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悪霊シリーズ第3巻 悪霊がいっぱいで眠れない
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

ぶや》さんが倒れたとお聞きしたものだから……お見舞いにと思って」 言ってから、ドアにぶらさがった『面会謝絶』の札に眼をやる。
「事情をよく知らなかったものですから。ごめんなさいね。とにかく、これを……」
 先生は小さな胡蝶蘭《こちょうらん》の花束を差し出した。
 ……でも。せっかく来てくださったものを。
 困ってあたしがナルをふりかえると、ナルはあたしにうなずいた。
「入っていただきなさい」
「……うん」
 なんだろう、この空気。ナルの妙に緊張した気配は。

「どうぞ。おかけください」
 ナルが、リンさんが用意したベッド・サイドのイスを示す。タカも笠井さんも、そして産砂先生も、なんだか釈然としない顔つきでそこに腰を降ろした。ナルはあたしたちに出て行けとは言わなかった。それであたしたちは、壁《かべ》にもたれるようにして立っていたのだった。
「ふたりに来てもらったのは……聞きたいことがあったから」
 ナルは、タカと笠井さんを見比《くら》べる。
「……聞きたいことって?」
 タカが首をかしげた。
「ふたりに聞くけれど……僕が陰陽師《おんみょうじ》だという話を聞いた?」
「聞いたような気も……」
 タカがつぶやき、笠井さんははっきりうなずいた。
「笠井さん。それを誰《だれ》かに話した?」
「うん……いけなかった? 恵《けい》先生には言ったけど……」
「そう」
 ナルはうなずく。そして、
「今回、麻衣《まい》は奇妙にさえたカンを発揮《はっき》してくれたんだが……そのことは?」
 これもまた、タカは首をかしげ、笠井さんはうなずく。
 ……たしかに、あたしは笠井さんにしか言ってない。
「それを誰かに話した?」
 ナルに聞かれた笠井さんはうなずく。
「恵先生に……どうして?」
 笠井さんは眉《まゆ》をひそめた。居心地《いごこち》悪げにモゾモゾする。産砂先生が心配そうに口をはさんだ。
「わたしが聞いてはいけなかったかしら……? だったら失礼しましたわ。でも、わたしはほかの人には言ってませんから」
「……そうですか」
 ナルはファイルに書きこみをしてから、今度は産砂《うぶすな》先生を見つめた。
「せっかくお越しいただいたので……ついでにひとつ確認させてください」
「……なんでしょう?」
 先生がおっとり微笑《ほほえ》む。
「先生の母校はどちらですか?」
「母校……ですか?」
 先生はキョトンとしてしまった。
「わたしでしたら、故郷の大学を卒業しましたが……」
「ご出身はたしか……、福島ですね」
 ……え? 東京じゃないの?
「はい、そうですけれど」
「東京へは教師になって初めて来られた?」
「そうです。湯浅《ゆあさ》の先の校長とわたしの父が知り合いなものですから、こちらに就職をお世話していただいて……」
 ……なぜ? 先生は湯浅の出身じゃないの?
 ナルはメモをとったファイルを閉じる。
「それでわかりました。ありがとうございました。
 現在学校で起こっている問題は、解決できると思います」

     2

 三人はとても奇妙な顔をした。壁ぎわに並んだあたしたちも。ナルの質問と、事件の解決とがどう結びつくのかわからない。
 笠井《かさい》さんがおそるおそる口を開く。
「あの、……解決できるって……?」
 ナルはうなずく。
「学校で起こっていた事件の様相はわかった。あれは呪詛《ずそ》だ。それも人形を使った『厭魅《えんみ》』。それが今度の事件の正体」
 タカはひたすら首をひねるだけ。笠井さんもあいまいにうなずいた。
 ナルはそんなふたりのようすを見やって、簡単に呪詛と厭魅について説明する。
「これは呪詛だから、人形を始末すれば終わり。あとは犯人に、呪詛をやめさせるだけ」 笠井さんが身じろぎした。
「……あたしをここへ呼んだのは、そういうこと? 犯人はあたしだっていうわけ?」
 ナルをにらむ眼。
「……まさか」
 ナルは苦《にが》わらいをつくった。
「笠井さんは犯人ではない。犯人は産砂《うぶすな》先生です」
 微笑《ほほえ》みを浮かべて会話を見守っていた産砂先生の表情が凍《こお》りついた。
 ビックリして眼を見開いたまま硬直してしまったタカと笠井さん。そして、あたしたち、視線だけがベッド・サイドにひっそりと座っている女性に集まる。
「人形は焼き捨てました」
 ナルは産土先生をふりかえる。
「先生ですね?」
「…………」
「あれを作ったのは、先生ですね?」
 先生は凍りついたままの視線を宙にさまよわす。
「……なんのことですかしら……」
 ナルは静かな声をつむぎだす。
「あなたが行った呪詛《ずそ》の道具は、集めて焼き捨てました。少なくとも、空《あ》き地にあったぶんは。それ以外にありますか?」
「意味がわからないのですけど」
 先生はナルを見返す。どこかひきつった笑顔。
「あれの始末はつけました。あれ以外にもあるのだったら、その場所を教えてください。そして、今後二度としないと約束していただきたいのです」
 産砂《うぶすな》先生はナルをやんわりにらむ。
「学校で呪詛が行われていて、その犯人がわたしだとおっしゃるのね?
 でも、わたしは犯人ではありません」
「先生です」
 
「ちがいます」
 ナルは深いため息をついた。
「先生以外に考えられないのです」
「あら? どうしてかしら。学校の人間に恨《うら》みを抱いている人間なら、たくさんいると思いますわ」
「呪詛を受けた人間は、笠井さんの超能力事件のとき、ことごとく否定派でした。少なくとも、犯人の動機はあの事件に関係があります」
 先生はうっとりと微笑《ほほえ》む。
「でしたら、わたしよりも笠井さんか、沢口さんのほうがあやしいのでは?」
 笠井さんがとっさに、驚いた視線を先生にむけた。あたしだって驚く。ずっと笠井さんたちをかばってきた先生が、こんなことを言うなんて。
 ナルは首を振る。
「沢口さんは違います。僕も……麻衣《まい》も呪詛を受けましたが、僕らが学校に来たことを彼女は知らない」
 そうだ。彼女は知らない。知るチャンスがなかった。
「では、笠井さんだわ」
 産砂先生は微笑んだ。本人を眼の前にして。
 このひとは、本当に産砂先生なんだろうか。
 あたしには信じられなかった。笠井さんの表情だって信じられないと言っている。
 ナルは断言する。
「笠井さんではありません。なぜなら、魔の席の最初の被害者である村山さんを、笠井さんは知っているからです」
 ……え?
 あたしがナルを見つめると、
「あの席には呪詛《ずそ》がかかっていた。問題になるのは、なぜ机に呪詛がかかっていたのかということです。あの席に座っている人物が誰《だれ》だかわかっていれば、犯人はその当人に呪詛をかければよかった。ほかの被害者の場合のように。机の所有者に呪詛をかけるなどというまわりくどい方法をとる必要はなかったんです。
 犯人は、あの席……おそらくは最初に呪詛の被害者になった村山さんに恨《うら》みを抱いたが、名前を知らなかったのです」
 産砂《うぶすな》先生は、微《かす》かに微笑《ほほえ》む。不思議《ふしぎ》な微笑。
「正課のクラブで、笠井さんと村山さんはともに文芸部でした」
 ……え?
「笠井さんが文芸部の部員であることは、麻衣を通じて聞きました。そして村山さんも文芸部だと高橋《たかはし》さんが言っていた。
 笠井さんは、文芸部は人数が少なく、会誌の寄稿者がいない、と言っていたそうです。実際の人数がどのくらいだかは知りませんが、少なくとも部員同士がお互いの名前を知らないわけがありません」
 産砂先生は微笑む。
「わたしだって……調べればすむことですわ」
「どうやって調べます?」
「それは……」
 ナルがタカをふりかえる。
「座席表のようなものはある?」
「ううん……べつにないけど」
 座席表がないとするならば、ある席に座っているのが誰だか知ろうとする場合……。
「誰かに聞けばすむことでしょう?」
 産砂先生が言うと、ナルはうなずく。
「しかし、あの時点で先生と笠井さんたちのグループはすでに孤立していた。これから呪詛をかけようとする相手の名前を聞くには、あまりに心理的な抵抗が大きかったのではありませんか?」
「そんなこと……」
「少なくとも、沢口さんも笠井さんも、犯人ではありません」
「では……ほかの人間なんだわ。わたしたちの誰かではなく」
「それもありえません。動機の点は置いておいても、僕と麻衣に呪詛をかけた意味がわからななくなる」
 産砂《うぶすな》先生は小首をかしげる。
「……どういう意味ですの?」
「麻衣は僕のことを陰陽師《おんみょうじ》だと笠井さんに誤《あやま》って伝えた。彼女はそれを先生にも伝えている。笠井さんは麻衣とあなた以外の人間とは、ほとんどしゃべらないのだと言っていたし、事実そうでした。僕が陰陽師であると伝わったのは笠井さんと先生だけです」
 陰陽師だと思っていたのでなければ、とナルは言う。会議室自体に呪詛《ずそ》をかければよかったのだ。わざわざナルだけに呪詛をかける必要はない。
「麻衣にしてもそうです。麻衣は今回妙に冴《さ》えたカンを発揮《はっき》してくれた。霊媒《れいばい》の原《はら》さんにも見えない霊を見た。これもまた、知りうるのは高橋さんをのぞいては……笠井さんだけです。これも先生にだけは伝わっているはず」
「聞いてませんわ」
 産砂先生は微笑《ほほえ》む。その笑顔を見て、笠井さんが絶望的な眼をした。
「あたし、言ったよ、恵《けい》先生……」
 先生はチラと笠井さんに眼をやって、それからうつむいてしまった。
「それだけでなく……僕は自分のフルネームをすべての人に言ったわけではない。おそらく知っているのは校長だけ。ほかに知っているのは……麻衣かぼーさんが言ったとしたら笠井さん、高橋さん、それだけです。そして校長は麻衣の名前を知らない。僕は麻衣をきちんと紹介しなかったんです。助手だとしか。笠井さんが知っていれば、先生にも知るチャンスがあります。
 僕の知る範囲では、犯人は先生でしかありえません」
「動機がありませんでしょう?」
 先生はふたたび微笑む。
「笠井さんの超能力が引き起こした。笠井さん、沢口さん、そして、先生自身への攻撃がその動機です。たかがそれだけのものが」
「あら、あれはあくまで笠井さんと沢口さんの問題ですわ。わたしはたしかにふたりをかばいましたけど、それは同情からで……そのために呪詛を行うほど馬鹿ではありません。第一……わたしなどが呪詛を行って、実際に何かが起こるとお思いですの?」
 ナルが闇のような視線を向ける。
「先生自身の問題でもあったんです。
 先生は笠井さんにこう言ったそうですが。『笠井さんたちは、後輩のようなものだから』。
 調べてみましたが、先生と笠井さんの経歴の間には何の接点もない。そもそも先生は、東京の出身ではないんです。やはり、ちがうのですね、さっき先生はそうおっしゃった。ではいったい、笠井さんは何の後輩にあたるのか?
 先生は超心理学に理解が深かった。知識も豊富で専門的なことに詳《くわ》しい。めずらしいなと思っていたんです。なのにあなたは笠井さんの超能力を、興味本位でおもしろがっているようには見えなかった。
 それでひょっとしたら、と思いました。
 古い資料をあたったら、先生を見つけることができました。簡単でしたよ」
「…………」
 産砂先生の不思議な微笑《ほほえ》み。
「いまから十年以上前、来日したユリ・ゲラーは日本にゲラリーニを産み落としました。ゲラーのスプーン曲《ま》げを見てまねした子供たちが、本当にスプーンを曲げはじめたんです。その内の幾人かはマスコミの注目を集めました。
 産砂恵《うぶすなけい》もそのひとりだった……」
 笠井さんもタカも、あたしたちも、産砂先生の横顔を見つめた。微笑を浮かべたままの少女めいた横顔。
 ……笠井さんたちに理解があったはずだ。笠井さんは産砂先生のまさしく後輩だった。「ゲラーの権威の失墜に合わせて、日本でもサイキック狩りが始まりました。子供のほとんどはインチキだと決めつけられ、中の何人かはそう告白し、あるいは告白を強制、ねつ造された」
 産砂先生は答えない。不思議な微笑みを口元に張り付けたまま。
「産砂恵は、トリックを告白した子供の中のひとりだった」
 しんとした間。
 長い沈黙のあと、先生はやっと口を開いた。
「わたしは……ぜったいに、インチキなんてしなかった」
 微笑が消える。先生が真剣な顔をあげた。
「わたしはちがうって言ったのに、雑誌の記者が勝手に……」
「あなたの……日本の不幸は、ESPの判定をマスコミに任せたことにあります。権威のある研究機関が日本にはなく、あなたがたの能力の真偽を測る方法がなかった」
 ナルは視線を落とす。
「マスコミなんかに任せちゃ、いけなかったんです。彼らが欲しいのはセンセイションで、真実ではない」
「…………」
 ナルは軽く息をつく。
「『エスパーのペテンを暴《あば》く』と題した雑誌の特集で、先生の写真を見つけました。まだセーラー服を着てましたが、あれは先生です。おもかげがあるし……名前も同じ。『産砂《うぶすな》』というのは変わった名字ですから」
「……わたしです」
「連続写真で、先生がイスを使ってスプーンを曲げるシーンがはっきり映っていました」 笠井さんが使おうとして、ナルに止められたあのトリック。
 産砂《うぶすな》先生はホロ苦《にが》い笑いをつくる。
「……だんだんスプーンを曲げられなくなって……同じゲラリーニの友達からあの方法を習ったんです。それでも……一度しか使いませんでした。その一度をたまたま撮《と》られていて……」
 先生はうつむく。
「わたしには、笠井さんのように、そんなことをしてはいけないと言ってくれるひとはいまんでした。誰《だれ》も……できないときはできないと言っていいのだと……教えてくれなかった……」
 ナルがうなずく。
「そもそもの事の起こりは、笠井さんだったんですよね? 彼女が、TVでスプーン曲げを見てスプーンを曲げてしまった。笠井さんと沢口さんはそれを先生に相談し……」
 産砂先生が首をうなずかせる。
「……ええ。わたしはできるだけ、笠井さんの才能を守ってあげようと思いました。ただ、いつの間にか周囲に騒がれて……」
「教師たちの攻撃がはじまった」
「はい。超能力なんてないんだと決めつけて。朝礼のときに笠井さんを攻撃したその前にも、何度も笠井さんをしかっているんです。ウソはいけない、そんなにまわりの注目をあびたいか……って。わたしにも、なんできちんと指導をしないんだと……」
 ナルが声を落とす。
「攻撃に耐えかねて、沢口さんが登校拒否をはじめた」
「……はい。これでは沢口さんの将来はメチャクチャになると思いました」
「……それで、ですか?」
 それであんな呪詛《ずそ》を始めたのですか。
 先生は微笑《ほほえ》む。
「……ええ。ほんのイタズラだったんです。わたしはくやしくて……。
 
 ……魔がさしました」
 いたずらを見とがめられた子供のような微笑み。決して笑えるはずのない、この場面で。
「イタズラですむのですか? 厭魅《えんみ》というのは人を積極的に害するための呪法です。人を狂わせ、殺すための。幸い死人は出ませんでしたが、それも時間の問題でした。少なくとも魔の席だけでも、次に座った学生こそは、電車に巻きこまれて死んだかもしれない」
 ナルが冷たい声を投げた。
 産砂先生はさも不思議そうにナルを見つめる。
「たしかに、それは不幸なことですけど……。
 でも、そうなれば、みんな思い知るでしょう? この世には科学なんかじゃ割り切れないものがあるって」
 ……ああ。
 あたしは絶望的な想いで、不思議そうに首をかしげている女性を見た。
 うつむいてしまった笠井さんの肩にタカが手をまわす。
 ……このひとは、狂っているんだ……。
『超能力』『呪詛《ずそ》』『オカルト』『超心理』……名前はなんでもいい。そんな魔法にのみこまれて、人として守らなければいけない場所を見失ってしまったんだ。
 ナルもまた、眉《まゆ》をひそめて自分の前で無邪気なほどキョトンとしている女性を見つめた。
 ナルは産砂《うぶすな》先生をまじまじと見つめてから、深いため息をついた。
「ぼーさん」
 視線を彼女からはずし、ぼーさんをふりかえる。
「校長に報告を。この女性にはカウンセラーの力が必要だ」
「……ああ」
 ぼーさんはうなずき、病室を出て行く。産砂先生はそれを怪訝《けげん》そうに見送って、ナルにとがめるような視線をむけた。
「……失礼な。あなたは超心理学者のはしくれなのではないの? なのにわたしをノイローゼあつかいするつもり?」
「……先生は疲れていらっしゃる。休息が必要です」
 ナルは産砂先生を見つめる。先生がなおも不服そうにしたので、言葉をつけ加えた。
「呪詛には……体力と気力を使いますから」
 ナルに言われて、産砂先生はやっと微笑《ほほえ》みを浮かべる。
「そうね……そうかもしれないわ」

 あたしはその、無垢《むく》な笑顔を忘れることができないだろう。


エピローグ


 まいど、まいどの、東京、渋谷《しぶや》。道玄坂《どうげんざか》。
『渋谷サイキック・リサーチ』。そのオフィス。

 今日も今日とて、オフィスの中は人でいっぱいなのである。霊能者の団体様のおなり、ってなもんだ。最近、来客のそれより、こいつらの出入りする回数のほうが多いような気がしてならない。
「茶店がわりにするなとゆーとろーが」
 入って来るなり、当然の権利ように、「ダージリン、ストレート」などとほざく綾子《あやこ》を、あたしはおもいっきりねめつけてやる。
「冷たいんじゃない? 苦楽をともにしている仲だっていうのに」
「一方的に迷惑をこうむっている気がするんですが」
「けっこう言うわね」
「おや、いままでお気づきでなかった?」
「知ってたわよ」
「だったら問題はないじゃない。皮肉を覚悟《かくご》で来てるんでしょーが」
 綾子は黙ってしまう。
 け。ざまーみろ。
 それでも、けっきょくはあたしって、お茶をいれに立つわけよね。ああ、けっこう、おひとよし。綾子にはダージリンのストレート。ぼーさんにはアイスコーヒーで、ジョンにはホット。真砂子《まさこ》には日本茶、とくらぁ。せめてオーダーを統一するとか、出されたものを黙って飲むとかせんか? こいつら(もっとも、ジョンは除外。いつも「おかまいなく」と言ってくれるので)。
 あたしは心の中でブツブツ言いながら、飲み物を配《くば》ってまわった。
 本日、例によってナルは瞑想中《めいそうちゅう》。リンさんは資料室で資料の整理。 ……と思ったところで当のナルが出てきた。
「麻衣《まい》」
 声をかけてから、事務所の中を見てウンザリした表情をする。
「はい、何でございましょう」
 にこにこ。
 あたしは思いっきり親切に笑ってしまう。なんせわが所長は一昨日、一週間におよぶ入院から退院なされたばかりなので。
 所長はソファーを示した。
「そこに座《すわ》って」
「はぁい」
「リン」
 ナルが資料室に声をかけると、リンさんが出てきた。
 リンさんは小さな機械を手に持っている。英語の辞書みたいな無骨《ぶこつ》な形の機械だ。
「ちょっと実験に協力してもらう。いいか?」
 ナルは機械の表面についた小さなLED(電球みたいなやつよ)を示す。横に四個並んだLED。それぞれに番号がついている。LEDの下にはスイッチの列。一から四まで番号がついている。
「これからこの機械が勝手に四個のうち、どれかを光らせる。どれが光るか、前もって予想して、光ると思う素子の下のスイッチを押すんだ。おまえでもできるな?」
「……できるけど……。なに、これ」
「サイ能力のテスト」
 サイ能力というと……超能力。げーっ。
「ムダだよぉ。トランプ当てでも、あたし当たったためしがないもん」
「やるのか、やらないのか?」
 しんねりした声。
「……やるよ。やりゃーいーんでしょ」
 まったくもー。あたしにそういうシャレた能力があるわけないでしょーが。あったら、もっと生活の役にたててるわ。テストの答えを当てるとかさ。
 ぶつぶつ。
 機械が勝手に光をともす。あたしは予想するというよりも、てきとーにスイッチを押すという感じで実験とやらにつきあった。ギャラリーが面白そうにそれをながめている。
 実験とやらはなんと二時間近くも続いた。もー、うんざり。でもって、結果は最悪。当然予想できたことだが、一個も当たらない。
「……だからぁ……ダメだって言ってるじゃない……」
 あたしが言ってるそばから、綾子や真砂子が「やっぱりねー」とか、かまびすしい。
 ちっ、また恥《はじ》かいちゃったぜ。
 ナルは実験の結果を打ちだした紙をながめる。
「……やはりな……」
「なにが」
「麻衣は潜在的にセンシティブだ」
 は?
 綾子と真砂子が吹き出す。
「センシティブ? 麻衣が!? 『こまやかな』『感受性の強い』!?」
 わぁーるかったな、ズ太くてよ。
 ナルが大笑いするふたりを軽蔑《けいべつ》の目つきでながめる。
「センシティブ。サイ能力者。ESP。超能力者」
 ごっ! ご冗談っ!!
「どうりで、馬鹿《ばか》のわりにはするどいと思った。今回、変なカンを発揮《はっき》したのも偶然じゃいなかもしれない」
 えっえっぇっ。
 あたしは思わずキョロキョロしてしまった。
「千回のランに対して、ヒットがゼロ」
「は?」
「千回やって、一度も当たらなかったということ」
「悪かったね」
 ふてくされるあたしを、ナルが怪訝《けげん》そうに見る。
「なぜ?」
 言ってプリントアウトを示し、
「千回ぐらいやると、ほぼ正解率は確率どおりになるはずだ。正解する確率は四分の一。二十五パーセントはあたって当然なんだ。これより多くても少なくても普通でないことになる」
 ……普通でないって……、ひとを変態みたく言わないでくれる?
「じゃあなに?」
 
 綾子が身を乗りだした。
「麻衣は超能力者だって言うわけ?」
「……そういうことになるな」
 ……ほえー……。あたしが。
 なんと言えばいいんだろう。まるで、いきなりスポットライトがあたった気分。
「なるほど。それで今回、見事な第六感を発揮してくれたわけか」
 ぼーさんが言うと、綾子が、
「だったらー、なんでいままでなんの役にもたたなかったわけ? 今回が初めてじゃない」
「どうかな」
 言ったのは、ぼーさんだ。
「なによ」
「麻衣は鋭《するど》いと思ってたぜ、俺は」
「またぁー。あんたって、すぐナルにヒヨルのね」
「べつにぃ。麻衣はめだたんけど、前回『森下事件』でけっこう役にたってたからな」
 あら、ぼーさん、ありがとー(ハート)
「うそよ」
「うそじゃないさ。前回、麻衣は変な夢を見てるだろ」
 ……ぎくっ。ナルの夢の話は誰《だれ》にもしてないぞ。なんで知ってんのよぉ。さてはタカめ、バラしたなっ!
「ホラ、井戸の中におっこちたとき、変なことを言ったらしいじゃないか」
 なんだ……あれか。ほっ(タカ、うたがってゴメン)。
「麻衣はどうやらあの家の過去を見たらしい。普通の人間にできることか? ありゃねポスト・コグニションに近い能力なんじゃないか?」
 ……あたってればねぇ。確かめる方法はないもんなー。
「それと、子供」
「はぁ?」
「だから、台所でガス管が火を吹いたとき、子供の姿を見てるだろ。あのとき、すぐにあの子……礼美《あやみ》ちゃんだっけか、あの子の部屋に行ったら、子供はちゃんと部屋にいた。
 麻衣が見たのは霊なんじゃねぇの?」
 ……ぽかーん。そっか、そう言われてみれば……。
 ナルがクスリと笑いをもらす。
「ぼーさん、見ていないようで見ているな。……その通り」
「……と、いうことはだ、ナルちゃんも」
「変だと思っていた」
 みんなの視線が集中する。みそっかすのあたしに。
 ……あたしって、スゴイのかも……しんない。
 やった、らっきー!
「でも」
 不服そうなのは真砂子だ。
「言うほど大した能力ではありませんわ。
 あの家の霊は強かったんですもの。たいして霊感のない人間にも見えるほど霊の力が強かっただけですわ」
「でも、今回はあんたに見えない霊を見てるわね」
 綾子ってばいじわる。真砂子がキッと綾子をにらみつけた。
「こんなことは初めてですのよ。きっと特殊な例だからですわ」
「だといいけど? よくあるじゃない、ハタチすぎれば、ただのヒト」
「それでも、最初からまるで役にたたない誰《だれ》かよりはましですわ」
 にらみあう女ふたり。ジョンがまぁまぁ、と間に入ってなだめる。
 ナルはそれにはしらんぷりで、
「麻衣は害意のあるものに対して、異常なほど敏感だな」
 へ? 異常……。
「強い邪悪を感じとる能力がある。霊でも、強い害意を抱いている霊を見るんだ。
 自己防衛本能だな。動物といっしょだ。敵をかぎわける」
「あ、なるほどー」
 綾子はサワヤカに笑う。
「動物って、そういう能力があるものねぇ。ふーん、ケダモノ並みなんだー」
「精神的な先祖返りだな。
 ときどき、全身を体毛におおわれた子供や、尻尾《しっぽ》のある子供が生まれることがある。あれは先祖返りなんだが、それの精神的なやつ」
 ……あたしが、ケ・ダ・モ・ノだとぉー。
 綾子はいかにも楽しげだ。
「つまり、カラダは人間でも、ココロは野生の動物なのねー。なるほどー」
 ……こいつらはーっっ。
「ナル」
 おこったぞ、あたしは。
「言うからね」
 ドスのきいた声で言って、ナルをにらむ。とたんにナルがハッとした。
「だーれが、ケダモノだって?
 だーれが先祖返りだって? 異常だって? え?」
「いや……それはもののたとえで」
 おお。めずらしい。ナルのあせった顔。
「んじゃ、ナルはなんなのよ?
 スプーンを曲《ま》げるのは異常じゃないのか?」
 とたんにしんとするオフィス。
「さわっただけでスプーンを曲げて、ちぎっちゃうのは、なーんなのかなー。正常な良識ある人間の、人間的な行為とは思えないんだけどーぉ」
 みんながギョッとしてナルをふりかえる。
「ちょっと」
「ナル」
「まさか」
 口々に言う中で、ひときわ大きな声。
「ナル!」
 ……リンさんかぁ?
 リンさんは怒っていた。明らかに怒っていた。
「そんなことをしたんですか!」
 ナルが首をすくめる。十七の子供みたいに。
「絶対にやらないと……」
「麻衣っ!」
 へーん。怒鳴ったって遅いよぉ。もう言っちゃったもんねーだ。
「ナル、いいですか! あなたは」
「わかった、いや、わかってる」
「わかってません!」
 世にもめずらしい。あたしたちは思わずその異常な風景に見入ってしまった。
 怒鳴るリンさんと、あせるナル。
 ぽくぽく、ぼーさんが手を叩《たた》いた。
「いやぁ、ナルにそんな隠し芸があったとは、ぜひ俺たちも拝見したい」
「あ、アタシもっ!」
 ウンザリしたように、ナルがため息をついた。
「麻衣……覚えてろよ」
 べー。
「見たい、見たい! 麻衣だけなんてずるい」
「そうですわ、ぜひ」
 ふたたび、ナルの深いため息。そうして、自分のカップからティー・スプーンを取りあげる。
「ナル!」
 リンさんの強い声。それになげやりに手を振って、
「まぁまぁ。こうなったら仕方ないだろう? ……いいか?」
 ナルがスプーンを構える。右手に親指と人差し指だけでスプーンを持って、左手を添える。左手は人差し指を一本だけ。スプーンの頂上に軽く当てる。すっ、とスプーンが内向きに曲がった。
 
「ほら」
 曲げたスプーンを綾子の方へ投げてやる。
「……すごいじゃない」
 綾子は言いながら自分でも試してみる。あたしも思わず自分のティー・スプーンをとって試してみる。こう……でしょ。ナルのやったように構える。指二本で支えただけのスプーンは、力をかけて押すと傾いてしまって、曲げることはできない。
 ……すごいなぁ。
 コホンと咳払《せきばら》いしたのは、ぼーんさだ。
「あのなぁ……」
「なにか?」
「おまえ、本当にいい性格、してるな」
 え?
 驚いてぼーさんを見る。ぼーさんは、
「おまえらも、簡単に感心してんじゃねぇっ!
 いまのはナルが指の力で曲げたんだよっ!」
「えー? だって、曲がんないわよ、これ」
「曲げたの! 俺は横から見てたから一発でわかった」
「だって」
「ナルは、スプーンの柄《え》を掌《てのひら》で支えてた」
 え? あわてて試す。スプーンを持って、柄の端を掌にあてて。これで押すと……。
 確かに曲げられるわ。力さえあれば。げんにジョンが曲げた。
「仮にも超心理学研究者が、こういうことをして他人をたばかってもいいのかな? え?」
 ナルは涼《すず》しい顔だ。
「サギの被害にあわないいちばんの方法は、サギの手際を知りつくすことだ」
 ……あぜん。
「……手品の趣味があると聞いてたが……それでか」
「もちろん」
 ……あくまで仕事がらみなのな。てめー。
 リンさんの深いため息。ナルが声をかける。
「もうしない。約束する」
「守っていただきたいものですね」
「絶対」
「どうですか」
 ふたたびリンさんが、深ーいため息をついた。

 ……それはもとかく。
 先祖返りだろうがなんだろうが、あたしはみそっかすではないんだ!
 一歩も二歩もみんなに近づいた感じ。
 よぉーし、おぼえてろよ、てめーら。もう役たたずなんて言わせないからねっ!

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责任编辑:Mashimaro

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