膝绁去螭趣筏皮い 「すごい? どうして?」 「たった二言でナルに言うことをきかせるんですもん」 森さんはくすくす笑った。 「……そうかなぁ。――あなた、ここの人?」 「はい。アルバイトです。谷山といいます」 「ふぅん。わたしにしたら、あなたのほうがすごいと思うけど」 へ? 「ナルもリンも人あたり悪いでしょ。すごく人見知りするし。そのふたりが人を雇《やと》うだけでも意外なのに、谷山さん、けっこうなじんでるみたいじゃない?」 はー。それは、まぁ。おかげさまで最近、めっきり口が悪くなっちゃって。 あたしはテレ笑いをひとつして、それから森さんの顔をのぞきこんだ。 「あの……どんな関係なんですかー、なんてお聞きしてもいいですか?」 「気になるー?」 なるとも。あのナルとリンさんが頭上がらないんだぞ。 「ひらたい言い方をするなら、師匠《ししょう》かな?」 「ししょう?」 「そ。ナルにゴースト・ハントを伝授したのはわたしなの」 どしぇー。 しかし、それはまぁそうよね。ナルだって誰かに習わなきゃ身につくはずないもんなぁ。 「じゃ、森さんもゴースト・ハンター?」 「以前はね、もっともすぐにナルにバトンタッチしちゃったけど」 「やめたんですか?」 「そう。わたし、いまひとつ、適性がなかったのよね」 「はぁ?」 「わたし、機械ダメなの。機械ってすぐに壊《こわ》れるんだもん」 森さんは子供みたいに頬《ほお》をふくらませる。 「すぐに……壊れます?」 「壊れない? ちょっといじったら、すぐに動かなくなるじゃない?」 「はぁ……」 「ナルやリンの言うことは聞くくせに。わたしを嫌《きら》ってるとしか思えないっ!」 そ……それはご愁傷《しゅうしょう》さまで。そうか、つまり機械と相性《あいしょう》悪い人なのね。それは、ゴースト・ハンターにはむかない性質だなぁ。 でも森さんってとっつきやすくていい人みたい。これはひょっとして、この人に聞けばいいんじゃないの? ナルはどこに住んでるんですか、リンさんの本名はなんといって、何歳ですか。ナルは学校どうしてるんですか、家族構成は、リンさんのプロフィールは。 しめしめ。そう思って質問を連射しようとしたとき、薄いコートを羽織《はお》ったリンさんが資料室から出てきた。 「まどか、とりあえず出ましょう。――谷山さん」 「は……はい!」 「私はこれで帰ります。笠井さんにそう言っておいてください」 「はぁ……どうも、お疲れさまでした」 ええい、先手を打たれてしまった。 かくて疑問だけを残してその女性はオフィスを出ていった。後には首をかしげまくるあたしと、タカと千秋センパイが残されたというわけ。
一章 その家
1
翌日、始業式を終えてオフィスに駆《か》つけると、そこは人であふれかえっていた。「どーなってんの、これ」 オフィスに入るなり、思わず目を丸くしたあたしに、タカが肩をすくめる。 「知らないよぉ」 「ナル、戻ってきた?」 「みたいよ。あたしが来たときには所長室で打ち合わせ中で、まだ顔は見てないけど」 「んで、なんでみんながそろってるわけ?」 「あたしに聞かないように」 来客用のソファーに、客ではない四人の人間。すなわち、ぼーさん、綾子《あやこ》、真砂子《まさこ》、ジョン。わが『渋谷サイキック・リサーチ』の所員でもないのに、非常にしばしば協力態勢をとっている四人の霊能者。 あたしが軽く頭を下げると、 「よぉ」 例によってのんきそうに手を挙《あ》げたのはぼーさんだった。滝川法生《たきがわほうしょう》。もと高野山《こうやさん》のお坊さん。 「どーしたの、これ」 「俺に聞くな。呼ばれたんだよ、ナルちゃんに」 「まじ?」 「ああ。他の予定をキャンセルしても来いとさ」 「なんで、また」 「大仕事だって言ってたぜ、ゆうべの電話じゃ。仕事だっつってそんだけで電話切って、指定された時間に来てみりゃ本人は所長室にこもりきり」 「んじゃ、ぜんぜん事情わかんないんだ」 「そういうこと」 あたしは隣に座っているジョンの背中をつついた。ジョン・ブラウン。童顔、関西弁がチャーム・ポイントのエクソシスト。 「ジョンは? 何も聞いてない?」 ジョンはふわふわした金髪を横に振る。 「ボクのとこも、そおゆう感じで、なんにも言わはらへんのです」 「けど、全員を集めるくらいだから、そうとうの事件なんじゃないのぉ?」 そう口をはさんだのは綾子。派手《はで》な格好にだまされて、このひとをキャバクラのおねーさんだと思ってはいけない。松崎《まつざき》綾子。自称、巫女《みこ》。 ぼーさんとジョンと綾子と、四人で首をかしげていると、真砂子が小さく笑いをもらした。原真砂子《まさこ》。十六歳のメジャー霊媒師《れいばいし》。 「何よ」 綾子がトゲを含んだ声で問い返す。真砂子は桜色の着物のたもとで口もとを押さえた。「……じゃあ、みなさまのところには連絡がございませんでしたのね」 「連絡? 何の」 「この事件の依頼者からですわ。ずいぶんおおぜいの霊能者を集めているようでしたのに」 「依頼者って誰?」 「あたくしのところには、大橋《おおはし》という方から連絡がありましたけど」 そう言って、お人形さんみたいな顔をほころばせる。 つまり、その大橋さんとやらはあなたたちには用がなかったのね、といいたいわけだ。 綾子がロコツにムッとした顔をする。不服そうに口を開いたときに、所長室のドアが開いたので口ゲンカが始まらずにすんだ。 ドアを押しあけて出てきたのは黒ずくめのナル。 あやや、本当に帰ってきたのか。 そして、リンさんの長身、森さんのふんわりした姿。そして、 「……え?」 ジョンと綾子がハモり、 「少年!?」 ぼーさんが腰を浮かし、 「安原《やすはら》さん!」 あたしが声をあげた。 所長室から出てきた四人目の人物は、この春めでたく都内某一流国立大学にご入学あそばした、安原もと生徒会長だった。
ポカンとつっ立ったあたしたちに、ナルはうるさそうに手を振ってソファーに腰をおろすように言った。指示されるまま腰を下ろしたあたしたちが、ふと我にかえって口々に質問を始めると、めいっぱい不機嫌《ふきげん》そうな表情でもう一度手を振る。 「事情は順を追って説明します。少し静かにしていただけませんか」 そーぜつなほどキレイな顔をしかめられると、どーにも取りつくしまがない。しょうがなくて全員が口を閉じると、ナルはあたしたちを見渡した。 「うちに事件の依頼があった。引き受けることにする。それで全員に協力を頼みたい」 真砂子が口をはさんだ。 「それは……大橋さんとおっしゃる代理人さんからの依頼ではございませんか?」 「そうです」 「あたくしのところにも先週依頼がございましたわ」 ナルはうなずく。 「では、原さんは別行動になますね」 「もちろん、あたくしなりに協力はさせていただきますわ」 お人形さんはねっとりした口調でそう言って笑う。綾子が顔をしかめた。 ナルはただうなずき、それからもう一度あたしたちを見渡した。 「調査は五日後から。場所は諏訪《すわ》。――この中で参加できない者は?」 答えた人間はいなかった。それを確認してから、 「今回、もうひとつ協力を頼みたい」 ナルは安原《やすらは》さんを振り返る。安原修《おさむ》。前回の事件で学校を代表して事件の依頼に来た生徒会長。 軽く会釈《えしゃく》する安原さんを見守ってから、ナルは爆弾発言をした。 「安原さんに、僕の身代わりを頼む」 ――場内騒然。 「おい、そりゃ、いったい」 「どういうこと?」 「つまり、安原クンがあんたになりすます、ってわけ?」 すっとんきょうな綾子の声にナルは冷たい一瞥《いちべつ》を向ける。 「そう聞こえませんでしたか?」 「聞こえたわよ。でも、どうして?」 「事情なら説明します。そのくらいの時間も待てませんか」 冷たい言葉をくらって、綾子が黙《だま》りこんだ。そこで突然口をはさんだのは森さんだった。 「どーして、そういうものの言い方をするわけ?」 彼女はナルをあきれたようににらみつける。それからあたしたちを見まわして、 「ごめんなさいねー。この子、礼儀を知らなくて」 こっ……「この子」! 「性格異常者だと思ってガマンしてやってね」 あたしたちにどう反応しろというのだろう。全員がポカンとしていると、苦虫《にがむし》をかみつぶしたような顔でナルがせきばらいした。 「……けっこう大きな仕事になる。ハデな仕事と言ってもいい。依頼主は内密に処理したいようだが、どのていど秘密が守られるかはわからない。マスコミがかぎつければ大騒ぎになるのは目に見えてる。本来なら引き受けたくないんだが、多少事情があってやむをえない。それで、安原さんに僕の身代わりをお願いすることにした」 前回の仕事もハデな事件だった。マスコミに注目されてた異常現象だったので、事件の解決にあたったあたしたちまですっかり有名人。新聞記者だの、雑誌記者だのに押しかけられてすっかりウンザリしてしまった。マスコミ嫌《ぎら》いのナルにいたっては、事件の翌日からほとぼりが冷めるまで雲隠れを決めこんでいたほど。 「しかし、影武者を立てるほどのことなのか?」 ぼーさんの質問に対して、ナルはそっけなく答える。 「そうでなければ、わざわざ安原さんに来てもらったりしない」 ナルは軽く膝《ひざ》の上に指を組む。 「依頼主はかなりの数の霊能者を集めたようだ。そのほとんどが、マスコミでもてはやされてはいるが、うさんくさい連中。僕はああいった人間とかかわりあいになりたくない」 ぼーさんがニンマリ笑った。 「自分が嫌《いや》なことを他人に押しつけるわけか?」 「僕はべつに強制はしてない。気が進まないのだったら、帰ってもらってもかまわないが?」 ナルが冷たく言い放ったとき、またしても森さんが会話に割こんだ。 「どうして、ちゃんとお願いしないのっ。一緒に来てほしいわけでしょ? だからここに来てもらったんじゃないの?」 ……そりゃそーだ。 「ひとにものをお願いするときには、それなりの口調ってもんがあるんじゃないの? いつもそう言ってるのに、学習効果のない子ね」 ……いまだかつて、ここまでナルに対して強い人間がいただろうか。 森さんは、そっぽを向いたナルにお説教してからあたしたちに笑いかけた。 「本当に礼儀を知らない子でごめんなさい。気を悪くしないでね」 「まどか!」 おっと、ナルはめいっぱい不愉快《ふゆかい》そうですっ。 「なぁに?」 対する森さんは、ハートマークが飛びそうな笑顔。 「少し黙っていただけますか? これでは話が進まない」 「あら、そうね」 言って森さんはニッコリ笑う。 「だったら、口のきき方に気をつけてね(ハート)」 ……つ、強い。この人はとほーもなく強いぞ。 苦《にが》りきった表情で、ナルが言葉につまる。 森さんがあらためて、あたしたちを見渡した。 「ナルは派手《はで》な舞台を嫌うのね。今度の事件も断《ことわ》るつもりだったらしいんだけど、わたしの事情で引き受けてもらったの。みなさんにはご迷惑だと思うけど、協力してください」 正面きってお願いされると、ノーとはいいにくいわけよね。全員が森さんの笑顔につられたようにうなずいてしまった。 ナルは不快そうに机を指先で叩《たた》く。 「とにかく、僕は前回みたいな馬鹿《ばか》騒ぎはごめんこうむる。馬鹿なマスコミにチヤホヤされて喜んでいるような馬鹿な連中とはなれあう気にもなれない」 ……うーむ。これはちょっくら異常でないかい? 「それで? ナルちゃんは現場に行かないわけか?」 ぼーさんが聞くとナルは顔をしかめる。 「そうしたいところだが、行かないわけにはいかないだろう」 「質問」 あたしはお行儀《ぎょうぎ》よく手をあげた。 「んじゃ、ナルはどういうあつかいになるわけ?」 「僕はここの単なる調査員ということになるな」 ……ほう。調査員といえば、あたしと同格ではないか。 「で、どんな依頼者なわけ?」 綾子が聞くとナルは険《けわ》しい表情で名前をあげた。全員がキョトンとした。 あたしだって名前を知っている超有名人。そりゃ、事件がマスコミにバレりゃ、大騒ぎになるのは確実だわ。 なにしろわが日本国の、もと首相の名前だもの。
2
打ち合わせと準備に三日。四日後あたしたちは、はるばる長野県の諏訪《すわ》に向かった。 調査の対象となるのは、一軒の古い洋館らしい。幽霊が出没するために長い間放置されているそうな。……ま、ありがちだけどね。 市内の手前で山に入り、深い緑に覆《おお》われた斜面をウネウネと上がると、ボロボロになった門扉が見えた。赤く錆《さび》の浮いた無愛想な鉄格子。門柱はレンガ造りらしかったけど、緑色の苔《こけ》がびっしりと生《は》えて半分腐《くさ》ったように見えた。門があるだけで、塀《へい》はなかった。門の両脇は深い林。一歩でも中に入るのが嫌《いや》なくらい、暗くておどろおどろしい感じ。 開いている門から、先を走るわが『渋谷サイキック・リサーチ』のワゴン車が中に入っていく。リンさんの運転で、ナルが同乗。あたしはぼーさんの車。助手席には綾子《あやこ》、バック・シートにあたしとジョン、そして安原《やすはら》さん。 陰鬱《いんうつ》な感じの林の間を少し走ると、すぐに大きな建物が見えた。 ――大きい。本当に大きかった。 「……すご……」 建物を見上げて思わずつぶやいたあたしに、安原さんがあいづちをうった。 「本当に。ホテルか博物館みたいだよね」 たしかに、その洋館は古いホテルか博物館のように見えた。お屋敷というより、まるでお城のようだった。古いさびれたお城。建物の周囲の庭も荒れた感じで、長いこと人がすんでなかったようすなのが外からもわかった。 綾子も、 「すごぉい。あるところはあるわねぇ」 などとわけのわかんない感動のしかたをしていた。 「でも手入れが悪い。これじゃ幽霊屋敷だわよ」 そう綾子が言うと、ぼーさんが失笑をもらした。 「もちろん、幽霊屋敷なんだろうが」 「あ、そっか」 たしかに、幽霊屋敷として、これ以上それらしい建物なんかないだろう。見捨てられた巨大な洋館。外国のホラー映画に出てくる幽霊屋敷そのまんま。 窓を数えると建物は基本的に二階建てのようだった。ところどころに三階がある。大きな急勾配《こうばい》の屋根はくすんだ青緑で、屋根裏部屋のものらしい窓が見える。レンガ色の煙突がいくつも突き出していたけど、その内の半分くらいは壊《こわ》れてしまっている。 窓も、いくらかはガラスが割れたままになってる。よろい戸がついてたけれど、無傷で残っているのは半分程度。複雑に凹凸をくりかえす壁《かべ》は、くすんだ灰色の石でできている。そこに縦横無尽《じゅうおうむじん》にツタがからまって、季節がらむきだしになった枝が、まるで亀裂《きれつ》のように見えた。 雑草の生えた砂利道《じゃりみち》がまっすぐ建物に向かっていた。リンさんの運転するワゴン車がとまって、ぼーさんがその隣に車をすべりこませた。 玄関みたいな石段の脇に、車が何台もとまっていた。どうやら芝生《しばふ》らしい枯《か》れた草は伸び放題で、車を降りると脛《すね》のあたりまでが露《つゆ》に濡《ぬ》れた葉っぱの間に埋《う》まってしまった。 「麻衣《まい》、第一印象は」 建物を見上げながらぼーさんが聞く。 「気持ち悪い……」 なんだか、すごい威圧感。霊能者の団体様が一緒でなきゃ、絶対に中に入りたくない。「まぁ、これだけ立派な幽霊屋敷にはめったにお目にかかれんわな」 ぼーさんでさえ、少し緊張したようすだった。 車を降りたままぽかんと屋根を見上げていると、玄関にのぼったナルが厳《きび》しい声を飛ばしてきた。 「なにをしてる」 思わず首をすくめると、ぼーさんが小さな声で耳打ち。 「あの態度で、単なる調査員に見えると思うか?」 「だよね」 大嘘《おおうそ》がバレる日も近いとみたね。
石段をのぼったところが玄関だった。大きな扉《とびら》の中は、馬鹿《ばか》みたいに広いホールになっていた。電気は通じているらしく、キンキラしたシャンデリアには明かりがともっていた。正面には、おとぎ話に出てきそうな豪華で大きな階段がある。その下に男の人がふたり立っていた。四十すぎのおじさんと、六十くらいのおじいさん。 あたしたちが開いたままになっていた玄関を入ると、おじさんが前に出てきた。 「大橋《おおはし》と申します」 そう言って深々と頭を下げる。 「所長さんは……」 言われて、安原さんが一歩出た。 「僕です」 ……ああ、あたしって正直者《しょうじきもの》だからこういうのってヤなのよね。しかし大橋さんは疑うようすもなく、改めて安原さんに頭を下げた。 「この件につきましては全権を一任されています。私を依頼主だと思っていただいて結構です」 安原さんも軽く頭を下げる。 「所長の渋谷一也《しぶやかずや》です」 良心の呵責《かしゃく》なんかまるでなさそうな、しれっとした顔。 「なるほど。お聞きしていたとおり、ずいぶんとお若くていらっしゃる」 そう言ってから、大橋さんがあたしたちのほうを見た。 「みなさんは?」 ぼーさんが軽く頭を下げる。 「滝川《たきがわ》と申しますが」 「滝川……何と」 「法生《ほうしょう》です」 大橋さんは、滝川法生さま、と小声でくりかえす。それから綾子を見た。 「松崎《まつざき》綾子です」 「ジョン・ブラウン、と、いいます」 安原さんが、 「親しくさせていただいている霊能者の方です。今回は特別に協力していただきます」 「さようですか。――他のお三方は?」 安原さんが軽く答える。 「僕のアシスタントです」 「お名前は」 大橋さんに聞かれて、あたしは一瞬、ナルとリンさんを見てしまった。あたしは聞かれても困らないけど、ナルとリンさんはどうするんだろう。 ナルが真っ先に口を開いた。 「鳴海《なるみ》、一夫《かずお》と言います」 ……この大嘘《おおうそ》つき。 大橋さんがあたしを見る。 「あ、……谷山麻衣《たにやままい》です」 大橋さんの視線はリンさんのほうへ。ついでにあたしたちの視線もリンさんのほうに移動する。ついに名前を言うだろうか。それともいつもどおりつっぱねるんだろうか。その場に期待が盛り上がったとしても、これはもうしかたないことだと思う。全員が思わずまじまじとリンさんを注目してしまう。 リンさんはきわめて無表情に頭を下げた。 「林興除《りんこうじょ》と申しますが」 ……げ、げーっっ!? 聞いた大橋さんよりも、あたしたちの間のほうに思わず驚いた声があがった。 「中国のほうですか」 「そのうち中国に戻りますね」 「香港《ほんこん》のご出身?」 「ええ」 な……なんとリンさんは外国の人だったのか! す、すごい。 やだなー、リンさんってば、言ってくれればいいのにー。……いや、まて。ひょっとして「林興除」というのが、ナルのようにこの場かぎりの偽名である可能性もあるぞ。 うーむ。奥が深い……。 大橋さんはあたしたちを見まわし、それから左にのびる廊下《ろうか》を掌《てのひら》で示した。 「どうぞ。皆さまおそろいです」
3
案内されるまま広い廊下を右に左に折れて、家の奥に向かう。妙に入り組んだ建物だった。もっとも、豪邸というのはこういうものなのかもしれない。あたし、庶民《しょみん》だからわかんないけど。 大橋さんが案内してくれた部屋は、ムカッとするくらい大きな部屋だった。豪華な部屋の真ん中に大きなテーブルがあって、そこに何人かの人間が座って待っていた。 ……おっと、真砂子《まさこ》もいるぜ。 真砂子はすでに到着していて、いつもどおり着物姿でそこに座っている。あたしたちを見て(たぶん、ナルを見てというほうが正確だろーが)軽く笑みを浮かべた。 あたしたちが最後の到着らしい。最後尾のナルが部屋に入ると、ドアの所にいたおじいさんがドアを閉めた。 大橋さんはあたしたちをイスに座らせる。 「全員おそろいになったようなので、始めさせていただきます」 そう言って大橋さんは、 「まず、今回ご協力をお願いしたみなさまをご紹介させていただきます」 最初にいちばん上座《かみざ》にすわっているおじいさんを示した。 「三魂会《さんこんかい》の三橋芳名《みつはしほうめい》様」 おじいさんはいかがわしい顔で会釈する。 「澄明協会《ちょうめいきょうかい》の聖忍《ひじりしのぶ》様、その助手をなさっている上原美紀《うえはらみき》様、厚木秀雄《あつぎひでお》様」 三十くらいのおじさんと、おにーさん、おねーさんの三人組。 「防衛大学教授の五十智絵《いがらしちえ》博士とそのアシスタント、鈴木直子《すずきなおこ》様」 上品なおばあさんと、若いおねーさん。 「法専寺《ほうせんじ》ご住持《じゅうじ》、井村健照《いむらけんしょう》様」 住持というのは、坊さんの一種だとぼーさんが言ってた(おお。シャレみたい)。文字どおり坊主頭のおじいさん。 「霊能者の原真砂子様」 真砂子は説明不要だろう。 「南心霊調査会の所長、南麗明《みなみれいめい》様。所員の中原清明《なかはらきよあき》様、白石幸恵《しらいしゆきえ》様、福田三輪《ふくだみわ》様」 老《ふ》けたおじさんと若いおじさんとおばさんとおねーさん。 ああっ! もー、誰が誰やら。仕事がすむまでに、全員の名前を覚えきれるだろーか? とほほ 紹介されていないのはあたしたち。そしてもうひとり、温厚そうな紳士然とした外人さんだけになった。 「そのオブザーバーで、英国心理調査協会のオリヴァー・デイビス博士」 サッと全員の視線がその人に集まった。 デイビス博士。 あたしでも知っている。この業界の有名人。英国心霊調査協会、通称SPRの研究者。ESPとPK両方の能力を持つ超能力者でもある。 みなさまの視線は尊敬とライバル意識がまざりあった、それでもびっくりしたのだけはたしかな色をしている。 大橋さんは、ひそかなざわめきを無視して紹介を続けた。 「渋谷サイキック・リサーチの所長、渋谷一也《しぶやかずや》様とそのみなさま」 おっと、全員助手にされちまったい。 「滝川法生《たきがわほうしょう》様、ジョン・ブラウン様、松崎綾子《まつざきあやこ》様、鳴海一夫《なるみかずお》様、谷山麻衣《たにやままい》様、林興除《りんこうじょ》様」 ひとりずつ掌《てのひら》で示しながら、名前を間違いもなく言ってのけた。すごい。「以上の二十方です」 それから大橋さんはいつの間にか部屋に入ってきていた、五人の男の人を紹介した。さっきのおじいさんたちだ。彼らがあたしたちのお世話をしてくれる |