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悪霊シリーズ第3巻 悪霊がいっぱいで眠れない
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

》が、皮肉っぽい眼で真砂子《まさこ》をにらんだ。
「霊はいない、ですって? これでもいないって言うわけ?」
 真砂子は強情だ。
「いませんわ」
 ガンとして動かない。それでも不安そうな眼をしていた。
「素直に認めたら? あんたには、少なくともここの霊は見えないのよ」
「そんなはずは、ありません!」
 真砂子はほとんど叫ぶように言う。
「あたくしには見えないのだったら、いないということですわ!」
「じゃ、この学校の状況をどう説明するわけ? 全員がウソをついてるの? それとも集団ヒステリー?」
 ……綾子、楽しそうだな、おまえ。やめろよ。
 真砂子は綾子をにらむ。あたしたちを見渡して、それからツイと会議室を出て行った。 それを無言で見送ったぼーさんは、
「なー、ナルちゃんよぉ」
 ナルにうらみがましい眼をむける。
「真砂子のやつ、意地になってるぜ。
 ちょこっと機嫌《きげん》とってやれよ。真砂子がああじゃ、話にならん」
「……そんなこと、しなくていいわよっ」
 
 綾子の抗議、ぼーさんはそれを見やって、
「おまえは黙ってろ。この場は真砂子が必要なんだ。
 真砂子が霊視してくれなきゃ、本当に霊が憑《つ》いてるのか、単にそういう気がしているだけなのか、あるいはヒステリーなのか見分けがつかん。おまけに除霊の効果があったのかどうかもわからんときてる。ちがうか、ナル?」
 あたしたちは黙ってナルの反応をうかがった。それに対してナルは平然と、
「原《はら》さんが頼りにならないのなら、別の霊媒《れいばい》を雇《やと》うという手もあるが?」
 ……木で鼻をくくるような返事。
 あたしは真砂子は嫌《きら》いだ。はっきり言ってこいつっ、と思うよ。でも、こういう言われ方をされちゃ、真砂子だって浮かばれない(べつに死んだわけじゃないが)と思うのよ。
 この、冷血漢。
 ぼーさんはあきれたようにナルを見やってから、肩をすくめて立ち上がった。
 綾子までが鼻白んだようすで立ち上がる。つられたようにジョンも立ち上がり――そうして会議室を出て行った。
 残ったのはあたしとナルと、いるのかいないのかわからないリンさん。
「ナル、いまの言い方はちょっとひどいよ」
「当然のことを言ったまでだ」
 ……ほぅ。当然のこと、ねぇ。
「あんた、それ、真砂子本人に向かって言える?」
 なんでだか知らないけど、真砂子には頭があがらないくせに。
 ナルはちょっとひるんだようす。
「いったい、真砂子になんの弱みを握《にぎ》られてるわけ?」
「そんなことはない」
「……ほう。じゃ、さっき言ったことば、真砂子に面と向かって言ってごらん」
 言えるの? 言えるもんなら言ってみろよ。あたしは知ってるんだからね。ナルってば、イヤそうな顔をしつつも、あいかわらず真砂子とデートしてるでしょ。
 ナルはちょっとあたしをにらんでから立ち上がる。
「リン、作業に戻ろう」
 逃げたな、こいつっ!
 あたしはそそくさと去っていくナルの背中をみて、しみじみ首をひねってしまった。
 なんに対してでも悪口雑言の限りをつくし、一等両断に斬《き》って捨てるナルが、あそこまで歯切れが悪いからにはなにか事情があるに違いない。やはり弱みを握られているとみたね。問題はその弱み。
 一瞬、スプーン曲げのことを思い出したけど、あたしに対してはべつに下手に出たりはしないもんな。スプーン曲げのようなことではあるまい。
 あいかわらず、ナゾの多いやつ……。

     5

 ナルもリンさんもいなくなって、あたしはふたたびひとりになる。
 授業終了のチャイムがなって、学校の内部がひとしきり騒がしくなって、それも時間がたつと潮騒《しおさい》のようにひいていって。そうして、しんとした放課後がやってきた。
 放課後はやだな。よそよそしくて、寂《さび》しくて。タカか笠井《かさい》さんか、こないかなー。
 そう思っていたら、パタパタと足音が聞こえた。ノックもなしにドアをあける。ひょいと顔を出したのはタカ。そして、その後ろには笠井さん。
 おっ。なんてタイムリー。
「やっほー」
「はぁい」
「あいかわらず、麻衣《まい》ってば、ひとりなんだー。笠井センパイに会ったから、引っ張ってきちゃった」
 タカが笑う。
「待ってたのー。放課後ひとりでいるのって、気分までたそがれちゃって、たまんない」「そうでしょうとも。そう思って来てみたのさっ。感謝する?」
「する、する。感謝の気持ちをこめて、お茶をいれてしんぜよう」
「やった」
 タカは笑って、ほらね、と笠井さんをふりかえる。
 む。ひょっとしてタカってば、会議室を喫茶店あつかいしてない?
 あたしがそう言うと、
「オヤ、ばれちゃった?」
「ここは喫茶店じゃないんだからね。そういう考えで入りびたらないように」
「だってー、ママさんがいいひとなんで、いごこちいいんだもーん」
「それは言える」
と、笠井さんまで。
「……ひとのいいママさんというのは、あたしのことかなー?」
「ほかに該当する人物がいる?」
「どーぞ、座って。お茶でも飲んでってくださる?」
 ひとしきり笑ったあと、三人でお茶を飲んで。一息ついてから、タカは内緒話でもするみたいに身を乗りだしてくる。
「法生《ノリオ》は?」
「除霊の作業中」
「うまくいってるみたい?」
どうだかねぇ。なんか、今回の事件は手こずってるな」
 ……考えてみれば、いつもそれなりに手こずってるわけだけど。でもまぁ、今回は得体《えたい》がしれないからなぁ。なにが起こっているのかさぇ、よくわかってないカンジだし。
 あたしがそう言うと、タカはさらに身を乗りだした。
「ね、法生《ノリオ》って、どうなの?」
「どうって?」
「だからー、霊能者なんでしょ? 頼りになる?」
「どうかなー」
 あたしも最初は、この役たたず、とか思っていたけど、本当はどうなんだろうね。
「けっこう、マシかなー」
「へぇー」
「それよりさー、ぼーさんのバンドのほうこそどうなの?」
「ウン、バンドね」
 タカは腕組みする。
「ヴォーカルはねぇ、いまいち」
「ぼーさんは?」
「うまいよー。作曲もするけど、メロディーラインきれいだし。あたしは好きだな」
「へぇぇ、うまいのかー」
「うまいとも。スタジオ・ミュージシャンだし」
「?? 論旨を五十字以内で説明せよ」
「あ、スタジオ・ミュージシャンってね、ハンパなうまさじゃなれないの」
「そうなの!?」
「そうだよ。とんでもなくうまくないと。
 だから、法生《ノリオ》は問題ないのよ。ヴォーカルがね、歌もいまひとつでルックスもいまふたつ。作詞はヴォーカルの担当なんだけど、これがまたいまいち」
「へぇぇ」
 タカは笠井さんをふりかえった。
「そうだ、笠井さん作詞しません?」
 笠井さんはパチクリする。
「あたしが?」
「ウン。作詞できるひとがいないって、あたしにまでやってみないか、とか言われるんですよね。笠井さん、詩書くのうまいもん」
「あれ、そうなの?」
 あたしが聞くと、
「超能力少女の隠された才能。天は二物を与えることもある、というやつだね。
 文芸部の会誌で詩を書いてたでしょ? あれ、すごくよかったです」
 笠井さんはちょっとはにかんだ顔をする。
「……ああ、あれ。あんなの……会員が少なくて、会誌が埋《う》まらないから穴埋めに書いただけだし……」
「笠井さんって、文芸部にも入ってるんだー」
 生物部だけじゃなくて。
「うん……正課のクラブでね」
 言った顔がちょっと赤い。
「そういう話はいいよ、もう。それより、バンドの話のほうが聞きたい」
「あれー、センパイったら、テレちゃってー」
「ちがうわよぉ」
「だって顔赤い」
 
 ひとしきり笑ってからタカが、
「まー、作詞がいまいちで、ヴォーカルもいまいちであると。キーボードもいまいちかな。ギターもすごくうまいってホドじゃないし」
「……ベースだけいいバンド?」
「ドラムもいいよ」
「リズム・セッションだけがいいわけ? そういうバンドって、不毛じゃない?」
 あたしがそう言うと、笠井さんも大きくうなずく。タカは小さく舌《した》を出して、「まーね。あたしがそう思っているだけかもしれないけど。
 あたしはホラ、ノリオ至上主義だからー」
「あ、そーなんだー。へぇぇーっっ」
 なんてこったい。すごいじゃない。
「へへっ。そういう麻衣って、ひょっとして渋谷《しぶや》さん至上主義でしょ」
 ぎくっ。
「……なんのことやら」
 あたしはできるだけ平静を装ってみたのだが、タカはあたしの顔をマジッと見てからケラケラ笑って、
「ムダよぉ、麻衣。オンナのカンをなめてはいけない」
 笠井さんまでからかう口調。
「へぇ、そうだったのかー」
 ……あーう、ぅぅぅ。
「……わかっちゃう?」
「わかるとも」
 タカに続いて、笠井さんまでがしみじみと。
「あのひと、顔いいもんねぇ。けっこう優《やさ》しそうだし」
 あたしは思わずお茶を吹いてしまった。
「な、なに? どうかした?」
「笠井さん。ナルのこと、完璧《かんぺき》に誤解してる」
「だって……けっこう優しいかなとか、思ったよ、あたし」
「冗談。ナルが優しかったら、この世は善人ばかり。天国みたいなもんだよぉ」
「そ……そうなの?」
「性格悪い、悪い。口は悪いし冷淡だし、おまけにナルシストで秘密主義」
 笠井さんはあたしの顔をのぞきこむ。
「……でも好きなのね?」
 ……うっ。あーうぅぅ。わん。
「言ってごらんよ。怒らないから」
「……かもしんない」
「かもしんない? ひとごとみたいに」
 あたしはふたりに顔をよせた。
「じぶんでも、ときどきわかんないだけどさー。夢の中にしばしば出てくるっていうのはー、やっぱりそうなんだと思う?」
「完璧。それは恋愛というやつだね」
 笠井さんにキッパリ断言されてしまった。
 ……ううう。やっぱ、そうだよねぇ。
「――前途多難な恋かもね」
 笠井さんにしみじみ言われてしまって、
「……なのよねぇ。ぼーさんはその点、いいよね」
 どーやら硬派《こうは》のナルとちがって、基本的に軟派《なんぱ》だもんな。
 あたしがちょっとうらめしそうに言うと、タカは大きく手を振った。
「ダメダメ。ぜーんぜん。妹みたいなもんよぉ。追っかけするようになって、楽屋とかも入れてくれるようになって、近づけてラッキーとか思ってたんだけど、妹分になるくらいなら、やめとけばよかったと思って」
「……ナルホド。タカも多難なのね」
「でも、あたし、負けないっ。
 この試練に耐《た》えて栄光の星をつかむわっ」
 握《にぎ》り拳《こぶし》に力をこめてのガッツポーズ。
「がんばってねっ。あたし、陰《かげ》ながら応援していますわ!」
 あたしが叫ぶと、笠井さんまでが、
「麻衣もがんばるのよっ」
「まあっ。うれしいっ。あたしもふたりの幸せを願っていましてよ!」
「麻衣っ」
「センパイっ」
「タカっ」
 しっかと手を握りあって、あたしたちは大笑いしてしまった。
 涙を流して笑いころげていたところに、当のぼーさんとナルがもどってきた。
 あたしとタカのあせること、あせること。
 ぼーさんはあたしたちをながめて、
「楽しそうだな」
 うらめしそうな口調。
「ははは。……どう?」
「さいてー」
「おやぁ?」
「真砂子《まさこ》があれじゃ、除霊ができたのかできてないのか。ザルで水をくんでる気がしちゃうね、俺は」
 ……それはおつかれさま。

     6

 ぼーさんはタカと、暗くなった窓の外を見比《くら》べた。
「タカ、そろそろ帰れ。君も――」
と言って、笠井《かさい》さんを見る。誰《だれ》だろうというように、ぼーさんが首をかしげたのであたしは、
「笠井さん」
 名前を押してやる。ぼーさんは、ああ、あの、というようにうなずいた。あたしはついでに笠井さんにぼーさんを紹介する。
「こちらが、ぼーさん」
 笠井さんがマジッとぼーさんを見た。
「……ああ、あの……」
 微《かす》かに言ってそっとタカと見比べる。こころなし、タカが赤くなった。
「ふたりとも、帰ったほうがいい。駅まで送っていってやるから」
「もうすこし」
 タカが上目づかいにぼーさんを見る。子犬みたいな目。
「夜はいないほうがいい」
「……あぶない?」
「やっぱり、昼間よりは夜のほうがな」
 ぼーさんにうながされて、タカは複雑な表情で立ち上がる。送ってもらえるのはうれしいけど、もっとそばにいたいと顔にかいてある。それでも、素直にカバンを取ってぼーさんの背中をついて行った。笠井さんは、おじゃまかしら、という表情でそのあとに続く。 ふふ。がんばりなよ、タカ。
 心の中でつぶやいた。おお、よく考えたらあたしもらっきー。ナルとふたりきりではないんでしょうか。
 ナルはというと、部屋を出ていく三人を目線で見送ってから、資料に眼を通し始めた。なんかオハナシしようよー、ねー。
 よぉし、ここらで一発ギャグでもかまして話の糸口をつくってやろうかな、と思って、あたしはさっきタカから聞いた、ぼーさんのバンドの話とかを意味もなくくっちゃべった。もちろん、タカのとある人物に関する至上主義は伏《ふ》せといて。
 気のなさそうなナルに、えんえん話をしているときだった。
 カタンと妙にカンにさわる音が、部屋のどこかでした。
 ふっとあたしたちは音のした天井《てんじょう》の方を見上げる。
 続いてふたたびコトンという音。まるで上の階で誰《だれ》かが堅いものを動かしているような。――だがしかし、ここは最上階で、もちろん上の階などというものはないのだ。
 スゥと部屋の電灯が暗くなった。まるで切れかけているように暗くまたたく。
 ナルが身構《みがま》えるように腰を浮かした。
 ゴトンとまた天井で物音。いまにも切れそうな電灯がまたたく。窓の外はもう暗い。電灯がまたたくたび、天井がぼんやりと浮かびあがってはまた消える。何度目かにまたたいたとき、暗い光の中で、ひとつかみの髪の毛が天井から下がっているのに気がついた。まるで天井から生《は》えるように。十センチくらいのそれ。
「……ナル」
「落ちつけ。動くな」
 ナルは闇よりも暗い視線を、天井から生えたそれにむける。薄暗い明かりがふっと消え、とまどうようにもう一度ついたとき、その髪はふたつかみほどに増えていた。長さも三十センチばかりになったようだ。
 あたしはそれに眼をうばわれたまま、身動きできないでいた。一度またたくごとに、徐々に長く増えていくそれ。
 いつの間にか、ナルがあたしの前に立っていた。あたしはナルの背中ごしに天井を見つめる。
 
 さらにもう一度またたいたとき、天井に髪の毛の生え際が現れた。白い額《ひたい》の生え際。
 ……誰《だれ》かが天井から沈んでくる……!
 思わず息を飲んだ。ナルはあたしに背中を向けてそれを見つめたまま、
「……動くな。だいじょうぶだ、じっとしていろ」
「……うん」
 電灯がまたたく。その額が眉《まゆ》のあたりまで沈んでくる。ふたたびまたたく。閉じた眼が現れた。
 またたくごとにそれは天井から降りてきて、いつしか頬《ほお》が、あごが現れ……やがては、女の首だけが天井からぶらさがる格好になった。
「ナル……」
 あたしがたまらず呼んだときだ。
 臘《ろう》のように白い顔の女が、カッと眼をあけた。なにかに飢《う》えたようなギラつく視線でナルを見すえる。薄い血の気のない唇《くちびる》がニッとあがった。
「ナル……!」
 ナルは後ろ手に腕をまわして、あたしを背中に抱えこむようにする。
「あれがこの学校の霊なら、なにもできない。だいじょうぶだ」
 言っている間にも電灯がまたたく。女の身体《からだ》が沈んでくる。白い着物の肩が、胸が。
 気の遠くなりそうな時間の果てに、女は天井から上半身を乗りだした。逆さまにぶらさがったまま、口元に陰惨《いんさん》な笑みをふくんでナルを見つめる。その眼の残虐《ざんぎゃく》な色。
 ……このまま降りてきたら……。背筋がゾッとする。あたしたちはどうなるんだろう……?
 そのとき、ふいに誰かが部屋のドアを開いた。
「ぼーさんっ!」
 ドアを押し開いてノブに手をかけたまま、ぼーさんは硬直する。天井から下がってくる女をみつめ、そうしてさっと指を組んだ。
「ナウマク、サンマンダ、バサラダン、カン!」
 ぼーさんの声とともに、女の身体がずるっと天井に引っこむ。髪の先が天井に消えると同時に、会議室の明かりがついた。

「なんだ……いまのは」
 ぼーさんが呆然《ぼうぜん》と口を開く。
 ナルはひどく冷静な声で、
「とうとう、ここにも現《あらわ》れるようになったらしいな」
 ……そんな、なんでもないことのように言わないでよぉ。
「……これで、原《はら》さんが今回はたよりにならないことがはっきりしてしまったな」
「のようだな」
 あたしはふたりの会話を聞きながら、その場にへたりこんでしまった。
 ぼーさんがあたしの頭を叩《たた》く。
「だいじょうぶか? 怖《こわ》かったか?」
「……うん……」
 怖かったのはあの眼。残忍な邪悪な眼だ。女はとうとう一度もあたしを見なかった。それが血に飢《う》えた眼で見つめていたのはナル。
 そう思って顔をおおったとき、頭の中をふっとイメージが通り過ぎた。
 ナルとその足元で燃える鬼火《おにび》。
「あ……」
「どうした、麻衣《まい》?」
 ぼーさんがあたしをのぞきこむ。
「あれは……ナルをねらってる」
「――なに?」
「この部屋じゃない。あれはナルに現《あらわ》れたんだ。あれは邪悪。ナルが危ない」 キョトンとあたしを見つめるぼーさんとナル。ナルがあたしのほうに身をかがめた。
「なんだって?」
「だから、あれは邪悪なの。学校中にいる鬼火。あれはその中のひとつなんだよ。ナルをねらっているの」
 ……あたし、どうしてしまったんだろう。なにを言っているんだ?」
「……麻衣、起きてるか?」
 自分でも自信ない、と思っているのにあたしの口は勝手に動く。
「起きてる。あたし錯乱したりしてない。
 自分でもなぜだかわかんないけど、わかるんだもんっ!」
 ぼーさんとナルが顔を見あわせた。

 落ちつくように言われて、イスに座《すわ》らされて、ぼーさんとナルに聞かれるまま、あたしは前に見た夢の話をした。もちろん、ナルが出てきたのは言わない。
「どうしてだかわかんない。でも、鬼火を見た瞬間、あれは絶対に邪悪なものだってわかったの。霊なんてもんじゃない、むしろ鬼だよ。ぜったいに危険なものなの」
 ナルは考えこむ。視線を床におとして。あたしにはその視線の先に、あの鬼火が見える気がした。
 そこにドヤドヤと足音と人声。みんなが戻ってくる音がした。
 ナルとぼーさんの説明を聞いて、みんなはいちようにキョトンとする。真砂子《まさこ》は顔色がなかった。このおそろしくプライドの高い霊媒《れいばい》は、いたく傷つけられてしまったようすだった。
「そんなはず、ありませんわ」
 真砂子の抗議する声は震《ふる》えている。
「霊がいるはずがありません」
「じゃあ、僕らが見たものはなんだと?」
「……わかりません。でも、それは霊じゃありません。ぜったいにちがいます」
 真砂子の眼に涙が浮かんだ。
「そうでなきゃ、あたくしは霊能力をなくしたことになります!」
 綾子《あやこ》が真砂子の背中を叩いた。
「霊には相性があるのよ。ここの霊はあんたと相性が悪いんだわ」
「……そんなこと……」
 真砂子は顔を両手でおおってしまう。
 綾子はその肩を押した。
「とにかく、相手の得体《えたい》がしれないんだからさ、夜は学校にいないほうがいいと思う。真砂子、帰ろう」
 真砂子はうつむいたまま、こっくりうなずく。
 あたしはひどく居心地が悪かった。まるで自分が真砂子の大切なものを横取りした気がして。真砂子はプロだ。しかも一流といわれた。これはさぞかしショックだろうと思う。 ナルは立ち上がった。
「綾子の言う通りだ。今日はこれまでにしたほうがいい」


四章 呪詛《ずそ》


     1

 その翌日。昼間とはいえ、あたしはなんだか気味の悪い思いで会議室にいた。みんなはまだ来ない。あたしは全員がやってくるのを待っていた。
 ドアがあいて、やっと来たかと思って振り向くと、顔をのぞかせていたのはタカと笠井《かさい》さんだった。
「あれ、今日もひとり?」
「みんなまだなの」
 あたしは妙にホッとする。あれはこの部屋に出たんじゃない。ナルに現《あらわ》れたんだと自分で言っておきながら、やっぱり信じきれないでいたから。
「まだって、もうすぐお昼だよ?」
「……うん。みんな疲れてるんだよ。あたしみたく、デスクワークしてるわけじゃないもん」
「ふうん……。仕事、はかどった?」
 あたしはあいまいに笑う。笠井さんは怪現象を自分のせいじゃないかと気にしてる。昨日の事件を話して、笠井さんに負担をかけたくなかった。
「お昼、食べた? よかったらいっしょに食べない?」
「……あ、あたしオベント持ってきてないの」
「だろうと思って」
 タカがナプキンの包みを差し出す。
「麻衣《まい》のぶんも作ってきたー」
「えーっ、うそっ! うれしー」
 ……きゃー、うるうる。
「へっへ。笠井センパイが、麻衣ってお昼ちゃんと食べてるのかな、って言ってたの。そう言えば、食べてるようすがないね、って話になって。で、今日はいっちょあたしが手作りのオベントを刺し入れしてみようかな、とか思ったわけ」
 う、うれしいよぉ。
「……いつもすまないねぇ」
「それは言わない約束よっ(ハート)」
「明日は、あたしが作ってくるから」
 笠井さんが笑う。
 
「……わるいよぉ、そんな……」
「いいって。それよかさ、昨日言い忘れてたんだけど」
 笠井さんはオベントの包みを開きながら、
「恵《けい》先生がさ、手伝えることがあったら言ってくれって。あたしも手伝うしさ、なんでも言ってよね」
「わお」
「感動してたよぉ。渋谷《しぶや》さんが陰陽師《おんみょうじ》だって話したら。やっぱ、一種あこがれあるもんねぇ」
「そうなの?」
「そうよぉ」
 タカが立ち上がっていきなり声をあげた。
「あたしはー、おぼーさんのほうがいいー」
 ハシを握《にぎ》って宣言すんなって。
「わーってるって。じつはミュージシャンも好きなんだろ?」
 あたしが突っこむと、
「うんっ」
「ベーシストだともっといいんだよね」
 笠井さんに言われても、
「うんっ(ハート)」
 はいはい。いいお返事だことで。

 三人で楽しくオベント食べて、食後にお茶をすすりながらバカ話をしてたところに、やっとナルのお着き。背後にリンさんを従えている。
「……笠井さん?」
「あ、こんにちは」
 彼女はナルに手をあげて、それからタカといっしょに立ち上がると、あたしに手を振った。
「じゃ、あたし行くわ。午後、体育だし」
「うん」
「本当に、手伝うことあったら言ってよね」
「ありがと、山のように仕事見つけとく」
「ばぁか」
 笠井さんは笑う。タカも、
「じゃ、がんばってねー」
 なんか言って、ふたりしてナルたちに頭をさげると出ていった。
「……へぇ。ずいぶん仲よくなったんだな」
 ナルが不思議そうにふたりを見送る。
「まぁね。人徳よ」
 言ってやったら、
「かもな」
 ……へ?
 あのぅ……。あたしとしては、皮肉が返ってくるのを予想してたんですが、心の中で身構えて、お返しの言葉まで容易してたのに。
 ナルはイスに身体《からだ》を沈める。その眼が少し赤い気がしてあたしは聞いてみた。
「眼、赤い。寝てないの?」
「ああ。朝まであいつとにらみ合ってた」
 ……あいつ……って。まさか……。
「……昨日のやつ?」
「うん。麻衣のカンは当たったな。ゆうべ、僕の部屋に出た」
 リンさんが、初めて聞いたというふうにナルを見つめる。
「わたしをお呼びくだされば、よかったのに」
「ああ……そうは思ったんだけどね。視線をそらしたらヤバい気がして。それで朝までにらみあってた」
 ……どうして、ナルってばそうなんでもないことのように言うわけ?
「壁《かべ》を叩けば聞こえました。どうして呼ばないんです」
「うん。まあ、……なにが起こるかなと……ちょっとした好奇心で。せっかく眠っているのを、起こすのも悪いじゃないか」
「ナル。なにかあったらどうするつもりだったんです」
「いや、もちろんまずい状況になったら呼んださ。べつになんでもなかったし……」
 ……めずらしい。私的な会話をするナルとリンさん。ちょっくらナルがあせっている気がするのは心の迷いだろうか。
「ねぇ、ナル?」
「ん?」
「つかぬことを聞くけど、ナルってリンさんといっしょのとこに住んでるの?」
「……そんなものかな。それが?」
 ……いや、べつになんでもないんですけどね。そうかー、そうなのかー。
 ナルってば、あたしに自宅の住所も電話番号も教えてくれないのよね(たいがいオフィスにいるから、知らなくても用は足りるんだけど)。どのへんに住んでいるのかさえ、さだかではない。へええ、一歩近づいた気分。
「あ、そーだ。笠井さんが、なにか手伝うことがあったら言ってって」
「彼女が?」
「うん。産砂《うぶすな》先生も」
「素人《しろうと》に手伝ってもらって、なんとかなる状況ならね……」
 ナルはウンザリしたようにつぶやく。
「素人じゃないんじゃない? 笠井さん、すごくいろんなことに詳《くわ》しかったよ。産砂先生からの受け売りだって言ってたから、先生はもっと詳しいわけだ」
「ふうん……」
「話してみると、いいひとだなぁ。笠井さんって、最初に生物準備室であったときは、怖《こわ》いひとかなと思ってたけど。あのときは、よっぽど神経がとがってたんだな」
 そう。先生相手に『呪《のろ》い殺してやる』だなんて。追いつめたのは教師たち。
「産砂先生も笠井さんも、モメてるときは本当に大変だったみたいよ。産砂先生ってえらいよねぇ。いまどきの教師って、自分の立場を悪くしてまで生徒のことかばったりしないじゃない? 先生は後輩だからって言うんだって。でも、それでも普通できないよねぇ」「産砂《うぶすな》先生が湯浅《ゆあさ》の出身?」
「らしいよ。この学校にいる女の先生って、たいがいそうなんだって。でね……」
 そこまで言ってから、あたしはふと、
「ねぇ、ナル?」
 少し心にひっかかったことを言ってみた。
「まさか笠井さんが、本当に呪《のろ》いをかけてるなんてことはないよね?」
 ナルはけげんな顔をする。
「ないだろうな。いくらPKでも、こんなに大人数の人間をどうにかしたりはできない。ましてや、被害者のところには霊が現れているわけだから……」
「呪いのワラ人形とかさ、そういうこともないよねぇ?」
 あたしが聞くと、
「優秀な超能力者は優秀な呪術《じゅじゅつ》者になれるという話だが……、それはないだろうな。ワラ人形を使うと言ったら、人形に釘《くぎ》を打つものだし」
 ふむふむ。そうだよね。
「人形に釘を打った場所が痛くなったりするんだもんね」
「……そう。ワラ人形のせいで霊が出没したりするなんてことは……」
 ナルは言いかけてはっとした。リンさんをふりかえる。そのリンさんもなにか胸をつかれた表情だった。
「リン……」
「その可能性はあります」
 え? なに?
 あたしはふたりを見比《くら》べる。なにがどーしたって言うわけ?
「なぜいままで気がつかなったんだ?」
「あのう……もしもし?」
 あたしが聞くと、ナルがふりかえった。なにかを言おうとしたとき、廊下《ろうか》からドヤドヤと足音が聞こえた。
 霊能者さまご一行のお着きだ。

     2

「ごめんねーっ」
 綾子《あやこ》は入ってくるなり、言い訳を始める。
「この破戒僧《はかいそう》が遅れちゃってー」
 綾子たちは、ぼーさんが車で拾って連《つ》れてきているのだ。ぼーさんが、苦《にが》い顔をする。
「俺だけのせいじゃねーぞ。真砂子《まさこ》が行きたくないなんて、ゴネるから……」 ぼーさんのとがめるような視線に真砂子は、
「あたくしは、ここに来たって役にはたちませんもの」
 完全にまだすねているようす。
 
「そういう松崎さんだって、お化粧に時間をとられて……」
「女の身だしなみよっ」
「身だしなみなら、迎えが来るまでに済ませておくべきですわ」
「あんたはいいわよ。化粧なんていらないんだから。アタシは、小娘とはわけがちがうの」
「素材の差ですわ。一センチや二センチ塗《ぬ》ったくらいで、あなたのお顔がどうにかなるとでもお思いですの?」
「なーんですってー?」
 にらみ合うふたりを、ナルが冷たい声で制す。
「いいかげんにしないか!」
 凍《こお》りつくような冷酷《れいこく》な眼。
「事態の様相がはっきりした」
 ナルが宣言すると、全員が眼を丸くする。
「……なんだって?」
 ぼーさんが身をのりだすのに、
「ここで何が起こっているのか、わかったと言ったんだ」
 全員がシンとしてしまった。
「これは呪詛《ずそ》だ」
 ……ずそ?
「ここでは人を呪《のろ》うための呪法《じゅほう》が行われている。それがすべての原因」
「ちょっと、待てよ」
 ぼーさんがあわてたように口をはさむ。
「呪いって……じゃ、誰《だれ》かがワラ人形でも作っているってぇのか?」
「少しちがうが、近いな」
 綾子も不審そうに声をあげる。
「だって、じゃあ、霊はどうなるの?」
「それについては問題はない」
「問題はないって……呪詛と霊と、どういう関係があるわけ?」
 ナルは全員を見渡す。
「人形に釘《くぎ》を打って人を呪う呪法は、もともと陰陽道《おんみょうどう》からきたものだ。これが神道、仏教、修験道に影響を与え、さらに民間呪術《じゅじゅつ》として確立した」
「……それは、そーだが」
「陰陽道《おんみょうどう》では、ひとを呪《のろ》う方法にふたつある。『厭魅《えんみ》』と『蟲毒《こどく》』だ。『厭魅』は人形や、呪う相手の持ち物を使った呪法。『蟲毒』は生き物を殺し、その恨みの魂魄《こんぱく》を使って相手を呪殺する。
 ワラ人形は前者、『厭魅』の術だ。
 陰陽道はもともと、中国にあった陰陽八卦《はっけ》の思想に由来する。『厭魅』も『蟲毒』も、もともとは中国に伝わった古い呪法……『巫蟲道《ふこどう》』にあった方法なんだ。陰陽八卦の思想に、中国の古い呪法が混合したもの……これが日本における陰陽道」
 ……ふむふむ。つまり、人形を使ってひとを呪うのは陰陽道から来ていて、それはさらに中国から来たものなのね? それで?」
「普通、人形に釘を打って人を呪うというと、釘を打った人間の恨みの念が、不思議《ふしぎ》な力で相手に伝わり、それによって害を行うと考えられがちだ」
「ちがうのか?」
「ちがうね。呪者《じゅしゃ》……呪いを行う人間は、人形に釘を打つことによって、神や精霊に呪殺をたのむんだ。それを受け入れて、神や精霊が相手を呪殺に向かう。これが『厭魅』のもともとの形。
 つまり、呪者は『厭魅』の法を行うことによって、神や精霊、果ては悪霊を使役することになるんだ」
「……ちょっと、悪霊って……」
 綾子が声をあげた。
「ということは、なに? 『厭魅』の呪法を行うと、不思議な力でなく、神様や悪霊が相手をひどい目にあわせに行っちゃうわけ?」
「そう」
 ナルが全員を見渡す。
 ……悪霊が相手をひどい目にあわせに行く……。
「それって……」
 あたしがつぶやくと、ナルがうなずいた。
「いま、学校で起こっているのは、まちがいなく『厭魅』だと思う。
 事件の様相はこうだ。
 誰《だれ》かがこの学校の関係者に対し、『厭魅』の呪法を行った。それによって、呪われた相手のもとに悪霊が訪れる。悪霊は一晩で相手を殺す力は持たない。相手を苦しめ徐々に死に導く。呪者の力量が足りなくて、相手を殺せるだけの霊を呼べないのかもしれないが。
 とにかく、そのせいで学校の中に変なことが起こっているというウワサがたつ。これに影響された神経質な人間が、自分にも霊的なことが起こっているとカンちがいしはじめる。その極端な例があのキツネツキの女の子だ。
 かくて、学校をあげての大騒動になってしまったというわけ」
「……なるほど」
 ぼーさんがうめいた。それから身をのりだすようにして、
「いったい、誰《だれ》が?」
 ナルに聞いたところで、真砂子が口を開いた。
「そんなもの、わかっていますわ。……笠井《かさい》さんでしょ」
 ……笠井さん?
 綾子《あやこ》もうなずく。
「でしょうね。自分の超能力を否定されて、おまけにつるし上げられて。自分をかばってくれた人たちもひどい目にあって。それで『呪《のろ》い殺してやる』なんて言ったわけじゃない? 言葉通り呪詛《ずそ》をやってたわけだ」
「そんな、笠井さんじゃないよ!」
 あたしは思わず叫んでしまってた。
「あらあ、なんで? ほかに誰かいるの?」
「笠井さんって、そんなひとじゃない。そんなこと、するわけない」
「ひとは見かけによらないってね」
「そんなの!」
 笠井さんのこと、知らないくせにっ。
「ほかのひとかもしれないじゃない! 先生や学生を恨《うら》んでるひとなんて、たくさんいるよ、きっと」
「どうだかねぇ。……ま、笠井さんを呼んで、ちょっと問いつめてみればはっきりするんじゃない?」
 綾子はあっさりと言う。
「そんなこと、させないからね」
「麻衣《まい》ぃ、なんなのよ、いったい」
「だって、ダメだよ、そんなの。笠井さんに動機があるってだけで、証拠もなしに逮捕《たいほ》しちゃうわけ? 笠井さん、それでなくても、超能力の件でつるしあげられて傷ついてるのに!」
 最初に会ったとき、人間不信で全身の神経をとがらせてた笠井さん。せっかく少し落ちついているのに、またあんなふうになったら!
 ナルがあたしを見つめる。
「いちばん怪《あや》しいのは笠井さんだ。
 被害者のひとり、吉野《よしの》先生は、朝礼で彼女をつるしあげた張本人《ちょうほんにん》だからな」
「……でも、ちがうもん」
『絶対と言えるか? 放っておいたら、死人が出るかもしれないんだぞ?」
 ……そんな。
 あたしはうつむいてしまう。そんなふうに言われたら絶対ちがうなんて言えな……。
 そのとき、あたしの頭の中をイメージがよぎった。うまく言えない。色のついた影のようなもの。なんだかわからないそれは、はっきり『ノー』と告げている気がした。
 あたしは顔をあげる。ナルをまっすぐ見返す。
 霊はやっぱりいた。ナルはやっぱり狙《ねら》われてた。あたし、自分を信じてみる。「笠井さんじゃないよ、絶対」
 綾子と真砂子が皮肉な笑い声をあげる。
「ばっかみたい!」
 あたしを見返すナルの漆黒《しっこく》の眼。
「……断言できるか?」
「できるよ」
「また、麻衣のカンか?」
「そうだよ」
 ……モンクある?
 ナルがふと眼をなごませる。
「いいだろう、信じてみよう」
「……本当に!?」
「麻衣には今回、カリがたくさんある。ここは麻衣を信用してみよう。
 笠井さんが犯人かもしれないという仮説は一旦おいといて、犯人を捜してみる」
 ……やった! ありがとう!
 綾子や真砂子は不満そうだ。
「ナル、本気なのぉ?」
「むろん」
 真砂子は綾子よりもさらに不満そうだ。
「犯人がわかるまで放っておくんですの?
 
 このままでは、死人が出ても存じ上げませんことよ」
「わかっている。呪詛《ずそ》をそのまま放ってはおけない。僕らは犯人を探す。みんなには人形を捜してもらいたい」
 全員がキョトンとした。
「なに?」
「かけられた厭魅《えんみ》を打ち砕く方法はふたつある。呪詛《ずそ》を呪者に返すか、あるいは厭魅に使った人形を捜して焼き捨てる。
 厭魅の法では、人形を相手の家や勤め先など、相手にとって身近な場所に埋《う》めるんだ。犯人がこの学校の関係者なら、人形の学校のどこかにある可能性が高い」
「それを捜せって? 俺たちに?」
 ぼーさんはウンザリしたようすだ。
「学校の敷地が、どんだけの広さとあると思うんだ? 隣接した学生会館の建設予定地まで含めると、とんでもない広さなんだぜ? それを全部掘り返せって言うのか!」
「少なくとも犯人が僕の人形を埋めたのは、この二、三日のはずだ。まだ埋めたあとがわかると思う」
 ぼーさんのうらみがましい眼つき。ナルは冷たい視線を返す。
「やりたくなければ、帰るか?」
「……やるよ、やりゃーいーんだろ」
 ぼーさんは肩をすくめる。
 ナルはあたしとリンさんをふりかえった。
「とりかかろう。来てくれ」

     3

 先に立って歩くナルを、あたしとリンさんは追いかける。午後の授業が始まった校舎の中はシンとしている。
「ナル! どこに行くの?」
「調べたいことがある」
 短く言って、ナルがむかったのは二-五の教室だった。
 タカのいる二-五のクラスは、現在移動授業中だったようだ。教室はガランとして誰《だれ》もいなかった。無人の教室はよそよそしい。ひとがいるときとは、まるで別物のようだ。
 呪《のろ》われた席。現在その席に座《すわ》っている子は、怪我《けが》をして入院中。
「どうするの?」
 ナルはものも言わずに机の中にいれたままになっていた持ち物を引っ張り出す。机の中をのぞきこみ、それから机をひっくり返した。
「……あった」
 ……あたしとリンさんは、机の中をのぞきこんだ。
 机の中の奥、正面に紙が張り付けてあった。ナルがその紙をはがす。そこにはさらにガムテープで人形の板が張り付けてあったのだ。
 ナルはその人形を引きはがした。リンさんに差し出す。
 リンさんはその人形をながめて、
「……よくできています。まちがいなく厭魅《えんみ》ですね。ただこれは……特定の個人を呪《のろ》ったものではなく、この席の所有者を呪うためのもののようです」
「だろうね」
 ナルはうなずいた。キョトンとしているあたしに向かって、
「この席は、特定の誰《だれ》かではなく、ここに座った人間を事故にあわせる。それで、呪われているのは、人ではなく机だろうと思ったんだ」
 ……ナルホド。
「この例をみると……陸上部の部室も、特定の個人ではなく、陸上部全体をねらったと考えられる。……行ってみよう」

 陸上部の部室のある長屋のような建物は、グラウンドの端にある。ナルは中をのぞいて、部室の床がコンクリート製なのに少し首をひねる。
「普通は床下の地中だな?」
「そうです。天井裏《てんじょううら》のこともありますが……」
 ナルはリンさんに言われて天井を見上げた。四角い板が張ってあるだけの天井。ナルはその辺のイスを引きよせて、上に昇る。部屋の天井板を調べ始めた。
「どれか、動くやつがあるはずなんだが……」
 ナルは天井板を叩く。ホコリが落ちてきて、あたしは眼をおおった。あわててうつむいてまたたく。そのとき、ロッカーの近くの床がひび割れて、少し持ち上がっているのに気がついた。
「……?」
 よく見てみると、床にはったコンクリートが割れて、そこが少し持ち上がっているのだとわかる。あたしは試しに少し浮き上がったコンクリートに手をかけてみた。
 ――動く。
 力をこめると三十センチ四方くらいのそのかたまりが持ち上がった。その下には地面が見える。
「ナル!」
 呼ぶとナルがイスから飛び降りてくる。あたしの示した穴を見て、真っ白な手で掘り返しにかかる。あたしは妙にもったいない気がして、あわててそれを手伝った。
「……あった!」
 すぐに指先が堅いものに当たった。あたしはそれを引っ張り出す。
 板を削って作った人形。そこに墨《すみ》で文字。泥で汚れて読めないけれども。
 ナルに渡すと、ナルはそれをリンさんに渡す。リンさんは何もいわずただうなずいた。 ナルはあたしをふりかえる。眼もとが微《かす》かに優しい。
「よくやった、麻衣《まい》」
 ……うわー、ほ、ほめられたぁ!
「やはり厭魅《えんみ》だ。まちがいない。あとは埋められた人形を回収しさえすればいい。今回麻衣は大活躍だな」
 ……えへへへー、ソレホドでも。
「回収がたいへんですよ」
 リンさんに言われて、ナルは手を叩いて泥を落としながら立ち上がる。
「そうでもないさ。犯人に聞けばいい」
「どうやって犯人を見つけます?」
「できなくはないはずだ。あの魔の席と陸上部をつなぐものが見つかればいい。その線の延長線上に犯人はいるはずだ」
「……はい」

     4

 リンさんはナルに何事か命じられ、調べものをするために出かけていった。あたしたちはタカを探す。
 授業中のところを、会議室にむりやり引っ張ってくると、キョトンとした彼女に簡単に事情を説明して、協力を求めた。
「いいけど……協力って、なにを?」
 タカが不思議そうに聞くのに、ナルは、
「あの席が呪《のろ》われていることについて、なにかこころあたりはない?」
「そんなこと言ったって……」
「じゃあ、質問の角度を変えよう。犯人はあの席に座っている人物に恨《うら》みを持ってた。――最初にあの席に座《すわ》っていたのは誰《だれ》?」
「一学期はよく覚えてないや。二学期になってからは、村山《むらやま》さんっていう子」
「その子があの席に座っていたのは、いつからいつまでの期間?」
 タカはちょっと考えこむ。
「えーっと、最初の席替えが九月の半《なか》ば。うち、毎月十五日に席替えするから。 だから、夏休みをはさんで、七月十五日から、九月の十四日までが村山さんのいた期間になるのかな」
 ナルはうなずいてメモをとる。
「彼女は事故にあったんだね?」
「うん」
「村山さんが事故にあったのは?」
「えーと、何日か忘れたけど、席替えの二、三日前。だから、最初はみんななんとも思わなかったのよね」
「そう……。犯人は、夏休みをはさんで七月十五日から九月十四日まで……二、三日前だから、……十一、二日か。その間に机に呪符《じゅふ》を張ってるわけだな。
 事故や病気が連続して起こり始めたのが九月の半《なか》ばだから、村山さんの前の人間は関係ないだろう。村山さんはこの間に、なにか犯人の恨《うら》みをかうようなことをしてしまったわけだ」
「……そんなこと言われてもねぇー」
 タカは首をかしげた。
「ほかの事故にあった被害者はどう?」
「うーん……」
 タカはますます首をひねってしまう。
「恨みを抱くくらいだ。犯人は村山さんを顔だけにしろ知っているはず。ということは、クラスの担当ではない教師やほかの学年の生徒は除外できる」
「それはちょっと……。だって担当でない先生だって連絡で来るし、他学年のひとだってクラブの関係で来ることもあるよ。げんに村山さんだって、文芸部のひとがけっこう出入りしてたもん」
 ナルはペンで机を叩く。
「じゃあ、陸上部はどうだろう? 陸上部が恨みをかっているのは?」
「……陸上……。なんか、グラウンドの使用権でソフト部とは小競《こぜ》り合いが絶えないって聞いてるけど。あと、うちは陸上とバレーが強いのね。そのせいで、バレー部とも仲が悪いみたい。それと……」
 タカはふと、
「陸上部は顧問《こもん》が現実主義者なのよね」
「……?」
「顧問の先生が、霊とか超能力とか、信じないひとみたいなの。そのせいか、部全体も否定的。沢口さんって、正課のクラブが陸上なのね。でもって、正課の陸上って、陸上部の人間はほとんどいるの。それで、ずいぶんいじめられてたらしいよ」
 ナルは少し考えてから、顧問の先生の名前を聞く。顧問は最初の日、車に幽霊が出ると言ってきて、そのあと事故を起こして入院している先生だった。
 
 ……沢口《さわぐち》さん……。
「沢口さんは、高橋《たかはし》さんのクラスに出入りをしてた?」
「……うん。ホラ、カサイ・パニックのとき……つまり、笠井さんがスプーンを曲《ま》げられるっていうんで学校が騒然になってるとき、笠井さんってひっぱりだこだったのね。廊下《ろうか》とかで姿を見つけると、みんなでクラスに引っ張って行っちゃって。沢口さんって、いつも笠井さんといっしょにいたし、うちのクラスにも何度か来たことがあるよ」
「そう……」
 ナルはつぶやいてから、
「最初に事故にあった村山さんは、超能力否定派? 肯定《こうてい》派?」
「……バリバリの否定派」
 タカは不安そうにナルを見つめた。
「そういえば、あたしたちが笠井さんを教室に連《つ》れて来たときとか、聞こえよがしにすっごい皮肉言ってた。笠井さんたちだけじゃなくてね、ほかの生物部の子とか、産砂《うぶすな》先生とかにまで。笠井さんを呼んできたあたしたちにも、はっきりモンク言ってたし」
 言ってから、あたしを見る。
「麻衣《まい》、……これが原因? 犯人は沢口さんなの? それとも……」
「……わかんない」
 学校にこなくなった沢口さん。先生につるしあげられて、学生からはいじめられて、とうとう学校にこなくなったあげく退学するという。
 自分を攻撃してきた人への恨みは強いだろう。あたしたちが学校にきた時にはすでに学校にいなかったので、あたしたちは沢口さんのこと、忘れてた。彼女だって鍵《かぎ》を曲げたのに……。ナルは言ってた。優秀な超能力者は優秀な呪者《じゅしゃ》になれるって。だとしたら、犯人は沢口さんでもいいんだ……。

     5

 ナルは、反笠井《かさい》派のひとたちの名前をタカに聞いて名簿に印をつけた。タカの知る限り、笠井さんを攻撃してたひとたち。
 タカを授業に帰らせたあと、あたしとナルはその名簿を見つめる。印のついた人たちは、全員呪詛《ずそ》に悩まされて相談に来ていた。
「やはりこれか……」
 ナルはつぶやく。
「……沢口さんが犯人?」
「わからない。麻衣には悪いが、笠井さんの可能性も高い」
「ねえ? 言いたくないけど産砂《うぶすな》先生だって動機はあるわけでしょ? 先生はどうなの?」
「なんとも言えないが……。しかし、呪詛《ずそ》というのは、誰《だれ》がやっても成功するというものではない。あらかじめ素養がないと」
「……超能力があるとか?」
「そう。霊能力があるとか。本格的な修行《しゅぎょう》をしたことがあるとか」
 産砂先生はどうだろう?
 超心理学にはくわしかったけど、本格的な修行をしたなんて話が出たことはない。
 そのほかにこの学校に、本格的な修行をしたことのあるひとなんているだろうか。超能力のあるひとは? 霊能力のあるひとは?
 ……どう考えても、いちばんあやしいのは笠井さんと沢口さん……。
 でもあたしは自分の直感を信じる。笠井さんは犯人じゃない。だとしたら残るのは沢口さんだけ……。
 ナルは立ち上がる。
「沢口さんに会ってみよう」
「……うん」
 あたしとナルは、先生に沢口さんの住所を聞きに行った。本人が学校に来ないのだから、家を訪ねてみるしかない。沢口さんの担任に住所を聞くと、先生は意外なことを言い出した。
「沢口は家出したらしいんです」
 この担任は笠井さんたちを攻撃した一派で、やはり行く先々で大きなラップ音がするのに悩まされている。
「昨日家から連絡があって、身の回りのものや、お金が消えているんで、たぶん家出したんだろうと。たしか今日、警察に失踪《しっそう》届を出すと言ってました」
 ナルは困惑したように黙りこむ。あたしは職員室を退出したあと、ナルとわかれて笠井さんを探した。
 クラスの前で笠井さんを捕まえる。あたしは彼女をその辺の空《あ》いた教室に引っ張りこんだ。
「沢口さんが家出したって」
 あたしが言うと笠井さんは少しキョトンとして、それからその場にしゃがみこんだ。
「……あたしのせいだ」
「ちがう。そうじゃないよ」
「そうだよ。……ミズホは学校をやめて、家を出て働くって言ってた。それじゃあの子は、最初から家出しちゃうつもりだったんだ……」
 笠井さんは膝《ひざ》の間に顔を埋《う》める。
「そうだよね、学校ではいじめられるし、家では学校に行けって、しかられるって言ってたもん。……あたしのせいだ」
「ちがう。笠井さんのせいじゃない。
 沢口さんはずるい!」
 え? というように、笠井さんがあたしを見返した。
「だってそうでしょ? 笠井さんは周囲に負けないってがんばってるのに。友達だったらいっしょにがんばるべきだよ。笠井さん、ひとりで学校に残して、自分は勝手に家出なんかしちゃって、笠井さん泣くのに、自分のせいだって悩むのに。それ、わかってるはずなのに!」
 ああっ、あたしムカムカする。どうして逃げちゃうわけ? 友達を残して勝手に逃げちゃうのよっ。
「笠井さんのせいじゃない。沢口さんが弱虫でずるいだけ。笠井さんだって攻撃されてるのに。でも、がんばってるのに。一蓮托生《いちれんたくしょう》の友達見捨てて逃げるひとのために、責任なんか感じる必要ないっ!」
 笠井さんはしゃがみこんだまま、ボロボロ涙を落としてあたしを見上げる。
「……あたしも、そう思ってたみたい……。いま、ちょっとホッとしちゃった」
「あたりまえだよ、そんなの」
 あたしが言うと、笠井さんは笑う。
「そうだよね。……すごい。麻衣《まい》ってば、すごく前向きなわがまま」
「うん。なんでもかんでも自分の責任だなんて思うような、おセンチ娘じゃないもん」
「……センチかぁ……。そうだよね」
「そうだよ」
 あたしは笠井さんの隣《となり》にしゃがみこんだ。
「ミズホは……学校に来なくなって、あたし何度も行こうって誘ったんだけど、やだって。最近は電話しても、あたしはお説教ばっかだって、だからやだって電話にも出てくれなかった。
 あたし、ミズホのこと心配だったけど、心のどっかで悲しかった。置き去りにされたみたいで、心細かった」
「うん」
 ……当然だよ、そう思って。
「最後に電話でしゃべったの、いつだったかなぁ。だいぶ前。そのとき、ミズホが学校やめて働くって言ってて、それで電話切ってから、あたし泣いたのね。
 自分でもなんで泣けるのかわかんなくて、ミズホにすまなくて泣いたんだって思ってた。
 でも、いまから思い返してみると違うな。あたし、ミズホに見捨てられた気がして、友達に裏切られた気がして、ひとりぼっちになった気がして泣いたんだ」
「うん」
「ミズホってば、ずるい」
「そのとおり」
「あたしは、負けないぞ」
「えらい」
「負けないでがんばって、ミズホが勇気を出して帰ってきたときの居場所をつくっとく」「笠井さんって……」
「うん?」
「さいこー」
 あたしが言うと笠井さんは笑った。
「こーんないい友達を見捨てるなんて、ミズホってば、馬鹿《ばか》だと思わない?」
「思う、思う。あたしがあとがまに立候補したいくらい」
「右側ならあいてるよ?」
「左は?」
「お馬鹿のミズホのためにあけとく」
「うん」
 あたしは少しの間黙《だま》りこんで、自分の足元を見つめていた。
「あたし、授業に行かなきゃ」
 笠井さんが立ち上がる。
「あんまし気にしちゃダメだよ」
「……ん。がんばる。麻衣もバイトがんばって」
 あたしに笑ってから、
「あっちのほうもね」
「あっち?」
「シブヤさん」
 ……あーう。だからぁ、それは……。
「ミャクありそ?」
「ぜーんぜん。でもさー」
「でも? なに?」
 えへへー。役にたってるってほめられちゃったー。
 あたしがその話をすると、
「へー。まったく望みがないわけでもないじゃん」
 
「……かなー?」
「だいじょうぶ。ファイト」
「笠井さんもね」
「まかしといて」
 あたしたちはクスクス笑いあった。
「んじゃ、本当に授業に行く」
 笠井さんは手をあげる。あたしも手をあげて、それからふと、
「ね、笠井さん?」
「ん?」
「沢口さんと長いこと話してないって言ったよね?」
「だけど?」
「じゃ、沢口さん、いまの学校の状況とか、あたしたちが来たこととか知らないんじゃないの?」
 笠井さんは少し首をかしげて、考えこんだ。
「……たぶん……知らないと思うな……」
 あたしは言うチャンスがなかったし、恵《けい》先生の電話にも出ないって言ってたから、たぶん知らないと思う。
 教えてあげられればよかったな。あたしたちを攻撃してたひとがみんな幽霊に会って、ちょっと態度変わったのに。そんなに攻撃的じゃなくなったし、吉野《よしの》先生のこととかさ」
「うん……」
 あたしは生《なま》返事をした。
 ……そんなことが言いたかったんじゃない。
 ちょっと喉《のど》がつまる思いで、あたしはさらに聞いてみた。
「産砂《うぶすな》先生って……霊が見えたりする?」
 笠井さんは首をふった。
「どうして? できたらとっくに麻衣たちを手伝ってるよ。
 恵先生は、実践の才能はないんだって。理論だけで」
「本格的な修行とかしたことないのかな」
「聞いたことないな……」
 あたしは、頭をはたかれた気分だった。産砂先生は呪詛《ずそ》をする才能がない。すると、残るのは沢口さんと笠井さん……。
 でも、沢口さんはナルが学校に来たことを知らなかったんじゃないの? つまり、沢口さんは、ナルに呪詛をかけられないんじゃないの!?
 かける理由がない。ナルの存在を知らないんだから。
 じゃあ、ナルのところに幽霊が現れたのはなぜ? あれが単なる幽霊のはずがない。あれは厭魅《えんみ》だ。厭魅の法で呼ばれた悪霊。
 では、沢口さんも、犯人ではありえない。

     6

 会議室に戻って、ナルにそのことを言うと、ナルはポカンとあたしを見つめた。
「麻衣《まい》、今回はどうしたんだ? えらく役にたってくれるじゃないか」
 ……悪かったな、いままで役にたたなくて。
「その通りだ。沢口さんは犯人ではない。
 だいたい、なんで僕のところに呪詛《ずそ》が向かってきたんだ?」
『ナルが邪魔《じゃま》だからじゃない?」
「邪魔?」
「だって、ナルは学校の怪事件を解決にきたわけじゃない? 自分の邪魔になるんで、犯人はナルを排除しようとしてるわけ」
「……だったら、僕だけに呪詛をかける必要はない。僕ら全員にかけるべきだと思わないか? 呪詛をかける必要はない。僕ら全員にかけるべきだと思わないか? 呪詛をかけるんだったら、僕でなくせめてこの会議室にするべきだ」
「それは……」
 ああ、そうか。あたし、わかった。うん、そうよ。きっとそう。
「つまり、この学校で起こっていることは、呪詛なわけでしょ? 呪詛って陰陽道《おんみょうどう》からきてるんだよね? と、言うことは、陰陽師は呪詛を打ち破ることができるってことじゃないの?」
「……そうだね」
「だからだよ。ナルは陰陽師だから特に自分にとって邪魔なんで……」
「僕が? なんだって?」
「陰陽師」
「なんでそうなるんだ?」
 ……ぱちくり。なんで……って。
「……ちがうの?」
「ちがう」
 えーっっっ! そんなぁ!!
「だって、こないだの事件のとき、人形使ってたじゃない! あれは陰陽師《おんみょうじ》にしかできないことだって、ぼーさんが……」
「あれを作ったのはリンだ」
 ……リンさん……。
「……リンさんが、陰陽師《おんみょうじ》なの?」
「そういうことだな」
 ……なんだってぇ? じゃあ、ナルはやっぱり、単なる心霊研究家なわけ? なんとなく……がっかり……。
「そんな誤解を犯人がするはずがない。
 もし、僕が実際に陰陽師だとしても、それを知る方法があるとは思えないし……」
「あたし、言っちゃった……」
「え?」
「ナルは陰陽師だって」
「……誰《だれ》に?」
 どうしよう。
「……笠井さん……」
 ナルはあたしの顔をマジマジと見つめてから、天井《てんじょう》を仰《あお》いでため息をついた。
「つまり……笠井さんは僕が陰陽師だと誤解しているわけか。麻衣、ということは……」「うん。わかってる。笠井さんが犯人である可能性が高くなったってことよね」
「笠井さんは犯人ではないと言ったのは、おまえだ」
「うん」
「信念は変わらないか?」
「ひとつ聞きたい」
「なんだ?」
「ひとが自分も知らない間に呪詛《ずそ》を行ってしまうなんてこと、あると思う?」
 たとえば無意識のうちに。たとえば夢うつつのうちに。
「ありえないだろうな。特に厭魅《えんみ》では……」
「じゃ……変わらない」
 ナルは軽く指先で机を叩いた。
「いいだろう。もう一度だけ麻衣を信じてみよう。……ただし、次に笠井さんが犯人であることを暗示する証拠が出てきたら、承知しないぞ」
「……うん」
 笠井さんじゃない。そんなはずがない。
 ナルは立ち上がった。
「僕は調べものをしてくる。麻衣はみんなを手伝って、人形を探せ」
「ラジャー」


五章 ヒトガタ


     1

 あたしはまず、みんなを探した。霊能者の集団は、現在体育館のまわりを捜査中だった。あたしが綾子《あやこ》を見つけてかけよると、ちょうど、ジョンが体育館の床下から顔を出した。

「ジョン! 泥だらけじゃない!」
「はぁ……」
 ジョンは四つんばいで狭《せま》い通気孔《つうきこう》からはいだしてくると、困りきった表情で起きあがる。
「ダメです。ここにもありません」
 綾子と真砂子《まさこ》がため息をついた。
 
 ジョンのあとから、ぼーさんもはいだして来る。
「本当にあるのぉ? 人形なんて」
 疑わしそうな綾子に、あたしは魔の席と陸上部の部室から見つかった人形の話をしてやった。全員が考えこんでしまう。
「やっぱり、厭魅《えんみ》か……。しょーがねぇな」
 ぼーさんはうなってあたしたちを見渡す。
「床下はこれで終わりだ。床下にないとなると、校庭のどっかだろう。手分けして、しらみつぶしにあたるしかねぇな」
 綾子が悲鳴をあげる。
「もーっ、なんだってこんなカッコ悪いことしなきゃなんないのぉ!? 服だって汚《よご》れちゃうし。爪《つめ》だって折れちゃうわよぉ」
「そりゃ、おたがいさまだ」
「あら、いっしょにしてほしくないわね。
 この服、いくらしたと思うの? インゲなんだからねっ。学校からクリーニング代、出るんでしょうねぇ」
「あら、たかがウールじゃございませんの」
 真砂子が皮肉っぽく言う。
「あたくしなんか、絹なんですのよ」
 真砂子は着物を見おろした。
「こんなとこに、そんなもんを着てくるほうが悪いのよ。身動きはとれないし、気は遣《つか》うし」
 ボディコンにハイヒールの綾子に言われちゃ、真砂子も腹がたとうというもの。
 女ふたりがお互いの着るものについてケンカを初めてしまったので、あたしは衝撃の事実というやつを投げこんでやることにした。
「ところでさー、ナルは陰陽師《おんみょうじ》じゃないってよ」
 ぴた。
 ほーら、騒ぎがしずまった。
「ナルが……ちがうって?」
「うん。陰陽師はリンさんのほうだって」
「うそ」
「本人が言ってたもん」
 ぼーさんがあたしにかがみこむ。
「んじゃ、何か? ナルはなんの役にたつんだ?」
「知らない。でも、いつも役にはたってるじゃない?」
「そらそーだが。するとあれか?
 やつが頭脳労働担当で、俺たちが肉体労働担当……」
「じゃないの?」
 どっかのおめでたい漫才師みたいね。
「どーして俺が、自分で除霊もできないようなやつに使われなきゃ、ならないんだ?」
 ナルのほうが頭いいからではないでせうか。
「あら、アタシだってそうよ!」
 ま、綾子は惚れた弱みというやつやね。
「まぁまぁ」
 例によって、その場の収拾にあたるのはジョンだ。
「渋谷《しぶや》さんは、超心理学者やから。
 ひとりの本格的な研究者がいるから、ボクらバランスとれるのとちがいますか」
 ぼーさんも綾子も不満そうだ。
 あたしはポンとジョンの背中を叩《たた》いた。
「そのとーり。さ、ジョン人形捜しに行こう」
 あたしが言うと、綾子が、
「そーいや、もうひとりいたわね、役たたずが」
「あら、あたしのこと? あたし、役たたずじゃないもーん」
「きっぱり言うじゃない?」
「ふっふっふ。あたしは第六感のオンナなのよぉ」
 ナルにだってほめられたもん。今回は役にたってるって。
「さー、ジョン、行きましょー」
 キョトンとしたジョンの背中を押して、あたしはその場をあとにした。

     2

 途中でジョンとわかれて、あたしはひとり校内を捜索する。
 学校のどこかに、厭魅《えんみ》をおこなっている人形があるはず。あたしはていねいに校庭を見ていく。植木の陰、花壇まで。見ただけでもわかるはずだ。少なくとも、ナルの人形はつい最近埋《う》められたはずだから。
 あたしは西側のフェンスぞいに歩いて、グラウンドの反対がわにある空《あ》き地までやってきた。もとは学生会館があったらしいんだけど、それはいま取り壊《こわ》されて単なる空き地になっている。丈の高い雑草が枯《か》れていた。間に群生するセイタカアワダチソウ。そこにコンクリートのガレキが放置されてて、ボロボロになった鉄筋が突き出している。
 ここらでちょっとひと休み。フェンスにもたれて、あたしはその風化したような風景をみつめる。風が吹いて、雑草の草むらからカラカラ乾《かわ》いた音がした。
 ここだって校内の一部だよねぇ。この空き地を探すんでしょうか。それはあまりにたいへんだぁ。
 いちおうフェンスで入れないようにしてあるからなぁ。ひととおり校庭を捜してからにしたほうがいいかな。
 西日があたる。陽《ひ》のおちるのが早くなったな。そう思って空き地をながめていた。
「……?」
 あたしはふと首をめぐらす。どこかで子供の泣く声がした。フェンスぞいに歩いてみる。セイタカアワダチソウの陰のあたりに、放り出された赤いランドセルが見えた。あたしは身を乗りだして声をあげる。
「誰《だれ》かいるの!?」
 泣き声が微《かす》かに強くなった。
「どうしたの、ねぇ!?」
 返事はなかった。あたしはあたりを見回した。フェンスに破れ目はない。えい。あたしは自分の背丈以上もある金網によじ登る。勢いよく飛び降りるとランドセルのところに走った。
「誰かいるの!? どこ!?」
 大きな声で呼んだとき、近くで微《かす》かな声が聞こえた。あたしは立ち上がって、あたりを見回す。すぐ近くに、建物の残骸《ざんがい》らしいコンクリートの床が広がっているところを見つけた。
 声はその方向から聞こえた気がする。あたしはそこまで走ってみた。
 コンクリートの床の表面に大きなキレツがあった。幅五センチくらいのキレツが三メートルほど続いている。
 あたりをもう一度見渡したときだ。
『……助けて……』
 微かな声。あたしはキレツに耳をよせた。
「誰《だれ》かいるの!? 誰!?」
『…………』
 細い声が何か言う。聞き取れない。でも中に人がいるのはたしかだ。この下に地下室でもあるんだろうか。
 どうしたもんだろうとあたりを見回す。地下室へ降りる階段があるはずだ。
 コンクリートにへばりつくようにして生《は》えている雑草の群《む》れをかき分ける。どこかに、階段が……。何気なく歩いていると、足が堅《かた》いものに触《ふ》れた。見ると、マンホールだ。
 なんでこんなところに、マンホールがあるんだろう? 重そうな鉄の蓋《ふた》は半分くらいずれていた。
「……誰か、いる!?」
 あたしはマンホールの中に向かって叫ぶ。なかから小さな声が返ってきた。
 ここだ!
 この中に人が落ちたんだ。たぶんあのランドセルの持ち主。小学生の女の子。
「だいじょうぶ!?」
 呼びかけながら重い蓋《ふた》を押し退《の》けた。中に光が入る。
 穴の中はあまり広くない空間だった。四畳半よりひとまわり大きいくらいの広さ。ただし、深い。明かりの加減で底は見えなかった。マンホールから鉄梯子《ばしご》が降りていて、その空間の隅のほうに小さな影がうずくまっていた。薄暗くてよく見えない。でも、子供だ。
「だいじょうぶ!?」
 もう一度声をかけると、その子が顔をあげた。助けて、と小さく叫ぶ。ケガでもしているのか、動けないようす。顔をあげるのも力のない仕草《しぐさ》だった。
「どうして、そんな所に……。待ってて、いま人を呼んでくる!」
 あたしを呼び止めるように悲鳴がした。
「助けて、助けて、助けて!」
 あたしはたたらを踏《ふ》む。梯子があるんだから、降りるのは簡単。でもあの子をおぶっては梯子を昇れない。
「待って! すぐに助けてあげるから!」
 あたしの声に、女の子の悲鳴めいた泣き声が強まる。
 どうしよう。あたしも下に降りてあげようか。穴の中は真っ暗で、こんなところにひとりで、しかも怪我《けが》してたひにゃ、たまらんだろう。下に降りて、はげまして落ちつかせてからまた上がってくればいい。
 そう思って穴の縁《ふち》に腰掛けて中に足を降ろしたときだ。
「麻衣《まい》!?」
 遠くから強い声で呼ばれた。
 あたしはあたりを見回した。フェンスのむこうにナルの姿。
「さぼるな。何をしている」
 
「ここに子供が落ちてるの!」
 ナルがすこし首をかたむけた。
「……子供?」
「そう! あの……」
 あたしはランドセルを指さそうとして、ポカンとした。
 ……ない。
 そんなバカな。さっきはたしかにあったもん。あの草むらのあたりに、赤いランドセルが……。
 その瞬間、鉄梯子《ばしご》にかけていた足を踏み外《はず》した。
「きゃぁぁっ!!}
 とっさに両手をふんばる。マンホールの縁《ふち》に両ひじを突っ張って、あたしは落ちるのを耐えた。
 ちょっと待ってよ、冗談じゃないっ! 穴の底に落ちたり、井戸《いど》のそこに落ちたりするのは人生に一回あれば十分だってばっ!!
「麻衣っ!」
 いつの間にかフェンスを越えたナルがかけよってくる。あたしはとっさに助けを求めて手を伸ばした。
「……ナ……!!」
 ――大まぬけだ、あたしはっ!
 片手をあげた瞬間、あたしの身体《からだ》を支える力は半分になったわけで。
 ガクンと傾いて穴の縁に背中をぶつける。そののいたみに息をつめた瞬間、腕から力が抜けしまった。
 フッと体重をささえていたものが消えた。
「……きゃあっ!」
 必死にマンホールの縁をつかむ。コンクリートのささくれだった表面が掌《てのひら》を引っかく。パラッと手元から小石が降ってきて、あたしは思わず眼をつぶって顔そむけた。
 すっとバランスの崩《くず》れる感覚。縁をつかんでいた手がたよるものを取り逃がす。
 ……うそ。
 落ちる
 自分のまわりだけスローモーション。すうっと血の気が引いた瞬間、壁《かべ》にたたきつけられた。ドンという鈍《にぶ》い音。
 ……なに。
 腕に痛み。ギシッと肩が鳴る。
 あたしは落ちてない。空中にいる。腕を引っ張る力。あたしの腕にかかった手。
「……ナル!」
「……この……馬鹿《ばか》……っ!」
 穴からほとんど身を乗り出して、両手であたしの腕を引っ張っているナル。
 ずるっとジャケットの袖《そで》がずれる。身体《からだ》が落ちる。腕に食いこんだナルの手の感触が強くなる。
「落ちついて足場を捜すんだ」
 上《うわ》ずった声。
 重そう。あたしは変に落ちついて思ってしまう。重いよね。あたし四十と、んキロあるもん。ナルはけっこうそのくらいの機材を担《かつ》いだりしてるけど、担ぐとぶら下げるじゃ大違い。どっちかというとやせぎすのナルの細腕じゃつらかろう。
 冷静にそう考えたとき、サッとぶっとんだものが帰ってきた。瞬時に血の気が引いて、全身の毛が総毛立つ。
「落ちる、落ちる、落ちるーっっ!」
「落ちつけ……っ 足場を捜すんだ!」
 足場? 足場?
 あたしは足で空間を探る。コンクリートのザラザラした壁面をつま先でとらえる。
 ナルに引っ張られたほうの肩が抜けそうだ。手首をかえしてナルの腕をつかみ、あたしは必死で足を伸ばす。ぐっと身体《からだ》をそらすと、つま先が堅いものに触《ふ》れた。確認する。鉄の棒のようなもの。
 そうか、梯子《はしご》があるんだ。
「梯子がある」
 あたしが言うとナルが伏せていた顔をあげた。
「昇れるか」
「……うん」
 言って足を梯子にかける。自由なほうの片腕で梯子の縁をつかむ。ホッとして、体重を乗せた瞬間、梯子の段が落ちた。ふたたびスッと身体を宙に放り出されて、それからガクッと腕に衝撃。
 ナル、重いもん持たせてごめんっ。
 のんきなことを思った瞬間、あたしはナルの腕をつかんだまま、もののミゴトに落下を開始していた。

     3

 背中に激しい衝撃。その痛みであたしは我にかえった。すぐ真上にポカンと白く見えるのは……あれはマンホールの穴かなぁ。こうして見ると、あきれるほど近い。いさぎよく飛びおりれぱよかった。
 ジャリジャリ音をたてて起きあがる。ずきずきするけど、身体に異常はない。と、同時にあたしのわきにあった影も身を起こした。
「……だいじょうぶか?」
 げ。ナル。
「……うん。ナルも落ちちゃったわけ?」
「おまえが手を放してくれたら、落ちずにすんだんだがな」
 ……それは失礼をば。
「ナルこそ、だいじょうぶ?」
「……自分の体重を考えろ」
 ……すいません。
 肩を押さえてうずくまったナル。
「痛い? どっか悪くした?」
「うるさい」
 ……どうも、あいすみません。
 あたしはあたりを見回した。コンクリートでできた狭《せま》い部屋。そこら中に、穴から落ちてきたんだろうか、コンクリートのかたまりや折れ曲がった鉄筋が散乱してて針の山のようなありさま。あたしはしみじみゾッとする。あたしとナルはちょうどそういうガレキの間の、たまたま小石しかないわずかの空間の上に落ちたんだ。もし、あちこちに乱立しているガレキの上に落ちていたら。
 闇《やみ》に眼がなれる。天井《てんじょう》の端にマンホールがあって、そこから梯子《はしご》の残骸《ざんがい》が降りている。穴から一メートルもないくらいのところで、ちぎれて切れてしまった梯子。下の方にこれまた一メートルくらい残った梯子に触れると、たいした力もかけてないのに、ボロリと折れた。天井までの高さは四メートル以上。梯子がこのありさまでは、昇ることは不可能だろう。
「ねぇ、ナル、すぐに誰《だれ》か助けがくるよね」
 あたしはまだ肩を押さえてうずくまっているナルをふりかえる。
「来るんじゃないか……? いずれ」
 やっとあげた顔。額に髪が張りついている。
「いずれ……って!」
「ここにくることを誰かに言ったか?」
「……言ってない」
「僕もだ」
 ……そ、それって……。
「ここに閉じこめられたわけ?」
「そういうことになるな」
「ねぇ」
 あたしは頭上でちぎれた梯子を振り仰《あお》ぐ。
「あたしが踏み台になったら、ナル、昇れないことはないよね」
「あとでな」
「……そんなに腕、痛い?」
「うるさい」
 しゅん……。
 言いつつも、梯子《はしご》は腐食してて全然たよりにならないわけだし、たとえあたしの頭の上にナルが立ったとしても、穴までは手の届く高さじゃない。
 ということは、なに? あたしたち、誰《だれ》かに見つけてもらえるまで、ずーっとここに閉じこめられるわけ?
 どうしよう。グラウンドの端にある広い空き地。ここから叫んだところで声を聞くひとはいないだろう。
 ためしに叫んでみた。ワァンと声が反射する。こだまが静まったあとには頭上で微《かす》かに鳴る風の音が聞こえるだけ。
 ……水、ない。
 ……食料、もちろん、ない。
 ツンとまぶたが熱くなった。
 あたしのせいだ、どうしよう。
「なんとかならないの?」
 あたしの声にナルはぼーっと顔をあげる。
「なんとかなる状況に見えるか?」
「……見えない」
「なんだってこんなとこにいたんだ」
 淡々としたナルの声。あたしはあわてて事情を説明する。
 ナルは闇《やみ》みたいな眼を伏せてじっと聞いていた。そして、
「……ついに麻衣《まい》も狙われたわけか」
 
 ……あたし?
 穴の中にうずくまっていた子。もはやこの中には誰の姿もない。
 あれが人間のわけがない。暗くて底のようすが見えなかった。なのにあの子の姿だけ、なぜ見えたの?
 あらためて、ぞおっと全身が総毛立った。
 この学校で幽霊が出ると言ったら、もはや状況は決まっている。あれは悪霊。厭魅《えんみ》によって呼び出された。
 どっと涙が出てきた。泣くようなことじゃない。でも、とまらない。
「泣いて事態が変わるのか?」
 ナルの無表情な声。
「変わらない」
「だったら泣きやむんだな」
「冷たい」
「理性的と言ってくれ」
「冷たいよ! もし、このままここで死ぬことになったらどうしてくれるのよっ」
 このまま夜になって、またあの子が現《あらわ》れたら! 今度こそはっきり害意を露《あらわ》にしてくるかもしれない。それどころか、ナルだって狙《ねら》われてるわけで。あの子にくわえて、あの女まで現れたら、どうしたらいいのよっ!
 ……ああ、これは八つ当たりだ。わかっちゃいるけど、やめられない。
 ナルはうんざりしたように黙りこむ。
 それきりあたしの方を振り向いてもくれない。ちきしょー、このやろー。かえして、もどして、あたしの青春。こんなところで死ぬためにアルバイトしてたんじゃなーいっ! そーよ、そもそもはナルのせいなのよ、ナルがいて、そばにいたくて、それでバイトをはじめて……ナルと心中するためにバイトをしたわけじゃ……ん? まてよ。
 暗い密室にナルとふたりっきり、という言い方もできんじゃない、この状況。
 あらら、ラッキーかもしんない。
 ナルがふと忍び笑いをもらした。
「浮上したか?」
「……した」
 ナルが笑う。あ、おしいな、そのまんまもうちょっと眼もとをなごませてくれたら、夢の中のナルそのままなのに。
「浮上したの、わかった?」
「わかる。麻衣は、まず落ちこむんだ。それから怒《おこ》る。そうすると気分が持ちなおして前向きになる」
「……そんなにはっきりわかっちゃう?」
「そのまま顔に出るから」
 ナルの笑い。そ、そうか。あたしってそんなに顔に出ちゃうのか。はずかしーなー。
 思わず顔をおおってしまう。
「麻衣」
 ナルに呼ばれて顔をあげる。ナルが五百円玉を指先に掲げていた。
「??」
「ペットを紹介してやろうか」
「ペット?」
 んなもん、いるの?
「ここに」
 ナルの視線はコインに向く。……ペット? そのコインが? 暗いぞ、おまえ。
 ナルはピコッとコインをお辞儀《じぎ》させる。
「……あのねー」
 これは冗談の一種だろーか。だったら、やめたほうがいいぞ、ナル。あんたに冗談って似合わない。おそろしくはずしたギャグ。
「馬鹿《ばか》にしたな」
「したとも」
「これだから頭の悪い人間は困る」
「なによー」
 ナルがコインを握《にぎ》りこむ。
「ほら、おいで」
 呼ぶとすぐに、ピコッと握った指の間からコインが顔を出した。
 ……あのねぇ。あたしだって、できるよそんなこと。
 コインはすぐに手の中に引っこんでしまう。
「おや、麻衣が嫌いなのかな」
「……なにをおっしゃるやら」
「隠《かく》れた」
「……手の中にいる」
 そう? というふうにナルが右手を開く。いない。
「えーっ、そんなはず、なーい!」
「でも、いない。言い忘れたが、この子には特技があるんだ。テレポーテーション」
「ちがーう、ナルが隠《かく》したんだもんっ!」
「隠してない」
 ナルが左右の手を綺麗《きれい》な手つきでひっくり返す。どこにもいない。
「そんなー」
「ほら、こい」
 ナルが呼ぶと、ふたたび軽く握った拳《こぶし》の、親指のほうから出てきた。
「ええーっっ」
 コインくんは、出てくるなりふたたび握り拳の中に隠れてしまう。ナルが話しかける。「このおねーさんは、短期、短慮で言葉遣いも乱暴だがおまえを取って食べたりはしない」
 言い聞かせると親指の間から顔を出す。
「あのねーっっ」
 パッとひっこむ。
「麻衣が怖《こわ》い声を出すから、また隠れたじゃないか」
「ちがーうっっ、あたしのせいじゃないっ」
「出ておいで」
 ナルが呼びかけながらそのへんをパタパタ叩《たた》いて捜す。
「いた」
 ナルの腕の、ひじのあたり。ヨシヨシ、とナルが撫《な》でてやるとコインが顔を出す。
「どーしてぇ?」
「この子は、優《やさ》しい人がわかるんだ」
「うそだよっ」
 あたしよりナルが優しいなんてありえないっ!
「そうか? よし、じゃあ、麻衣のとこに行きなさい」
 コインくんに言い聞かせてポンと宙に放る。あたしはコインくんを受けとめようとして……いない。消えてしまった。
「ナルのいじわるっ! 投げなかった!」
 そう? というようにナルが両手をひっくり返す。コインくんはいない。
「えー、どーしてーっっ!!」
「よほど麻衣が怖《こわ》いんだ」
 そんなことはないっ。ん? ……あたし、マジになってないか? これって……手品なんじゃ……
 ナルは今度はコインをえりの裏から引っ張り出す。
「……うまいねぇ」
 あたしが言うと、
「おや、手品だとでも?」
「そうなんでしょ?」
 どうかな? というようにナルがコインをふりかえる。と、
『ハロー』
 げっ! ……コインがしゃべった!
「麻衣が怖いのかな?」
 ナルが聞くとか細い、まるで内気な子供みたいな声で答える。
『……ウン』
「ほら、怖いって」
 ……あんぐり。
「怖がらなくてもいい。麻衣は見てくれほど怖い人間じゃないから」
『……ホント?』
「本当」
 言いたい放題言ってくれるじゃない?
 
 これって……ひょっとしなくても腹話術ってやつじゃないの? すごい! わかって見てても、コインがしゃべっているようにしか聞こえない! よくTVでやってるじゃない、人形を抱えてやってる腹話術師。こう言っちゃあ悪いけど、あんなのとは比《くら》べものにもならないっ!
 ポンとナルがコインを放る。コインはストンとあたしの膝《ひざ》の上に落ちた。
「すごい……」
 ナルの微《かす》かな笑い声。
「もっとやって、とか言ったらだめ?」
「ダメ」
「おねがいっ!」
 ナルが壁《かべ》」にもたれる。
「今日はこれ以上複雑なことはできない」
「腕……痛い?」
「道具を持ってない」
 そう言った顔色が悪い。
 いじっぱり。痛いときは痛いって言えばいいのに。
「ねぇ? もしあたしがナルを足げにしたら……やっぱりおこる?」
 ナルを踏み台にしたりしたら。
「おこる」
 ニベもない口調で言ってから、しようのないやつだな、と小さくつぶやいた。
「なんとかなる。心配するな。ほかの連中はともかく、リンならここを見つけられる」
「……ほんと?」
「ああ。もうすぐ陽《ひ》が落ちる。全員が集まって、それでも僕らが現れないということになれば、少なくともリンは不審に思う。だいじょうぶだ」
 言ってナルは身体をガレキにあずける。眼を閉じかけて、すぐに眉《まゆ》をひそめて天井を振り仰《あお》いだ。

     4

「……来た」
 え?
 あたしはつられて顔をあげる。ナルが凝視《ぎょうし》する天井《てんじょう》を見上げた。
「どうしたの? リンさん?」
 言って、ナルがひどく緊張しているのに気づいた。天井を見つめたままあたしの方に手をのばす。
「麻衣《まい》、そばにいろ。なにがあっても、離れるんじゃない。落ちついて」
 ドキンと心臓がなった。
 まさか……来たというのは……。
 天井でザワと何かが鳴った気がした。薄い闇《やみ》を切り裂《さ》いて、真っ暗なものが降りてくる。
 ……あいつだ!
「……ナル」
「だいじょうぶだ。まだ、一日や二日でそんなに成長するものじゃない。危害は加えられないはずだ。うろたえて自滅するなよ」
「……うん……」
 天井に白いものがともった。わずかに燐光《りんこう》を放ってみえるのは、女の額《ひたい》。逆さに落ちてくるあの女の。
 あたしたちが固唾《かたず》を飲む中で、女が天井から首を出した。光る眼。口元に何か太い棒をくわえている。木製の長さ三十センチくらいの棒。まるで縦笛でもくわえているように。
 ズルズルと音を立てるような速度で、女は天井から降りてくる。だらんと手を垂《た》らしたまま逆さまに降りてくると、腰のあたりまで降りてきたところでふと笑みをつくった。
 そうして女はくわえた棒に手をかける。棒をつかむとそれをゆっくり引き出しはじめた。
「……!!」
 あたしは思わず立ち上がりそうになって、ナルにひきとめられる。
 いやだ。女が口の中から引きずり出そうとしているあれは……鎌《かま》だ……。
 女は喉《のど》の奥から黒光りする鎌を引きずり出す。鋭利《えいり》な刃が下の唇《くちびる》を切り裂いて、赤いものが臘《ろう》のような顔を汚す。頬《ほお》から眼へ、額に流れて、髪の先からぬっとりとした血がしたたり落ちた。
 いやだ、いやだ、いやだ! こんなものは見たくない!
 心で思うのに、まばたきさえできない。女がついに鎌を吐きだした。無残《むざん》に裂けた口で鬼女《きじょ》のような笑みをつくる。自分の血で汚れた鎌を握ってふたたびだらんと手を垂れる。
 冷や汗が吹き出て、耳鳴りがした。自分の中でふくれあがった恐怖が、喉元まで突き上がってくる。叫んだら終わりだ。あたしはパニックを起こす。そう思って歯をくいしばった。
 なのに……だめだ……めまいがする……。
 思った瞬間、腕を強い力でつかまれた。
 はっと我に返ると、眼に入るのは女を見つめたま小ゆるぎもしないナルの横顔。
「だいじょうぶだ」
 ナルは繰り返す。不安も狼狽《ろうばい》もない、冷静な声。
「怖《こわ》いよ」
「だいじょうぶだ」
 ナルはふたたび繰り返す。
「……うん」
 答えたとき、ナルが少し眼を見開いた。
「ほら」
 ナルのつぶやき。あたしは耳を澄ました。ザカザカ枯《か》れた草のふみしだかれる音。
 女がビクと身じろぎして、ズッと天井に消えた。
 ……え?
 ナルがホッと息を吐く。
 天井の穴から降ってくるわずかの光。そこにさっと影がさした。
「ナル、いますか?」
「ここだ」
 人影が穴の中をのぞきこむ。
「早かったな。ロープか梯子《はしご》がいる」
「いま、とってきます」
「それと、ハンドライトを」
「はい」
 リンさんの影が消える。
 すごい……。どうしてわかったんだろう、ここが……。
 安堵《あんど》のあまり、あたしは座《すわ》ったまま腰がぬけそうになる。
 ……よかったぁ……。

 リンさんはすぐに梯子とロープを持って戻ってきた。ほかにもぼーさんとジョンの声。 三人がかりで梯子をおろしてくれて、ロープを万一のときの命綱《いのちづな》に、あたしは穴の中からはいだした。
 外へ出て深呼吸。心配そうなジョンに笑いかけて、それから穴の中をのぞく。
 ナルは穴の中に光を灯《とも》した。黄色い光がさっとガレキの山をなぐ。チラと隅《すみ》の方で白いものが光った。ナルは近づき、そうしてそれを拾いあげる。
「ナル?」
 あたしの声にナルが顔をあげて手をかざした。
「麻衣、ここだ。あった」
 ナルがかざした手の中にあったのは、板を人形《ひとがた》に切った――人形だった。
     5

 その穴(ぼーさんは、受水槽《そう》か汚水槽だろうと言っていた)の中には、ちょうど穴から投げこめるあたりに四十数個の人形が落ちていた。
 すべてを引き上げて、会議室の明るい光のしたでひとつひとつ確認する。この汚れたやつは、『吉野広造《よしのこうぞう》』という名前が読める。まだ新しいひとつには『渋谷一也《しぶやかずや》』という字。ま新しいものには『谷山麻衣《たにやままい》』という字が読めた。
 人形を確認しているうちに、綾子《あやこ》がどこからか救急箱を出してきて、あたしの身体《からだ》中にできたスリキズに薬をぬってくれた。
 ぼーさんはテーブルのうえに小山のように積み上げた人形を見てしみじみと、
「すげえ情熱……。よくもこれだけ作ったもんだ」
 ……まったく。
「犯人は女だな。それだけは間違いねぇ」
 綾子が口をとがらす。
「ちょっと、なによ、それ」
「女でなきゃ、やらねぇよ。こんな執念《しゅうねん》深いマネ」
「あら、近ごろは男だって、こういうことをコツコツやる根暗《ねくら》なやつはいるわよ」
「いるかねぇ」
「ぜったいよぉ」
 綾子の宣言にぼーさんは首をすくめてから、
「それで? これで呪詛《ずそ》はパァになったわけか?」
 ナルをふりかえった。ナルはうなずく。
 
「そう。あとは水に流すか……焼き捨てるだけ」
「しかしなぁ……犯人は?
 ここにあるぶんは清めれば終わりだろう。だが、犯人がこれでやめるかね」
 ナルがため息をついた。
「やめないだろうね。本人にあたってみるべきかな……」
 犯人。この呪詛を行った。
 やめさせなければならない。こんな邪悪で馬鹿《ばか》馬鹿しい遊びは。
 ぼーさんはいまいましげに人形をにらんだ。
「けっきょく問題は、犯人が誰《だれ》かってことなんだよな」
「ああ……」
 ナルはつぶやきながらイスに身体を沈める。
「ナルもケガしてるでしょ、見せなさい」
 綾子が看護婦よろしく、救急箱をかついで行く。
「いや……必要ない」
「バイキンがはいったら困るでしょ」
 ナルは、綾子がお姉さんぶって言うのにクスリと笑ってから、眼を閉じて深くイスに背中をあずける。
「あらー、いいこねー」
 綾子はなんだかイソイソとナルの脇に立って薬を広げてたげと、ふいに、
「……ナル?」
 上体を曲げてナルをのぞきこんだ。ちょっと手を伸ばしてナルの肩を揺《ゆ》する。
「ねぇ……?」
 不審そうな声。あたしたちはナルに注目してしまう。
 綾子が少し乱暴にナルの肩を揺する。ずるっとナルの身体《からだ》がイスに座《すわ》ったまま傾いた。
「ナルっ!」
 リンさんが机を飛び越えてかけよる。ナルの身体が床に落下する寸前に受けとめた。
 真砂子《まさこ》が悲鳴をあげた。
「ちょっと、ナルっ!」
 綾子がうろたえきって手を伸ばす。その手をリンさんははじいて、
「動かさないでください。救急車を」
 ジョンが部屋をかけだした。

 ――あたしたちは、ゴースト・ハンターのためにここ湯浅《ゆあさ》高校にやってきた。ナルが倒れようがあたしがケガをしようが、ビジネスは続行されねばならない。
 ナルにはリンさんが付き添い、あたしたちは学校に残って人形の始末をすることになった。真砂子も綾子もついて行きたがったけど、誰《だれ》も行かないのが公平だと言ったぼーさんの台詞《せりふ》にふたりはしぶしぶ同意した。
 あつめた人形を校庭の片隅に積み上げる。あたしはそれを手伝いながら、気持ちは半分どっかに行ったままだ。
 どうしよう、ナルが。
 ケガはないようすだった。でも、どこか……頭か背中でも強く打ったのかもしれない。それとも肩?
 いずれにしてもあたしのせいだ。
 あたしが軽はずみなマネをして、ナルを巻きこんだ。少なくとも落っこちたとき、ナルの手を放していれば。
 これは、確実に、あたしのせいだ。
 積み上げた人形にぼーさんが火をつける。湿気をすったそれはなかなか燃え上がらず、いつまでもくすぶって煙ばかりを盛大にあげた。


六章 呪者《じゅしゃ》


     1

 あたしたちは人形を燃やしたあと、オフィスに戻りリンさんからの連絡を待った。そのリンさんがオフィスに戻ってきたのは、翌日の朝になってからだった。
 あたしたちは、リンさんの姿を見て彼にかけよる。
「ナルは?」
「しばらく、入院になります」
 ……入院!?
 あたしは足元をすくわれた気がした。
「入院!? そんなに悪かったの!?
 なんで? あたしのせい? やっぱりどこか打ったの!? 肩!?」
 あたしが言うと、リンさんは完璧《かんぺき》な無表情で、
「単なる貧血です」
と、静かに答えた。そう言いつつも、リンさんがあたしを見る眼は暗い。
「ナルは食が細いので」
 ……そういえば、そうだけど。
「そのうえ、仕事となると寝食を忘れるひとですから」
 はぁ……。
 でも、やっぱり、あたしのせいだと思う……。
「お会いできますかしら」
 真砂子《まさこ》が不安そうに聞く。リンさんは腕時計に眼をやった。
「もう起きているでしょう」
 つぶやいて立ち上がった。

 ナルが運《はこ》ばれたのは、学校の近くにあるかなり大きな緊急病院だった。その病院の内科病棟で、ナルはぜいたくなことに個室におさまっていた。病室のドアの脇にある名札に名前はなし。ドアには「面会謝絶」の札。その札を見て、真砂子が泣きそうな顔をすると、
「これは単にお願いしてかけてあるだけですから」
 リンさんがぶっきらぼうに言う。
 ――あ。そうなのかぁ。
 中ではナルがお仕着せの寝巻きなんか着せられて、点滴《てんてき》の最中だった。あたしは黒服でないナルというのに、初めてお目にかかった。
 ……うう。ごめんね、あたしのドジに巻きこんで。
 ナルの左手にはファイルがあって、点滴の最中にも資料に眼を通していたらしい。
 ……本当に仕事の虫なんだから。だから、身体《からだ》をこわすんだよ。
「……ぐあいどう?」
 あたしたちがベッドの脇に集まると、
「死なない程度には生きてる。――ぼーさん、人形は?」
と、あくまで仕事の話。
「言われたとおり、燃やした。灰は集めて川に流した。それでいいんだろう?」
 ナルはうなずいてからファイルを閉じる。ぼーさんはそのへんのいすを引き寄せて、
「残る問題は、犯人が誰《だれ》かってことだけだ」
「……それについては想像がついている」
 あまりにそっけないナルの声。
「おい! 本当か!?」
 ぼーさんが降ろしかけた腰を浮かした。
「ああ」
 ナルは真っ白なシーツの上に視線を落とす。
「犯人には僕が会って話をつける。
 今回はこれで終了だ。……おつかれさま」
 ぼーさんがナルの顔をのぞきこんだ。
「それは、俺たちには犯人を教えないって意味かな?」
「みんなには関係ない」
「そりゃ、ねーだろ? 少なくとも俺は、知る権利があるぜ。きっちり依頼をうけてるんだからな」
 ぼーさんが言うと綾子《あやこ》も声をあげる。
「アタシだって! ここでつまはじきなんて許さないわ! 乗りかかった船だもん。苦労させられたんだから、犯人の顔くらいおがみたいわよ」
 ナルは全員を見渡して考えこむ。
 誰もがここでつまはじきにされたくないと無言で言っている。ジョンでさえ。
 長い沈黙。
「……ぼーさんはともかく。あとの人間ははずれてくれ」
 
 ナルがきっぱりとした声をあげた。完璧無比《かんぺきむひ》な『ノー』。
「ちょっと、ナル!」
 綾子が抗議の声をあげたときだった。
 病室のドアをノックする音。ナルがあたしに目配《めくば》せしたので、あたしがドアをあけに立った。
「はい?」
 ドアを開く。立っていたのは、タカ。そして笠井《かさい》さん、産砂《うぶすな》先生。
 ……どうして、ここに?
「ナル……、タカと笠井さん……」
「入ってもらって。僕が呼んだんだ」
 ナルはベッドの上から答える。
 ナルが……呼んだ?
「それと産砂先生が」
 あたしが言うとナルはちょっと眼を見開いた。
「産砂先生?」
 ……どうかしたの?
「あの」
 産砂《うぶすな》先生は真っ白な花束を抱えていた。
「わたしが来てはいけなかったのなら、帰りますわ」
 先生は微笑《ほほえ》んだ。
「ただ、渋谷《しぶや》さんが倒れたとお聞きしたものだから……お見舞いにと思って」 言ってから、ドアにぶらさがった『面会謝絶』の札に眼をやる。
「事情をよく知らなかったものですから。ごめんなさいね。とにかく、これを……」
 先生は小さな胡蝶蘭《こちょうらん》の花束を差し出した。
 ……でも。せっかく来てくださったものを。
 困ってあたしがナルをふりかえると、ナルはあたしにうなずいた。
「入っていただきなさい」
「……うん」
 なんだろう、この空気。ナルの妙に緊張した気配は。

「どうぞ。おかけください」
 ナルが、リンさんが用意したベッド・サイドのイスを示す。タカも笠井さんも、そして産砂先生も、なんだか釈然としない顔つきでそこに腰を降ろした。ナルはあたしたちに出て行けとは言わなかった。それであたしたちは、壁《かべ》にもたれるようにして立っていたのだった。
「ふたりに来てもらったのは……聞きたいことがあったから」
 ナルは、タカと笠井さんを見比《くら》べる。
「……聞きたいことって?」
 タカが首をかしげた。
「ふたりに聞くけれど……僕が陰陽師《おんみょうじ》だという話を聞いた?」
「聞いたような気も……」
 タカがつぶやき、笠井さんははっきりうなずいた。
「笠井さん。それを誰《だれ》かに話した?」
「うん……いけなかった? 恵《けい》先生には言ったけど……」
「そう」
 ナルはうなずく。そして、
「今回、麻衣《まい》は奇妙にさえたカンを発揮《はっき》してくれたんだが……そのことは?」
 これもまた、タカは首をかしげ、笠井さんはうなずく。
 ……たしかに、あたしは笠井さんにしか言ってない。
「それを誰かに話した?」
 ナルに聞かれた笠井さんはうなずく。
「恵先生に……どうして?」
 笠井さんは眉《まゆ》をひそめた。居心地《いごこち》悪げにモゾモゾする。産砂先生が心配そうに口をはさんだ。
「わたしが聞いてはいけなかったかしら……? だったら失礼しましたわ。でも、わたしはほかの人には言ってませんから」
「……そうですか」
 ナルはファイルに書きこみをしてから、今度は産砂《うぶすな》先生を見つめた。
「せっかくお越しいただいたので……ついでにひとつ確認させてください」
「……なんでしょう?」
 先生がおっとり微笑《ほほえ》む。
「先生の母校はどちらですか?」
「母校……ですか?」
 先生はキョトンとしてしまった。
「わたしでしたら、故郷の大学を卒業しましたが……」
「ご出身はたしか……、福島ですね」
 ……え? 東京じゃないの?
「はい、そうですけれど」
「東京へは教師になって初めて来られた?」
「そうです。湯浅《ゆあさ》の先の校長とわたしの父が知り合いなものですから、こちらに就職をお世話していただいて……」
 ……なぜ? 先生は湯浅の出身じゃないの?
 ナルはメモをとったファイルを閉じる。
「それでわかりました。ありがとうございました。
 現在学校で起こっている問題は、解決できると思います」

     2

 三人はとても奇妙な顔をした。壁ぎわに並んだあたしたちも。ナルの質問と、事件の解決とがどう結びつくのかわからない。
 笠井《かさい》さんがおそるおそる口を開く。
「あの、……解決できるって……?」
 ナルはうなずく。
「学校で起こっていた事件の様相はわかった。あれは呪詛《ずそ》だ。それも人形を使った『厭魅《えんみ》』。それが今度の事件の正体」
 タカはひたすら首をひねるだけ。笠井さんもあいまいにうなずいた。
 ナルはそんなふたりのようすを見やって、簡単に呪詛と厭魅について説明する。
「これは呪詛だから、人形を始末すれば終わり。あとは犯人に、呪詛をやめさせるだけ」 笠井さんが身じろぎした。
「……あたしをここへ呼んだのは、そういうこと? 犯人はあたしだっていうわけ?」
 ナルをにらむ眼。
「……まさか」
 ナルは苦《にが》わらいをつくった。
「笠井さんは犯人ではない。犯人は産砂《うぶすな》先生です」
 微笑《ほほえ》みを浮かべて会話を見守っていた産砂先生の表情が凍《こお》りついた。
 ビックリして眼を見開いたまま硬直してしまったタカと笠井さん。そして、あたしたち、視線だけがベッド・サイドにひっそりと座っている女性に集まる。
「人形は焼き捨てました」
 ナルは産土先生をふりかえる。
「先生ですね?」
「…………」
「あれを作ったのは、先生ですね?」
 先生は凍りついたままの視線を宙にさまよわす。
「……なんのことですかしら……」
 ナルは静かな声をつむぎだす。
「あなたが行った呪詛《ずそ》の道具は、集めて焼き捨てました。少なくとも、空《あ》き地にあったぶんは。それ以外にありますか?」
「意味がわからないのですけど」
 先生はナルを見返す。どこかひきつった笑顔。
「あれの始末はつけました。あれ以外にもあるのだったら、その場所を教えてください。そして、今後二度としないと約束していただきたいのです」
 産砂《うぶすな》先生はナルをやんわりにらむ。
「学校で呪詛が行われていて、その犯人がわたしだとおっしゃるのね?
 でも、わたしは犯人ではありません」
「先生です」
 
「ちがいます」
 ナルは深いため息をついた。
「先生以外に考えられないのです」
「あら? どうしてかしら。学校の人間に恨《うら》みを抱いている人間なら、たくさんいると思いますわ」
「呪詛を受けた人間は、笠井さんの超能力事件のとき、ことごとく否定派でした。少なくとも、犯人の動機はあの事件に関係があります」
 先生はうっとりと微笑《ほほえ》む。
「でしたら、わたしよりも笠井さんか、沢口さんのほうがあやしいのでは?」
 笠井さんがとっさに、驚いた視線を先生にむけた。あたしだって驚く。ずっと笠井さんたちをかばってきた先生が、こんなことを言うなんて。
 ナルは首を振る。
「沢口さんは違います。僕も……麻衣《まい》も呪詛を受けましたが、僕らが学校に来たことを彼女は知らない」
 そうだ。彼女は知らない。知るチャンスがなかった。
「では、笠井さんだわ」
 産砂先生は微笑んだ。本人を眼の前にして。
 このひとは、本当に産砂先生なんだろうか。
 あたしには信じられなかった。笠井さんの表情だって信じられないと言っている。
 ナルは断言する。
「笠井さんではありません。なぜなら、魔の席の最初の被害者である村山さんを、笠井さんは知っているからです」
 ……え?
 あたしがナルを見つめると、
「あの席には呪詛《ずそ》がかかっていた。問題になるのは、なぜ机に呪詛がかかっていたのかということです。あの席に座っている人物が誰《だれ》だかわかっていれば、犯人はその当人に呪詛をかければよかった。ほかの被害者の場合のように。机の所有者に呪詛をかけるなどというまわりくどい方法をとる必要はなかったんです。
 犯人は、あの席……おそらくは最初に呪詛の被害者になった村山さんに恨《うら》みを抱いたが、名前を知らなかったのです」
 産砂《うぶすな》先生は、微《かす》かに微笑《ほほえ》む。不思議《ふしぎ》な微笑。
「正課のクラブで、笠井さんと村山さんはともに文芸部でした」
 ……え?
「笠井さんが文芸部の部員であることは、麻衣を通じて聞きました。そして村山さんも文芸部だと高橋《たかはし》さんが言っていた。
 笠井さんは、文芸部は人数が少なく、会誌の寄稿者がいない、と言っていたそうです。実際の人数がどのくらいだかは知りませんが、少なくとも部員同士がお互いの名前を知らないわけがありません」
 産砂先生は微笑む。
「わたしだって……調べればすむことですわ」
「どうやって調べます?」
「それは……」
 ナルがタカをふりかえる。
「座席表のようなものはある?」
「ううん……べつにないけど」
 座席表がないとするならば、ある席に座っているのが誰だか知ろうとする場合……。
「誰かに聞けばすむことでしょう?」
 産砂先生が言うと、ナルはうなずく。
「しかし、あの時点で先生と笠井さんたちのグループはすでに孤立していた。これから呪詛をかけようとする相手の名前を聞くには、あまりに心理的な抵抗が大きかったのではありませんか?」
「そんなこと……」
「少なくとも、沢口さんも笠井さんも、犯人ではありません」
「では……ほかの人間なんだわ。わたしたちの誰かではなく」
「それもありえません。動機の点は置いておいても、僕と麻衣に呪詛をかけた意味がわからななくなる」
 産砂《うぶすな》先生は小首をかしげる。
「……どういう意味ですの?」
「麻衣は僕のことを陰陽師《おんみょうじ》だと笠井さんに誤《あやま》って伝えた。彼女はそれを先生にも伝えている。笠井さんは麻衣とあなた以外の人間とは、ほとんどしゃべらないのだと言っていたし、事実そうでした。僕が陰陽師であると伝わったのは笠井さんと先生だけです」
 陰陽師だと思っていたのでなければ、とナルは言う。会議室自体に呪詛《ずそ》をかければよかったのだ。わざわざナルだけに呪詛をかける必要はない。
「麻衣にしてもそうです。麻衣は今回妙に冴《さ》えたカンを発揮《はっき》してくれた。霊媒《れいばい》の原《はら》さんにも見えない霊を見た。これもまた、知りうるのは高橋さんをのぞいては……笠井さんだけです。これも先生にだけは伝わっているはず」
「聞いてませんわ」
 産砂先生は微笑《ほほえ》む。その笑顔を見て、笠井さんが絶望的な眼をした。
「あたし、言ったよ、恵《けい》先生……」
 先生はチラと笠井さんに眼をやって、それからうつむいてしまった。
「それだけでなく……僕は自分のフルネームをすべての人に言ったわけではない。おそらく知っているのは校長だけ。ほかに知っているのは……麻衣かぼーさんが言ったとしたら笠井さん、高橋さん、それだけです。そして校長は麻衣の名前を知らない。僕は麻衣をきちんと紹介しなかったんです。助手だとしか。笠井さんが知っていれば、先生にも知るチャンスがあります。
 僕の知る範囲では、犯人は先生でしかありえません」
「動機がありませんでしょう?」
 先生はふたたび微笑む。
「笠井さんの超能力が引き起こした。笠井さん、沢口さん、そして、先生自身への攻撃がその動機です。たかがそれだけのものが」
「あら、あれはあくまで笠井さんと沢口さんの問題ですわ。わたしはたしかにふたりをかばいましたけど、それは同情からで……そのために呪詛を行うほど馬鹿ではありません。第一……わたしなどが呪詛を行って、実際に何かが起こるとお思いですの?」
 ナルが闇のような視線を向ける。
「先生自身の問題でもあったんです。
 先生は笠井さんにこう言ったそうですが。『笠井さんたちは、後輩のようなものだから』。
 調べてみましたが、先生と笠井さんの経歴の間には何の接点もない。そもそも先生は、東京の出身ではないんです。やはり、ちがうのですね、さっき先生はそうおっしゃった。ではいったい、笠井さんは何の後輩にあたるのか?
 先生は超心理学に理解が深かった。知識も豊富で専門的なことに詳《くわ》しい。めずらしいなと思っていたんです。なのにあなたは笠井さんの超能力を、興味本位でおもしろがっているようには見えなかった。
 それでひょっとしたら、と思いました。
 古い資料をあたったら、先生を見つけることができました。簡単でしたよ」
「…………」
 産砂先生の不思議な微笑《ほほえ》み。
「いまから十年以上前、来日したユリ・ゲラーは日本にゲラリーニを産み落としました。ゲラーのスプーン曲《ま》げを見てまねした子供たちが、本当にスプーンを曲げはじめたんです。その内の幾人かはマスコミの注目を集めました。
 産砂恵《うぶすなけい》もそのひとりだった……」
 笠井さんもタカも、あたしたちも、産砂先生の横顔を見つめた。微笑を浮かべたままの少女めいた横顔。
 ……笠井さんたちに理解があったはずだ。笠井さんは産砂先生のまさしく後輩だった。「ゲラーの権威の失墜に合わせて、日本でもサイキック狩りが始まりました。子供のほとんどはインチキだと決めつけられ、中の何人かはそう告白し、あるいは告白を強制、ねつ造された」
 産砂先生は答えない。不思議な微笑みを口元に張り付けたまま。
「産砂恵は、トリックを告白した子供の中のひとりだった」
 しんとした間。
 長い沈黙のあと、先生はやっと口を開いた。
「わたしは……ぜったいに、インチキなんてしなかった」
 微笑が消える。先生が真剣な顔をあげた。
「わたしはちがうって言ったのに、雑誌の記者が勝手に……」
「あなたの……日本の不幸は、ESPの判定をマスコミに任せたことにあります。権威のある研究機関が日本にはなく、あなたがたの能力の真偽を測る方法がなかった」
 ナルは視線を落とす。
「マスコミなんかに任せちゃ、いけなかったんです。彼らが欲しいのはセンセイションで、真実ではない」
「…………」
 ナルは軽く息をつく。
「『エスパーのペテンを暴《あば》く』と題した雑誌の特集で、先生の写真を見つけました。まだセーラー服を着てましたが、あれは先生です。おもかげがあるし……名前も同じ。『産砂《うぶすな》』というのは変わった名字ですから」
「……わたしです」
「連続写真で、先生がイスを使ってスプーンを曲げるシーンがはっきり映っていました」 笠井さんが使おうとして、ナルに止められたあのトリック。
 産砂《うぶすな》先生はホロ苦《にが》い笑いをつくる。
「……だんだんスプーンを曲げられなくなって……同じゲラリーニの友達からあの方法を習ったんです。それでも……一度しか使いませんでした。その一度をたまたま撮《と》られていて……」
 先生はうつむく。
「わたしには、笠井さんのように、そんなことをしてはいけないと言ってくれるひとはいまんでした。誰《だれ》も……できないときはできないと言っていいのだと……教えてくれなかった……」
 ナルがうなずく。
「そもそもの事の起こりは、笠井さんだったんですよね? 彼女が、TVでスプーン曲げを見てスプーンを曲げてしまった。笠井さんと沢口さんはそれを先生に相談し……」
 産砂先生が首をうなずかせる。
「……ええ。わたしはできるだけ、笠井さんの才能を守ってあげようと思いました。ただ、いつの間にか周囲に騒がれて……」
「教師たちの攻撃がはじまった」
「はい。超能力なんてないんだと決めつけて。朝礼のときに笠井さんを攻撃したその前にも、何度も笠井さんをしかっているんです。ウソはいけない、そんなにまわりの注目をあびたいか……って。わたしにも、なんできちんと指導をしないんだと……」
 ナルが声を落とす。
「攻撃に耐えかねて、沢口さんが登校拒否をはじめた」
「……はい。これでは沢口さんの将来はメチャクチャになると思いました」
「……それで、ですか?」
 それであんな呪詛《ずそ》を始めたのですか。
 先生は微笑《ほほえ》む。
「……ええ。ほんのイタズラだったんです。わたしはくやしくて……。
 
 ……魔がさしました」
 いたずらを見とがめられた子供のような微笑み。決して笑えるはずのない、この場面で。
「イタズラですむのですか? 厭魅《えんみ》というのは人を積極的に害するための呪法です。人を狂わせ、殺すための。幸い死人は出ませんでしたが、それも時間の問題でした。少なくとも魔の席だけでも、次に座った学生こそは、電車に巻きこまれて死んだかもしれない」
 ナルが冷たい声を投げた。
 産砂先生はさも不思議そうにナルを見つめる。
「たしかに、それは不幸なことですけど……。
 でも、そうなれば、みんな思い知るでしょう? この世には科学なんかじゃ割り切れないものがあるって」
 ……ああ。
 あたしは絶望的な想いで、不思議そうに首をかしげている女性を見た。
 うつむいてしまった笠井さんの肩にタカが手をまわす。
 ……このひとは、狂っているんだ……。
『超能力』『呪詛《ずそ》』『オカルト』『超心理』……名前はなんでもいい。そんな魔法にのみこまれて、人として守らなければいけない場所を見失ってしまったんだ。
 ナルもまた、眉《まゆ》をひそめて自分の前で無邪気なほどキョトンとしている女性を見つめた。
 ナルは産砂《うぶすな》先生をまじまじと見つめてから、深いため息をついた。
「ぼーさん」
 視線を彼女からはずし、ぼーさんをふりかえる。
「校長に報告を。この女性にはカウンセラーの力が必要だ」
「……ああ」
 ぼーさんはうなずき、病室を出て行く。産砂先生はそれを怪訝《けげん》そうに見送って、ナルにとがめるような視線をむけた。
「……失礼な。あなたは超心理学者のはしくれなのではないの? なのにわたしをノイローゼあつかいするつもり?」
「……先生は疲れていらっしゃる。休息が必要です」
 ナルは産砂先生を見つめる。先生がなおも不服そうにしたので、言葉をつけ加えた。
「呪詛には……体力と気力を使いますから」
 ナルに言われて、産砂先生はやっと微笑《ほほえ》みを浮かべる。
「そうね……そうかもしれないわ」

 あたしはその、無垢《むく》な笑顔を忘れることができないだろう。


エピローグ


 まいど、まいどの、東京、渋谷《しぶや》。道玄坂《どうげんざか》。
『渋谷サイキック・リサーチ』。そのオフィス。

 今日も今日とて、オフィスの中は人でいっぱいなのである。霊能者の団体様のおなり、ってなもんだ。最近、来客のそれより、こいつらの出入りする回数のほうが多いような気がしてならない。
「茶店がわりにするなとゆーとろーが」
 入って来るなり、当然の権利ように、「ダージリン、ストレート」などとほざく綾子《あやこ》を、あたしはおもいっきりねめつけてやる。
「冷たいんじゃない? 苦楽をともにしている仲だっていうのに」
「一方的に迷惑をこうむっている気がするんですが」
「けっこう言うわね」
「おや、いままでお気づきでなかった?」
「知ってたわよ」
「だったら問題はないじゃない。皮肉を覚悟《かくご》で来てるんでしょーが」
 綾子は黙ってしまう。
 け。ざまーみろ。
 それでも、けっきょくはあたしって、お茶をいれに立つわけよね。ああ、けっこう、おひとよし。綾子にはダージリンのストレート。ぼーさんにはアイスコーヒーで、ジョンにはホット。真砂子《まさこ》には日本茶、とくらぁ。せめてオーダーを統一するとか、出されたものを黙って飲むとかせんか? こいつら(もっとも、ジョンは除外。いつも「おかまいなく」と言ってくれるので)。
 あたしは心の中でブツブツ言いながら、飲み物を配《くば》ってまわった。
 本日、例によってナルは瞑想中《めいそうちゅう》。リンさんは資料室で資料の整理。 ……と思ったところで当のナルが出てきた。
「麻衣《まい》」
 声をかけてから、事務所の中を見てウンザリした表情をする。
「はい、何でございましょう」
 にこにこ。
 あたしは思いっきり親切に笑ってしまう。なんせわが所長は一昨日、一週間におよぶ入院から退院なされたばかりなので。
 所長はソファーを示した。
「そこに座《すわ》って」
「はぁい」
「リン」
 ナルが資料室に声をかけると、リンさんが出てきた。
 リンさんは小さな機械を手に持っている。英語の辞書みたいな無骨《ぶこつ》な形の機械だ。
「ちょっと実験に協力してもらう。いいか?」
 ナルは機械の表面についた小さなLED(電球みたいなやつよ)を示す。横に四個並んだLED。それぞれに番号がついている。LEDの下にはスイッチの列。一から四まで番号がついている。
「これからこの機械が勝手に四個のうち、どれかを光らせる。どれが光るか、前もって予想して、光ると思う素子の下のスイッチを押すんだ。おまえでもできるな?」
「……できるけど……。なに、これ」
「サイ能力のテスト」
 サイ能力というと……超能力。げーっ。
「ムダだよぉ。トランプ当てでも、あたし当たったためしがないもん」
「やるのか、やらないのか?」
 しんねりした声。
「……やるよ。やりゃーいーんでしょ」
 まったくもー。あたしにそういうシャレた能力があるわけないでしょーが。あったら、もっと生活の役にたててるわ。テストの答えを当てるとかさ。
 ぶつぶつ。
 機械が勝手に光をともす。あたしは予想するというよりも、てきとーにスイッチを押すという感じで実験とやらにつきあった。ギャラリーが面白そうにそれをながめている。
 実験とやらはなんと二時間近くも続いた。もー、うんざり。でもって、結果は最悪。当然予想できたことだが、一個も当たらない。
「……だからぁ……ダメだって言ってるじゃない……」
 あたしが言ってるそばから、綾子や真砂子が「やっぱりねー」とか、かまびすしい。
 ちっ、また恥《はじ》かいちゃったぜ。
 ナルは実験の結果を打ちだした紙をながめる。
「……やはりな……」
「なにが」
「麻衣は潜在的にセンシティブだ」
 は?
 綾子と真砂子が吹き出す。
「センシティブ? 麻衣が!? 『こまやかな』『感受性の強い』!?」
 わぁーるかったな、ズ太くてよ。
 ナルが大笑いするふたりを軽蔑《けいべつ》の目つきでながめる。
「センシティブ。サイ能力者。ESP。超能力者」
 ごっ! ご冗談っ!!
「どうりで、馬鹿《ばか》のわりにはするどいと思った。今回、変なカンを発揮《はっき》したのも偶然じゃいなかもしれない」
 えっえっぇっ。
 あたしは思わずキョロキョロしてしまった。
「千回のランに対して、ヒットがゼロ」
「は?」
「千回やって、一度も当たらなかったということ」
「悪かったね」
 ふてくされるあたしを、ナルが怪訝《けげん》そうに見る。
「なぜ?」
 言ってプリントアウトを示し、
「千回ぐらいやると、ほぼ正解率は確率どおりになるはずだ。正解する確率は四分の一。二十五パーセントはあたって当然なんだ。これより多くても少なくても普通でないことになる」
 ……普通でないって……、ひとを変態みたく言わないでくれる?
「じゃあなに?」
 
 綾子が身を乗りだした。
「麻衣は超能力者だって言うわけ?」
「……そういうことになるな」
 ……ほえー……。あたしが。
 なんと言えばいいんだろう。まるで、いきなりスポットライトがあたった気分。
「なるほど。それで今回、見事な第六感を発揮してくれたわけか」
 ぼーさんが言うと、綾子が、
「だったらー、なんでいままでなんの役にもたたなかったわけ? 今回が初めてじゃない」
「どうかな」
 言ったのは、ぼーさんだ。
「なによ」
「麻衣は鋭《するど》いと思ってたぜ、俺は」
「またぁー。あんたって、すぐナルにヒヨルのね」
「べつにぃ。麻衣はめだたんけど、前回『森下事件』でけっこう役にたってたからな」
 あら、ぼーさん、ありがとー(ハート)
「うそよ」
「うそじゃないさ。前回、麻衣は変な夢を見てるだろ」
 ……ぎくっ。ナルの夢の話は誰《だれ》にもしてないぞ。なんで知っ

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责任编辑:Mashimaro

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