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悪霊シリーズ第4巻 悪霊はひとりぼっち
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

工搿
「お名前を」
 
「岡村和美《おかむらかずみ》です」
 ナルがメモをとりはじめる。
「事件の起こった事情を聞かせてください」
 岡村さんはうなずく。軽くせきばらいをしてから、
「LL教室に幽霊が出るんです。それで、あたしたち、怖《こわ》くて授業に出るの嫌《いや》だったんです。でも、先生に言ってもしかられるだけだったので、しかたないので全員で学校を休みました」
 そうキッパリ言った。
「LL教室に出るというのはどんな霊ですか?」
「子供です。男の子」
「岡村さんはそれを実際に見ましたか?」
「見ました」
 彼女は短く答える。顔色がかわいそうになるくらい青い。よほど怖かったんだろう。
「最初、声が聞こえたんです。自分が吹きこんだテープの再生をしてると、聞いたこともない声が入っていました。子供の声の感じでした」
「何と言っているかわかりましたか?」
「いいえ、小さな声で、なにかしゃべってるな、という程度です。そしたら……」
 彼女はちょっと言葉につまる。
「あたしの足を誰《だれ》かがさわったんです」
 ナルが無言で先をうながす。
「びっくりして下を見たら、机の下に男の子がいて、あたしの足をつかんでました」
 そう言ってから彼女は早口に言葉をつなぐ。
「机の下には、子供が入れるようなスペースはないんです。そんなこと、わかってます。でも、いたんです。机の下にうずくまっていたんです。あたし、顔をはっきり覚《おぼ》えてます。六歳くらいの男の子で、気味の悪い笑いをうかべてました!」
 最後は涙声になってしまっていた。
「びっくりして、悲鳴《ひめい》をあげて立ち上がったんです。先生に注意されて、男の子がいる、って言おうと思って、下を見たら、もう何もいませんでした。先生は信じてくれません。でも、いたんです!」
 ナルはうなずく。それを見て、岡村さんはホッとしたように顔をなごませた。
 ナルが他の女の子を見渡す。
「他に、実際に霊を見た人はいますか?」
 聞かれて、五人いた女の子全員が手をあげた。
 ナルはひとりひとり事情を聞く。全員が岡村さんと同じ体験をしていた。
「ここにいる以外にも見た人はいるんですか?」
 ナルが聞くと、岡村さんはうなずく。
「あと、ふたりくらいいます。声を聞いた子はもっといます」
「どれくらい?」
 彼女は他の子と顔を見合わせ、それから、ほとんどの子が聞いていると思う、と答えた。
「他のクラスの人はどうでしょうか?」
「何人か、見たという人を知っています。声を聞いた人もたくさんいるみたいです」
 ナルはうなずく。
 ぼーさんは学校が用意してくれた校舎の見取り図に、青い色でなにやら書きこみをしている。
 ナルは少し考えこむ風情《ふぜい》を見せてから、
「……最後に。
 その他になにか、今学校で変なことが起こっているという話を聞いたことは?」
 全員が顔を見合わせあう。すぐに、もう一度岡村さんがこわばった顔で口を開いた。
「坂内《さかうち》君を学校で見た、という人がいます」
「さかうち、と言うのは?」
「九月に死んだ、一年生です」
 あ……。あの、自殺した子……。ありがちな怪談ではあるけれど。
「学校ですれちがったとか、教室に立ってたとか。
 あと……。最近は、新・七不思議ってありますけど……」
 他の子も口を開く。
「そうなんです。昔からあった、怪談が増えるとか、そういうヤツじゃなくて、新しいの」
 中のひとりが指を折る。
「ひとつ、『開かずのロッカー』。それから……『いつの間にかバラバラになる人体模型』。あと、『飛び下りる男の人』。学校の屋上《おくじょう》から男の人が飛び下りて、でも行ってみると誰《だれ》もいないんだそうです……あとは」
「『焼却炉《しょうきゃくろ》のおじいさん』焼却炉の蓋《ふた》を開けると、中からおじいさんが顔を出すってやつ。『逆《さか》さ映《うつ》しの鏡』」
「あるある。体育館のトイレの鏡が、ときどき逆さまに映っちゃううんでしょ?」
「『地学教室』は? 掃除《そうじ》のたびに蛍光灯が落ちるの」
「えー? 『化学実験室の足音』は? ちがうの?」
「『保健室』は? 奥から二番目のベッドにいつの間にか誰かが寝てるってやつ」
 あたりは口々に報告される変事で騒然となった。
 そりゃあ、七不思議って、たいがい七つ以上はあるものだけど。にしても、この数は異常。ぼーさんが書きこみをしてた図面は、あっという間に青く染まってしまった。
 ナルがみんなを黙《だま》らせる。
「ありがとう。よく調べてみます」

     4

 続いてやって来たのは、霊の除霊会を企画したグループの子だった。男女八人ほどの人たち。
 ナルは代表者は誰《だれ》かと聞く。あいつだ、こいつだでちょっとモメたけど、すぐに荒木梢《あらきこずえ》さんという女の子が代表して話をすることになった。
「……では、荒木さん。事情をお聞かせ願いたいのですが」
「何から話したらいいのかな。
 ……わたしのクラスは東棟《とう》にあるんですけど、東棟というのは、基本的に特別教室が集まっているんです。化学実験室とか、そういうやつ。わたしのクラスの隣《となり》は、音楽準備室なんです。楽器なんかがしまってある部屋です。そこで変な音がするんです」
「変な音、と言うと?」
「物をひきずる音です。本当によく聞こえるんです。先生にも聞こえるらしいんですけど、見に行ってもらっても、誰もいないって言うんです」
 しっかりした人のようだ。ハキハキとものを言う。
「LL教室では変な声が聞こえるし。わたしは聞いたことないですけど、たくさんの人が聞いてます。
 他にも、うちのクラスは地学教室の掃除《そうじ》当番なんですけど、掃除《そうじ》のたびに蛍光灯の電球が落ちるんです。蛍光管って言うのかな、あれが一本だけですけど。あれって割れると破片が飛び散るから、それでけが人をした人がたくさんいるんです。先生に言っても、気をつけるって言うばっかりでぜんぜんおさまらないし」
 彼女は怖《こわ》がっているというより、怒《おこ》っているように見えた。
「他にも火事が起こったり、みんな去年の秋からなんです。もっと言うと、一年生が自殺してから。きっと関係があると思うんです。なのに学校は何もしてくれなくて……」
「それで、自分たちで何とかしようと思ったんですね?」
「そうです。だって、ほっといたら、次はどんな被害が出るかわからないでしょう? なのに先生は何もしてくれない。わたしたちにも何もさせてくれないんです。
 別にわたしたち、新聞とかTVとが言ってるみたいに、坂内《さかうち》君のタタリだって決め付けてるわけじゃありません。でも、何かしないでいられないでしょ? 何をしたらいいかわからなくて、だから」
「……なるほど」
「荒木さんは、坂内君を知っていましたか?」
「いいえ。事件のあとで初めてそんな子がいたんだって知りました」
「遺書があったそうですが……内容を知っていますか?」
「知ってます。一時有名になりましたから。『ぼくは犬ではない』です」
 ……『犬ではない』……。
「意味がわかりますか?」
「わかる気がします。自分でも、わたしは犬か家畜みたいだって思うことあるから。髪の長さから持ち物の色まで決められて、言葉づかいから態度までモンク言われて、これじゃ犬かなんかのしつけみたいだって。あれはたぶんそういうことなんだと思います」
 ああ、わかっちゃうなぁ。あたしの学校は校則がゆるい。でも厳しい学校はどんなに厳しいか知らないわけじゃない。前に、『トイレの時間は三分以内』という校則を聞いて、これが本当に、人間に対する規則なんだろうかと思ったことがあるもんな。
 荒木さんは言う。
「それでわたし、きっと坂内君は学校のことうらんでるんだろうなと思ったんです。学校で坂内君の幽霊を見たって言う人もいるし。だから、坂内君のこと、全校の生徒できちんと慰《なぐさ》めてあげたかったんです。でも、先生はそれも許してくれない。生徒が大勢集まると、ろくなことをしないと信じてるんです」
 うう。松山《まつやま》なんかが言いそうなことだなぁ。
 ナルは軽くうなずく。
「……それでは他に何か、この学校で奇妙《きみょう》なことが起こっている、というような話を知りませんか?」
 ここでも計《はか》り売りできそうなほどの怪談が出てきた。それも自分や友達が実際に体験した話。
 ぼーさんはウンザリしたように、途中で書きこみをやめてしまった。
 荒木さんたちが帰っていったあと、次にやってきたのは宮崎雅代《みやざきまさよ》さんのグループ。彼女が代表のこのグループが、黒犬に噛《か》まれたと訴《うった》えた人たちだった。
 ウンザリしきったあたしとぼーさんをヨソに、ナルは根気よく質問を続ける。
「では、……宮崎さん?」
「はい」
 友達に囲まれて小さくなっていた宮崎さんが首をあげる。彼女の足には白い包帯《ほうたい》が巻かれていた。
「話を聞かせてください」
「はい……あの」
 彼女は心細げにあたりを見まわす。それからゆっくりと話し始めた。
 
「この秋から、あたしたちのクラスでは変なことが起こってたんです。あの……変な声が聞こえてたんです。犬のうなり声みたいな、ハッハッていう息づかいみたいな……。それで気味が悪いね、って言ってたんですけど。そしたら……いつだったかな、足にケガをした子がいて。これは十二月くらいの話なんですけど。まるで犬に噛まれたみいに、牙《きば》のあとがついてたんです」
「その子はいま、この場にいますか?」
 ナルが見渡すと、気の弱そうな男の子が手をあげた。
「どんな状況だったんですか?」
「ええと、犬の声が聞こえる、って言うのは有名な話だったんだけど、オレ……僕《ぼく》は聞いたことなかったんで、ウソだと思ってたんです。そしたら、授業中、なんか足が痛くなって。ズキッ、って突然。それで、授業終わってから見てみたら、足に歯形がついてたんですよね。ズボンはいてるから大したことなかったんだけど、ちょっと血が出てて、制服には牙が通ったあとに穴があいてたんです」
 ナルはうなずく。もう一度宮崎さんを振り返って先をうながした。
「はい……。その事件が起こって、それからも時々そういうことは起こってたんですけど、犬を見た人はいなかったんですけど……。それがこないだ……」
「事件の当日、最初に噛まれた人は誰《だれ》?」
 ナルが聞くと、女の子のひとりが返事をした。
「あたしです」
「どういふうに?」
 彼女は肩をすくめる。
「……別に。突然何かに噛《か》まれたんです。それまでに噛まれてケガをした人、五人くらいいたんで、何が起こったのかすぐにわかった。びっくりして声をあげちゃって。先生にはどうしたって、聞かれたんで、噛まれたって言ったんです。そしたら、隣《となり》の席の子があたしの足元指さして。『犬がいる!』って。見たら、あたしの足元から黒い犬が走ってくところだったの」
「その犬はクラスのほとんどが見たんだね?」
 宮崎さんはうなずく。そして、低い声で、つぶやいた。
「……本当はウソなんです」
 ……え?
「だから、先生には見えなかった、っていうの、ウソなんです。だって、先生も一緒《いっしょ》になって逃げてたんですから。でも、新聞を見たら、先生には見えなかったって。後で聞いたら、見てないなんて言うんです」
 宮崎さんの言葉《ことば》に、その場にいた全員がうなずいた。
「犬が出没するようになった原因に、心あたりはある?」
 ナルが聞くと、さっきとは別の男の子が口を開いた。
「最初は犬じゃなくて、キツネだって話だったんだよな」
「キツネ?」
「そう。一時期うちで……え?」
 彼はまわりを見まわす。両隣に座《すわ》った女の子がさかんに彼をつついていた。
「何ですか?」
 ナルに聞かれて、その男の子はあたりをうかがう。
「隠したって、しょーがねぇだろ。ちゃんと調べてもらわないとさ」
 そう言ってナルをまっすぐに見た。
「一時期、うちの学校でコックリさんがはやってたんだ。それで、これはキツネのたたりだって。こないだ犬の姿を見るまで、キツネだってみんな信じてたんです」
 ナルの眼が険《けわ》しくなった。
「うちの学校、厳しいんで、そういうの見つかったら説教くらうし。みんな隠してたけど、すごくはやってたんだ」
「すごくはやってた、とうのは、実際にはどの程度?」
 荒木さんがポツリ……と口を開いた。
「たぶん、やったことない人のほうが少ないと思います」
「ここにいる人で、やったことのない人は?」
 ナルの声に答えた人はいなかった。

 ナルはわかりました、と軽くうなずいてから、他に学校で起こっている奇妙《きみょう》なことを知らないか、と聞いた。
 そうしてここでも、メマイがするくらいたくさんの怪談が出てきたのだった。

     5

 最後にやって来たのが、集団中毒を起こした人たちのグループだった。
 安原《やすはら》生徒会長は六人ほどの人たちを連《つ》れて来たあと、自分もイスに座りこんだ。
「……それは、安原さんも被害者だということですか?」
 ナルの質問に安原さんは少し笑う。
「そうです。僕も『身体《からだ》の弱い生徒』のひとりです。どうぞ、何でも聞いてください」
 そうか、新聞には『何らかの原因で、身体の弱い生徒に被害が出たものと考えられる』って書いてあったっけ。関係者もつじつまを合わせるのに必死だったんだなぁ。安原さんも他の人も、身体が弱いようには絶対に見えないもん。
 ナルもちょっと目元をなごませる。
「それでは、代表して安原さんらお聞きします。事件の詳《くわ》しい状況は?」
「新聞でご存知かもしれませんが、事件が起こったのは十二月の十八日です。月曜日、二時間目の授業中でした」
 簡単《かんたん》、明瞭《めいりょう》。安原さんって、賢《かしこ》い人なんだ。
「クラスの半分近くの人間が倒れました。正確には十九人です。
 授業が始まってすぐ、男子生徒のひとりが吐《は》き気《け》がすると言い出しました。彼が教室を出るか出ないかのうちに、次々と同じことを言う人間が現《あらわ》れたんです。
 どうしたんだろうと思ったとき、僕もいきなり気分が悪くなって。授業が始まる前から、何だか教室の空気が悪いなと思ってたんです。みょうに生臭《なまぐさ》い臭《にお》いがして、窓を開けろとか臭いの元はどこだとか、休み時間に騒いだので印象に残ってます。
 僕《ぼく》が気分が悪くなった時には、もう十人くらいが教室の外に出てました。みんな廊下に出て、窓にしがみついてたんです。教室の空気は何だか異常に臭い気がしました。空気が悪い、ってよく言うでしょう? あれが極端に進んで臭うほどになった、って感じでした」
「……なるほど。原因はよくわからない?」
「わかりません。ストーブなんかが変な燃え方をすると、ムカムカすることありますよね。特に頭痛はしなかったけど、あれに近い感じでした。
 僕は一度、刺身《さしみ》にあたって食中毒を起こしたことあるんですけど、あれとは全然ちがいます。あれは食あたりとか、そんなもんではないですね。かと言って、学校はスチーム暖房だから、ガスの線は考えられないし」
 ……ふむふむ。
「……その臭いは今でもする?」
 安原さんはうなずいた。
「僕らはもうマヒしててわからないんですけど、今でも微《かす》かに臭いがするようです。他のクラスのやつが教室に来ると時々、何の臭いだ、って聞きますから。
 ハッキリわかるほど強くなるときもあります。あの事件のすぐあと、先生が真っ先に気分を悪くしたことがあって。あの時はヤバイと思ってみんな教室を出たんで、先生がひとり保健室に行っただけですんだんですけど。
 それ以後も、思い出したように臭いが強くなることがあります。そうだな、あの事件から数えると七、八回くらい」
「被害者は?」
 安原さんは首を振る。
「ありません。というか――。
 僕《ぼく》も最初は、これが心霊現象だなんて思わなかったんです。僕らの教室は一階なので、床下か……もっと下、つまり地層に悪いガスがたまってて、それが原因なんじゃないかと思ってたんです。ところが、江田《えだ》が……」
 安原さんは隣《となり》の男の子を振り返る。
「こいつが、臭いが強くなったとき塩をまいたんです。すると、すーっと臭いが消えるんですよ。これは何か、自然現象にしては変なんじゃないかと思って」
 ナルは江田、と呼ばれた男の子を見つめる。
「なぜ、塩を?」
「あのー、だって、清め塩、って言うじゃない。葬式とかから帰ると、塩をまくでしょ。それで、なんとなく学校でもやってみたんです。そしたら、一発で臭いが消えたんだよね」
「なんとなく……ですか?」
 彼は頭をかく。
「まー、なんか、学校でやたら幽霊が出たとか、そういう話が多くて、それで中毒事件も原因はっきりしてなかったし、なんとなく幽霊とかそういうのに関係あんるんじゃないかと、そんな気がしたんで……」
 ナルは白い指先で軽く机《つくえ》を叩《たた》く。
「これが心霊現象だとして、原因に心あたりがありますか?」
 安原さんたちは、首をかしげた。
「わかりません」
「……そう。ありがとう」
 軽くうなすいてナルは安原さんに、
「ところで、生徒会長の安原さんにお聞きしたいのですが」
「はい」
「あなたが、最初に異変に気づかれたのはいつごろでしたか?」
 安原さんは少し考えこむ。
「これはぜったいに何かある、と思ったのは、例の登校拒否事件からです。ただ……そうだな、文化祭の前後から何かがおかしいような気がしてました」
「具体的には?」
「怪談が増えたんです。生徒の間のウワサ話で、秋ぐらいからやたら怪談ばかりが耳につくようになって。どこそこで誰《だれ》が幽霊を見たとか、そんなウワサばかりを聞くようになったので、何か変だなと思っていました」
 安原さんは真剣な眼をする。
「文化祭なんて、準備もお祭りのうちだから、みんな遅くまで学校に残るでしょう? それが、すごく居残りを嫌《いや》がるんです。特に女の子にその傾向が激しくて。普通は、用がなくても残って騒いでいるものだから、少し変だと思ってました」
 ナルはうなずく。
「集団登校拒否より先に、ボヤが起こってますね。あれはどうでしたか?」
「正確な日付は覚えてませんが、最初にボヤが起こったのは、十月の半《なか》ばでした。体育館の男子更衣室でしたので、誰かイタズラ者が火の不始末《ふしまつ》でもやらかしたんだろうという話だったんです。それが、十日後にもう一度ボヤがあって。この時には先生も神経質になったんですけど、犯人はわからないままでした。そしたらつきがまた……」
「十二日後?」
「はい。これは事故にしては変だということになって。放火じゃないかと言ってたんです。先生方は警備を強化したみたいですけど、また十二日後にボヤが起こりました。この日は先生が用心のために見回りをしていたんですけど、犯人はわかりませんでした」
「そしてまた十二日後?」
「はい。その時は男子校異質には鍵《かぎ》をかけて、もう使えないようにしてあったんです。なのに、またボヤがあって。そのころ例の登校拒否事件が起こったので、放火にしてはちょっと異常なんじゃないかと思ってました」
「以来、ずっと十二日周期ですか?」
 
「そうです。必ず十二日後の早朝です」
「鍵は?」
「かかってます」
「次の予定は?」
「前回が十一日でしたので二十三日。二日後です」
 ナルは深く考えこむ。軽くボールペンで机を叩いていたけど、すぐに顔をあげた。
「……最後に」
 そう言ってグループの全員を見渡した。彼らから学校の怪談を聞き出す。口々にあげる不思議な話を聞き終えてバインダーを閉じてから、ナルは立ち上がった。
「教室を見せてもらえますか」
「ええ、どうぞ」

     6

 安原《やすはら》さんら一行に先導されて、あたしたちはその教室――三-一の教室に向かった。
 その教室は西棟の一階にあった。緑陵《りょくりょう》高校の校舎はコの字形に並んでいる。北には体育館があって、そこと続いて職員室や学食のある北棟、直角に曲《ま》がって特別教室のある東棟。さらに曲がって、普通の教室がある南棟。その南棟がちょっとだけ曲がって小さく西棟が建《た》っている。一階にニクラスしかない。三階建ての校舎だ。
 ドアを開けると、微《かす》かな臭《にお》いが鼻をついた。ひどく嫌《いや》に臭いだ。何かが腐《くさ》ったような臭い。
 安原さんは教室の中に入って、あたしたちを振り返る。
「僕《ぼく》はほとんど臭わないんですが、どうですか?」
 ナルはうなずく。
「そんなに強い臭いじゃないが、はっきり臭いがあるね」
 ぼーさんは教室の窓を開ける。
「窓を開けても、あまりかわらねぇな」
 ナルは闇《やみ》色の眼を細めるようにして、教室の中を見渡す。ひとつずつ机をなでるようにしながら、教室の中を歩き始めた。
「特に臭いの強い場所はないね」
 安原さんがうなずく。
「そうなんです。臭いの元はどこだろうって、ずいぶん探したんですけど。教室全体が臭うんですよね」
 ナルはうなずき、そしてふと立ち止まる。ドアのあたりに集まった安原さんたちを振り返った。
「ここで、何か変なことをしなかった?」
「へんなこと?」
 安原さんが首をかしげる。ナルの厳しい眼。
「降霊術とか、そんなこと」
 ナルがみんなの顔を見渡すと、軽いざわめきがはしった。
「ヲリキリさまのことじゃない?」
「だってあれは……」
 それぞれが小声で言い合うのを、
「なに?」
 安原さんが全員を代表した。
「最近……って言っても、二学期になってからなんですけど、はやってるんです。――そうなんだろう?」
 最後の言葉は、後ろにいる女の子に向かって。
 彼女はおそるおそるという感じでうなずいた。
「うちのクラスだけじゃないの。全校ではやってるんです。ヲリキリさまとか、権現《ごんげん》さま」
 ヲリキリ……?
「なぁに?」
 あたしはぼーさんに聞いたけど、ぼーさんも首をひねる。別の女の子が、
「あたし持ってる。まだ使ってないやつ」
 声高く言って、机の中から紙を引っ張り出した。
「これです」
 ……あ!
 紙に書かれた五十音。これって……コックリさんじゃ……。
 ぼーさんも、
「コックリさんじゃねぇか」
 女の子たちは騒然とする。紙を持った女の子が不満そうに頬《ほお》をふくらませた。「ちがうよぉ。コックリさんって、キツネを呼ぶんでしょ? 真ん中に鳥居《とりい》が書いてあって……。あれは危ないからしちゃダメだって聞いたことあるもん。これはね、ホラ」
 彼女は真ん中の奇妙《きみょう》なマークを指さした。文字を円形に書いて、そのわきに「はい」と「いいえ」の字。丸く並んだ「鬼」の文字と、その中の格子縞《こうしじま》が、みょうに印象に残った。
「ヲリキリさまなの。神様を呼ぶんだよ。恋愛とかさ、そういうのがよくわかるんだ。権現さまは……」
 ぼーさんは彼女の言葉の途中で、有無《うむ》を言わさず紙をひったくった。
「なによぉ!」
「権現さまは何だって?」
 紙を手の中でクシャクシャに丸める。
「……権現さまも、神様を呼び出すの。神様だから、困《こま》ったこととかに……」
 ぼーさんが投げた紙玉は、壁《かべ》にはねるとゴミ箱の中に墜落《ついらく》した。
「何ですか? なんか悪かった?」
 彼女は不安そうにぼーさんを見上げる。
「権現さま。太郎さん。ひとふでさま。キューピットさん。全部コックリさんの別名」
「えーっ!」
 叫《さけ》んだのは紙を持った彼女だけではない。
「お前らがやってるのはりっぱなコックリさんだ。名前をなんてつけようと、やってることは同じ。おもしろ半分に霊を呼び出して、オモチャにしてることになるんだ」
「そんなーぁ!」
 ぼーさんは見るからに不機嫌《ふきげん》だ。
「素人《しろうと》が降霊術なんかやるんじゃない。
 霊を呼ぶのは素人でもできるが、霊を帰すのには訓練がいる。二度とやるな」
「だって……ヲリキリさまなら、怖くない、大丈夫《だいじょうぶ》だって……」
「そんなのはデマだ。こんな馬鹿《ばか》なことをするから、変な騒動が起きるんだ」
 ぼーさんににらまれて、女の子たちはシュンとなってしまった。
「まったく、どいつもこいつも。
 黒犬が出たクラスでも、馬鹿な遊びをしてたそうじゃないか。おおかた、低級な浮遊霊でも呼んじまったんだろ。集団中毒はそいつのせいだ」
「でもぉ! ヲリキリさまなら、学校じゅうでやってるんだから!」
「ほう。そいつは運がよかったな。学校じゅうが倒れずにすんで」
 女の子たちはうなだれてしまった。
 ナルが声をはさむ。
「はやってる、と言ったね。それはどの程度?」
 彼女たちは顔を見合わせる。
「本当に学校じゅう。みーんなやってるよねぇ」
「ここにいる人の中で、やったこのとない人は?」
 安原さんも含め、手をあげた人はいなかった。

     7

 あたしたちはそのあと、手分けをして各教室に走った。まだ教室に残っている学生をつまかえて、コックリさんをやった経験の有無と、その回数を調べる。
 実際にはどの程度はやっているのか、どのくらいの割合の学生がやっているのか、その頻度《ひんど》はだいたいどれくらいか。
 陽《ひ》が落ちる前までにはいちおうの質問を終えて、あたしたちはお茶にありつけた。

 会議室には何もなかったので、安原《やすはら》さんが生徒会室からコーヒーのセットを持ってきてくれた。古い電気ポットでお湯をわかし、インスタント・コーヒーをいれてくれる。ホーローのカップはぬりがはげてて、年季が入ってる感じでほほえましい。きっと代々生徒会で使われてたものなんだろう。
「どうですか?」
 コーヒーを配《くば》り環って、安原さんは自分も座《すわ》る。それからあたしたちを見渡した。
 ぼーさんはイスにふんぞりかえってメモの束《たば》をながめている。盛大に溜《た》め息をついて、それを机に投げ出した。
「おおごとたぜ、かんべんしてくれよ」
「たいへんなんですか?」
 ぼーさんはウンザリしたようにうなずいた。
「学校をあげてのコックリさんだぜ?」
 メモの束を目線で示す。
 安原さんのグループにまで協力を頼《たの》んでとったアンケート。全学生の、推定で九割以上が最低一度はコックリさんをやったことがあり、多い者は九月以降休み時間ごとに霊を呼び出していた。
 
 十一月、十二月、異変が起こり始めてからはさすがに数は減《へ》っているようだけど、のべつにすると何回の降霊術がおこなわれたのか想像もつかない。
「……それで呼び出された霊が悪さをしてるわけだ。
 いったい、どのくらいの数の霊がこの学校をさまよってると思う? たぶん、千のケタじゃねぇ、万のケタだぜ」
 大げさに溜《た》め息《いき》をひとつついたあとで、ナルを振り返る。
「ナルちゃん、本気でやんのかよ」
 ナルもウンザリしたようすで窓の外をながめたまま、返事をしない。
「なー、あきらめて帰ろうぜー。生徒の責任なんだからよ、自分たちで除霊させりゃいいじゃねぇかー」
 だだっ子みたいな口ぶり。
「俺《おれ》、やなんだよ。コックリさんってさ。とんでもねぇ霊を呼び出してたりするからさー」
 安原さんが、まぁまぁ、となだめに入る。
「お気持ちはわかりますが、お願いします」
「そーだ。除霊のやり方教えるから、君がやれ」
「あのー」
 安原さんは困惑《こんわく》した表情だ。あたしはちょっとしかりつける口調《くちょう》。
「だめでしょ、ぼーさん。校長先生もよろしくって言ってたし」
「俺、この学校の先公キライ」
「あ、松山《まつやま》にいじめられたんで、すねてんだ」
「るせー」
 あたしは、ぼーさんの頭をなでてやった。
「かわいそーに、ぼーさんったら、ナイーブなココロが傷ついちゃったのねー」
「そーなんだよ。ロコツにサギ師あつかいされてよー。いつものことだけどさー。
 実はつらい商売なんだぜ、霊能者ってのは」
 ぼーさんがヨヨと泣きマネをするので、
「じゃー、こうしよう。
 あちこちの浮遊霊を集めて、松山に憑《つ》けて、それでもって引きあげる」
「お。いいねー、それ」
 うーん、ぼーさん松山に言われたの、かなり気にしてるでしょ。
「申し訳ありません。松山はああいうやつなんです」
 いえ、安原さんにあやまってもらうようなことでは。
「生徒側もね、あいつに関してはサジを投げてるんです。できるだけ、かかわりにならないようにしようって。人の意見なんか聞くヤツじゃないですから。こっちが大人《おとな》になってガマンしてやらないと」
 ……なんか、安原さんって、すごくキツイことを言ってるような……気がする。
 ぼーさんが顔をあげた。
「安原クン、まずくねぇの」
「何がです?」
「いや、俺《おれ》たちのとこに依頼に来たろ? 松山になんか言われねぇ?」
「だいじょうぶです。僕は成績、いいから」
 イヤミっぽくなく、サラッと言って笑う。
「以前はけっこう言われてましたけど。
 いつだったか、将来の希望・文部省って書いたらピタッと何も言わなくなったんですよね。権力を振りかざすヤツは、権力に弱いから」
 ……ナルホドぉ。
 みょうに感心したあたしとぼーさんをヨソに、ナルは聞いてるのか聞いてないのか、じっと窓の外を見ていた。
「どーした。また何か、難《むずか》しいこと考えてんのか?
 今回は浮遊霊のしわざだろ?」
 ナルは考えこんだままだ。
「……だろうね。べつに深い意味はない。ただ、少し気になるだけだ」
「気になるって、何が」
「松山も言っていたが、日本は今オカルト・ブームなんだそうだ」
「のようだな。それが?」
「日本じゅうにコックリさんの流行している学校が、どれだけあると思う?」
 ……そっか。それがなぜ、緑陵《りょくりょう》高校にだけこうも返事が続くのか、と言いたいわけだ。
「ナルの言いたいことはわかるが、ここはやってる数が尋常《じんじょう》じゃないと思うがなぁ」
 ぼーさんの言葉に、ナルはさらに複雑な表情を作る。
「素人《しろうと》が降霊会をやったからと言って、必ず霊を呼べるものじゃない。むしろ、そういう例は少ないんだ。この学校は霊能者の専門学校か? そんなものがあっても、こうもうまくいくとは思えないな」
「まぁねぇ」
「そのうえ、この事態だ。
 怪談の全部が単なるウワサにすぎないにしても、LL教室の子供は? 黒犬は? 火事は? コックリさんで浮遊霊が呼ばれて、というのはわかる。その霊の中にたまたま強いヤツがいて、害をおよぼすというのもわからないことはない。しかし、それだけにしては、この数は異常だ」
「ねぇ」
と、あたしはぼーさんに初歩的な質問をしてみる気になった。こういうとき、ナルは役に立たないので。
「コックリさんって、本当に霊を呼べるの?」
「まぁな。霊能者ならねぇ」
「霊能者でなきゃ、ダメ?」
「ダメだね。まずムリ」
「実を言うとぉ……あたしも昔やったことがあるんだけどぉ」
「ほう。麻衣《まい》までそんな馬鹿《ばか》なことをやってたのか」
「若気《わかげ》のいたりとうことで。中学のとき、はやったんだよね。
 それで、そのときも霊がきて……とゆーか、十円玉が動いて、けっこういろんなことを当てたんだよね。それってどういうことなの?」
「うーん……なんというか」
 ぼーさんはナルを見る。ナルは軽く肩をすくめて、
「麻衣、指を机の上に置いてみろ。コックリさんをやってるときの要領で」
 あたしはトンとテーブルに指をついた。
「震《ふる》えてる。動かすな」
 べつに震えるようなことは何もない。でも、自分の指先をみると、確かに震える手、というか、微《かす》かに動いている。
「そんなこと言われたって」
 止めようとしても止まらない。
「わかったか?」
「は?」
「人間の身体《からだ》はそういうふうにできているんだ」
 あ、そーか。
「これを大勢でやると、お互いの震えが影響しあってコインがあちこちに動く。
 コックリさんやウィジャ盤や……そんなものの原理はみんな同じだ。動かしていないつもりでも動かしている。誰も動かしたつもりはないから不思議に思える」
「ふうん」
 わかってみるとつまんないな。
「でも、けっこうあたったりするのは?」
「こういうことをおろうという人間は、だいたいコインが動けばいなと思っている。ちがうか?」
「そら、まー。動いたほうがおもしろいもんねぇ」
「質問に対する答えが、当たればおもしろいと考えている。
 麻衣の年は? と誰《だれ》かが質問したとする。みんなは答えを知っている。十六だ。
 だから、一、六と動けばすごいなと無意識のうちに考えるその期待が本人も意識しないうちにコインを動かしているんだ。だから十六と動いたりする」
「あたししか知らないことを当てたりすることもあるんだよ」
「たとえば?」
「今、あたしが右のポケットに入れているものを当てよ」
「うん。するとみんなは無意識のうちに推理するんだ。
 女の子がポケットの中に入れているもの。ハンカチ、クシ、鏡……。それぞれの期待はバラバラだ。それで思いがけない文字に動くこともある。たとえば、『キ』。
 すると、全員がふと考えてしまう。『キ』のつくもり。キーホルダー? それで次には『ー』に動く。最終的には『キーホルダー』という文字がつづられる」
「当たった」
 不思議。
 あたしは、ポケットからキーホルダーを取り出した。
「馬鹿《ばか》。さっきから音がしていた」
「あ、そっか」
「やってるうちに、当然のことながら当たった答えや、当たらなかった答えが出てくる。 ここでおもしろいのは人間の心のメカニズムだ。たとえば、ぼーさんの母親の名前を質問したとする。その答えが『アヤコ』と出たとして、……ぼーさん、答えは?」
「昌代《まさよ》だよ」
 
「これは、はずれだな。
 ところが、心のどこかで当たればおもしろいのに、と思っているから、つい言ってしまうんだ。『はずれているけど、わたしの知り合いにアヤコというのがいる。なぜわかったんだう』と」
「……あ、ナルホドー」
「『アヤヨ』と出れば、ちがったけど『ヨ』だけは当たったとか、『マサコ』と出れば『マサ』だけは当たったとか。
 当たったか当たらなかったかだけでいうと、こういう場合はどれも当たってないんだが、不思議なもので人間はこれを『当たった』というふうに感じてしまう。
 それに……もし、まったく当たってなくても、ああや

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