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悪霊シリーズ第5巻 悪霊になりたくない
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

のだとか。いわば職員ってとこかな。
 大橋さんはさらに続ける。
「先生のご意向で、みなさまには調査の間、ここに泊《と》まりこんでいただきます」
 先生、というのは当然大橋さんのご主人さまのことなんだろーな。
 うーむ。政治家というのは公務員のはずである。しかし誰も町役場のおじさんを先生とは呼ばない。なぜであろうか。考えてみるとふしぎだなー。
「むろん、リタイアしてお帰りになっていただくぶんには構いませんが、それまでは申しわけありませんが出入りをなさらないようお願いいたします」
 人目につかないよう、ということなんでしょーが、出入り禁止といういのはけっこうキビしい条件だよな。夜中にお腹《なか》がすいたりしたら、どうしたらいいんだろう。もっともコンビニまでそーとーありそうだけど。
 情報収集にも不便だ。わが『渋谷サイキック・リサーチ』の場合、近所での聞きこみとか、役所での調べものなんかがけっこう重要なポイントになるので、それで今回は森さんが諏訪《すわ》市内のホテルに待機している。
「それでは、これからお泊りいただくお部屋に案内いたします。その後はご自由にどうぞ。わたくしどもでお役にたつことがあれば、なんなりとお申しつけください」

 あたしが案内されたのは、その部屋(勝手に食堂と呼んじゃえ)の真上あたりの部屋だった。学校の教室くらいはありそうな部屋で、そこにブ厚いマットレスが三つ。つまり、綾子、真砂子と同室ってわけ。
 綾子はともかく、真砂子がねぇ。ま、こんな陰気な家でひとりになるよりはいいけど。 ちなみにナルとぼーさん、ジョンは隣の部屋。さらに隣がリンさんと安原《やすはら》さん。どーせナルと安原さんはトレードするんだろう。
「けっこう、いいじゃない」
 浮かれた声で言ったのは綾子だ。
 部屋はこれまた豪華な内装で、しかもきちんと手入れされてた。じゃっかん壁《かべ》がくすんでいるのはしかたあるまい。窓ガラスは割れてないのが入ってるし、よろい戸も無事。すえおきの家具からなにから、きちんと掃除されていた。
「寝る暇《ひま》があればいいけどね」
 あたしが言うと、綾子は顔をしかめる。
「やなこと言わないでよ。アタシは寝るわよ。睡眠不足は美容の大敵っ」
「お肌の曲がり角《かど》を過ぎると大変だねぇ」
 綾子は顔を突き出した。
「ま・だ! まだ越えてないからねっ!」
「知ってる? 年より上に見られて喜べなくなったときが、年寄りの始まりなんだって」「麻衣ぃ~」
「はぁい(ハート)」
「あんた、本っ当にいい性格になったわね」
「そりゃもー、仮にも『渋谷サイキック・リサーチ』の調査員ですから」
 そんなあたしたちを、真砂子が軽蔑《けいべつ》しきった目で見ていた。
「ふっ、くだらないことを言ってるわね、とか思ってるでしょー」
 あたしが真砂子を指さすと、お人形さんはやんわり笑う。
「あら、わかりました?」
 ホント、とっつきにくいんだから……。あんた、友達いないだろ。
「わかるとも。ね、この家、なにか感じる?」
 あたしが聞くと、真砂子はちょっと真面目《まじめ》な顔でうなずいた。
「霊の姿は見えませんけど。でも、とても嫌《いや》なけはいがしますわ」
「嫌な気配かぁ……」
 綾子は音をたててスーツ・ケースを閉じる。
「たしかに嫌な建物よね」
「へぇ、綾子でも嫌な気配とか感じるんだ」
 あたしが言うと綾子はもう一度顔を突き出す。
「なぐるよ」
 そうやって綾子とおちゃらけてると、真砂子がポツリと言った。
「血の……」
 え?
「血の臭いがする気がしますわ」
 真砂子はマットレスにきちんと腰掛けて、視線を遠くへさまよわせていた。ひどく緊張した表情をしていた。

     4

 荷物をしまって綾子《あやこ》たちと三人で食堂に入ると、なぜだか全員がそろっていた。つまり、二十人。お茶なんか飲んでる。
 あたしと綾子、真砂子《まさこ》がイスに座ると、おじいさんがお茶はいかがですか、と聞いてくれた。こりゃ、本当にホテルに来たみたい。
 コーヒーをお願いする。テーブルでは南心霊調査協会の南さんが、なにやら得意そうにまわりの人としゃべっている。
「まかせてください。なんら問題はありません。われわれにはデイビス博士の助言がありますし、最悪の場合でもアメリカのアレックス・タウナス氏や――ご存じですね、有名な超能力者でいらっしゃる――ユリ・ゲラー氏の助言やご協力をいただけることになっております」
 アレックス・タウナス。ユリ・ゲラー。
 ともに有名な超能力者じゃない。タウナスなんて、知る人ぞ知るって感じだし、ゲラーにいたっては超がつく有名人。有名すぎてペテンだなんだと言われるくらい。
 こいつはちょっくらスゴいんでないかい?
 南氏はとくとくと自分の交友関係の広さを自慢しはじめた。あたしでもよく名前を知っているような超能力者や研究者が彼のお友達らしい。
 まわりの人々は半信半疑の表情だった。
「すごいよね」
 あたしが隣に座ったジョンに小声で言うと、
「さいですね。けど、デイビス博士と知り合いなんですから」
 そら、そーだ。博士だって知る人ぞ知る有名人だもんな。
 博士は南さんの隣に座って、おっとりと微笑《ほほえ》みながら周囲の人がカタコトの英語で話しかけるのに答えている。
「博士ってとご国の人?」
 
「イギリスのお人です」
「なるほどぉ。いかにも、イギリス紳士って感じよね」
「ですね。……けど」
 ジョンはちょっと首をかしげた。
「けど?」
「いえ。思ったよりお年をとってはるんで。……てっきりもっと若いお方やと」
 博士は四十くらいだろうか。あたしには十分若く見えるけど。なんか「博士」っていうと、おじいさんみたいな印象があるもんな。
「ね、ジョンって英語しゃべれる?」
 ついそう聞いてしまうと、ジョンの真っ青な眼がパチクリした。
「ボク……英語の国の人ですけど」
 ……うん、知ってる。身近に英語に堪能《たんのう》な人間がマレなもんで、つい。
「……愚問《ぐもん》でした。ジョンがあんまし日本語がうまいからさー」
「おおきにさんです。それが、どないかしましたか?」
「あとでちょっと、通訳とかしてもらえるかなー、なんて」
 あたしが言うと、ジョンがクス、と笑った。
「博士ですか?」
「うん。やっぱ有名人だし、ちょっとお話なんかしてみたいなー、なんて」
 ジョンが笑う。
「ミーハーかしら」
「いえ。滝川《たきがわ》さんと同じことをいわはるから」
 なんだー、ぼーさんもかー?
「ぼーさんも、けっこう有名人に弱いなぁ」
「滝川さんは博士に……なんて言うんでしたか、傾向?」
「傾倒?」
「そです。傾倒してはりますから」
 うーむ。つまり博士のファンなのね。そういえば、よく博士のことをひきあいに出すもんなぁ。
 そんなことをヒソヒソ話していたら、ナルが安原《やすはら》さんに声をかけた。
「それじゃ、所長。始めましょうか」
 ……うーん。どうも違和感あるなー。
「はい」
 安原さんが『渋谷サイキック・リサーチ』の所長とも思えぬ、素直なお返事をして、あたしたちは、肉体労働をすべく立ち上がった。

     5

 まずは調査拠点にあたる部屋に機材を運《はこ》びこんだ。コンピュータ、さまざまな計器、いくつものモニター、などなど。ラックを組み立てたり、そこに機材を押しこんだり、配線をしたりと重労働をしていると、大橋さんが顔を出した。
「部屋はここでよろしかったでしょうか」
 安原《やすはら》さんが会釈《えしゃく》する。
「はい。ありがとうございました」
「たいへんな機材ですね」
 大橋さんは少し驚いたように機材をおさめたラックを見上げた。
「どうも。あの、少し質問をさせていただきたいのですが、よろしいですか?」
 ……むむ。安原さんが質問するんだろうか?
「ええ。なんでもお聞きになってください」
「じゃあ……」
 そう言って、安原さんはナルを振り返った。
「鳴海《なるみ》くん、頼むね」
 おっとー。その手があったか。
 安原さんはしらじらしく笑う。
「僕は車で機材の調整をしておくから。――大橋さん、すみません。よろしくお願いします」
 そう言って、安原さんは出ていった。ナルは大橋さんにイスをすすめて、自分も座る。お願いして準備してもらっておいたテーブルにファイルを広げた。
「まず、最初に依頼の内容をもう一度確認させてください」
 うん。さすがにナルがビジネスを始めると、その場の雰囲気がひきしまる。機材の準備をしていたあたしたちの空気まで緊張した。
 大橋さんがごく真面目《まじめ》に話を始めた。
「もともこの建物は、先生の奥様のご実家の所有になります。奥様はまったくここにいらしたことがありませんし、奥様のお父様……つまり、先代も結局ここにはお住まいにならなかったそうです。と言いますのも、幽霊が出るという話でしたので、それで忘れ去られた状態だったのですが、先々月、この家で少年がひとり、行方不明になりまして」
「……と、いいますと?」
「ここが空《あ》き家なのをいいことに、近郊の若者たちが出入りしていたらしいのです。いわゆる暴走族のグループがここに入りこみまして、そして中のひとりがいなくなったと、警察に届け出があったそうです。この屋敷はたいへん複雑な構造になっておりますので、どこかで具合でも悪くなって発見されていないのではと、警察が人手を集めて捜索したのですが、発見できませんでした。そればかりでなく」
 大橋さんは困ったように苦笑した。
「捜索をしていた消防団の青年が姿を消したのです」
 ……うわー……。
「その時に、中の何人かが屋敷の中で人魂《ひとだま》を見たとかで。ここで増築の工事をしましたとき、作業員が消えたこともあるという話で、先代はくれぐれもこの建物には手を触れぬように、朽《く》ちるにまかせておけとのご遺言《ゆいごん》だったそうです」
 大橋さんは自分でも半信半疑なのか、苦笑を浮かべたままだった。
「ですが、ここでふたりも行方不明になったとなると、悪い噂《うわさ》もたちますし、放っておくわけにもまいりません。かといって、これ以上の被害が出ても……。それで霊能者の方にお願いしてみようと、そういうことになりましたのです」
 なるほど、と言ってからナルは部屋を見まわした。この部屋も広い豪華な部屋だった。いかにも外国の映画に出てくる豪邸のような。ひどく傷んではいるけど、掃除はきちんとされている。
「わりに古い建物のようですが……いつ頃の建築ですか?」
「最初の建築は明治十年頃と聞いております」
「明治十年というと……」
「今から百十年以上前ですね。一八七七年ですから。ただ、その後増築や改築をくりかえしまして、その当時の建物はほとんど残っていないというお話でした」
「いつ頃だかわかりますか?」
「あいにくと……。先々代――奥様のお祖父さまがこの家をお建《た》てになったのですが、その当時からひんぱんに改築が行われていたそうでした。先代にいたっては、ほとんど毎年のようにどこかしら手を入れてらっしゃったそうです」
 ナルがメモをとっていた手を止めて顔をあげた。
「毎年のように? なのにここには住まなかったんですか?」
「はい。そのようにうかがっております」
 ……変なの。じゃ、なんのためにお金をかけて工事をしてたわけ?
「先々代はどういった方だったのですか?」
「美山鉦幸《みやまかねゆき》さまとおっしゃいまして、諏訪《すわ》一帯に広く土地をお持ちでした。後に製糸工場をお建てになりまして、慈善事業にも手をつくされました。孤児院や私立の慈善病院などを設立なそったそうです。もっとも、明治四十年、一九〇七年の恐慌で事業の大部分を手放され病院なども閉鎖のやむなきにいたったそうですが」
 ……日本史の授業か、これは。
「結局、その三年後にお亡《な》くなりになったそうです」
 かわいそーに。きっとガックリきちゃったのねぇ。
「そのあとを先代の宏幸《ひろゆき》さまがお継《つ》ぎになりまして。先代も二十年ほど前に亡くなられましたが」
 ナルは指先でテーブルを叩く。
「鉦幸氏はここにお住まいだったんですか?」
「さようで。先代は諏訪市ないの本邸でお生まれになりまして、結局ここにはお住まいになられないままだったそうです。もともと別邸でございましたので」
「何度か滞在したことはあるわけですね?」
「そのようにうかがっております」
「大橋さんご自身は、ここでなにかを見たというようなことは」
「準備のために一週間ほどおりますが、そのようなことはございません」
「他の方も?」
「はい。そのような話は聞いておりません」
 ナルは考えこむようすをする。少し眉《まゆ》をひそめてから、
「その……行方不明者と一緒だった人たちに話をうかがえませんか?」
「もうしわけありませんが、できるだけ内密に調査をしていただきたいので……」
 ナルは軽く眉をひそめる。それでもその件に関してはなにも言わず、
「最後に。……怪談の原因について、なにかお心当たりは?」
「わたくしにはわかりかねます」
「ありがとうございました」
 軽く頭を下げてから、ナルは、
「ああ、大橋さん。この家の平面図が手に入らないでしょうか」
「もうしわけありません。そのようなものはないと、うかがっております。なにしろ思いつくさまに増改築を重ねておりますので……」
「……そうですか。どうも」

「いかにも幽霊屋敷って感じじゃない?」
 
 大橋さんが出ていくなり、綾子がなんだか弾《はず》んだ声をあげた。
 ぼーさんもニンマリして、
「だよな。古い洋館。いわくありげな由緒《ゆいしょ》。……ナルちゃん、どうした」
 ナルはすごく難《むず》しい顔をしている。
「気に入らないんだ」
「なにが」
「長いこと無人だった幽霊屋敷。建物は複雑で平面図もない。そこに泊まりこむんだぞ」 そうか。ナルはそういう場合、安全を確認するまで泊まりこみはしない主義だもんね。「おっと、けっこう弱気な発言」
「慎重と言ってくれないかな? ――麻衣《まい》」
「はぁい」
「とりあえずこのあたり一帯に温度計を置いてみる。ぼーさんと行ってくれ。陽が暮れたらやめていい。日没後は必ず誰かと一緒にいるんだ。いいな?」
「……うん」
 なんか、念を押されるとビビっちゃうなー。
「他の者も。しばらく、日没後はひとりで行動しないほうがいい」
 そう言ってから、今度は綾子を見る。
「護符《ごふ》を書けますか」
「できるに決まってるでしょ。あたし、巫女《みこ》よ?」
「とてもそうとは思えねーけどな」
 ぼーさんがチャチャをいれると、綾子がにらむ。
「あんたに言われるすじあいないわよっ」
 ……そら、そーだ。ぼーさんが坊主に見える奴がいたら、誉《ほ》めてつかわす。
 パシ、とナルが机を叩く。
「護符を。人数分。各部屋の分と」
 ぼーさんは首をかしげている。
「用心のしすぎじゃねぇの?」
「無思慮な人間が、怠惰《たいだ》の言いわけにするセリフだな」
 ぼーさんは一瞬ムッとした顔をしてから、ニンマリと笑った。
「――そう。たしかに用心はしといたほうがいいわな」
 ナルを楽しそうに見る。
「……なんだ?」
「その態度、用心してツネヒゴロから改めておかねーと、バレるぜ。調査員の鳴海《なるみ》くん」
 綾子が手を叩いた。
「あ、言えてる。ぜったいに、調査員にしては偉《えら》そうだもんねー」
 うんうん。
「アタシたちはれっきとした霊能者で、所長から協力を求められてるわけだし、やっぱゲストよね。それなりの態度で接してもらわないとー」
 ナルはちょっと顔をしかめる。
「……心がけましょう。ずいぶん年上でいらっしゃることでもあるし」
 こいつ、明らかに「ずいぶん年上」を強調したな。
 ナルが立ち上がった。作り笑いミエミエの笑顔を浮かべる。
「では、作業にかかりたいのですが、手を貸していただけますか。松崎さま、滝川さま?」
 これは寒い。はっきり言って背筋が寒いぞ。こちらを見ていたジョンが頭を抱えた。
「ま……麻衣。行こうか」
「はい、行きませう」
 すたこらその場を逃げ出した。あたしとぼーさんだった。


二章 めかくし


     1


 車に行って温度計とボードを取ってきて、ついでにぽつねんとしてた安原《やすはら》代理所長を拾って、あたしたち三人は各部屋の気温をはかってまわる。心霊現象の起こっている場所というものは、気温が低くなるものなのだそーだ。
 大橋さんに聞いた話をしながら歩いていると、
「だいじょうぶなのかな」
 安原代理所長がその辺の戸棚を開けながらつぶやいた。
「なにが?」
「だから……ここで人が行方不明になったのって、二か月前なんでしょ? もしその人が家の中で迷子《まいご》になったんだとしたら、まず死んでるよね」
「……まぁねぇ」
「ウロウロしてて死体なんか発見したらやだなぁ」
 ……う。やなこと言うなぁ。
「こういう家だし、ネズミとか絶対いるよね。ネズミやゴキブリに喰《く》われてボロボロになった死体なんか見たい?」
「やめてよぉ」
 あたし、ホラーはともかくスプラッタは嫌《きら》いなんだからー。
 ぼーさんが豪快に笑った。
「俺たちがそのへんを歩いて見つけられるはずがねぇだろうが。警察が調べた後だぜ」
「あ、そうか」
「でもま、単なる迷子《まいご》なのかもしれんなぁ」
 この屋敷はたしかに、複雑怪奇な構造をしていた。廊下《ろうか》は意味もなく曲《ま》がったり折れたりしてるし、幅だって気ままに狭《せま》くなったり広くなったり。好き勝手なところに短い階段があって、ちょこちょこと上がったり下りたり。あっという間に方角を見失ってしまう。
 気温を書きこむボードのはしに略図を描いていなけりゃ、あたしたちだって迷子になっていたかもしれない。
「うーん。RPGをやってる気分になっちゃうなー」
 安原さんは、あっちこっち出たり引っ込んだりして、「井」型になった部屋を見まわして感心したような声をだした。
「アールピージーってなに?」
「ロール・プレイング・ゲーム。谷山さん、ファミコンやらないの」
「持ってないもん。おもしろい?」
「そりゃもー、はまるはまる。ファミコンの二大ソフトに『DQ』と『FF』とあるんだけど。どっちかの新作が一月だか二月だかに出てたら、僕、ぜったい大学落ちてたな」
 も……もしもし?
 ぼーさんが片隅にあった窓から、外に向かって首を突き出した。
「おー。すげえ。この窓、隣の部屋に開いてるわ」
 へ?
 なんということもない、ふつうの窓だった。その窓の向こうが庭でなく、隣の部屋だという点をのぞいては。
「よろい戸まであるのに……」
「改築だか増築だかしたときにこうなったんだな。……得体《えたい》の知れん3Dダンジョンみてーだな」
 ぼーさんが言うと、安原さんがポンと手を叩いた。
「滝川《たきがわ》さんも、ファミコンファン? 『女神転生』やりました?」
「ところが『Ⅱ』終わってねーのよ、俺。魔獣合成にウツツをぬかしてるうちに、本来の目的を忘れちまって」
「わかる、わかる」
 あたし、わかんなーい。
 盛り上がるふたりを多少うらめしい気分で見ながら、あたしは温度計をすえる。温度計といっても、学校で使うアルコール温度計ではありませんぞ、念のため。
 摂氏《せっし》四度。ずいぶん低いが、このあたりの部屋はみんな似たりよったりだ。 はかった温度をボードに書きこむ。なんという部屋なのかわからないので、略図に番号をふっておいた。
「オッケー。つぎ行こう」
 そう声をかけて、あたしは自分がどこから来たのかわからなくなってしまった。「井」型の部屋は四方の同じ位置にドアがあって、そのどれから入ってきたのかわからなくなったわけ。ちっ。コンパスがいるな、これは。
「どっから来たんだっけ?」
 あたしが聞くと、安原さんとぼーさんはたがいにちがう方向を指さした。
 あてにならん奴ら。
 いちいちドアを開けて確認しているとぼーさんが、
「ウインチェスター館だな、これは」
 なんだ、それは?
 安原さんが聞き返す。
「ウインチェスターって、ウインチェスター銃の?」
「なに、それ?」
 セーターを引っ張ると、『渋谷サイキック・リサーチ』の所長とは思えぬ親切さで教えてくれた。
 
「古い銃に、そういう種類があったんだよね。それとも今でもあるのかな。……それですか?」
 ぼーさんはうなずく。
「そ。ウインチェスター銃を製造したウインチェスター家の家さ。俺もよくは覚えてねぇんだけど、こういう複雑怪奇な家らしいぜ。開かない窓、上がれない階段、通れないドア」
「あ、おんなじ」
「だろ?」
 安原さんは妙に納得した顔をする。
「金持ちの考えることってわからないよなぁ。なんだってこういう家にしたがるのか?」「ウインチェスター館のほうはワケアリらしいけどな。たしか、家が完成したら悪いことが起こるとかなんとかで、完成しないよう果てしなく増築をくりかえしたんだとさ」
「へぇ。じゃ、この家もなんかワケアリなのかも」
「ワケがなかったら二笑邸だよ。ああ、ここだ、まだ入ってない部屋」
 そう言って、ぼーさんがやたら細長いドアを開けた。

     2

 その部屋番号八番の部屋は、もっと奇妙な部屋だった。
 だだっ広い部屋の真ん中に二畳くらいの小さい部屋があって、しかも、そこだけ床の高さが違ってたりするからめーわくな話だ。
 その小部屋(八・五号室)で温度をはかる。
「ダンジョンならこういう部屋にはなんかあるんだよな」
「そう。宝箱とか、小ボスとか」
 ……なに言ってんだか。
 のんきな話をうれしそうにしている安原《やすはら》さんとぼーさんをおいて外に出ると、広い部屋の角に三人の男女が集まっていた。
 おや。有名超能力者とお友達の南さん。
 南さんはあたしを見てニヤッと笑う。
「おやおや。お嬢さんも、もうお仕事ですかな」
「はぁ。まぁ……」
 南さんはあたしが抱えたボードを見る。
「気温の計測ですか?」
 そう言って、なんども首をうなずかせた。
「いいですねぇ。気温の計測は、心霊調査の基本ですよ。おたくの所長さんはお若いのに、なかなか物を知ってらっしゃる」
 ニヤニヤして言う南さんは、右手にアルコール温度計を持っていた。
「……どうも。南さんもですか?」
 あたしが聞くと、南さんはニンマリ笑う。
「そうです。我々の方法は、デイビス博士直伝《じきでん》ですからな。ええ、企業秘密なんてことは言いません。これも心霊研究の発展のためですから、盗《ぬす》めるテクニックはどんどん盗んでいってください。人間、勉強ですよ」
「はぁ……」
 よくしゃべるおっさんだ。
 南さんはあたしにもう一度笑いかけながら、温度計を軽く振って、それをホコリをかぶった家具の上においた。
 ……あのー。アルコール温度計って振っても下がらないんですけどぉ。
 南さんの両わきには、おばさんとおねーさんがいて、ふたりして目を閉じて合掌《がっしょう》していた。そのおばさんが目を開けて、
「会長、この部屋の向こう側の部屋に何かを感じます」
「ああ、そう」
 南さんはニコニコして、温度計を取りあげるとメモ用紙に温度を書き込む。それから会釈《えしゃく》して、
「まぁ、お互いにがんばりましょう。除霊に成功したチームには賞金が出るようですし」「はぁ……」
 軽やかに手を振って、南さんはおばさんたちと部屋を出ていった。
 うーむ。これはどうしたもんだろうか。
 人を意味もなく疑うのはよくないとは重々承知なんですが。なーんか、うさんくさい気がするんだよなぁ……。
 ゴースト・ハンターはレースじゃないと思うわけ。少なくともレースよりはボランティアに近いと思うぞ(ウチの場合は、だけど)。
 それに第一、アルコール温度計でもってあんな気温のはかり方があるかい。地面に対して垂直に設置して、少なくとも数分から十分はおいとかないと。目盛りを読むときは視線を目盛りの高さまで持っていって、アルコールの上端と完全に水平になるように気をつける。――うちの所長はお若いけど、そういうことにはやかましいんだ。
 そのうえ、うちでは正確を期してアルコール温度計は使わない。ちゃんと小数点以下二桁《けた》まで出るデジタル温度計を使うんだい。
 本当に、かのデイビス博士の指導なんだろうか? それとも博士って意外にファジーな人なのかしらん。博士っつーくらいだから、ウチの所長よりも厳格でやかましい人種なんだろうと思ってたけど、事実は逆なのかもしれないな。専門家ほどおおらかだ、と。
 あたしは南さんが温度計を置いた棚にうちの温度計を置いて、気温の測定をやった。腕時計を見ながら正確に定時数をはかる。定時数というのはひらたく言えば、その温度計が正確な温度をはかるまでに必要な時間のことよ。
 いつもは面倒なのでアバウトにやっちゃうんだけど、今はなんとなく丁寧《ていねい》にやりたい気分。やっぱいいかげんにやるよりは、正確にやるほうがいいはずだ。うんうん。

     3

 そのあたり一帯の十部屋ほどの温度を、三度計測してベースに戻る。広い部屋の中は機材で埋《う》まっていた。
「どうだった」
 ビデオカメラの調整をしていたナルに聞かれ、あたしはボードをさしだす。
「特に低い場所はないけど。んでも、平面図製作班を作らなきゃ、絶対迷子《まいご》がでるって断言するぞ、あたしは」
「僕には必要ないが、必要な人間がいそうだな」
 誰のことだよ、おい。
「八号室で南さんに会ったよ。いいかげんなやり方で気温の測定してた」
「南氏に会ったって? いつ?」
 聞いてきたのはぼーさんだ。
「八号室。ぼーさんと安原《やすはら》さん……じゃない、所長が小部屋で遊んでるとき」
「博士は?」
「いなかったよ」
「……なんだ」
 どことなくガッカリしたようすのぼーさん。
「えらくこだわるじゃない」
 綾子《あやこ》がニヤニヤ笑って隣のジョンを見た。
「滝川《たきがわ》さん、博士を尊敬してはりますから」
 ぼーさんはなんだか照れた表情で、オイとかコラとか言ってる。ふ。かわいいやつ。
「そんなにスゴイ人なんだー」
 にまにま笑ってぼーさんを見ると、ぼーさんはきまり悪げに頭をかいた。
「少なくとも、あれだけ厳密な研究者はあんましいねぇよなぁ……」
「そうなの?」
「そ。すっげー真面目《まじめ》な人なんだよ。まるで普通の科学論文みたいな。きちんとした論文書かくしさ」
「それって、珍しいの? 論文は論文でしょ?」
「それがまぁ、そうもいかねぇわけ。外国の研究者はまだマシだけどな。日本の研究者なんか、引用文献の出展も書かない奴がいるし」
 よくわかんなーい。けどまぁ、ぼーさんの口調から察するに、たいしたことなのね。
「著作がひとつあってな、『超自然のシステム』っつー。それの序文に、こういうのがあって。『超自然現象研究に関して、科学だペテンだ、の議論があるが、著者はこれをいまだ科学ではないと感じる。ゆえに、まず超自然現象研究を科学として認知させるための研究をおこないたいと考えている』っての」
 んー、と。つまり、超自然現象はまだ科学じゃないから、科学にするための研究をする、ってわけね。潔《いさぎよ》いじゃない。ふむふむ。
「超自然現象を信じる奴は、あたまっからこれは科学だって言いはるんだよな。反対派は、こんなのペテンだって決めつけるし。それがさ、思い切ったことを言うよな。博士本人はサイ能力者なんだから、超自然現象があるって知ってるわけだぜ?」
 ジョンがうなずいた。
「さいですね。事実その本かて、すごくきちんとした研究書でしたし」
「だろ?」
 ナルホド。それですっかり傾倒してる、と。うーん、けっこーかわいい性格。
「……でもさ」
 あたしは首をかしげた。
「そのわりに、博士直伝だっつって、南さんはいいかげんな気温計測してたよ」
「そりゃ、南氏がいいかげんな性格なんだよ」
 綾子が口をはさんだ。
「でもさー、あの南っての、なーんかうさんくさくない?」
「あ、綾子もそう思う?」
「思う、思う。なんか、卑屈《ひくつ》な感じで好きになれないのよね」
「だよねぇ。あたしもああいう、じぶんの自慢ばっかする人って好きじゃない」
 ジョンがふいに小首をかしげた。
「ボクは博士に会うたことあれへんのですけど、たしか若いお人やと聞いたことがあったと思うんですけど」
 ぼーさんはじゃっかんムキになった気配。
「なんだよ、疑ってんのかぁ? 『博士』にしちゃ、十分若かったじゃねぇか」
「それはどうですやろ……。博士はロンデンバーグ財団から博士号をもろうたんですよね。欧米には心霊研究を援助する財団がたくさんおますし。ロンデンバーグ財団はその中でも最近特に力をいれてるとこなんです。博士号を作って優秀な研究者に与えたり、大学に講座を作って、その教授にしたりしてます。デイビス博士はその博士号をもろたんで、いわゆる普通の博士号とはちょっと違うんで……」
 ふぅん。ややこしいのね。
 
「それに、デイビス博士が来日したら、もっと大騒ぎになってるのと違いますか。来日したなんてウワサは聞いてませんし」
 ぼーさんも眉《まゆ》をひそめた。
「そういや、そうだな……」
「そうよねぇ、一部でとはいえ、有名な超能力者だもんねぇ」
「あのー」
と、あたしはおそるおそる言ってみる。
「あたしは不勉強なんで、よくわからないんだけど、そんなすごい能力者なの」
 当然のように軽蔑《けいべつ》の視線が返ってきた。ううう。
「すごいわよぉ。本人は霊に関する研究者で、あんまし超能力のほうでは活躍してないけど」
「へぇぇ」
 ぼーさんが天井を仰《あお》いだ。
「何年か前に一度だけPKの公開実験をやったことがあるんだよ。それがビデオになってる。もっとも、ちゃんとした研究所じゃなきゃ手に入らないんで見てないけどな。どでかいアルミのかたまりを壁にたたきつけた、ってやつ」
「ほー」
「それに、以前富豪の息子が誘拐《ゆうかい》されたとき、その子を救出したんで有名なんだよな」
 ジョンがうなずく。
「そですね。アメリカの自動車会社の息子はんでしたね。土の中に生き埋《う》めになってたのを見つけたんです。それでその富豪が大きな研究所をSPRに寄付したゆう話です」
 ほえぇ。すごい。人命救助かぁ。かっこいいではないか。
 てなことを話しているといきなり背後から声をかけられた。
「みなさん、楽しそうですね」
 思いっきり冷たい声。
 振り向くとナルが皮肉っぽい笑顔で立っていた。見ると、床に並べてあったカメラが減っている。
「よぉ、ナルちゃん。いつの間に。どこに行ってたんだい」
 ぼーさんがひきつった顔で手をあげると、冷酷な視線を向ける。
「むろん、カメラを設置に行ったんですが。僕はここに仕事に来ているもので」
 ……わーったよ。サボってないで働けっつーんだろ。
「設置、やります」
 あたしが言うと、ナルはさらに冷たい声で言う。
「おや、いいんですよ、谷山《たにやま》さん。女性には重労働ですから」
 ……寒い。凍《こご》え死にしそーだ。
「いえ。やります。やらせてくださいっ!」

     4

「どこにカメラを置くの?」
 全員でえっちらおっちらビデオ・デッキをかついで歩きながら聞くと、
「取りあえず全員が宿泊するあたりを中心に。そこからじょじょに半径を広げていって、安全圏を確保する」
 ぼーさんがゲンナリした声をあげた。
「おいおい、そんなでこの家全部調べ終わるの、いつになると思ってるんだよ」
「しかたないでしょう。それとも逃げてお帰りになりますか、滝川《たきがわ》さま?」 ナルに視線をくらってぼーさんは頭をかかえる。
「……悪かった。俺が悪かったから、いつもどおりにしゃべってくれるか?」
 ナルはめいっぱい皮肉っぽい笑いを浮かべた。
「長丁場《ながちょうば》になるかもしれないが、やむをえないだろうな」
 やれやれ、とぼーさんは小声で行って、それからあたしを振り向いた。
「そういや、麻衣《まい》。つねづね聞きたいと思ってたんだが、そんなに長く家をあけて親はなんにも言わねぇのか?」
 ……なに言ってんだ、いまさら。
「学校だってサボってるんだろうが? 先生にどやされてもしらんぞぉ」
「あのねぇ、いまさら聞く? 会ってもう一年だよ?」
「いや、いつも聞こうとは思ってたんだが」
「なにか言う人なんていないもん」
「おや、けっこうな家庭環境」
「うん。だってあたし、みなしごなの」
 しぃん。
 その場が凍《こお》りついた。全員の視線が集中する。おや?
 ぼーさんがおそるおそる聞いてきた。
「孤児?」
「うん。そだよ」
「叔父《おじ》さんとか、叔母《おば》さんとか」
「全然いないの。天涯孤独の薄幸の少女なのさ。恐れいった?」
「……いった」
 父は天涯孤独だった。母も天涯孤独だった。
 あきれちゃうよ、まったく。ふたりともウカツなんだから。ともに天涯孤独ということはよ? ともに早死にの家系ってことじゃないか。そんなことも気がつかなかったのか、あんたらは。
 ほれみろ、おとーさんはあたしが物心つく前に死んだし、おかーさんも中学ん時死んだじゃないか。まったく、もー。
 面倒見《めんどうみ》のいい先生がお家《うち》に下宿させてくれなかったら、あたしゃ中学生にして路頭に迷ってたんだぞ。
「……それで?」
 ぼーさんが聞く。
「なにが?」
「今どうやって生活してんだ?」
「ああ。今は自活よ。偉《えら》いだろ?」
「偉い……」
「学費は免除なの。うちの学校は貧乏《びんぼう》人に親切だからさ。生活費は奨学金《しょうがくきん》とバイト代。最近バイト代がいいから、生活、潤《うるお》っちゃってー」
 へっへっへ。この冬なんかストーブ買ったもんねー。コタツはすでにあるのにさー。
 いきなり、ぱふっとぼーさんがあたしの頭を抱きよせた。
「こらこらこらーっ!」
「おじさんの胸でお泣き」
 なに考えてんだ、この坊さんは。
「いらん。放さんかい」
「生活に疲れたらいつでも言うんだぞ。おじさんが嫁《よめ》にもらってやるからな」
「それは定職についてから言うセリフでない?」
 それとも、スタジオ・ミュージシャンというのは定職なのだろーか。ま、有休とか退職金とか聞いたことがないから、やっぱちがうんだろうな。
「かわいくない」
 ポコンと頭をはたかれた。
「ごめんなさい。あたし苦労のしすぎで性格ほころびてんの。ああ、世間《せけん》が憎《にく》い……」
 よよ、と泣きマネをしたらもう一回頭をはたかれた。なんだよぉ。
「それでバイト許可されてんのか」
「うん。もともとうちはバイト可だけどね。あたしの場合、生活のためですっつーと、休み放題なのさっ」
 へっへっへ。
 ぼーさんがうなずく。
「眠くて起きられない時もバイトだと言えば……」
「そうそう。好きなだけ休めるしー」
 言ってからしまった、と思ったね。周囲の冷たい視線。
「なるほど、そうやって学校をサボってるわけだ。……馬鹿《ばか》になるはずだな」
と言ったのはナルでなくてぼーさんで、口調までナルに似てたので、思わずあたしは大笑いしてしまった。ナルは呆《あき》れた顔をしてたけど。

 全員が宿泊することになっている二階の一角を中心に、五台の暗視カメラとサーモグラフィーをすえた。さらにその外側に十二本の集音マイクをセットする。ぼーさんとジョン、安原《やすはら》さんの三人で構成された邸内探検隊が、平面図を作りにメジャーとコンパスを持っていったあとで、あたしたちは機材の調整をする。ケーブルをつなぎ、角度を決めてチェックをしているとそれだけで夕暮れが近づいてきた。
 その日、他の霊能者の方々が何をしていたのかは知らない。あたしたちは夕食のあとでベースでミーティングをして、各部屋をお祓《はら》いしたあとで早々にベッドに入って寝てしまった。
 ナルが断固として夜間の調査をやめさせたせいだけれど、他の人たちは夜遅くまで邸内を調べていたようだった。

     5

 翌朝、叩《たた》き起こされて(誰に、とは聞かないように)食堂に行き、がっつくように朝ご飯を食べると、あたしたちはベースに集まった。
 リンさんが、例によって昨夜機材が自動的に録画したテープの再生にかかる。特に妙なものが映っているテーブルはなかった。時折、通り過ぎる霊能者たちがめずらしそうにのぞきこんでいるのが映っていて、それが妙におかしかったくらい。集音マイクを通して録音されたテープも同様。サーモグラフィーも正常値。そのほかの、あたしにはいまだよく理解できない測定器にも異常は発見されなかった。
 
「動きなし……ですか?」
 安原《やすはら》さんが聞くのに、ナルはうなずく。
「初日はこんなものでしょう。昨夜機材を置いた周辺は、さほど危険ではないだろうな」 ナルはあくまで慎重派。
 綾子《あやこ》はちょっくら不満そうだ。
「いいのぉ!? そんなにノンキに構えてると、他の連中に手柄を横取りされるわよぉ」
「べつに手柄をたてたいとは思っていませんが」
「んじゃ、なんでこんなことしてるわけ?」
「いわば、ボランティアです。――安原さん、ぼーさん、ジョン。麻衣《まい》と四人で見取り図作成の続きをやってくれ」
 まったく綾子を相手にしとらんな、こいつ。
 今日は朝から行動をともにしている真砂子《まさこ》が、
「あたくしもなにかお手伝いできることがあれば……」
「松崎《まつざき》さんと不審《ふしん》な場所がないかチェックしてください。臭いがする、と言ってましたよね? その臭いがどのあたりでいちばん強いかも。十分注意して、不審な場所を発見しても勝手に踏《ふ》みこまないでください。まず報告を」
「わかりましたわ」
「昼には全員必ずここに戻るように。そうだな、十一時半。時計を合わせて、絶対に遅れないこと」
 へいへい。生活指導の先生より口うるさいな、こいつは。

 昨日ぼーさんと安原さん・ジョンの三人が努力したにもかかわらず、平面図のほうは白紙に近い状態だった。ようやく食堂とベース、宿泊所のある一角が書きこんであるだけ。 とりあえず、昨日中断していた食堂の北側の廊下《ろうか》を計測する。ざっと長さと幅、方向をはかって、グラフ用紙に書きこんだ。さらに廊下の両側の各部屋のサイズをはかる。
 そうやって片はしから計測していって、ある部屋に入ったときだった。
「あれぇ?」
 あたしはサイズを書きこみながら思わず首をかしげてしまった。
「どうした?」
 ぼーさんが手もとをのぞきこんでくる。
「どっかで測量、まちがってるよぉ」
 この部屋は教室ぐらいの広さの部屋だった。部屋の三方を廊下に囲まれていて、廊下と隣の部屋の測量はすでに済んでいるから部屋の外側の大きさはわかっているわけ。外側のサイズからすると、この部屋は長方形の部屋になるはず。ところがだ、実際に部屋の中をはかってみると、ほぼ正方形なんだよな。
 そう言うとぼーさんが舌打ちをした。
「またかよ……。おい、はかりなおしだ」
 ぼーさんと安原さん、ジョンの三人が外側のサイズをはかりに部屋を出る。少しして戻ってきた三人は不思議《ふしぎ》そうに首をかしげていた。
「……どしたの?」
「外のサイズはそれであってるぜ」
「そんなはずないよぉ。この部屋、はかるまでもなく正方形じゃない。じっさいはかった結果もほぼ正方形だしー」
「ところが外もあってるんだ、これが。二度はかったから間違いない」
 ええー?
 部屋の三方にはドアがある。ドアを開けてみると壁の厚さがだいたいわかる。壁はひどく薄いわけではなさそうだし、……すると。
 あたしは一方だけドアがない壁を見た。
「この壁、まさか厚さが三メートルもあるの?」
「そうでなければ、ずっと最初のほうで間違っててそのままズレてきてるんだ」
 ボタンをかけちがったみたいに、とぼーさんはいまいましげに言う。
 安原さんが指をあげる。
「隠《かく》し部屋」
 ……まさか。かんべんしてよぉ。
「うーん、ますますダンジョンみたいですねぇ」
 安原さんはなんだか満足しているようすだ。
「壁に穴ぁ開けてみりゃ、はっきりするんだがな」
 なんて過激なことを言ってくれるのはぼーさん。
 ジョンがふたりをなだめた。
「……とにかく、ここはおいといて、先に進みましょ。他の部分をはかっているうちに、どこでまちごうたのかわかるかもしれませんし」
 んだんだ。
 そうして作業を再開したわけなんだが、計測ミスがはっきりするどころか、はかればはかるどつじつまの合わない所が出てくる始末。何度もはかりなおして駆《か》けまわって、最後にはすっかりウンザリしてしまった。
 なんだってこんなややこしい家を建《た》てたのよ。金持ちの考えることはわからねぇや。

     6

 四苦八苦しながら一階部分の平面図を作り終えたところで、約束の十一時半になった。ベースに戻ってできあがったぶんを渡すと、リンさんがそれをコンピュータに入力する。その間あたしたちは大あわてでご飯を食べて、三時のお茶にもう一度集まる約束をして、再び邸内探検の旅に出かけた。
 朝あたしたちが調査を開始したときには全員寝ているようすだった他の霊能者たちも、さすがにひとりふたりとおきて調査を始めたようだった。白髭《しろひげ》を胸まで垂《た》らしたおじいさんが、拳《こぶし》ほどもある珠《たま》をつないだ巨大なお数珠《じゅず》を持ってうろうろしていた。
「あれ、誰だっけ」
 階段を上がりながらぼーさんに聞くと、
「俺に聞くな」
 さよーで。
「ナントカ会の三橋《みつはし》さんという人じゃなかったかな」
 答えたのは安原《やすはら》代理所長だ。
「おお、さすがは最高学府の新入生。少年は賢《かしこ》いな」
「よく言いますよ、滝川《たきがわ》さんだって大卒でしょ」
 大卒……、ってことは……。
「ぼーさん、大学卒業してんの!?」
 ぼーさんが苦々《にがにが》しい表情をする。
「俺が大学出の学士さまじゃ、なんかおかしいか、え?」
「いや……はは。お坊さんでも大学行くのね」
「あのな。日本には坊主の行く大学ってのがあるんだよ」
「へぇぇ」
 それはビックリ。
「そこで何するの? やっぱお経《きょう》読む練習とかしちゃうわけ?」
「……ま、そういうこともするけどな」
「袈裟《けさ》着ないと、登校できないとか」
 あのな、とぼーさんは苦《にが》い顔をする。
「お嬢ちゃん。坊主の大学ったって、女の子もいるの。英語もやるし、ドイツ語もやるし、数学も体育もやるんだよ、わかったか?」
「ほぇぇ……」
 不思議。どんな大学なのかしらん。行ってみたい気がするぞぉ。
 安原さんも不思議そうに、
「やっぱ、朝のお勤《つと》めとかあるんですか? ホラ、キリスト教系の学校で朝のミサとかやるところ、あるじゃないですか」
「あるか、いまどき。たいして宗教色はないんだよ。花まつりの日に学食のお茶が甘茶になるくらいで」
「なに、それーっ」
「い、異様……っ」
 思わずウケちゃったい。甘茶でオベント食べるのぉ? あわないと思うけどなー。
「よけいなおせわ。――?」
 ぼーさんが、二階の廊下《ろうか》を曲《ま》がったところで足を止めた。
 二階の北へ向かう廊下は狭《せま》い。おかげであたしたちはぼーさんの背中に玉突き衝突。
「てて。どうしたの」
 ぼーさんは黙《だま》って目線を廊下の先にやった。そこに四人の人影。ふたりが床にうずくまって額《ひたい》を床につけたままぐるぐるまわっている。それを立って見おろしているのは、三十すぎのおじさんと大橋さん。
「……誰?」
 こっそり安原さんに聞くと、
「ナントカ協会の聖《ひじり》さんじゃないですか」
と即答。やっぱ、安原さんってかしこいわ。
 うずくまったふたりが廊下の幅いっぱいにグルグルしてて、とてもじゃないが通行不能。困惑してみていると聖さんが顔をあげてあたしたちのほうを見た。
「……ここは通れませんよ」
 クチヒゲの下に皮肉っぽい笑み。
「ご覧のとおり、今重要なお告げが降りるところですからね」
 ……はぁ。
 あいまいにうなずいたとき、後ろから背中をつつかれた。振り返ると安原さんが戻ろう、と指で示している。うなずいてもときた廊下を戻ったわけだけど。
 霊能者にもいろいろいるのね。ウチのメンバーに、あんな恥《は》ずかしいことをするヤツがいなくてよかったぁ……。

 四人がかりでメジャーを持って、順番に部屋を計測していった。一階と二階の計測を終えてわかることは、どうやらこの家は内側にいくほど変な部屋が多いってこと。建物の内側にいくと、部屋には窓というものがなくなってしまう。あっても隣の部屋に向かって開いていたり、開けたところが壁だったり。内側の部屋は電灯があってもかんじんの電球がないことが多かったので、二本だけ持ったハンド・ライトが頼り。
 
「増築をした先代さんってのは、まったくここに住む気がなかったんだなぁ」
 ぼーさんはハンド・ライトの光を部屋の中にさまよわせた。四畳半くらいの部屋だった。作りつけのクローゼットらしい扉が見えるだけ。家具はない。
「でしょうね。こんな部屋、住みたい人間がいるとは思えないもんな」
 安原さんは部屋を見まわした。
 たしかに、窓も明かりもない狭い部屋はすごく息苦しい。あたしだったらこんな部屋、一日だって住みたくない。――もっとも、家賃がタダだったら考えるけど。
 三時のお茶までに二階部分をなんとか調べ終わって、あたしたちはベースに集まった。新たに調べ終わったぶんをリンさんが入力する間に、お茶なぞいただく。ケーキとかサンドイッチとかが出て、あたしたちはすっかり感動してしまった。
「しかし、広い家よねぇ」
 綾子があたしたちのほかは無人の食堂を見まわしながら言う。
「二十人からの人間が右往左往しててよ? ほとんど人に会わないんですもんねぇ」

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责任编辑:Mashimaro

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