「最初は犬じゃなくて、キツネだって話だったんだよな」 「キツネ?」 「そう。一時期うちで……え?」 彼はまわりを見まわす。両隣に座《すわ》った女の子がさかんに彼をつついていた。 「何ですか?」 ナルに聞かれて、その男の子はあたりをうかがう。 「隠したって、しょーがねぇだろ。ちゃんと調べてもらわないとさ」 そう言ってナルをまっすぐに見た。 「一時期、うちの学校でコックリさんがはやってたんだ。それで、これはキツネのたたりだって。こないだ犬の姿を見るまで、キツネだってみんな信じてたんです」 ナルの眼が険《けわ》しくなった。 「うちの学校、厳しいんで、そういうの見つかったら説教くらうし。みんな隠してたけど、すごくはやってたんだ」 「すごくはやってた、とうのは、実際にはどの程度?」 荒木さんがポツリ……と口を開いた。 「たぶん、やったことない人のほうが少ないと思います」 「ここにいる人で、やったことのない人は?」 ナルの声に答えた人はいなかった。
ナルはわかりました、と軽くうなずいてから、他に学校で起こっている奇妙《きみょう》なことを知らないか、と聞いた。 そうしてここでも、メマイがするくらいたくさんの怪談が出てきたのだった。
5
最後にやって来たのが、集団中毒を起こした人たちのグループだった。 安原《やすはら》生徒会長は六人ほどの人たちを連《つ》れて来たあと、自分もイスに座りこんだ。 「……それは、安原さんも被害者だということですか?」 ナルの質問に安原さんは少し笑う。 「そうです。僕も『身体《からだ》の弱い生徒』のひとりです。どうぞ、何でも聞いてください」 そうか、新聞には『何らかの原因で、身体の弱い生徒に被害が出たものと考えられる』って書いてあったっけ。関係者もつじつまを合わせるのに必死だったんだなぁ。安原さんも他の人も、身体が弱いようには絶対に見えないもん。 ナルもちょっと目元をなごませる。 「それでは、代表して安原さんらお聞きします。事件の詳《くわ》しい状況は?」 「新聞でご存知かもしれませんが、事件が起こったのは十二月の十八日です。月曜日、二時間目の授業中でした」 簡単《かんたん》、明瞭《めいりょう》。安原さんって、賢《かしこ》い人なんだ。 「クラスの半分近くの人間が倒れました。正確には十九人です。 授業が始まってすぐ、男子生徒のひとりが吐《は》き気《け》がすると言い出しました。彼が教室を出るか出ないかのうちに、次々と同じことを言う人間が現《あらわ》れたんです。 どうしたんだろうと思ったとき、僕もいきなり気分が悪くなって。授業が始まる前から、何だか教室の空気が悪いなと思ってたんです。みょうに生臭《なまぐさ》い臭《にお》いがして、窓を開けろとか臭いの元はどこだとか、休み時間に騒いだので印象に残ってます。 僕《ぼく》が気分が悪くなった時には、もう十人くらいが教室の外に出てました。みんな廊下に出て、窓にしがみついてたんです。教室の空気は何だか異常に臭い気がしました。空気が悪い、ってよく言うでしょう? あれが極端に進んで臭うほどになった、って感じでした」 「……なるほど。原因はよくわからない?」 「わかりません。ストーブなんかが変な燃え方をすると、ムカムカすることありますよね。特に頭痛はしなかったけど、あれに近い感じでした。 僕は一度、刺身《さしみ》にあたって食中毒を起こしたことあるんですけど、あれとは全然ちがいます。あれは食あたりとか、そんなもんではないですね。かと言って、学校はスチーム暖房だから、ガスの線は考えられないし」 ……ふむふむ。 「……その臭いは今でもする?」 安原さんはうなずいた。 「僕らはもうマヒしててわからないんですけど、今でも微《かす》かに臭いがするようです。他のクラスのやつが教室に来ると時々、何の臭いだ、って聞きますから。 ハッキリわかるほど強くなるときもあります。あの事件のすぐあと、先生が真っ先に気分を悪くしたことがあって。あの時はヤバイと思ってみんな教室を出たんで、先生がひとり保健室に行っただけですんだんですけど。 それ以後も、思い出したように臭いが強くなることがあります。そうだな、あの事件から数えると七、八回くらい」 「被害者は?」 安原さんは首を振る。 「ありません。というか――。 僕《ぼく》も最初は、これが心霊現象だなんて思わなかったんです。僕らの教室は一階なので、床下か……もっと下、つまり地層に悪いガスがたまってて、それが原因なんじゃないかと思ってたんです。ところが、江田《えだ》が……」 安原さんは隣《となり》の男の子を振り返る。 「こいつが、臭いが強くなったとき塩をまいたんです。すると、すーっと臭いが消えるんですよ。これは何か、自然現象にしては変なんじゃないかと思って」 ナルは江田、と呼ばれた男の子を見つめる。 「なぜ、塩を?」 「あのー、だって、清め塩、って言うじゃない。葬式とかから帰ると、塩をまくでしょ。それで、なんとなく学校でもやってみたんです。そしたら、一発で臭いが消えたんだよね」 「なんとなく……ですか?」 彼は頭をかく。 「まー、なんか、学校でやたら幽霊が出たとか、そういう話が多くて、それで中毒事件も原因はっきりしてなかったし、なんとなく幽霊とかそういうのに関係あんるんじゃないかと、そんな気がしたんで……」 ナルは白い指先で軽く机《つくえ》を叩《たた》く。 「これが心霊現象だとして、原因に心あたりがありますか?」 安原さんたちは、首をかしげた。 「わかりません」 「……そう。ありがとう」 軽くうなすいてナルは安原さんに、 「ところで、生徒会長の安原さんにお聞きしたいのですが」 「はい」 「あなたが、最初に異変に気づかれたのはいつごろでしたか?」 安原さんは少し考えこむ。 「これはぜったいに何かある、と思ったのは、例の登校拒否事件からです。ただ……そうだな、文化祭の前後から何かがおかしいような気がしてました」 「具体的には?」 「怪談が増えたんです。生徒の間のウワサ話で、秋ぐらいからやたら怪談ばかりが耳につくようになって。どこそこで誰《だれ》が幽霊を見たとか、そんなウワサばかりを聞くようになったので、何か変だなと思っていました」 安原さんは真剣な眼をする。 「文化祭なんて、準備もお祭りのうちだから、みんな遅くまで学校に残るでしょう? それが、すごく居残りを嫌《いや》がるんです。特に女の子にその傾向が激しくて。普通は、用がなくても残って騒いでいるものだから、少し変だと思ってました」 ナルはうなずく。 「集団登校拒否より先に、ボヤが起こってますね。あれはどうでしたか?」 「正確な日付は覚えてませんが、最初にボヤが起こったのは、十月の半《なか》ばでした。体育館の男子更衣室でしたので、誰かイタズラ者が火の不始末《ふしまつ》でもやらかしたんだろうという話だったんです。それが、十日後にもう一度ボヤがあって。この時には先生も神経質になったんですけど、犯人はわからないままでした。そしたらつきがまた……」 「十二日後?」 「はい。これは事故にしては変だということになって。放火じゃないかと言ってたんです。先生方は警備を強化したみたいですけど、また十二日後にボヤが起こりました。この日は先生が用心のために見回りをしていたんですけど、犯人はわかりませんでした」 「そしてまた十二日後?」 「はい。その時は男子校異質には鍵《かぎ》をかけて、もう使えないようにしてあったんです。なのに、またボヤがあって。そのころ例の登校拒否事件が起こったので、放火にしてはちょっと異常なんじゃないかと思ってました」 「以来、ずっと十二日周期ですか?」 「そうです。必ず十二日後の早朝です」 「鍵は?」 「かかってます」 「次の予定は?」 「前回が十一日でしたので二十三日。二日後です」 ナルは深く考えこむ。軽くボールペンで机を叩いていたけど、すぐに顔をあげた。 「……最後に」 そう言ってグループの全員を見渡した。彼らから学校の怪談を聞き出す。口々にあげる不思議な話を聞き終えてバインダーを閉じてから、ナルは立ち上がった。 「教室を見せてもらえますか」 「ええ、どうぞ」
6
安原《やすはら》さんら一行に先導されて、あたしたちはその教室――三-一の教室に向かった。 その教室は西棟の一階にあった。緑陵《りょくりょう》高校の校舎はコの字形に並んでいる。北には体育館があって、そこと続いて職員室や学食のある北棟、直角に曲《ま》がって特別教室のある東棟。さらに曲がって、普通の教室がある南棟。その南棟がちょっとだけ曲がって小さく西棟が建《た》っている。一階にニクラスしかない。三階建ての校舎だ。 ドアを開けると、微《かす》かな臭《にお》いが鼻をついた。ひどく嫌《いや》に臭いだ。何かが腐《くさ》ったような臭い。 安原さんは教室の中に入って、あたしたちを振り返る。 「僕《ぼく》はほとんど臭わないんですが、どうですか?」 ナルはうなずく。 「そんなに強い臭いじゃないが、はっきり臭いがあるね」 ぼーさんは教室の窓を開ける。 「窓を開けても、あまりかわらねぇな」 ナルは闇《やみ》色の眼を細めるようにして、教室の中を見渡す。ひとつずつ机をなでるようにしながら、教室の中を歩き始めた。 「特に臭いの強い場所はないね」 安原さんがうなずく。 「そうなんです。臭いの元はどこだろうって、ずいぶん探したんですけど。教室全体が臭うんですよね」 ナルはうなずき、そしてふと立ち止まる。ドアのあたりに集まった安原さんたちを振り返った。 「ここで、何か変なことをしなかった?」 「へんなこと?」 安原さんが首をかしげる。ナルの厳しい眼。 「降霊術とか、そんなこと」 ナルがみんなの顔を見渡すと、軽いざわめきがはしった。 「ヲリキリさまのことじゃない?」 「だってあれは……」 それぞれが小声で言い合うのを、 「なに?」 安原さんが全員を代表した。 「最近……って言っても、二学期になってからなんですけど、はやってるんです。――そうなんだろう?」 最後の言葉は、後ろにいる女の子に向かって。 彼女はおそるおそるという感じでうなずいた。 「うちのクラスだけじゃないの。全校ではやってるんです。ヲリキリさまとか、権現《ごんげん》さま」 ヲリキリ……? 「なぁに?」 あたしはぼーさんに聞いたけど、ぼーさんも首をひねる。別の女の子が、 「あたし持ってる。まだ使ってないやつ」 声高く言って、机の中から紙を引っ張り出した。 「これです」 ……あ! 紙に書かれた五十音。これって……コックリさんじゃ……。 ぼーさんも、 「コックリさんじゃねぇか」 女の子たちは騒然とする。紙を持った女の子が不満そうに頬《ほお》をふくらませた。「ちがうよぉ。コックリさんって、キツネを呼ぶんでしょ? 真ん中に鳥居《とりい》が書いてあって……。あれは危ないからしちゃダメだって聞いたことあるもん。これはね、ホラ」 彼女は真ん中の奇妙《きみょう》なマークを指さした。文字を円形に書いて、そのわきに「はい」と「いいえ」の字。丸く並んだ「鬼」の文字と、その中の格子縞《こうしじま》が、みょうに印象に残った。 「ヲリキリさまなの。神様を呼ぶんだよ。恋愛とかさ、そういうのがよくわかるんだ。権現さまは……」 ぼーさんは彼女の言葉の途中で、有無《うむ》を言わさず紙をひったくった。 「なによぉ!」 「権現さまは何だって?」 紙を手の中でクシャクシャに丸める。 「……権現さまも、神様を呼び出すの。神様だから、困《こま》ったこととかに……」 ぼーさんが投げた紙玉は、壁《かべ》にはねるとゴミ箱の中に墜落《ついらく》した。 「何ですか? なんか悪かった?」 彼女は不安そうにぼーさんを見上げる。 「権現さま。太郎さん。ひとふでさま。キューピットさん。全部コックリさんの別名」 「えーっ!」 叫《さけ》んだのは紙を持った彼女だけではない。 「お前らがやってるのはりっぱなコックリさんだ。名前をなんてつけようと、やってることは同じ。おもしろ半分に霊を呼び出して、オモチャにしてることになるんだ」 「そんなーぁ!」 ぼーさんは見るからに不機嫌《ふきげん》だ。 「素人《しろうと》が降霊術なんかやるんじゃない。 霊を呼ぶのは素人でもできるが、霊を帰すのには訓練がいる。二度とやるな」 「だって……ヲリキリさまなら、怖くない、大丈夫《だいじょうぶ》だって……」 「そんなのはデマだ。こんな馬鹿《ばか》なことをするから、変な騒動が起きるんだ」 ぼーさんににらまれて、女の子たちはシュンとなってしまった。 「まったく、どいつもこいつも。 黒犬が出たクラスでも、馬鹿な遊びをしてたそうじゃないか。おおかた、低級な浮遊霊でも呼んじまったんだろ。集団中毒はそいつのせいだ」 「でもぉ! ヲリキリさまなら、学校じゅうでやってるんだから!」 「ほう。そいつは運がよかったな。学校じゅうが倒れずにすんで」 女の子たちはうなだれてしまった。 ナルが声をはさむ。 「はやってる、と言ったね。それはどの程度?」 彼女たちは顔を見合わせる。 「本当に学校じゅう。みーんなやってるよねぇ」 「ここにいる人の中で、やったこのとない人は?」 安原さんも含め、手をあげた人はいなかった。
7
あたしたちはそのあと、手分けをして各教室に走った。まだ教室に残っている学生をつまかえて、コックリさんをやった経験の有無と、その回数を調べる。 実際にはどの程度はやっているのか、どのくらいの割合の学生がやっているのか、その頻度《ひんど》はだいたいどれくらいか。 陽《ひ》が落ちる前までにはいちおうの質問を終えて、あたしたちはお茶にありつけた。
会議室には何もなかったので、安原《やすはら》さんが生徒会室からコーヒーのセットを持ってきてくれた。古い電気ポットでお湯をわかし、インスタント・コーヒーをいれてくれる。ホーローのカップはぬりがはげてて、年季が入ってる感じでほほえましい。きっと代々生徒会で使われてたものなんだろう。 「どうですか?」 コーヒーを配《くば》り環って、安原さんは自分も座《すわ》る。それからあたしたちを見渡した。 ぼーさんはイスにふんぞりかえってメモの束《たば》をながめている。盛大に溜《た》め息をついて、それを机に投げ出した。 「おおごとたぜ、かんべんしてくれよ」 「たいへんなんですか?」 ぼーさんはウンザリしたようにうなずいた。 「学校をあげてのコックリさんだぜ?」 メモの束を目線で示す。 安原さんのグループにまで協力を頼《たの》んでとったアンケート。全学生の、推定で九割以上が最低一度はコックリさんをやったことがあり、多い者は九月以降休み時間ごとに霊を呼び出していた。 十一月、十二月、異変が起こり始めてからはさすがに数は減《へ》っているようだけど、のべつにすると何回の降霊術がおこなわれたのか想像もつかない。 「……それで呼び出された霊が悪さをしてるわけだ。 いったい、どのくらいの数の霊がこの学校をさまよってると思う? たぶん、千のケタじゃねぇ、万のケタだぜ」 大げさに溜《た》め息《いき》をひとつついたあとで、ナルを振り返る。 「ナルちゃん、本気でやんのかよ」 ナルもウンザリしたようすで窓の外をながめたまま、返事をしない。 「なー、あきらめて帰ろうぜー。生徒の責任なんだからよ、自分たちで除霊させりゃいいじゃねぇかー」 だだっ子みたいな口ぶり。 「俺《おれ》、やなんだよ。コックリさんってさ。とんでもねぇ霊を呼び出してたりするからさー」 安原さんが、まぁまぁ、となだめに入る。 「お気持ちはわかりますが、お願いします」 「そーだ。除霊のやり方教えるから、君がやれ」 「あのー」 安原さんは困惑《こんわく》した表情だ。あたしはちょっとしかりつける口調《くちょう》。 「だめでしょ、ぼーさん。校長先生もよろしくって言ってたし」 「俺、この学校の先公キライ」 「あ、松山《まつやま》にいじめられたんで、すねてんだ」 「るせー」 あたしは、ぼーさんの頭をなでてやった。 「かわいそーに、ぼーさんったら、ナイーブなココロが傷ついちゃったのねー」 「そーなんだよ。ロコツにサギ師あつかいされてよー。いつものことだけどさー。 実はつらい商売なんだぜ、霊能者ってのは」 ぼーさんがヨヨと泣きマネをするので、 「じゃー、こうしよう。 あちこちの浮遊霊を集めて、松山に憑《つ》けて、それでもって引きあげる」 「お。いいねー、それ」 うーん、ぼーさん松山に言われたの、かなり気にしてるでしょ。 「申し訳ありません。松山はああいうやつなんです」 いえ、安原さんにあやまってもらうようなことでは。 「生徒側もね、あいつに関してはサジを投げてるんです。できるだけ、かかわりにならないようにしようって。人の意見なんか聞くヤツじゃないですから。こっちが大人《おとな》になってガマンしてやらないと」 ……なんか、安原さんって、すごくキツイことを言ってるような……気がする。 ぼーさんが顔をあげた。 「安原クン、まずくねぇの」 「何がです?」 「いや、俺《おれ》たちのとこに依頼に来たろ? 松山になんか言われねぇ?」 「だいじょうぶです。僕は成績、いいから」 イヤミっぽくなく、サラッと言って笑う。 「以前はけっこう言われてましたけど。 いつだったか、将来の希望・文部省って書いたらピタッと何も言わなくなったんですよね。権力を振りかざすヤツは、権力に弱いから」 ……ナルホドぉ。 みょうに感心したあたしとぼーさんをヨソに、ナルは聞いてるのか聞いてないのか、じっと窓の外を見ていた。 「どーした。また何か、難《むずか》しいこと考えてんのか? 今回は浮遊霊のしわざだろ?」 ナルは考えこんだままだ。 「……だろうね。べつに深い意味はない。ただ、少し気になるだけだ」 「気になるって、何が」 「松山も言っていたが、日本は今オカルト・ブームなんだそうだ」 「のようだな。それが?」 「日本じゅうにコックリさんの流行している学校が、どれだけあると思う?」 ……そっか。それがなぜ、緑陵《りょくりょう》高校にだけこうも返事が続くのか、と言いたいわけだ。 「ナルの言いたいことはわかるが、ここはやってる数が尋常《じんじょう》じゃないと思うがなぁ」 ぼーさんの言葉に、ナルはさらに複雑な表情を作る。 「素人《しろうと》が降霊会をやったからと言って、必ず霊を呼べるものじゃない。むしろ、そういう例は少ないんだ。この学校は霊能者の専門学校か? そんなものがあっても、こうもうまくいくとは思えないな」 「まぁねぇ」 「そのうえ、この事態だ。 怪談の全部が単なるウワサにすぎないにしても、LL教室の子供は? 黒犬は? 火事は? コックリさんで浮遊霊が呼ばれて、というのはわかる。その霊の中にたまたま強いヤツがいて、害をおよぼすというのもわからないことはない。しかし、それだけにしては、この数は異常だ」 「ねぇ」 と、あたしはぼーさんに初歩的な質問をしてみる気になった。こういうとき、ナルは役に立たないので。 「コックリさんって、本当に霊を呼べるの?」 「まぁな。霊能者ならねぇ」 「霊能者でなきゃ、ダメ?」 「ダメだね。まずムリ」 「実を言うとぉ……あたしも昔やったことがあるんだけどぉ」 「ほう。麻衣《まい》までそんな馬鹿《ばか》なことをやってたのか」 「若気《わかげ》のいたりとうことで。中学のとき、はやったんだよね。 それで、そのときも霊がきて……とゆーか、十円玉が動いて、けっこういろんなことを当てたんだよね。それってどういうことなの?」 「うーん……なんというか」 ぼーさんはナルを見る。ナルは軽く肩をすくめて、 「麻衣、指を机の上に置いてみろ。コックリさんをやってるときの要領で」 あたしはトンとテーブルに指をついた。 「震《ふる》えてる。動かすな」 べつに震えるようなことは何もない。でも、自分の指先をみると、確かに震える手、というか、微《かす》かに動いている。 「そんなこと言われたって」 止めようとしても止まらない。 「わかったか?」 「は?」 「人間の身体《からだ》はそういうふうにできているんだ」 あ、そーか。 「これを大勢でやると、お互いの震えが影響しあってコインがあちこちに動く。 コックリさんやウィジャ盤や……そんなものの原理はみんな同じだ。動かしていないつもりでも動かしている。誰も動かしたつもりはないから不思議に思える」 「ふうん」 わかってみるとつまんないな。 「でも、けっこうあたったりするのは?」 「こういうことをおろうという人間は、だいたいコインが動けばいなと思っている。ちがうか?」 「そら、まー。動いたほうがおもしろいもんねぇ」 「質問に対する答えが、当たればおもしろいと考えている。 麻衣の年は? と誰《だれ》かが質問したとする。みんなは答えを知っている。十六だ。 だから、一、六と動けばすごいなと無意識のうちに考えるその期待が本人も意識しないうちにコインを動かしているんだ。だから十六と動いたりする」 「あたししか知らないことを当てたりすることもあるんだよ」 「たとえば?」 「今、あたしが右のポケットに入れているものを当てよ」 「うん。するとみんなは無意識のうちに推理するんだ。 女の子がポケットの中に入れているもの。ハンカチ、クシ、鏡……。それぞれの期待はバラバラだ。それで思いがけない文字に動くこともある。たとえば、『キ』。 すると、全員がふと考えてしまう。『キ』のつくもり。キーホルダー? それで次には『ー』に動く。最終的には『キーホルダー』という文字がつづられる」 「当たった」 不思議。 あたしは、ポケットからキーホルダーを取り出した。 「馬鹿《ばか》。さっきから音がしていた」 「あ、そっか」 「やってるうちに、当然のことながら当たった答えや、当たらなかった答えが出てくる。 ここでおもしろいのは人間の心のメカニズムだ。たとえば、ぼーさんの母親の名前を質問したとする。その答えが『アヤコ』と出たとして、……ぼーさん、答えは?」 「昌代《まさよ》だよ」 「これは、はずれだな。 ところが、心のどこかで当たればおもしろいのに、と思っているから、つい言ってしまうんだ。『はずれているけど、わたしの知り合いにアヤコというのがいる。なぜわかったんだう』と」 「……あ、ナルホドー」 「『アヤヨ』と出れば、ちがったけど『ヨ』だけは当たったとか、『マサコ』と出れば『マサ』だけは当たったとか。 当たったか当たらなかったかだけでいうと、こういう場合はどれも当たってないんだが、不思議なもので人間はこれを『当たった』というふうに感じてしまう。 それに……もし、まったく当たってなくても、ああやっぱり当たらなかったな、ですむ。当たれば不思議なので誰《だれ》も強く印象に残す。 実際に実験してみればわかるが、二ダースくらい質問して、そのうち三つくらい当たると、「けっこう当たった」という気がしてしまうんだ。その三つの正解のうち、厳密な正解は実はなかったりするんだが」 「……そういわれてみれば、そうかもなー」 あたしがやったときも、そんなカンジだった気がする。 ぼーさんがアングリとナルを見つめる。 「……なに?」 「今の講義を聞いてると、お前さんはコックリさんを信じてないみたいに聞こえるぜ」 「そうだな……僕《ぼく》自身はコックリさんには否定的」 「えーっっ! そうなのー!?」 「なんでまた……」 ぼーさんの声に、 「誰もが霊はなんでも知っていると思っている。 たとえば、麻衣の未来、ぼーさんの心、僕がポケットの中にひそかに隠し持っているもの、そんなものがわかって当然だと思っているが、本当にそうなんだろうか?」 「あっ」 わたしとぼーさんは仲よくハモってしまった。 「麻衣がもし、死んで霊になったとして、そんなものをわかる自信があるか?」 「……ない」 「だろう? 僕自身はこう思っている。 基本的に霊が人間よりも知っていることは、『死』についてと『死後の世界』についてだけだ、と」 ……うーん、ナルホド……。『死』に関することだけは、経験したことのある人間じゃなきゃわかんないもんねぇ。 「だから、ぼーさんとちがって、僕はコックリさんというのは無害な遊びだと思っているんだ」 じっと話を聞いていた安原さんが口をはさむ。 「でも、もしもその場に霊感の強い人間がいたら? 本当に霊を呼ぶことになりませんか?」 ナルは肩をすくめる。 「なるね。しかし、霊能者というのは、悪霊《あくりょう》を遠ざけることができる。本能的に悪い例は呼ばないでおくことができるんだ。 そうでなきゃ、霊能者なんてやってられない。 霊能者のほとんどは、悪霊にとり殺されなきゃならないから」 「それは……そうですね」 「とにかく……」 ナルは、気のないそぶりでメモの山をめくった。 「霊を呼ぶ作業は、ラジオのアンテナを調整する作業に似ている。大勢の人間がよってたかって霊を呼んで、その結果学校じゅうに浮遊霊《ふゆうれい》があふれた、というぼーさんの見解はある程度正しいと思う。 除霊をするにも大本《おおもと》がないんだから、それぞれをあたるしかない。 全員がそろうのを待って、手当たりしだいに除霊してみるしかないだろうな」 ナルの声は、心底ウンザリしている気配《けはい》だった。
二章 陰《かげ》に踊る
1
綾子《あやこ》、リンさんの第二陣が到着したのは、夜になってからだった。 会議室に来るなり、綾子の悲鳴《ひめい》。 「ホテルじゃないーっっ!?」 そうなんだ。東京からは遠いので宿泊所の用意を頼《たの》んだわけ。そしたら、学校側が用意したのが宿直室だったという……。 松崎《まつざき》綾子。推定二十三歳。自称、巫女《みこ》。意味もなく自信に満ちあふれているが、いまだかつて彼女の実力を確認した者はいない。一説には単なる役たたずとも。 綾子はあたしに詰《つ》めよる。 「どういうことよ」 「しかたないでしょーが。幸い、宿直室はふたつあるから。 あたしと綾子はふたりで、六畳《じょう》ひと間」 ナルたちはもっと不幸だぞ。六畳に男三人、明日ジョンが来たら四人で寝るんだから。「おまけに暖房も切れてる!」 綾子はさらにモンクを言う。 「それもまた、しかたない。それとも帰る?」 あたしが聞くと綾子はそっぽを向いた。 ナルは我関《われかん》せず、という顔で、リンさんと打ち合わせをしていた。 リンさん。本名、不詳。年齢、不明。出会って十か月近く経《た》とうというのに、いまだ本名も年齢もわからない、という事実がリンさんのすべてを象徴《しょうちょう》している。よく考えてみれば、ナル以上にナゾの人。 「とにかく、目撃数が多すぎて機材がたりない」 ナルは不満そうに言う。 「明日、原《はら》さんに霊視してもらって、霊の存在を確認する。霊がいるということになれば、ぼーさん、松崎さん、ジョンの三人で除霊にあたる。あいまいなものについては、僕《ぼく》とリンさんとで調査を行う。麻衣《まい》は」 言ってあたしを振り返った。 「基本的には、ベースで情報の中継と整理をしてもらう」 「はーい」 「ただし、何かあったら報告するように」 ??? 言葉の意味がわからなくてキョトンとするあたしを、ぼーさんがつついた。 「第六感のオンナなんだろ?」 「あ、そっか」 そーゆうこともありましたね。前回やたらカンがよかったんだよなぁ。でもって潜在的《せんざいてき》にESPだ、なんて言われちゃってー。へっへっへっ。 「ナルちゃんよぉー。こいつぁーダメだわ」 なんだよー。ちょっと忘れてただけじゃん。あたしってばホラ、オクユカシイからー。「まぁ、麻衣が役にたたないのは、今に始まったことじゃないから。前回が特別だったのよねー」 綾子の思いっきしイヤミな口調《くちょう》。 「べーだ。やいてんでしょ。自分が一回も役にたったことないから」 綾子がムッとした顔をする。 にらみあうあたしたちを安原《やすはら》さんが笑った。 「霊能者って、もっと暗い人たちの集まりだと思ってたな」 「うちはトクベツなんです。そだ、安原さん、帰らなくていいんですか?」 「うん。僕《ぼく》みたいなのでも、いたら雑用くらいできるかな、と思って。いちおう、泊《と》まるようにしてきたんですけど」 ぼーさんが情《なさ》けない顔をした。六畳に男五人の図を想像したのかもしれない。 安原さんは笑う。 「ご心配なく。僕、寝袋借りてきましたから」 ……うーん。なんて気のきく人なんだろう。 「安原さん」 ナルがシビアな声を出す。 「残ってくださるのはありがたいのですが、泊まりこみはやめたほうがいい。危険です」「もちろん、足手まといになるようなら、言ってください。帰ります」 と、ニッコリ。 なんてスガスガしい人なんだろー。うーん、ファンになっちゃうなー。 ナルもちょっと口元で笑う。 「それでは、手を貸していただこうかな。腕力に自信はありますか?」 「まかせといてください」 ナルはうなずき、宣言する。 「では、リン。麻衣。機材を運《はこ》ぶ」 ……はぁぁぁい。
ぞろぞろとみんなして、校舎裏の駐車場にとめたワゴン車に機材を取りにいく。 「LL教室、ニ-四、三-一、更衣室、音楽準備室の五か所にカメラを。その他、怪談の報告された場所にマイクを置く」 ナルの支持どおり、機材を運んでセッティングする。駐車場と校舎とを往復しながら、安原さんは眼を丸くしていた。
「すごいですねぇ。最近の霊能者って、こんな機械をつかうんですね」 安原さんとふたり、足音がするという化学実験室に行って、マイクをセットしていた。「うちは特別なんです」 あたしはニガ笑いしてしまう。ニガ笑いするしかないもんねぇ。 「正直《しょうじき》言うと霊能者って、もっと見るからにアブナイ感じで、手をかざしたり呪文《じゅもん》を唱《とな》えたりするもんなんだと思ってました」 「そういうことをするひともいますけど。少なくともナルは、霊能者じゃないから」 「そうなんですか?」 安原さんは驚いた顔だ。 「本人はそう言ってます。ゴースト・ハンターなんですって」 「あ、知ってる、それ」 あたしはテープ・デッキの用意をしていた手をとめた。 「めずらしい……。普通知らないですよ、そんなの」 安原さんは複雑な表情をする。 「ちょっと話題になったから……」 話題? 「坂内《さかうち》がね、入学早々の進路調査でそう書いたんだって。将来の希望、ゴースト・ハンターって。冗談《じょうだん》のつもりだったんだろうけど」 「坂内……って、夏に死んだ子ですよね」 「うん。僕《ぼく》らの知るかぎりじゃ、学生が死んだのって、学校始まって以来のことだから。一時期、その話ばっかりだったな」 安原さんは苦《にが》い表情をする。 「なんか……たまんないよね。おんなじ学校にいて、一緒《いっしょ》の空間で一日の半分を過ごして、ひょっとしたら廊下《ろうか》とかですれちがったこと、あったかもしれない。縁《えん》があったら、友達してたかもしれない、とか思うとね」 「そうですね……」 冗談《じょうだん》にせよ、ゴースト・ハンターになりたかった男の子。彼があたしたちを見たら、なんて言っただろう。 「そっか……こういうのに興味のある子だったのか……」 少しめいったあたしを、はげますみたいに安原さんは笑う。 「さて。次はどこに行けばいいんでしょう、親方」 デッキをかつぎ上げる。 あたしはあわててメモをくった。 「えーと、『猫の鳴き声がする体育倉庫』です。……親方、はないですよ、安原さん」 「その、丁寧《ていねい》なしゃべりかた、やめてくれたら僕《ぼく》もやめます。ホントは谷山《たにやま》さんって、もっとオテンバな人でしょ」 ……うう。ばれてるよなぁ。 「安原さんがやめてくれたら、あたしもやめます。あたしのほうが年下なんですから」 「僕、そういうの、嫌《きら》い。縦割《たてわ》り社会の風習って好きじゃない」 「あ、あたしもです」 「気が合いますね、親分」 「そうですね、子分。ナルシストの大親分にどやされないうちに、次行きましょう」 「そうしましょう」 怪談の横行《おうこう》する深夜の学校を、あたしと安原さんはヘラヘラ笑いながら小走りに歩いた。
2
初日の夜は機材のセッティングに終始した。 暗視カメラや、サーモグラフィー、集音マイクなどを、怪談の目撃霊が多い場所から順にセットしていった。何しろ、校舎を横断するほど長いケーブル(コードのことよ)などというものはないので、それぞれの場所で録画なり録音なりしたものをいちいち回収して、会議室でチェックしなければならない。いつもより準備もめんどうだったし、アフターケアもたいへんで、あたしはすっかりウンザリしてしまった。 準備を終えて眠ったのは、夜中の三時くらいだったろうか。 あたしたちを手伝ったりしない綾子《あやこ》は、はやばやと宿直室で布団《ふとん》にくるまっていた。あたしが部屋に入っても、起きる気配《けはい》はない。それでもあたしはそっと着替えて、冷たい布団の中にもぐりこんだ。 ……そして、不思議な夢を見た。
あたしは、夜の学校を歩いていた。 暗い教室、暗い廊下《ろうか》。人気《ひとけ》が絶《た》えて、コソとも物音がしない校舎。 どこだかはわからない。真の闇《やみ》。 あたしは何となくあたりを見まわす。眼の前にドアがあるに気づいた。 意味もなく開けてみる。すっと風がふいた。そこは屋上《おくじょう》。 屋上を見渡すと、はしっこに人影が見えた。 「……誰《だれ》?」 声をかけると、人影が振り向いた。 あたしぐらいの年齢の男のこだった。背は低めで、どことなく頼《たよ》りなげ。彼は気の弱そうな眼であたしを見てから、すぐに視線を屋上の外に戻した。 手すりに腕をのせ、じっと下を見ている。 「何をしてるの?」 そばに近づいて聞く。彼は小さな声で答えた。 「見てる……」 何を、と聞いても返答はない。彼の視線を追う。彼はじっと校舎を見ているのだった。 一緒《いっしょ》になって、ちょっとの間、校舎をながめた。 暗い、黒い窓。そこにチラと白いのもが見えた。 えっ、と思って眼をこらす。白い光。それがすうっと窓を横切っていく。丸くて、長く尾をひいて。まるで重みなんかないみたいに、白く流れる。 「……人魂《ひとだま》だ」 つぶやいたとたん、その下の階にも白い光が現れた。眼を向けると、その下の階にも。隣の窓にも、その隣の窓にも。眼をそむければ、グラウンドにも。 あっという間に、学校は白い人魂でいっぱいになった。いたるところに白い尾をひいて飛んでいる。あたしの身体《からだ》のまわりにも。まるで大きな雪が降るみたいに。 「あれ……見える?」 黙《だま》ってどこかを見ている男の子に声をかけた。 彼はうなずく。少し笑みを浮かべた。 「怖くない?」 「楽しい」 「……楽しい? こんなのが?」 だってあれ人魂でしょ? こんな風景が楽しいの? 彼はあたしを見返した。満足そうな笑みを浮かべる。 「すごく、楽しい」 ……だって、あれは。 ふいに彼の表情に影がさす。上目《うわめ》づかいにあたしを見据《みす》えて、口元をほころばせた。そのにらみ据《す》えるような眼の、暗い光。 彼は笑う。口の端をつりあげて。邪悪《じゃあく》な色の笑み。 「すごく、楽しい。これ以上愉快《ゆかい》な気分なんて、ないくらいだよ」 ……あなた、誰《だれ》? 誰なの?
ポンといきなり目が覚《さ》めてしまった。 身体を起こすと、あたりはまだ暗い。微《かす》かに綾子の寝息が聞こえる 枕もとの腕時計を取って見た。ほんの十分と寝てない。 おやぁー? 今の夢はなんだったのかなー? 男の子の顔を思い出してみる。記憶にない顔だ。少なくとも知り合いじゃない。 「変なの……」 マクラを叩《たた》いて、もう一度横になった。今度はごく簡単に熟睡《じゅくすい》できた。
3
クタクタになっていたと言うのに、あたしたちは朝もはよから叩き起こされてしまった。 ブツクサ言いながらドアを開けると、外には数人の女の子が立っていた。彼女たちは霊能者が来たと聞いて、HR《ホームルーム》の前に状況を聞きにきたのだ。 ……気持ちはわかるんだけどぉ……。 あたしは事情を説明する。昨日《きのう》は予備調査の段階で、本格的な調査は今日からであること、したがって除霊もこれからなのだということ。 不満気な女の子たちにお引き取り願い、再び布団《ふとん》に潜《もぐ》り込む。 眠ろうとしたら、またノック。 けっきょくHR前に五組の生徒たちが顔を出して、あたしも綾子《あやこ》もすっかり目が覚めてしまった。
不幸はそれにとどまらなかった。 昨夜セッティングした機材までデータを回収に行ってみれば、黒山の人だかり。とっつかまって質問責《ぜ》めにされて。調査に支障をきたすから、機材にはさわらないでねー、とかアイソを振りまいたりなんかして。やりにくいこと、このうえない。 そのうえ制服の群れの中にいると、部外者のあたしたちは目立つ、目立つ。機材のチェックに走るたび、興味しんしんの生徒につかまってしまった。 全員がどんな小さな情報でもいいから聞きたがった。安原《やすはら》さんが言ったように、誰《だれ》もが本当に不安なんだと思った。教室には空席が目立った。季節がらの風邪《かぜ》のせいと、学校を怖《こわ》がって休んでいる生徒のぶん。そして学校にはおよそ活気というものがない。生徒たちは数人で群れをなし、お葬式のように小さな声で話をしていた。 それでもまぁ、生徒につかまった人間は幸せなのだ。松山《まつやま》に合った人間はもっと不幸だ。彼はあたしたちを見つけると、ひとしきりイヤミを言う。こっちの血管が切れそうになるほど不愉快《ふゆかい》なことをさんざん言って、自分だけすっきりした顔で去っていくのだ。ふーんだ、ばかやろー。 そうしてその日の午後、第三陣、ジョンと一緒《いっしょ》に来た真砂子《まさこ》が、さらに不愉快な爆弾を落としてくれたのであった。
ジョンと真砂子が着いたのは、三時頃だった。 ジョン・ブラウン。十九歳、オーストラリア出身のエクソシスト。不幸にして関西で日本語を学んだために、えてして笑いをとってしまう不幸な人。性格はきわめて良好、霊能者はにもったいない(?)かも。 原《はら》真砂子。十六歳。霊媒《れいばい》。小さいころから霊媒として活躍、TVなんかにも出演しちゃうメジャー・タレント。他にもイロイロ言いたいことはあるけど、今はパス。ナルによると実力はあるらしい。 ふたりをむかえ、授業を終わって手伝いに来てくれてた安原さんに紹介などして、ナルはふたりに状況を説明する。その脇であたしは昨日《きのう》集めた情報の整理を、リンさんは昨夜集めたデータのチェックをしていた。 ナルがまっさきに真砂子に聞く。 「原さん、学校の状態はどうですか?」 真砂子はひどく憂鬱《ゆううつ》そうだった。言いにくそうにためらったあと、ナルにうながされてやっと口を開いた。 「よく……わかりません」 爆弾投下。 あっという間にあたしたちは騒然となった。 「ちょっと待て、真砂子ちゃん、またかよ」 ぼーさんの声に、真砂子はそっぽを向く。 「だって、あたくしにはよく見えないんですもの」 言ってから、すねたように、 「まったく見えないわけじゃ、ありませんのよ。存在は感じますわ」 ぼーさんが頭をかかえる。綾子とジョンは途方《とほう》にくれたように首を振り、そしてナルは複雑な眼をする。 ……つまりは、今回も真砂子はアテにできないってことかぁ? ちょっと、カンベンしてよ。 霊を見るのには才能がいるらしい。はっきりとした目的を持った強い霊は、才能のあるなしにかかわらず見えることがある。でも、普通、ひっそりとただそこにいるだけ、みたいな霊を見るのには特殊な才能が必要なんだって。 今ここにいるメンバーの中に、その才能を持った人間は真砂子しかいない。つまり、真砂子がアテにならないということは、目かくしされるようなもので。 これは、困《こま》った。 「……存在はかんじるんですね?」 ウンザリしたようにナルに言われ、真砂子はすねた顔をする。 「いつもなら、もっとはっきり霊姿が見えるんですの。それがここは……。ちょうど、チャンネルの調整が合ってないTVを見てるみたいですわ。何かひどい雑音が入って……。言っている意味がわかりますかしら」 ……うーん、よくわかんねーなー。 「霊がいることはわかるんです。それもたくさんいますわ。どこにいるかもわかります。でも……どんな霊なのかよくかわりません。はっきり見える霊もいるのですけど」 真砂子は言って、うなだれる。 「あたくし、もともと浮遊霊《ふゆうれい》と話をするのはニガテですの。場所や人に強い因縁《いんねん》を持っている霊 なら、だいたいだいじょうぶなのですけど……」 ぼーさんが溜《た》め息《いき》をつく。 「まぁ……コックリさんで呼び出された霊だから、学校にも生徒にも大した因縁がなくて当然だが……。またかよ、真砂子」 うらめしそうに真砂子を見る。 真砂子はぼーさんをにらみつける。 「このあいだは特別ですわ。 今回はまったく見えないわけでも、感じないわけでもありません!」 へいへい、とぼーさんは首をすくめる。 真砂子はふいに少しだけ眉《まゆ》をひそめた。 「特に強く感じる霊がいるのですけど……」 「どういう霊ですか?」 ナルに聞かれて、真砂子は遠くを見るように眼を細める。 「男の子です。あたくしと同じ年頃の……」 真砂子と……あたしと同じ年頃の男の子……? 「その子ははっきり見えますわ。強い感情を感じます。……その子は、なにか学校でつらいことがあったのではないかしら。学校にとらわれています」 ……それは……まさか。 真砂子は眼を閉じ、少し首をかしげる。 「この近くにはいないのに、こんなに気配が強い……。きっと自殺した霊だと思います。そんなに昔の話ではありませんわ」 ……坂内《さかうち》君だ……。では、彼は学校をさまよっているんだ……。 なんだか首の後ろがヒヤッとした。 ゆうべ見た夢。屋上に立っていた男の子。あれは……誰《だれ》だったんだろう? ナルはバインダーを開いて新聞の切り抜きを出した。 「それは、この子ではありませんか?」 真砂子は切り抜きを受け取って見つめる。ちょうど真砂子はあたしの横に立っていて、首を伸ばすと内容が見えた。とある高校一年生が、自殺したことを告げる記事。その生徒の顔写真。 突然、めまいがした。……あれは……あの写真は……。 真砂子がうなずく。 「この人ですわ。……そう、坂内さんとおっしゃるの……」 真砂子から受け取った切り抜きを、もとどおりに綴《と》じながらナルは、 「……学校にうらみがある……というのは、本当かな」 ひとりごとのようにつぶやいた。すぐにリンさんを振り返って、 「リン、昨夜のようすはどうだ?」 呼びかけられてリンさんは、ヘッドホンをはずした。 「温度に異常があった場所が何か所かあります。特に低かったのは三-一、ニ-四の教室、LL教室です」 三-一は集団中毒を出した安原さんの教室。ニ-四は黒犬が出た教室だった。 「映像に異常はありませんが、マイクに音が入っている場所が三か所あります。美術準備室とニ-四の教室、それから体育倉庫ですが」 ナルがトン、と机を叩く。 「なるほど、初日から反応が出てくれるわけか」 いつだったろう。ナルが『霊はシャイだ』と言っていたのは。心霊現象は部外者を嫌《きら》う。部外者が入ってくると、一時的にしろナリをひそめるって。 それが初日から反応があった。……と言うことは……。 ナルが全員を見渡した。 「今あがった五か所を中心に除霊にかかる。 原さん、校内をまわって霊のいる場所をチェックしてください。松崎《まつざき》さん、原さんに同行して可能な限りでけっこうですから除霊を」 「OK」 綾子と真砂子が立ち上がる。その綾子を呼びとめて、 「ここの霊は甘く見ないほうがいい。用心してください。 ここには麻衣《まい》が残ります。こまめに連絡を入れてくださるよう。ぼーさんとジョンは」 言ってふたりに顔を向ける。 「まず、昨夜動きのあった五か所を。 それがすんだら、原さんの指示があった場所にむかってくれ」 「あいよ」 「はいです」 ふたりが、いいお返事をして席を立つ。 「僕《ぼく》とリンは不透明な場所の調査を続ける。安原さん、手伝ってください。――麻衣」 「はいっ」 元気よく返事をしたあたしに、ナルの冷たい視線。 「さぼって寝るなよ」 ……はぁぁい。
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何事もなかったかのように授業の続く校内に、みんなが出かけていった。 あたしはひとりで会議室に留守番《るすばん》。ぽつんと残されて、うら寂《さび》しいというか、心細いというか、ちょっと落ちつかない気分。 ……いっつも留守番なんだもんなー。 心の中でブツクサ言いながら、あたしは昨日《きのう》集まった情報の整理にかかった。
怪談《かいだん》とその場所。証言の内容。大きなカードにまとめながら、あたしは小さくアクビをひとつ。 ……ああ、いかん。眠い。ゆうべも遅かったし、重労働だったし。おまけに今はヒマで……。寝てはダメだ。しっかりするんだ。寝ているところ |