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悪霊シリーズ第4巻 悪霊はひとりぼっち
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

!」
「権現さまは何だって?」
 紙を手の中でクシャクシャに丸める。
「……権現さまも、神様を呼び出すの。神様だから、困《こま》ったこととかに……」
 ぼーさんが投げた紙玉は、壁《かべ》にはねるとゴミ箱の中に墜落《ついらく》した。
「何ですか? なんか悪かった?」
 彼女は不安そうにぼーさんを見上げる。
「権現さま。太郎さん。ひとふでさま。キューピットさん。全部コックリさんの別名」
「えーっ!」
 叫《さけ》んだのは紙を持った彼女だけではない。
「お前らがやってるのはりっぱなコックリさんだ。名前をなんてつけようと、やってることは同じ。おもしろ半分に霊を呼び出して、オモチャにしてることになるんだ」
「そんなーぁ!」
 ぼーさんは見るからに不機嫌《ふきげん》だ。
「素人《しろうと》が降霊術なんかやるんじゃない。
 霊を呼ぶのは素人でもできるが、霊を帰すのには訓練がいる。二度とやるな」
「だって……ヲリキリさまなら、怖くない、大丈夫《だいじょうぶ》だって……」
「そんなのはデマだ。こんな馬鹿《ばか》なことをするから、変な騒動が起きるんだ」
 ぼーさんににらまれて、女の子たちはシュンとなってしまった。
「まったく、どいつもこいつも。
 黒犬が出たクラスでも、馬鹿な遊びをしてたそうじゃないか。おおかた、低級な浮遊霊でも呼んじまったんだろ。集団中毒はそいつのせいだ」
「でもぉ! ヲリキリさまなら、学校じゅうでやってるんだから!」
「ほう。そいつは運がよかったな。学校じゅうが倒れずにすんで」
 女の子たちはうなだれてしまった。
 ナルが声をはさむ。
「はやってる、と言ったね。それはどの程度?」
 彼女たちは顔を見合わせる。
「本当に学校じゅう。みーんなやってるよねぇ」
「ここにいる人の中で、やったこのとない人は?」
 安原さんも含め、手をあげた人はいなかった。

     7

 あたしたちはそのあと、手分けをして各教室に走った。まだ教室に残っている学生をつまかえて、コックリさんをやった経験の有無と、その回数を調べる。
 実際にはどの程度はやっているのか、どのくらいの割合の学生がやっているのか、その頻度《ひんど》はだいたいどれくらいか。
 陽《ひ》が落ちる前までにはいちおうの質問を終えて、あたしたちはお茶にありつけた。

 会議室には何もなかったので、安原《やすはら》さんが生徒会室からコーヒーのセットを持ってきてくれた。古い電気ポットでお湯をわかし、インスタント・コーヒーをいれてくれる。ホーローのカップはぬりがはげてて、年季が入ってる感じでほほえましい。きっと代々生徒会で使われてたものなんだろう。
「どうですか?」
 コーヒーを配《くば》り環って、安原さんは自分も座《すわ》る。それからあたしたちを見渡した。
 ぼーさんはイスにふんぞりかえってメモの束《たば》をながめている。盛大に溜《た》め息をついて、それを机に投げ出した。
「おおごとたぜ、かんべんしてくれよ」
「たいへんなんですか?」
 ぼーさんはウンザリしたようにうなずいた。
「学校をあげてのコックリさんだぜ?」
 メモの束を目線で示す。
 安原さんのグループにまで協力を頼《たの》んでとったアンケート。全学生の、推定で九割以上が最低一度はコックリさんをやったことがあり、多い者は九月以降休み時間ごとに霊を呼び出していた。
 
 十一月、十二月、異変が起こり始めてからはさすがに数は減《へ》っているようだけど、のべつにすると何回の降霊術がおこなわれたのか想像もつかない。
「……それで呼び出された霊が悪さをしてるわけだ。
 いったい、どのくらいの数の霊がこの学校をさまよってると思う? たぶん、千のケタじゃねぇ、万のケタだぜ」
 大げさに溜《た》め息《いき》をひとつついたあとで、ナルを振り返る。
「ナルちゃん、本気でやんのかよ」
 ナルもウンザリしたようすで窓の外をながめたまま、返事をしない。
「なー、あきらめて帰ろうぜー。生徒の責任なんだからよ、自分たちで除霊させりゃいいじゃねぇかー」
 だだっ子みたいな口ぶり。
「俺《おれ》、やなんだよ。コックリさんってさ。とんでもねぇ霊を呼び出してたりするからさー」
 安原さんが、まぁまぁ、となだめに入る。
「お気持ちはわかりますが、お願いします」
「そーだ。除霊のやり方教えるから、君がやれ」
「あのー」
 安原さんは困惑《こんわく》した表情だ。あたしはちょっとしかりつける口調《くちょう》。
「だめでしょ、ぼーさん。校長先生もよろしくって言ってたし」
「俺、この学校の先公キライ」
「あ、松山《まつやま》にいじめられたんで、すねてんだ」
「るせー」
 あたしは、ぼーさんの頭をなでてやった。
「かわいそーに、ぼーさんったら、ナイーブなココロが傷ついちゃったのねー」
「そーなんだよ。ロコツにサギ師あつかいされてよー。いつものことだけどさー。
 実はつらい商売なんだぜ、霊能者ってのは」
 ぼーさんがヨヨと泣きマネをするので、
「じゃー、こうしよう。
 あちこちの浮遊霊を集めて、松山に憑《つ》けて、それでもって引きあげる」
「お。いいねー、それ」
 うーん、ぼーさん松山に言われたの、かなり気にしてるでしょ。
「申し訳ありません。松山はああいうやつなんです」
 いえ、安原さんにあやまってもらうようなことでは。
「生徒側もね、あいつに関してはサジを投げてるんです。できるだけ、かかわりにならないようにしようって。人の意見なんか聞くヤツじゃないですから。こっちが大人《おとな》になってガマンしてやらないと」
 ……なんか、安原さんって、すごくキツイことを言ってるような……気がする。
 ぼーさんが顔をあげた。
「安原クン、まずくねぇの」
「何がです?」
「いや、俺《おれ》たちのとこに依頼に来たろ? 松山になんか言われねぇ?」
「だいじょうぶです。僕は成績、いいから」
 イヤミっぽくなく、サラッと言って笑う。
「以前はけっこう言われてましたけど。
 いつだったか、将来の希望・文部省って書いたらピタッと何も言わなくなったんですよね。権力を振りかざすヤツは、権力に弱いから」
 ……ナルホドぉ。
 みょうに感心したあたしとぼーさんをヨソに、ナルは聞いてるのか聞いてないのか、じっと窓の外を見ていた。
「どーした。また何か、難《むずか》しいこと考えてんのか?
 今回は浮遊霊のしわざだろ?」
 ナルは考えこんだままだ。
「……だろうね。べつに深い意味はない。ただ、少し気になるだけだ」
「気になるって、何が」
「松山も言っていたが、日本は今オカルト・ブームなんだそうだ」
「のようだな。それが?」
「日本じゅうにコックリさんの流行している学校が、どれだけあると思う?」
 ……そっか。それがなぜ、緑陵《りょくりょう》高校にだけこうも返事が続くのか、と言いたいわけだ。
「ナルの言いたいことはわかるが、ここはやってる数が尋常《じんじょう》じゃないと思うがなぁ」
 ぼーさんの言葉に、ナルはさらに複雑な表情を作る。
「素人《しろうと》が降霊会をやったからと言って、必ず霊を呼べるものじゃない。むしろ、そういう例は少ないんだ。この学校は霊能者の専門学校か? そんなものがあっても、こうもうまくいくとは思えないな」
「まぁねぇ」
「そのうえ、この事態だ。
 怪談の全部が単なるウワサにすぎないにしても、LL教室の子供は? 黒犬は? 火事は? コックリさんで浮遊霊が呼ばれて、というのはわかる。その霊の中にたまたま強いヤツがいて、害をおよぼすというのもわからないことはない。しかし、それだけにしては、この数は異常だ」
「ねぇ」
と、あたしはぼーさんに初歩的な質問をしてみる気になった。こういうとき、ナルは役に立たないので。
「コックリさんって、本当に霊を呼べるの?」
「まぁな。霊能者ならねぇ」
「霊能者でなきゃ、ダメ?」
「ダメだね。まずムリ」
「実を言うとぉ……あたしも昔やったことがあるんだけどぉ」
「ほう。麻衣《まい》までそんな馬鹿《ばか》なことをやってたのか」
「若気《わかげ》のいたりとうことで。中学のとき、はやったんだよね。
 それで、そのときも霊がきて……とゆーか、十円玉が動いて、けっこういろんなことを当てたんだよね。それってどういうことなの?」
「うーん……なんというか」
 ぼーさんはナルを見る。ナルは軽く肩をすくめて、
「麻衣、指を机の上に置いてみろ。コックリさんをやってるときの要領で」
 あたしはトンとテーブルに指をついた。
「震《ふる》えてる。動かすな」
 べつに震えるようなことは何もない。でも、自分の指先をみると、確かに震える手、というか、微《かす》かに動いている。
「そんなこと言われたって」
 止めようとしても止まらない。
「わかったか?」
「は?」
「人間の身体《からだ》はそういうふうにできているんだ」
 あ、そーか。
「これを大勢でやると、お互いの震えが影響しあってコインがあちこちに動く。
 コックリさんやウィジャ盤や……そんなものの原理はみんな同じだ。動かしていないつもりでも動かしている。誰も動かしたつもりはないから不思議に思える」
「ふうん」
 わかってみるとつまんないな。
「でも、けっこうあたったりするのは?」
「こういうことをおろうという人間は、だいたいコインが動けばいなと思っている。ちがうか?」
「そら、まー。動いたほうがおもしろいもんねぇ」
「質問に対する答えが、当たればおもしろいと考えている。
 麻衣の年は? と誰《だれ》かが質問したとする。みんなは答えを知っている。十六だ。
 だから、一、六と動けばすごいなと無意識のうちに考えるその期待が本人も意識しないうちにコインを動かしているんだ。だから十六と動いたりする」
「あたししか知らないことを当てたりすることもあるんだよ」
「たとえば?」
「今、あたしが右のポケットに入れているものを当てよ」
「うん。するとみんなは無意識のうちに推理するんだ。
 女の子がポケットの中に入れているもの。ハンカチ、クシ、鏡……。それぞれの期待はバラバラだ。それで思いがけない文字に動くこともある。たとえば、『キ』。
 すると、全員がふと考えてしまう。『キ』のつくもり。キーホルダー? それで次には『ー』に動く。最終的には『キーホルダー』という文字がつづられる」
「当たった」
 不思議。
 あたしは、ポケットからキーホルダーを取り出した。
「馬鹿《ばか》。さっきから音がしていた」
「あ、そっか」
「やってるうちに、当然のことながら当たった答えや、当たらなかった答えが出てくる。 ここでおもしろいのは人間の心のメカニズムだ。たとえば、ぼーさんの母親の名前を質問したとする。その答えが『アヤコ』と出たとして、……ぼーさん、答えは?」
「昌代《まさよ》だよ」
 
「これは、はずれだな。
 ところが、心のどこかで当たればおもしろいのに、と思っているから、つい言ってしまうんだ。『はずれているけど、わたしの知り合いにアヤコというのがいる。なぜわかったんだう』と」
「……あ、ナルホドー」
「『アヤヨ』と出れば、ちがったけど『ヨ』だけは当たったとか、『マサコ』と出れば『マサ』だけは当たったとか。
 当たったか当たらなかったかだけでいうと、こういう場合はどれも当たってないんだが、不思議なもので人間はこれを『当たった』というふうに感じてしまう。
 それに……もし、まったく当たってなくても、ああやっぱり当たらなかったな、ですむ。当たれば不思議なので誰《だれ》も強く印象に残す。
 実際に実験してみればわかるが、二ダースくらい質問して、そのうち三つくらい当たると、「けっこう当たった」という気がしてしまうんだ。その三つの正解のうち、厳密な正解は実はなかったりするんだが」
「……そういわれてみれば、そうかもなー」
 あたしがやったときも、そんなカンジだった気がする。
 ぼーさんがアングリとナルを見つめる。
「……なに?」
「今の講義を聞いてると、お前さんはコックリさんを信じてないみたいに聞こえるぜ」
「そうだな……僕《ぼく》自身はコックリさんには否定的」
「えーっっ! そうなのー!?」
「なんでまた……」
 ぼーさんの声に、
「誰もが霊はなんでも知っていると思っている。
 たとえば、麻衣の未来、ぼーさんの心、僕がポケットの中にひそかに隠し持っているもの、そんなものがわかって当然だと思っているが、本当にそうなんだろうか?」
「あっ」
 わたしとぼーさんは仲よくハモってしまった。
「麻衣がもし、死んで霊になったとして、そんなものをわかる自信があるか?」
「……ない」
「だろう? 僕自身はこう思っている。
 基本的に霊が人間よりも知っていることは、『死』についてと『死後の世界』についてだけだ、と」
 ……うーん、ナルホド……。『死』に関することだけは、経験したことのある人間じゃなきゃわかんないもんねぇ。
「だから、ぼーさんとちがって、僕はコックリさんというのは無害な遊びだと思っているんだ」
 じっと話を聞いていた安原さんが口をはさむ。
「でも、もしもその場に霊感の強い人間がいたら?
 本当に霊を呼ぶことになりませんか?」
 ナルは肩をすくめる。
「なるね。しかし、霊能者というのは、悪霊《あくりょう》を遠ざけることができる。本能的に悪い例は呼ばないでおくことができるんだ。
 そうでなきゃ、霊能者なんてやってられない。
 霊能者のほとんどは、悪霊にとり殺されなきゃならないから」
「それは……そうですね」
「とにかく……」
 ナルは、気のないそぶりでメモの山をめくった。
「霊を呼ぶ作業は、ラジオのアンテナを調整する作業に似ている。大勢の人間がよってたかって霊を呼んで、その結果学校じゅうに浮遊霊《ふゆうれい》があふれた、というぼーさんの見解はある程度正しいと思う。
 除霊をするにも大本《おおもと》がないんだから、それぞれをあたるしかない。
 全員がそろうのを待って、手当たりしだいに除霊してみるしかないだろうな」
 ナルの声は、心底ウンザリしている気配《けはい》だった。


二章 陰《かげ》に踊る


     1

 綾子《あやこ》、リンさんの第二陣が到着したのは、夜になってからだった。
 会議室に来るなり、綾子の悲鳴《ひめい》。
「ホテルじゃないーっっ!?」
 そうなんだ。東京からは遠いので宿泊所の用意を頼《たの》んだわけ。そしたら、学校側が用意したのが宿直室だったという……。
 松崎《まつざき》綾子。推定二十三歳。自称、巫女《みこ》。意味もなく自信に満ちあふれているが、いまだかつて彼女の実力を確認した者はいない。一説には単なる役たたずとも。
 綾子はあたしに詰《つ》めよる。
「どういうことよ」
「しかたないでしょーが。幸い、宿直室はふたつあるから。
 あたしと綾子はふたりで、六畳《じょう》ひと間」
 ナルたちはもっと不幸だぞ。六畳に男三人、明日ジョンが来たら四人で寝るんだから。「おまけに暖房も切れてる!」
 綾子はさらにモンクを言う。
「それもまた、しかたない。それとも帰る?」
 あたしが聞くと綾子はそっぽを向いた。
 ナルは我関《われかん》せず、という顔で、リンさんと打ち合わせをしていた。
 リンさん。本名、不詳。年齢、不明。出会って十か月近く経《た》とうというのに、いまだ本名も年齢もわからない、という事実がリンさんのすべてを象徴《しょうちょう》している。よく考えてみれば、ナル以上にナゾの人。
「とにかく、目撃数が多すぎて機材がたりない」
 ナルは不満そうに言う。
「明日、原《はら》さんに霊視してもらって、霊の存在を確認する。霊がいるということになれば、ぼーさん、松崎さん、ジョンの三人で除霊にあたる。あいまいなものについては、僕《ぼく》とリンさんとで調査を行う。麻衣《まい》は」
 言ってあたしを振り返った。
「基本的には、ベースで情報の中継と整理をしてもらう」
「はーい」
「ただし、何かあったら報告するように」
 ???
 言葉の意味がわからなくてキョトンとするあたしを、ぼーさんがつついた。
「第六感のオンナなんだろ?」
「あ、そっか」
 そーゆうこともありましたね。前回やたらカンがよかったんだよなぁ。でもって潜在的《せんざいてき》にESPだ、なんて言われちゃってー。へっへっへっ。
「ナルちゃんよぉー。こいつぁーダメだわ」
 なんだよー。ちょっと忘れてただけじゃん。あたしってばホラ、オクユカシイからー。「まぁ、麻衣が役にたたないのは、今に始まったことじゃないから。前回が特別だったのよねー」
 綾子の思いっきしイヤミな口調《くちょう》。
「べーだ。やいてんでしょ。自分が一回も役にたったことないから」
 綾子がムッとした顔をする。
 にらみあうあたしたちを安原《やすはら》さんが笑った。
「霊能者って、もっと暗い人たちの集まりだと思ってたな」
「うちはトクベツなんです。そだ、安原さん、帰らなくていいんですか?」
「うん。僕《ぼく》みたいなのでも、いたら雑用くらいできるかな、と思って。いちおう、泊《と》まるようにしてきたんですけど」
 ぼーさんが情《なさ》けない顔をした。六畳に男五人の図を想像したのかもしれない。 安原さんは笑う。
「ご心配なく。僕、寝袋借りてきましたから」
 ……うーん。なんて気のきく人なんだろう。
「安原さん」
 ナルがシビアな声を出す。
「残ってくださるのはありがたいのですが、泊まりこみはやめたほうがいい。危険です」「もちろん、足手まといになるようなら、言ってください。帰ります」
と、ニッコリ。
 なんてスガスガしい人なんだろー。うーん、ファンになっちゃうなー。
 ナルもちょっと口元で笑う。
「それでは、手を貸していただこうかな。腕力に自信はありますか?」
「まかせといてください」
 ナルはうなずき、宣言する。
「では、リン。麻衣。機材を運《はこ》ぶ」
 ……はぁぁぁい。

 ぞろぞろとみんなして、校舎裏の駐車場にとめたワゴン車に機材を取りにいく。
「LL教室、ニ-四、三-一、更衣室、音楽準備室の五か所にカメラを。その他、怪談の報告された場所にマイクを置く」
 ナルの支持どおり、機材を運んでセッティングする。駐車場と校舎とを往復しながら、安原さんは眼を丸くしていた。
 

「すごいですねぇ。最近の霊能者って、こんな機械をつかうんですね」
 安原さんとふたり、足音がするという化学実験室に行って、マイクをセットしていた。「うちは特別なんです」
 あたしはニガ笑いしてしまう。ニガ笑いするしかないもんねぇ。
「正直《しょうじき》言うと霊能者って、もっと見るからにアブナイ感じで、手をかざしたり呪文《じゅもん》を唱《とな》えたりするもんなんだと思ってました」
「そういうことをするひともいますけど。少なくともナルは、霊能者じゃないから」
「そうなんですか?」
 安原さんは驚いた顔だ。
「本人はそう言ってます。ゴースト・ハンターなんですって」
「あ、知ってる、それ」
 あたしはテープ・デッキの用意をしていた手をとめた。
「めずらしい……。普通知らないですよ、そんなの」
 安原さんは複雑な表情をする。
「ちょっと話題になったから……」
 話題?
「坂内《さかうち》がね、入学早々の進路調査でそう書いたんだって。将来の希望、ゴースト・ハンターって。冗談《じょうだん》のつもりだったんだろうけど」
「坂内……って、夏に死んだ子ですよね」
「うん。僕《ぼく》らの知るかぎりじゃ、学生が死んだのって、学校始まって以来のことだから。一時期、その話ばっかりだったな」
 安原さんは苦《にが》い表情をする。
「なんか……たまんないよね。おんなじ学校にいて、一緒《いっしょ》の空間で一日の半分を過ごして、ひょっとしたら廊下《ろうか》とかですれちがったこと、あったかもしれない。縁《えん》があったら、友達してたかもしれない、とか思うとね」
「そうですね……」
 冗談《じょうだん》にせよ、ゴースト・ハンターになりたかった男の子。彼があたしたちを見たら、なんて言っただろう。
「そっか……こういうのに興味のある子だったのか……」
 少しめいったあたしを、はげますみたいに安原さんは笑う。
「さて。次はどこに行けばいいんでしょう、親方」
 デッキをかつぎ上げる。
 あたしはあわててメモをくった。
「えーと、『猫の鳴き声がする体育倉庫』です。……親方、はないですよ、安原さん」
「その、丁寧《ていねい》なしゃべりかた、やめてくれたら僕《ぼく》もやめます。ホントは谷山《たにやま》さんって、もっとオテンバな人でしょ」
 ……うう。ばれてるよなぁ。
「安原さんがやめてくれたら、あたしもやめます。あたしのほうが年下なんですから」
「僕、そういうの、嫌《きら》い。縦割《たてわ》り社会の風習って好きじゃない」
「あ、あたしもです」
「気が合いますね、親分」
「そうですね、子分。ナルシストの大親分にどやされないうちに、次行きましょう」
「そうしましょう」
 怪談の横行《おうこう》する深夜の学校を、あたしと安原さんはヘラヘラ笑いながら小走りに歩いた。

     2

 初日の夜は機材のセッティングに終始した。
 暗視カメラや、サーモグラフィー、集音マイクなどを、怪談の目撃霊が多い場所から順にセットしていった。何しろ、校舎を横断するほど長いケーブル(コードのことよ)などというものはないので、それぞれの場所で録画なり録音なりしたものをいちいち回収して、会議室でチェックしなければならない。いつもより準備もめんどうだったし、アフターケアもたいへんで、あたしはすっかりウンザリしてしまった。
 準備を終えて眠ったのは、夜中の三時くらいだったろうか。
 あたしたちを手伝ったりしない綾子《あやこ》は、はやばやと宿直室で布団《ふとん》にくるまっていた。あたしが部屋に入っても、起きる気配《けはい》はない。それでもあたしはそっと着替えて、冷たい布団の中にもぐりこんだ。
 ……そして、不思議な夢を見た。

 あたしは、夜の学校を歩いていた。
 暗い教室、暗い廊下《ろうか》。人気《ひとけ》が絶《た》えて、コソとも物音がしない校舎。
 どこだかはわからない。真の闇《やみ》。
 あたしは何となくあたりを見まわす。眼の前にドアがあるに気づいた。
 意味もなく開けてみる。すっと風がふいた。そこは屋上《おくじょう》。
 屋上を見渡すと、はしっこに人影が見えた。
「……誰《だれ》?」
 声をかけると、人影が振り向いた。
 あたしぐらいの年齢の男のこだった。背は低めで、どことなく頼《たよ》りなげ。彼は気の弱そうな眼であたしを見てから、すぐに視線を屋上の外に戻した。
 手すりに腕をのせ、じっと下を見ている。
「何をしてるの?」
 そばに近づいて聞く。彼は小さな声で答えた。
「見てる……」
 何を、と聞いても返答はない。彼の視線を追う。彼はじっと校舎を見ているのだった。 一緒《いっしょ》になって、ちょっとの間、校舎をながめた。
 暗い、黒い窓。そこにチラと白いのもが見えた。
 えっ、と思って眼をこらす。白い光。それがすうっと窓を横切っていく。丸くて、長く尾をひいて。まるで重みなんかないみたいに、白く流れる。
「……人魂《ひとだま》だ」
 つぶやいたとたん、その下の階にも白い光が現れた。眼を向けると、その下の階にも。隣の窓にも、その隣の窓にも。眼をそむければ、グラウンドにも。
 あっという間に、学校は白い人魂でいっぱいになった。いたるところに白い尾をひいて飛んでいる。あたしの身体《からだ》のまわりにも。まるで大きな雪が降るみたいに。
「あれ……見える?」
 黙《だま》ってどこかを見ている男の子に声をかけた。
 彼はうなずく。少し笑みを浮かべた。
「怖くない?」
「楽しい」
「……楽しい? こんなのが?」
 だってあれ人魂でしょ? こんな風景が楽しいの?
 彼はあたしを見返した。満足そうな笑みを浮かべる。
「すごく、楽しい」
 ……だって、あれは。
 ふいに彼の表情に影がさす。上目《うわめ》づかいにあたしを見据《みす》えて、口元をほころばせた。そのにらみ据《す》えるような眼の、暗い光。
 彼は笑う。口の端をつりあげて。邪悪《じゃあく》な色の笑み。
「すごく、楽しい。これ以上愉快《ゆかい》な気分なんて、ないくらいだよ」
 ……あなた、誰《だれ》?
 誰なの?

 ポンといきなり目が覚《さ》めてしまった。
 身体を起こすと、あたりはまだ暗い。微《かす》かに綾子の寝息が聞こえる
 枕もとの腕時計を取って見た。ほんの十分と寝てない。
 おやぁー? 今の夢はなんだったのかなー?
 男の子の顔を思い出してみる。記憶にない顔だ。少なくとも知り合いじゃない。
「変なの……」
 マクラを叩《たた》いて、もう一度横になった。今度はごく簡単に熟睡《じゅくすい》できた。

     3

 クタクタになっていたと言うのに、あたしたちは朝もはよから叩き起こされてしまった。
 ブツクサ言いながらドアを開けると、外には数人の女の子が立っていた。彼女たちは霊能者が来たと聞いて、HR《ホームルーム》の前に状況を聞きにきたのだ。
 ……気持ちはわかるんだけどぉ……。
 あたしは事情を説明する。昨日《きのう》は予備調査の段階で、本格的な調査は今日からであること、したがって除霊もこれからなのだということ。
 不満気な女の子たちにお引き取り願い、再び布団《ふとん》に潜《もぐ》り込む。
 眠ろうとしたら、またノック。
 けっきょくHR前に五組の生徒たちが顔を出して、あたしも綾子《あやこ》もすっかり目が覚めてしまった。

 不幸はそれにとどまらなかった。
 昨夜セッティングした機材までデータを回収に行ってみれば、黒山の人だかり。とっつかまって質問責《ぜ》めにされて。調査に支障をきたすから、機材にはさわらないでねー、とかアイソを振りまいたりなんかして。やりにくいこと、このうえない。
 
 そのうえ制服の群れの中にいると、部外者のあたしたちは目立つ、目立つ。機材のチェックに走るたび、興味しんしんの生徒につかまってしまった。
 全員がどんな小さな情報でもいいから聞きたがった。安原《やすはら》さんが言ったように、誰《だれ》もが本当に不安なんだと思った。教室には空席が目立った。季節がらの風邪《かぜ》のせいと、学校を怖《こわ》がって休んでいる生徒のぶん。そして学校にはおよそ活気というものがない。生徒たちは数人で群れをなし、お葬式のように小さな声で話をしていた。
 それでもまぁ、生徒につかまった人間は幸せなのだ。松山《まつやま》に合った人間はもっと不幸だ。彼はあたしたちを見つけると、ひとしきりイヤミを言う。こっちの血管が切れそうになるほど不愉快《ふゆかい》なことをさんざん言って、自分だけすっきりした顔で去っていくのだ。ふーんだ、ばかやろー。
 そうしてその日の午後、第三陣、ジョンと一緒《いっしょ》に来た真砂子《まさこ》が、さらに不愉快な爆弾を落としてくれたのであった。

 ジョンと真砂子が着いたのは、三時頃だった。
 ジョン・ブラウン。十九歳、オーストラリア出身のエクソシスト。不幸にして関西で日本語を学んだために、えてして笑いをとってしまう不幸な人。性格はきわめて良好、霊能者はにもったいない(?)かも。
 原《はら》真砂子。十六歳。霊媒《れいばい》。小さいころから霊媒として活躍、TVなんかにも出演しちゃうメジャー・タレント。他にもイロイロ言いたいことはあるけど、今はパス。ナルによると実力はあるらしい。
 ふたりをむかえ、授業を終わって手伝いに来てくれてた安原さんに紹介などして、ナルはふたりに状況を説明する。その脇であたしは昨日《きのう》集めた情報の整理を、リンさんは昨夜集めたデータのチェックをしていた。
 ナルがまっさきに真砂子に聞く。
「原さん、学校の状態はどうですか?」
 真砂子はひどく憂鬱《ゆううつ》そうだった。言いにくそうにためらったあと、ナルにうながされてやっと口を開いた。
「よく……わかりません」
 爆弾投下。
 あっという間にあたしたちは騒然となった。
「ちょっと待て、真砂子ちゃん、またかよ」
 ぼーさんの声に、真砂子はそっぽを向く。
「だって、あたくしにはよく見えないんですもの」
 言ってから、すねたように、
「まったく見えないわけじゃ、ありませんのよ。存在は感じますわ」
 ぼーさんが頭をかかえる。綾子とジョンは途方《とほう》にくれたように首を振り、そしてナルは複雑な眼をする。
 ……つまりは、今回も真砂子はアテにできないってことかぁ?
 ちょっと、カンベンしてよ。
 霊を見るのには才能がいるらしい。はっきりとした目的を持った強い霊は、才能のあるなしにかかわらず見えることがある。でも、普通、ひっそりとただそこにいるだけ、みたいな霊を見るのには特殊な才能が必要なんだって。
 今ここにいるメンバーの中に、その才能を持った人間は真砂子しかいない。つまり、真砂子がアテにならないということは、目かくしされるようなもので。
 これは、困《こま》った。
「……存在はかんじるんですね?」
 ウンザリしたようにナルに言われ、真砂子はすねた顔をする。
「いつもなら、もっとはっきり霊姿が見えるんですの。それがここは……。ちょうど、チャンネルの調整が合ってないTVを見てるみたいですわ。何かひどい雑音が入って……。言っている意味がわかりますかしら」
 ……うーん、よくわかんねーなー。
「霊がいることはわかるんです。それもたくさんいますわ。どこにいるかもわかります。でも……どんな霊なのかよくかわりません。はっきり見える霊もいるのですけど」
 真砂子は言って、うなだれる。
「あたくし、もともと浮遊霊《ふゆうれい》と話をするのはニガテですの。場所や人に強い因縁《いんねん》を持っている霊
なら、だいたいだいじょうぶなのですけど……」
 ぼーさんが溜《た》め息《いき》をつく。
「まぁ……コックリさんで呼び出された霊だから、学校にも生徒にも大した因縁がなくて当然だが……。またかよ、真砂子」
 うらめしそうに真砂子を見る。
 真砂子はぼーさんをにらみつける。
「このあいだは特別ですわ。
 今回はまったく見えないわけでも、感じないわけでもありません!」
 へいへい、とぼーさんは首をすくめる。
 真砂子はふいに少しだけ眉《まゆ》をひそめた。
「特に強く感じる霊がいるのですけど……」
「どういう霊ですか?」
 ナルに聞かれて、真砂子は遠くを見るように眼を細める。
「男の子です。あたくしと同じ年頃の……」
 真砂子と……あたしと同じ年頃の男の子……?
「その子ははっきり見えますわ。強い感情を感じます。……その子は、なにか学校でつらいことがあったのではないかしら。学校にとらわれています」
 ……それは……まさか。
 真砂子は眼を閉じ、少し首をかしげる。
「この近くにはいないのに、こんなに気配が強い……。きっと自殺した霊だと思います。そんなに昔の話ではありませんわ」
 ……坂内《さかうち》君だ……。では、彼は学校をさまよっているんだ……。
 なんだか首の後ろがヒヤッとした。
 ゆうべ見た夢。屋上に立っていた男の子。あれは……誰《だれ》だったんだろう?
 ナルはバインダーを開いて新聞の切り抜きを出した。
「それは、この子ではありませんか?」
 真砂子は切り抜きを受け取って見つめる。ちょうど真砂子はあたしの横に立っていて、首を伸ばすと内容が見えた。とある高校一年生が、自殺したことを告げる記事。その生徒の顔写真。
 突然、めまいがした。……あれは……あの写真は……。
 真砂子がうなずく。
「この人ですわ。……そう、坂内さんとおっしゃるの……」
 真砂子から受け取った切り抜きを、もとどおりに綴《と》じながらナルは、
「……学校にうらみがある……というのは、本当かな」
 ひとりごとのようにつぶやいた。すぐにリンさんを振り返って、
「リン、昨夜のようすはどうだ?」
 呼びかけられてリンさんは、ヘッドホンをはずした。
「温度に異常があった場所が何か所かあります。特に低かったのは三-一、ニ-四の教室、LL教室です」
 三-一は集団中毒を出した安原さんの教室。ニ-四は黒犬が出た教室だった。
「映像に異常はありませんが、マイクに音が入っている場所が三か所あります。美術準備室とニ-四の教室、それから体育倉庫ですが」
 ナルがトン、と机を叩く。
「なるほど、初日から反応が出てくれるわけか」
 いつだったろう。ナルが『霊はシャイだ』と言っていたのは。心霊現象は部外者を嫌《きら》う。部外者が入ってくると、一時的にしろナリをひそめるって。
 それが初日から反応があった。……と言うことは……。
 ナルが全員を見渡した。
「今あがった五か所を中心に除霊にかかる。
 原さん、校内をまわって霊のいる場所をチェックしてください。松崎《まつざき》さん、原さんに同行して可能な限りでけっこうですから除霊を」
「OK」
 綾子と真砂子が立ち上がる。その綾子を呼びとめて、
「ここの霊は甘く見ないほうがいい。用心してください。
 ここには麻衣《まい》が残ります。こまめに連絡を入れてくださるよう。ぼーさんとジョンは」
 言ってふたりに顔を向ける。
「まず、昨夜動きのあった五か所を。
 それがすんだら、原さんの指示があった場所にむかってくれ」
「あいよ」
「はいです」
 ふたりが、いいお返事をして席を立つ。
「僕《ぼく》とリンは不透明な場所の調査を続ける。安原さん、手伝ってください。――麻衣」
「はいっ」
 元気よく返事をしたあたしに、ナルの冷たい視線。
「さぼって寝るなよ」
 ……はぁぁい。

     4

 何事もなかったかのように授業の続く校内に、みんなが出かけていった。
 あたしはひとりで会議室に留守番《るすばん》。ぽつんと残されて、うら寂《さび》しいというか、心細いというか、ちょっと落ちつかない気分。
 ……いっつも留守番なんだもんなー。
 心の中でブツクサ言いながら、あたしは昨日《きのう》集まった情報の整理にかかった。

 怪談《かいだん》とその場所。証言の内容。大きなカードにまとめながら、あたしは小さくアクビをひとつ。
 ……ああ、いかん。眠い。ゆうべも遅かったし、重労働だったし。おまけに今はヒマで……。寝てはダメだ。しっかりするんだ。寝ているところを見つかったら、ナルになんと言われることか。
 猛烈《もうれつ》に眠い。
 
 関係はないけど、のども渇《かわ》いた。冷たいものがほしい。
 冷たいものでも飲んで、目を覚《さ》ましたい。
 どうしよう。ちょっとだったら席をはずしてもいいかな。
 たしか、この階の端に自販機が……。
 あたしは立ち上がって、廊下《ろうか》に出た……。

 あたしは、ぼーっとした頭で辺《あた》りを見まわす。
 ガランとした廊下。眠いせいか、それとも曇《くも》った空のせいか、みょうに平坦に見える風景。廊下側の窓からは、薄い陽射《ひざ》しが入りこんでいる。廊下の奥はみょうに暗い。薄闇の色をして、そこだけ黄昏《たそがれ》が降りたように見えた。
 その暗がりの中で、白いものが動いた。
「…………?」
 白いのは顔。顔だけが浮かんで見えるのは、着ている服が黒いせい。
 ……なんだ、ナルじゃん。おどかすなよな。
 ナルがゆっくりと近づいてくる。歩みにあわせるように廊下に闇《やみ》が降りた。塗《ぬ》りつぶしたような闇に、ナルの姿だけ、はっきりと見える。
「どうしたの?」
 なんかあった?
 ナルはちょっと笑う。ふんわりした笑顔。それをすぐにひきめしる。
「ここは危険だ……麻衣《まい》はいないほうがいい」
「まさか」
「本当。霊がそこかしこに浮遊《ふゆう》している」
「そんなにたくさん?」
 あたしはゆうべの夢を思い出す。雪かなんかみたいに学校じゅうをさまよっていた人魂《ひとだま》。
「うん。みんなが祓《はら》っているけど、ほとんど効果がない」
 少し眉《まゆ》をひそめて言ったあと、
「見てごらん」
と、白い白い指を伸ばして床を示した。指を追って、真っ黒な床を見る。
「え……?」
 気がつくと、床が透《す》き通っていた。
 あたしの足元。真っ暗な床に白い線をひいたように、タイルの輪郭《りんかく》だけが格子《こうし》の模様を描いている。その下には二階の廊下が透けて見える。これも真っ暗な色をしている。その床も透けて、さらに下には一階の廊下。
「えっっ!?」
 あたしはその場に座《すわ》りこみそうになった。高いくらい空中に宙づりになった気分。ナルの手が支えてくれなきゃ、そのまましたまで墜落したかも。
「だいじょうぶ、落ちついて」
「……どうなってるの!?」
 あたしはあたりを見まわす。空が黒い。灰色のはずの校舎が黒い。反対に黒く見えるはずのものは白く見える。隣の校舎にならんだ窓、冬枯《が》れの木立。
 床も壁も、どこまでも透けて見えて、ネガを幾枚も重ねたよう。その陰画の世界に取り残された、あたしとナル。
「……ねぇ、これは……」
 ナルはあたしの声をさえぎる。
「よく見て。たくさんの霊がさまよっている」
 あたしは足元をながめる。真っ暗らな空間。床の線、壁の線、部屋の輪郭たけが白い。黒い紙に白い線で描かれた、透明な校舎。あたしの足の下、透けて見える。二階、一階、。廊下、教室。
 そこに、半分透き通った蒼白《あおじろ》い光のかたまりがふわふわしていた。ちょうど絵やなんかで見る人魂《ひとだま》みたいに、白く尾をひいて流れるように動く。十、二十、……数え切れない。間近に見える二階の部屋だけでも、八つ。
「……こんなにたくさん……。あれが全部、霊?」
「そう。……ほら」
 ナルが指をあげる。窓のほうを示す。白い輪郭《りんかく》だけを残して透けてしまった壁の向こうに体育館の建物。体育館も、白い線だけを残して透き通ってしまっている。
体育館の手前側にある小部屋。あれは更衣室だ。そこにふたりの人影。真砂子《まさこ》と綾子《あやこ》。
 真砂子は、ロッカーのあたりにいる大きな人魂に近づき、足を止める。それは他のよりも大きくて、しかも色は暗く黒ずんで見えた。
 真砂子がその人魂を示すと、綾子が玉串を振る。蒼黒い人魂はふわっとその場を逃げて、窓の外へただよっていった。真砂子も綾子も、それに気づいたようすがない。
「……どういうこと?」
「逃げた。別の場所に……ほら」
 逃げた人魂はすうっと飛ぶと、あたしたちのいる東棟に逃げてくる。二階の端にある小部屋に入ると、部屋の隅でふわふわしていた白い人魂に近寄っていった。あれは、放送室だ……。
 大きな黒っぽい人魂と、それよりひとまわり小さい白い人魂が並んでくるくるまわっている。しっぽをからませて。やがて小さな人魂《ひとだま》が大きいほうに飲みこまれていくのが見えた。大きいほうのやつは、前よりほんの少し大きく暗くなったような気がする。
「気持ち悪い……」
「うん。嫌《いや》な光景だ。霊がたがいに食い合っている。だから……ここは危険だよ」
「……でも」
「ああやって成長していく……そうして」
 ナルは指を下げる。まっすぐ足元を指さした。透けてしまった床から一階の部屋が見える。その部屋にも人魂。人魂と言うより、鬼火《おにび》という言葉のほうが似あうかも。あたしの足元からかなり遠いそれは、黒ずんだ沼のように不吉で禍々《まがまが》しい色をしていた。しかも大きい。部屋の中央にぽっかりあいた穴のようだ。
「あれは邪悪《じゃあく》だ。……わかるね?」
「……うん」
 見ているだけで寒気がするような色。あれはとても邪悪な意志。
 眼がはなせなくて、じっとそれに見入る。学校じゅうをさまよう白い人魂。それが暗い鬼火のそばまで来る。ドクンと脈打つように鬼火が収縮する。燃え広がった鬼火は白い小さな人魂をとらえ、その中に吸いこんでしまう。まるで食虫植物が弱虫をとらえて食べるみたいに。
「麻衣は帰ったほうがいい」
 ナルがあたしに声をかける。
「だって、できないよ、あたしだけ帰るなんて」
 ナルは心配そうな眼をした。
「誰《だれ》かに退魔法を教えてもらうんだよ」
「あたしなんかでもできるかな」
「弱いやつなら。……気をつけて。危険な場所には近づかないこと」
「うん」
 あたしは足元を見渡す。はるかに広がる奇妙《きみょう》な風景。暗い大きな鬼火は危険。あたしは位置を確認する。この棟の一階にふたつ。東棟に五つ。南棟に四つ。
 見ているうちに少しずつ足元が曇《くも》ってきた。だんだん下に見えていた風景が霞《かす》んで、かわりに足元に色彩が戻る。すうっと床が見えてきた。
「…………?」
 床。茶色、プラスティック・タイル。どこにでもある床。
「麻衣!」
 へっっ!!
 顔をあげるとナル。険のある表情。
「眠いんだったら、寝に行け。邪魔《じゃま》だ」
「きついんだね、急に」
「……? お前、起きてるか?」
 いぶかしむ眼。起きてるか? もちろん……。
 はっっ!!
 あたしはあたりを見まわす。
 会議室。長いテーブル。あたしの前に散乱したメモの山。ホワイト・ボードに貼《は》られた学校の図面。入り口に立ってあたしをにらんでいるナル。
 …………。
「すいません。ボーッとしてました」
 ま、……まずい。
「メモの整理は」
「……まだです」
「他の連中から連絡は」
「……なかったと思うんだけど」
「思う?」
 ナルが冷たい眼を向ける。
「お前は手伝いをしたいのか? それとも足を引っ張りたいのか?」
 ……こ、こいつっ。
 しかし、仕事をさぼってイネムリこいてた調査員には、返す言葉などないのだった。

     5

 ナルが会議室を出ていってすぐに、ジョンとぼーさんが戻ってきた。
「どう?」
「さーねー。俺《おれ》にわかれば、苦労はない」
 ……まったく、もー。
 ジョンも首をかしげる。ホワイト・ボードに貼った学校の見取り図に、マジックで印をつけながら、
「いちおう、原《はら》さんの指示どおりに祈祷《きとう》をやってるのですけど、手ごたえがないゆうか……」
 
 ふっと頭をかすめるイメージ。ジョンが聖水をまく。その場所から蒼白《あおじろ》い人魂が離れて、どこかへ逃げてしまう。
「逃げただけかも……」
 ぼーさんが聞きとがめて、キョトンとする。
「はぁ?」
「なんでもない。
 あ、そーだ。ねぇ、あたしにも退魔法ってできるかな」
 ジョンとぼーさんが顔を見合わせた。
「できるわけない、とは思わんか?」
「……簡単なやつ」
 あたしが言うと、ジョンが、
「ごく初歩的なやつやったら、塩をまいて、『主の御名《みな》において命ずる。悪霊よ退《しりぞ》け』ゆうのがありますけど。でも、麻衣《まい》さんはキリスト教徒や……」
「ないね」
「そやったら、役にはたたへんかもしれませんです」
「……そっか」
 あたしじゃムリか……。やっぱりねぇ。
「なんだってまた、急に」
 ぼーさんが不思議そうに聞いてきた。
「ちょっとは役にたつかなー……なんて」
 またまた顔を見合す、ジョンとぼーさん。
「麻衣に除霊させるようじゃ、俺たちも終わりだと思わんか?」
 むかっ。
 怒鳴《どな》りつけてやろうと思ったら、ぼーさんはいきなりあたしのほうに向き直って、
「指を内側に組む」
 …………?
「こう」
 ぼーさんは両手の指を、ちょうど普通組むのとは反対に内側に折りこむようにして組んでみせた。
「こう?」
「でもって、人差し指と親指をそろえて立てる」
 まるで忍者かなんかの手つきみたい。けっこう指が痛いんだけど。
「これが不動明王印《ふどうみょうおういん》。印を組んだままで姿勢を正して、『ナウマク、サンマンダ、バザラダン、カン』」
「……はぁ?」
「ナウマク、サンマンダ、バザラダン、カン」
 ぼーさんが素早くホワイト・ボードに書きつける。
「練習しな。三階続けて言えるように」
「うん。……なうまく、……さんまんだ、ばざらだん、かん……ね?」
「真言《しんごん》を唱《とな》えて、これで消えなきゃ、さらにこう」
 ぼーさんが指を解《と》く。右手の人差し指と中指を立てて握《にぎ》り、
「剣印をくんで、気合をいれる」
「うん。こう?」
 ぼーさんのやったとおりにやってみる。
「そう。いちばん簡単なのはそれ。あせって舌《した》を噛《か》むなよ」
「あい」
「耶蘇教とちがって、信者でなきゃダメだなんて言わないからさ。まー、がんばってみるんだな」
 ジョンへのあてつけか? ……一言多いんだ、あんたは。
「よし。ジョン、次行こうぜ。
『雨も降ってないのに水が落ちてくる』か……」
 ぼーさんは、あたしがまとめたカードを一枚取りあげて見る。
「一階の印刷室な」
 ホワイト・ボードに貼《は》った図面に、指を置いて探す。
「ここか」
 ……そこは……。
 あたしはふいにさっき見た夢を思い出す。
 夢の中のナルの声。『あれは邪悪だ』。禍々《まがまが》しい色の鬼火《おにび》。アレがいた部屋。
「そこはダメ」
 あたしは思わず言ってしまった。
「へ?」
 ぼーさんとジョンがあたしを振り返る。あたしはあわてて、
「そこはいいの。先に音楽準備室に行ってくれる?」
 ぼーさんは怪訝《けげん》そうな顔をしたけど、黙《だま》ってあたしが差し出したカードを手にとった。
「『物音のする音楽準備室』か。ジョン、行こう」
「ハイ」

     6

 ふたりの足音を確認しながら、あたしは自分で首をかしげる。
 ……なんであんなこと言っちゃったんだろ……。あんなのは夢だ。大した意味はない。 ないよねぇ。印刷室で起こってることなんて、ときどき水が落ちてきて水たまりになる、ってその程度で、『邪悪だ』というほどひどいことが起こってるわけじゃない。
 ……なのに。
 ないよねぇ。印刷室でこってることなんて、ときどき水が落ちてきて水たまりになってる、ってその程度で、『邪悪だ』というほどひどいことが起こってるわけじゃない。
 ……なのに。
 思わず深く考えこんだときだ。会議室のドアが開いて、安原《やすはら》さんが顔を出した。
 彼はナルにこきつかわれ、機材をかついで走りまわっていたのだ。
「作業、終わりました?」
「うん。頼まれたぶんは」
 安原さんはニッコリ笑う。
「コーヒーでもいれましょうか?」
「あ、僕《ぼく》がやる」
「いいんです。あたし、いつもやってますから」
「じゃ、なおさら。いつもやってることやっても、つまんないでしょ?」
 ……わー、どうもー。
 安原さんはコーヒーをいれながら、
「あのさ、谷山《たにやま》さん。やっぱり、コックリさんが原因みたい?」
「みたいですよ」
「……ふうん。不公平だよね。コックリさんなんて、どこでもやってる遊びなのに」
「それは、ナルもそう言ってたけど」
「僕の妹が行ってる中学でだって、すごくはやってるらしいんだ。なんでうちだけ、こんな変なことが起こったのかな」
 うんうん。
「でも、この学校ではやってるこっくりさんって、変わってますよね。ヲリキリさま――でしたっけ?」
「そう? 僕も詳《くわ》しく知らないけど、何かいろいろとややこしいみたいだな。そこがウケてるらしいけど」
「ややこしいの?」
「うん。普通のコックリさんとちがって、なんかいろいろ決まりがあるらしくてね。一度使った紙は二度と使えない、とか」
「へぇー。ホントに変わってる」
「使ったら神社に捨てに行かなきゃならないとかね。あと、呪文《じゅもん》を唱《とな》えたり……」
「ヲリキリさま、ヲリキリさま……って?」
「そんなんじゃないんだ。なんだっけ、何度か聞いただけだからなぁ。『おーをりきりってなんたら』とかいうやつ」
「なんですかーそれー」
 あたしはウケてしまった。
「やっぱ、変わってるかな? うちの学校だけかもなー、こんなやり方」
「……いつも不思議なんだけど、コックリさんとか、ああいうのってみんなどこで聞いてくるのかなぁ」
 安原さは首をかしげる。
「そうだねぇ。人づてなんだろうけど……。そのへん、調べてみたらおもしろいかもな。あなたはヲリキリさまを誰《だれ》から習いましたか……なんて。実はちゃんと、発明した人がいたりして」
「ふつうのコックリさんをやってる人もいるんでしょ?」
 
「あまりいないんじゃないかな。秋ぐらいにはヲリキリさま一色だったな。もっともヲリキリさまを『コックリさん』とか『キューピッドさん』とか好き勝手に呼んでるヤツはいるみたいだけど。
 ホラ、コックリさんてたたるっていうでしょ? だから誰もやらないんだよね。
 ヲリキリさまはさ、たたられないように難しい手順があるんだって。約束事をまもっているかぎり、絶対に安全だって言ってたけど」
「それで、やってみたんですか?」
 安原さんは笑う。
「僕《ぼく》は好奇心強くて。やっぱ、一回は参加してみたいじゃない」
「わかりますけど……」
「それにしても、すごい数。どうしてこんなにはやってるんでしょうね?」
「流行の原因を分析《ぶんせき》できれば苦労はない。……なんてね。手順が変わってるからじゃないかな。ホラ、用紙を見たでしょ? あれだって、ちょっと変わってるし。目新《めあたら》しいから」
「そうかなぁ……」
 安原さんはちょっと真面目《まじめ》な顔をする。
「もっとべつの解釈はできるけどね。抑圧《よくあつ》された学生が、ストレスのはけ口を求めたとか何とか。でも、そういう分析は不毛でしょ。だからどうした、ってことになるし」
「安原さんって……なんか、悟《さと》ってますねー」
「うん。僕は若年寄って言われてるから。あだ名がね、『越後屋《えちごや》』って言うんだ」
「え……えちごやぁ?」
「そう。人のいい爺《じい》さんみたいな顔をして、何をたくらんでるかわからないって」
 ……い、言えてるかも……しんない。
 あたしは、ちょっと笑ってしまった。
「今日だね」
 安原さんがふいに言った。
「え?」
「十二日目。今夜。正確には明日の早朝。また更衣室で火事がある」
 それがもう避《さ》けられないことみたいに言う。
 あたしは突然、さっき見た夢を思い出した。
「ひょっとしたら……更衣室じゃないかもしれない」
「え?」
 安原さんは不審《ふしん》そうに聞き返す。
 ……あ、いけね。
 あたしはあわてて手を振った。
「あのー、深い意味はないんですけどー。ひょっとしたら今度はべつのところかもなー、なんて。放送室とかー」
 深い意味はない。だって、あれは夢。第一、真砂子《まさこ》と綾子《あやこ》が本当に更衣室へ行ったのかどうかさえ、わかりゃしないんだから。基本的に新聞にのった事件の舞台は、ぼーさんとジョンが除霊に行ったはず。
「谷山さんって、第六感の人なんでしょ?」
「だからー」
 困るなぁー。「そんな大したもんじゃないんですってば。こないだの事件であたし、ちょっとカンがよかったから。べつに、霊感とか、そういうんじゃ……」
 ないんですよ。……ないと思う。……たぶん……。

     7
 陽《ひ》が落ちて、あたりが暗くなったころ、ぼーさんとジョンが会議室に戻ってきた。
 部屋に入って来るなり、ぼーさんの口笛。
「お。麻衣《まい》ちゃん、彼氏とふたりっきりかー? お安くないねぇ」
 こら。誰《だれ》が彼氏だ、おい。
「安原《やすはら》クンも手が早い。若いねぇ」
 ……あのなー。
「滝川《たきがわ》さんこそ、ヤボですよ。せっかくいいところだったのに」
 ……へっ!?
 もののみごとに、ジョンがホワイト・ボードに頭をぶつけた。ぼーさんもひきつった顔で安原さんを見る。
「もうちょっと、気をきかせてほしいなぁ」
 ぼーさんは内緒《ないしょ》話でもするみたいに、一方的に肩を組む。
「……少年。少しオジサンと話をしよう」
「はい」
「気持ちはわかるが、状況と場所を考えなきゃいかんぞ」
 ……あ、あのぉ……。
「やはり、こういうことにはだな、ムードというものが……」
「あ、そうですね。じゃ、次はがんばります」
 ……あのー、もしもし?
 じとっと安原さんを見つめるぼーさん。
「……麻衣が好きか?」
「好きですよ」
 …………。
「あ、でも渋谷《しぶや》さんも好きだな。キレイだし」
 ゴン。ジョンがまたホワイト・ボードに激突した。
「でも、滝川さんはもっと好きです(ハート)」
 ぼーさんの険悪なヨコ眼。
「……少年」
「はい?」
「お前、遊んでるだろ」
「もちろんです(ハート)」
 えい、と伸ばされたぼーさんの拳《こぶし》は、安原さんがよけたために、机に追突した。
「大人《おとな》で遊ぶなっ!」
「子供で遊ぼうとするからですよ」
 ……んだ、んだ。

 笑いながら安原さんは、ふたりのぶんのコーヒーをいれてあげる。
「お仕事、どうですか?」
 ぼーさんは聞かれたくないことを聞かれてしまった、という顔をする。
「俺《おれ》、お仕事の話、したくない」
「たいへん?」
 あたしの問いに、ぼーさんは首をすくめるだけ。掃除《そうじ》のたびに蛍光灯が落ちるという地学準備室にジョンが印をつける。『J』とマークが入った。ジョンが除霊したことを表している。他にも印をつけながら、ジョンがかわりに口を開いた。
「数が多いですよって」
 ホワイト・ボードの学校の見取り図。問題のある場所にナンバーが打ってあって、除霊がいちおうすんだとこには赤でマークがついてる。
 一日がかりでまだ五分の一。
「真砂子《まさこ》のようすはどう?」
 あたしが聞くと、ジョンは困った顔をする。ということは、やっぱ調子が悪いんだ。
「……それはよわったね」
 今回、またまた真砂子をアテにできないわけか。
 ぼーさんも溜《た》め息《いき》をつく。
「本人は、見えなくてもわかる、って言い張ってるけど、どうだかな」
「ねぇ、ナルは日本で一流だって言ってたでしょ? 一流でもこんなもんなの?」
「うーん……」
 ぼーさんは苦い声でうなってから、
「真砂子は口寄せが得意なんだよなー」
「くちよせ?」
「ああ。霊を呼んで自分に乗り移らせる。でもっておつげをしたり、質問に答えたりするんだ。やることはコックリさんと似たようなもんだわな」
「あ、TVでよくやってるやつ」
「よく当たるらしいぜ。でもなー」
 ぼーんさは苦《にが》い顔をする。
「ナルが言ってたろ。『霊が知っていることは死についてだけなんじゃないか』って」
 ふむ。
「俺《おれ》も今まで疑問に思ったことはなかったが、言われてみればそうかなと思うんだよな。
 たとえば俺が、真砂子にじいさんの霊を呼んでもらう。じいさんが真砂子に乗り移って俺とじいさんしか知らないことを言ったり、こっちの質問に答えたりする。
『恋愛運はどうでしょうか?』『まだまだじゃ』ってな、ぐあいにさ」
 
「うん」
「俺は霊といしうのはそんなもんだと思っていたが、でも実際はどうなんだろうな」
 ……うーむ。それは難しいね。
 ジョンが口をはさんだ。
「ボク、前に論文で呼んだことあるんですけど、霊媒《れいばい》には、ふた通りあるんやないか――そう言うた研究者がいはるんです」
「ふた通り?」
「ハイ、真の霊媒とESPと」
 ぼーさんがうなずく。
「ああ、俺もどっかで聞いたな。デイビス博士じゃないか?」
「やと思います。博士が言うには、霊媒《れいばい》に霊能力があるとはかぎらへんと」「はぁ……?」
 よくわかんないんですが。
「だから……。たとえば、霊媒がボクのオバーサンの霊を呼んだとしますやろ?
 オバーサンの霊は、霊媒の身体《からだ》を借りてボクとオバーサンしか知らへんことをしゃべるわけです。
 だからと言うて、その霊媒にオバーサンの霊が乗り移ったとはかぎらへんのやないかと」
「? でも、ジョンとオバーサンしか知らないことを知ってるわけでしょ?」
「ハイ。けど、霊が教えるとはかぎりません。
 霊媒が、ESP……サイコメトリストの可能性もありますよって」
「サイ……? なに?」
 安原さんがあたしの顔を見る。
「サイコメトリスト。サイコメトリーの能力者なんだって。
 サイコメトリーっていうのは、物を通してそれに関係する事柄を知る超能力。
 たとえばー、道でカバンを拾《ひろ》ったとするでしょ? そのカバンにまつわる、過去とか未来を知る能力なんだって。このカバンの持ち主はどういう人物なのか、いまどうしているのか、これからどうなるのか。――だよね?」
 あたしが聞くと、ジョンはうなずく。
「ハイ。そんなもんです。デイビス博士は自分がサイコメトリストやから、そういう発想になったんですやろけど」
「デイビス博士って、念力《ねんりき》の?」
「ハイオリヴァー・デイビス博士。イギリスのSRP――心霊調査教会の研究者です。
 優秀なサイコメトリストで、かなりPKも使うゆう話です。PKとESPと両方できる少数派の超能力者なんです。
 デイビス博士の兄弟にユージン・デイビスゆう人がいはるんですけど、ユージンは霊媒なんです。
 ユージン・デイビスは完全な霊媒やと言わはるんです、博士は。
 ユージンはドイツ語がしゃべれへんのですけど、ドイツ人の霊を呼ぶとドイツ語でし

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责任编辑:Mashimaro

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