BR> 机を指先ではじきながら考えこむナル。腕組みをして苦《にが》い表情で天井《てんじょう》をにらんでいるぼーさん。あ、あたし、背筋がぞわっとしちゃったー。
6
三浦《みうら》さんのグループを帰らせて、あたしたちはタメイキをつく。グッタリしているところに、最後の依頼人、高橋優子《たかはしゆうこ》さんのグループがやってきた。 彼女のクラスには呪《のろ》われた席がある。そこに座《すわ》った者は、電車に引きずられてケガをする。 奇特なことにぼーさんのバンドのおっかけをしているという高橋さんは、ちっちゃい可愛い感じの人だった。おっかけという言葉から、意味もなく派手《はで》なおねーちゃんぽい人を想像していたあたしは、少しビックリ。 高橋さんはひとなつこい笑顔をあたしにむけて、それからぼーさんに手をふった。 「ほんとーに来てくれたんだー」 「まぁな」 ぼーさんは、あたしたちを紹介してくれる。 「こっちの顔のいいのが『渋谷サイキック・リサーチ』ってとこの所長で、渋谷。ヨコの嬢ちゃんが、その助手で谷山《たにやま》」 「ヨロシクね」 いたずらっぽい高橋さんの笑顔。 「こちらこそ」 「で、話を聞きたいんだが……」 ぼーさんがナルをふりかえる。ナルが言葉を引き取って、 「この中に問題の席に座って事故にあったひとがいるかな?」 言って八人ほどのグループを見わたした。 「いるよ」 高橋さんはうしろに立っている女の子を示す。 「二番目ですけどぉ……」 「そのときの話をしてほしいのだけど」 聞かれてその女の子が、口を開いた。 「んーとね、降りようとしたの、電車を。っつーか、降りたのね。で、ホームを歩き出したら、誰《だれ》かがアタシの腕をひっぱったんだ。すっごい力で。それでドアにはさまれちゃって、電車が動き出して、しばらくはいっしょに走ったのね。だって、しかたないでしょ? でも、すぐに転《ころ》んじゃって、そのままホームを引きずられて、ホームを落ちて五メートルくらい行ったところで電車が止まったの。 肩脱臼《だっきゅう》して、足折って、先週ギプスがとれたとこ」 「誰がひっぱったのかわかりましたか?」 「それがー」 言って彼女は周囲の人間と顔を見あわせた。 「ちょうど電車はすいててあんまし乗客はいなかったのね。そんで、見たんだけど、ドアのちかくには誰もいなかったの」 ナルはメモをとりながら、 「それは何時ごろ?」 正確な日付は、ほかの被害者の状況は、と質問を重ねていく。ひと通りの質問を終えたあとで、 「問題の……その席で変なことが起こる原因について、何か心あたりがある?」 みんなは、おたがいに首をかしげあった。 「わかんないよね……ねぇ?」 ささやきあう。 「……そう。ありがとう」 バタンとバインダーを閉じてから、ナルは背後のぼーさんを振り向く。 「問題の席を見てみたい」 「あ、じゃあ、案内してあげる」 高橋さんが元気よく手をあげた。
彼女たちに先導されてあたしたちは高橋さんのクラス――二-五の教室に向かった。 南棟の二階にある教室。問題の呪《のろ》われた席は窓際の最後尾にあった。 「ここ」 言われて、ナルは机の脇に立つ。軽く手を置き闇《やみ》色の眼を細めた。 「いまはここには?」 高橋さんが首をふった。 「いないよ。こないだまでいた子はいま、病院」 「この机の位置は変わってない?」 「ずっとその位置だよ」 ナルはじっと考えこむ。 しばらくしてから、釈然としないようすで机を離れて、 「ところで……このクラスの担任のようすがおかしい、という話を聞いたんだけど」 ふたたび高橋さんがうなずいた。 「そーなの。準備室に幽霊が出るとか言って、気味悪いから学校に来るのいやだって。昔は幽霊なんかいないって言ってたのに。けっきょく入院しちゃったんだけど。病室にも出るとか言って、もう半分ノイローゼみたい」 ……ふぅん。 「そう……。ありがとう」 ナルは軽く手をあげる。ひどく考えこんだ表情だった。
ふたたびあたしたちが会議室に戻ると、中ではふたりの先生が待っていた。 車のミラーごしに幽霊が見える、という先生と、姿の見えない誰《だれ》かに後をつけられていると訴える先生と。 さらに、ふたりの話を聞いているうちから、ひきもきらずの依頼人。 ……ものすごい数。どうなってんの?
7
それでも、陽《ひ》が落ちる間までにはいちおうの質問を終えて、あたしたちはお茶にありつけた。 三上《みかみ》校長はあたしたちのために、ご自由にどうぞと言ってお茶のセットを用意してくれていた。それであたしはここまできてお茶くみをやったわけなんだけど。 ぼーさんはイスにふんぞりかえっておまけに足をテーブルの上に投げだしたりして、極《きわ》めてお行儀《ぎょうぎ》の悪い格好でタメイキをつく。 「こいつぁおおごとだー」 「たいへんそう?」 ぼーさんはウンザリしたようにうなずいた。 「この数をみてみろよ」 ながめていたメモの束《たば》を放《ほう》り出す。 「……とんでもねー。これをいちいち全部除霊するのかと思うと、俺はメマイがしちゃうよ、まったく」 大げさにため息をもひとつついたあとで、ナルをふりかえる。 「ナルちゃん、なんか一発除霊してすむような、うまいアイディアはねーのか?」 「学校を関係者ごと爆破するんだな」 ナルの声もウンザリしたようす。 「お、いいね、それ。でもってその跡地を末長く立ち入り禁止にするんだ。そーすりゃ一発で終わりだわ、確かに」 あのねー。 「まー、そーゆーわけにはイカンわなぁ。 ……人数をかき集めて、全員で手分けして除霊する。人海戦術しかねぇんじゃねーの?」 ぼーさんが言うのにナルは、 「どうかな……」 「へ?」 ぼーさんは顔をしかめる。 「おまえ、まさか、また難しいことを考えてるんじゃねーだろーなー。たしかに数は多いが、大したことのない事件ばっかじゃねぇか」 ナルは首をかしげる。 「それはそうなんだが、この数は尋常《じんじょう》じゃないと思わないか?」 「……それは、まぁ……」 ナルは夜より暗い視線をさまよわす。 「これだけの数の相談がすべて事実だとしたら……なにか原因があるはずだ。ぜったい……」 ……たしかに。足音がついてくるとかノックがするとか、ひとつひとつはありがちな怪談なんだけど、それがひとつの学校の内部でこうも起こるとなると絶対におかしい。 「ナルの言わんとしているところはわかるが、……んじゃ、どうする? 依頼人はおいといて、先に原因を調査するか?」 ぼーさんの言葉に、ナルはさらに複雑な表情を作る。 「……そのほうが絶対に確実なはずなんだが。 しかし、そうもいかないな。人海戦術もやむをえないだう」 ウンザリしたナルの台詞《せりふ》に、ぼーさんがイヤミな口調《くちょう》。 「真砂子《まさこ》も呼んで?」 とたんにナルがなんとも言えない表情を見せた。甘いと思って口にいれたものが苦《にが》かったような、そんな表情。 「どーして真砂子を嫌《いや》がるのかな?」 原《はら》真砂子(十六歳、霊媒《れいばい》、美人)をナルはどうもけむたがっているらしい。弱みを握《にぎ》られているのかなんなのか、妙に真砂子に関することだけ歯切れが悪い。 「場合によっては、相談に乗ってやってもいいぜ?」 ぼーさんがニンマリした笑顔をむけると、 「他人の相談に乗れるほど、余裕《よゆう》のある人生を生きているようにも見えないけど?」 サラリと受け流す。 ぼーさんの苦い顔。 「悪かったな」 「どういたしまして」
けっきょくその日は調査を終え、明日改めてメンバーを集めて学校に向かうことになった。 どういうわけかけっきょく集まることになるメンバー。ゴースト・ハンターたち。ナルとその助手のリンさん、ぼーさん、巫女《みこ》の綾子《あやこ》(松崎《まつざき》綾子、推定二十三歳)、霊媒の真砂子、そして神父のジョン(ジョン・ブラウン、十九歳、オーストラリア人)。 役にたつのか、たたないのか。
二章 サイキック
1
翌日、あたしたちは大挙して湯浅《ゆあさ》高校に向かった。大挙して、というのは言葉通りで、あたし、ナル、リンさん、ぼーさん、真砂子《まさこ》、綾子《あやこ》、ジョンの七人。 しかし、ナルの号令一発で、それぞれに仕事をしているはずの人間が全員そろうとは。こいつら、よほどヒマなのか、それとも……まさかとは思うけど、ナルの人望かね?
ナルはベースになる小会議室に入るなり、事情の説明にかかる。一通り、簡単に状況を整理して、 「とにかく数が多いので、ゆっくり調査をしていられない。手あたりしだい除霊してみるしかないと思う。効果がなければ、それはそのときに次の手を考えよう。 ジョンとぼーさんとでここへ行ってくれるか」 ナルは被害者が入院している病院を書きだしたメモをわたす。 「除霊すればよろしんでっか?」 ジョンの言葉にナルがうなずく。お陽《ひ》さま色の金髪と晴れた空みたいな青い眼。初対面のとき周囲をのけぞらせた関西なまり(それでも最初にころに比《くら》べれば、ずいぶん不通の日本語になってきたと思うのよ)。 「それから、原《はら》さん」 「真砂子と呼びすてにしてくださって、かまいませんのよ」 あいかわらず和服姿の真砂子は、日本人形みたいな小さな赤い口元に、笑みを浮かべる。 「いつもそう申してますのに」 ……何者だ、こいつ。 どうやら真砂子はナルにご執心《しゅうしん》のようなのだ。楚々《そそ》とした外見のわりに、強烈なアタック。これが真砂子以外の人間が相手なら、ピシャリと皮肉が返ってくるはずなんだが……。 ナルは小さくため息をひとつ。 「……学内を見てみてください。とりあえず、霊が出るという机と美術準備室。それから事故の続く席と陸上部の部室を。 松崎《まつざき》さんもついて行ってくださいますか。もしも霊がいるようなら、除霊を」 綾子がニッコリ笑う。 「アタシも呼びすてにしてくれて、かまわないよ?」 ナルが冷たい眼をむける。 「冗談《じょうだん》をいうヒマがあったら、除霊の才能を発揮《はっき》していただきたいものですね。そろそろ松崎さんの活躍を拝見したいんですが?」 ……そらな。どーして真砂子にはため息ひとつで、綾子には皮肉なんだ? 綾子も不服げに、 「なーんか、真砂子とアタシと差別してない?」 「実力に相応の敬意をはらっているだけですが?」 「そういう言われ方をすると、アタシが実力ないみたいなんだけど」 「残念ながら、敬意をはらうに見合うだけのものを見せていただいたことがないんですが」 ……そりゃ、そうだ。綾子って、ほとんど役にたったためしがないもんなぁ。 綾子がふいにあたしをにらむ。 「いま、心の中でなんか言ったでしょ」 「よくわかったね」 「年上のモンに対する礼儀を教えてさしあげましょうか?」 「乗り物では席をゆずりましょう、とか?」 「あのねーっ」 「いいかげんにしないか」 ナルの冷酷無比《れいこくむひ》な声が飛んできた。 「遊びたいのなら帰ってくれたほうがありがたいが?」 「……すんません」 ナルはあたしと綾子をにらみつけたあと、 「それを」 と、テーブルの上に並べたレシーバーを示した。 「持って行ってください。 ここで麻衣《まい》が情報を受け取ります。学内にいるかぎりは通じるはず」 今回は暗視カメラもサーモ・グラフィーもなし。自称霊能者たちの霊感と、レシーバーだけが頼りのゴースト・ハンティング。 「わかった」 綾子が不承不承《ふしょうぶしょう》うなずいた。 「それで? ナルはなにをするわけ?」 「僕とリンは調査を継続する」 「そ。がんばって。ご活躍を期待してますわ」 思いっきり皮肉な口調。 「期待していただくまでもありません」 ……いつだって活躍してるってか? そらまー、そーだけどよ。 キッパリ、自信の発言。ナルシストの面目躍如《めんもくやくじょ》というところ。 綾子はナルをにらみつけ、 「真砂子、行くわよ!」 乱暴に真砂子を引きずって出て行った。それをキッカケに全員が立ち上がる。 あたしは大きめの受信機の前に座《すわ》った。 うまくいくのかしらね。 そう思いながら、あたしは昨日あつめた情報のメモを整理にとりかかったのだった。
2
大量のメモを整理する。怪談とその場所。証言の内容。大きなカードにまとめながら、あたしは早くもウンザリしている。 霊能者ではないんだから当然とはいえ、あたしがやらされるのはいつもこういう雑用ばっかり。うーん、一回でいいから、カッコよく悪霊祓《ばら》いがしてみたいもんだ。 ……そしたらナルも、もうちょっとあたしを重く見てくれるかなー。ないだろうなぁ。所長とバイトの身分の差は痛い。 てなことを考えて、ひとりでぶつぶつ言ってたときだ。 会議室のドアが開いた。 「……!!」 驚いて腰を浮かすあたし。そのようすを見てさらに驚いたようすの高梁《たかはし》さん。 「……びっくりした……」 あたしが言うと、 「おたがいさまよぉ。……なにごとかと思ったじゃない。ノリオは?」 「はぁ?」 ノリオ……そんなひといたっけ? 「タキガワさん」 「ぼーさん? ぼーさん『のりお』って名前でしたっけ?」 「『法生』と書いて『ノリオ』と読むってのが正しいらしいよ。いないの? ひとり?」「うん。ぼーさんは除霊に出かけたの。座ります?」 「座るー」 高橋さんはにぱっと笑ってチョコチョコ部屋に入ってきた。ひとなつこい人だ。 「お茶いれますね。授業は?」 「うん。……授業は自習。担任が入院してるから」 「へぇ」 あたしはお茶を入れに立った。 「入院してる先生とか多いから、自習ばっか。ありがたいやら、どうやら。 ところで、タニヤマさん、だっけー」 「麻衣《まい》、でいいですよ」 「じゃ、あたしもタカでいい。みんなそう呼ぶし」 「はあ」 タカさんのほうが年上なんだけどなー。 「麻衣、何でこんなことしてんの?」 「バイト」 「変なバイトしてるねー」 「話せば長いことなんですよ」 「ゼヒ話しなさい。聞いてあげる」 ふふふ。あたし、このひと好きだな。 「じつはねー」 あたしはナルの事務所でバイトをすることになったいきさつとか、そういうことをメモの整理をしながら話した。 タカさんも手伝ってくれながら、 「けっこう、ハードな人生、送ってるねー」 「でしょー」 「じゃ、このバイトって、けっこう危《あぶ》ないんじゃない、へいき?」 「あんまし平気じゃないかなー」 「とり憑《つ》かれたりしない?」 「いまのところは」 「そっかぁー」 妙に感心したようにうなずいて、タカさんは男の子のように腕組みをする。 「どうなってんのかね、この学校は。オカルト学校かっつーの。 タタリに幽霊に超能力。これでUFOがくれば……」 ……え? 「タカさん、まなんて?」 「タカ。――だから、オカルト大集合でしょ? タタリのある席とか、幽霊がでるとか、超能力の……」 「ストップ! その、超能力ってなに?」 「あれ聞いてない? カサイ・パニック」 「ううん」 タカは小首をかしげる。 「この学校の、三年生にいるの。超能力少女が」 「はぁー?」 「笠井千秋《かさいちあき》さんっていってね。最近テレビでよくやってるじゃない。スプーン曲《ま》げ。あれを見ててスプーンを曲げられるようになったんだって」 ……どひゃー。 「夏休み終わってすぐだったかな。あっという間に評判になって。みんなで入れ替わり立ち替わり見に行って。かく言うあたしも行ったんだけど。なんせミーハーだからー」 タカはくったくなく笑う。 「スプーンの首がくにゃっと曲がるの。あれはスゴイよ。ウソだってきめつけてるひともいたけど、あたしは感動しちゃったな。それで、一時期、話題騒然。ウソだ、ホントだ、で学校がまっぷたつよ。で、一部では、ちょっとスプーン曲げがはやったんだけど…… 「だけど?」 「うちはけっこう厳《きび》しくて。先生も妙に頭が堅《かた》いし、そんなのマヤカシに決まってるって、全校朝礼で笠井さんをつるしあげちゃって」 「……そりゃ、ひどい」 「でしょ? それで、笠井さんの友達で、沢口《さわぐち》さんってひとが、怒《おこ》っちゃったのね。スプーン曲げくらいあたしだってできるって大見得《みえ》きって。で、生活指導の吉野に曲げてみろって言われて……もちろんスプーンはなかったんで、カギだったんだけど、先生のカギを曲げちゃったのよね」 「みんなの見てる前で?」 「そう。全校朝礼の現場で」 「へぇぇ」 不思議《ふしぎ》……。 「それからってもんは、先生の一派がさー、笠井さんと沢口さんを攻撃して。超能力なんてないとか、現実逃避だとか、ペテンだとか、大変だったのよ、ホントに」 「……だろうねぇ」 普通ありうる反応だよね。 「で、沢口さんが登校拒否にかかっちゃったのね。それでー、笠井さんがおこって。『呪《のろ》い殺してやる』って先生に言っちゃって、もー大騒ぎ」 うわーぁ。おおごとだ、そりゃ。 「で、わざわざ授業をつぶして全校集合をやって、超能力なんてないとか、霊なんていないとか、えんえんお説教」 「御愁傷様《ごしゅうしょうさま》」 「わざわざのお悔やみ、ありがとー。 でも、それ以来なのよね。変なことが起こるって話が出始めたのは。ここだけの話だけどさ、あれは笠井さんの呪《のろ》いだってウワサもあるくらい」 「ふうん……」 なんだろう。喉《のど》の奥がチカチカする。超能力少女と呪いの言葉……。 あたしはマイクをとった。 「ナル、ナル。聞こえる?」 呼びかけに対して雑音といっしょに、おざなりな声。 『なんだ』 「戻って来て。気になることがあるの」 少しの雑音のあと。 『いまから戻る』
3
ナルはタカの説明を聞いて、ひどく考えこんでしまった。 「……これ以上詳《くわ》しいことは、わかんないんだけど……」 「そのふたりは、いま?」 「うーん。知らないけどー、沢口《さわぐち》さんのほうはほとんど学校に来てないって言ってたな。ときどき、笠井《かさい》さんに誘われて、来ることもあったらしいんだけど、最近は全然……。 朝礼でつるし上げられて以来、笠井さんもほとんどまわりのひとと口きかないらしいし。まわりの人間も話しかけにくいみたいなんだよね。当然だけど」 「そう……」 「たしか、笠井さんと沢口さんって生物部だと思うから、ひょっとしたらまだ学校の中にいるかも。生物部は生物準備室にいるはずだよ」 「ありがとう。行ってみよう。――麻衣、来い」 「はぁい……」 ナルは他人をこき使うことに関しては超がつく名人だ。ちゃっかり機械の説明をするとあとをタカにまかせて、あたしを引き連《つ》れ会議室を後にした。 生物準備室はほかの理科系の特別教室が並んだあたりにある。生物実験室の隣《となり》で、準備室、という別の部屋になっていた。 ドアの外まで来ると、中から話し声が聞こえる。ナルがドアをノックすると、ぴたっと声がやんだ。 「はい?」 女の人の声。 ナルはドアをあけて、 「すいません、笠井さんはおられますか」 中はいくつかの机や棚《たな》が所せましとならんでいて、そこに女の先生と女子生徒がひとりいるだけだった。 ふたりは『笠井』という言葉をきいて、明らかに表情を変えた。 「……何のご用かしら?」 先生の方がナルをうかがう。まだ若い文学少女っぽい女の人だ。やんわりした声で、ナルに用件を聞いてきた。反対に女の子のほうは、ひどく神経質な感じだった。 「笠井さんに話を聞きたいんです。――あなたが笠井千秋《ちあき》さん?」 ナルが女の子のほうを見ると、彼女はにらみかえすような眼つきで、 「……だけど? なに?」 明らかに敵意。最初からナルのことをこんな眼で見る女の子に初めて会った。 「校長からお聞きだと思いますが……。『渋谷サイキック・リサーチ』というところから来ました、渋谷と申します」 笠井さんはプイと横を向く。興味ないという表情だった。 先生は少し困ったように首をかしげて、 「……お座《すわ》りになってください。 わたしは生物を教えています。産砂恵《うぶすなけい》と申します」 「産砂……めずらしいお名前ですね」 産砂先生はやわらかな笑みを浮かべてから、 「笠井さんに……ということは、九月の事件をお聞きになっていらしたんですね」 「はい。彼女に事情をお聞きしたいのですが」 産砂先生は、どうする? というように笠井さんの方を見た。 「あたし、やだから」 笠井さんは顔をそむけたままだ。 「関係ない。ほっといて」 「でも、変な誤解をされないためにも、きちんとお話をしたほうがいいと思うわ」 「…………」 笠井さんは窓の外をながめる。 「あたし、やなの。ウソツキよばわりされんのは」 産砂《うぶすな》先生が笠井さんをさとすように、 「こちらは心霊現象の調査をしてらっしゃるのよ? 頭からあなたの言うことを否定したりはなさらないわ」 問いかけるように先生が笠井さんをのぞきこむ。彼女は小さくため息をついた。 「……で? 何がききたいわけ?」 「ある学生から、この学校で怪事件が頻繁《ひんぱん》しているのは、あなたがきっかけになったのじゃないかという話を聞いたんです。あなたと、お友達の沢口さんがきっかけを作ったと」 「学校で何が起ころうが、関係ないよ。べつにあたしがなにかしてるわけじゃないもん。ミズホもね」 「ミズホ? 沢口さん?」 「そ。沢口瑞穂《みずほ》。いっとくけど、あの子、最近は学校に来てないし。電話かけても訪ねても部屋に閉じこもって出てこないし。会わせろなんて言わないでよね。あたしだってここひと月ぐらい会ってないんだから」 ナルが軽くうなずく。 「沢口さんが、不思議な力を全校朝礼で披露《ひろう》したというウワサを聞きました」「……そうだよ。信じないだろうけど」 すごい人間不信。笠井さんは全身の毛をほかの人間にむけて逆立《さかだ》てているように見える。 「笠井さんもスプーンを曲《ま》げられるとか」 ナルの声に、彼女はキッとこちらをにらむ。 「そーだよ。信じようと信じまいと勝手だけどさ」 「周囲の雑音なんか気にする必要はないんじゃないですか」 笠井さんはほとんど自虐的《じぎゃくてき》な含み笑いをもらす。 「どうせ……信じてくれないでしょ、超能力なんて」 「なぜ? スプーンを曲げるくらい僕だってできます」 え? 産砂先生もあたしも、そうして笠井さんもビックリしてナルの顔をしみじみながめた。「できるの?」 「できます。PKを信じない心霊研究者なんかいません。――気が楽になましたか?」 「……うん……」 それでも彼女は警戒を解《と》いていない。 「やってみせて」 立ち上がると、棚《たな》のコップにさしてあったスプーンをさしだした。 ……ナル、大丈夫《だいじょうぶ》なの!? ナルはそのスプーンを受け取る。複雑な顔色。なにか迷っている気配が微《かす》かに。 「できる? 本当に?」 もしナルができなかったら、笠井さんはあたしたちを二度と信用しない。話を聞けないくらいのことはなんでもないんだ。でも、そうなったらこのひとは、もう誰《だれ》も信用できなくなるにちがいない。 軽くスプーンを持った手にナルは視線を落とす。一度だけ笠井さんとスプーンを見比べた。 「しかたないかな」 小さくつぶやく。そっと指先でスプーンの先にふれると、ほとんど間髪いれずにスプーンの首が曲がって、ちぎれて落ちた。 カン! という金属が床に当たる音。 あたしたちはしんと息をのんだ。 首がなくなって単なる棒になったスプーンを笠井さんにさしだす。彼女はおそるおそるそれを受け取った。 「すご……」 「信用していただく気になれましたか?」 「……うん」 笠井さんはスプーンの柄《え》を握《にぎ》りしめた。
4
「最初は夏休みに見たTVだったんだ」 笠井《かさい》さんがポツポツ話を始める。 「たまたま見てた深夜番組でスプーン曲げをやってて、へーと思って、自分でもやってみたら曲がったの」 彼女はナルが落としたスプーンの首を自分が持っていた柄にくっつけた。五度くらいの角度をつくってみせて、 「たいしたことないけど。このくらい」 肩をすくめてから、折れたスプーンを産砂《うぶすな》先生の机に放り出す。 「次の日、スプーンをたくさん買ってきて、ミズホを呼んで、スプーン曲げをやったのね。そしたらどんどん深く曲がるようになって。あんたみたいに簡単にはいかないけど。一本を曲げるのに、十分以上かかったから。あんなふうに折ったりもできないし」 「ゲラリーニ現象だね」 「……?」 笠井さんがナルの言葉にキョトンとする。産砂《うぶすな》先生が、 「昔、ユリ・ゲラーという超能力者の放送を見たり聞いたりした人が、スプーンを曲げたり、超能力に目覚める現象が起きたの。そうして超能力にめざめた人のことを『ゲラリーニ』と呼んだのよ」 「……お詳《くわ》しいんですね」 産砂先生は微笑《ほほえ》む」 ナルは笠井さんに、 「いまでも曲げられる?」 と聞いた。笠井さんは少し険《けわ》しい表情をする。ナルの言葉を挑戦的に聞いたのかもしれない。 「できるよ!」 笠井さんは叫ぶように言って、スプーンをもう一本手にとる。右手に握《にぎ》ると顔の前にかかげ、左手をスプーンの首あたりにそえる。 「いい?」 ナルが無言でうながすと、彼女はスプーンをにらみつけた。そうっとこする。指先は軽く。でも肩のあたりに力をこめて。気持ちを集中して、身体《からだ》がだんだん前かがみになる。ほとんどイスに座ったままふたつ折りの状態になったときだ。 「そんなことをしてはいけない」 ナルが笠井さんの肩をつかんだ。 パッと彼女が顔をあげる。その顔が真っ青だ。 「……なによ」 「わかっているはずだ。そんなことをしていると、本当にゲラリーニたちの二の舞になる」 ……なんのこと? 笠井さんが白い顔で産砂先生をふりむく。 「……ごめんなさい。でも、この子のはウソじゃないんです。ただいつも必ず曲がるというわけにはいかなくて」 産砂先生の言葉。 ……話が見えないっ。 「……あのー」 あたしはおそるおそる口をはさんだ。ナルがうっとうしそうにふりかえる。 「いまのはトリックだ。身体をかがめたとき、イスを使って曲げようとした」 「えっっ」 「スプーンが身体《からだ》のかげに入ったところで、先を硬《かた》いもの――床やイスのフチにあてて曲げるんだ」 ほにゃ? ナルは真剣な眼をした。 「ゲラリーニたちは、ほとんどが極めて短い時間の間に超能力を失った。力を失ったうえに、それをカパーしようとしてトリックにたよった。そのうちのいくつかが暴《あば》かれて、ゲラリーニたちはペテン師の烙印《らくいん》をおされたんだ。いま彼女がやろうとしたのは、そのときゲラリーニたちが使った典型的なトリックのひとつ」 ………… 「でも、曲げたことがあるのは本当だから!」 笠井さんの叫び。 「そういうトリックを一度でも見つかってしまうと、何を言っても信用されない。わかるね? 「……うん」 「ゲラリーニの能力が恐ろしく不安定なのは、研究者なら誰《だれ》でも知っている。できないときはできないと言っていいんだ。それで信用しない人物は、頭から超能力なんて信じる気がないんだから、無視していい」 「……わかった」 「スイスのシルビオ・メイヤーのように、ゲラリーニから出発して、世界的に公認のPKになった例もある。……二度としてはだめだ」 笠井さんは身体を小さくしてしまった。 「わたしが教えたんです」 産砂《うぶすな》先生が申し訳なさそうに口をはさんだ。 「ほかの教師からにらまれて、曲げろといわれたら何がなんでも曲げてみせなきゃならない状況だったんですわ。 笠井さんの力は不安定で……、まわりの不信感が強ければ強いほど、畏縮《いしゅく》してできなくなるものですから」 ナルがうなずく。 「先生はずいぶん理解がおありですね」 産砂先生は答えない。うっすらと微笑《ほほえ》んだだけだ。笠井さんが低い言葉をもらす。 「……最近、うまく曲げられなくて」 「無理もない状況だと思う」 「……うん。最初はみんなが曲げて、曲げてって言ってきて、なんとかできたんだけど、そのうちうまくいかなくなって」 笠井さんはうつむいたまま、 「恵《けい》先生に相談したら、じゃあ、ってあのやり方を教えてくれた。最近はほとんど曲げられない。できてもちょっとしか曲がらないんで、いつもあの方法」 「……そう」 「……ミズホはずっと、自分にもできたらいいのにって言ってた。恵先生から精神集中のしかたとか習ってトレーニングしてたんだ。それであたしもあわてていっしょにやってみたけど、もう全然ダメ」 「沢口さんは? それで本当にできるようになったわけ?」 「……んー、最初はダメだったの。何回やっても。それが……九月にあたしが全校朝礼でつるしあげられて――。生活指導の吉野が出てきて、超能力だなんだと騒いでる大馬鹿《ばか》者がいるがって、けっきょくあたしを前にひきずりだしてサラシモンよ。そのときミズホが怒っちゃって、あたしだってできる、とか言って」 「教師の鍵《かぎ》を曲げた……」 「うん。吉野《よしの》の車の鍵だったんだって。それが最初。でも、みんなの前で先生に逆らっちゃったでしょ? 以来先生の風当たりが厳しくて……あたしよかおとなしいからさ、学校に来るのがいやだとか言い出して」 ナルが考えこむ眼をする。 「恵先生にだって、けっこう厳しいんだよね。生物部は何をやってるんだ、とか言われてさ。部がにらまれたもんで、ほかの部員はやめるとか言って来なくなるし。あたしは……あいつらに負けるのくやしいじゃん。だから意地でも学校をサボったりするもんか、とか思って」 「それで、例の発言?」 ナルが聞くと笠井さんは舌《した》を出した。 「そ。『呪い殺してやる』ってやつでしょ? あんまし先生がやなこと言うからさ、かっとなって。思わず言っちゃった」 「言っただけ?」 ナルの声に笠井さんと産砂《うぶすな》先生は顔を見あわせる。 「まさか……、本当に呪い殺すなんて、できるわけないじゃん」 「……そうだね」 ナルの声は暗い。
5
あたしとナルが会議室に戻ると、中からにぎやかな声が聞こえてきた。みんなが戻ってきているようだ。 「ちゃんと除霊できたかな」 あたしの声にふと、 「麻衣《まい》」 「なぁに」 「頼みがあるんだが」 ……た、たたたた、頼み!? ナルがあたしにぃぃぃぃ!? 「……ゆ、ゆってごらん」 「さっきの……スプーン曲げだが……」 「うん」 「みんなには秘密、ということで」 「どうして? すごいのに」 「頼む。とくにリンには」 ……はぁ。い、いいけど。なぜゆえ? 問いつめてやろうかと思ったけど。ナルが心底困っているようすなので、やさしい麻衣ちゃんはやめておいてあげた。 「いいともー」 一点貸しておくのも悪くない。感謝しろよ、ナル。 軽く頭を下げるようにして、ナルが会議室のドアを開く。一瞬、年相応のコドモの顔。すぐにいつものキレイな無表情に戻ったけど。
中では綾子《あやこ》とぼーさんがいつものチワゲンカの最中。 「無能なら無能で役にたてませんと素直に言ったらどうだ?」 「アタシのどこが無能なのよっ!」 あいかわらず仲いいねぇ。 「何の騒ぎだ?」 ナルの問いかけに綾子がそっぽをむく。 「……どしたの?」 あたしが眼を丸くしてぽかんとしていたタカに聞くと、かわりにぼーさんが、 「この馬鹿《ばか》は、なにもせずに見物だけして逃げてきたんだ」 「? どこから」 「ポルターガイストの部室」 ほえー。 「ちょっと綾子、あんたってあいかわらず怖《こわ》がりなのな」 あたしが言うと、綾子は眼をつりあげる。 「冗談じゃないわよっ! どこが怖《こわ》がりよっ! あたしはねぇ、真砂子《まさこ》がなにもいないって言うから……」 「いちおう念のために除霊しておこうとか、思わなかったわけ?」 「なんでそんなことしなきゃならないのよ。 とにかく、真砂子はなにもいないって言ったんだからっ」 綾子の声に首をかしげたのはジョンだ。 「せやけど、……そんなはずないです」 お陽《ひ》さま色の髪に白い包帯。 「ジョン! どうしたの!?」 「あ、コレですか? たいしたことないんです。ちょっとかすっただけで」 ジョンが笑うと横からぼーさんが、 「ヤリが飛んできたんだ」 ……ヤリ。 「ヤリって、ヤリ投げのヤリ!?」 「……そうだ」 「けど、ほんまにかすっただけですし」 ……だって、そんなの、ひょっとしなくてもメチャメチャ危ないんじゃないの!? ナルが冷静な声をはさんだ。 「飛んできたというのは?」 ジョンは困ったような表情をする。かわりにぼーさんが、 「外から帰ってきて、綾子たちのようすを見ようと陸上部の部室をのぞいたら、ドアをあけるなりヤリが飛んできたんだ。もちろん、部屋の中には誰《だれ》もいなかった」 ……そんな危険な……。しかも頭に包帯ということは、顔をめがけて飛んできたわけでしょ? 考えただけでもゾッとする……。 ナルは冷たい声を出す。 「で? けっきょくいくつ除霊できたんです?」 綾子はきまりわるげに、 「……真砂子は霊がいる場所は、ひとつもないっていうんだもの……」 ナルは真砂子をふりかえった。 「……本当ですか?」 「ええ」 真砂子はまっすぐ顔をあげてうなずく。自信に満ちた表情。 「……そんなはずはない」 「でも、いませんでしたわ。学校じゅうを見てまわりましたけど、ほかの場所にも霊はいませんし、霊をつけているひともおりませんわ」 ぼーさんが口をはさむ。 「そんなはず、ねーだろ。全然いないわけがない。少なくとも、たたりの席にはいて当然だ。四件も事故が続いてるんだからな」 「あたくしたちはだまされているんですわ」 「学校の連中全部に!? 冗談じゃねぇぞ」 「それが事実ですもの」 ツンと真砂子はそっぽを向く。 ナルはそんな真砂子を見やってから軽くため息をひとつ。そうしてぼーさんとジョンに、 「そっちは? どうだった?」 「たぶん落ちたんじゃねぇの。みなさんハレパレした顔してたぜ」 ……たぶん? まったく、もー。信用していいのかね。 ジョンは少しすまなさそうに、 「けど、あのキツネツキの子はダメでした。 なんの効果もありません。滝川《たきがわ》さんと交代で何度も除霊してみたんやけど、最後には暴《あば》れだしたんで、とりあえず帰ってきましたんです」 「そう……」 ナルは考える風情《ふぜい》。 「よほど強い霊が、ついてるのとちがいますか。明日にでも、あの子が落ちついたら、またお宅をたずねてみますけど」 「いや、いい」 ナルは手をあげる。 「あの子は病院に行ってもらう」 ぼーさんはキョトンとした。 「病院って……。まさか神経科?」 「だけど?」 「おいおい」 「そういう気はしてたんだ。霊のせいではないんじゃないかと」 気のない声で言ったあと、 「憑《つ》き物というのは、一般に神経症の一種として処理されることが多いし、実際、神経科の医者にかかると治《なお》ることが多いんだ。もちろん、霊による憑依《ひょうい》現象というのは否定しないが、彼女の場合も行くべきなのは拝み屋のところではなくて、カウンセラーのところだろう。ヒステリー性の憑依現象だと思うな」 「はぁ……」 ……なんなの、その難しい言葉の大群は。あたしだけでなく、綾子もタカもキョトンとしている。 「ヒステリーの発作《ほっさ》の中にはあたかも憑依されたかのようにふるまう例がある。彼女もそれだろうな」 「ひすてりーって、あれか? よく女が起こす……」 ナルがうなずく。 「そんなものだ。少し誤解があるけど」 「は……?」 ナルは、よくのみこめないでいるあたしたちに向き直る。 「ヒステリーという言葉は、女性がヒスを起こす、というようなときに気安く使われるので、深刻なムードがないが、じつは逆だ。 『ヒステリー』はもともと神経医学上の言葉。一般に使われる『ヒステリー』……『ヒス』という言葉は、そこからきているんだ。まるで『ヒステリー』の発作を起こしたような、と言う意味で『ヒス』と言う言葉が使われる」 「ほー。聞いてみるもんだなぁ」 「ヒステリーはだいたい、極端に欲望を抑圧《よくあつ》された者が、その爆発として、考えられないほど奇妙な行動を取る状態を言うんだが」 ……あたし、あたま悪い、よくわかんない。 ぼーさんが、 「すると、こういうことか? たとえば、すごく女好きな男がいて、でも世間《せけん》の眼があるし、スケベだとは思われたくないってんで、スケベするのをずっと我慢してるんだが、ついに限界がきて突然変異じみたチカン行為に走ってしまうとか」 ……こらこらぼーさん、どんなたとえだよ。 ナルは肩をすくめる。 「近いが、少し違う。そういうのは、むしろ分裂症に多いね。 まぁ、むずかしいことを言っても麻衣がわからないだろうから、はしょるが……」 ……よけいなおせわ。あんましそうやって抑圧すると、あたしもヒステリーを起こすからねっ。 「超自我《スーパーエゴ》というやつの影響を受けて、極めて屈折した形で発作が起こる。『ひきつけ』なんて言うのはその典型的なものだな。暴力をふるいたい、しかしそれはしてはならない、そういうふうに抑圧されたとき、暴力という形で爆発しない。『ひきつけ』という一見なんの関係もなさそうな症状になって出ることが多いんだ」 「ほぉぉ」 「キツネツキの彼女にしてもそうだろう。 日本の学生全般に言えることだが、彼女もやはり相当に抑圧されているんだね。それがコックリさんを見ていて、『たたられるのでは』という恐怖に捕らわれる。それが引き金になってヒステリーの発作を起こした、と考えるのがいいと思う。 本来なら親なり教師なりに向かって爆発すべきものが『キツネツキ』という形に歪《ゆが》んで現《あらわ》れているんだ。 それで彼女はあたかもキツネツキであるように振る舞う。無意識のうちに、彼女はキツネツキの役を演じているんだと、言えばわかりやすいかな」 ほえー……。 「するとなにかい?」 ぼーさんがナルに聞く。 「あの子はキツネツキでなく、ヒステリーの患者だと?」 「おそらくはね。病院に連《つ》れていけば、はっきりするだろう」 「じゃあ、ほかのは? 机から手が出るとか、ノックの音がするとか、そういうのはどうなるんだ? それも全部、病気だって言うのか?」 ぼさーんは真砂子をふりかえった。真砂子はなんだか満足したような顔つきだ。 「……ですから、霊はいないともうしあげましたでしょ」 ナルは肩をすくめる。 「僕が神経病医学者なら、この学校で起こっていることは、集団ヒステリーだという判断を下すところなんだがな……」 つぶやくように言って、険《けわ》しい視線を自分の足元に落とした。 「そうとは思えないの?」 あたしが思わず聞くと、 「おや、麻衣は知らなかったか? これでも僕はいちおう、超心理学者のつもりなんだが」 ……わーるかったな、つまんねーこと聞いてよ。
6
「やっかいな事件だ……」 ナルは窓の外に眼をやってつぶやいた。 ジョンがうなずく。 「そのようですね」 「そうか?」 ぼーさんはあくまでもノンキだ。 ナルは軽蔑《けいべつ》するようにぼーさんを見返す。 「訴えられた証言のうち、いくつが実際に起こったことだと思う?」 「……まぁ、冷やかしとかカンチガイとかは、当然あるだろうが」 「そんなものですめばね。 この学校では奇妙なことが続いている。それで誰《だれ》もが不安にとらわれている」 ジョンがナルの言葉をつぐ。 「不安やから、それでいっそう幻覚やカンチガイを起こしやすくなるわけですね。キツネツキの彼女かて、そうなんやと思います。あっちでもこっちでも、たたりみたいなことが起こってる、そやから自分もたたられるのやないか――。そう思うたんですやろ。 この状態が続くと、どんどん同じ不安にとらわれるおひとが増えて、たたられたとかとり憑《つ》かれたとかいう声も増えますやろ。へたをすると、パニックになりかねません」 「そう。 実際に心霊現象が起こっているかどうかは、調べてみればいいわけだが、こうも数が多いとそれさえ満足にできない。 それに……。たとえ事実が一部だとしても、この数はやはり尋常《じんじょう》じゃない。こうまで学校関係者に連続するのには、なにか理由があるはずなんだ。その理由が皆目《かいもく》見当もつかない……」 全員が考えこんでしまう。 「今回は原《はら》さんの霊視が頼みの綱《つな》なんですが……」 ナルが淡々とつぶやいた。真砂子《まさこ》は眉《まゆ》をあげる。 「……霊はいませんわ。学校のどこにも」 真砂子の声にナルはため息をひとつ。 「……そうおっしゃるわけだ。はやくも、行き詰《づ》まってしまったな」 「真砂子が正しいとは限らないんじゃない?」 言ったのは綾子《あやこ》だ。真砂子がキッとふりむく。 「松崎《まつざき》さんよりは正しいつもりですわ」 「どぉだかねぇ。どう考えたって、いないわけないもん」 めいっぱい皮肉っぽい綾子の口調に、真砂子はナルをふりかえる。 「一也《かずや》さんは信じてくださいますわね?」 ぞわっ。 あーたーしーはーっ。あんたのその『一也さん』ってのがムシズが走るほどキライだっ! それであたしは思わず言ってしまった。 「いるのが当然なんじゃない?」 全員の眼があたしに集中する。特に真砂子の眼は険《けわ》しい。 「……どうして、谷山《たにやま》さんがそんなことを言えるんですの? おまけの方《かた》は黙っていていただきたいわ」 おまけ!? おまけだとー!? 怒髪天《どはつてん》を衝《つ》いたね。ぷっつんキレた。それでついうっかり言ってしまったわけだ。 「霊はいる。真砂子には見えないだけ」 真砂子は笑いだした。 「谷山さんに霊能力があるとは存じませんでしたわ」 「だって、いるもの。あたしはそんな気がするな」 ……ああ、売り言葉に買い言葉だ、これは。 「無意味な発言ですわね」 真砂子がクスと笑ったところで、綾子が声を張り上げた。 「麻衣《まい》に一票!」 ……綾子? 「アタシもいるほうに賭《か》ける」 ……賭けるって、あんたな……。 真砂子があたしたちをにらみつけた。 「いませんわ。あたくしも、賭《か》けてもよろしゅうございますわ」 「本当ね? もし霊がいたらどうする?」 「どうにでもしてくださってけっこうですわ」 「じゃ、今後ナルにちょっかいかけるの、やめるのよ?」 ……なにを言い出すんだ、おまえは。 あたしたちは思わず状況を忘れて、ふたりをキョトンと見守ってしまった。 真砂子は薄笑いを浮かべる。 「あら、なぜ松崎さんに、そんなことを言われなくてはなりませんの?」 「チームワークの問題よ」 ……チームワークぅ? そんなもの、最初からあったのか? 「けっこうですわ。受けてたちます。 そのかわりあたくしが勝ちましたら、一也さんはあたくしの……」 バンッとナルが机を叩《たた》いた。 「勝手にひとを賭けの対象にするな!」 ……ほーら、怒られてやんの。 ナルは心底不機嫌《ふきげん》な顔。 「原さんの言い分はわかったし、麻衣の言い分もわかったが、真偽《しんぎ》を判定できる人間はこの場にいないんだから、水かけ論だ。その件については話しあっても意味がない」 冷酷《れいこく》な口調。 ……これは怒ってるなー。当然といえば当然だけど。 真砂子も綾子も、そっぽを向いてしまった。綾子はツカツカとジョンに近づき、 「ジョン、仕事に戻りましょ! 早く除霊をしなきゃ」 「は……? あの……」 「さっ! 行くわよっ!」 ……ジョンってば不幸。綾子に引きずられて部屋を出ていった。 ぼーさんがポリポリ頭をかく。 「……俺も仕事に戻るわ……」 続いて出ていく。真砂子もナルにもの言いたげな視線をむけてから、あたしをキリッとにらんで出て行った。 残されたのは、キョトンとしているタカとあたし、ウンザリしたようすのナル、無表情のリンさん。 ナルは苦い表情で窓の外に眼をやっていたが、ふと、 「……がいたら」 と、つぶやきをもらした。 「え?」 あたしが聞き返すと、なんでもないと言いたげに首を振る。 「霊能者が……信頼できる霊視の能力者がいたら、と言っただけだ。 ――リン、作業にもどろう」 「はい」
ナルとリンさんも出て行って。 硬直したように座って呆然《ぼうぜん》としたようすのタカが、長いため息をついた。「いつもあんなふうなの?」 「……そだよ」 「麻衣も苦労が絶《た》えないねぇ」 「そう思ってくれる?」 「思うともさ。あたしだったら、頼まれたってこんな人間関係の中で奉公すんのやだ」 「……あたしもちょっと、そう思ってる」 「くじけるんじゃないよ」 タカに頭をなでなでしてもらって、束《つか》の間《ま》ココロを慰《なぐさ》めるあたしであった。
三章 鬼火《おにび》
1
放課後には |