「だから、建物が沈んでいるんだ。
 地盤沈下」
「じゃあ、なに? あの怪現象の原因は、それだって言うの!?」
 ナルは答えるかわりに、書類の山から紙を引っ張り出す。
「古地図。地図、地図……。地層図、水脈図」
 言いながら、足元に放り出す。
「なに?」
「見ればわかる」
 あたしたちはそれをのぞきこむ。
「地図だね……」
「地図だな」
 うー、わかんないよぉ!
 ナルはやっと眼が覚めたふぜいだ。
 軽くのびをして、
「ここはもともと湿地なんだ。
 それを埋《う》め立てて、このあたり一帯の土地はできた。それだけでなく……井戸の印からするに、この学校の真下をかなり大きな水脈が通っているらしい」
 全員が地図をのぞきこむ。地図の上に、ナルがつけたらしい赤い印が無数に入っている。
「その印のついた井戸のうち、二つが今も残っていた。神社にあったんだけど。
 推量の確認をしたら、二つともほとんど枯《か》れかけていた。
 そういうこと」
「はぁ?」
「だから、ここはもともと地盤が弱いんだ。湿地を埋め立てた場所だから。そこに地下水脈。しかも水量が減って枯れかけている。
 そのせいで起こった地盤沈下。それもかなり激しい勢いで沈みつつある。
 とくに激しいのが……」
 ナルは旧校舎の見取図を出す。青く塗《ぬ》った取り壊《こわ》された部分を指して、「このあたり。
 建物の一方が急速に沈んでいるので、あちこちにねじれやひずみができている。
 校長は旧校舎を取り壊したいらしいが、あわてる必要はないんだ。校舎が倒壊するのも時間の問題」
 しんとした間《ま》。
 ぼーさんがガックリと肩を落とした。
「なんてこった。
 それじゃあ、イスが動いたり、屋根が落ちたのはそのせいってわけか?」
「そうだね。
 水準器を置いてみたら、あの教室は西側の床が東側より三インチも低かった」
「三インチ……七センチ半ってとこか……。とんでもねぇ」
 巫女《みこ》さんが不満げな声をあげる。
「でも、ラップ音が……」
 言いかけてから、
「まさか?」
 ナルがうなずく。
「ラップ音じゃないだろうね。
 柱か梁《はり》か……実際に建物がひずんでる音だろう」
「……冗談じゃないわ。それじゃ、アタシたち、すごく危険な場所にいたことになるんじゃない?」
「みたいだな」
「それ、キケンやでです。
 校長先生にゆうて、立ち入り禁止にしてもろたほうがいいのんとちゃうんかいです」
 ガクッとぼーさんがコケた。
「ジョン! たのむから、大阪弁にデスをつけるのはやめてくれっ!」
「もうしわけ、おまへん……」
 いじめんなよー、ジョンのせいじゃないんだからー。教えたやつが悪いんだ。
「ジョンの言うとおりだ」
 ナルは、あくまでもクールな声。
「校長に言って、旧校舎の付近は立ち入り禁止にしてもらったほうがいい。
 あの建物は、遠からず倒壊するだろう」
 

     3

 午後、あたしとナルとで機材のあとかたづけをしていたら、黒田女史がやってきた。
「……どうしたの?」
 女史は、かたづけられた実験室の中を見るな

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