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悪霊シリーズ第3巻 悪霊がいっぱいで眠れない
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

っちです」
 吉野先生が示す。先に建って歩きながら、ぼーさんに、
「あなたがリーダーですか?」
と聞いてきた。
「いやいや。リーダーはむしろこっち」
 ぼーさんがナルを指さす。
 ほほう、ぼーさん、ようやくわかってきたな。
 吉野先生は値踏みするようにナルを見る。不安そうな表情を浮かべてから、
「じつは……わたしも、相談したいことがあるんですが……」
 ……い、いきなり。
 ナルは静かな視線を先生にむけてから、うなずいた。
「お聞きします。……ここですか?」
 ドアを示す。ドアの上には「小会議室-一」の札が下がっていた。
「……そうです」
 言って吉野先生はドアを開いた。

 わりと広めの室内に、大きなテーブルがひとつ。ホワイト・ボードと小さな棚《たな》。それで全部のガランとした部屋だ。(会議室だから当然なんだけどね)
 ナルは室内を見渡してうなずく。
 
 吉野先生にかけるようすすめてから、
「ご相談の内容をうかがいます」
 言ってファイルを広げた。吉野先生は少し不安げにあたしたちを見くらべる。
「……あの、わたしが相談をしたことは……」
 ナルがうなずいた。
「依頼人のプライバシーは守ります。先生がお望みでしたら、相談内容はもちろん、相談があったことも伏せておきます。
 ――どうぞ」
 吉野先生はうなずく。額《ひたい》にうっすらと汗が浮かんだ。
「あの……ですね。夜、ノックの音が聞こえるんです」
「それはご自宅ですか?」
「はぁ、最初は自宅でした。
 小さな音ですが、しつこいので眠っていても目を覚《さ》ましてしまうんです。だいたい、窓やドアを叩《たた》いていまして……。それで、開けると……」
 吉野先生は言いよどむ。ナルは無言で先をうながした。
「誰《だれ》も……いないといいますか、そのう、ドアの枠《わく》の隅にですね、手があるだけなんです。女の手みたいな、白い細い手が、すっとひっこんで、それきりです。 最初は眼の錯覚《さっかく》かと思いまして。でも、翌日もまたノックが始まって……」
「ノックだけですか?」
 ナルはメモをとりながら聞く。
「はい。ノックだけです。
 気味が悪くてたまらなくて。あまりに続くので一時は家に帰る気がしなくて、夜は出歩くようにしていたんですが、どこにいても同じなんです。居酒屋《いざかや》にいても、やはり十二時を過ぎたころになると、近くでノックの音がするんです。
 それは、ドアや窓をあけないと朝までえんえんノックを続けます。……最近は満足に眠ることもできなくて」
 どうりで。吉野先生は眼の下に隈《くま》をつくっている。
 ナルはうなずく。
「……なるほど。その音は、先生以外の人間にも聞こえますか?」
「はい。でも、わたしほど気にならないようです」
 そうですか、とつぶやいて、ナルはぼーさんをちょっとふりかえって、
「ぼーさん、呪符《じゅふ》を作ってくれ」
 声をかけてから、吉野先生に向き直る。
「悪霊封じの呪符をお渡ししておきます。これを窓とドアに張って、絶対にあけないように。夜の一人歩きはひかえてください。ノックは続くかもしれませんが、お気になさらず。……その間に調査します」
「……はい」
 ぼーさんは硯《すずり》を出して、呪符を書く。それを受け取って吉野先生は、薄くなった頭を深々と下げると会議室を出て行った。
 その背を見送って、ぼーさんが誰《だれ》にともなく、
「……いきなりだぜ、どうなってるんだ?」
 ナルは肩をすくめただけだ。チラと腕時計に眼をやって、
「もう少ししたら、授業が終わる。依頼をしてきた子たちを集めて、彼女たちの話を聞いてみよう。……今日はそれで終わりだろうな」

     4

 最初に小会議室にやってきたのは、伊東《いとう》さんのグループだ。
 友達がキツネに憑《つ》かれたと言ってきた子。全員がいちように緊張した表情だった。
 ナルは六人ほどの女の子を座《すわ》らせて、テープレコーダーを用意する。
「もう一度、依頼の内容を確認したいのですが」
 ナルが伊東さんに言うと、全員がピリッと緊張した。
「相談の内容は、友達にキツネが憑《つ》いたのじゃないか、そういうことでしたね?」「……はい」
「その子は今日は?」
「もうずっと休んでます。本人は元気なんだけど、お母さんが家から出さないの」
 伊東さんは確認するように周囲を見る。まわりにいた友達が首をうなずかせた。
「その子の状態をもう一度聞かせてください」
 伊東さんは、オフィスで言ったのと同じ内容をくりかえす。まわりの子が途中で言葉を補足して、オフィスで聞いたのよりは具体的な事情が聞けた。
 その子はある日急に、めだって奇妙な行動をとるようになった。変なことをしたり(机に飛び乗る、教室を走りまわる、大声で泣いたり笑ったりする)、変なことを口走ったり(人の悪口や、予言めいたこと。そのほとんどが意味をなさないものらしい)。果ては寒空の下で制服のままプールに飛びこんだり、砂や小石、チョークを飲みこんだり。
「他人に危害を加えたことは?」
「それは、ありません」
「そう。――キツネが憑いた、というふうに考えたのはなぜ?」
「それは……」
 伊東さんはまわりの子と顔を見あわせる。誰《だれ》かが、
「だって、本人がそう言ってたもんねぇ」
「うん」
 詳《くわ》しく話を聞くと、どうも本人が自分はキツネだと言っていたらしい。
 ナルは指先で軽く机を叩《たた》く。
「普通、人がそういう状態になったときは、病気ではないかと疑うものだと思うけど、そうは考えなかった? 神経科の医者に見せたほうがいいのじゃないかとは?」
 全員がザワザワとささやきかわす。答えたのは伊東さんだ。
「だって……自分で『わたしはお稲荷《いなり》さんの使いの白ギツネじゃ』って言ってたし。それに、あの子が変になったのって、先月コックリさんの見物をしてからなんです」
「コックリさん……。紙と……なんて言うんだっけ……グラス、杯《さかずき》? それを使うやつ?」
「ううん、あたしたちがやってるのは、エンピツを使うやつです。紙に『あいうえお』って五十音を書いて、エンピツを使うの」
「……なるほど、いちばん簡単なやつ。それを見てからおかしい?」
「はい」
 伊東さんはうなずく。表情が曇《くも》った。
「べつに変なことはなかったけど……。コックリさんが帰らなかったとか、誰かがコックリさんを馬鹿《ばか》にしたとか、そういうことはなかったんです。でも、あたしたちが帰るとき」
 横にいた子が先をつないで、
「そう。自分で、とり憑《つ》かれた気がするって言ってたんだよね」
「そんなはずないよって言ったのに、肩が重いとか言ってね」
「そうそう。次の日にはもう変だったんだ」
「うん」
 口々に言う女の子たち。
「……そう。コックリさんをした場所は?」
「教室。一-三の」
 ナルはホワイト・ボードに張った学校の見取り図を見上げる。なにやら考えこむ風情《ふぜい》を見せてから、
「その子の名前と連絡先を書いていってください。よく調べてみます」

     5

 伊東さんのグループの次にやってきたのは久我山《くがやま》みのりさんのグループだった。
 会議室に入ってきた久我山さんは、大勢の人間を連《つ》れていた。久我山さんよりも年下っぽい子もいれば、年上っぽい子もいる。
「あなたの依頼は……部室でポルターガイストが起こる、ということだったんですが」
「はい……あの、そうです」
 久我山さんは、緊張した顔つきでうなずいた。
 彼女の所属する陸上部では、部室で奇妙なことが起こる。ロッカーが倒《たお》れていたり、きちんとしまったはずの備品が床に散乱していたり。
「スターティング・ブロックがバラバラになって散乱していたこともあるんです」
「イタズラだとは思わなかった?」
「思ったよね」
 口をはさんだのは、久我山さんより年上っぽい女の子だ。
「ぜったい誰かのイタズラだって。
 それで最初は部室の鍵《かぎ》を替えたりしたんだ。それでも鍵には異常はなし。で、現場を捕まえてやろうって、泊《と》まりこんだりもしたんだけど、ゼンゼンかすりもしない」
「そ。あれは絶対、変だって」
 その隣《となり》にいた子もうなずく。
「だって、みんなが泊まりこんでさ、ふっと眼を離したスキに、箱の中にあった砲丸《ほうがん》が床に一列に並んでんだもん」
「……なるほど」
 ナルは軽くうなずく。
 たしかに、ポルターガイストっぽいね。ということは、またあの機材を運びこんで重労働するんでしょーか。やれやれ。
「ポルターガイストが起こるようになった原因に何か心あたりは?」
「べつに……」
 久我山さんたちは首をひねる。けっきょく、思い当たることはないようだった。

 
 久我山さんたちが帰って行ったあと、次にやってきたのは三浦聡子《みうらさとこ》さんのグループ。
 早くもウンザリしたあたしとぼーさんをヨソに、ナルは根気よく質問を続ける。
「では、……三浦さん?」
「はい」
 友達に囲まれて小さくなっていた三浦さんが首をあげた。
「話を聞かせてください。
 霊《れい》に憑《つ》かれたらしい、という依頼でしたが」
「はい……あの」
 彼女は先月キモダメシをして以来、怪現象に悩まされている。
「体育館に『開《あ》かずの倉庫』があるんです。何年か前に、そこで用務員さんが死んで以来、変なことが起るんで使ってない、っていうウワサの……。単なるうわさですけど、べつに鍵《かぎ》はかかってないんです。もう使ってないだけで。それで……」
 隣の女の子が助け舟を出す。
「テストが終わったうちあげに、キモダメシをしようってことになったんだよね」
「うん」
「そこで百物語をして、変なことが起きないかなーとか言って……。そしたらこの子が」 彼女は三浦さんを指さした。
「途中で気分悪くなっちゃって」
「その日は途中でやめて帰ったんですけど、それ以来、変な影が見えるようになって……」
「それをもう少し詳しく」
 ナルの声に、
「はい。あの、たとえばお手洗いで手を洗っているでしょ? そうしたら影が見えるんです。鏡がこう……あって、そこにうしろの壁《かべ》が映《うつ》ってて、その壁に変なものの影が見えるんです。変なものというのは、あの……首つりのロープみたいな形なんですけど……」
 その影は、どこにでも現《あらわ》れる。気がつくとあたりの壁に映っている。
「もう、気味が悪くて……」
「そう言えばさ」
 隣の丸い女の子が口をはさんだ。
「こないだ、エイちゃんが入院したでしょ? あれで気味悪い話聞いたよ」
 言ってから、彼女はナルに、
「あ、エイちゃんていうのは、そのときいっしょにキモダメシをやった子なんだけど、いま入院してるんです。胃に穴があいて。
 エイちゃん、次の日から元気なかったでしょ? あの日から彼女の机に幽霊が出るようになったんだって」
「うそ……」
「ホント。授業中、突然金縛《かなしば》りにあって、それでどうしようとか思っていると、自分のお腹《なか》のあたりを誰《だれ》かがさわるんだって。で、こう……目線を下げて見ると、机の中から人間の手首が出てて、その手がお腹のあたりをなでまわしてるんだって」
 人垣から悲鳴が起こる。
「たいがいすぐに消えるんだけど、あんまし何度も起こるんで気味悪くてたまんないとか思っていたら、胃に穴があいて。昨日お見舞いに行ったら、そう言ってた」
 ……う、うえー。
 机を指先ではじきながら考えこむナル。腕組みをして苦《にが》い表情で天井《てんじょう》をにらんでいるぼーさん。あ、あたし、背筋がぞわっとしちゃったー。

     6

 三浦《みうら》さんのグループを帰らせて、あたしたちはタメイキをつく。グッタリしているところに、最後の依頼人、高橋優子《たかはしゆうこ》さんのグループがやってきた。
 彼女のクラスには呪《のろ》われた席がある。そこに座《すわ》った者は、電車に引きずられてケガをする。
 奇特なことにぼーさんのバンドのおっかけをしているという高橋さんは、ちっちゃい可愛い感じの人だった。おっかけという言葉から、意味もなく派手《はで》なおねーちゃんぽい人を想像していたあたしは、少しビックリ。
 高橋さんはひとなつこい笑顔をあたしにむけて、それからぼーさんに手をふった。
「ほんとーに来てくれたんだー」
「まぁな」
 ぼーさんは、あたしたちを紹介してくれる。
「こっちの顔のいいのが『渋谷サイキック・リサーチ』ってとこの所長で、渋谷。ヨコの嬢ちゃんが、その助手で谷山《たにやま》」
「ヨロシクね」
 いたずらっぽい高橋さんの笑顔。
「こちらこそ」
「で、話を聞きたいんだが……」
 ぼーさんがナルをふりかえる。ナルが言葉を引き取って、
「この中に問題の席に座って事故にあったひとがいるかな?」
 言って八人ほどのグループを見わたした。
「いるよ」
 高橋さんはうしろに立っている女の子を示す。
「二番目ですけどぉ……」
「そのときの話をしてほしいのだけど」
 聞かれてその女の子が、口を開いた。
「んーとね、降りようとしたの、電車を。っつーか、降りたのね。で、ホームを歩き出したら、誰《だれ》かがアタシの腕をひっぱったんだ。すっごい力で。それでドアにはさまれちゃって、電車が動き出して、しばらくはいっしょに走ったのね。だって、しかたないでしょ?
 でも、すぐに転《ころ》んじゃって、そのままホームを引きずられて、ホームを落ちて五メートルくらい行ったところで電車が止まったの。
 肩脱臼《だっきゅう》して、足折って、先週ギプスがとれたとこ」
「誰がひっぱったのかわかりましたか?」
「それがー」
 言って彼女は周囲の人間と顔を見あわせた。
「ちょうど電車はすいててあんまし乗客はいなかったのね。そんで、見たんだけど、ドアのちかくには誰もいなかったの」
 ナルはメモをとりながら、
「それは何時ごろ?」
 正確な日付は、ほかの被害者の状況は、と質問を重ねていく。ひと通りの質問を終えたあとで、
「問題の……その席で変なことが起こる原因について、何か心あたりがある?」
 みんなは、おたがいに首をかしげあった。
「わかんないよね……ねぇ?」
 ささやきあう。
「……そう。ありがとう」
 バタンとバインダーを閉じてから、ナルは背後のぼーさんを振り向く。
「問題の席を見てみたい」
「あ、じゃあ、案内してあげる」
 高橋さんが元気よく手をあげた。

 彼女たちに先導されてあたしたちは高橋さんのクラス――二-五の教室に向かった。
 南棟の二階にある教室。問題の呪《のろ》われた席は窓際の最後尾にあった。
「ここ」
 言われて、ナルは机の脇に立つ。軽く手を置き闇《やみ》色の眼を細めた。
「いまはここには?」
 高橋さんが首をふった。
「いないよ。こないだまでいた子はいま、病院」
「この机の位置は変わってない?」
「ずっとその位置だよ」
 ナルはじっと考えこむ。
 しばらくしてから、釈然としないようすで机を離れて、
「ところで……このクラスの担任のようすがおかしい、という話を聞いたんだけど」
 ふたたび高橋さんがうなずいた。
「そーなの。準備室に幽霊が出るとか言って、気味悪いから学校に来るのいやだって。昔は幽霊なんかいないって言ってたのに。けっきょく入院しちゃったんだけど。病室にも出るとか言って、もう半分ノイローゼみたい」
 ……ふぅん。
「そう……。ありがとう」
 ナルは軽く手をあげる。ひどく考えこんだ表情だった。

 ふたたびあたしたちが会議室に戻ると、中ではふたりの先生が待っていた。
 車のミラーごしに幽霊が見える、という先生と、姿の見えない誰《だれ》かに後をつけられていると訴える先生と。
 さらに、ふたりの話を聞いているうちから、ひきもきらずの依頼人。
 ……ものすごい数。どうなってんの?

     7

 
 それでも、陽《ひ》が落ちる間までにはいちおうの質問を終えて、あたしたちはお茶にありつけた。
 三上《みかみ》校長はあたしたちのために、ご自由にどうぞと言ってお茶のセットを用意してくれていた。それであたしはここまできてお茶くみをやったわけなんだけど。
 ぼーさんはイスにふんぞりかえっておまけに足をテーブルの上に投げだしたりして、極《きわ》めてお行儀《ぎょうぎ》の悪い格好でタメイキをつく。
「こいつぁおおごとだー」
「たいへんそう?」
 ぼーさんはウンザリしたようにうなずいた。
「この数をみてみろよ」
 ながめていたメモの束《たば》を放《ほう》り出す。
「……とんでもねー。これをいちいち全部除霊するのかと思うと、俺はメマイがしちゃうよ、まったく」
 大げさにため息をもひとつついたあとで、ナルをふりかえる。
「ナルちゃん、なんか一発除霊してすむような、うまいアイディアはねーのか?」
「学校を関係者ごと爆破するんだな」
 ナルの声もウンザリしたようす。
「お、いいね、それ。でもってその跡地を末長く立ち入り禁止にするんだ。そーすりゃ一発で終わりだわ、確かに」
 あのねー。
「まー、そーゆーわけにはイカンわなぁ。
 ……人数をかき集めて、全員で手分けして除霊する。人海戦術しかねぇんじゃねーの?」
 ぼーさんが言うのにナルは、
「どうかな……」
「へ?」
 ぼーさんは顔をしかめる。
「おまえ、まさか、また難しいことを考えてるんじゃねーだろーなー。たしかに数は多いが、大したことのない事件ばっかじゃねぇか」
 ナルは首をかしげる。
「それはそうなんだが、この数は尋常《じんじょう》じゃないと思わないか?」
「……それは、まぁ……」
 ナルは夜より暗い視線をさまよわす。
「これだけの数の相談がすべて事実だとしたら……なにか原因があるはずだ。ぜったい……」
 ……たしかに。足音がついてくるとかノックがするとか、ひとつひとつはありがちな怪談なんだけど、それがひとつの学校の内部でこうも起こるとなると絶対におかしい。
「ナルの言わんとしているところはわかるが、……んじゃ、どうする? 依頼人はおいといて、先に原因を調査するか?」
 ぼーさんの言葉に、ナルはさらに複雑な表情を作る。
「……そのほうが絶対に確実なはずなんだが。
 しかし、そうもいかないな。人海戦術もやむをえないだう」
 ウンザリしたナルの台詞《せりふ》に、ぼーさんがイヤミな口調《くちょう》。
「真砂子《まさこ》も呼んで?」
 とたんにナルがなんとも言えない表情を見せた。甘いと思って口にいれたものが苦《にが》かったような、そんな表情。
「どーして真砂子を嫌《いや》がるのかな?」
 原《はら》真砂子(十六歳、霊媒《れいばい》、美人)をナルはどうもけむたがっているらしい。弱みを握《にぎ》られているのかなんなのか、妙に真砂子に関することだけ歯切れが悪い。
「場合によっては、相談に乗ってやってもいいぜ?」
 ぼーさんがニンマリした笑顔をむけると、
「他人の相談に乗れるほど、余裕《よゆう》のある人生を生きているようにも見えないけど?」
 サラリと受け流す。
 ぼーさんの苦い顔。
「悪かったな」
「どういたしまして」

 けっきょくその日は調査を終え、明日改めてメンバーを集めて学校に向かうことになった。
 どういうわけかけっきょく集まることになるメンバー。ゴースト・ハンターたち。ナルとその助手のリンさん、ぼーさん、巫女《みこ》の綾子《あやこ》(松崎《まつざき》綾子、推定二十三歳)、霊媒の真砂子、そして神父のジョン(ジョン・ブラウン、十九歳、オーストラリア人)。
 役にたつのか、たたないのか。


二章 サイキック


     1

 翌日、あたしたちは大挙して湯浅《ゆあさ》高校に向かった。大挙して、というのは言葉通りで、あたし、ナル、リンさん、ぼーさん、真砂子《まさこ》、綾子《あやこ》、ジョンの七人。
 しかし、ナルの号令一発で、それぞれに仕事をしているはずの人間が全員そろうとは。こいつら、よほどヒマなのか、それとも……まさかとは思うけど、ナルの人望かね?

 ナルはベースになる小会議室に入るなり、事情の説明にかかる。一通り、簡単に状況を整理して、
「とにかく数が多いので、ゆっくり調査をしていられない。手あたりしだい除霊してみるしかないと思う。効果がなければ、それはそのときに次の手を考えよう。
 ジョンとぼーさんとでここへ行ってくれるか」
 ナルは被害者が入院している病院を書きだしたメモをわたす。
「除霊すればよろしんでっか?」
 ジョンの言葉にナルがうなずく。お陽《ひ》さま色の金髪と晴れた空みたいな青い眼。初対面のとき周囲をのけぞらせた関西なまり(それでも最初にころに比《くら》べれば、ずいぶん不通の日本語になってきたと思うのよ)。
「それから、原《はら》さん」
「真砂子と呼びすてにしてくださって、かまいませんのよ」
 あいかわらず和服姿の真砂子は、日本人形みたいな小さな赤い口元に、笑みを浮かべる。
「いつもそう申してますのに」
 ……何者だ、こいつ。
 どうやら真砂子はナルにご執心《しゅうしん》のようなのだ。楚々《そそ》とした外見のわりに、強烈なアタック。これが真砂子以外の人間が相手なら、ピシャリと皮肉が返ってくるはずなんだが……。
 ナルは小さくため息をひとつ。
「……学内を見てみてください。とりあえず、霊が出るという机と美術準備室。それから事故の続く席と陸上部の部室を。
 松崎《まつざき》さんもついて行ってくださいますか。もしも霊がいるようなら、除霊を」
 綾子がニッコリ笑う。
「アタシも呼びすてにしてくれて、かまわないよ?」
 ナルが冷たい眼をむける。
「冗談《じょうだん》をいうヒマがあったら、除霊の才能を発揮《はっき》していただきたいものですね。そろそろ松崎さんの活躍を拝見したいんですが?」
 ……そらな。どーして真砂子にはため息ひとつで、綾子には皮肉なんだ?
 綾子も不服げに、
「なーんか、真砂子とアタシと差別してない?」
「実力に相応の敬意をはらっているだけですが?」
「そういう言われ方をすると、アタシが実力ないみたいなんだけど」
「残念ながら、敬意をはらうに見合うだけのものを見せていただいたことがないんですが」
 ……そりゃ、そうだ。綾子って、ほとんど役にたったためしがないもんなぁ。
 綾子がふいにあたしをにらむ。
「いま、心の中でなんか言ったでしょ」
「よくわかったね」
「年上のモンに対する礼儀を教えてさしあげましょうか?」
「乗り物では席をゆずりましょう、とか?」
「あのねーっ」
「いいかげんにしないか」
 ナルの冷酷無比《れいこくむひ》な声が飛んできた。
「遊びたいのなら帰ってくれたほうがありがたいが?」
「……すんません」
 ナルはあたしと綾子をにらみつけたあと、
「それを」
と、テーブルの上に並べたレシーバーを示した。
「持って行ってください。
 ここで麻衣《まい》が情報を受け取ります。学内にいるかぎりは通じるはず」
 今回は暗視カメラもサーモ・グラフィーもなし。自称霊能者たちの霊感と、レシーバーだけが頼りのゴースト・ハンティング。
「わかった」
 
 綾子が不承不承《ふしょうぶしょう》うなずいた。
「それで? ナルはなにをするわけ?」
「僕とリンは調査を継続する」
「そ。がんばって。ご活躍を期待してますわ」
 思いっきり皮肉な口調。
「期待していただくまでもありません」
 ……いつだって活躍してるってか? そらまー、そーだけどよ。
 キッパリ、自信の発言。ナルシストの面目躍如《めんもくやくじょ》というところ。
 綾子はナルをにらみつけ、
「真砂子、行くわよ!」
 乱暴に真砂子を引きずって出て行った。それをキッカケに全員が立ち上がる。
 あたしは大きめの受信機の前に座《すわ》った。
 うまくいくのかしらね。
 そう思いながら、あたしは昨日あつめた情報のメモを整理にとりかかったのだった。

     2

 大量のメモを整理する。怪談とその場所。証言の内容。大きなカードにまとめながら、あたしは早くもウンザリしている。
 霊能者ではないんだから当然とはいえ、あたしがやらされるのはいつもこういう雑用ばっかり。うーん、一回でいいから、カッコよく悪霊祓《ばら》いがしてみたいもんだ。
 ……そしたらナルも、もうちょっとあたしを重く見てくれるかなー。ないだろうなぁ。所長とバイトの身分の差は痛い。
 てなことを考えて、ひとりでぶつぶつ言ってたときだ。
 会議室のドアが開いた。
「……!!」
 驚いて腰を浮かすあたし。そのようすを見てさらに驚いたようすの高梁《たかはし》さん。
「……びっくりした……」
 あたしが言うと、
「おたがいさまよぉ。……なにごとかと思ったじゃない。ノリオは?」
「はぁ?」
 ノリオ……そんなひといたっけ?
「タキガワさん」
「ぼーさん? ぼーさん『のりお』って名前でしたっけ?」
「『法生』と書いて『ノリオ』と読むってのが正しいらしいよ。いないの? ひとり?」「うん。ぼーさんは除霊に出かけたの。座ります?」
「座るー」
 高橋さんはにぱっと笑ってチョコチョコ部屋に入ってきた。ひとなつこい人だ。
「お茶いれますね。授業は?」
「うん。……授業は自習。担任が入院してるから」
「へぇ」
 あたしはお茶を入れに立った。
「入院してる先生とか多いから、自習ばっか。ありがたいやら、どうやら。
 ところで、タニヤマさん、だっけー」
「麻衣《まい》、でいいですよ」
「じゃ、あたしもタカでいい。みんなそう呼ぶし」
「はあ」
 タカさんのほうが年上なんだけどなー。
「麻衣、何でこんなことしてんの?」
「バイト」
「変なバイトしてるねー」
「話せば長いことなんですよ」
「ゼヒ話しなさい。聞いてあげる」
 ふふふ。あたし、このひと好きだな。
「じつはねー」
 あたしはナルの事務所でバイトをすることになったいきさつとか、そういうことをメモの整理をしながら話した。
 タカさんも手伝ってくれながら、
「けっこう、ハードな人生、送ってるねー」
「でしょー」
「じゃ、このバイトって、けっこう危《あぶ》ないんじゃない、へいき?」
「あんまし平気じゃないかなー」
「とり憑《つ》かれたりしない?」
「いまのところは」
「そっかぁー」
 妙に感心したようにうなずいて、タカさんは男の子のように腕組みをする。
「どうなってんのかね、この学校は。オカルト学校かっつーの。
 タタリに幽霊に超能力。これでUFOがくれば……」
 ……え?
「タカさん、まなんて?」
「タカ。――だから、オカルト大集合でしょ?
 タタリのある席とか、幽霊がでるとか、超能力の……」
「ストップ!
 その、超能力ってなに?」
「あれ聞いてない? カサイ・パニック」
「ううん」
 タカは小首をかしげる。
「この学校の、三年生にいるの。超能力少女が」
「はぁー?」
「笠井千秋《かさいちあき》さんっていってね。最近テレビでよくやってるじゃない。スプーン曲《ま》げ。あれを見ててスプーンを曲げられるようになったんだって」
 ……どひゃー。
「夏休み終わってすぐだったかな。あっという間に評判になって。みんなで入れ替わり立ち替わり見に行って。かく言うあたしも行ったんだけど。なんせミーハーだからー」
 タカはくったくなく笑う。
「スプーンの首がくにゃっと曲がるの。あれはスゴイよ。ウソだってきめつけてるひともいたけど、あたしは感動しちゃったな。それで、一時期、話題騒然。ウソだ、ホントだ、で学校がまっぷたつよ。で、一部では、ちょっとスプーン曲げがはやったんだけど……
「だけど?」
「うちはけっこう厳《きび》しくて。先生も妙に頭が堅《かた》いし、そんなのマヤカシに決まってるって、全校朝礼で笠井さんをつるしあげちゃって」
「……そりゃ、ひどい」
「でしょ? それで、笠井さんの友達で、沢口《さわぐち》さんってひとが、怒《おこ》っちゃったのね。スプーン曲げくらいあたしだってできるって大見得《みえ》きって。で、生活指導の吉野に曲げてみろって言われて……もちろんスプーンはなかったんで、カギだったんだけど、先生のカギを曲げちゃったのよね」
「みんなの見てる前で?」
「そう。全校朝礼の現場で」
「へぇぇ」
 不思議《ふしぎ》……。
「それからってもんは、先生の一派がさー、笠井さんと沢口さんを攻撃して。超能力なんてないとか、現実逃避だとか、ペテンだとか、大変だったのよ、ホントに」
「……だろうねぇ」
 普通ありうる反応だよね。
「で、沢口さんが登校拒否にかかっちゃったのね。それでー、笠井さんがおこって。『呪《のろ》い殺してやる』って先生に言っちゃって、もー大騒ぎ」
 うわーぁ。おおごとだ、そりゃ。
「で、わざわざ授業をつぶして全校集合をやって、超能力なんてないとか、霊なんていないとか、えんえんお説教」
「御愁傷様《ごしゅうしょうさま》」
「わざわざのお悔やみ、ありがとー。
 でも、それ以来なのよね。変なことが起こるって話が出始めたのは。ここだけの話だけどさ、あれは笠井さんの呪《のろ》いだってウワサもあるくらい」
「ふうん……」
 なんだろう。喉《のど》の奥がチカチカする。超能力少女と呪いの言葉……。
 あたしはマイクをとった。
「ナル、ナル。聞こえる?」
 呼びかけに対して雑音といっしょに、おざなりな声。
 
『なんだ』
「戻って来て。気になることがあるの」
 少しの雑音のあと。
『いまから戻る』

     3

 ナルはタカの説明を聞いて、ひどく考えこんでしまった。
「……これ以上詳《くわ》しいことは、わかんないんだけど……」
「そのふたりは、いま?」
「うーん。知らないけどー、沢口《さわぐち》さんのほうはほとんど学校に来てないって言ってたな。ときどき、笠井《かさい》さんに誘われて、来ることもあったらしいんだけど、最近は全然……。
 朝礼でつるし上げられて以来、笠井さんもほとんどまわりのひとと口きかないらしいし。まわりの人間も話しかけにくいみたいなんだよね。当然だけど」
「そう……」
「たしか、笠井さんと沢口さんって生物部だと思うから、ひょっとしたらまだ学校の中にいるかも。生物部は生物準備室にいるはずだよ」
「ありがとう。行ってみよう。――麻衣、来い」
「はぁい……」
 ナルは他人をこき使うことに関しては超がつく名人だ。ちゃっかり機械の説明をするとあとをタカにまかせて、あたしを引き連《つ》れ会議室を後にした。
 生物準備室はほかの理科系の特別教室が並んだあたりにある。生物実験室の隣《となり》で、準備室、という別の部屋になっていた。
 ドアの外まで来ると、中から話し声が聞こえる。ナルがドアをノックすると、ぴたっと声がやんだ。
「はい?」
 女の人の声。
 ナルはドアをあけて、
「すいません、笠井さんはおられますか」
 中はいくつかの机や棚《たな》が所せましとならんでいて、そこに女の先生と女子生徒がひとりいるだけだった。
 ふたりは『笠井』という言葉をきいて、明らかに表情を変えた。
「……何のご用かしら?」
 先生の方がナルをうかがう。まだ若い文学少女っぽい女の人だ。やんわりした声で、ナルに用件を聞いてきた。反対に女の子のほうは、ひどく神経質な感じだった。
「笠井さんに話を聞きたいんです。――あなたが笠井千秋《ちあき》さん?」
 ナルが女の子のほうを見ると、彼女はにらみかえすような眼つきで、
「……だけど? なに?」
 明らかに敵意。最初からナルのことをこんな眼で見る女の子に初めて会った。
「校長からお聞きだと思いますが……。『渋谷サイキック・リサーチ』というところから来ました、渋谷と申します」
 笠井さんはプイと横を向く。興味ないという表情だった。
 先生は少し困ったように首をかしげて、
「……お座《すわ》りになってください。
 わたしは生物を教えています。産砂恵《うぶすなけい》と申します」
「産砂……めずらしいお名前ですね」
 産砂先生はやわらかな笑みを浮かべてから、
「笠井さんに……ということは、九月の事件をお聞きになっていらしたんですね」
「はい。彼女に事情をお聞きしたいのですが」
 産砂先生は、どうする? というように笠井さんの方を見た。
「あたし、やだから」
 笠井さんは顔をそむけたままだ。
「関係ない。ほっといて」
「でも、変な誤解をされないためにも、きちんとお話をしたほうがいいと思うわ」
「…………」
 笠井さんは窓の外をながめる。
「あたし、やなの。ウソツキよばわりされんのは」
 産砂《うぶすな》先生が笠井さんをさとすように、
「こちらは心霊現象の調査をしてらっしゃるのよ? 頭からあなたの言うことを否定したりはなさらないわ」
 問いかけるように先生が笠井さんをのぞきこむ。彼女は小さくため息をついた。
「……で? 何がききたいわけ?」
「ある学生から、この学校で怪事件が頻繁《ひんぱん》しているのは、あなたがきっかけになったのじゃないかという話を聞いたんです。あなたと、お友達の沢口さんがきっかけを作ったと」
「学校で何が起ころうが、関係ないよ。べつにあたしがなにかしてるわけじゃないもん。ミズホもね」
「ミズホ? 沢口さん?」
「そ。沢口瑞穂《みずほ》。いっとくけど、あの子、最近は学校に来てないし。電話かけても訪ねても部屋に閉じこもって出てこないし。会わせろなんて言わないでよね。あたしだってここひと月ぐらい会ってないんだから」
 ナルが軽くうなずく。
「沢口さんが、不思議な力を全校朝礼で披露《ひろう》したというウワサを聞きました」「……そうだよ。信じないだろうけど」
 すごい人間不信。笠井さんは全身の毛をほかの人間にむけて逆立《さかだ》てているように見える。
「笠井さんもスプーンを曲《ま》げられるとか」
 ナルの声に、彼女はキッとこちらをにらむ。
「そーだよ。信じようと信じまいと勝手だけどさ」
「周囲の雑音なんか気にする必要はないんじゃないですか」
 笠井さんはほとんど自虐的《じぎゃくてき》な含み笑いをもらす。
「どうせ……信じてくれないでしょ、超能力なんて」
「なぜ? スプーンを曲げるくらい僕だってできます」
 え?
 産砂先生もあたしも、そうして笠井さんもビックリしてナルの顔をしみじみながめた。「で

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