ここで麻衣《まい》が情報を受け取ります。学内にいるかぎりは通じるはず」 今回は暗視カメラもサーモ・グラフィーもなし。自称霊能者たちの霊感と、レシーバーだけが頼りのゴースト・ハンティング。 「わかった」 綾子が不承不承《ふしょうぶしょう》うなずいた。 「それで? ナルはなにをするわけ?」 「僕とリンは調査を継続する」 「そ。がんばって。ご活躍を期待してますわ」 思いっきり皮肉な口調。 「期待していただくまでもありません」 ……いつだって活躍してるってか? そらまー、そーだけどよ。 キッパリ、自信の発言。ナルシストの面目躍如《めんもくやくじょ》というところ。 綾子はナルをにらみつけ、 「真砂子、行くわよ!」 乱暴に真砂子を引きずって出て行った。それをキッカケに全員が立ち上がる。 あたしは大きめの受信機の前に座《すわ》った。 うまくいくのかしらね。 そう思いながら、あたしは昨日あつめた情報のメモを整理にとりかかったのだった。
2
大量のメモを整理する。怪談とその場所。証言の内容。大きなカードにまとめながら、あたしは早くもウンザリしている。 霊能者ではないんだから当然とはいえ、あたしがやらされるのはいつもこういう雑用ばっかり。うーん、一回でいいから、カッコよく悪霊祓《ばら》いがしてみたいもんだ。 ……そしたらナルも、もうちょっとあたしを重く見てくれるかなー。ないだろうなぁ。所長とバイトの身分の差は痛い。 てなことを考えて、ひとりでぶつぶつ言ってたときだ。 会議室のドアが開いた。 「……!!」 驚いて腰を浮かすあたし。そのようすを見てさらに驚いたようすの高梁《たかはし》さん。 「……びっくりした……」 あたしが言うと、 「おたがいさまよぉ。……なにごとかと思ったじゃない。ノリオは?」 「はぁ?」 ノリオ……そんなひといたっけ? 「タキガワさん」 「ぼーさん? ぼーさん『のりお』って名前でしたっけ?」 「『法生』と書いて『ノリオ』と読むってのが正しいらしいよ。いないの? ひとり?」「うん。ぼーさんは除霊に出かけたの。座ります?」 「座るー」 高橋さんはにぱっと笑ってチョコチョコ部屋に入ってきた。ひとなつこい人だ。 「お茶いれますね。授業は?」 「うん。……授業は自習。担任が入院してるから」 「へぇ」 あたしはお茶を入れに立った。 「入院してる先生とか多いから、自習ばっか。ありがたいやら、どうやら。 ところで、タニヤマさん、だっけー」 「麻衣《まい》、でいいですよ」 「じゃ、あたしもタカでいい。みんなそう呼ぶし」 「はあ」 タカさんのほうが年上なんだけどなー。 「麻衣、何でこんなことしてんの?」 「バイト」 「変なバイトしてるねー」 「話せば長いことなんですよ」 「ゼヒ話しなさい。聞いてあげる」 ふふふ。あたし、このひと好きだな。 「じつはねー」 あたしはナルの事務所でバイトをすることになったいきさつとか、そういうことをメモの整理をしながら話した。 タカさんも手伝ってくれながら、 「けっこう、ハードな人生、送ってるねー」 「でしょー」 「じゃ、このバイトって、けっこう危《あぶ》ないんじゃない、へいき?」 「あんまし平気じゃないかなー」 「とり憑《つ》かれたりしない?」 「いまのところは」 「そっかぁー」 妙に感心したようにうなずいて、タカさんは男の子のように腕組みをする。 「どうなってんのかね、この学校は。オカルト学校かっつーの。 タタリに幽霊に超能力。これでUFOがくれば……」 ……え? 「タカさん、まなんて?」 「タカ。――だから、オカルト大集合でしょ? タタリのある席とか、幽霊がでるとか、超能力の……」 「ストップ! その、超能力ってなに?」 「あれ聞いてない? カサイ・パニック」 「ううん」 タカは小首をかしげる。 「この学校の、三年生にいるの。超能力少女が」 「はぁー?」 「笠井千秋《かさいちあき》さんっていってね。最近テレビでよくやってるじゃない。スプーン曲《ま》げ。あれを見ててスプーンを曲げられるようになったんだって」 ……どひゃー。 「夏休み終わってすぐだったかな。あっという間に評判になって。みんなで入れ替わり立ち替わり見に行って。かく言うあたしも行ったんだけど。なんせミーハーだからー」 タカはくったくなく笑う。 「スプーンの首がくにゃっと曲がるの。あれはスゴイよ。ウソだってきめつけてるひともいたけど、あたしは感動しちゃったな。それで、一時期、話題騒然。ウソだ、ホントだ、で学校がまっぷたつよ。で、一部では、ちょっとスプーン曲げがはやったんだけど…… 「だけど?」 「うちはけっこう厳《きび》しくて。先生も妙に頭が堅《かた》いし、そんなのマヤカシに決まってるって、全校朝礼で笠井さんをつるしあげちゃって」 「……そりゃ、ひどい」 「でしょ? それで、笠井さんの友達で、沢口《さわぐち》さんってひとが、怒《おこ》っちゃったのね。スプーン曲げくらいあたしだってできるって大見得《みえ》きって。で、生活指導の吉野に曲げてみろって言われて……もちろんスプーンはなかったんで、カギだったんだけど、先生のカギを曲げちゃったのよね」 「みんなの見てる前で?」 「そう。全校朝礼の現場で」 「へぇぇ」 不思議《ふしぎ》……。 「それからってもんは、先生の一派がさー、笠井さんと沢口さんを攻撃して。超能力なんてないとか、現実逃避だとか、ペテンだとか、大変だったのよ、ホントに」 「……だろうねぇ」 普通ありうる反応だよね。 「で、沢口さんが登校拒否にかかっちゃったのね。それでー、笠井さんがおこって。『呪《のろ》い殺してやる』って先生に言っちゃって、もー大騒ぎ」 うわーぁ。おおごとだ、そりゃ。 「で、わざわざ授業をつぶして全校集合をやって、超能力なんてないとか、霊なんていないとか、えんえんお説教」 「御愁傷様《ごしゅうしょうさま》」 「わざわざのお悔やみ、ありがとー。 でも、それ以来なのよね。変なことが起こるって話が出始めたのは。ここだけの話だけどさ、あれは笠井さんの呪《のろ》いだってウワサもあるくらい」 「ふうん……」 なんだろう。喉《のど》の奥がチカチカする。超能力少女と呪いの言葉……。 あたしはマイクをとった。 「ナル、ナル。聞こえる?」 呼びかけに対して雑音といっしょに、おざなりな声。 『なんだ』 「戻って来て。気になることがあるの」 少しの雑音のあと。 『いまから戻る』
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ナルはタカの説明を聞いて、ひどく考えこんでしまった。 「……これ以上詳《くわ》しいことは、わかんないんだけど……」 「そのふたりは、いま?」 「うーん。知らないけどー、沢口《さわぐち》さんのほうはほとんど学校に来てないって言ってたな。ときどき、笠井《かさい》さんに誘われて、来ることもあったらしいんだけど、最近は全然……。 朝礼でつるし上げられて以来、笠井さんもほとんどまわりのひとと口きかないらしいし。まわりの人間も話しかけにくいみたいなんだよね。当然だけど」 「そう……」 「たしか、笠井さんと沢口さんって生物部だと思うから、ひょっとしたらまだ学校の中にいるかも。生物部は生物準備室にいるはずだよ」 「ありがとう。行ってみよう。――麻衣、来い」 「はぁい……」 ナルは他人をこき使うことに関しては超がつく名人だ。ちゃっかり機械の説明をするとあとをタカにまかせて、あたしを引き連《つ》れ会議室を後にした。 生物準備室はほかの理科系の特別教室が並んだあたりにある。生物実験室の隣《となり》で、準備室、という別の部屋になっていた。 ドアの外まで来ると、中から話し声が聞こえる。ナルがドアをノックすると、ぴたっと声がやんだ。 「はい?」 女の人の声。 ナルはドアをあけて、 「すいません、笠井さんはおられますか」 中はいくつかの机や棚《たな》が所せましとならんでいて、そこに女の先生と女子生徒がひとりいるだけだった。 ふたりは『笠井』という言葉をきいて、明らかに表情を変えた。 「……何のご用かしら?」 先生の方がナルをうかがう。まだ若い文学少女っぽい女の人だ。やんわりした声で、ナルに用件を聞いてきた。反対に女の子のほうは、ひどく神経質な感じだった。 「笠井さんに話を聞きたいんです。――あなたが笠井千秋《ちあき》さん?」 ナルが女の子のほうを見ると、彼女はにらみかえすような眼つきで、 「……だけど? なに?」 明らかに敵意。最初からナルのことをこんな眼で見る女の子に初めて会った。 「校長からお聞きだと思いますが……。『渋谷サイキック・リサーチ』というところから来ました、渋谷と申します」 笠井さんはプイと横を向く。興味ないという表情だった。 先生は少し困ったように首をかしげて、 「……お座《すわ》りになってください。 わたしは生物を教えています。産砂恵《うぶすなけい》と申します」 「産砂……めずらしいお名前ですね」 産砂先生はやわらかな笑みを浮かべてから、 「笠井さんに……ということは、九月の事件をお聞きになっていらしたんですね」 「はい。彼女に事情をお聞きしたいのですが」 産砂先生は、どうする? というように笠井さんの方を見た。 「あたし、やだから」 笠井さんは顔をそむけたままだ。 「関係ない。ほっといて」 「でも、変な誤解をされないためにも、きちんとお話をしたほうがいいと思うわ」 「…………」 笠井さんは窓の外をながめる。 「あたし、やなの。ウソツキよばわりされんのは」 産砂《うぶすな》先生が笠井さんをさとすように、 「こちらは心霊現象の調査をしてらっしゃるのよ? 頭からあなたの言うことを否定したりはなさらないわ」 問いかけるように先生が笠井さんをのぞきこむ。彼女は小さくため息をついた。 「……で? 何がききたいわけ?」 「ある学生から、この学校で怪事件が頻繁《ひんぱん》しているのは、あなたがきっかけになったのじゃないかという話を聞いたんです。あなたと、お友達の沢口さんがきっかけを作ったと」 「学校で何が起ころうが、関係ないよ。べつにあたしがなにかしてるわけじゃないもん。ミズホもね」 「ミズホ? 沢口さん?」 「そ。沢口瑞穂《みずほ》。いっとくけど、あの子、最近は学校に来てないし。電話かけても訪ねても部屋に閉じこもって出てこないし。会わせろなんて言わないでよね。あたしだってここひと月ぐらい会ってないんだから」 ナルが軽くうなずく。 「沢口さんが、不思議な力を全校朝礼で披露《ひろう》したというウワサを聞きました」「……そうだよ。信じないだろうけど」 すごい人間不信。笠井さんは全身の毛をほかの人間にむけて逆立《さかだ》てているように見える。 「笠井さんもスプーンを曲《ま》げられるとか」 ナルの声に、彼女はキッとこちらをにらむ。 「そーだよ。信じようと信じまいと勝手だけどさ」 「周囲の雑音なんか気にする必要はないんじゃないですか」 笠井さんはほとんど自虐的《じぎゃくてき》な含み笑いをもらす。 「どうせ……信じてくれないでしょ、超能力なんて」 「なぜ? スプーンを曲げるくらい僕だってできます」 え? 産砂先生もあたしも、そうして笠井さんもビックリしてナルの顔をしみじみながめた。「できるの?」 「できます。PKを信じない心霊研究者なんかいません。――気が楽になましたか?」 「……うん……」 それでも彼女は警戒を解《と》いていない。 「やってみせて」 立ち上がると、棚《たな》のコップにさしてあったスプーンをさしだした。 ……ナル、大丈夫《だいじょうぶ》なの!? ナルはそのスプーンを受け取る。複雑な顔色。なにか迷っている気配が微《かす》かに。 「できる? 本当に?」 もしナルができなかったら、笠井さんはあたしたちを二度と信用しない。話を聞けないくらいのことはなんでもないんだ。でも、そうなったらこのひとは、もう誰《だれ》も信用できなくなるにちがいない。 軽くスプーンを持った手にナルは視線を落とす。一度だけ笠井さんとスプーンを見比べた。 「しかたないかな」 小さくつぶやく。そっと指先でスプーンの先にふれると、ほとんど間髪いれずにスプーンの首が曲がって、ちぎれて落ちた。 カン! という金属が床に当たる音。 あたしたちはしんと息をのんだ。 首がなくなって単なる棒になったスプーンを笠井さんにさしだす。彼女はおそるおそるそれを受け取った。 「すご……」 「信用していただく気になれましたか?」 「……うん」 笠井さんはスプーンの柄《え》を握《にぎ》りしめた。
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「最初は夏休みに見たTVだったんだ」 笠井《かさい》さんがポツポツ話を始める。 「たまたま見てた深夜番組でスプーン曲げをやってて、へーと思って、自分でもやってみたら曲がったの」 彼女はナルが落としたスプーンの首を自分が持っていた柄にくっつけた。五度くらいの角度をつくってみせて、 「たいしたことないけど。このくらい」 肩をすくめてから、折れたスプーンを産砂《うぶすな》先生の机に放り出す。 「次の日、スプーンをたくさん買ってきて、ミズホを呼んで、スプーン曲げをやったのね。そしたらどんどん深く曲がるようになって。あんたみたいに簡単にはいかないけど。一本を曲げるのに、十分以上かかったから。あんなふうに折ったりもできないし」 「ゲラリーニ現象だね」 「……?」 笠井さんがナルの言葉にキョトンとする。産砂《うぶすな》先生が、 「昔、ユリ・ゲラーという超能力者の放送を見たり聞いたりした人が、スプーンを曲げたり、超能力に目覚める現象が起きたの。そうして超能力にめざめた人のことを『ゲラリーニ』と呼んだのよ」 「……お詳《くわ》しいんですね」 産砂先生は微笑《ほほえ》む」 ナルは笠井さんに、 「いまでも曲げられる?」 と聞いた。笠井さんは少し険《けわ》しい表情をする。ナルの言葉を挑戦的に聞いたのかもしれない。 「できるよ!」 笠井さんは叫ぶように言って、スプーンをもう一本手にとる。右手に握《にぎ》ると顔の前にかかげ、左手をスプーンの首あたりにそえる。 「いい?」 ナルが無言でうながすと、彼女はスプーンをにらみつけた。そうっとこする。指先は軽く。でも肩のあたりに力をこめて。気持ちを集中して、身体《からだ》がだんだん前かがみになる。ほとんどイスに座ったままふたつ折りの状態になったときだ。 「そんなことをしてはいけない」 ナルが笠井さんの肩をつかんだ。 パッと彼女が顔をあげる。その顔が真っ青だ。 「……なによ」 「わかっているはずだ。そんなことをしていると、本当にゲラリーニたちの二の舞になる」 ……なんのこと? 笠井さんが白い顔で産砂先生をふりむく。 「……ごめんなさい。でも、この子のはウソじゃないんです。ただいつも必ず曲がるというわけにはいかなくて」 産砂先生の言葉。 ……話が見えないっ。 「……あのー」 あたしはおそるおそる口をはさんだ。ナルがうっとうしそうにふりかえる。 「いまのはトリックだ。身体をかがめたとき、イスを使って曲げようとした」 「えっっ」 「スプーンが身体《からだ》のかげに入ったところで、先を硬《かた》いもの――床やイスのフチにあてて曲げるんだ」 ほにゃ? ナルは真剣な眼をした。 「ゲラリーニたちは、ほとんどが極めて短い時間の間に超能力を失った。力を失ったうえに、それをカパーしようとしてトリックにたよった。そのうちのいくつかが暴《あば》かれて、ゲラリーニたちはペテン師の烙印《らくいん》をおされたんだ。いま彼女がやろうとしたのは、そのときゲラリーニたちが使った典型的なトリックのひとつ」 ………… 「でも、曲げたことがあるのは本当だから!」 笠井さんの叫び。 「そういうトリックを一度でも見つかってしまうと、何を言っても信用されない。わかるね? 「……うん」 「ゲラリーニの能力が恐ろしく不安定なのは、研究者なら誰《だれ》でも知っている。できないときはできないと言っていいんだ。それで信用しない人物は、頭から超能力なんて信じる気がないんだから、無視していい」 「……わかった」 「スイスのシルビオ・メイヤーのように、ゲラリーニから出発して、世界的に公認のPKになった例もある。……二度としてはだめだ」 笠井さんは身体を小さくしてしまった。 「わたしが教えたんです」 産砂《うぶすな》先生が申し訳なさそうに口をはさんだ。 「ほかの教師からにらまれて、曲げろといわれたら何がなんでも曲げてみせなきゃならない状況だったんですわ。 笠井さんの力は不安定で……、まわりの不信感が強ければ強いほど、畏縮《いしゅく》してできなくなるものですから」 ナルがうなずく。 「先生はずいぶん理解がおありですね」 産砂先生は答えない。うっすらと微笑《ほほえ》んだだけだ。笠井さんが低い言葉をもらす。 「……最近、うまく曲げられなくて」 「無理もない状況だと思う」 「……うん。最初はみんなが曲げて、曲げてって言ってきて、なんとかできたんだけど、そのうちうまくいかなくなって」 笠井さんはうつむいたまま、 「恵《けい》先生に相談したら、じゃあ、ってあのやり方を教えてくれた。最近はほとんど曲げられない。できてもちょっとしか曲がらないんで、いつもあの方法」 「……そう」 「……ミズホはずっと、自分にもできたらいいのにって言ってた。恵先生から精神集中のしかたとか習ってトレーニングしてたんだ。それであたしもあわてていっしょにやってみたけど、もう全然ダメ」 「沢口さんは? それで本当にできるようになったわけ?」 「……んー、最初はダメだったの。何回やっても。それが……九月にあたしが全校朝礼でつるしあげられて――。生活指導の吉野が出てきて、超能力だなんだと騒いでる大馬鹿《ばか》者がいるがって、けっきょくあたしを前にひきずりだしてサラシモンよ。そのときミズホが怒っちゃって、あたしだってできる、とか言って」 「教師の鍵《かぎ》を曲げた……」 「うん。吉野《よしの》の車の鍵だったんだって。それが最初。でも、みんなの前で先生に逆らっちゃったでしょ? 以来先生の風当たりが厳しくて……あたしよかおとなしいからさ、学校に来るのがいやだとか言い出して」 ナルが考えこむ眼をする。 「恵先生にだって、けっこう厳しいんだよね。生物部は何をやってるんだ、とか言われてさ。部がにらまれたもんで、ほかの部員はやめるとか言って来なくなるし。あたしは……あいつらに負けるのくやしいじゃん。だから意地でも学校をサボったりするもんか、とか思って」 「それで、例の発言?」 ナルが聞くと笠井さんは舌《した》を出した。 「そ。『呪い殺してやる』ってやつでしょ? あんまし先生がやなこと言うからさ、かっとなって。思わず言っちゃった」 「言っただけ?」 ナルの声に笠井さんと産砂《うぶすな》先生は顔を見あわせる。 「まさか……、本当に呪い殺すなんて、できるわけないじゃん」 「……そうだね」 ナルの声は暗い。
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あたしとナルが会議室に戻ると、中からにぎやかな声が聞こえてきた。みんなが戻ってきているようだ。 「ちゃんと除霊できたかな」 あたしの声にふと、 「麻衣《まい》」 「なぁに」 「頼みがあるんだが」 ……た、たたたた、頼み!? ナルがあたしにぃぃぃぃ!? 「……ゆ、ゆってごらん」 「さっきの……スプーン曲げだが……」 「うん」 「みんなには秘密、ということで」 「どうして? すごいのに」 「頼む。とくにリンには」 ……はぁ。い、いいけど。なぜゆえ? 問いつめてやろうかと思ったけど。ナルが心底困っているようすなので、やさしい麻衣ちゃんはやめておいてあげた。 「いいともー」 一点貸しておくのも悪くない。感謝しろよ、ナル。 軽く頭を下げるようにして、ナルが会議室のドアを開く。一瞬、年相応のコドモの顔。すぐにいつものキレイな無表情に戻ったけど。
中では綾子《あやこ》とぼーさんがいつものチワゲンカの最中。 「無能なら無能で役にたてませんと素直に言ったらどうだ?」 「アタシのどこが無能なのよっ!」 あいかわらず仲いいねぇ。 「何の騒ぎだ?」 ナルの問いかけに綾子がそっぽをむく。 「……どしたの?」 あたしが眼を丸くしてぽかんとしていたタカに聞くと、かわりにぼーさんが、 「この馬鹿《ばか》は、なにもせずに見物だけして逃げてきたんだ」 「? どこから」 「ポルターガイストの部室」 ほえー。 「ちょっと綾子、あんたってあいかわらず怖《こわ》がりなのな」 あたしが言うと、綾子は眼をつりあげる。 「冗談じゃないわよっ! どこが怖《こわ》がりよっ! あたしはねぇ、真砂子《まさこ》がなにもいないって言うから……」 「いちおう念のために除霊しておこうとか、思わなかったわけ?」 「なんでそんなことしなきゃならないのよ。 とにかく、真砂子はなにもいないって言ったんだからっ」 綾子の声に首をかしげたのはジョンだ。 「せやけど、……そんなはずないです」 お陽《ひ》さま色の髪に白い包帯。 「ジョン! どうしたの!?」 「あ、コレですか? たいしたことないんです。ちょっとかすっただけで」 ジョンが笑うと横からぼーさんが、 「ヤリが飛んできたんだ」 ……ヤリ。 「ヤリって、ヤリ投げのヤリ!?」 「……そうだ」 「けど、ほんまにかすっただけですし」 ……だって、そんなの、ひょっとしなくてもメチャメチャ危ないんじゃないの!? ナルが冷静な声をはさんだ。 「飛んできたというのは?」 ジョンは困ったような表情をする。かわりにぼーさんが、 「外から帰ってきて、綾子たちのようすを見ようと陸上部の部室をのぞいたら、ドアをあけるなりヤリが飛んできたんだ。もちろん、部屋の中には誰《だれ》もいなかった」 ……そんな危険な……。しかも頭に包帯ということは、顔をめがけて飛んできたわけでしょ? 考えただけでもゾッとする……。 ナルは冷たい声を出す。 「で? けっきょくいくつ除霊できたんです?」 綾子はきまりわるげに、 「……真砂子は霊がいる場所は、ひとつもないっていうんだもの……」 ナルは真砂子をふりかえった。 「……本当ですか?」 「ええ」 真砂子はまっすぐ顔をあげてうなずく。自信に満ちた表情。 「……そんなはずはない」 「でも、いませんでしたわ。学校じゅうを見てまわりましたけど、ほかの場所にも霊はいませんし、霊をつけているひともおりませんわ」 ぼーさんが口をはさむ。 「そんなはず、ねーだろ。全然いないわけがない。少なくとも、たたりの席にはいて当然だ。四件も事故が続いてるんだからな」 「あたくしたちはだまされているんですわ」 「学校の連中全部に!? 冗談じゃねぇぞ」 「それが事実ですもの」 ツンと真砂子はそっぽを向く。 ナルはそんな真砂子を見やってから軽くため息をひとつ。そうしてぼーさんとジョンに、 「そっちは? どうだった?」 「たぶん落ちたんじゃねぇの。みなさんハレパレした顔してたぜ」 ……たぶん? まったく、もー。信用していいのかね。 ジョンは少しすまなさそうに、 「けど、あのキツネツキの子はダメでした。 なんの効果もありません。滝川《たきがわ》さんと交代で何度も除霊してみたんやけど、最後には暴《あば》れだしたんで、とりあえず帰ってきましたんです」 「そう……」 ナルは考える風情《ふぜい》。 「よほど強い霊が、ついてるのとちがいますか。明日にでも、あの子が落ちついたら、またお宅をたずねてみますけど」 「いや、いい」 ナルは手をあげる。 「あの子は病院に行ってもらう」 ぼーさんはキョトンとした。 「病院って……。まさか神経科?」 「だけど?」 「おいおい」 「そういう気はしてたんだ。霊のせいではないんじゃないかと」 気のない声で言ったあと、 「憑《つ》き物というのは、一般に神経症の一種として処理されることが多いし、実際、神経科の医者にかかると治《なお》ることが多いんだ。もちろん、霊による憑依《ひょうい》現象というのは否定しないが、彼女の場合も行くべきなのは拝み屋のところではなくて、カウンセラーのところだろう。ヒステリー性の憑依現象だと思うな」 「はぁ……」 ……なんなの、その難しい言葉の大群は。あたしだけでなく、綾子もタカもキョトンとしている。 「ヒステリーの発作《ほっさ》の中にはあたかも憑依されたかのようにふるまう例がある。彼女もそれだろうな」 「ひすてりーって、あれか? よく女が起こす……」 ナルがうなずく。 「そんなものだ。少し誤解があるけど」 「は……?」 ナルは、よくのみこめないでいるあたしたちに向き直る。 「ヒステリーという言葉は、女性がヒスを起こす、というようなときに気安く使われるので、深刻なムードがないが、じつは逆だ。 『ヒステリー』はもともと神経医学上の言葉。一般に使われる『ヒステリー』……『ヒス』という言葉は、そこからきているんだ。まるで『ヒステリー』の発作を起こしたような、と言う意味で『ヒス』と言う言葉が使われる」 「ほー。聞いてみるもんだなぁ」 「ヒステリーはだいたい、極端に欲望を抑圧《よくあつ》された者が、その爆発として、考えられないほど奇妙な行動を取る状態を言うんだが」 ……あたし、あたま悪い、よくわかんない。 ぼーさんが、 「すると、こういうことか? たとえば、すごく女好きな男がいて、でも世間《せけん》の眼があるし、スケベだとは思われたくないってんで、スケベするのをずっと我慢してるんだが、ついに限界がきて突然変異じみたチカン行為に走ってしまうとか」 ……こらこらぼーさん、どんなたとえだよ。 ナルは肩をすくめる。 「近いが、少し違う。そういうのは、むしろ分裂症に多いね。 まぁ、むずかしいことを言っても麻衣がわからないだろうから、はしょるが……」 ……よけいなおせわ。あんましそうやって抑圧すると、あたしもヒステリーを起こすからねっ。 「超自我《スーパーエゴ》というやつの影響を受けて、極めて屈折した形で発作が起こる。『ひきつけ』なんて言うのはその典型的なものだな。暴力をふるいたい、しかしそれはしてはならない、そういうふうに抑圧されたとき、暴力という形で爆発しない。『ひきつけ』という一見なんの関係もなさそうな症状になって出ることが多いんだ」 「ほぉぉ」 「キツネツキの彼女にしてもそうだろう。 日本の学生全般に言えることだが、彼女もやはり相当に抑圧されているんだね。それがコックリさんを見ていて、『たたられるのでは』という恐怖に捕らわれる。それが引き金になってヒステリーの発作を起こした、と考えるのがいいと思う。 本来なら親なり教師なりに向かって爆発すべきものが『キツネツキ』という形に歪《ゆが》んで現《あらわ》れているんだ。 それで彼女はあたかもキツネツキであるように振る舞う。無意識のうちに、彼女はキツネツキの役を演じているんだと、言えばわかりやすいかな」 ほえー……。 「するとなにかい?」 ぼーさんがナルに聞く。 「あの子はキツネツキでなく、ヒステリーの患者だと?」 「おそらくはね。病院に連《つ》れていけば、はっきりするだろう」 「じゃあ、ほかのは? 机から手が出るとか、ノックの音がするとか、そういうのはどうなるんだ? それも全部、病気だって言うのか?」 ぼさーんは真砂子をふりかえった。真砂子はなんだか満足したような顔つきだ。 「……ですから、霊はいないともうしあげましたでしょ」 ナルは肩をすくめる。 「僕が神経病医学者なら、この学校で起こっていることは、集団ヒステリーだという判断を下すところなんだがな……」 つぶやくように言って、険《けわ》しい視線を自分の足元に落とした。 「そうとは思えないの?」 あたしが思わず聞くと、 「おや、麻衣は知らなかったか? これでも僕はいちおう、超心理学者のつもりなんだが」 ……わーるかったな、つまんねーこと聞いてよ。
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「やっかいな事件だ……」 ナルは窓の外に眼をやってつぶやいた。 ジョンがうなずく。 「そのようですね」 「そうか?」 ぼーさんはあくまでもノンキだ。 ナルは軽蔑《けいべつ》するようにぼーさんを見返す。 「訴えられた証言のうち、いくつが実際に起こったことだと思う?」 「……まぁ、冷やかしとかカンチガイとかは、当然あるだろうが」 「そんなものですめばね。 この学校では奇妙なことが続いている。それで誰《だれ》もが不安にとらわれている」 ジョンがナルの言葉をつぐ。 「不安やから、それでいっそう幻覚やカンチガイを起こしやすくなるわけですね。キツネツキの彼女かて、そうなんやと思います。あっちでもこっちでも、たたりみたいなことが起こってる、そやから自分もたたられるのやないか――。そう思うたんですやろ。 この状態が続くと、どんどん同じ不安にとらわれるおひとが増えて、たたられたとかとり憑《つ》かれたとかいう声も増えますやろ。へたをすると、パニックになりかねません」 「そう。 実際に心霊現象が起こっているかどうかは、調べてみればいいわけだが、こうも数が多いとそれさえ満足にできない。 それに……。たとえ事実が一部だとしても、この数はやはり尋常《じんじょう》じゃない。こうまで学校関係者に連続するのには、なにか理由があるはずなんだ。その理由が皆目《かいもく》見当もつかない……」 全員が考えこんでしまう。 「今回は原《はら》さんの霊視が頼みの綱《つな》なんですが……」 ナルが淡々とつぶやいた。真砂子《まさこ》は眉《まゆ》をあげる。 「……霊はいませんわ。学校のどこにも」 真砂子の声にナルはため息をひとつ。 「……そうおっしゃるわけだ。はやくも、行き詰《づ》まってしまったな」 「真砂子が正しいとは限らないんじゃない?」 言ったのは綾子《あやこ》だ。真砂子がキッとふりむく。 「松崎《まつざき》さんよりは正しいつもりですわ」 「どぉだかねぇ。どう考えたって、いないわけないもん」 めいっぱい皮肉っぽい綾子の口調に、真砂子はナルをふりかえる。 「一也《かずや》さんは信じてくださいますわね?」 ぞわっ。 あーたーしーはーっ。あんたのその『一也さん』ってのがムシズが走るほどキライだっ! それであたしは思わず言ってしまった。 「いるのが当然なんじゃない?」 全員の眼があたしに集中する。特に真砂子の眼は険《けわ》しい。 「……どうして、谷山《たにやま》さんがそんなことを言えるんですの? おまけの方《かた》は黙っていていただきたいわ」 おまけ!? おまけだとー!? 怒髪天《どはつてん》を衝《つ》いたね。ぷっつんキレた。それでついうっかり言ってしまったわけだ。 「霊はいる。真砂子には見えないだけ」 真砂子は笑いだした。 「谷山さんに霊能力があるとは存じませんでしたわ」 「だって、いるもの。あたしはそんな気がするな」 ……ああ、売り言葉に買い言葉だ、これは。 「無意味な発言ですわね」 真砂子がクスと笑ったところで、綾子が声を張り上げた。 「麻衣《まい》に一票!」 ……綾子? 「アタシもいるほうに賭《か》ける」 ……賭けるって、あんたな……。 真砂子があたしたちをにらみつけた。 「いませんわ。あたくしも、賭《か》けてもよろしゅうございますわ」 「本当ね? もし霊がいたらどうする?」 「どうにでもしてくださってけっこうですわ」 「じゃ、今後ナルにちょっかいかけるの、やめるのよ?」 ……なにを言い出すんだ、おまえは。 あたしたちは思わず状況を忘れて、ふたりをキョトンと見守ってしまった。 真砂子は薄笑いを浮かべる。 「あら、なぜ松崎さんに、そんなことを言われなくてはなりませんの?」 「チームワークの問題よ」 ……チームワークぅ? そんなもの、最初からあったのか? 「けっこうですわ。受けてたちます。 そのかわりあたくしが勝ちましたら、一也さんはあたくしの……」 バンッとナルが机を叩《たた》いた。 「勝手にひとを賭けの対象にするな!」 ……ほーら、怒られてやんの。 ナルは心底不機嫌《ふきげん》な顔。 「原さんの言い分はわかったし、麻衣の言い分もわかったが、真偽《しんぎ》を判定できる人間はこの場にいないんだから、水かけ論だ。その件については話しあっても意味がない」 冷酷《れいこく》な口調。 ……これは怒ってるなー。当然といえば当然だけど。 真砂子も綾子も、そっぽを向いてしまった。綾子はツカツカとジョンに近づき、 「ジョン、仕事に戻りましょ! 早く除霊をしなきゃ」 「は……? あの……」 「さっ! 行くわよっ!」 ……ジョンってば不幸。綾子に引きずられて部屋を出ていった。 ぼーさんがポリポリ頭をかく。 「……俺も仕事に戻るわ……」 続いて出ていく。真砂子もナルにもの言いたげな視線をむけてから、あたしをキリッとにらんで出て行った。 残されたのは、キョトンとしているタカとあたし、ウンザリしたようすのナル、無表情のリンさん。 ナルは苦い表情で窓の外に眼をやっていたが、ふと、 「……がいたら」 と、つぶやきをもらした。 「え?」 あたしが聞き返すと、なんでもないと言いたげに首を振る。 「霊能者が……信頼できる霊視の能力者がいたら、と言っただけだ。 ――リン、作業にもどろう」 「はい」
ナルとリンさんも出て行って。 硬直したように座って呆然《ぼうぜん》としたようすのタカが、長いため息をついた。「いつもあんなふうなの?」 「……そだよ」 「麻衣も苦労が絶《た》えないねぇ」 「そう思ってくれる?」 「思うともさ。あたしだったら、頼まれたってこんな人間関係の中で奉公すんのやだ」 「……あたしもちょっと、そう思ってる」 「くじけるんじゃないよ」 タカに頭をなでなでしてもらって、束《つか》の間《ま》ココロを慰《なぐさ》めるあたしであった。
三章 鬼火《おにび》
1
放課後には雨が降りだした。 会議室ではちょっと遅《おそ》いティー・ブレイクをかねて、ミーティングの最中。 ナルが、さっきのバカさわぎで言いそびれた笠井《かさい》さんの件について説明をしている。あたしは聞くともなく耳を傾けながら、ぼーっと窓の外の雨を見ていた。 雨って単調で、ものうい気分になっちゃうなー。 ――てなことを考えているうちに、アクビがひとつ。ひとつがふたつになり、ふたつがみっつになり。かみ殺すのに苦労するあたし。 しとしと降る雨。銀の糸。空は薄墨《うすずみ》をはいたようで、いっそ真っ暗なのよりも気が滅入《めい》る。 そうしてあたしはふと気がつくと、遊園地にいた。 なんで遊園地にいるんだ? ……もちろん、夢に決まっている。 あんましさえない、小さな遊園地だ。それでもあたしはワクワクしている。 夢を見ながらあたしは、ここはうんとちっちゃいころ、たった一度だけおかーさんに連《つ》れて来てもらった遊園地だと思い出す。 あたしはミラーハウスの前に立ってる。中が鏡《かがみ》とガラスで迷路になったやつよ。 そう。あたしは昔、ミラーハウスで泣いたんだ。自分の姿がいっぱいあって、とっても気味が悪かった。それで怖《こわ》くて泣いてしまった。 でも、いまはだいじょうぶ。もう大きくなったんだから。 それであたしは、腕まくりをしてミラーハウスに飛びこんだ。
鏡の続く迷路をあたしは走る。なにも走る必要はないんだけど、とにかく走る。まわりは鏡の洪水《こうずい》。走る、走る。あたしの影たち。迷路中をあたしが走っている。妙にあせってつまずいて、ガラスにぶちあたって転《ころ》がって。 なんでこの迷路、こんなに広いのよ! 迷路はだんだん暗くなる。ああ、そうだ。この迷路は時間がたつと暗くなるんだ。考えているうちに足元は真っ暗になる。鏡だけが、煌々《こうこう》と光を反射する。 どうしよう、出られない。やっぱりこんなとこ、来るんじゃなかった! あたしは走る。鏡の中のあたしも走る。迷路の中をあたしの姿が幾百と走りまわって、その中心にひとつだけ動かない影。 あたしはそれをめざす。あれは、迷路を出るための手がかり。たったひとつ、動かない影にかけよる。 ……ナル。 闇《やみ》の中、黒ずくめのナル。顔と手だけが月光のように白い。 「出られないの」 あたしはナルに訴える。 ナルはなにも言わず、ただ横を指さした。白い指が闇の中に軌跡を描く。 あたしはその指先を見る。 ここは……学校だ。写真のネガみたいに白黒逆になった学校の内部の風景。壁は黒く、黒板は白い。壁も床も、輪郭《りんかく》の白い線だけを残して透《す》けて見える。影の学校。 そしてそこに、蒼《あお》い鬼火《おにび》。 学校のあちこちに、青白い鬼火が見える。じっと闇にうずくまり、なにかをうかがっている気配。 「あれは……なに?」 あたしは、かたわらのナルを見上げる。 ナルは答える。 「わかっているはず」 ……わかって? そうだ、もちろん、わかっている。あれは邪悪な意志。しかもこの世のものではない。 あたしはゾッとしてしまう。 数を数えられないくらいの、たくさんの鬼火《おにび》。あれはすべて、邪悪なもの。 憑《つ》かれたように見つめる。なんて底冷えのする色。 見つめているうちに、少しずつ光りがもどってきた。だんだん霞《かす》むように色彩が戻って、すうっと壁が見えてきた。 「……?」 壁。ごく薄いグリーンの。どこにでもある、なんのへんてつもない壁。 「麻衣《まい》!」 へっっ!? 顔をあげるとナル。険のある表情。 「おまえ、いま、眠ってなかったか?」 え? 眠って? もちろん……。 はっっ!? あたしはあたりを見回す。みんなが冷たい眼であたしを見ている。 …………。 「すいません。寝てました」 ま、……まずい。 「眼をあけたまま眠るとは、つくづく寝汚いやつだな」 「もうしわけ……」 ナルが冷たい眼をむける。 「おまえは手伝いをしたいのか? それとも邪魔《じゃま》をしたいのか?」 ……こ、こいつっ。 「ちょっとウトウトしてただけでしょ! 眠いときはしょうがないじゃない。眠っちゃいけないと思ってとまるもんなら、居眠り運転なんかおきないよっ!」 さらに冷たいナルの眼。 「居直ったな」 「あたりまえさっ。一国の運命を担《にな》う国会でだって議員が寝てんだぜ。崇高《すうこう》な使命を背負ってるはずの総理だって、堂々と寝てる。一介の小市民にすぎないあたしがイネムリこいて、なにが悪い」 「……みごとに歪《ゆが》んでるな、おまえは」 「あぁら、所長ほどではございませんわ」 「僕はいいんだ」 ……ほう。 「このうえ性格までよかったら長生きしない」 ……こいつは、こいつは、こいつはっ! あーそうかいっ。どーせあんたは有能でおまけに顔だっていいよっ! それで性格までよかったら、できすぎで早死にするだろーさっっ! ナルはあたしの方をにらんでから、全員を見わたす。 「馬鹿《ばか》は放っておこう。本題に戻る」 イネムリしたら、馬鹿なのか? その台詞《せりふ》、国会議事堂に行って言ってみろよ。
2
ナルは指先でテーブルを軽く叩《たた》く。 「笠井《かさい》さんの件が事件に関係あるのか、それともないのかはわからないが……」 綾子《あやこ》が首をかしげた。 「そのさぁ、笠井っていう子、どの程度信用できるの?」 「僕は信用できると思っているけど?」 「へぇ」 綾子のいじわるっぽい眼。 「アタシはマユツバだと思うなー。スプーン曲げなんてさ、いかにもじゃない」 ?? 「スプーン曲げって、マユツバなの?」 あたしが聞くと、 「じゃない? スプーン曲げで、インチキだって言われなかったひと、いないじゃない」 それは知らなかった。 しかしここは、綾子に聞くよりもぼーさんかジョンに聞くほうが無難だろう。 「そうなの?」 ジョンはうなずく。 「さいです。スプーンを曲げるゆうのは、ユリ・ゲラーが始めたことです。ユリ・ゲラー二十世紀最高のサイキック……超能力者やと言われています。PK……日本語で念力ゆうのでしたか、から透視、予言、できないことはない感じです。そのゲラーがあちこちでスプーンを曲げて、それを見た子供らがマネをしてスプーンを曲げました」 「えーと、ゲラリーニね?」 「はい。さいです。 けど、ゲラリーニゆうのんは不安定な能力を持ってまして。途中で力をなくしたり、それで困ってマジックにたよる人もいて、それがあちこちでバレて、ゲラリーニゆうのんはインチキなんやないかと」 「ふむふむ」 「そうしたときに、ゲラー自身がインチキやゆうて叩かれたんです」 「ユリ・ゲラーが?」 「ハイ。一時はアメリカの超心理学会でも、ゲラーはインチキやゆう見解が公式発表になったくらいで。そやから、スプーン曲げゆうたらインチキやとゆう印象が強いんです」 そうなのか。 「でもさ、ジョン、実際のところ、ゲラーってどうなの?」 ジョンは困ったように笑う。 「ボクではなんとも……。ただ、ゲラーはハデすぎて、どうしてもイリュージョンを見てる気になるんですけど」 「イリュージョン?」 「ええと……大がかりなマジックです。飛行機を消したり、車を消したり」 「あ、ナルホド」 あたしとジョンの会話を聞いていたぼーさんが、首をかしげる。 「俺もゲラーはマユツバだという気がするけどな」 「なんで?」 「うーん。サイ能力……超能力が人間に隠された力なら、音を聞く能力、ものを見る能力、そういうのと同じに、できることとできないことがあって当然、という気がするんだよなぁ。ゲラーってのは、挑戦を受けるとなんでも受けて立つ。なんでもできるわけで、かえって妙な気がするんだよな」 「さいですね」 ジョンもうなずく。 「そもそも超能力ゆうのはESPとPKとふたつ種類があるんです。ESPは……超感覚ゆうたらいいのか、普通の人にはわからへんことを特別な能力で知ることです。透視とテレパシーにわかれますが」 「ふむふむ」 「PKゆうのは念力ですね。普通のひとにはない特別な能力で、実際にものを動かしたりする力……。 ふつうサイキックはどっちかに分類できるもんなんです。PKやったらPK。ESPやったらESP。たまにはクロスオーバーしてるひともいますけど、だいたいわかれます」 ぼーさんもうなずく。 「そうだよなぁ。エドガー・ケイシー、ジーン・ディクソンなんて、神をもビビらせるほどの予言者だが、スプーンを曲げたという話は聞かない。 反対に偉大なPKでも……ニーナ・クラギーナとか、オリヴァー・デイビスなんかはかなりのESPをやってのけるが、あとはESPの能力を持ってるなんて聞かないよな。クラギーナもデイビスも能力は限定されるみたいだし」 「さいですね。けど、ゲラーゆうたら、PKでも一流なら、ESPでも一流ですやろ? 制限なしになんでもできますもん。 ボクはかえってマユツバな気がしますのんです」 綾子は身を乗り出して、 「アタシさぁ、いつも不思議《ふしぎ》なんだけど、どうしてスプーンなの? 金属を曲げるんだったら、何もスプーンでなくてもいいわけでしょ? なのにPKが曲げると言ったら、必ずスプーンじゃない? そのへんが不思議なのよねぇ」 「――ということは、そもそもPKってマユツバっぽいの?」 あたしが聞くと、 「それは違う」 ぼーさんが断言する。 「PKつってもイロイロあってな、三つあるんだっけか。PK-MT、PK-ST、PK-LT」 ……うわぁ、あたま痛いっ。 「スプーン曲げは、このうちのPK-STという力なんだ。静止した物体に影響を与える力なんだが、ハデな力だが誤解も多い。インチキだって報告もいちばん多いな。 ところが実際は、PK-MTの力を持っている念力能力者がいちばん多いんだ。これは動いているものに影響を与える力で、たとえば、サイコロの目を変えたりする。『二よ出ろ』と念じて本当に二を出す能力だな」 「へぇぇ」 「PK-MTは、インチキなんだというよりも、ほとんどの人間が持っている力だと言われている。能力の大小はあれ、潜在的に持っている力なんだとさ」 「……あたしにもできる?」 「かもな。 PK-STにしても、必ずしもインチキばかりじゃない。 ゲラリーニあがりのPKにシルビオ・メイアーってのがいるけどね。彼は金属曲げが専門なんだが、あれはけっこう信憑《しんぴょう》性高いと思うぜ」 「へぇ?」 「だいたい超能力っていうと、……ゲラーの場合もそうだったんだが、手品師が出てきて、そんなことだったら手品でできるとか言って文句をたれるんだよな。手品でできるからって、必ずしもそいつが手品をやったとは限らないんだが、やっぱ、うさんくさい気がするだろ? たしかメイアーも手品師のロルフ・なんたらっていうやつに攻撃をうけたんだよな。 ところがこの手品師が最終的にはメイアー擁護《ようご》にまわっちまった。つまり、手品師がメイアーの能力を肯定したわけ」 「ほえー」 「あと、ソ連のニーナ・クラギーナ。彼女は強烈だぜ。PK-STのほかにPK-LTの能力もある。PK-LTってのは生物に影響を与える力なんだが。 ものを動かすなんてのは、おちゃのこさいさい。手を触《ふ》れるだけで病気は治《なお》すわ。カエルの心臓は止めるわ、人間の心臓は止めるわ」 「心臓を止めるーっ!?」 「そ。彼女の実験をしてた研究者が、妙な好奇心を起こしてさ。カエルの心臓を止められるなら、人間の心臓だって止められるだろうと。自分が実験の相手をかってでて、けっきょくあやうく心臓が止まりかけてしまった。実験に立ち会った医者が止めたんで助かったけど」 どひゃー。 「……あと、PKの大物といったら、イギリスのオリヴァー・デイビスかな。彼もPK-STだ。普通、PKでものを動かすといったら、マッチ箱とかスプーン、そういう小物が多い。彼はちょっとケタはずれだな。デイビス博士はPKというよりも、非常に真面目《まじ》なサイ研究者で、あまり表舞台に登場しないんだが、確か、何年か前にビデオをとっている。そのときの実験で、五十キロもあるアルミの塊《かたまり》を壁にたたきつけたというからなー」 「どひゃー」 「そんなふうに、同じPKでも能力が限られてたりするもんなんだな。シルビオ・メイアーもオリヴァー・デイビスも、PK-LTはできないようだ。生き物をどうにかしたという話は聞かないからな。 ところが……ゲラーっていうのは、あらゆるPK、だろ? おまけにあらゆるESP。 俺《おれ》としちゃ、うさんくさいと言わざるをえんなー」 「ふうん……」 ナルが口をはさむ。 「それは……ともかく。笠井さんの能力については疑問もあるが、取りあえず重要なのは、彼女が自分の能力を信じていたということだ。 彼女は教師の攻撃を受けて非常に不当だと感じていた。その結果が……」 「『呪い殺してやる』?」 「そう」 「実際にできるかね。クラギーナぐらいのPK-LTならできなくはないだろうが」 ……そりゃまー、人の心臓を止められればねぇ。 「……それは……そうなんだが」 ナルはしばらく考えてから、 「……こんな話をしていてもキリがない」 あきらめたように顔をあげた。 「とにかく、いまの状況を何とかするほうが先だ。除霊にとりかかる」 全員が立ち上がった。
3
みんなが除霊に散って行って、あたしは会議室に取り残される。ひとりでいると、とってもタイクツ……。夕暮れの気配が忍び寄ってきた会議室。たそがれたけ気配。さっきまで続いていたあちこちで掃除する物音もやんで、学生の気配も絶《た》えてきた。ひとのざわめきのしない学校は本当に寂《さび》しい。 あたしはふと、さっき見た夢を思い出した。あれは確かにこの学校だった。暗闇のラビリンス。そこにうずくまっていた鬼火《おにび》。あれが霊でなくてなんだってんだ? 「……?」 わかんねーな。でも、どーせ、夢だしなー。うん、あたしなんぞが考えてもしょーがないや。かといって、誰《だれ》かに相談もできないし、(夢の中にナルが出てきたなんて言ってごらん。末代までの笑い者だ)。こんど、夢判断の本でもかってこよう、そうしよう。 ……てなことを考えながら、ダラダラ依頼のメモの整理をしていたら、軽いノックの音がした。 「はい?」 あたしの声に、ひょっこり顔をのぞかせたのは笠井《かさい》さんで、さっきまで話題にのぼっていたひとだけに、あたしはちょっとドギマギしてしまった。 「あれ? ひとり?」 「うん」 彼女は部屋の中を見まわす。 「入ってもいい?」 「どうぞ、どうぞ」 「ありがと。……なにをしてんの?」 「あたしはみそっかすなんで、ここで資料を整理したり、受信機のお守りをしたりしてるの」 「ふうん」 笠井さんはそのへんのイスに座《すわ》って、あたりをもういちど見まわす。 「へぇ……」 妙に感心した口ぶり。 「どうかした?」 「――うん。こういうのってめずらしいから。渋谷《しぶや》さんとかあんたって、霊能者なんでしょ?」 「あたしはちがうよぉ。ナル――渋谷氏も、ちがうかな。本人はゴースト・ハンターだって」 「へぇ、カッコイイ」 あたしはキョトンとしてしまった。いままで、『ゴースト・ハンター』と言って、それはなんだと聞きかえさなかったひとはいない。 そうか、笠井さんは超能力少女だもんねぇ、と妙な納得をしてしまう。 「……でも、じつは陰陽師《おんみょうじ》なんじゃないかな。あ、あたしが言ったんじゃないけど、これは」 笠井さんは口笛をふいた。 「それって、もっとすごいじゃない。へぇぇーっ、陰陽師なのかぁ」 感動したように言ってから、 「で? 除霊はすすんでる?」 「うーん、難航してるかなぁ。 うちのグループの霊媒がね、霊はいないって言い出して。あやうくケンカになるところだったんだ」 笠井さんは眉《まゆ》をひそめた。 「いない? いないはずないじゃん。こんなにいっぱい事件が起こってるのに」 「うん。そうなんだけどね。 うちのグループは、霊が見えるひと、その霊媒《れいばい》しかいないのよ。その彼女がいないなんて言い出したもんだから、事態は混迷を極める一方。 ――そうだ、笠井さんって、霊は見えないの?」 笠井さんは手を振った。 「だめ。あたしは霊能力はないんだ。ESPの能力はないもん」 「ESP?」 話の脈絡《みゃくらく》がつかめないぞ。 「なんだぁ、知らないの? 霊能力はESPの一種だって説があるんだって。 あたしはダメ。ぜんぜんなのよ。PKだけ。それもPK-STの能力しかないし。……最近はそれも怪《あや》しくなってきたけどね」 笠井さんは肩をすくめた。 「すご……笠井さんって詳《くわ》しい……」 「ああ。恵《けい》先生の受け売りよぉ。恵先生は詳しいからね。超心理学の研究家になれるくらい」 「産砂《うぶすな》先生? へぇ、そうなんだ」 「ん。それで、生物部はオカルト研究部だって説があるくらいで。実際、部活じゃそういうことしかやってなかったし」 笠井さんは過去形を使った。 「……生物部って、いまはどうなってるの?」 「事実上の解散じゃない? 部員は、あたししかいないようなもんだもん。ミズホも学校、やめるみたいだし」 「やめちゃうの?」 あたしが聞くと、笠井さんは寂《さび》しそうに笑った。 「なんだって。ずっと前にそう言ってた。働くって、 あたしがスプーンを曲げたせいで、あの子も人生変わっちゃったなぁ」 「そういう考え方は不毛だよ。人間みんなそれぞれ自分のために一生懸命生きてるんだし、他人の影響なんて言っても、けっきょく選ぶのは自分なんだから」 笠井さんはあたしを見つめる。 「……ありがと。 あたし、少し、責任感じてるんだ。ミズホのことも、恵先生のことも、連発してる事件だって……」 「そんな必要ないと思う」 笠井さんはまた寂しい笑顔をつくる。 「そっかな。でもね、恵先生も苦しい立場になっちゃって。あたしをかばってくれたせいで、教師からはつるしあげられるし、PTAからはつるしあげられるし。 一時期なんかさ、学校が信じる信じないでまっぷたつでさ。信じない派のひとたち、先生も生徒も石でも投げそうな雰囲気だったもん。皮肉とかバンバン言われちゃってさー。完全に村八分。 それでも、最近はちょっとマシだけどね。なにしろ、幽霊なんかいない、超能力なんてありえない、って言ってたひとたちのところに幽霊が出てるんだし。内緒《ないしょ》で恵先生のところに相談にくるひとも、いるみたいだけどね」 笠井さんは、今度は本当に笑った。 「産砂《うぶすな》先生っていいひとだよね」 「うん」 笠井さんはニッコリした。 「……あたしは後輩みたいなもんだからって。学校中から攻撃されてたときも、かばってくれたし。いくら学校の後輩で教え子だって言ったって、ふつう、あそこまではできないと思う」 「……うん。産砂先生、ここの出身なんだ」 「じゃない? ここの女の先生ってたいがいそうだもん」 あたしはちょっと考えてから、 「ね、内緒の話、しようか」 「え? なに?」 「あたしが言ったって内緒だよ。しかられちゃうし」 「うん」 笠井さんが耳をよせる。 「吉野《よしの》先生のところにも出るんだって」 ピクンと笠井さんがみじろぎした。 あたしは割ってやるる。 「全校朝礼で、笠井さんのことをつるしあげたの、吉野先生でしょ」 「そう……だけど」 彼女は会心の笑みをもらした。 「へぇぇ、そうなのかぁ。あいつ、ビビってた?」 「それは、もー。不眠症だって、眼の下に隈《くま》つくってた」 「いいきみ、……なんて言っちゃ、いけないか。でも、……ちょっとスッとした」 「ナイショよ、ナイショ」 あたしたちは額《ひたい》をよせあって、忍び笑いした。 笑いながらあたしは心にスプーンを思い描いた。先がちょっとだけ曲がったスプーン。 いろんな人の運命を変えたものがあるとすれば、最初に曲がった一本のスプーンがそれだ。 ……あたしには、そう思えた。
あたしと笠井さんがしばらく話をしていると、下校の準備を終えたタカが会議室にやってきた。 「ありゃー、また法生《ノリオ》ってば、いないのね」 「残念でした。お茶のむ? いま、いれようと思ってたんだ」 「飲むともさっ。笠井先輩、こんにちは」 「うん」 笠井さんは警戒したのか、ちょっとブッキラボウな口調だ。でも、タカは気にしないのだ。もともと明るい性格なのか、気安く笠井さんに話しかけて、笠井さんのほうも少しずつ打ち解けたしゃべり方をするようになって、あたしとタカが霊能者の集団の性格の悪さをネタに、さんざん漫才をやると、そのうち笑顔さえ見せるようになった。 「……あたし、恵先生以外のひとと、こんなにしゃべったの、久しぶりだ」 笠井さんが帰りぎわ、しみじみとした口調で言った。 タカは、ちょっと胸をつかれた表情をする。 「……かわいそ……。あたしでよかったら、またあそびましょーね」 「うん。サンキュ。今日は楽しかった。谷山《たにやま》さんも、サンキュね」 「また、くる?」 「うん」 タカがピョコンと立ち上がる。 「あたしも帰るっ! 笠井センパイ、ごいっしょしてもいい?」 「モチロン」 ヒラヒラ手を振って帰って行くふたりを、あたしはちょっと暖かい想いで見送った。
4
その翌日、ちょうど霊能者の集団が、ひと休みしに会議室に集まっていたときだった。 その知らせを持ってきたのは、吉野《よしの》先生。昨日、先生のひとりが車で事故を起こし、さらに陸上部の部員のひとりが倒《たお》れてきたロッカーにはさまれて大ケガをしたと。 ナルは眉《まゆ》をひそめる。 事故を起こした先生は、おとといバック・ミラーに幽霊が見えると言ってきた先生。陸上部の部室もその先生の車も、もちろん本人も、ジョンとぼーさんが昨日の夕方除霊をした。 ……つまり霊は落ちてなかったということ。 そのうえ、入院しているタカの担任の先生が、ふたたび具合が悪くなったという。あいかわらず病室にまで幽霊が出るといって騒いだあげく、血を吐《は》いたらしい。なんでも、その先生の主張によると、刃物を持った老人の幽霊が現れて、そいつがお腹《なか》を刺すのだそうだ。もちろん、刺されたお腹にキズはない。そのかわりに吐血《とけつ》するのだと。 この先生もちゃんと、除霊したはずなのに。 「……効果なし、か」 ナルは冷静な声をもらした。 霊能者の集団は押し黙ってしまう。 あたしはふと、昨日夢でみた学校の風景を思い出す。あちこちにともっていた鬼火《おにび》。あれは邪悪な霊。そう思えた。あの夢にさほど意味があるとは思えないけど。 やがて綾子《あやこ |