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悪霊シリーズ第6巻 悪霊とよばないで
作者:    出处:    发表时间:2007-09-20    浏览次数:     

婺浮钉饯堋筏扦埂
 小さなお地蔵さまのようなおばあさんだった。おばあさんはきちんと両手を布団の上において深々と頭を下げる。
「吉見やえともうします。なにとぞ、よろしくお願いいたします」
 このおばあさんが本当の依頼者――彰文さんと葉月《はづき》ちゃんを『渋谷サイキック・リサーチ』のオフィスに来させた人だった。
「本当ならわたくしがお願いにあがらねばならないところ、ご覧のとおりいささか身体《からだ》を不自由にしておりまして、孫《まご》を代理にやりました。失礼もあったことと思いますけれど、どうがご勘弁《かんべん》くださいまし」
 彰文さんがあたしたちをおばあさんに紹介していると、落ち着いた感じのおじさんとお茶を持った和服のおばさんがやってきた。このおじさんが彰文さんのお父さんで吉見泰造《たいぞう》さん、おばさんがお母さんの吉見裕恵《ひろえ》さんだった。
 丁寧《ていねい》に挨拶《あいさつ》をするふたりに、ナルは軽く会釈《えしゃく》を返して、
「――ご依頼の内容をもう一度おばあさんからうかがいたいのですが」
 おばあさんはうなずいて、口をすぼめる。
 
「何からお話したらいいのか……」
 軽く首をかしげるようにして話を始めた。
「馬鹿《ばか》な、とお思いでしょうが、この家は呪《のろ》われているんでございます。先日、わたくしの連れあいが亡《な》くなりまして……」
「それはお悔《く》やみをもうしあげます」
「いいえ。もう寿命《じゅみょう》でございましたから。……それはともかく、吉見の家には気味の悪い言い伝えがあるんでございます。代替わりのときに必ず変事が起こるという……」
 おばあさんはそう言って眉《まゆ》をひそめた。
「先代――わたくしの父が亡くなって、連れ合いが家を継《つ》いだ時もそうでした。先代の死後にばたばたと家族から死人が出まして、大きな家に親戚《しんせき》が集まってにぎやかに暮らしておりましたのが、あっという間に人が減《へ》ってガランとしてしまったのでございます」
「今度もまたそういうことが起こるのではないかと……?」
 ナルが聞くとおばあさんはうなずいた。
「ええ。先代が先々代から家を譲《ゆず》られた時にも同じことがございました。その時のことはわたくしも小さくて、もう覚えておりませんが。ただ、六人おりました兄弟の仲でわたくしひとりが生き残ったのでございます。それもございまして、わたくしには不安でなりまんせでした。げんに連れ合いが死んですぐ葉月にあの湿疹《しっしん》ができ始めて、一週間もしないうちにあんなふうになってしまっのたでございます。どう考えてもただ事とは思えません。首の痣《あざ》といい背中の戒名《かいみょう》といい、まるで葉月の首を切ってやると誰《だれ》かが言っているようで」
 そう言っておばあさんはナルをひたと見る。
「これはもうその道の方におすがりするしかないと、そう思っておりましたところに、大橋《おおはし》さまとおっしゃるお客さまにそちらさまをご紹介いただいたのでございます」
 大橋さんというのは前回の事件を依頼に来た人だ。
 ナルはメモを取りながら、
「先代さんが亡《な》くなったときの話をうかがいたいのですが、いつ頃のことですか?」
「今から三十二年前でございます」
「何人かの方が亡くなられたようですが、数と死因を覚えておいでですか?」
 おばあさんはうなずく。
「家からは八人でございました。七人おりました子供のうち下の五人、いちばん上の孫とわたくしの従兄弟《いとこ》と叔父《おじ》と。半分ぐらいが事故で、残りが原因のよくわからない病気でございます」
 あたしは陰《かげ》り始めた座敷の中を見渡した。おばあさんの枕元には大きな仏壇がある。家族の中から、八人。八人という数字の重さ。
「家から――ということは、家族以外にも亡くなった方があるんですね?」
 ナルが聞くと、おばあさんはうなずく。
「店のお客さまがふたり、事故で……」
 ナルが考え込むようにノートに視線を落としたとき、黙《だま》って布団《ふとん》の脇に座っていた彰文さんのお母さん――裕恵おばさんが口をはさんだ。
「お母さん、きちんとお話したほうがいいのじゃないでしょうか」
 おばあさんはうつむく。ナルは裕恵さんを見返した。
「母は皆さんが帰ってしまわれるのじゃないかと……不安なんです」
「と、おっしゃいますと?」
「霊能者の方が三人亡くなりました」
 なるほど、とぼーさんが小声で呟《つぶや》いた。
「お呼びしたふたり連れの霊能者の方が、祈祷《きとう》を始めてすぐに事故で亡くなられて……。そのあとさらにお呼びした方もやはり事故で」
 裕恵おばんがそう言うと、おばあさんはうつむいたままうなずいた。
「助けていただきたいのやまやまですが、危険を承知でご無理は……」
 ぼーさんが裕恵おばさんをさえぎった。
「危険なようなら引きとめられても帰りますよ。俺《おれ》たちは分てぇのを知ってますんでね。だからと言って相手を見ないうちに帰るほど臆病《おくびょう》じゃない」
「……ありがとうございます」
 そろって頭を下げる裕恵おばさんたちにぼーさんは笑って、
「しかしナルちゃんや、客も危ないとなるとやっかいだ」
 ナルはうなずいた。裕恵おばさんに、
「今、店に客は?」
「いらっしゃいません。父が亡《な》くなってから閉めてございます。母が……」
 裕恵おばさんはおばあさんを見つめた。
「どうしてもと言い張って、従業員も葬儀の片付けが終わってから休みを取ってもらっています。いまこの建物にいるのは家族だけです」
「賢明《けんめい》な処置だと思います」
 ナルは軽くうなずく。それから、
「何か異変のようなものを感じた、あるいは妙なものを見たというようなことは?」
 これには彰文さんが答えた。
「祖父の葬儀の日に祖母が飼《か》っていた九官鳥が死んだのを始まりに、三日ほどの間に飼っていた鳥や犬が全部死んでいます。姪《めい》が飼っていたカナリアが二羽、犬が三匹です。鳥は鳥かごの中で死んでいましたが、犬はどれも岸に打ち上げられているのが見つかりました」
 うわー……。
「ほかには?」
 彰文さんはお母さんを見る。裕恵おばさんが、
「店のほうで幽霊《ゆうれい》を見た、と言う従業員が何人か。窓から部屋の中をのぞいていたとか」
「それは場所が決まっていますか?」
「いえ。たぶん入り江側の部屋だと思いますが……」
「入り江側の部屋?」
 裕恵おばさんはうなずく。
「あとでご案内すればおわかりいただけると思うんですが……。外から人がのぞいて、それが不思議《ふしぎ》な場所というと入り江側しかございませんから……」
 わかりました、と呟《つぶや》いてナルはノートを閉じる。
「取りあえず機材をおいてようすを見ます。部屋はご用意いただけたでしょうか」
 彰文さんが立ち上がった。
「どうぞ。ご案内します」

     3

 あたしたちは彰文《あきふみ》さんの後について長い廊下《ろうか》をぞろぞろと歩いた。
 お店の廊下を歩いて角をひとつ曲《ま》がるとまっすぐな廊下に出た。両側は白い壁《かべ》、ところどころに格子戸《こうしど》が並んでいる。
「こちらです」
 彰文さんは立ち止まって格子戸を開ける。格子戸の奥は普通の玄関みたいになっていた。
「あいにく、洋間はないものですから」
 彰文さんは玄関の襖《ふすま》を開けた。その部屋は三間続きになっている。入ってすぐが四畳の小さな部屋。その奥が八畳の部屋、さらにその左にもうひとつ八畳の部屋があるのが開け放した襖のせいでわかる。
「ひろーい」
 綾子《あやこ》が歓声を上げた。ふたつ並んだ八畳の部屋の正面はどちらも障子《しょうじ》。彰文さんがそれを開けると、その向こうは広い縁側になっていた。旅館なんかでちょっとしたイスとテーブルがおいてあるところだけど、ここのはその三倍は広い。ちょっとした板の間の部屋という感じ。
「障子や襖ははずしていただいてけっこうです。お客様に泊《と》まっていただく部屋なんですが、ここでお役にたつでしょうか」
 彰文さんに言われて、ナルは部屋を見渡した。機材をおくにはちょっともったいないような立派《りっぱ》な座卓が壁ぎわにいくつもおいてある。
「充分《じゅうぶん》すぎるほどですね」
「奥に小さいですけれど浴室なんかがついています。この部屋と、ほかに両隣の部屋を用意しましたのでお休みになるのはそちらをお使いください」
「ありがとうございます」
 軽く頭を下げるナルを横目で見ながら、あたしは縁側の窓に近づいてみる。こう広くて何もないと、無目的にうろうろしたくなっちゃうのよねぇ。でもって、窓から外をのぞいてあたしは声をあげた。これは、絶景。
「すごーい!」
 窓の下は小さな丸い入り江だった。窓の正面には対岸の断崖《だんがい》が間近に見える。真下にある入り江はすごく深そうだった。海への入り口が狭《せま》くて波もない。とろりとした深い色の水が丸くたたえられている。
「なるほど、これが入り江側の部屋かぁ」
 あたしは納得《なっとく》した。確かにこの窓の外から人がのぞいていたら異常だわ。この部屋は入り江に面した断崖に張り出すように建《た》っているんだ。窓の下は入り江の水面までなーんにもない。その距離、およそ四階ぶんほど。
「おわかりになったでしょう?」
 いつのまにか隣《となり》に彰文さんがいた。彰文さんだけでなく、全員が窓から外を眺《なが》めている。
「はぁ、わかりました。外からのぞけるはずないですもんねぇ」
「そうなんです」
「この入り江、泳げます?」
「泳ぎが得意でしたら。すごく深いですよ」
「あ、やっぱり?」
「泳ぐのでしたら、反対側の海岸で泳げます」
 彰文さんは背後を示した。
 反対側……。うーん、いまいちよく把握《はあく》できない。
 前回行った幽霊屋敷は本当にでかい家で、いつ迷子《まいご》になるかと怯《おび》えていた。この家はそれほどでもないにしろ、やっぱり迷子になりそうなほど広い。料亭だけあって部屋はいっぱいあるし、廊下はカクカク折れ曲がっているし、かろうじて自分が母屋《おもや》ではなく料亭の建物のほうにいるということは理解できているんだけど。まーた平面図を作ったりするのは嫌《いや》だなぁ……。
 同じようなことを思ったのか、ナルが、
「吉見《よしみ》さん、建物の平面図はありますか?」
「あると思います。あとでお持ちしますね」
 ぼーさんが苦笑する。
「そいつは助かるな」
 彰文さんは微笑《わら》った。
「そんなに複雑な建物ではありませんから。すぐに慣《な》れてしまわれると思います」「だといいけどねぇ。ついでに建物の周囲の地図なんかもあるとうれしいんだが」
 ぼーさんが言うと、彰文さんは微笑って右手をあげる。
 
「右手の親指と人差し指で輪を作ってください」
「OKマーク?」
「そうです。その輪が入り江ですね。親指と人差し指の合わせ目が入り江の入口。人差し指の付け根あたりに店があります。親指が今向かいに見えてる対岸。あちらまで庭で、茶室があります」
 ふむふむ。あたしは自分の手をじっと見る。
「手首のあたりが道路ですね。道路から人差し指のほうに入ったところが母屋、親指のほうに入ると神社があります」
「神社なんてあるんですか?」
「ええ、すぐ隣に。中指が海岸です。ずっと先のほうに小さな漁港があります」
 あ、なるほど。簡単じゃない」
「そして人差し指の爪《つめ》の部分に小さな洞窟《どうくつ》があります」
「洞窟?」
「ええ。海触洞《かいしょくどう》というやつです。波が崖《がけ》をえぐってできた洞窟ですね。ちょうど人差し指の爪の部分から、入り江に抜けています」
「すごーい。その洞窟見れます?」
「ええ。今日はもう遅《おそ》いですから、明日よろしければご案内します」
 わーい。わくわく。
「しかし吉見さんや」
 ぼーさんが声を上げた。
「建物が立派でロケーションもいいのはわかったが、こんなへんぴなところで料亭なんて、商売になるのかい」
 確かに。通ってきた街は決して大きくなかったし、しかもここは街のはずれだ。
「うちは普通の料亭とは少し違うので。会員制の料亭と言ったらわかるでしょうか」
 ほう、そういうものがあるのか。
「すごーい。よかったわねぇ、麻衣《まい》もぼーさんも」
 綾子があたしの肩に手をかけてきた。
「あんだよ」
「あんたたちじゃ、こういうとこには一生来れるはずがなかったってこと。おいしい仕事でラッキーじゃない」
 どーせあたしは貧乏人《びんぼうにん》。
「そういう綾子はどうなのかにゃーだ」
「あら、アタシには玉《たま》の輿《こし》というチャンスが残されてるもの。ほほほ」 こ、こいつっ。
「その性格で乗れる輿じゃタカがしれてらい」
「ふふーん。女子供《おんなこども》にはわからない魅力があるのょぉ」
「だったら急げば? イブを過ぎてからじゃ遅《おそ》いと思うよ」
「ま、だ! まだイブには間《ま》があるからねっ」
「みーんなそう言って高望みしてる間に通り過ぎてしまうんだよな」
「ふん、アタシならチョロいわよ」
「そーゆうことは恋人ができてから言えばぁ?」
「かわいくないっ」
「綾子にかわいがられても気味が悪いだけだい」
 ――てなことを言ってると。おっと、いかん、彰文さんの肩が震《ふる》えてる。視線が合うと、彰文さんはもうしわけなさそうな顔をした。
「……すいません」
「いーんです。無理しないでどんどん笑ってください」
 どーせあたしらは漫才師《まんざいし》。
 綾子が突然彰文さんに指を突《つ》きつけた。
「そうだ。吉見さんっておいくつ?」
 彰文さんはキョトンとする。
「もうすぐ二十歳《はたち》ですけど」
 へへっ、年下だ。綾子、残念だったな。
 めいっぱい笑ってると、背後から冷酷無比《れいこくむひ》な声が飛んできた。
「麻衣! いつまで遊んでる!」
 おっとぉ。大将がお怒りだ。お仕事、お仕事。

     4

 彰文《あきふみ》さんも手伝ってくれて、あたしたちは大量の機材をベースに運んだ。「店を中心に機材をおく。ぼーさんと松崎《まつざき》さんは葉月《はづき》ちゃんのところへ。とりあえず護符《ごふ》を用意して、彼女の安全を確保する」
 はいはい。カメラを運んでビデオを接続して。サーモグラフィーに振動計に赤外線レーダーにその他モロモロの測定器、っと。
「なんだか、あまり霊能者という感じじゃないですね」
 空《あ》き部屋に機材を運んでくれながら、彰文さんが言う。
「はぁ。ごーすと・はんたーと呼んでください。すいませんけど、黄色いテープを貼《は》ったケーブルを取ってくださいませんか」
「谷山《たにやま》さんもこんな機材を扱《あつか》えるんですね。――ええと、ケーブル?」
「コードのことです。――接続だけなんとか。大半は今もちんぷんかんぷんです」
「接続だけでもすごい気がしますよ。僕《ぼく》は機械は苦手《にがて》なので」
「苦手なんですか?」
「むやみに触《さわ》ると壊《こわ》してしまいそうな気がして。機械を前にするとアガってしまうタイプなんです」
 なーるほろ。
「あき……」
 ふみさん、と言いかけてあたしはあわてて口を塞《ふさ》ぐ。
「かまいませんよ、彰文で」
 彼は微笑《わら》ってくれたけど、さすがに知って間《ま》もない男の人を下の名前で呼ぶのはちょいと。
「す、すみません。全員『吉見《よしみ》さん』なんで、つい――」
「どうぞ、お気になさらず。それでなくても人数が多くてややこしいですから」
「じゃ失礼して、彰文さん。――二十歳ということは、大学生ですか?」
「ええ。東京の大学に行ってます」
「あ、じゃあ普段はここに住んでるわけじゃないんですね」
「そうなんです。できるだけ休みには帰ってくるようにしてるんですけど」
「やっぱりお店の手伝いが?」
 彰文さんは微笑って首を振る。
「祖母が寂《さび》しがるんです。家の者は店があるからかまってやれないので」
「へぇぇ。おうちの人はみんなお店で働いてるんですか?」
「そうですね。下の兄は公務員ですけど」
「下の兄――ということはお兄さんがふたり以上いるわけだ。何人兄弟ですか?」
「兄がふたり。姉がふたり。僕は五人兄弟の末っ子です」
「五人……。それは大人数ですねぇ」
 彰文さんはちょっと複雑そうに微笑《わら》った。
「たくさん死ぬのなら、たくさん人間がいなくては家が絶《た》えてしまいます。そういうことだと思いますよ」
「はぁ……。それとご両親とおばあさんと?」
「そのほかに上の兄と姉にはそれぞれ配偶者と子供がいます。子供は全部で三人。兄の子がふたり、姉の子がひとり。葉月は兄の末っ子なんです」
 うげげ。
「そ、それだけの人間が全員ここに住んでるんですか?」
「僕《ぼく》を除いては」
 あたしは指を折った。自分の手を見る。
「全員で十三人? 壮観でしょうねぇ」
 彰文さんは陰のある微笑いを浮かべる。
「それでも八人死ねば、半分も残りません」
 嫌《いや》な話だ。呪《のろ》われた家がある。そこでは大勢の家族が死ぬ。だからたくさんの被害が出ても家が絶えることのないように、子供をたくさん作っておく。あたしに家や家族がないせいかもしれないけれど、そういうのはとても気持ちが悪い。まるで子供が、家を残すための道具みたいで。子供に対して愛情を持っていない親はいないのだろうけど、愛情のうちの何パーセントがひとりの人間に対する愛情なんだろう。
 彰文さんはちょっと頭を下げる。
「……すみません。暗い話をして」
「いえ、こ、こちらこそ」
「谷山《たにやま》さんは、ご家族は?」
「あ。あたし、ひとりぼっちなんです」
 彰文さんは驚いたようにあたしを見る。
「……もうしわけありません。無神経なことを聞いて」
「やだなぁ。知らなかったら聞くのはあたりまえですよぉ」
 なのに、みーんなあやまるんだよなー。
 
「でも……」
 でもってみんな話題に詰《つ》まるんだよ。
「お気になさらず。人にはイロイロあるし、あたしにもイロイロあるってことですよ」
「はぁ……」
「それに両親がいたら、こんな妙なバイトさせてくれませんもんね。そうするとこういう豪華な料亭なんて来ることもなかったわけだしー」
「……そうでしょうか」
「そうですよ。気楽でよかったなーなんて、特に友達が家族とケンカしてたりすると思っちゃうんですよね。いや、べつに親が死んでよかったと思ってるわけじゃないんですが」「それは、そうかもしれませんね」
「そそ。もちろん、寂《さび》しいこともあるんですけどね」
 彰文さんは微笑《わら》う。
「僕《ぼく》と谷山さんと、足《た》してニで割ればちょうどよかったですね」
「七人かぁ……それでも世間《せけん》の常識からいうと、ちと多いような」
「あ、本当だ。僕の家って、本当に大人数なんだな」
 いまさら気がついたように彰文さんは言った。
「あのー、ひとつ不思議《ふしぎ》なことがあるんですけどー」
「なんですか?」
「ご飯どうやって食べるんですか?」
 やっぱ十三人、ずらーっと並んで食べるのかしらん。
「そうか。普通は一緒に食べるんですよね」
 感心したように彰文さんは言う。
「違うんですか?」
「うちは料亭ですから。店を手伝ってる人間は店で妙な時間に食べますから」
「あっ、そういうおうちもあるんだ」
 うーむ。世間は広い。
「ちょっと残念だなー。十三人並んでるところを見たかったなー」
 あたしが言うと彰文さんは、ちょっと不思議そうな顔をした。
「どうかしましたか?」
「いえ。母が今夜は皆さんとご一緒に食事を、と言ってたんですが」
 わお。ひょっとしてご馳走《ちそう》では(ハート)
「……いったいどうやって食べるんだろう」
 うっ。
「総勢十八人ですよ」
「そ……それって食事ではなく、もはや宴会では」
「ですよね」
 しばらく考えこんでしまったあたしと彰文さんだった。

     5

 ベースに戻って手前の部屋の縁側にラックを組み立てて。葉月《はづき》ちゃんのようすを見てきたぼーさんと綾子《あやこ》が帰ってくると、ふたりにも手伝わせて大量の機材を搬入《はんにゅう》する。無駄話《むだばなし》をしながらセッティングとチェックを終えた頃には、外はすっかり暗くなってしまっていた。
 そのあと、あたしたちは彰文《あきふみ》さんに案内されて店の一角にあるお座敷に向かった。広い上品なお座敷に案内されると、長いテーブルに四人の男の人が座《すわ》っていた。ひとりはおばあさんのところで会ったお父さんの泰造《たいぞう》さんだ。泰造おじさんは、白い板前さんの服を着ている。ということは、お料理はおじさんが作るんだな。
「どうぞ、お楽に。この度《たび》はお呼びだてしてもうしわけありません。どうかよろしくお願いします」
 丁寧《ていねい》に頭を下げられて、上座に案内されて。ありがたそうな掛《か》け軸《じく》とか優雅な生《い》け花だとか、あたしには落ち着かないことこのうえもない。これで正座しなきゃいけないんだったらウンザリしたところなんだけど、幸《さいわ》い堀りごたつみたいに腰掛けられるようになってて、一安心。
 泰造おじさんはその場にいた男の人を紹介してくれた。スーツを着た太めのおじさんが長男の和泰《かずやす》さん。Tシャツにジーンズのがっしりとした人が次男の靖高《やすたか》さん。でもって泰造おじさんと同じように板前の服を着た人がお婿《むこ》さんの栄次郎《えいじろう》さん。どの人も三十をすぎたくらいだろう。なんだか暗い感じの人ばかりだったけど、大中小と順番にサイズが小さくなるところが笑える。
 こんだけしかいないのかなー、つまらないなーと思っていたら、お料理を持って女の人が四人、入ってきた。しゃっきりした着物姿はお母さんの裕恵《ひろえ》おばさんだ。おっとりした感じの人が和泰さんの奥さんの陽子《ようこ》さん。いかにも気の強そうなのが上から三番目、長女の光可《てるか》さん。でもって冷たそうな若い女の人が四番目、侍女の奈央《なお》さん。
 今回も関係者が多いなぁ。誰《だれ》が誰だかちゃんと覚えられるかしら、あたし……。(不安)
「渋谷《しぶや》さんはお酒は」
 泰造おじさんはナルに聞く。
「いえ。僕《ぼく》もリンも飲みませんので」
 おまけにあんたは未成年だ。
「滝川《たきがわ》さんと松崎《まつざき》さんはだいじょうぶですか?」
 聞かれてぼーさんはニンマリする。
「ありがたく」
 さてはあんた、ノンベだな。綾子もニコニコしてたんでいけるクチなんだろう。当然のことながら、いっしょにお酒をのんだ経験はいなもんなぁ。
「谷山《たにやま》さんは?」
「とんでもない」
 だからあたし、未成年ですってば。
 とりあえず仕事の話はヌキで、ということになって雑談なんかしながらお料理をいただく。きれいで凝《こ》ってておいしかったんだけど、陰気《いんき》なおじさんたちに囲まれてではいまいち……。女の人たちは料理を運んできたり下げたりで、一緒にご飯を食べたりしなかったし。
 順番に出てくる料理の何番目かで、あたしはふと隣《となり》に座っているリンさんの器に目を留《と》めた。やや、リンさんだけ料理が違《ちが》うぞー。そう思ってテーブルを見渡すと、ナルも違う。どーやらナルとリンさんだけ別のお料理が出てるみたい。
「どしてリンさんはお料理が違うの?」
 小声で聞くと、ちょうど器を下げにきた裕恵おばさんが、
「渋谷さんと林《りん》さんは肉類を召し上がらないとお聞きしたので、献立《こんだて》を変えさせていただいたのですけど……違いましたか?」
「えー? リンさんお肉は食べないの?」
 これはびっくり。そういえばいつもいろんなものを残すから、リンさんもナルも偏食するなーとは思ってたんだけど。
「菜食主義ってやつ? ぜんぜん食べないの?」
 リンさんは無表情にうなずく。
「ダメだよ、食べないと、だからリンさん、痩《や》せてるんだよ」
 裕恵おばさんはやんわりと微笑《わら》って、
「何か少しお持ちしましょうか? せっかく海の側《そば》にいらしたんですから」
 リンさんは軽く頭を下げる。
「調査の時には、精進潔斎《しょうじんけっさい》しておくことにしていますので」
 げげ、すごい。ナルやリンさんが、そんな深い思慮あって食べ物を残していたとは。性格が性格だから単にわがままなだけだと思ってたのになー。
 ほんと、世の中って奥が深いよな。
「霊能者の方もたいへんなんですね」
 泰造おじさんが感心したように言ったとき、ぼーさんと綾子が気まずそうにお皿をにらんだのをあたしは見逃さなかった。……はっはっは。

 男性陣と女性陣にいろいろと聞きこみをしたけど、何も収穫がないままあたしたちはベースに引き上げた。ベースではあちこちの機材から送られてくるデータが寂《さび》しくモニターに映《うつ》っている。
「異常は」
 機材の前に座ったリンさんにナルが聞く。
「現在はありません。これまでの記録をチェックします」
 モニターの画面に映っているのは母屋《おもや》の廊下《ろうか》、葉月ちゃんの部屋、店の廊下、入り江側の空《あ》き部屋、海岸側の空き部屋の五箇所。どの映像にも異常はない。
「今夜から動きがあると思う?」
 あたしが聞くと、ナルは画面を見たまま、
「さてな。いったい何が起こるのか手がかりがなさすぎる。明日にでも地元の図書館へ行ってみるんだな。――ぼーさん」
「ほいよ」
「夜の間は葉月ちゃんの周囲に結界《けっかい》を――」
 言いかけたところに彰文さんがお茶の道具を持ってきた。
「お疲れさまです」
 電気ポットだの急須だのを揃《そろ》えておいてくれる。ついでにお茶をいれてくれて、
「谷山さん、残念でしたね」
 ほにゃ?
「十三人。少人数でがっかりなさったでしょう?」
 あはは、そのことか。
「そうでもないですけど。でも、もっとにぎやかなもんだとは思ってました」
「いつもは兄たちだけでも、もっとにぎやかなんですけど……。どうも最近は暗くて」
「やっぱり、心配ごとがあるとどうしても暗くなりますよね」
 あたしが言うと、彰文さんはなんだか複雑な微笑《わら》いをする。
「お婿《むこ》さんでしたっけ、栄次郎さん? なんだか機嫌《きげん》悪そうでしたもんね」
 なんだかイライラしてる感じで、ちょっとこわかったんだよなぁ。
「そうですね。どうしたんでしょうか、急に」
「急に?」
 彰文さんはうなずいた。
「なんでもないことなのかもしれませんけど。和兄さんも栄次郎義兄《にい》さんも店を手伝ってるので、もともと人あたりはいいんです。客商売は人あたりが肝心ですから。栄次郎義兄さんのあんな不機嫌な顔、初めて見ました」
 
 ナルが眉《まゆ》をひそめる。
「つまり、栄次郎さんはもともと、人前で不機嫌な顔をするような人ではないわけですね?」
「ええ。今までは怒ってても顔に出なかっただけなのかもしれませんけど、少なくとも栄次郎義兄さんがあんな顔をするのは初めて見ました」
「和泰さんもですか?」
「はい。和兄さんもこのニ、三日ピリピリしていて。靖兄さんもそうです。靖兄さんがいちばんひどいかな。人前に出れば少しはひかえますけど、もともとすごく明るい人間なんです。明るすぎて父母からたしなめられるくらいで」
 ……へぇぇ。
「靖高さんのようすが変わったのは、いつからですか?」
「祖父の葬儀の日からだと思います。理由を聞いても言わないし」
「ほかにようすの変わった人がいますか?」
 彰文さんは少し考えこんだ。
「陽子義姉《ねえ》さんですね」
 んーと、どっちの女の人だっけ?
「気の強そうな人?」
「いえ、それは光可《てるか》です。光可姉さんはもともとうちでいちばん気が強くて」「じゃああの、おっとりした感じの?」
「ええ。いえ、もともとおっとりした人なんですけど……」
「けど?」
 ナルに聞かれたけど、彰文さんは、
「うちでいちばんようすが変わったといったら、なんといっても子供たちです。葉月のほかにあとふたりいるんですけど。和兄さんの子供が克己《かつき》と葉月。光可姉さんの子が和歌子《わかこ》。この克己と和歌子が妙なんです。最近ふたりでコソコソしているんですよね」
 あたしが首をかしげると、彰文さんは困ったように微笑《わら》う。
「なんと言ったらいいのか……。もともとそうでもなかったのに、最近ベッタリくっついて離れないんです。おまけにふたりで始終コソコソ内緒話して。何を話してるのか聞くとふたりで目配《めくば》せして逃げていくし……」
 ふぅん……。
「これも祖父の葬儀の前後からなんです。葬式でバタバタしてて、子供をかまってるヒマがなくって。一段落したら、もうそうなってたんです。それで、陽子義姉さんはすごく心配してたんです。この間まで。それがここニ、三日、急に気にしているようすがなくって」
「なるほど……」
 ナルは考えこむ。
 変化した家族。……この家で何が起こってるんだろう……。
 そのすぐあと、海岸側の部屋においたカメラの角度をなおすように言われて、あたしはベースを出た。廊下《ろうか》に出ると、廊下は真っ暗だった。遠くに非常灯の灯《あか》りが見えるくらいで、全部の電気が消えてしまっている。
「あれ?」
 電気代節約のために消されてしまったんだろうか。斜向《はすむ》かいの部屋まで行くだけだし、あたしは深く考えずに歩きだした。とりあえず歩けないほど暗いわけじゃないし。
 半分歩いたときだった。暗くて長い廊下のどこかで微《かす》かな声がした。あたしは驚いて足を止める。ごく小さな息づかいほどの声だった気がした。周囲を見渡すけれど、、暗くてよくわからない。気のせいかなと思ったところでもう一度、今度はごく小さく囁《ささや》くくらいの声がした。
 心臓が鳴った。あたしはもう一度、注意深くあたりを見回す。そうして母屋《おもや》のほうへ少し行ったところの廊下にコブがあるのに気がついた。廊下の壁。あたしの腰くらいの高さにサッカーボールくらいの大きさのコブ。
「……さん」
 密《ひそ》かな、密かな声が耳に届いた。
「誰《だれ》かいるの……?」
 コブの脇から細いものが伸びて、それがちょいちょいと手招《てまね》きをした。
「……おねえさん」
 子供? 子供だろうか? そんな感じの声だった。よく目をこらすとコブは子供の頭のように見える。ちょうど角から顔を出した子供みたいに。でも、この廊下はまっすぐで、あんなところに曲がり角なんてない。
「……おねえさん……」
 囁《ささや》く声に怖《お》じ気《け》づいてベースに戻ろうとしたところで、あたしは壁に格子戸《こうしど》が並んでいるのを思い出した。格子戸の中から顔を出しているんだろう。
 あたしはホッと息をついた。それからその子のほうへ歩きだした。
「誰?」
 その子は手招きをする。すぐに廊下に出てきた。ひとり――ふたり。
 近づいてみると、まちがいなく子供だった。夏物のパジャマを着た男の子と女の子。小学校の一年生かそれ以下か。するとこの子たちが克己くんと和歌子ちゃんなんだろう。和歌子ちゃんのほうが少しだけ大きかった。
「どうしたの? 克己くんと和歌子ちゃんでしょ?」
 前に立ち止まってあたしが聞くと、ふたりは顔を見合わせた。何かをコソコソと耳打ちしあう。それから和歌子ちゃんが、
「……おねえさんたち、ぜんぶでなんにんいるの」
 そう聞いてきた。
「え?」
 和歌子ちゃんは噛《か》んでふくめるようにくりかえす。
「なんにん、いるの?」
「五人だよ」
 こんな時間に起きてていいの、と聞こうとしたら、ふたりはまた耳打ちをする。
「……ごにん……」
「おおい……」
「……たいへん……」
 ごく微《かす》かにそんな単語が聞き取れた。何かをひそひそと話しあう。それから、そろってくるりと背中を向けた。母屋《おもや》のほうに向かって歩きだす。
「ちょっと待って。どうしたの?」
 和歌子ちゃんが振り返った。
「ごにん、なんでしょ」
「そうだよ。ねぇ、どうしたの?」
「おねえさんは、きにしなくていいの」
 そう密《ひそ》かな声で笑って、ふたりは小走りに走っていく。
 あたしは少しの間、ぽかんとしてふたりが消えた方向を見守っていた。
 ……なんだろう。嫌《いや》な感じ。別にどこがどう変だというわけじゃないんだけど……。あたしは彰文さんが言いにくそうにしていた理由がわかる気がした。この感じを他人に伝えるのはむずかしい。でも、何かがすごく妙で……。
 ひとつ息を吐《は》いてカメラの角度を直しに行こうとした時だった。
 ……背後の廊下から悲鳴が聞こえた。


 二章 不測の事態


     1

 声は母屋《おもや》のほうから聞こえた。ナルたちもベースから飛び出してきて、全員で母屋へ向かって走る間にどんどん騒ぎが大きくなる。何かを怒鳴《どな》る声、激《はげ》しい物音。そして駆《か》けつけたあたしたちが目にしたのは、包丁《ほうちょう》を握って暴《あば》れている栄次郎《えいじろう》さんの姿だった。
 茶の間みたいな部屋だった。泰造《たいぞう》おじさんと和泰《かずやす》さんが栄次郎さんを背中から羽交《はが》い絞《じ》めにしている。部屋の隅《すみ》には真っ青な顔をした裕恵《ひろえ》おばさんと光可《てるか》さんが、抱き合うようにしてうずくまっていた。
 栄次郎さんの顔は血で真っ赤だった。額《ひたい》に深い傷があってそこから流れ落ちた血が顔の半分を汚していたけれど、栄次郎はん気にしているようすがない。握った包丁は先が折れていて、折れた先がTVのフレームに刺さっていた。口角に泡《あわ》をためて何かを怒鳴っていたけど、ロレツが回らなくて何を言っているのかは聞き取れない。静止を振り切ろうとして全身でもがく。泰造おじさんも和泰さんも、太った重そうな人なのに、ともすればしがみついているふたりを振り切りそうな勢いだった。
「リン」
 ナルが小声で言うと、リンさんが無言で栄次郎さんに歩み寄った。別に気負ったようすも緊張したようすもないごく自然な動き。栄次郎さんがリンさんをにらむ。歯をむきだしにして威嚇《いかく》するような声を上げた。包丁を持った右腕を振り上げる。右肩にしがみついた泰造おじさんが、つんのめって転《ころ》んだ。
「リンさんっ」
 思わず声を上げたあたしだったけど、実のところは声を上げた意味なんかぜんぜんなかった。突き出してきた右手をぽんと払って身体を入れ替える。勢いあまって前のめりになった栄次郎さんの首に腕をまきつけてそれでおしまい。気をつけて、と言いたかったのだけど、声にするより先に栄次郎さんは首をリン

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