>「麻衣、緑陵高校に電話をしてくれ」 あたしは、心の中で飛び上がった。 「校長に、まだ代わりの調査人が決まってないなら、お引き受けします、と」 はいっ! そうこなくっちゃ!
一章 死霊とあそぶな、子供たち
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あたしたちが緑陵《りょくりょう》高校に向かったのは、その翌日のことだった。 オフィスから車で三時間、船橋《ふなばし》も千葉《ちば》も通り過ぎ、海のむこうに横須賀《よこすか》が見えたりするあたりに、その学校はあった。 今回、調査に出かけることになったのは、ナルと助手のリンさん、あたし。残念ながらタカは千秋《ちあき》センパイと留守番《るすばん》。 そして毎度おなじみの霊能者が四人。 ぼーさん、ジョン、綾子《あやこ》、真砂子《まさこ》。 けっきょく行動を共にすることが多いメンバーだけど、最初から協力態勢をとるのは、これが初めてだった。驚いたことに、ナルが自発的に連絡をとった。「協力を頼みたい」と言って。 全員のスケジュールを突き合わせ、予定を立てる。学校へはまず、ナルとあたし、ぼーんの三人で行くことになった。あたしたちで簡単《かんたん》に予備調査をしてから、持ちこむ機材の打ち合わせをしてリンさんと綾子が来る。真砂子とジョンは、どうしても抜けられない用事があって翌日の到着。
緑陵高校は、なんだかイヤな学校だった。 と言っても、べつに気味《きみ》が悪いとか、そういう意味ではない。 まず、指定された時間どおりに裏門に着《つ》くと、ひとりの先生が待っていたのだけど、この先生の態度が最悪。こっちがあいさつをしても、会釈《えしゃく》ひとつ返さない。 裏門から裏口へと、裏道を経由して校長室に連《つ》れて行かれたんだけど、その校長というのがこれまた最悪。態度は横柄《おうへい》。口のききかたは無礼。おまけに依頼に来ていながら、まるであたしたちを信用していなのがアリアリ。 そしてトドメをさしてくれたのが、生活指導の松山《まつやま》先生だった。 「お前が所長だって?」 調査拠点になる会議室へ道案内しながら、彼はナルを振り返った。 ……お前よ、お前。初対面の人間に向かって。 松山先生は値踏《ねぶ》みするようにあたしたちをながめ、 「幽霊《ゆうれい》だなんだと大騒ぎするのは、馬鹿《ばか》のすることだ」 そう、言い捨てた。 ……なにもんだ、いつ。 あっけにとられて返事のできないあたしたちを、松山先生はあからさまに軽蔑《けいべつ》する眼でながめ渡す。もう一度ナルに眼をとめて、 「お前はいくつだ」 そう、聞いた。 「十七歳です」 「高校は」 「ご想像にお任せします」 松山先生は鼻《はな》で笑う。あたしを振り返る。 「お前は」 「十六ですけど。高校一年です」 「今日は学校はどうしたんだ。サボリか。どこの高校だ、言ってみろ」 高校がわかったらどーすんの? 学校に連絡して処分でもさせようてーのか。第一、東京の学校の名前をあげて、あんたにどこの学校だかわかるのか。 「学校の許可はもらってますから」 あたしが言うと、松山先生は嫌《いや》な顔をした。 「管理の甘い学校だな。たるんでる」 よその学校のことに口出すなよな。あたしは母校を気に入ってるんだから。 松山は(もー呼び捨てにしちゃうよ、あたしは)、学校の廊下《ろうか》を足早に歩きながら、 「最近はオカルト・ブームだそうだが、そういうのは気持ちがたるんでるから流行する。自分の義務も果たせないやつにかぎって、超能力だのUFOだの、ありもしないことに逃避したがる。それだけならまだしも、それにつけこむサギ師まがいの連中までうろつくようになる。どうも近ごろの若い者は、現実をしっかりふまえるということができん。あきれたもんだ」 ……サギ師。それはあたしたちのことかなー? きちんと真《ま》っ正直《しょうじき》に勤労している人間に向かって、「サギ師」はないんでないかい? さぁ、ナル、言い返すんだ。いつもの毒舌をこんな時に使わずにどーする。 しかしナルは何も言わない。ぼーさんまでが無言のまま。 松山は嘲《あざけ》るように笑う。 「最近のサギ寸前の新興宗教の中には、女を連《つ》れこんで悪どいことをするところもあるそうだな、え?」 言ってあたしたちを見渡す。 むかっ。モンクのひとつも言ってやろうと思ったら、ぼーさんがめずらしく、静かな、ごく丁寧《ていねい》な声を出した。 ぼーさん。本名、滝川法生《たきがわほうしょう》。二十五歳。もと高野山《こうやさん》のお坊さん。本業はスタジオ・ミュージシャン。そのかたわらバンド活動をおこない、さらにそのかたわら霊能者などをやっている、いわばマルチ・タレント(そんないいもんかって) 「最近流行している小さな宗教団体のことでしたら、新新興宗教と言うのが正しいと思いますが」 「なに?」 松山はちょっと虚《きょ》をつかれた格好《かっこう》。 ぼーさんはすましたもんだ。 「ですから、最近――第三次宗教ブームと呼ばれている今日において、発生勃興《ぼっこう》しているカルト的なミニ宗教団体でしたら、新新興宗教というのが正しいのです」 松山が何か言おうとしたが、ぼーさんは言葉をはさむスキを与えない。 「新興宗教というのは、第二次宗教ブームまでに成立した新宗教団体のことを言うのが常識ですが」 「そんな、細かいことはどうでもいい!」 松山が怒鳴る。ぼーさんはニンマリと笑みをつくった。 「そうですね。――ただ、誤《あやま》った知識の上に立った批判というのは、意味をなさないのではないかと思いまして。 いや、先生もちょっとまちがっただけでしょうが、もしご存知でなければ、お教えさしあげねばと思いましてね。仮にも教育者でいらっしゃるし、誤った知識をお持ちだと、たいへんなことですからねぇ」 一瞬、松山が言葉につまる。 よし。ぼーさん、よくやった。 しかし、松山も負けてない。 「人間としてまちがってはいけないところでまちがえなかったら、それで十分なんだ! なんだ、お前らは! エセ宗教の勧誘か、頭のおかしいオカルトかぶれか知らんが、学生のくせに学校にも行かずにフラフラしてる子供や、だらしなく髪を伸ばした男のように、道を踏《ふ》みはずしてからでは遅いんだ!」 ……んじゃ、何か? あたしらは人間として守らなければならない道を踏みはずしていると、こう言いたいわけ? こっのやろーぉっっ!! あたしが怒鳴るより先に、ナルが静かな声をはさんだ。 「ここですか?」 ドアを示す。ドアの上には「会議室の」札が下がっていた。 「……そうだ」 言って松山は乱暴にドアを開いた。
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ドアを開けると、中では安原《やすはら》生徒会長が待っていた。 彼はナルの顔を見るなり立ち上がる。 「お待ちしてました」 ナルは安原さんに軽く会釈《えしゃく》する。松山《まつやま》が声を投げた。 「安原。お前、授業は」 「三年生はもう、短縮授業ですから」 おや、安原さんは三年生か。三年生が一月も末のこの時期に、生徒会長なんてめずらしいな。 「受験はだいじょうぶなのか」 「ご心配なく」 安原さんはすましたもんだ。 ちょっとイヤな顔をしてから、松山はドッカとイスに腰を下ろした。 「で? 何をはじめるんだ?」 皮肉《ひにく》っぽい目つきであたしたちを見渡す。 「火をたいて、呪文《じゅもん》でも唱《とな》えるのか?」 口元に浮かんだ薄笑い。本当にヤなヤツっ。 あたしたちは松山を無視する。 ぼーさんが、 「これからの活動方針は?」 と聞くと、ナルはチラと腕時計に眼をやって、 「そうだな、各事件にかかわった生徒たちに話を聞いてみようか」 言ってから、あたしに、 「ボヤの件はいい。他の三つの事件にかかわった生徒を探してきてくれ」 ……どーやってぇ? あたしが返事をするより早く、安原さんが言葉をはさんだ。 「僕《ぼく》が行きます」 「……そのほうが早いな。お願いします」 「はい」 イスにふんぞりかえって、それを見ていた松山。 「手っとり早くやってくれ。俺《おれ》もいそがしいんでな」 ナルは松山に軽く頭を下げる。 「ありがとうございました。お帰りくださって結構です。もうお手伝いいただくことはないと思いますから」 「そういうわけにはいかん。俺は学生を管理するのが仕事だから。 生徒というのは教師が眼を離すとロクなことをせん」 安原さんはムッとした表情をした。ナルは無表情のままだ。静かに、 「実際に事件にかかわった以上、彼らも依頼人のようなものです。依頼人のプライバシーは守ることにしていますので」 「子供にプライバシーがあるか」 ……あるにきまってんだろ。 あたしは思わずムッカリきたが、ナルはあくまで平静をくずさない。 「年がいくつだろうと、依頼人は依頼人です。どうぞおひきとりください」 「俺がいちゃ、都合《つごう》の悪いことでもやらかすつもりか」 おっさん、何者だ、こいつっ。 ぼーさんは、腹を立てた口ぶりで、 「校長は自由にやっていいとおっしゃってましたがね」 「自由にも限度がある。 俺《おれ》は、霊能者なんかを学校に入れたやつの言い分が聞きたいんだ」 「では、校長室にどうぞ」 ナルの言葉に松山が一瞬キトョンとする。 ……そら、そーだ。あたしたちを呼んだのはあくまで校長先生だもんな。 顔を赤くする松山。腰を浮かしてなにかを言おうとしたが、けっきょく口をへの字にまげて立ち上がった。ドスドスと部屋を出ていく。ドアを閉めるとき、 「かまわんさ、なにかあったら、校長の責任だからな」 聞こえよかじの捨てゼリフ。 なにかってのは、なにかなー? そうして、松山は壁《かべ》が揺《ゆ》れるほど乱暴にドアを閉めて、その場を退場したのだった。
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「嫌《いや》なやつっっ! 自分の程度が低いからって、他人もいっしょだと思うなよなっ!」 思わずあたしは、松山《まつやま》の消えたほうに向かって怒鳴《どな》ってやった。「教師、教師って、教師がなんぼのもんよっ! 教師は生徒のナレのはてじゃんっ!」 ぜいぜい。あたしは、あーゆー、品性の低い、礼儀知らずの、しかも権力でもって他人を抑圧《よくあつ》するやつって大嫌《だいきら》いなんだっっ! はた、と気づくと、安原《やすはら》さんがアッケにとられた表情であたしを見つめていた。 ……あっあっ、これはマズかったかなー。 彼はクスクス笑う。 「いいことを言うね」 あ? うけました? ぼーさんは溜《た》め息《いき》をひとつ。 「ま、お友達になりたいタイプじゃないわな。 俺としちゃ、ナルちゃんの毒舌がいつ飛び出すかと楽しみにしてたんだが」 あ、それは言える。 ナルは軽く肩をすくめてから、ホレボレするほどキレイな顔で、 「豚《ぶた》に説教しても意味がない」 キッパリ言い捨てた。 ……き、きつい。 ナルホド、ナルも怒《おこ》ってたわけな。 「安原さん、申し訳ありませんが、関係者を集めてください。順番にここに来るよう段取りをつけてもらえますか」 「はい。任せといてください」 うなずいて安原さんは会議室を飛び出していった。
最初に安原さんが連《つ》れて来たのは、数人の女の子だった。例の登校拒否をやらかした、ニ-五の女の子たち。 「代表は……?」 中のひとりが、はい、と返事をする。 「お名前を」 「岡村和美《おかむらかずみ》です」 ナルがメモをとりはじめる。 「事件の起こった事情を聞かせてください」 岡村さんはうなずく。軽くせきばらいをしてから、 「LL教室に幽霊が出るんです。それで、あたしたち、怖《こわ》くて授業に出るの嫌《いや》だったんです。でも、先生に言ってもしかられるだけだったので、しかたないので全員で学校を休みました」 そうキッパリ言った。 「LL教室に出るというのはどんな霊ですか?」 「子供です。男の子」 「岡村さんはそれを実際に見ましたか?」 「見ました」 彼女は短く答える。顔色がかわいそうになるくらい青い。よほど怖かったんだろう。 「最初、声が聞こえたんです。自分が吹きこんだテープの再生をしてると、聞いたこともない声が入っていました。子供の声の感じでした」 「何と言っているかわかりましたか?」 「いいえ、小さな声で、なにかしゃべってるな、という程度です。そしたら……」 彼女はちょっと言葉につまる。 「あたしの足を誰《だれ》かがさわったんです」 ナルが無言で先をうながす。 「びっくりして下を見たら、机の下に男の子がいて、あたしの足をつかんでました」 そう言ってから彼女は早口に言葉をつなぐ。 「机の下には、子供が入れるようなスペースはないんです。そんなこと、わかってます。でも、いたんです。机の下にうずくまっていたんです。あたし、顔をはっきり覚《おぼ》えてます。六歳くらいの男の子で、気味の悪い笑いをうかべてました!」 最後は涙声になってしまっていた。 「びっくりして、悲鳴《ひめい》をあげて立ち上がったんです。先生に注意されて、男の子がいる、って言おうと思って、下を見たら、もう何もいませんでした。先生は信じてくれません。でも、いたんです!」 ナルはうなずく。それを見て、岡村さんはホッとしたように顔をなごませた。 ナルが他の女の子を見渡す。 「他に、実際に霊を見た人はいますか?」 聞かれて、五人いた女の子全員が手をあげた。 ナルはひとりひとり事情を聞く。全員が岡村さんと同じ体験をしていた。 「ここにいる以外にも見た人はいるんですか?」 ナルが聞くと、岡村さんはうなずく。 「あと、ふたりくらいいます。声を聞いた子はもっといます」 「どれくらい?」 彼女は他の子と顔を見合わせ、それから、ほとんどの子が聞いていると思う、と答えた。 「他のクラスの人はどうでしょうか?」 「何人か、見たという人を知っています。声を聞いた人もたくさんいるみたいです」 ナルはうなずく。 ぼーさんは学校が用意してくれた校舎の見取り図に、青い色でなにやら書きこみをしている。 ナルは少し考えこむ風情《ふぜい》を見せてから、 「……最後に。 その他になにか、今学校で変なことが起こっているという話を聞いたことは?」 全員が顔を見合わせあう。すぐに、もう一度岡村さんがこわばった顔で口を開いた。 「坂内《さかうち》君を学校で見た、という人がいます」 「さかうち、と言うのは?」 「九月に死んだ、一年生です」 あ……。あの、自殺した子……。ありがちな怪談ではあるけれど。 「学校ですれちがったとか、教室に立ってたとか。 あと……。最近は、新・七不思議ってありますけど……」 他の子も口を開く。 「そうなんです。昔からあった、怪談が増えるとか、そういうヤツじゃなくて、新しいの」 中のひとりが指を折る。 「ひとつ、『開かずのロッカー』。それから……『いつの間にかバラバラになる人体模型』。あと、『飛び下りる男の人』。学校の屋上《おくじょう》から男の人が飛び下りて、でも行ってみると誰《だれ》もいないんだそうです……あとは」 「『焼却炉《しょうきゃくろ》のおじいさん』焼却炉の蓋《ふた》を開けると、中からおじいさんが顔を出すってやつ。『逆《さか》さ映《うつ》しの鏡』」 「あるある。体育館のトイレの鏡が、ときどき逆さまに映っちゃううんでしょ?」 「『地学教室』は? 掃除《そうじ》のたびに蛍光灯が落ちるの」 「えー? 『化学実験室の足音』は? ちがうの?」 「『保健室』は? 奥から二番目のベッドにいつの間にか誰かが寝てるってやつ」 あたりは口々に報告される変事で騒然となった。 そりゃあ、七不思議って、たいがい七つ以上はあるものだけど。にしても、この数は異常。ぼーさんが書きこみをしてた図面は、あっという間に青く染まってしまった。 ナルがみんなを黙《だま》らせる。 「ありがとう。よく調べてみます」
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続いてやって来たのは、霊の除霊会を企画したグループの子だった。男女八人ほどの人たち。 ナルは代表者は誰《だれ》かと聞く。あいつだ、こいつだでちょっとモメたけど、すぐに荒木梢《あらきこずえ》さんという女の子が代表して話をすることになった。 「……では、荒木さん。事情をお聞かせ願いたいのですが」 「何から話したらいいのかな。 ……わたしのクラスは東棟《とう》にあるんですけど、東棟というのは、基本的に特別教室が集まっているんです。化学実験室とか、そういうやつ。わたしのクラスの隣《となり》は、音楽準備室なんです。楽器なんかがしまってある部屋です。そこで変な音がするんです」 「変な音、と言うと?」 「物をひきずる音です。本当によく聞こえるんです。先生にも聞こえるらしいんですけど、見に行ってもらっても、誰もいないって言うんです」 しっかりした人のようだ。ハキハキとものを言う。 「LL教室では変な声が聞こえるし。わたしは聞いたことないですけど、たくさんの人が聞いてます。 他にも、うちのクラスは地学教室の掃除《そうじ》当番なんですけど、掃除《そうじ》のたびに蛍光灯の電球が落ちるんです。蛍光管って言うのかな、あれが一本だけですけど。あれって割れると破片が飛び散るから、それでけが人をした人がたくさんいるんです。先生に言っても、気をつけるって言うばっかりでぜんぜんおさまらないし」 彼女は怖《こわ》がっているというより、怒《おこ》っているように見えた。 「他にも火事が起こったり、みんな去年の秋からなんです。もっと言うと、一年生が自殺してから。きっと関係があると思うんです。なのに学校は何もしてくれなくて……」 「それで、自分たちで何とかしようと思ったんですね?」 「そうです。だって、ほっといたら、次はどんな被害が出るかわからないでしょう? なのに先生は何もしてくれない。わたしたちにも何もさせてくれないんです。 別にわたしたち、新聞とかTVとが言ってるみたいに、坂内《さかうち》君のタタリだって決め付けてるわけじゃありません。でも、何かしないでいられないでしょ? 何をしたらいいかわからなくて、だから」 「……なるほど」 「荒木さんは、坂内君を知っていましたか?」 「いいえ。事件のあとで初めてそんな子がいたんだって知りました」 「遺書があったそうですが……内容を知っていますか?」 「知ってます。一時有名になりましたから。『ぼくは犬ではない』です」 ……『犬ではない』……。 「意味がわかりますか?」 「わかる気がします。自分でも、わたしは犬か家畜みたいだって思うことあるから。髪の長さから持ち物の色まで決められて、言葉づかいから態度までモンク言われて、これじゃ犬かなんかのしつけみたいだって。あれはたぶんそういうことなんだと思います」 ああ、わかっちゃうなぁ。あたしの学校は校則がゆるい。でも厳しい学校はどんなに厳しいか知らないわけじゃない。前に、『トイレの時間は三分以内』という校則を聞いて、これが本当に、人間に対する規則なんだろうかと思ったことがあるもんな。 荒木さんは言う。 「それでわたし、きっと坂内君は学校のことうらんでるんだろうなと思ったんです。学校で坂内君の幽霊を見たって言う人もいるし。だから、坂内君のこと、全校の生徒できちんと慰《なぐさ》めてあげたかったんです。でも、先生はそれも許してくれない。生徒が大勢集まると、ろくなことをしないと信じてるんです」 うう。松山《まつやま》なんかが言いそうなことだなぁ。 ナルは軽くうなずく。 「……それでは他に何か、この学校で奇妙《きみょう》なことが起こっている、というような話を知りませんか?」 ここでも計《はか》り売りできそうなほどの怪談が出てきた。それも自分や友達が実際に体験した話。 ぼーさんはウンザリしたように、途中で書きこみをやめてしまった。 荒木さんたちが帰っていったあと、次にやってきたのは宮崎雅代《みやざきまさよ》さんのグループ。彼女が代表のこのグループが、黒犬に噛《か》まれたと訴《うった》えた人たちだった。 ウンザリしきったあたしとぼーさんをヨソに、ナルは根気よく質問を続ける。 「では、……宮崎さん?」 「はい」 友達に囲まれて小さくなっていた宮崎さんが首をあげる。彼女の足には白い包帯《ほうたい》が巻かれていた。 「話を聞かせてください」 「はい……あの」 彼女は心細げにあたりを見まわす。それからゆっくりと話し始めた。 「この秋から、あたしたちのクラスでは変なことが起こってたんです。あの……変な声が聞こえてたんです。犬のうなり声みたいな、ハッハッていう息づかいみたいな……。それで気味が悪いね、って言ってたんですけど。そしたら……いつだったかな、足にケガをした子がいて。これは十二月くらいの話なんですけど。まるで犬に噛まれたみいに、牙《きば》のあとがついてたんです」 「その子はいま、この場にいますか?」 ナルが見渡すと、気の弱そうな男の子が手をあげた。 「どんな状況だったんですか?」 「ええと、犬の声が聞こえる、って言うのは有名な話だったんだけど、オレ……僕《ぼく》は聞いたことなかったんで、ウソだと思ってたんです。そしたら、授業中、なんか足が痛くなって。ズキッ、って突然。それで、授業終わってから見てみたら、足に歯形がついてたんですよね。ズボンはいてるから大したことなかったんだけど、ちょっと血が出てて、制服には牙が通ったあとに穴があいてたんです」 ナルはうなずく。もう一度宮崎さんを振り返って先をうながした。 「はい……。その事件が起こって、それからも時々そういうことは起こってたんですけど、犬を見た人はいなかったんですけど……。それがこないだ……」 「事件の当日、最初に噛まれた人は誰《だれ》?」 ナルが聞くと、女の子のひとりが返事をした。 「あたしです」 「どういふうに?」 彼女は肩をすくめる。 「……別に。突然何かに噛《か》まれたんです。それまでに噛まれてケガをした人、五人くらいいたんで、何が起こったのかすぐにわかった。びっくりして声をあげちゃって。先生にはどうしたって、聞かれたんで、噛まれたって言ったんです。そしたら、隣《となり》の席の子があたしの足元指さして。『犬がいる!』って。見たら、あたしの足元から黒い犬が走ってくところだったの」 「その犬はクラスのほとんどが見たんだね?」 宮崎さんはうなずく。そして、低い声で、つぶやいた。 「……本当はウソなんです」 ……え? 「だから、先生には見えなかった、っていうの、ウソなんです。だって、先生も一緒《いっしょ》になって逃げてたんですから。でも、新聞を見たら、先生には見えなかったって。後で聞いたら、見てないなんて言うんです」 宮崎さんの言葉《ことば》に、その場にいた全員がうなずいた。 「犬が出没するようになった原因に、心あたりはある?」 ナルが聞くと、さっきとは別の男の子が口を開いた。 |