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悪霊シリーズ第2巻 悪霊がホントにいっぱい
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

摔ⅳ辘蓼埂
 静かな、静かな、抑揚《よくよう》のない声。声に色があるとするなら、まったく無色透明の声だ。
「――結構です」
 パッと部屋の明かりがつく。全員がまぶしそうに眼をしばたたいた。
「あとは自由にお過ごしください。ただし、普段とあまりちがうことはしないように。
 ……森下さん」
「はい」
「この部屋の鍵《かぎ》を」
 香奈さんが鍵を渡す。その鍵を受け取るナルの腕の中に、花瓶がある。
 全員の眼がその花瓶に集まる。ほんの一瞬。暗示に成功した証拠。暗示にかかってない人間は、花瓶を見ない。そういうものらしい。
 さて、この花瓶が今夜動くかどうか。
 人間が犯人である場合、暗示によって花瓶が動く。つまり、花瓶が動けば犯人は人間。いまこの場にいた人間ということになるし、動かなければ……犯人は人間以外のものということになるわけ。

 全員が不思議《ふしぎ》そうに出て行ったあと、あたしは、テーブルのまん中に花瓶を置いて、その輪郭《りんかく》どおりに、チョークで線をひいた。
 ナルは、花瓶を見張るカメラの位置を決めている。高感度カメラ。暗い場所を撮影できるカメラだ。星明りの下でさえ、昼間のように映る。これにビデオデッキを接続する。機械をチェックしてあたしとナルは部屋の外に出る。
 レーダーだ。ほら、飛行機なんかについてるじゃない。あれよ、あのレーダー。
 ナルが部屋に鍵をかける。紙でドアに封をする。これで応接間には誰《だれ》も入れないし、入れば紙が破れるのでわかる。完全な密室。
 壁の外からレーダーで花瓶の動きを見張る。ももしも花瓶がわずかでも動けば、レーダーが確認して自動的に室内にあるビデオの録画スイッチが入る。
 ……すごいでしょ?
 これがゴースト・ハントというものなの。霊能者とは全然違うんだー。

 暗示実験の準備がすんで、調査室に使っている部屋――ナルはベースと呼ぶんだけど、あたしはつい化学研究所と読んでしまう――にもどると、ぼーさんと綾子《あやこ》が
ムダ話をしていた。
「おヒマそうですね」
 ナルの皮肉っぽい声。
 そーだ、そーだ。地霊とか、イロイロ言ってたじゃないか。さっさとお祓《はら》いとかしないの?
 ぼーさんがナルに、
「この実験の結果を見てからと思ってな。
 ポルターガイストの犯人が、人間じゃないと確認されてから動くことにしたんだ」
 ……ほぉー。ぼーさん、ひとつリコウになったな。前の事件で先走って、赤恥《あかはじ》かいたからなー。
 うんうん。けっこういい気分だ。つまりはこれって、ナルのやっていることにいちもくおいてるってことじゃない? 前のときは、ナルの調査なんか、意味も価値もないなんて顔してたもんな。へっへ。
 ナルも同じことを感じたのか。
「それは、光栄のいたりですね」
 皮肉な口調でわらう。
 ナルさー、そのわらいかたやめなよ。眼がわらってないんだってば。すっげー、不穏《ふおん》な顔つきになるぞ。もっとこう、素直にわらえないのかねぇ。

 その夜だった。最初の異変がおこったのは。
 九時をまわった頃、科学研究所……もとい、ベースに香奈さんが飛びこんできた。
「ちょっと、来て!」
 香奈さんは青い顔。パニック寸前。
「どうしました?」
 落ちついた声で聞くナルの腕を乱暴につかんだ。
「いいから、来てよ!」
 あたしたち――リンさんをのぞく四人――は顔を見合わせ、香奈さんのあとについて行った。

     4

 香奈《かな》さんがあたしたちを連《つ》れて行ったのは、礼美《あやみ》ちゃんの部屋だった。
 礼美ちゃんの部屋も、あたしたちや綾子《あやこ》さんの部屋と同じく、二階にある。「これを見て!」
 香奈さんがヒステリックにドアを開ける。中を見て、あたしたちは眼を見張った。
 壁《かべ》にピッタリつけて置いてあった机が斜めになっている。それだけじゃない。 斜めになったベッド、本棚《ほんだな》、タンス。
 部屋のすみでは、パジャマに着替えた礼美ちゃんがポカンと立っていた。
「……なんてこった……」
 ぼーさんのつぶやきに、香奈さんが厳しい顔を向ける。
「……礼美ちゃんを寝かしつけようと思って、ふたりで部屋にもどって来たらこうよ。
 どうなってるの? こういうことがおさまるように来てくれたんじゃなかったの?」
 ヒステリックな声を聞きながら、あたしはキョトンとして部屋のようすをながめている礼美ちゃんの体に手をまわす。
「礼美《あやみ》ちゃん?」
 礼美ちゃんは不思議《ふしぎ》そうに眼をパチパチさせてから、あたしを見上げる。
「どうしてみんなナナメになってるの?」
 本当にビックリしている。
「うん。どうしてだろうね」
 答えながら気がついた。カーペットまでが斜めになってる……。
 ふいに背筋が寒くなる。
 こんな重いもの、いったい誰《だれ》が? カーペットなんて、上に家具がのってるのよ? あたしなんかの力じゃ、一センチだって動かない。
 
 いったい、誰《だれ》が? どうやって?
 ドアのところから部屋の中を見まわしていた綾子《あやこ》がボソッと、
「その子が、やったんじゃないでしょうねぇ」
 あたしは思わずムッとする。
「こんなこと、礼美ちゃんにできるわけ、ないでしょーが」
「ムリだろうな」
 あたしを応援してくれたのは、ぼーさんだ。
「上に家具がのったままだ。俺《おれ》でもできねぇな。――それとも、おまえさんならできるのか?」
 言って綾子に軽蔑《けいべつ》の視線を向けてやるる
 そーよ、そーよ。
 ナルがそっけない声で香奈さんに、
「……とりあえず、部屋を調べてみたいのですが、いいですか?」
「ええ。どうぞ」
 香奈さんはうなずいて、
「わたしたちは下にいますから」
 そう言って、礼美ちゃんの手をひいた。礼美ちゃんは、うつむかせていた顔をふとあげてあたしを見上げる。
「礼美じゃないよ」
 礼美ちゃんは泣きそうだった。
「わかってる。礼美ちゃんじゃないよねぇ」
 あたしはあわてて身をのりだした。
 ……綾子の考えなしっ!
 どーすんだよ、礼美ちゃん、キズついちゃったじゃないかーぁ。
 ぼーさんまでが礼美《あやみ》ちゃんの頭をなでて、
「みーんなわかってるから、な?」
「うん」
 礼美ちゃんが、やっと笑顔を作った。

 香奈さんに手をひかれて下へ降りていく礼美ちゃんを見送ってから、あたしたちは顔を見合わせる。
「どう思う、ナルちゃん?」
「どう思う、もないだろう?」
 こんなことができる人間がいたら、お目にかかりたい。
 松崎さんの知り合いはどうだか知らないけど、僕《ぼく》の知り合いにはこんな怪力の持ち主はいないな」
 ……だよねぇ。
 綾子がきまりわるげにそっぽを向く。
「ちょっと言ってみただけじゃない」
 ナルは床にかがみこんで試しに引っ張ってみる。ぼーさんも手を貸す。カーペットはもちろん、ビクともしなかった。
 ナルはさらにカーペットをめくってみる。
「なんの痕跡《こんせき》もない。人間にはムリだな
 つぶやくように言ったときだ。階下から悲鳴が聞こえたのは
 あたしたちは顔を見合わせるすぐに、全員が下に駆《か》けおりた。

「どうしたの?」
 悲鳴のした、居間のほうに走る。
 居間に飛びこむと、真っ青な顔をした香奈さんが立ちすくんでいるのが眼に入った。そのそばにはポカンとした礼美ちゃん。典子さんがお勝手のほうから駆けて来て、居間をのぞくなり驚いたように立ち止まった。
「…………!!」
 あたしたちも立ちつくす。
 居間の家具、全部が裏返しになっていた。
 テーブルやイスは足を上に、壁《かべ》ぎわの飾り棚《だな》は、ピッタリ壁についたまま背中を見せている。かかった絵も全部裏がえし。
 さすがに誰《だれ》もが声も出なかった。
 テーブルをひっくりかえすのはいい。すごく厚い木のテーブルで、かなり力がいりそうだけど、できないことじゃない気がする。たとえば、ナルとリンとぼーさんの三人がかでやれば、音もたてずにできるだろう。
 でも棚《たな》は? さっきこの部屋でお茶をいただいたので覚えてる。あの棚の中には、香奈さんが集めている時計が入っていたのだ。
 たくさんの置き時計。古いものや新しいもの。大理石のもの、真鍮《しんちゅう》のもの、ブロンズのもの、ガラスのもの。香奈さんが自慢そうに見せてくれたものなんか、純銀製だと言っていた。
 そんな重いものが入った棚を……しかも棚じたいが厚い木を使ったもので重そうな……それをどうやって動かすわけ?
 壁《かべ》から引き離して、裏返して、もいちど壁にくっつけて。
 そうしてあたしは気がついた。
 足元。
 この部屋のカーペットは、家具をのせたままの状態で裏返しになっていた……。

 あたしたちはあらためて、礼美《あやみ》ちゃんの部屋と居間とに機材を運んで設置した。
 今夜は礼美ちゃんは、典子さんの部屋で寝ることにしたようだ。
 廊下《ろうか》の映像のかわりにふたつの部屋のようすを映したTVを見守りながら、ナルが考えこむ。
 そのわきからぼーさんが、
「ポルターガイストってわけだ。疑問の余地なし、だろ?」
 ナルのかわりに綾子が割りこむ。
「そんなの、わかりきってるじゃない。
 問題は、ポルターガイストを起こしている犯人よ」
「地自霊《じばくれい》じゃねぇのか」
「地霊だと思うわ」
 ……まーた、始まった。あんたら、いつも地縛霊と地霊なのな。前に大恥かいたの、忘れたのか?
 ナルは答えない。
「どっちにしても簡単よ、簡単。
 明日、いっぱつ祓《はら》ってみようかな」
 軽く言って綾子が立ち上がった。
「ナルちゃんは、TVのおもり? 時間の無駄だと思うけど?」
 ナルは無視。綾子は肩をすくめてから、ヒラヒラ手を振って出て行く。
「まー、好きなだけやってるのね。アタシは寝ようっと」
 ……あいかわらず、意味もなく自信に満ちたやつ。前の事件じゃ、全然役にたたなかったくせに。
 綾子が出て行ってからぼーさんが、
「どうした? えらく考えこんでるじゃねぇか」
 ナルは答えない。返事ぐらいしてやれよ、もー。
 しかしぼーさんは、気にするようすもない。
「なんか、気になることでも?」
 ナルはやっと口をひらく。
「反応が早いと思わないか?」
「はー?」
 ナルの眼は暗い。深い深い闇《やみ》の色。
「心霊現象というのは、部外者を嫌《きら》う。無関係な人間が入ってくると、一時的にナリをひそめる」
「そういや、そうだが」
 あたしはぼーさんに聞く。
「そうなの?」
 こういう質問をナルにしたって、無知だって言われるだけだってわかってるもんね。
「まぁな。……TVでよくあるだろう。幽霊《ゆうれい》屋敷の番組が。有名な幽霊屋敷に取材に行っても、たいがい何も起こらない」
「そうだねー」
「幽霊でもポルターガイストでも、部外者がくれば、ナリをひそめる。
 ……たしかにそうだ」
 ナルは眼をTVにやったまま、
「なのにいきなりあれだ。
 典子さんに聞いてたやつよりも、反応が強い」
「……たしかにな。
 お嬢さんの話じゃ、せいぜい家具が揺《ゆ》れる程度だってことだったが……」
「どう思う?」
 
 ぼーさんは、めずらしくマジな顔で腕を組む。
「……ふつうは、反応が弱くなるもんだよな。すげえラップ音がすると聞いて行ってみると、きしみ程度とかさ。
 それが反対に強くなるってことは……」
 ちょっと言葉を切ってから、
「反発」
 ナルがぼーさんを見かえす。
「ぼーさんも、そう思うか?」
「だろうな。この家、俺《おれ》たちが来たのにカンづいて、ハラをたててるぜ」
「しかも、いきなりあれだけの大業《おおわざ》を見せてくれたということは……」
「このポルターガイスト、ハンパじゃねぇ」
 ナルがうなずいた。
「……てこずるかもしれないな」
 つぶやきめいたナルの声に、あたしは不安になる。
 ……てこずるって……。

 その夜はそのまま何の動きもなかった。あたしたちは明け方、やっと眠りについた。

     5

 テーブルの上には花瓶《かびん》。昨日のまま。まわりにひいた線からもはみ出していない。
「どうだ?」
 暗視カメラに接続したビデオにかがみこんでいたナルが聞く。
「動いたようすはないよ」
「やっぱりな。こっちも、録画されていない。反応なしだ」

 ベースにもどって、あたしはナルに聞く。
「花瓶が動いていないということは……。
 この家のポルターガイストは、家の人間のしわざじゃないわけね?」
「おそらく」
「ねぇ、海外に行っている典子《のりこ》さんのお兄さんが犯人ってことはないの?」
「ないだろう。この場にいないんだから。中年の男が犯人だった例は僕《ぼく》も知らないが、もしそうだったとしても、彼が犯人ならポルターガイストはついて行く。今ごろは宿泊先のホテルで吹き荒れてるはずだ」
「じゃ、……霊?」
「さてね」
 ……おねがい、ちがうって言ってよぉ。
 ナルはあたしを振りかえる。
「これだけじゃあ、判断のしようがない。
 麻衣《まい》、各部屋に温度計を持って行って、気温の測定をやってくれ」
 ナルは立ち上がってリンさんを振り向く。いつだって黙りこんで、いるかいないかわからないみたいにして機械の前にすわっている無愛想《ぶあいそう》なひと。
「リン、地盤調査をやってみる」
「はい」
 彼は機械の前から立ち上がった。

 午後、あたしが家中の温度を調べるためにかけずりまわっている間に、綾子《あやこ》のお祓《はら》いが始まった。
 綾子は礼美《あやみ》ちゃんの部屋で祈祷《きとう》をおこなうことにしたようだ。あたしがベースに立ち寄った時には、綾子はTVの中で三角形の祭壇を組み立てて、その前に立っていた。その後ろには神妙な顔をした香奈《かな》さん、典子さん、柴田さん。
 スピーカーからは単調な祝詞《のりと》――神道《しんとう》の呪文ね――が聞こえる。
『つつしんでかんじょうたてまつる、やしろなきこのところに、こうりんちんざしたまいて……』
機械の前にはぼーさんがすわって、ヒマそうにTVをながめている。リンさんは水脈調査に出かけ、ナルは家の状態を調べるためにあちこちをとびまわっている。
『しんぐうのはらいかずかずかずかず、たいらけくやすらけく、きこしめしてねがうところをかんのうのうじゅなさしめたまえ……』
「ぼーさんは、なんにもしないの?」
 ……ひとりだけヒマそうにしてるなんて、ズルイんじゃない?
「まーな」
「まさか、ナルの調査結果を待ってるとか?」
 イヤミで言ってやったら、あっさり、
「そういうこと。楽できるのに、ムリに働くこたぁ、ねぇからな!」
 ……てめー。このちゃっかしものっ。
『ちはやふるここもたかまのはらなり、あつまりたまえよものかみがみ……』
 スピカーから流れてくる綾子の声を背に、あたしは部屋を出る。後ろからぼーさんが追いかけてきた。
「おや、嬢ちゃん、ゆっくりしていかないのか?」
「あたし、いそがしいの。どっかのお坊さんとちがって」
 ……ふーんだ。
「おまえ……ナルに性格、似てきたんじゃないのか?」
「そらもー。所長と言えば親も同然、アルバイトと言えば子も同然」
「なんだ、そりゃ」
 言ってから、
「まぁ、機材は俺《おれ》が見といてやるよ。がんばんな」
 ……えらそーに。ちょっとは働けよな、おまえー。

 綾子は祈祷《きとう》を終えて、自信満々。香奈《かな》さんに、「今夜からはゆっくり眠れますわ」なんてことをのたまっていたが、はてさて、どうなるか。

「どう?」
 あたしはナルに、ボードを渡す。各部屋の温度を一日じゅう調べたやつだ。すでに夜。十時をまわったる
「礼美《あやみ》ちゃんの部屋が少しだけ低い」
 ……霊の出る場所は、温度が低くなるものらしい。
 ナルはボードから眼をあげて、この家の平面図をにらむ。
「家じたいには、ゆがみもひずみもないな。床もほぼ水平。地下に水脈が通っているが、水量が減っているようすもない」
 ポルターガイストは、地盤沈下《ちんか》や家じたいのひずみで起きることがある。一日がかりで調べたかぎり、そういうようすはないから、やはり……。
「犯人はじゃあ、やっぱり霊?」
「その可能性が増えてきたな」
 ……げ。
 か……考えないようにしてきたのにぃ……。
 あたしはじつは幽霊《ゆうれい》がこわい(当然だけどさ)ポルターガイストは、犯人が人間のことがあるし、むしろそういう場合のほうが多いらしいのであまりこわくない。 あたしは幽霊を見たことがない。学校で友達が「このあたりに何かいる」と言っても、何も感じない。だからよけいにこわいって心理もあるわけで……。我ながら、とんでもないバイトをしてるなぁ……。

 ――そのとき、柴田さんの悲鳴が聞こえた。

 悲鳴のした台所へ、あたしたちは走る。途中で駆《か》けよる典子さんの姿が見えた。 台所に走りこんで驚く。
 ガス管が火を吹いている!
 典子さんが悲鳴をあげる。柴田さんは立ちすくんで動けない。
 あたしはとっさにあたりを見まわした。
 消火器日 消火器は!?
 バーナのように伸びた炎が、今にも反対側の壁《かべ》に届きそうだ。
 ナルとぼーさんが柴田さんに駆け寄って、炎から遠ざける。あたしは、冷蔵庫の隣にあった消火器をつかんだ。
「典子さん、消火器は他にないの!?」
 叫びながら消化剤をぶちまける。あたりが一面、白い泡《あわ》でかすむ。すぐに典子さんが、消火器を抱えてもどってきた。
 二本の消火器を使いきって、火はやっと消えた。典子さんが元栓《もとせん》を閉じる。
 それきり、あたしも典子さんも床にへたりこんでしまった。
「あ……ありがとう」
 柴田さんは、横から見てもわかるくらい震《ふる》えている。ぼーさんがその体をさすってやる。
「おばさん、だいじょうぶか?」
「ええ……。こんな……こんなこと……」
「とにかく、今日は帰りな。俺《おれ》が送ってやろうか?」
 ガクガクとうなずく柴田さん。
 
 ぼーさん、けっこうやさしいところあるじゃない、そう言いかけて、あたしはハッとした。
 窓に人影……。
 家の中のほうが明るいのでよくわからない。でも、子供なのはたしかだった。
 子供が、ジッと窓の外から中をのぞきこんでいる。
 その姿は、ふいに窓から離れて見えなくなった。
「ナル!」
「どうした?」
「いまの見た?」
 ナルは首をかしげてあたしの視線の方向をうかがう。
「どうしたんだ?」
「人影が見えたの……」
 あたしが言うと、ナルは窓に近寄ってあたりをうかがった。
「誰もいない。もう」
「いたの、確かに。中をのぞいていた。……子供だったよ」
 全員がハッとする。
「礼美《あやみ》ちゃん?」
「わかんない。顔は見えなかったから」
「でも、礼美はもう寝てるはずよ」
 典子さんが不安げな声をあげる。
 ナルは少し闇《やみ》色の眼を床に落とす。
「ようすを見てこよう」

 礼美《あやみ》ちゃんは今夜も典子さんの部屋にいる。典子さんの部屋の明かりは消えていた。
 光でかすかに中のようすが見てとれる。
 ……礼美ちゃんはベッドに入っていなかった。床にすわって人形……ミニーと遊んでいる。ミニーは、ハンカチのふとんをかけてもらっていた。
 真っ暗な部屋で、人形と遊んでいる子供。それは、なんとなく胸の痛む風景だ。
 礼美ちゃんは顔をあげる。
 典子さんが明かりをつけて、礼美ちゃんの前にすわった。
「礼美、さっき、台所をのぞいてた?」
 礼美ちゃんはまぶしそうに眼をパチパチしてから、不思議《ふしぎ》そうに首を振る。 典子さんのものいいが詰問《きつもん》調になる。礼美ちゃんが不安そうな顔をする。「ううん」
 少し腹だたしげに首を振る。
 典子さんが小さくため息をついたとき、天井《てんじょう》の近くで激しい音がした。ドンッと天井になにか落ちたような音。
 ハッとあたしたちは、天井を振りかえる。たて続けに天井が鳴った。
「礼美じゃない!」
 突然、礼美ちゃんが叫ぶ。
「ちがうもんっ!」
 今にも泣きだしそうな叫び。
 それに答えるように、天井が鳴る。シャンデリアが揺《ゆ》れて、音をたてた。
 ドンッと、音はしだいに大きくなる。
 音のするたび、床が揺れた。ゴトンと家具が揺れる。
「典子さん、ここは危ない……」
 ナルがそう話かけたとたん、激しく床が揺れる。そうして礼美ちゃんの本棚《ほんだな》が、大きく傾いた。
「典子……さん……っ!」
 典子さんが振りかえる間もなかった。
 本棚は絵本やぬいぐるみをこぼしながら、典子さんの上に倒れかかる。
 思わず悲鳴がのどをついた。
 礼美《あやみ》ちゃんの凍《こお》りつきそうな叫び。
 その叫びを合図にしたように、部屋の明かりが消えた。

     6

 典子《のりこ》さんは強く体を打っただけで、さいわい、特にケガはなかった。部屋にもどして眠らせる。
 あたしたちはベースに集まる。
 チェス盤のように積み上げたTVのひとに、礼美ちゃんの部屋が映っている。
 礼美ちゃんは今夜も典子さんの部屋にいる。無人の部屋。画面がみょうしらじらと明るいのは、高感度カメラを使っているせいだ。
 画面の端には数字のられつ。刻々と変わっていく。これは時間のカウント。
 他には居間がひとつ。台所がひとつ。一階と二階の廊下《ろうか》がひとつずつ。
 あと、青や黄色のまだら模様のがいくつか。これはサーモ・グラフィーといって、温度を眼に見えるようにする機械の映像だ。黄色いところは温度が高い。反対に青いところは低い。
 TVの画面には変化なし。
「また失敗しやがったな」
 ぼーさんが綾子《あやこ》をにらみつける。綾子がスネたようにそっぽを向いた。
「えええ。どーせ、アタシは無能ですよぉ。悪かったわね」
 ……オロカもの。
「……でも、ちょっと危険な気がしない?」
 綾子の声に不安の色。
「ガス管が火を吹くのよ?
 ……自動発火。ポルターガイストにしちゃ高級すぎない?」
「自動発火、ってなに?」
 あたしが聞くと、
「なによ、ちょっとは利口《りこう》になったと思ったのに、あいかわらずねぇ、麻衣《まい》は」
「ごめんねー。あたし、誰《だれ》かさんみたいに有能なプロじゃないもんで」
 あたしが皮肉たっぷりに言ってやると、さすがに居心地の悪そうな顔をする。
「……どうせアタシは、プロのくせに無能だわよぉ」
 ……いじけてやんの。
 ぼーさんが楽しそうに、
「まー、まー。こいつが無能なのは、今に始まったことじゃない。
 ――自動発火ってのはな、読んで字のごとし。火の気のない場所で、勝手に火を吹くのを言う。こういうポルターガイストは、かなり高級」
 ……それって、危険なんじゃないの?
 あたしの不安を見すかしたように、ナルが冷たい声をはさむ。
「こわいんだったら、帰っていいぞ」
 ……こわかねぇよ。
「ま、なんとかなるだろ」
 ぼーさんは、のほほんとした声を出した。
「ガスは大元の栓《せん》を閉めた。これでもう、少なくともガス管が火を吹くようなことはないからさ」
 ……ずぶといな、こいつ。
「それより、ナル。気にならねぇか?」
「礼美《あやみ》ちゃん?」
「そう。さつきのポルターガイスト、ありゃ、まるであの子の叫び声に答えるみたいだったぞ。麻衣も台所で子供の影を見たというし……」
「礼美ちゃんがポルターガイストの犯人だと?」
 ぼーさんが頬《ほお》をなでる。
「暗示実験の結果は、家の住人が犯人ではない、と出たんだっけか。
 その結果にどの程度自信がある?」
「百パーセント」
 ナルのキッパリした答え。
「家人に犯人はいない」
「おまえさんが、暗示に失敗した可能性だってあるんだぜ?」
「ありえない」
 ……あいかわらず、自信かだなー、ナルってば。
「絶対と言い……」
 ぼーさんがくいさがったところで、低い声が割って入った。
「ナルは暗示の達人ですから」
 
 ……今の声……リンさんかぁ?
「へぇ、ずいぶん信頼したもんね?」
 ここぞとばかりに、綾子がめいっぱい皮肉な声を出す。しかし、リンさんはTVから視線さえはずさない。
「事実を申しあげただけです」
 感情の欠落した声。あたしは、ときどきリンさんがロボットかなんかに見える。
 綾子がさらになにかを言おうとしたとき、
「ナル」
 リンさんが再び声をあげた。
「温度が下がりはじめました」
 ナルがTVに眼をやる。
「……何時だ?」
「二時四十二分です」
 リンさんが答えたところで、礼美《あやみ》ちゃんの部屋の映像の隅《すみ》に、赤い光が現れた。
「なに?」
 あたしが指さしてナルに聞くと、
「マイクに音が入ったんだ。――リン、スピーカー」
 リンさんが機械をいじると、すぐにコトッという音がスピーカーから流れてきた。
「……?」
 しばらくしてドンッという衝撃音。コツコツなにかをたたく音。パシッとなにかがはじける音。あっという間に騒がしくなって、まるで大勢の人間が、ものも言わずに大騒ぎしているみたいだ。
「すごい音……」
 画面にはなにも映っていない。無人の部屋。なにひとつ動いていない。なんだかちぐはぐで、気味が悪い。
「これは……すごい……」
 ナルが本当に感動したようにつぶやく。
「なにが?」
「温度。すごい勢いで下がっていく……」
 あたしは画面に眼をやる。青いシミが映っているテレビ。
「サーモ・グラフィー?」
 温度を眼に見えるようにする装置。暖色のところは高く、寒色のところは低い……。画面は、紺《こん》色に青のグラディエーション。
「強烈だな。まだ下がる……。ほとんどが氷点下……」
 ナルは感動しきっているように見えた。
 激しい音が続いている。
「礼美ちゃんのしわざではありえない。絶対に人間のしわざじゃない……」
 ……ま、まさか。
「幽霊《ゆうれい》?」
「確実。しかも、ものすごく強い……」
 ナルが表情を引き締めた。
「これは、ぼーさんが正解だな」
「地縛霊《じばくれい》?」
「おそらくは」
 ナルのオフィスでバイトをはじめて三か月。ついに来るべき時がき来た、という感じ。バイトを始めたときから、ひょっとしたら幽霊《ゆうれい》さんなんかにも会っちゃうかもしれないなー、なんて軽く考えてはいたけれど。
 背筋がゾクゾクする。
 ぼーさんがみょうにうれしそうにガッツ・ポーズをとった。
「言ったろ? 俺《おれ》は綾子とちがって、有能なんだってば」
「まぐれにしても上出来だ」
 ナルのわらい、綾子がくやしそうにぼーさんをにらむ。
「ヒョウタンからコマ、ってやつよ。ねぇ、ナル?」
「……は?」
 ナルが聞き返す。
 ぼーさんがわらいを浮かべる。
「なんとでも言ってろ。
 相手が死人の霊なら、坊主《ぼうず》の担当だ。俺がさっぱり追い払ってやるぜ」
「失敗しないといいわね」
 綾子がわらう。
「まぁ、腕の差を見せてもらいましょ。あたしとちがって、有能だそうだから」
「もちろん、おまえほど無能じゃない」
「そのわりに、前の事件じゃ失敗したわね。アタシと同様に」
「あれはだなー」
 ……またはじまった。ぼーさんと綾子。ここまでくると、仲がいいんじゃないかと思っちゃうよ、あたしは。

 その音は、一時間以上続いて徐々に静まっていった。
 それであたしたちは、ようやく短い仮眠をとったのだった。


二章 少女


     1

 翌日、あたしが起きたときには、すでにナルはいなかった。調べものをすると言って、出かけたと言う。それであたしは、ベースをリンさんにまかせて、典子《のりこ》さんの部屋を尋ねた。
 リンさんは扱いにくい。ふたりでいると気詰まりで。
 部屋では礼美《あやみ》ちゃんがひとりでママゴトをしていた。
「礼美ちゃん、仲間にいれてー」
 あたしが言うと、礼美ちゃんは黙って首を横に振る。見守っていた典子さんが肩をすくめる。
 礼美ちゃんは、ミニーにお茶をいれてあげる。ケーキを食べさせてあげる。
「歩みちゃんって、おとなしいなぁ」
 あたしが典子さんに言うと、彼女は顔を曇《くも》らせた。
「こんな子じゃなかったんだけど……」
「そうなの?」
「ん。もっと明るかったんだけどね。ひとなつっこかったし。それが、お兄さんが結婚して、この家に引っ越してきた頃からああなの。あまりしゃべらなくなったし、笑わなくなったし……」
「……ねぇ、典子さん?」
 あたしはちょっと勇気のいることを聞いてみる気になった。
「香奈《かな》さんって……どうなの?」
「え?」
 典子さんはあたしを不思議《ふしぎ》そうに見てから、ああ、とわらった。
「兄と義姉《あね》はうまくいってるわ。わたしもうまくやってるつもりよ。短気だけど、いいひとだと思う。礼美はまだ緊張してるみたいだけど……」
「ふうん……」
 そんな話をしていたら、三時、香奈さんが本物のおやつを持ってきた。
 本当だったらこういうことは、家政婦の柴田さんの仕事かもしれない。でも、柴田さんはいない。ゆうべの事件がこわかったのか、おひまをください、と言ってきたそうだ。
 テーブルの上におやつをのせたトレイを置いて、
「礼美《あやみ》ちゃん、遊んでもらってたの? よかったわねぇ。何をして遊んでたのかな?」
 礼美ちゃんをのぞきこむ。
 礼美ちゃんは人形のような無表情で、それを無視する。
「返事ぐらいしてほしいな」
 香奈さんの声が、ちょっとカリカリする。
「さ、おやつよ」
 彼女はすこし乱暴に、クッキーののったお皿をつきつけた。礼美ちゃんはイヤイヤをした。
「なに? ほしくないの?」
 コックリする礼美ちゃん。
 香奈さんは険のある視線を礼美ちゃんに投げてから、乱暴に部屋を出ていった。
 典子さんがため息をつく。そうして、礼美ちゃんを振りかえった。
「礼美、おやつ、たべないの?」
 
 コックリする礼美ちゃん。
「じゃ、おねえちゃんが食べちゃおうかな?」
 とたん、礼美ちゃんが叫んだ。
「だめっ!」
「え?」
「どくがはいってるの!」
 典子さんもあたしも、思わず礼美ちゃんを見つめる。
 礼美ちゃんは必死だった。
「ミニーがおしえてくれたの!
 おやつには、どくがはいってる、って! あのひとは、わるいマジョなの!」
 ……悪い魔女。毒……。
 あたしは礼美ちゃんの前にかがみこむ。
「ミニーがそう教えてくれたの?」
「うん。
 あのひとは、わるいマジョだから、しんようしちゃ、いけないの。
 おとうさんにまほうをかけて、けらいにしたの。
 それでもって、礼美とおねえちゃんがジャマだから、ころそうとおもってるの!」
 ……なんだって?
 礼美ちゃんの眼はこれ以上にないくらい真剣だった。本気であたしたちに訴えているんだ。
「マジョは、いつか礼美とおねえちゃんをころすの!
 礼美《あやみ》たちがジャマなの!」
「……ミニーがそう言ったの?
 他のひとじゃないの?」
 ひたすら訴える礼美ちゃんを、あたしたちは見つめる。
「ミニーが、おしえてくれたの。ミニーはウソつかないんだよ。だから、おねえちゃんも麻衣《まい》ちゃんも、きをつけなきゃ、いけないのよ!」
 マジョは、おねえちゃんをころして、したいをバラバラにして、かくすの。そうしておとうさんには、イエデしたって、いうんだよ。
 礼美はおいけに、つきおとすの。そうして、じこでしんだっていうんだよ!」
 あたしはそっと典子さんを呼ぶ。
「……まさか、礼美ちゃんにあんなこと言ってませんよね?」
「……まさか!」
 ……どういうこと?
 変だ。だって、これって、八つの子供の発想じゃないよ。「魔女」とか「魔法」とか、オブラートでくるんであるけれど……。
 礼美ちゃんは真っ青な顔で、ミニーをしっかり抱きしめている。
 あたしは少し背中が寒かった。礼美ちゃんの空想? これが八つの女の子の想像なの? 礼美ちゃんは、それきり口をつぐんでしまった。おびえるようにミニーを抱く。顔色はそうけだって、今にも倒れそうに見える。
 礼美ちゃんは、あんなことを考えていたんだろうか。ひとりで、小さな胸の中で。それでしゃべらなくなったんだろうか。笑わなくなったんだろうか。

 そのあと、あたしは自分の部屋にもどって、短い仮眠をとった。ぼーさんが祈祷《きとう》をすると言う。見てたってしょうがないので、そのスキにちょっとでも寝ておくことにした。どうせ今夜も寝られない。
 ベッドに横になって、いろんなことを考えながら眠りにつく。夕暮れの光が窓から入ってきて、部屋が薄薔薇色《うすばらいろ》に染まっていた。
 ……なにか短い夢を見た気がする。
 そう半分眠ったままで考えたとき、フウッと体が浮かぶ気がした。昇っていくのとは、少しちがう、ゆっくりと空の上に落ちていく感じ。……うまく言えないけど。
 オヤと思って眼を開ける。
 部屋の中はもう半分暗くなっていた。
 あたしはベッドに身を起こした。頭がボーッとしている。
 ふとあたしは、部屋のすみの薄暗がりに誰《だれ》かがいるのに気がついた。
 ……誰《だれ》?
 ゆっくりと顔を向ける。
 灰色の闇《やみ》の中に黒い影。そこだけ浮かんで見える。白い顔。
 ナル?
 なんであたしの部屋にナルがいるの? 思いながらナルと視線があう。
 ナルがふわっとわらった。暖かい眼の色。やわらかに微笑をきざむ口元。
 ……どうしたの、そんなところで。
 聞こうとしたら、ふいにナルが顔を曇《くも》らせた。心配そうな表情。
 唇《くちびる》が動く。声が聞こえない。
 ……なに? なんて言ってるの?
 あたしはナルの顔に眼をこらす。
 ……あ、や、み……?
 礼美《あやみ》ちゃんがどうかしたの?
 わからない。「危険」という単語がつむぎ出された気もした。
 ……礼美ちゃんが危険?
 ……礼美ちゃん!?
 ハッとあたしは我にかえった。
 ……。
 あたしはベッドに体を起こしている。あわてて部屋の中を見まわす。薄闇が降りた部屋の中、もちろん、ナルはいない。
 いるわけ、ないよねぇ。
 おあ?
 ……ひょっとして、寝ぼけてたのか、あたしはぁ?
 ――やでやで、疲れているのね、あたし。うんうん。若いみそらで重労働してるからなー。人間関係にも神経つかうし。
 ……礼美ちゃん……。
 あたし、気にかかってる。小さな礼美ちゃん。ミニーだけが友達で、いつもポツンと、ひとりあそびをしている子。
 そして、今日聞いた言葉。
『悪い魔女』、『お父さんは家来』。……『魔女はいつか、礼美とお姉ちゃんを殺すよ』。
 この家で何が起こってるの?
 礼美ちゃんに何が起こってるの?
 ……礼美《あやみ》ちゃんが危険……。
 あたしはポツンと体を倒す。
 あー、ねむい。
 ……どーしてナルなのかなぁ。ときどき自分でも不思議《ふしぎ》になっちゃうなー。あたしが夢の中で会うナルは、いつだって優しそうに微笑《ほほえ》んでる。あれはあたしの願望なのかなぁ。
 うーん……。
「えいっ!」
 気合をいれて、あたしは体を起こす。
 考えたってしょうがないっ。
 いまは、礼美ちゃんのほうが問題。
 あたしはベッドを降りて、仕事にもどるために立ち上がった。

     2

 ナルが帰ってきたのは、夜になってからだった。
 ベースはまたも、寄り合い所になっている。ナルが部屋に入って来るなり、ぼーさんが手を振る。
「よぉ、調べものは、進んだか?」
「まあ。……変化?」
 ナルは気のない返事をして、リンさんを振りかえる。
「今のところ、ありません」
 ぼーさんは自分を無視する横顔に向かって、
「俺《おれ》は今日、ちょっと祓《はら》ってみたぜ?」
「そう」
 ……ナルってばー、もうちょっとアイソよくしてやりなよ。
「成功した気がするんだがなー?」
「そりゃ、おめでとう」
 ぼーさんは顔をしかめる。
「……おまえさんってやつは、どうして、そうかわいげがないんだ?」
「そのぶん才能に恵まれてるから。
 
 ――リン、礼美ちゃんの部屋の絵を出してくれ」
 ……やめなよ、ぼーさん、あんたじゃかなわねーって。
 綾子《あやこ》がおかしそうにクツクツ笑いながら、
「まぁ、えらそうなことは、成功したって確証があってからにすることね」
「そうだな。綾子のように恥をかくかもしれんしなー」
「……なによ」
「なんだよ」
 ……いいかげんにしてくれる?
 ナルは無表情に立ち上がる。
「麻衣《まい》、来い。カメラの角度を変えてみる。」
「はーい」
 ……あんたってさー、本当に仕事のことしか頭にないのな。
 あたしとナルは礼美《あやみ》ちゃんの部屋に行って、カメラの角度を変える。
 その帰りに、
「そういえばさ、あたし、気になることがあるんだけど」
「聞いてやろうか?」
 ……おまえな。
 んじゃ、いいわよーっ! と言ってやろうかと思ったけど、ここはグッと抑《おさ》えてビジネスをやろう。そう思って、あたしはミニーの話をした。
「……なんか、気味が悪くない?」
 ナルは考えこん゛ている。少ししてから、
「その人形を見てみたい。どこにある?」
「こっち」

「え? ミニーですか?」
 典子《のりこ》さんがキョトンとした。
「これですけど……」
 ナルが人形を手に取る。闇《やみ》色の眼を少し細める。
「いつ手にいれました?」
「この家に引越した直前です。
 兄がヨーロッパに行って……そのおみやげ……パリで買ったって言ってました」
「礼美ちゃんの性格が変わったのは、それ以前? それ以後?」
 典子さんが少し考えこむ。
「その後です……はっきりしないけど」
「そう……」
 あたしはナルをのぞきこむ。
「それに、なにか原因あり?」
「……わからない」
「かえしてっ!」
 突然、後ろから大きな声を出されて、あたしは飛びあがった。
 礼美《あやみ》ちゃんが、ナルの黒いシャツを引っ張っている。
「ミニー、かえして! さわらないでっ!」
「礼美ちゃん、ミニーとお話ができるんだって?」
 ナルが聞いたが答えない。精いっぱい伸びをすると、ナルの手からミニーをもぎ取った。
「だれもさわっちゃ、だめっ!!」
 ミニーを抱きしめ、背をひるがえして駆《か》け出す。
「礼美!」
 典子さんがあわてて追いかけていった。
 その背を見送るナルの眼の色は深い。

 あたしは今夜も寝られない。ベースでTVをにらみつける。
「あれはなに?」
 あたしは、数字だけ出ているテレビを指さす。
「指をさすな。品のないやつだな」
 ……なんだよー。
「あれは空気中のオゾンの数値。
 その隣は静電気量。さらに隣が空気中の成分。……他になにか質問は?」
 ……ねぇよ。
 モンクのひとつも言ってやろうかと思ったら、ナルが身をのりだした。
「始まった」
「え?」
 本当だ。礼美《あやみ》ちゃんの部屋の温度が下がり始めた。
 ビデオの映像を見る。三番目のカメラが移動し始める。三号カメラはサーモ・グラフィーと連動していて、温度の低いところを追いかけていくようになってる。カメラの視野がジリジリと移動して、ベッドの上に来て止まった。
 枕《まくら》のところに座っている、ミニーを中心に捕らえて。
 礼美ちゃんが眠ってから、そーっと借りてきたものだ。
「ぼーさん、気温が下がり始めたってよ?」
 綾子が皮肉る。
「隙間《すきま》風だろ?」
 余裕の発言だけど、どうかしらね。
 ナルはぼーさんたちの会話なんか、耳に入ってない風情《ふぜい》。じっとTVに視線を注ぐ。
 カメラがミニーの無表情を映す。ガラスの眼。その空虚さ。
「人形って気味が悪いね」
 あたしがそう言うと、背後でのほほんとあたしたちのようすをながめていた、ぼーさんが声をあげた。
「そりゃそうさ」
 言って肩をすくめる。
「人形ってのは、もともと人の魂《たましい》を封じこめる器なんだ。『人形』と書いて『ひとがた』。昔はあれに呪《のろ》いをかけて、相手を苦しめる道具としても使った」「へええ」
 綾子もうなずく。
「呪《のろ》いワラ人形。
 呪う相手の魂を、人形の中に封じこめるのよね。でもってそれに釘《くぎ》を打つ。魂が傷つくと体も傷ついちゃう、というわけ」
 ……へぇぇ。
 ……と、突然、ナルが立ち上がった。
 全員が振りかえって、ナルがくいいるように見つめているTVの画面に眼をやる。
 あたしは思わず腰を浮かす。綾子やぼーさん、果てはリンさんまでが身じろぎした。
 ……ミニーがうつ伏せになっている……。
 いつの間に? さっきまで画面をまっすぐに見ていたのに!
 金髪が枕《まくら》の上に散っている。
 凝視《ぎょうし》するあたしたちの間で、ミニーの体がズルッと動いた。シーツごと引っ張られるように、ズル、と動いて、首と体が離れる。
 ……いやだ……!
 離れた首が、ゴロンと転《ころ》がってベッドから落ちる。硬い音をたてて床を転がった。そのみょうに生々しい光景。
 それを合図に、下がっていた礼美《あやみ》ちゃんの部屋の温度が、通常にもどり始めた。

 あわててあたしたちは、礼美ちゃんの部屋に駆《か》けつけた。
 そこではミニーが待っていた。
 置いたときのまま。首なんてもげてない。ミニーにはなんの異常もなかった。置いた位置に、置いたときの状態のまま、ちゃんとすわっていたのだ。
 そうして……ビデオもレコーダーも、機械自身には異常なんかないのに、再生してみたら、何も映ってなかったし、何も録音されてなかった。何も。真っ白。
 その他の機械類は、ぜんぶ針が振り切れてしまった。つまりあの異様な風景は、なんの証拠も残さなかった、ということ。……まるで夢だったかのように。
 あたしたちはキツネにつままれたように、キョトンとするばかりだった。ナルはよくあることだと言うけれども。
 それでもただひとつだけ、あたしたちにも理解できたことがある。
 ぼーさんも失敗したのだ。

     3

 
 翌朝(もうお昼が近かったけど)起きてベースに行くと、めずらしくぼーさんがすでに起きていた。
「ナルは?」
 部屋にはリンさんと、ぼーさんだけ。
「また調べものだとさ」
「ふうん」
 なにをそんなに調べているんだろう。
 そのとき、あたしはふと、昨日見た夢を思いだした。
『礼美《あやみ》ちゃんが危険』
 夢の中のナルが教えてくれた。
 危険。
「……典子《のりこ》さんは? 姿を見かけなかったけど」
「彼女なら、香奈《かな》さんと買い物に行ったぜ?」
 ぼーさんの声を聞きながら、あたしは部屋を出る。
「おや、どちらへ?」
「典子さんの部屋」
 礼美ちゃんをミニーとふたりきりにしちゃ、いけない。
 なんとなく、そんな気がする。
 ひとりぼっちで、人形なんかと遊ばせちゃいけないんだ。

 あたしは典子さんの部屋へ、小走りに向かった。
 礼美ちゃんはなにをしてるだろう。遊んでいるんだろうか、いつものようにひとりで。 ……そう思って、ドアをノックしようとしたときだ。
『家の中は悪いマジョだらけだよ』
 部屋の中から女の子の声が聞こえた。
 ……魔女?
 誰《だれ》? 礼美ちゃんの声じゃない。
 思わず、あたしはドアに耳をよせる。
『あたし、こわい……』
 礼美ちゃんの声。
『だいじょうぶ。みーんなおいだしてあげるからね』
『おねえちゃんも? 麻衣《まい》ちゃんも?』
 ふくみわらい。
『もちろん……』
『礼美、おねえちゃんは、いるほうがいい』
『だめだめ、いってるでしょう?
 おねえちゃんはもう、わるいマジョのテサキなんだよ』
 再びふくみわらい。
『だいじょうぶ。ちゃーんとシマツしてあげるから……。
 そのかわり、あたしのいうことをきかなきゃだめよ』
「礼美ちゃん!」
 耐えかねてあたしは大声をあげた。ドアを乱暴に開く。
 部屋の中には礼美《あやみ》ちゃん。礼美ちゃんの前にはアンティーク・ドール――ミニー――。他には誰《だれ》もいない。礼美ちゃんが、キョトンとこちらを見上げていた。
「礼美ちゃん、今、誰かとお話していなかった!?」
「……ミニー」
 礼美ちゃんは答える。あたしの口調が激しいので驚いている感じ。
 あたしは無理に笑顔を作って礼美ちゃんの前にすわった。
「ミニー?」
「うん。べつのこもいるよ」
 別の子……。
「ミニーの他にもお友達がるいんだー。
 そのお友達は、どこに行ったのかな?」
 あたしが聞くと、礼美ちゃんはキョトンとする、手をあげて、
「そこ」
 あたしは、礼美ちゃんが指さしたほうを振りかえった。
 誰もいない。なにひとつない。
 礼美ちゃんは不思議《ふしぎ》そうだ。
「……おねえちゃんにも紹介してくれる?」
「うん……あれ、いっちゃった」
 礼美ちゃんの視線が、なにかを追ってドアのほうへ動いていく。
 背筋が寒い。あたしはムリにわらう。
「そっかー。嫌《きら》われちゃったかな?」
 礼美ちゃんがうつむく。
「なんていうお友達?」
「しらない」
「知らないの? 学校のお友達?」
 礼美ちゃんは黙って首を振った。
 知らない、ということだろうか。それとも言えない、ということだろうか。
 あたしには見えないお友達……。
 礼美ちゃんに質問する声が震《ふる》える。
「そのお友達……いつから遊びに来るようになったの?」
「……よくおぼえてない」
「この家に来てからよね?」
「うん」
「ミニーもそのお友達となかよしなの?」
 礼美《あやみ》ちゃんはすこし迷ってから、コックリした。

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责任编辑:Mashimaro

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