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悪霊シリーズ第5巻 悪霊になりたくない
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

に広く土地をお持ちでした。後に製糸工場をお建てになりまして、慈善事業にも手をつくされました。孤児院や私立の慈善病院などを設立なそったそうです。もっとも、明治四十年、一九〇七年の恐慌で事業の大部分を手放され病院なども閉鎖のやむなきにいたったそうですが」
 ……日本史の授業か、これは。
「結局、その三年後にお亡《な》くなりになったそうです」
 かわいそーに。きっとガックリきちゃったのねぇ。
「そのあとを先代の宏幸《ひろゆき》さまがお継《つ》ぎになりまして。先代も二十年ほど前に亡くなられましたが」
 ナルは指先でテーブルを叩く。
「鉦幸氏はここにお住まいだったんですか?」
「さようで。先代は諏訪市ないの本邸でお生まれになりまして、結局ここにはお住まいになられないままだったそうです。もともと別邸でございましたので」
「何度か滞在したことはあるわけですね?」
「そのようにうかがっております」
「大橋さんご自身は、ここでなにかを見たというようなことは」
「準備のために一週間ほどおりますが、そのようなことはございません」
「他の方も?」
「はい。そのような話は聞いておりません」
 ナルは考えこむようすをする。少し眉《まゆ》をひそめてから、
「その……行方不明者と一緒だった人たちに話をうかがえませんか?」
「もうしわけありませんが、できるだけ内密に調査をしていただきたいので……」
 ナルは軽く眉をひそめる。それでもその件に関してはなにも言わず、
「最後に。……怪談の原因について、なにかお心当たりは?」
「わたくしにはわかりかねます」
「ありがとうございました」
 軽く頭を下げてから、ナルは、
「ああ、大橋さん。この家の平面図が手に入らないでしょうか」
「もうしわけありません。そのようなものはないと、うかがっております。なにしろ思いつくさまに増改築を重ねておりますので……」
「……そうですか。どうも」

「いかにも幽霊屋敷って感じじゃない?」
 
 大橋さんが出ていくなり、綾子がなんだか弾《はず》んだ声をあげた。
 ぼーさんもニンマリして、
「だよな。古い洋館。いわくありげな由緒《ゆいしょ》。……ナルちゃん、どうした」
 ナルはすごく難《むず》しい顔をしている。
「気に入らないんだ」
「なにが」
「長いこと無人だった幽霊屋敷。建物は複雑で平面図もない。そこに泊まりこむんだぞ」 そうか。ナルはそういう場合、安全を確認するまで泊まりこみはしない主義だもんね。「おっと、けっこう弱気な発言」
「慎重と言ってくれないかな? ――麻衣《まい》」
「はぁい」
「とりあえずこのあたり一帯に温度計を置いてみる。ぼーさんと行ってくれ。陽が暮れたらやめていい。日没後は必ず誰かと一緒にいるんだ。いいな?」
「……うん」
 なんか、念を押されるとビビっちゃうなー。
「他の者も。しばらく、日没後はひとりで行動しないほうがいい」
 そう言ってから、今度は綾子を見る。
「護符《ごふ》を書けますか」
「できるに決まってるでしょ。あたし、巫女《みこ》よ?」
「とてもそうとは思えねーけどな」
 ぼーさんがチャチャをいれると、綾子がにらむ。
「あんたに言われるすじあいないわよっ」
 ……そら、そーだ。ぼーさんが坊主に見える奴がいたら、誉《ほ》めてつかわす。
 パシ、とナルが机を叩く。
「護符を。人数分。各部屋の分と」
 ぼーさんは首をかしげている。
「用心のしすぎじゃねぇの?」
「無思慮な人間が、怠惰《たいだ》の言いわけにするセリフだな」
 ぼーさんは一瞬ムッとした顔をしてから、ニンマリと笑った。
「――そう。たしかに用心はしといたほうがいいわな」
 ナルを楽しそうに見る。
「……なんだ?」
「その態度、用心してツネヒゴロから改めておかねーと、バレるぜ。調査員の鳴海《なるみ》くん」
 綾子が手を叩いた。
「あ、言えてる。ぜったいに、調査員にしては偉《えら》そうだもんねー」
 うんうん。
「アタシたちはれっきとした霊能者で、所長から協力を求められてるわけだし、やっぱゲストよね。それなりの態度で接してもらわないとー」
 ナルはちょっと顔をしかめる。
「……心がけましょう。ずいぶん年上でいらっしゃることでもあるし」
 こいつ、明らかに「ずいぶん年上」を強調したな。
 ナルが立ち上がった。作り笑いミエミエの笑顔を浮かべる。
「では、作業にかかりたいのですが、手を貸していただけますか。松崎さま、滝川さま?」
 これは寒い。はっきり言って背筋が寒いぞ。こちらを見ていたジョンが頭を抱えた。
「ま……麻衣。行こうか」
「はい、行きませう」
 すたこらその場を逃げ出した。あたしとぼーさんだった。


二章 めかくし


     1


 車に行って温度計とボードを取ってきて、ついでにぽつねんとしてた安原《やすはら》代理所長を拾って、あたしたち三人は各部屋の気温をはかってまわる。心霊現象の起こっている場所というものは、気温が低くなるものなのだそーだ。
 大橋さんに聞いた話をしながら歩いていると、
「だいじょうぶなのかな」
 安原代理所長がその辺の戸棚を開けながらつぶやいた。
「なにが?」
「だから……ここで人が行方不明になったのって、二か月前なんでしょ? もしその人が家の中で迷子《まいご》になったんだとしたら、まず死んでるよね」
「……まぁねぇ」
「ウロウロしてて死体なんか発見したらやだなぁ」
 ……う。やなこと言うなぁ。
「こういう家だし、ネズミとか絶対いるよね。ネズミやゴキブリに喰《く》われてボロボロになった死体なんか見たい?」
「やめてよぉ」
 あたし、ホラーはともかくスプラッタは嫌《きら》いなんだからー。
 ぼーさんが豪快に笑った。
「俺たちがそのへんを歩いて見つけられるはずがねぇだろうが。警察が調べた後だぜ」
「あ、そうか」
「でもま、単なる迷子《まいご》なのかもしれんなぁ」
 この屋敷はたしかに、複雑怪奇な構造をしていた。廊下《ろうか》は意味もなく曲《ま》がったり折れたりしてるし、幅だって気ままに狭《せま》くなったり広くなったり。好き勝手なところに短い階段があって、ちょこちょこと上がったり下りたり。あっという間に方角を見失ってしまう。
 気温を書きこむボードのはしに略図を描いていなけりゃ、あたしたちだって迷子になっていたかもしれない。
「うーん。RPGをやってる気分になっちゃうなー」
 安原さんは、あっちこっち出たり引っ込んだりして、「井」型になった部屋を見まわして感心したような声をだした。
「アールピージーってなに?」
「ロール・プレイング・ゲーム。谷山さん、ファミコンやらないの」
「持ってないもん。おもしろい?」
「そりゃもー、はまるはまる。ファミコンの二大ソフトに『DQ』と『FF』とあるんだけど。どっちかの新作が一月だか二月だかに出てたら、僕、ぜったい大学落ちてたな」
 も……もしもし?
 ぼーさんが片隅にあった窓から、外に向かって首を突き出した。
「おー。すげえ。この窓、隣の部屋に開いてるわ」
 へ?
 なんということもない、ふつうの窓だった。その窓の向こうが庭でなく、隣の部屋だという点をのぞいては。
「よろい戸まであるのに……」
「改築だか増築だかしたときにこうなったんだな。……得体《えたい》の知れん3Dダンジョンみてーだな」
 ぼーさんが言うと、安原さんがポンと手を叩いた。
「滝川《たきがわ》さんも、ファミコンファン? 『女神転生』やりました?」
「ところが『Ⅱ』終わってねーのよ、俺。魔獣合成にウツツをぬかしてるうちに、本来の目的を忘れちまって」
「わかる、わかる」
 あたし、わかんなーい。
 盛り上がるふたりを多少うらめしい気分で見ながら、あたしは温度計をすえる。温度計といっても、学校で使うアルコール温度計ではありませんぞ、念のため。
 摂氏《せっし》四度。ずいぶん低いが、このあたりの部屋はみんな似たりよったりだ。 はかった温度をボードに書きこむ。なんという部屋なのかわからないので、略図に番号をふっておいた。
「オッケー。つぎ行こう」
 そう声をかけて、あたしは自分がどこから来たのかわからなくなってしまった。「井」型の部屋は四方の同じ位置にドアがあって、そのどれから入ってきたのかわからなくなったわけ。ちっ。コンパスがいるな、これは。
「どっから来たんだっけ?」
 あたしが聞くと、安原さんとぼーさんはたがいにちがう方向を指さした。
 あてにならん奴ら。
 いちいちドアを開けて確認しているとぼーさんが、
「ウインチェスター館だな、これは」
 なんだ、それは?
 安原さんが聞き返す。
「ウインチェスターって、ウインチェスター銃の?」
「なに、それ?」
 セーターを引っ張ると、『渋谷サイキック・リサーチ』の所長とは思えぬ親切さで教えてくれた。
 
「古い銃に、そういう種類があったんだよね。それとも今でもあるのかな。……それですか?」
 ぼーさんはうなずく。
「そ。ウインチェスター銃を製造したウインチェスター家の家さ。俺もよくは覚えてねぇんだけど、こういう複雑怪奇な家らしいぜ。開かない窓、上がれない階段、通れないドア」
「あ、おんなじ」
「だろ?」
 安原さんは妙に納得した顔をする。
「金持ちの考えることってわからないよなぁ。なんだってこういう家にしたがるのか?」「ウインチェスター館のほうはワケアリらしいけどな。たしか、家が完成したら悪いことが起こるとかなんとかで、完成しないよう果てしなく増築をくりかえしたんだとさ」
「へぇ。じゃ、この家もなんかワケアリなのかも」
「ワケがなかったら二笑邸だよ。ああ、ここだ、まだ入ってない部屋」
 そう言って、ぼーさんがやたら細長いドアを開けた。

     2

 その部屋番号八番の部屋は、もっと奇妙な部屋だった。
 だだっ広い部屋の真ん中に二畳くらいの小さい部屋があって、しかも、そこだけ床の高さが違ってたりするからめーわくな話だ。
 その小部屋(八・五号室)で温度をはかる。
「ダンジョンならこういう部屋にはなんかあるんだよな」
「そう。宝箱とか、小ボスとか」
 ……なに言ってんだか。
 のんきな話をうれしそうにしている安原《やすはら》さんとぼーさんをおいて外に出ると、広い部屋の角に三人の男女が集まっていた。
 おや。有名超能力者とお友達の南さん。
 南さんはあたしを見てニヤッと笑う。
「おやおや。お嬢さんも、もうお仕事ですかな」
「はぁ。まぁ……」
 南さんはあたしが抱えたボードを見る。
「気温の計測ですか?」
 そう言って、なんども首をうなずかせた。
「いいですねぇ。気温の計測は、心霊調査の基本ですよ。おたくの所長さんはお若いのに、なかなか物を知ってらっしゃる」
 ニヤニヤして言う南さんは、右手にアルコール温度計を持っていた。
「……どうも。南さんもですか?」
 あたしが聞くと、南さんはニンマリ笑う。
「そうです。我々の方法は、デイビス博士直伝《じきでん》ですからな。ええ、企業秘密なんてことは言いません。これも心霊研究の発展のためですから、盗《ぬす》めるテクニックはどんどん盗んでいってください。人間、勉強ですよ」
「はぁ……」
 よくしゃべるおっさんだ。
 南さんはあたしにもう一度笑いかけながら、温度計を軽く振って、それをホコリをかぶった家具の上においた。
 ……あのー。アルコール温度計って振っても下がらないんですけどぉ。
 南さんの両わきには、おばさんとおねーさんがいて、ふたりして目を閉じて合掌《がっしょう》していた。そのおばさんが目を開けて、
「会長、この部屋の向こう側の部屋に何かを感じます」
「ああ、そう」
 南さんはニコニコして、温度計を取りあげるとメモ用紙に温度を書き込む。それから会釈《えしゃく》して、
「まぁ、お互いにがんばりましょう。除霊に成功したチームには賞金が出るようですし」「はぁ……」
 軽やかに手を振って、南さんはおばさんたちと部屋を出ていった。
 うーむ。これはどうしたもんだろうか。
 人を意味もなく疑うのはよくないとは重々承知なんですが。なーんか、うさんくさい気がするんだよなぁ……。
 ゴースト・ハンターはレースじゃないと思うわけ。少なくともレースよりはボランティアに近いと思うぞ(ウチの場合は、だけど)。
 それに第一、アルコール温度計でもってあんな気温のはかり方があるかい。地面に対して垂直に設置して、少なくとも数分から十分はおいとかないと。目盛りを読むときは視線を目盛りの高さまで持っていって、アルコールの上端と完全に水平になるように気をつける。――うちの所長はお若いけど、そういうことにはやかましいんだ。
 そのうえ、うちでは正確を期してアルコール温度計は使わない。ちゃんと小数点以下二桁《けた》まで出るデジタル温度計を使うんだい。
 本当に、かのデイビス博士の指導なんだろうか? それとも博士って意外にファジーな人なのかしらん。博士っつーくらいだから、ウチの所長よりも厳格でやかましい人種なんだろうと思ってたけど、事実は逆なのかもしれないな。専門家ほどおおらかだ、と。
 あたしは南さんが温度計を置いた棚にうちの温度計を置いて、気温の測定をやった。腕時計を見ながら正確に定時数をはかる。定時数というのはひらたく言えば、その温度計が正確な温度をはかるまでに必要な時間のことよ。
 いつもは面倒なのでアバウトにやっちゃうんだけど、今はなんとなく丁寧《ていねい》にやりたい気分。やっぱいいかげんにやるよりは、正確にやるほうがいいはずだ。うんうん。

     3

 そのあたり一帯の十部屋ほどの温度を、三度計測してベースに戻る。広い部屋の中は機材で埋《う》まっていた。
「どうだった」
 ビデオカメラの調整をしていたナルに聞かれ、あたしはボードをさしだす。
「特に低い場所はないけど。んでも、平面図製作班を作らなきゃ、絶対迷子《まいご》がでるって断言するぞ、あたしは」
「僕には必要ないが、必要な人間がいそうだな」
 誰のことだよ、おい。
「八号室で南さんに会ったよ。いいかげんなやり方で気温の測定してた」
「南氏に会ったって? いつ?」
 聞いてきたのはぼーさんだ。
「八号室。ぼーさんと安原《やすはら》さん……じゃない、所長が小部屋で遊んでるとき」
「博士は?」
「いなかったよ」
「……なんだ」
 どことなくガッカリしたようすのぼーさん。
「えらくこだわるじゃない」
 綾子《あやこ》がニヤニヤ笑って隣のジョンを見た。
「滝川《たきがわ》さん、博士を尊敬してはりますから」
 ぼーさんはなんだか照れた表情で、オイとかコラとか言ってる。ふ。かわいいやつ。
「そんなにスゴイ人なんだー」
 にまにま笑ってぼーさんを見ると、ぼーさんはきまり悪げに頭をかいた。
「少なくとも、あれだけ厳密な研究者はあんましいねぇよなぁ……」
「そうなの?」
「そ。すっげー真面目《まじめ》な人なんだよ。まるで普通の科学論文みたいな。きちんとした論文書かくしさ」
「それって、珍しいの? 論文は論文でしょ?」
「それがまぁ、そうもいかねぇわけ。外国の研究者はまだマシだけどな。日本の研究者なんか、引用文献の出展も書かない奴がいるし」
 よくわかんなーい。けどまぁ、ぼーさんの口調から察するに、たいしたことなのね。
「著作がひとつあってな、『超自然のシステム』っつー。それの序文に、こういうのがあって。『超自然現象研究に関して、科学だペテンだ、の議論があるが、著者はこれをいまだ科学ではないと感じる。ゆえに、まず超自然現象研究を科学として認知させるための研究をおこないたいと考えている』っての」
 んー、と。つまり、超自然現象はまだ科学じゃないから、科学にするための研究をする、ってわけね。潔《いさぎよ》いじゃない。ふむふむ。
「超自然現象を信じる奴は、あたまっからこれは科学だって言いはるんだよな。反対派は、こんなのペテンだって決めつけるし。それがさ、思い切ったことを言うよな。博士本人はサイ能力者なんだから、超自然現象があるって知ってるわけだぜ?」
 ジョンがうなずいた。
「さいですね。事実その本かて、すごくきちんとした研究書でしたし」
「だろ?」
 ナルホド。それですっかり傾倒してる、と。うーん、けっこーかわいい性格。
「……でもさ」
 あたしは首をかしげた。
「そのわりに、博士直伝だっつって、南さんはいいかげんな気温計測してたよ」
「そりゃ、南氏がいいかげんな性格なんだよ」
 綾子が口をはさんだ。
「でもさー、あの南っての、なーんかうさんくさくない?」
「あ、綾子もそう思う?」
「思う、思う。なんか、卑屈《ひくつ》な感じで好きになれないのよね」
「だよねぇ。あたしもああいう、じぶんの自慢ばっかする人って好きじゃない」
 ジョンがふいに小首をかしげた。
「ボクは博士に会うたことあれへんのですけど、たしか若いお人やと聞いたことがあったと思うんですけど」
 ぼーさんはじゃっかんムキになった気配。
「なんだよ、疑ってんのかぁ? 『博士』にしちゃ、十分若かったじゃねぇか」
「それはどうですやろ……。博士はロンデンバーグ財団から博士号をもろうたんですよね。欧米には心霊研究を援助する財団がたくさんおますし。ロンデンバーグ財団はその中でも最近特に力をいれてるとこなんです。博士号を作って優秀な研究者に与えたり、大学に講座を作って、その教授にしたりしてます。デイビス博士はその博士号をもろたんで、いわゆる普通の博士号とはちょっと違うんで……」
 ふぅん。ややこしいのね。
 
「それに、デイビス博士が来日したら、もっと大騒ぎになってるのと違いますか。来日したなんてウワサは聞いてませんし」
 ぼーさんも眉《まゆ》をひそめた。
「そういや、そうだな……」
「そうよねぇ、一部でとはいえ、有名な超能力者だもんねぇ」
「あのー」
と、あたしはおそるおそる言ってみる。
「あたしは不勉強なんで、よくわからないんだけど、そんなすごい能力者なの」
 当然のように軽蔑《けいべつ》の視線が返ってきた。ううう。
「すごいわよぉ。本人は霊に関する研究者で、あんまし超能力のほうでは活躍してないけど」
「へぇぇ」
 ぼーさんが天井を仰《あお》いだ。
「何年か前に一度だけPKの公開実験をやったことがあるんだよ。それがビデオになってる。もっとも、ちゃんとした研究所じゃなきゃ手に入らないんで見てないけどな。どでかいアルミのかたまりを壁にたたきつけた、ってやつ」
「ほー」
「それに、以前富豪の息子が誘拐《ゆうかい》されたとき、その子を救出したんで有名なんだよな」
 ジョンがうなずく。
「そですね。アメリカの自動車会社の息子はんでしたね。土の中に生き埋《う》めになってたのを見つけたんです。それでその富豪が大きな研究所をSPRに寄付したゆう話です」
 ほえぇ。すごい。人命救助かぁ。かっこいいではないか。
 てなことを話しているといきなり背後から声をかけられた。
「みなさん、楽しそうですね」
 思いっきり冷たい声。
 振り向くとナルが皮肉っぽい笑顔で立っていた。見ると、床に並べてあったカメラが減っている。
「よぉ、ナルちゃん。いつの間に。どこに行ってたんだい」
 ぼーさんがひきつった顔で手をあげると、冷酷な視線を向ける。
「むろん、カメラを設置に行ったんですが。僕はここに仕事に来ているもので」
 ……わーったよ。サボってないで働けっつーんだろ。
「設置、やります」
 あたしが言うと、ナルはさらに冷たい声で言う。
「おや、いいんですよ、谷山《たにやま》さん。女性には重労働ですから」
 ……寒い。凍《こご》え死にしそーだ。
「いえ。やります。やらせてくださいっ!」

     4

「どこにカメラを置くの?」
 全員でえっちらおっちらビデオ・デッキをかついで歩きながら聞くと、
「取りあえず全員が宿泊するあたりを中心に。そこからじょじょに半径を広げていって、安全圏を確保する」
 ぼーさんがゲンナリした声をあげた。
「おいおい、そんなでこの家全部調べ終わるの、いつになると思ってるんだよ」
「しかたないでしょう。それとも逃げてお帰りになりますか、滝川《たきがわ》さま?」 ナルに視線をくらってぼーさんは頭をかかえる。
「……悪かった。俺が悪かったから、いつもどおりにしゃべってくれるか?」
 ナルはめいっぱい皮肉っぽい笑いを浮かべた。
「長丁場《ながちょうば》になるかもしれないが、やむをえないだろうな」
 やれやれ、とぼーさんは小声で行って、それからあたしを振り向いた。
「そういや、麻衣《まい》。つねづね聞きたいと思ってたんだが、そんなに長く家をあけて親はなんにも言わねぇのか?」
 ……なに言ってんだ、いまさら。
「学校だってサボってるんだろうが? 先生にどやされてもしらんぞぉ」
「あのねぇ、いまさら聞く? 会ってもう一年だよ?」
「いや、いつも聞こうとは思ってたんだが」
「なにか言う人なんていないもん」
「おや、けっこうな家庭環境」
「うん。だってあたし、みなしごなの」
 しぃん。
 その場が凍《こお》りついた。全員の視線が集中する。おや?
 ぼーさんがおそるおそる聞いてきた。
「孤児?」
「うん。そだよ」
「叔父《おじ》さんとか、叔母《おば》さんとか」
「全然いないの。天涯孤独の薄幸の少女なのさ。恐れいった?」
「……いった」
 父は天涯孤独だった。母も天涯孤独だった。
 あきれちゃうよ、まったく。ふたりともウカツなんだから。ともに天涯孤独ということはよ? ともに早死にの家系ってことじゃないか。そんなことも気がつかなかったのか、あんたらは。
 ほれみろ、おとーさんはあたしが物心つく前に死んだし、おかーさんも中学ん時死んだじゃないか。まったく、もー。
 面倒見《めんどうみ》のいい先生がお家《うち》に下宿させてくれなかったら、あたしゃ中学生にして路頭に迷ってたんだぞ。
「……それで?」
 ぼーさんが聞く。
「なにが?」
「今どうやって生活してんだ?」
「ああ。今は自活よ。偉《えら》いだろ?」
「偉い……」
「学費は免除なの。うちの学校は貧乏《びんぼう》人に親切だからさ。生活費は奨学金《しょうがくきん》とバイト代。最近バイト代がいいから、生活、潤《うるお》っちゃってー」
 へっへっへ。この冬なんかストーブ買ったもんねー。コタツはすでにあるのにさー。
 いきなり、ぱふっとぼーさんがあたしの頭を抱きよせた。
「こらこらこらーっ!」
「おじさんの胸でお泣き」
 なに考えてんだ、この坊さんは。
「いらん。放さんかい」
「生活に疲れたらいつでも言うんだぞ。おじさんが嫁《よめ》にもらってやるからな」
「それは定職についてから言うセリフでない?」
 それとも、スタジオ・ミュージシャンというのは定職なのだろーか。ま、有休とか退職金とか聞いたことがないから、やっぱちがうんだろうな。
「かわいくない」
 ポコンと頭をはたかれた。
「ごめんなさい。あたし苦労のしすぎで性格ほころびてんの。ああ、世間《せけん》が憎《にく》い……」
 よよ、と泣きマネをしたらもう一回頭をはたかれた。なんだよぉ。
「それでバイト許可されてんのか」
「うん。もともとうちはバイト可だけどね。あたしの場合、生活のためですっつーと、休み放題なのさっ」
 へっへっへ。
 ぼーさんがうなずく。
「眠くて起きられない時もバイトだと言えば……」
「そうそう。好きなだけ休めるしー」
 言ってからしまった、と思ったね。周囲の冷たい視線。
「なるほど、そうやって学校をサボってるわけだ。……馬鹿《ばか》になるはずだな」
と言ったのはナルでなくてぼーさんで、口調までナルに似てたので、思わずあたしは大笑いしてしまった。ナルは呆《あき》れた顔をしてたけど。

 全員が宿泊することになっている二階の一角を中心に、五台の暗視カメラとサーモグラフィーをすえた。さらにその外側に十二本の集音マイクをセットする。ぼーさんとジョン、安原《やすはら》さんの三人で構成された邸内探検隊が、平面図を作りにメジャーとコンパスを持っていったあとで、あたしたちは機材の調整をする。ケーブルをつなぎ、角度を決めてチェックをしているとそれだけで夕暮れが近づいてきた。
 その日、他の霊能者の方々が何をしていたのかは知らない。あたしたちは夕食のあとでベースでミーティングをして、各部屋をお祓《はら》いしたあとで早々にベッドに入って寝てしまった。
 ナルが断固として夜間の調査をやめさせたせいだけれど、他の人たちは夜遅くまで邸内を調べていたようだった。

     5

 翌朝、叩《たた》き起こされて(誰に、とは聞かないように)食堂に行き、がっつくように朝ご飯を食べると、あたしたちはベースに集まった。
 リンさんが、例によって昨夜機材が自動的に録画したテープの再生にかかる。特に妙なものが映っているテーブルはなかった。時折、通り過ぎる霊能者たちがめずらしそうにのぞきこんでいるのが映っていて、それが妙におかしかったくらい。集音マイクを通して録音されたテープも同様。サーモグラフィーも正常値。そのほかの、あたしにはいまだよく理解できない測定器にも異常は発見されなかった。
 
「動きなし……ですか?」
 安原《やすはら》さんが聞くのに、ナルはうなずく。
「初日はこんなものでしょう。昨夜機材を置いた周辺は、さほど危険ではないだろうな」 ナルはあくまで慎重派。
 綾子《あやこ》はちょっくら不満そうだ。
「いいのぉ!? そんなにノンキに構えてると、他の連中に手柄を横取りされるわよぉ」
「べつに手柄をたてたいとは思っていませんが」
「んじゃ、なんでこんなことしてるわけ?」
「いわば、ボランティアです。――安原さん、ぼーさん、ジョン。麻衣《まい》と四人で見取り図作成の続きをやってくれ」
 まったく綾子を相手にしとらんな、こいつ。
 今日は朝から行動をともにしている真砂子《まさこ》が、
「あたくしもなにかお手伝いできることがあれば……」
「松崎《まつざき》さんと不審《ふしん》な場所がないかチェックしてください。臭いがする、と言ってましたよね? その臭いがどのあたりでいちばん強いかも。十分注意して、不審な場所を発見しても勝手に踏《ふ》みこまないでください。まず報告を」
「わかりましたわ」
「昼には全員必ずここに戻るように。そうだな、十一時半。時計を合わせて、絶対に遅れないこと」
 へいへい。生活指導の先生より口うるさいな、こいつは。

 昨日ぼーさんと安原さん・ジョンの三人が努力したにもかかわらず、平面図のほうは白紙に近い状態だった。ようやく食堂とベース、宿泊所のある一角が書きこんであるだけ。 とりあえず、昨日中断していた食堂の北側の廊下《ろうか》を計測する。ざっと長さと幅、方向をはかって、グラフ用紙に書きこんだ。さらに廊下の両側の各部屋のサイズをはかる。
 そうやって片はしから計測していって、ある部屋に入ったときだった。
「あれぇ?」
 あたしはサイズを書きこみながら思わず首をかしげてしまった。
「どうした?」
 ぼーさんが手もとをのぞきこんでくる。
「どっかで測量、まちがってるよぉ」
 この部屋は教室ぐらいの広さの部屋だった。部屋の三方を廊下に囲まれていて、廊下と隣の部屋の測量はすでに済んでいるから部屋の外側の大きさはわかっているわけ。外側のサイズからすると、この部屋は長方形の部屋になるはず。ところがだ、実際に部屋の中をはかってみると、ほぼ正方形なんだよな。
 そう言うとぼーさんが舌打ちをした。
「またかよ……。おい、はかりなおしだ」
 ぼーさんと安原さん、ジョンの三人が外側のサイズをはかりに部屋を出る。少しして戻ってきた三人は不思議《ふしぎ》そうに首をかしげていた。
「……どしたの?」
「外のサイズはそれであってるぜ」
「そんなはずないよぉ。この部屋、はかるまでもなく正方形じゃない。じっさいはかった結果もほぼ正方形だしー」
「ところが外もあってるんだ、これが。二度はかったから間違いない」
 ええー?
 部屋の三方にはドアがある。ドアを開けてみると壁の厚さがだいたいわかる。壁はひどく薄いわけではなさそうだし、……すると。
 あたしは一方だけドアがない壁を見た。
「この壁、まさか厚さが三メートルもあるの?」
「そうでなければ、ずっと最初のほうで間違っててそのままズレてきてるんだ」
 ボタンをかけちがったみたいに、とぼーさんはいまいましげに言う。
 安原さんが指をあげる。
「隠《かく》し部屋」
 ……まさか。かんべんしてよぉ。
「うーん、ますますダンジョンみたいですねぇ」
 安原さんはなんだか満足しているようすだ。
「壁に穴ぁ開けてみりゃ、はっきりするんだがな」
 なんて過激なことを言ってくれるのはぼーさん。
 ジョンがふたりをなだめた。
「……とにかく、ここはおいといて、先に進みましょ。他の部分をはかっているうちに、どこでまちごうたのかわかるかもしれませんし」
 んだんだ。
 そうして作業を再開したわけなんだが、計測ミスがはっきりするどころか、はかればはかるどつじつまの合わない所が出てくる始末。何度もはかりなおして駆《か》けまわって、最後にはすっかりウンザリしてしまった。
 なんだってこんなややこしい家を建《た》てたのよ。金持ちの考えることはわからねぇや。

     6

 四苦八苦しながら一階部分の平面図を作り終えたところで、約束の十一時半になった。ベースに戻ってできあがったぶんを渡すと、リンさんがそれをコンピュータに入力する。その間あたしたちは大あわてでご飯を食べて、三時のお茶にもう一度集まる約束をして、再び邸内探検の旅に出かけた。
 朝あたしたちが調査を開始したときには全員寝ているようすだった他の霊能者たちも、さすがにひとりふたりとおきて調査を始めたようだった。白髭《しろひげ》を胸まで垂《た》らしたおじいさんが、拳《こぶし》ほどもある珠《たま》をつないだ巨大なお数珠《じゅず》を持ってうろうろしていた。
「あれ、誰だっけ」
 階段を上がりながらぼーさんに聞くと、
「俺に聞くな」
 さよーで。
「ナントカ会の三橋《みつはし》さんという人じゃなかったかな」
 答えたのは安原《やすはら》代理所長だ。
「おお、さすがは最高学府の新入生。少年は賢《かしこ》いな」
「よく言いますよ、滝川《たきがわ》さんだって大卒でしょ」
 大卒……、ってことは……。
「ぼーさん、大学卒業してんの!?」
 ぼーさんが苦々《にがにが》しい表情をする。
「俺が大学出の学士さまじゃ、なんかおかしいか、え?」
「いや……はは。お坊さんでも大学行くのね」
「あのな。日本には坊主の行く大学ってのがあるんだよ」
「へぇぇ」
 それはビックリ。
「そこで何するの? やっぱお経《きょう》読む練習とかしちゃうわけ?」
「……ま、そういうこともするけどな」
「袈裟《けさ》着ないと、登校できないとか」
 あのな、とぼーさんは苦《にが》い顔をする。
「お嬢ちゃん。坊主の大学ったって、女の子もいるの。英語もやるし、ドイツ語もやるし、数学も体育もやるんだよ、わかったか?」
「ほぇぇ……」
 不思議。どんな大学なのかしらん。行ってみたい気がするぞぉ。
 安原さんも不思議そうに、
「やっぱ、朝のお勤《つと》めとかあるんですか? ホラ、キリスト教系の学校で朝のミサとかやるところ、あるじゃないですか」
「あるか、いまどき。たいして宗教色はないんだよ。花まつりの日に学食のお茶が甘茶になるくらいで」
「なに、それーっ」
「い、異様……っ」
 思わずウケちゃったい。甘茶でオベント食べるのぉ? あわないと思うけどなー。
「よけいなおせわ。――?」
 ぼーさんが、二階の廊下《ろうか》を曲《ま》がったところで足を止めた。
 二階の北へ向かう廊下は狭《せま》い。おかげであたしたちはぼーさんの背中に玉突き衝突。
「てて。どうしたの」
 ぼーさんは黙《だま》って目線を廊下の先にやった。そこに四人の人影。ふたりが床にうずくまって額《ひたい》を床につけたままぐるぐるまわっている。それを立って見おろしているのは、三十すぎのおじさんと大橋さん。
「……誰?」
 こっそり安原さんに聞くと、
「ナントカ協会の聖《ひじり》さんじゃないですか」
と即答。やっぱ、安原さんってかしこいわ。
 うずくまったふたりが廊下の幅いっぱいにグルグルしてて、とてもじゃないが通行不能。困惑してみていると聖さんが顔をあげてあたしたちのほうを見た。
「……ここは通れませんよ」
 クチヒゲの下に皮肉っぽい笑み。
「ご覧のとおり、今重要なお告げが降りるところですからね」
 ……はぁ。
 あいまいにうなずいたとき、後ろから背中をつつかれた。振り返ると安原さんが戻ろう、と指で示している。うなずいてもときた廊下を戻ったわけだけど。
 霊能者にもいろいろいるのね。ウチのメンバーに、あんな恥《は》ずかしいことをするヤツがいなくてよかったぁ……。

 四人がかりでメジャーを持って、順番に部屋を計測していった。一階と二階の計測を終えてわかることは、どうやらこの家は内側にいくほど変な部屋が多いってこと。建物の内側にいくと、部屋には窓というものがなくなってしまう。あっても隣の部屋に向かって開いていたり、開けたところが壁だったり。内側の部屋は電灯があってもかんじんの電球がないことが多かったので、二本だけ持ったハンド・ライトが頼り。
 
「増築をした先代さんってのは、まったくここに住む気がなかったんだなぁ」
 ぼーさんはハンド・ライトの光を部屋の中にさまよわせた。四畳半くらいの部屋だった。作りつけのクローゼットらしい扉が見えるだけ。家具はない。
「でしょうね。こんな部屋、住みたい人間がいるとは思えないもんな」
 安原さんは部屋を見まわした。
 たしかに、窓も明かりもない狭い部屋はすごく息苦しい。あたしだったらこんな部屋、一日だって住みたくない。――もっとも、家賃がタダだったら考えるけど。
 三時のお茶までに二階部分をなんとか調べ終わって、あたしたちはベースに集まった。新たに調べ終わったぶんをリンさんが入力する間に、お茶なぞいただく。ケーキとかサンドイッチとかが出て、あたしたちはすっかり感動してしまった。
「しかし、広い家よねぇ」
 綾子があたしたちのほかは無人の食堂を見まわしながら言う。
「二十人からの人間が右往左往しててよ? ほとんど人に会わないんですもんねぇ」
「だよね。あたしたちは、えーと、三橋さんと聖さんに会ったよ」
「聖には会ったわ、アタシたちも。真砂子が鼻先で笑ったんで、あやうくケンカになるところよぉ」
 ……さもありなん。
「あと、なんとか言う先生には会ったな。もっともらしい機械を背負って歩いてたわよ」「へぇぇ」
 お茶を終わって再び平面図制作に出かける。三階に上がって部屋の測量をしていると、屋根裏部屋へ上がる階段部屋の入り口で坊主頭のおじいさんに会った。
 井村《いむら》というお坊さんだろう、と安原さんが教えてくれた。
「渋谷《しぶや》サイキック・リサーチの連中か」
「はぁ、そうです」
 安原さんが右代表で頭を下げる。
「子供がゾロゾロ集まって、本当に役にたつんか」
 ずいぶんとぞんざいな口調だったけど、安原さん気にしたようすがない。他人事のように首をかしげて笑って、
「さあ、どうでしょう。努力はしますが」
「霊能者は経験だぞ。子供になにができる」
 安原さんは、教師に注意された優等生のような顔でうなずいた。
「がんばります」
 井村さんは鼻先で笑った。
「お前、いくつだ」
 安原さんは優等生のようにハキハキとお返事をする。
「僕ですか? 今年で二百と三十二歳になりました」
 ……ぷ。
 井村さんは一瞬ポカンとした。それから顔を真っ赤にする。
「なんだお前は、人を馬鹿《ばか》にしとるのか」
「とんでもない。僕のうち、代々長寿の家系なんです」
 安原さんは優等生の笑顔。
「何年生まれだ、言ってみろ」
「え、僕ですか? 宝暦八年の生まれですけど。ちなみに、戌寅です」
 あらー、かしこいわ。
「……デタラメをペラペラと」
 井村さんは安原さんをにらみつけるが、にらまれた当人は気にしたようすがない。
「嫌《いや》だなあ、年寄りの言葉を疑うものじゃないですよ。僕らの若い頃なんて、年長者にそんな口のきき方をしたら殴《なぐ》られてましたけどね。いやぁ、近頃の若い人はいいなぁ」
 ……ぶぶ。
「若い頃と言えば、昔天明《てんめい》の大飢饉《だいききん》ってのがありましてね。いやぁ、あれはたいへんだったなぁ。――今の若い人は飢饉なんて知らないでしょうねぇ」
 ……ぶぶぶ。
「最近は日米貿易摩擦なんて言って騒いでますが、僕の若い頃なんて開国しろ、しないでもめ始めた頃でしたね。貿易摩擦なんてかわいいもんですよ。ホント、あの頃はお先真っ暗だと思いましたからねぇ」
 歯ぎしりしそうな勢いでにらみつける井村さんをよそに、ひとりでうなずきながらしゃべりまくる安原さん。
「……なんて話をすると、両親に叱《しか》られましてね。ヒヨコのくせに聞いたふうな口をきくなって。なんせ、うちの両親は建武《けんむ》の中興のあたりの生まれでして。ふたことめには応仁《おうにん》の乱はたいへんだったって、近頃の若いものは苦労を知らないって、こうですからね。それも母方の爺《じい》さんに言わせると、源平合戦に比べりゃたいしたことないらしいですけど。父方のひい婆《ばあ》さんなんか、壬申《じんしん》の乱はたいへんだったって。――もしもし、聞いてます?」
 井村さんは怒鳴《どな》るタイミングを逸して肩を震《ふる》わせるのみ。
「母方のひいひい婆さんは耶馬台国《やまたいこく》が滅亡したとき焼け出されたそうで、死ぬまでずっと若い頃は大変だったってそればっかりだったそうです。――あれ? 井村さん、どこ行くんですか? それでですね、父方のひいひいひい爺さんがですね」
 呆《あき》れかえった顔つきで井村さんは廊下をドスドス戻っていってしまった。
 井村さんの姿が見えなくなってから、あたしたちが大笑いしたことは言うまでもない。
     7

 夕方、日没までにギリギリで三階と屋根裏部屋の計測を終えると、あたしたちはベースに戻った。図面をリンさんにまかせてかきこむように夕食をとる。一心不乱に食事をしていると、突然声をかけられた。
「あのう、渋谷《しぶや》さん?」
 なんとか言う大学の先生だった。
 ナルはいない。今はベースにいる。そう言おうとしたら、あわてたように安原《やすはら》さんが顔をあげた。
「……はいっ」
 あ、そうか。んもー、ややこしいっ。
「ごめんなさいね、お食事中」
「いいえ、かまいません」
 彼女はコーヒーを持って、安原代理所長の隣にきちんと座る。
「廊下《ろうか》にある機材はおたくさまのものですよね?」
「はぁ、そうですが」
「ずいぶん科学的でいらっしゃいますのね」
「まぁ、いちおう」
 先生はおっとりと上品な笑顔を浮かべた。
「おたくさまは怪《あや》しげな霊能者ではないと見こんでお願いするのですが」
 やさしそうなもの言いのわりに、きついことを言ってないかい?
「今夜降霊会をやってみようと思いますの。できたら渋谷さんたちにも協力していただけないかと思いまして」
 安原さんはちょっと考えこんだ。
「……わかりました。協力させていただきます」
 そううなずいたところで、テーブルの向かい側にいた聖《ひじり》さんが大きな声をあげた。
「霊媒でしたらうちに優秀なのがいますよ、お手伝いしましょうか」
 ……うえ。あのグルグルまわる霊媒さん?
 先生はやんわりと笑う。
「いえ。結構でございます」
 あまりにキッパリとしたセリフに、聖さんは少しムッとしたようすだった。先生は気にしたふうもない。安原さんに微笑《ほほえ》みかけて、
「九時でよろしゅうございますか?」
「結構です。場所は?」
「ここでは騒がしゅうございますから、どこか、この近くの空き部屋で」
「かしこまりました」
 先生は丁寧《ていねい》に頭を下げて食堂を出ていく。あたしたちは会釈《えしゃく》をしてそれを見送った。
 ……いいのかねぇ、勝手にそんなこと決めちゃって。そう聞きたい気持ちはやまやまだけど、テーブルの向こう側に聖さんが陣どってる。ちょうど先生と入れ違ったようにナルとリンさんが入ってきた。
 安原さんはチラと聖さんに視線をやってから手をあげる。
「鳴海《なるみ》くん」
「はい、なんでしょう」
 うう。ナルのこういう返事は気持ち悪いよぉ。
「さっき五十嵐《いがらし》博士が、今夜降霊会をするとおっしゃって。僕は参加してみるけど、君はどうする?」
 ……うーむ。ナイスな聞き方だ。
 ナルはちょっと考えるようにして、
「僕も参加させていただきます。どうせ夜にはたいした作業はできませんし」

 ご飯のあと、降霊会の時間まで全員(真砂子《まさこ》を含む)でベースに集まった。 しずしず(?)と安原さんの後を歩いていたナルは、ベースのドアを閉めるなり態度豹変《ひょうへん》。例によって傍若無人《ぼうじゃくぶじん》な態度で平面図を出力するようリンさんに命じた。
 リンさんがコンピュータを操作して、専用の画面に平面図を映し出す。あたしたちが苦心惨憺《さんたん》して作った平面図が綺麗《きれい》な図面になって出てきた。
「部屋数は」
「屋根裏部屋まで含めて百六室です」
 百……六ーっ!? そんなにあったの!? どーりで時間がかかったはずだよ……。
「これは?」
 ナルは画面に指をおいた。白く描かれた平面図のまわりを、青い線がとりまいている。「建物の外周ですが」
 建物の外周。――つーっことは、この家の外まわりの大きさ?
「ぜんぜん合ってないじゃないか」
 ナルが冷たい視線をあたしたちに向ける。
 
「知らないよぉ。あたしたち、ちゃんとはかったもん」
 ねぇ、とぼーさんたちを振り返ってうなずき合ったけど、ナルがそれでおさまるはずもない。確かに、建物の外周と平面図の輪郭《りんかく》はぜんぜん合ってないと言っていい。ひどい場所では平面図と外周の間に、三部屋ぶんの空白があったりする。
「そのうえ、これは?」
 白い線で描かれた部屋と部屋の間に、青いすき間ができている。それは計測したけど寸法が合わなくてそのままになってる部分だ。
「だから、知らないってば、ちゃんとはかったらそうなっちゃったのっ」
 あたしは事情を丁寧《ていねい》に語って聞かせた。あたしたちのせいじゃないもん。 ナルはひどく考えこみ、
「やっかいな話だな店」
 そう言ってから、
「明日、もう一度正確な計測をしてみよう」
 計測をしてみよう、じゃないだろ。計測をしてみろ、だろ。実際に動くのは誰だと思ってるんだよ、もー。

     8

 九時には全員が食堂の隣にある八畳くらいの部屋に集まった。部屋には丸いテーブルとイスが何脚か運《はこ》びこまれていて、そこに五十嵐《いがらし》先生と助手のおねーさん、それに南さんとデイビス博士、助手のおばさんがすでに集まっていた。
「あっ……」
と言って、博士の顔を見たとたんにカチコチになるぼーさん。うくく。かわいーやつ。
 南さんはもっともらしくビデオカメラをセットしていた。降霊会のようすをビデオに撮ろうということらしい。カメラったって、ごく普通のホーム・ビデオカメラだ。ファインダーをのぞいて、
「ちょっと暗いな。もっと明るくなりませんかねぇ」
 なんて言っている。それを聞いて五十嵐先生が眼を丸くした。
「もっと明るく、って。降霊会の時にはろうそくの明かりだけになりますのよ」
「ええ? そうなんですか?」
「あたりまえでしょう。霊は明かりを嫌《きら》いますからね。ろうそくを一本、それだけです」
「それは困りましたねぇ……」
「暗視カメラはございませんの? 証拠になる記録ビデオを撮《と》ってくださるとおっしゃるから、お招《まね》きしたのに」
 南さんはきまりわるげに、
「いや、今回は持ってきてないんです……」
 なんてことを口の中でボソボソ言った。
 突然、ナルが、
「所長、うちのカメラを持って来ましょうか。使ってないやつがありますから」
 そう安原《やすはら》さんに言った。安原代理視聴はおうようにうなずく。
「ああ、そうするといいね。五十嵐先生さえ気になさらなければ……」
 五十嵐先生はニッコリと笑う。
「ええ。そうしていただけますと、嬉《うれ》しゅうございますわ」
「では、持って来ます。――麻衣《まい》」
 ……はぁい。そうくると思ったのよね……。やれやれ。

 大騒ぎでまだ設置していなかった暗視カメラと、自動追尾カメラを持ってくる。自動追尾カメラと呼んでいるのは、サーモグラフィーと連動してその時部屋の中でもっとも温度の低い場所を自動的に撮影するようになっているやつだ。
「すばらしい機材でございますわね」
 眼を輝かせて言う五十嵐先生に、安原さんはあくまでおうようとした風情《ふぜい》。「ありがとうございます」
 それに対して南さんは、なんだか不満そうにしていた。
 十時近くになって、ようやくセッティングを完了。丸テーブルの上にろうそくを灯《とも》して、電灯を消して、降霊会が始まることになった。

「デイビス博士、南さん、渋谷《しぶや》さんどうぞ、テーブルへ」
 五十嵐先生に言われて、三人がテーブルに近づく。ここで渋谷さんというのは安原さんのことだ。ああ、ややこしい。他には五十嵐先生とお弟子《でし》さんの鈴木さん、その子人が降霊術を行うことになった。あたしたちは周囲の壁《かべ》にもたれてただの見物。
 テーブルの上にはろうそくと白い紙、鈴木さんが目隠しをしてマジックを握《にぎ》っている。
「隣の人の手を握ってくださいまし」
 鈴木さんを除く四人がテーブルの上で、互いの手をつなぐ。握りあった手でできた円が鈴木さんのところで切れる形になった。
「深く息をして、霊に呼びかけてください。この家に住む霊に……」
 ピンが落ちても物音が聞こえそうな沈黙《ちんもく》。焦点を決めかねた自動追尾カメラのアームが動く音、まわりつづけるビデオのモーター音、聞こえるのはそんな微《かす》かな音だけ。
「この家にお住まいの方、どうぞこの女性の手を借りて、お心を語ってお聞かせください」
 深い沈黙。鈴木さんはピクリでもない。マジックを持った手が微かに震《ふる》えていた。静かな声で何度も五十嵐先生が呼びかけ、長い時間がたった。見守っているあたしたちにはウンザリするほどの時間が。
 ……本当に霊なんか来るのぉ?
 そう心の中で呟《つぶや》いたときだった。突然ギシッと音をたてるほど強く、マジックが紙の上に降ろされた。はっと誰もが息を飲むなか、とんでもない勢いで鈴木さんの腕が動き出す。B4の紙をはみ出す勢いで黒い文字を書きつけはじめた。
 全員が身を乗り出した。五十嵐先生が横から次々に紙をめくっていく。マジックは動き続ける。書いてある文字は判読できない。
 そして、唐突《とうとつ》にドンッという衝撃。部屋が外から殴打されたような。天井から細かいホコリが降る。
「……な、なんですか」
 南さんが腰を浮かした。五十嵐先生は厳《きび》しい声で、
「動いてはいけません。動揺せず、お静かに」
 そうは言っても動揺せずにはいられない。テーブルの周りで落ち着いているのは、鈴木さんと太っぱらの安原さんだけだった。
 ギシッと屋鳴りがする。パキ、という乾《かわ》いた音。タンッという堅《かた》い音がしてテーブルの片方が持ち上がり落ちて揺《ゆ》れた。同時にろうそくが横倒しになって明かりが消える。激しい勢いで誰かがイスを倒したようだったけど、誰のなのかはわからなかった。
「だいじょうぶです! お願いです、動かないで……」
 五十嵐先生の悲鳴じみた声。
 その声を合図にしたように、部屋中で壁や床を叩く音が鳴り響いた。誰かが叩いている? そんなはずはない。ひとりやふたりが叩いてる音じゃない。五人? 十人? ひょっとしたらそれ以上。
 突然軽い衝撃があたしの肩にあたった。振り向いても真っ暗な部屋。なにも見えるはずがない。誰かが肩を叩いたような感じだった。続いて次々に衝撃が当たる。誰か男の人の悲鳴を皮切りに、部屋の中は狼狽《ろうばい》した声でいっぱいになった。
「ナウマクサンマンダバザラダンカン!」
 ぼーさんの鋭利《えいり》な声。それと同時にピタと物音かやんだ。さっきまでの騒ぎが嘘《うそ》のように。次いでいきなり明かりが点《とも》る。ナルが電灯をつけたのだった。

「……なに、今の……」
 綾子《あやこ》が言う。南さんはテーブルの下、デイビス博士も壁に張りついて、さすがの安原さんもじゃっかん硬直した表情でテーブルの縁《ふち》を握りしめていた。
「霊を呼べたようですね」
 そうか、霊。じゃあの物音はラップ音とかいうやつね。――なんて、あたし、落ち着いてるなぁ。すっかり慣れてしまってるのね。
 鈴木さんは目隠しをしたままボンヤリしていた。立ち上がっていた五十嵐先生が目隠しを取ってあげる。彼女はなにがなんだかわからない、という顔をしていた。
 結局、あの大騒ぎの間席を立たなかったのは安原さんひとり、取り乱した悲鳴をあげなかったのはわが『渋谷サイキック・リサーチ』のメンバー。あたしらって肝《きも》がすわってるな。だてに修羅場《しゅらば》を何度もくぐってきたわけじゃないぜ。
 安原さんがテーブルの上の紙を取りあげた。それをナルに差し出す。ナルが受け取ったそれには、
『助けて』
 たった三文字。
 床に散らばった紙を広い集めてみると、乱れた字でその三文字が散乱していた。
「助けて……?」
 どういう意味? 霊が書いたの? なにから助けて欲しいの?
「おい」
 ぼーさんが、自分が拾った紙をあたしたちに示した。そこには、
『死にたくない』
という六文字。しかもそれは赤い線で書かれていた。まるで血のような。

 全員の手を調べてみたけど、ケガをしている人はひとりもいなかった。じゃ、あの血文字は誰が書いたんだろう。
「所長、ビデオを再生してみましょう」
 そうナルが安原さんに声をかけて、あたしたちはベースに戻った。五十嵐先生と鈴木さんがついて来た。南さんとデイビス博士も一緒に部屋を出たはずだけど、いつの間にか姿を消していた。
 ナルとリンさんが手際《てぎわ》よく、ビデオ・テープと計測データの入ったフロッピィ・ディスクをセットする。すぐに棚に埋めこまれたモニターに、降霊会のもようが再生された。妙に画面が白々としていて、映像の粒子があらい気がするのは超高感度カメラに特有の現象だ。
 鈴木さんの手が動き出すまで、すごく長い時間が経った気がしてたけど、画面のクロックを見るとわずか六分ほどしか経っていなかった。六分と少しして鈴木さんの手が動き始める。
「どんな感じでした?」
 五十嵐先生が聞くと、鈴木さんは首をかしげる。
「腕をマジックに引っ張られる感じでした。手を離したらマジックだけどこかに行ってしまうんじゃないかと思ったくらいです」
 激しいラップ音がスピーカーから流れてきた。それと同時に部屋の四隅、天井の方からサーモグラフィーの映像がわずかに濃《こ》い青に変色していく。サーモグラフィーは温度を色分けにして映像にする装置。黄色いところは高く、青いところは低い……。画面の端のゲージと見比べると、三度ほど気温が低くなったのだとわかる。
 画面ではテーブルが持ち上がって揺れた。ろうそくの明かりが消えたけど、カメラはドアのすき間から洩《も》れる廊下《ろうか》の明かり、そんなものできちんと撮影を続けていた。
 テーブルから紙が舞い落ちる。鈴木さんの手はそれでも動き続けている。マジックを動かした勢いで、紙が次々にテーブルを滑《すべ》り落ちた。ビデオを見ると、イスを倒したのは南さん、悲鳴をあげたのはデイビス博士だとはっきりわかる。キョトンとしたように動かないのは安原さん。
「少年、けっこう落ち着いてるなぁ」
 ぼーさんが言うと、
「ふっふっふ。僕は鈍感《どんかん》ですからね」
などと、安原さんがわけのわからない自慢のしかたをして胸を張った。
「ストップ!」
 ナルがいきなり鋭《するど》い声をあげた。リンさんが再生を一時停止する。
 
「五十三秒まで巻き戻してコマ送りにしてくれ」
 リンさんがコンピュータのキーを叩く。画面が再生状態のまま巻き戻されて床に舞い落ちた紙がテーブルの上に躍り上がった。
「なに?」
「紙だ」
 そして、コマ落とし。紙が一枚、ゆっくりと舞い落ちていく。反転をくりかえす白い紙面。
「あ!」
 あたしは思わず声をあげた。
 十時十六分二秒。真っ白の紙は翻《ひるがえ》り、もう一度翻ったときにはそこに文字が描かれていた。あらい粒子の映像でも文字の並んだ漢字で、それが『死にたくない』という例の一枚だとわかる。
 誰の身体《からだ》にもケガなんてなかったはずだ。あれはもちろん、あの部屋にいた人間が書いたものではなかったんだ。

     9

 降霊会に使った部屋に再度機材をセッティングして、あたしたちは部屋に引き上げた。ナルは断固として夜間の調査はやらないと言う。五十嵐先生《いがらしせんせい》はしばらく機材を眺《なが》めて感心した声を上げていたけど、ナルに諭《さと》されて鈴木さんと寝室に戻って行った。ナルはひどく神経質になっているように見える……。
 真砂子《まさこ》も、降霊会の後はムッツリと黙《だま》りこんだままだった。部屋に戻り、かろうじてお湯の出る付属のお風呂場でシャワーを浴《あ》びると、さっさと寝ようとする。
「真砂子、どうしたの?」
「なんでもありませんわ」
 真砂子はトンボ模様《もよう》の寝間着で布団に滑《すべ》りこむ。
「気分悪い?」
「血の臭いがしますの」
「まだする?」
 真砂子はあたしをにらんだ。
「するなんてものじゃありませんわ。身体《からだ》にも髪にも染《し》みつくみたいですのよ。どうしてみなさん、平気そうにしているの!?」
 悪かったね、霊感なくて。
「あの部屋……吐《は》きそうなほど臭いがしてましたのに」
「ね、それってラップ音が起こる前から?」
 あたしが聞くと、真砂子ははたとしたように眼を見開いた。
「……後からですわ」
「じゃ、それって霊の臭いなんじゃないの?」
「かもしれませんわ……」
 霊の臭い、というと変だけど、霊の運《はこ》んできた臭いと言うか。だとしたら、昨日から真砂子が臭うと言っていたのも、近くに霊がいたからじゃ……。
「ねぇ、霊の姿、見える?」
「見えますわ。でも、チラチラという感じでよくわからないんですの。見えたと思うと血の臭いがムッとして、気が散ってしまいますし……」
「いよいよ霊の臭いくさくない?」
「……そうかもしれませんわね」
 とーとつですが、あたし真砂子と会話しているわ。我ながら珍《めずら》しいんでないかい?
「麻衣《まい》さんは?」
「へ?」
「……何か感じます?」
 常にあたしをオミソあつかいしてきたとは思えぬ台詞《せりふ》。
「……どしたの。あたしにそんなことを聞くなんて」
 思わず問い返したら、真砂子はムッとした顔をした。
「あたくし、その方に相応の敬意は払うことにしていますの。本人の性格と実力は別ものですわ」
「相応の……敬意? あたしに?」
 真砂子はツンと不愉快《ふゆかい》そうにそっぽを向く。
「だって、前回の事件であたくしと同じ幻視を見たのは、あなただけなんですもの」
 ……ほう。そういうことか。ふっふっふ。なーんか、うれしいぞぉ。
「えへへ。ありがと。――でもさ、今回はダメ。なーんにも感じないのよね。ゆうべは夢も見ずにグッスリ寝ちゃったしなぁ」
 あたしはナルに言わせると、じゃっかんのESPありなんだと。しかし、寝ているとき夢の中でしか出てくれないのがタマにキズ。ほとんど寝ぼけて人命救助をしたようなもので、誉《ほ》められても、いまいち他人事のような気がするのよねぇ。
「そうですの……。じゃあ、そんなに危険ではないのかもしれませんわね」
「どうだろうなぁ。夜は出歩かないようにしてるじゃない? 部屋にはしっかりお札が張ってあるし。そのせいかもしれない」
 真砂子が小首をかしげて考えこんだところに、シャワーを使っていた綾子《あやこ》がバスルームから出てきた。
「なぁに? 仲よさそうじゃない」
 えへへー、いいだろぉ、なんて言おうと思ったのに、
「ご冗談でしょ。あたくし、こんな方となれ合ったりいたしませんわ」
 真砂子のムカつく一言。
 こ、こいつ……っ。
「他人に向かって、こんな奴呼ばわりはないんじゃないかい?」
「そんな下品な言葉は使っていませんわ。こんな方、と言いましたのよ」
「こんな、で悪かったねぇ」
「別に悪いなんて申してませんでしょ。それはヒガミというものですわ」
「かわいくない性格」
「そのぶん、容姿と才能にめぐまれていますので」
 ほっ……本っ当にかわいくないっ!
「なんであたしをそこまで嫌《きら》うわけ? 理由があったら聞かせてくんない?」
「ご自分の胸に手を当ててごらんなさいませ」
 そう言って頭から布団を被《かぶ》ってしまう。
「そんなでわかるかっ!」
「あら、頭もご不自由ですのね」
 も、はよけいなんだよっ。確かに頭は悪いけどさ。ま、顔もプロポーションも決して不自由してないとは言いませんが。
 ええい、これが文句《もんく》を言わずにおらりょうか。こら、起きろっ。勝手に寝るな。あたしと正々堂々、話

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