堠`さん。こんなとこでアブラ売ってていいの?」 「その言葉、そっくりかえしてやるよ」 あのなー。あんたら、ここを喫茶店がわりにするなよな。 「ナルは?」 綾子の問いに、あたしは丁寧《ていねい》に答えてやる。 「所長でしたら、所長室で、瞑想《めいそう》中でございますわ」 「あー?」 「なによ、それ」 「知らない、そう本人が言ってるもん。 なんだか知らないけど、地図を広げてじーっと考えこんでんの。あたしは、旅行の計画を練《ね》ってるだけだと見たね」 「へー」 「でも、あれやってるときにジャマすると大目玉をくらう。 だから、ナルはあきらめて、お茶飲んで帰れば?」 綾子はちょっと唇《くちびる》をとがらす。 「なーんだ。 あたし、アールグレイにしてよね」 ……へいへい。 なんちゅー勝手な客だ。おっと、客じゃなかったか。 キッチンに入ろうとすると、再びドアの開く音。 ……今度こそお客……なんてこったい。 「あ、こんにちは、です」 「あれー、ジョンじゃない」 「よぉ」 ま、いいけどね、ジョンなら。 でも、あたしはいちおう聞いたりする。 「どうしたの、ジョン?」 「近くまで来たんで、よらせてもろたんです」 ……あー、さよーで。 「お茶いれるけど、何がいい?」 「……すんません。お手間のかからへんもんでかまいませんです」 ……うんうん。いいねぇ。このひかえめな言い方。見習えよ、ぼーさんに綾子。 あたしはヤカンをかけて、お茶の準備をする。ポットの用意をしながら、いやーな予感。 ぼーさんが来て、綾子が来て、おまけにジョンが来た。と。すると、まさか……。 そこに、所長室のドアが開いて当のナルが出てきた。 「麻衣、お茶……」 いいかけて、オフィスを見て眼を見開く。 「……何のご用ですか?」 「いやー」 「ちょっとー」 各々《おのおの》が言い訳を口にするのを冷たくながめる。 「……麻衣、なんなんだ、この騒ぎは」 「存じません。ファンクラブなんじゃないの? ――お茶、何にする?」 「なんでもいい」 言って一同を見渡す。 「ここは喫茶店じゃないんだけど?」 「まぁまぁ」 ぼーさんがにこやかに手を振る。 「堅《かた》いことは言いなさんなって。――旅行に行くんだって?」 「誰《だれ》が?」 「地図をながめているんだろ? まさか、本当に瞑想《めいそう》してたわけじゃないよなぁ?」 「そのつもりだったけど、これじゃ不可能だな」 ため息まじりに言いながらも、ジョンの隣に腰をおろす。 すぐに、最近出た本がどうとか、論文がどうとか、どこそこの霊能者がどうだとか、プロ同士の会話になってしまった。 やれやれ。 あたしは頭をひとつ振って、お茶をいれる。 まぁいいけど。これでまた仕事をサボれる。あいつらが来てるあいだは、仕事にならないからなぁ。 トレイにグラスを並べてキッチンを出たとたん、はかったようなタイミングで、再び(正確には四たび)ドアの開く音がした。 ……まさか。 全員の視線がドアに集まる。 ドアをあけて、涼《すず》しげな着物姿の女のコが姿を現した。 ……ウンザリ。 「なによ、真砂子《まさこ》、何の用?」 「あら、そういう松崎《まつざき》さんこそ」 「アタシは、ちょっと近くまで来たからー」 「あたくしもですわ。こんにちは」 真砂子がナルにわらいかける。 とたんにナルがそそくさと立ち上がった。 「……麻衣、僕《ぼく》はちょっと、出てくる」 ……は? 「あら、お出かけですの?」 「ああ……。ちょっと」 「おともしますわ」 「いや、結構。ごゆっくり」 ……ひょっとして、ナル、あんた真砂子を避けてない? そう言えば……礼美《あやみ》ちゃんの事件でも、綾子が真砂子を呼ぼうと言うのに、ずいぶん反対していたな。 「あら、出るんだったら、アタシもご一緒するわよ」 「いや……」 ナルは真砂子と綾子を見くらべる。真沙子がちゃっかりナルの腕に手をかけた。 「あたくし、おともしたいわ」 ねっとりした口調。 ……こいつはー……。ふん、ナルが他人の言うことなんか聞くもんか。ノーと言ったら絶対にノーの人間なのよ。 ……が、しかし。 「…………」 声にならないつぶやきをもらして、ナルはそのまま歩きだした。真沙子の手を振りほどかずに。 ……がーん。 真沙子が得意そうな眼であたしたちを振りかえる。 「ごめんあそばせ」
……しばらく、全員でぼーぜんとドアをにらんでしまった。 「……なによ、あいつっ!」 綾子のバ声は、どちらに向けられたものなのかわからない。 ……なんでよぉ、誤解だって言ったじゃんよー。ナルのうそつきぃ! ぼーさんが身を乗りだした。 「なぁ、麻衣? ナルは真沙子になんか弱みでも握《にぎ》られてるのか?」 「弱み? ナルにそんなもん、あると思う?」 「……しかし、弱みを握られてるんじゃなきゃ、いまのは何なんだよ」 ……そんなこと聞かれてもわかんないよぉ。 「たしかに……」 ジョンまでが困《こま》ったように首をかしげる。 「麻衣。いつも聞こうと思ってたんだけどさ」 ぼーさんが声をひそめる。 「ナルって、本当にここの所長なのか?」 「……いまさら、なにを。当然そうだよ」 「オーナーとかいないのか?」 「いないよ」 ……たぶん。 「なんで?」 あたしが聞くと、ぼーさんは、 「なんでって、おまえ……。この事務所の家賃、いくらすると思う?」 綾子もふと、 「そういえば、そうよね、仮にも渋谷でしょ? まだビルは新しいし事務所は広いし……」 「だろ? おまけにあの機材だ。高感度カメラ一台の値段は?」 ……高い。とほーもなく高い。それは前に聞いて知ってる。 ジョンがサラッと言う。 「パトロンでもいるのとちがいますか?」 ……おいっ、おいっ! 「ボク、なんぞ変なことでも言いましたか?」 「……パトロンって、おまえな……」 ぼーさんの声に、 「けど、欧米やったら、ようあることです。超心理学ゆうのは、まだ理解されてない学問ですから、どこの研究所も後援者がいるのがふつうやと思いますけど。大きな財団が後援してるところかてありますし、博士号や教授職を作ってる財団かて」 「ジョン、……あのな」 「ハイ」 「日本語は気をつけて使え。日本でパトロンつったら、意味が少し違うんだぞ」 「……はぁ?」 ……あー、びっくりした。 「しかしねそのセンは悪くない」 ぼーさんが腕を組む。 「ひょっとして、後援者がいてさ、それが真沙子の父親とかな」 「あ、そやったら、原さんの誘《さそ》いは断れませんね」 「だろ?」 綾子も身を乗り出す。 「こういう可能性もあるんじゃない? ……ナルはじつはおぼっちゃま」 ……うーむ。 しばし全員で考えこんだあと、ぼーさんがいきなり立ち上がった。 「ま、それはともかく。綾子はミゴトにふられたわけだ」 「……よけいなお世話よっ!」 「ハラいせにどう? 俺《おれ》とデートしない?」 ……おちゃらけ坊主《ぼうず》。 「お断りっ。誰《だれ》があんたなんかと」 「オヤオヤ。んじゃ、麻衣? どう?」 ……あたしーっ!? 「コーヒーのお礼に映画でも」 ……コーヒーのお礼って、これは事務所のもんで、べつにあたしのものじゃ……。 ん? というように、ぼーさんにうながされて、 「……ぼーさんのおごり?」 「モチロン。森下事件で依頼料が入ったばかりだし、俺《おれ》いま、金持ちだぜ?」 「行く」 ……行くとも。行ってやるーぅ! ナルのばかー! あたしは十五の若いみそらで、青春したいさかりなんだからねっ。それをナルみたいなニブイやつ、待ってられるかぁー! おどろいたようにあたしを見上げているジョンと綾子。 「あんたが、ロリコンだったとは知らなかったわ」 と、綾子。 「おや、女の子は若いほうがいいに決まってるじゃねぇか。なー、麻衣ちゃん」 「ねー、ぼーさん」 「若いコのほうがいいんだったら、あんたが真沙子にアタックすれば? そしたらアタシが……」 ……こいつっ。 「俺、見る眼あるから、真沙子より麻衣ちゃんのほうがいいー」 ……え? 「真沙子より性格いいしー」 ……うれしいこと言ってくれるじゃない。みどころのあるやつ。 「あー、あたしもぼーさん、けっこうハンサムかなーとか思ったのー」 「お、わかってるねー」 「うん(ハート)」 綾子はジトッとあたしたちをながめたあと、 「よしっ! ジョン、デートしよ!」 「え??? ボク……ですかぁ?」 「そ。おねーさんがおごったげるっ! さっ!」 ひきずるようにして綾子がジョンを立たせる。
……というわけで。 本日、以後ご来訪のお客様。もうしわけありませんが、あたしはいません。リンさんに相手をしてもらってくださいませ。なーに、そんなにこわいひとじゃありません。たぶん。 みょうに気があったりするかもしれません。 そーゆうことで、……よろしくっ。
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